東京リーシングと土地活用戦記 -170ページ目
桜上水駅前 ガスト オープン 1.30 仕事で、京王電鉄さんのところでつくらせて頂いた、 すかいらーくさんのレスストラン・ガストが、もうすぐオープンです。 日大文理の生徒さんたちが、いっぱいくるかねーー!! 京王線に、乗っていると見えますよ!! 株式会社すかいらーく Skylark Co., Ltd. 種類 株式会社 市場情報 非上場 略称 すかいらーく 本社所在地 東京都武蔵野市西久保1-25-8 設立 2004年7月12日(SNCインベストメント) (旧・すかいらーく設立:1969年7月17日) 業種 小売業 事業内容 レストランチェーンの経営 代表者 代表取締役社長 谷真(2008年8月12日現在) 資本金 825億3100万円(2007年7月現在) 売上高 単体2,812億円、連結3,968億円 (2006年12月期) 従業員数 4,143人(2006年12月現在) 決算期 毎年12月31日 主要株主 NPF-Harmony投資事業有限責任組合 63.33% Asia Eateries Holdings BVBA 36.67% 関係する人物 横川端、茅野亮、横川竟、横川紀夫、(創業家) 外部リンク http://www.skylark.co.jp/ 概要「すかいらーく」の他、洋食ファミリーレストラン「ガスト」、和食チェーン「夢庵」、イタリアンレストラン「グラッチェガーデンズ」、中華料理チェーン「バーミヤン」を経営する。近年では他のレストラン企業やフードビジネス企業のM&Aを実施して、スケールメリットを生かした経営戦略を行っている。すかいらーくグループの運営・傘下の店舗数は、2007年7月現在で4,543店舗。 「100年に1度の危機」をチャンスに変えるシナリオ 危機の本質は投機行動の破綻と捉えると、日本へ有利に世界が展開する プレジデント 2009年1.12号 外的ショックには日本経済はこれまで一貫してかなり強かったのである。 東京理科大学専門職大学院総合科学技術経営研究科教授 伊丹敬之=文過去、日本経済は経済危機のたびに大きな痛手を受けつつも、ゆるやかな成長を続けてきた。この歴史的傾向から、筆者は日本のチャンスを説く――。 ■日本の経済危機は過去50年間に7回 2008年は波乱の年であった。金融危機に明け暮れた年であった。私も、金融危機やアメリカ経済の危機絡みの原稿ばかり書いていたような気がする。まず1月に「証券化は現場のリスク感覚を甘くする」と書き、2月には「サブプライム問題を発端に、世界的に巨大な信用収縮が起きる危険あり」と書いた。7月にはGMの倒産の危機を書いた。事態はその通りになり、3月にはベアスターンズ、4月にはアメリカの大手銀行と次々と危機が露呈し、とうとう9月にはリーマンが倒産し、GMが公的資金による救済を願い出た。これだけ世界同時に景気が悪くなると、誰が言い出したのか知らないが「100年に一度の金融危機、経済危機」という言葉がニュースに躍るようになった。しかし、本当にそうだろうか。この経済危機は、たしかに大変な状況であることには間違いないが、100年に1度というほどの大きなものだろうか。 100年とは言わず、過去50年間に日本を襲った主な経済危機をあげれば、次の表のようになるだろう。危機は7回もあったのである。そして、そのたびに日本経済はかなりの痛手を被っている。 オイルショック(1973、1978)は、原油価格がショック前の3倍から4倍に短期間に跳ね上がるという資源価格ショック であった。とくに第一次オイルショック1973の際にはアラブ諸国を中心とする石油輸出の大幅カットも同時にあったので、原油を輸入に頼る日本経済は大混乱した。日本沈没と騒がれたときである。円高ショックは、円が1985年9月から半年の間に40%以上も切り上がる異常な事態 となった。それはじつは円高ではなく、ドル安だった。ドルは世界の通貨に対して大幅独歩安になったのである。輸出で伸びてきた日本の産業にとって輸出の大幅減少が恐れられたのである。91年のバブル崩壊以降 は、読者の多くにももう馴染みがあるだろう。株価は90年年頭から暴落を始め、地価も91年には下がり始める。日本の経常収支が80年代初めから大幅黒字となり、過剰な流動性が日本を襲ったのである。それがカネを暴力装置のようにしていって、日本全体がいわば投機ムードに浮かれたのである。バブル崩壊の1991年 はまた、ソ連邦の崩壊の年でもあった。戦後の冷戦構造が崩れ、アメリカの資本主義が勝利したという潮流になっていった。それは日本の安全保障の不安定さをも浮き彫りにし、日本自身が起こしたバブルの崩壊と重なり、日本経済の元気は一気になくなっていった。そこに、1997年のアジア通貨危機 が起きて、日本の金融システムの不安定性が一気に露呈した。日本長期信用銀行など、名だたる金融機関が次々と消滅していった。まさに、大きな金融危機だった。■外国発のショックに日本はなぜ強いのか 21世紀に入ると、20世紀の最後の10年に「唯一の覇権国」「アメリカ型経済」を謳歌したアメリカに変調が表れた。2001年の同時多発テロ はアメリカ型グローバリゼーションに対するイスラム世界からの巨大な警告であったろうし、同じ年のITバブルの崩壊 はアメリカ資本市場への警告であったのだろう。その2つの危機をアメリカは金融のかじ取りで乗り切ったが、それはすでに存在している構造的ゆがみ(アメリカの経常収支大幅赤字、財政収支の赤字、そして経済全体の負債経済化)への対症療法とはなったが、かえってゆがみを大きくしたようである。 そのゆがみがはじけた巨大な地殻変動が、証券化商品市場の一斉崩落という巨大な金融危機であり、08年9月のリーマンショック を引き起こした。 こうしたいくつもの危機の中で、私の感覚では第一次オイルショックと円高ショックは、リーマンショックと同等かそれ以上のインパクトを日本経済にはもっていたように思う。原油価格が4倍、円が倍に切り上がる、それが実物経済を直撃したのである。アジア通貨危機はバブル崩壊の後始末を日本に迫ったという意味で、やはり大きな危機だった。 こうした危機の後、日本経済は驚くほどの強靭さを示したといってよい。 たしかに危機の直後には経済成長率が1年だけマイナスになることが4度あった。しかし、それでも最も大きな落ち込みはアジア通貨危機の後のマイナス1.5%。バブルの崩壊の後の07年度までの平均成長率は1.3%で「失われた15年」といわれながらもゆるやかな経済成長を続けてきた。このバブル崩壊がそのときのGDPの2倍にも達する資産価値の喪失(キャピタルロス)という巨大さだったことを考えると、驚くべき強靭さである。 バブルの崩壊は日本自身が自分だけでつくりだしたような危機である。しかし、他の危機はすべて日本の外に根本原因がある。あるいはせんじ詰めれば「アメリカ発」の危機ばかり、といえなくもない。そうした外的ショックには日本経済はこれまで一貫してかなり強かったのである。日本発の危機では、いわば「しゅんとなって」一向に元気が出ない日本経済は、外国発のショックに対してけなげに戦う。オイルショックという日本沈没の危機ですら、チャンスに変えていった。その歴史的傾向が今回のリーマンショックでも見られるなら、今回の危機が日本にとっては「100年に1度」というようなひどさにはならないだろう。 そのうえ、今回の危機の本質がどこにあると考えるかによって、この危機が日本に与える中長期的影響の大きさの目分量は違ってくる。 2008今回の危機の本質 を住宅バブルがアメリカやヨーロッパで破裂した、と捉えてしまうと、それがもたらすアメリカおよび世界の金融システムの揺れの大きさとその後の余震は日本のバブル崩壊を想起させるだろう。そうなれば、長い世界同時不況の予想へとつながり、世界の需要収縮の影響を日本経済もかなり受けることになる。しかし今回の危機の本質を、巨大で複雑な投機行動の破綻、と捉えるならば、それへの対策として投機の抑制と金融規律の回復が予想される。それは、世界的に見れば、金融に依存する国の相対的地位が落ち、実体経済が伸びる国、しっかりしている国の相対的な地位が上がることにつながるだろう。そうなれば、日本にとっては有利なシナリオで世界が展開することになる。もちろん、短期的な需要収縮の影響はきつい。だが、中長期では日本にとってはチャンスとなるのである。 通貨価値は一国の強さの表現でもある。今われわれが経験している急激な円高は、この第2のシナリオの「投機的表現」ではなかろうか。 ?? 1971、ニクソンショックもありました・・ どうですかねーー??? チャンスとしても、 今回は、わたしは、国民不在が露呈した、政府の対応のわるさが、 日本の将来と国民の意欲を減退させているようにしか見えないんですが??? 優秀な営業マンの資質とは何か 回答者ジャック&スージー・ウェルチ プレジデント優秀な営業マンを採用したいのですが、どのような資質を持った人を探すべきでしょう。 New York Times私の重点課題リストのトップ にくるのは売り上げの拡大です。優秀な営業マンを採用 したいのですが、どのような資質を持った人を探すべきでしょう。ジョン・チオッフィ(ニュージャージー州) ---------------------------------------------------------------------- 喜んでください。あなたはもう道半ばに来ています。一流のセールスパーソンはあなたや私たちや、どこにでもいる普通の人とは違うということを理解しておられるのですから。実際、彼らは特殊な人種です。 これは、どんな採用を行う際にも雇う側が探し求める資質、すなわち誠実さ、知性、前向きなエネルギー、決断力、実行力が営業マンに必要 ないという意味ではありません。営業のプロには、これらに加えて他の資質も必要だと言っているにすぎません。正確に言うと次の4つの資質 です。 1つ目は大きな共感力。一流の営業マンは、顧客の思いを汲み取ります。 顧客のニーズやプレッシャーを察知し、顧客のビジネスの課題を理解します。彼らはたしかに会社の人間ですし、会社に利益を挙げさせたいと思っています。そのうえで彼らは、厳しい交渉のあとでも双方が実り多い交渉だったと思えるよう、会社の利益と顧客の利益のバランスをとる達人なのです。 一流の営業マンの2つ目の資質は、信頼されることで彼らの言葉は誠実で、握手には心がこもっています。 彼らはあらゆる販売行為を長期的な関係の一環とみなしており、顧客も多くの場合、長期的な取引でそれに応えます。 3つ目の資質は、たくましさと勇気と自信です。 飛び込みセールスは厳しい仕事です。好きな人などいないでしょう。でも、一流のセールスパーソンは売り上げを伸ばしたいと強く願っているので、休むことなく来る日も来る日も飛び込んでいく。彼らは、当然、先方から返ってくる拒絶を自分個人に対するものとは受け取らない内面的な強さを備えています。大きく吐息をつくだけで、また次に進んでいくのです。 最後に、一流のセールスパーソンは郵便配達人のような仕事の仕方を嫌います。 これはなにも郵便配達人を批判しているのではありません。毎日決まったルートに沿って郵便を配達するのが彼らの仕事です。優秀な営業マンも、たしかにそれと同じようなことをしています。既存の製品を既存の顧客に売っているわけです。 しかし彼らは自分の思いを抑えることができません。彼らは新しい製品や顧客に出会う機会を求めて、わき道にそれることも好きなのです。一流のセールスパーソンは、たとえば「○○をつくることができれば、わが社はまったく新しい市場をつかめると思うのだが」などと、川下からのアイデアを持ち帰ることを自分の仕事の一部だと思っています。 その点では、一流の営業マンは、あなたとまったく同じです。売り上げの拡大が彼らの重点課題リストのトップにきているのです。ただ、あなたとは違って、彼らはそれを唯一の課題にすることができます。彼らは経営者ではありませんから、経営上の問題に気をとられる必要はないからです。 そしてその点ゆえに、優れたセールスパーソンはきわめて特殊な存在であるのです。 ジャック・ウェルチ 1935年生まれ。60年にゼネラル・エレクトリックに入社。81年、同社会長兼CEOに就任。 大企業病に陥っていた同社を変革し、世界最強の企業の1つに育て上げた。 その手法と哲学は、世界中の経営者のお手本となっている。2001年に引退後も、講演・著作を通じてビジネス界の啓蒙に努める。わたしも、営業マンでした!! 営業を大切にしよう!! [21日 ロイター] 世界的な景気減速は大小さまざまな形で表れている。そのほとんどは気持ちを暗くさせるものだが、風変わりなものや人間の創造力を反映するものもある。金融危機の影響を受けた世相を反映する各地の出来事を紹介する。 ◎米国の首都ワシントンのホワイトハウスにほど近いラファイエット・スクエアの雰囲気は、第44代米大統領となったバラク・オバマ氏の就任式を終えた数時間後も熱狂的で舞い上がってさえいた。しかし、その場に不協和音をもたらす看板を持って1人たたずむ姿があった。 看板には「家買います」とあり、8年間の共和党による自由放任主義の政策後に、同国が金融危機にあることを思い出させた。「24時間以内に現金で」とも書いてあり、フリーダイヤルも併記してあった。プラカードを抱えている人はいったいいくらもらっているのだろうか。ディエゴとだけ名乗ったその男性は「最低賃金だと思う」と答えた。 ◎ジャカルタでアーユルベーダを使うホリスティック・ケア・センターを経営するMaya Safira Muchtar氏は、金融危機でストレスのレベルが上がり、より多くのインドネシア人が新たな治療法を求めていると言う。「われわれは最近とても忙しい。人々は強いストレスにさらされ、心を落ち着かせたり日常のストレスに対処するのを助けるような何かを探そうとしている」 と語った。 ◎日本では10月以降、ファストフード・チェーンの売り上げが伸びている。人々が牛丼などを食べようと押し寄せたからだ。吉野家の広報担当者は「現在の経済状況の影響は、われわれの価格帯にはまだ出ていない」と述べた。都市部では昼食に1000円かかることもあるが、吉野家の牛丼は380円で食べられるため、手ごろな食事の選択肢となっている。 ◎金融危機が影を落とす中、休日をキャンプ場で過ごすオーストラリア人が増えている。 ニューサウスウェルズ州のthe Caravan and Camping Industry Associationは、初めてキャンプする人々による休日用のトレーラーハウスとホリデーパークの利用率が高いとしている。沿岸沿いのホリデーパークの多くでは、利用率が最大10%増加したという。 ◎経済危機はブラジルのカーニバルの光を少し暗くするかもしれない。グロボ紙は、2月末のカーニバルを前にリオデジャネイロの多くのサンバスクールが同カーニバルの資金集めに苦労しており、山車の準備も予定より遅れていると伝えた。 サンバスクール独立リーグのプレジデント、Jorge Castanheira氏は「小さめだが、通年と同じ輝きを持つものを用意することに決めた。ただ、まだ実際に何を出すかは決めていない」と語った。 ◎オーストラリアでは自動車の売り上げは伸び悩んでいるかもしれないが、自転車の売り上げはずっとよい状態を維持している。より多くの人が自転車通勤をするようになったからだ。 The Cycling Promotion Fundによると、2008年の自転車の売り上げは自動車を38%上回り、売り上げの差が少なくともこの8年間では最大となった。The Cycling Promotion Fundのエリオット・フィッシュマン氏は「景気の悪化と自転車の値ごろ感が、自転車の売り上げが急増している主要な理由の1つだろう」と述べた。 ◎美容院が重要なビジネスのインドネシアで、ジャカルタにあるロジャーズ・サロンは、毛髪染料を持参した顧客には料金を最大半額にするサービスで顧客を助けている。通常の価格は40万─100万ルピア(約3100─7900円)。 ◎オーストラリアには、聡明で若い才能を採用する機会を失わずに人件費を削減する斬新な方法を思いついた企業がある。新卒者に1年間の「ギャップイヤー」を取らせて2010年に戻ってきてもらうというものだ。The Australian Financial Reviewは、少なくとも2つの法律事務所が入社時期を遅らせるために新卒者に現金1万オーストラリアドル(約60万円)を支払ったと報じた。航空券を提供された新卒者もいたという。 [ニューオーリンズ 24日 ロイター] 米フォード・モーター(F.N: 株価, 企業情報, レポート)のムラリー最高経営責任者(CEO)は24日、再建計画の実施に必要な流動性が十分あると表明し、政府融資を求める必要はないとの認識を示した。 全米自動車ディーラー協会(NADA)会合の合間に記者団に語った。 ムラリーCEOは「これ以上の借り入れは望んでいない。再建計画に必要な流動性が十分ある。つまり、当社の事業は比較的良好な状況にあるということだ」と述べ、ライバルのゼネラル・モーターズ(GM)(GM.N: 株価, 企業情報, レポート)およびクライスラーと比べて良好な立場にあるのは、2006年に資産の大半を担保として230億ドル以上を借り入れたためだと説明した。 1月の米国内自動車販売については、前年同月比で約36%減少し、年率換算約1030万台となった12月と似た状況だと指摘。オバマ米大統領の景気対策によって09年後半に自動車販売が上向き始めるとし、年間販売台数は1200万─1250万台との予想を維持していると述べた。 強気(ごうき)ですねーーー!! 赤いベストが、似合っていますねーー!! 日本では、牛丼、ラーメン、ハンバーガーなど のファーストフードは好調のようです。 ・・・・牛丼うまそ!! 日本は今こそ国家100年の計で都市再生・街づくりに取り組むべきだ 円高・低金利、雇用危機、経営破綻・倒産……。アメリカ発金融危機により、日本の経済は、かつてない深刻なデフレ大不況に陥りつつある。どうすればいいのか? 大前研一氏は、今こそ国家100年の計で都市再生・街づくりに取り組むべきだと語る。その構想の全貌と真意は――。 ■国力が衰える前にやるべきこととは アメリカの金融危機や韓国の経済危機を日本で見ていると、ポールソン米財務長官にしても、李明博・韓国大統領にしても、危機を舵取りする為政者の視野の狭さに嘆息させられる。危機の歴史を少し勉強すればわかることだが、危機に際して大きな結果を出した為政者というのは、従来の延長線上にない方向に舵を切っている。要するに思い切ったことをしているのだ。 今の為政者たちは、目の前の現実に泥縄式で対処しているだけ。見えている現象に対して対策を考えるのは凡庸なリーダーである。これが愚かなリーダーになると、今見えていない現象に対しても余計なことをやろうとする。未曾有の大不況に陥る可能性もある2009年、麻生政権の行方は……。 たとえば誰も路頭に迷っていないのに、国民全員に1人1万2000円もバラ撒こうとする。景気対策というほど日本の景気は悪くない。そもそもこの15年間、統計上はともかく国民のほとんどが景気のよさを実感できたことはなかった。だから今が特別悪いわけではない。それどころか世界の中では、経済情勢は随分ましなほうだ。それを他の国がやっているから、選挙が近いからと無駄金をバラ撒いていたら、本当に日本は左前になってしまう。国力が衰える前に、この国がやるべきことはほかにある。 しかも日本の実力からすれば、割合簡単なことだ。 アメリカの場合は世界中から借金しているから、自分でやろうと思ってもできないことが多い。韓国の場合、経営の意思決定が早いし、計画のスケールが大きいから一見華々しく見えるが、部品や工作機械など肝心要の産業クラスターが育っていないので、やはり自己完結できない。 アナログな製品から最先端のハイテク機器まですべてを自前でつくれる産業基盤、基幹部品や工作機械などの産業クラスターが一通り揃っている国は世界でも数少ない。 そもそもグローバル経済というのは、それぞれの国が得意技を持ち寄ってつくったカラオケセットのようなものだ。カラオケはBGMが流れ、テンポが刻まれ、モニターに表示される歌詞の色が変わるタイミングに合わせて歌えば、誰でもそこそこ上手に歌える。つまりBGMと字幕に合わせれば、どんな国でも経済が回るようにできている。逆にBGMと字幕を外したら、ろくに歌を歌えない国ばかりなのだ。 そんなグローバル経済にあって、(原材料さえ持ち込めば)アカペラで歌う歌唱力を持っているのが日本なのである。アメリカのように世界中から借金して身動きが取れないわけでもない。にもかかわらず、キンコンと鐘が2つ鳴る程度の歌しか今の日本は歌えていないのではないか。今の日本がなすべきことは何か。 日本の突破口がどこにあるのかを考えるとき、 私の頭には「都市づくり」 というキーワードが浮かんでくる。 これは日本が一番サボってきた分野の1つだ。たとえば京都は中国の古都・長安に倣っただけあって、今でもしっかりした街並みが残っているし、風情もある。 ところが大阪の場合、慶長20(1615)年の夏の陣で破壊されて以来、これといった都市計画は行われてこなかった。万博のときに千里まで行く新御堂筋線が開通して、あとは大阪城公園の周囲にOBP(大阪ビジネスパーク)道路ができたぐらい。 名古屋は東西南北に100メートル道路が走っているが、中心部のごくわずかなエリアのみで、世界の一流都市の街並みとは比べるべくもない。 東京の街に至っては、これぞ21世紀の大都市と思えるところが1つもない。私のオフィスがある千代田区六番町は、もともとお屋敷町で江戸時代の古いレイアウトが残っている。東京で街並みがハッキリしているのは、ここと東急の五島慶太氏が開発した田園調布、それから国立の駅前くらいだ。 地震がくれば下町の8割は液状化すると言われながら土地改良は一向に行われず、消防車の入れない路地がクモの巣のように張り巡らされ、開かずの踏み切りが1000カ所もある。それが約1300万人が暮らす経済大国の首都の現実で、このまま50年後の子孫に残していくには何とも忍びない。 ■なぜ都市づくりに手をつけなかったか 西欧の大都市の街並みは、どこも見事なものだ。ロシア第2の都市・サンクトペテルブルクに行くと、遷都したピョートル大帝の稀有壮大な構想力に圧倒される。いささかパリへの憧れが強すぎるきらいはあるものの、バロック様式と古典主義様式が融合した建築物の数々が運河で切り分けられた島々に浮かぶ威容は、「北方のベネチア」と呼ばれるにふさわしい。 ルイ14世が遷都してベルサイユ宮殿を築いたパリ。ヘンリー八世が開発したロンドン。専制君主の国ばかりではない。今から100年前、イギリスを抜いてアメリカの産業が世界一になった頃のニューヨークでも、世界の首都を目指した壮大な都市開発が行われた。マンハッタンの街並みなど20世紀の首都にふさわしい貫禄がある。網の目のようにレイアウトされた区画に高層ビルが密集して立ち並び、商業施設と居住区がえもいわれぬ調和を奏で、その外周をFDRという高速道路が走っている。 しかも驚くのは、100年前に地下の共同溝に電線や上下水道などを埋設したことだ。だからマンハッタンには目障りな電柱が1本もない。 また、近年ハイレベルな都市づくりが進んでいるのが中国。オリンピックで北京に行った旅行者は驚いたと思うが、市内は立体交差が張り巡らされていて、立体都市へと変貌を遂げている。 北京に21世紀の首都は渡さないという勢いで上海の開発も進み、高層ビルの数はニューヨークを抜いて今や世界一だ。南の首都として存在感を増している広州、重化学工業の中心地でありソフトウエアパーク化も著しい遼東半島の大連、山東半島で旧ドイツ植民地の面影を残したヨーロッパ風の街並みが美しい青島など、中国だけで21世紀の首都候補が5つも6つもある。日本でも群雄割拠した戦国の世には、工夫を凝らした街づくりが行われていた。織田信長にしても豊臣秀吉にしても、太田道灌、徳川家康にしても、一国一城を築くときには防衛や防災の知恵を絞り、民生面も考慮しながらゼロから城下町をレイアウトした。 しかし戦後60年、東京の街並みは闇市以来の自然発生的な流れのまま形づくられてきただけで、政治家は都市づくりに手をつけてこなかった。これだけ豊かになっても、日本には21世紀の街並みというものがない。 なぜか。目先のことにとらわれ、日本の将来を考える英雄がいなくなったことが1つ。もう1つ、これは日本人の性格そのもので、国民が街づくりのような、個を超えた大事業に夢を抱いたり希求してこなかったことがある。 たとえば東京都は、美濃部亮吉・都政時代の悪法である日照権条例(1978年)を、いまだ克服できていない。 そもそも都市開発で建物をつくり替えるときには高層化するものだ。当然、隣は陰になるわけで、日照権がある限り、つくり替えができなくなる。全部の建て替えが済んだら皆、日が当たるようになるが、途中、来る日も来る日も日照権を主張されたら何もできない。 日照権が大手を振ってまかり通るのは日本ぐらいのものだが、もし真のリーダーが出てきたら、安全・安心な街をつくるため、日照権を20年棚上げさせてくれと言うだろう。 ところがそうなると、これまた日本人の得意技で「ウチは嫌だ」とゴネ得しようという輩が出てくる。信長や秀吉の時代なら刀にものを言わせて許さなかっただろうが、現代日本では誰かがゴネると物事は一歩も先に進まない。 幸い2002年に都市再生法という法律が施行され、51%の住民が賛成すれば再生・再開発が可能になるなど、都市計画は迅速に進められるように法整備された。 ところが、この法律を適用する勇気を持った政治家がいない。役人は揉めるのも責任を取らされるのも嫌だから及び腰になる。誰が責任を取り切れるのかといえば、政治家しかいないのだ。政治家がビジョンを住民に提示し、日本の将来を考えたときに国民の安全・安心のために絶対に必要なことなのだと夢を持って語り、粘り強く説得しなければいけない。日本の景気対策がなぜ地方にばかりいくかといえば、用地買収が楽だから。買収に手間がかからないから、人がいないところに道路をつくり、橋を架けたがる。緊急経済対策と称して税金を無駄遣いする工事ばかりやってきた。「緊急対策」では都市再生はできない。長期構想が不可欠だからだ。 道路建設を正当化するために20年まで交通量は増え続けると言い続けてきた国土交通省が、道路特定財源をめぐる国会審議の中で交通量が今後は減少に転じるという将来予測を初めて公表した。今さらながら呆れるが、そもそも人のいないところに道路をつくってきたのが問題なのであって、東京や大阪などの都市部にはニーズはまだまだある。 過去30年、人のいないところに金をバラ撒いてきたのだから、今度は人のいるところに金をかけるべきだ。 安全・安心という国民の暮らしの基本部分に金を振り向けて、21世紀に世界に誇れる都市をつくっていく。東京が頑張れば大阪も頑張る、名古屋も頑張るという連鎖反応が起きれば、日本中が元気になる。 ■キーワードは安全で安心な住環境 戦後60年、日本は都市づくりをサボタージュしてきたと言ったが、実は工業都市に関しては、京浜から阪神、北九州への三大工業地帯が連なる太平洋ベルトをピカピカに磨いてつくり上げた経験がある。 だが工業国家を追い求める時代は、すでに終わった。かつての日本と同じタイプの工業国ならアジアを見回せばそこら中にある。これから日本が目指すべきは、少子高齢化の進んだ成熟社会にふさわしい先進的な街づくりであり、安全で安心な住環境の充実である。 いくら42インチのフラットテレビを見ていても、WiiとDSとプレステを持っていても、明日地震で潰れるかもしれないところで暮らしているのを近代的生活とは言わない。住環境の豊かさは文明国の証しである。しかし世界第2位の経済大国といいながら、日本では住環境の充実が生活の中心から外されてきた。 47都道府県で最も住みやすいのは富山県だと言われる。地方交付税をもらっている富山より東京のほうが住環境が悪い、というのだからふざけた話だ。 富山で暮らしている人たちが感じている豊かさを、東京でも実現しなければいけない。かつて三大工業地帯をつくり上げたあのエネルギーを、大都市の再生に振り向けるべきなのだ。住環境以前に、都市の安全性という問題もある。阪神淡路大震災から14年近く経過したが、5000人以上の死者を出した苦い教訓を生かして、東京で直下型地震に備えた対策を講じているかといえば、ほとんど何もしていない。 液状化現象の研究は進んでいて、たとえば墨田区なら100%、千代田区でも25%程度の液状化リスクがあることはわかっている。しかし軟弱地盤の土地改良など、液状化対策はまったくゼロの状態だ。 それから備蓄。液状化などで道路が寸断されるから、被災地への支援がなかなか行き届かない。また発電所が止まったり、電線が切れて、電気が届かなくなる。たとえば高層マンションでエレベーターが止まると、給水車が来てもバケツに水を汲んで高層階まで上がるだけで大変な苦労だ。食糧備蓄や非常用電源は、確保しておかなければいけない。 当時、ボランティアで被災地に食料を届けた経験から言えば、一番喜ばれたのはウエットティッシュだった。ホコリだらけの中で作業をしているから、顔や目を拭きたい。水が足りないから手も満足に洗えない。そんなときにはウエットティッシュが重宝するのだ。こうした備蓄は町内会などの自治会レベルで準備しておくべきだと思うが、やっているという話はあまり聞こえてこない。 もう1つは、建築上の教訓。被災地を見て回ると、1階部分に駐車場スペースがあって下駄を履いたような形の、いわゆるピロティ式の建物が軒並みお辞儀をするように倒壊していた。ピロティ式の構造物は都内にもたくさんあって、耐震補強もされないまま放置されている。もちろん在来工法の住宅の多くが倒壊した。 喉元過ぎれば熱さ忘れるというが、行政も東京の住人も、自分たちがどれだけ危うい地盤の上、建物の中で暮らしているかを忘れている。太田道灌以来ともいうべき東京の街づくりに、阪神淡路大震災の教訓を生かさない手はない。死なない街づくりの優先度を高めるべきだ。 軟弱地盤の土地改良から始めて、共同溝をつくって電線やブロードバンドなどのライフラインはすべて埋設する。あわせて食糧備蓄庫や非常用電源セットも区画ごとに完備する。ボストンのように地下に高速道路を通してもいい。そうすれば消防車が通れる道幅も、駐車場スペースも十分確保できる。これらをやろうとしたときの財源は、国内に十分ある。今は郵貯に400兆円、銀行の定期預金にも240兆円もの金融資産があり、国債を買うような眠たい運用に回っている。都市再生債、東京再生債のような債券を発行し、協力して債券を買ってくれた人には地方税の一部を免除すればいい。年4~5%の利回りは楽に見込めるはずだ。 アメリカのように世界中から借金しなくても、中国のように農民を騙して土地をふんだくらなくても、日本は原資とニーズが国内に十分にある。足りないのは、意思とビジョンだけなのだ。 ■乱開発を認めるビジョンなき行政 20年、30年の大都市ビジョンというものを明確に持って、都市計画を策定することが大切。だが現状は、地上げができたところから、われ先にとマンションが建設されている。 このやり方では早晩壁にぶつかる。そのいい例が、東京・中央区だ。今、中央区は日本一人口増加の激しい町になっていて、定住人口の回復を重点施策に掲げてきた矢田美英区長は胸を張っている。実際はマンション建設ラッシュで住民が増えただけのことだが、逆に子供が増えすぎて、統廃合を進めてきた学校が足りなくなるという問題が起きている。 私が小学生だった時代は戦災のため校舎が足らず、午前組と午後組で生徒を入れ替える二部授業が行われたが、中央区の小学校でも二部授業にせざるをえないところまできているという。子供を持つ家族の流入につながるのを嫌がって、今や中央区では分譲マンションの建築を抑制することを検討しているという。賃貸ならいい、という理屈だ。お台場も商業施設ばかり認可しているが、江東区があの地区に学校をつくりたくないからだという。マンション用地として最高の場所だが認可されない。臨海副都心を第二の大手町、と考えた古い構想から一歩も抜け出していないからだ。 たとえば定住人口を20万人と決めれば、それに対して学校や病院などの適切な数や配置も決まってくる。マンション建設も都市計画の一部としてやるべきなのだ。ブロックごとに都や区が買い上げて、地盤を強化し、共同施設をつくる。その上に容積率の高い近代的な高層住宅と商業施設を民間資金でつくる。そこに住んでいた人たちは2年間公営住宅に移ってもらって、住宅が完成したら管理費だけで住めるようにする。ブロック単位で開発すれば、小学校をつくる余裕もできるはずだ。 要は、ビジョンとコンセプト。それさえあれば都市計画はできる。5月雨式に乱開発するから、日本には住環境に付加価値となるような街並みやコミュニティが生まれてこないのだ。 江東区、中央区、港区、台東区、品川区、墨田区など、大手町まで20分以内の通勤圏が整備されるのは、21世紀の世界都市を目指すうえで非常に重要だ。それから築地、晴海、豊洲、勝鬨辺りは開発次第でマンハッタン以上の夜景スポットになるのだから、中央区と港区、江東区が一緒になって東京のシンボルになるようなプロジェクトをやらなければいけない。 もし実現すると、オリンピック誘致どころの騒ぎではない。東京の再開発が始まれば、向こう20年は盆と正月が一緒に来たくらい忙しくなるだろう。内需主導の経済成長のエンジンになること請け合いだから、同じ経済対策でも大いに意味がある。 東は墨田区や江戸川区、西は工場地帯が廃れた京浜運河から横浜まで外側に開発が広がっていけば、20年では終わらないかもしれない。そして30~40年後、街並みが整備され、誰もが住みたくなるような住環境が出来上がったときには、東京は再び世界の注目を浴び、何らかのワールドセンターになっているはずだ。 それは恐らくITの分野ではなく、秋葉原をヘソとしたマンガやアニメ、ゲームといったクリエーティブな領域かもしれない。あるいは西麻布をヘソとした食文化かもしれない。世界一のコンサートホール数をフル活用した芸術と文化の街かもしれない。それに対抗して名古屋や大阪、福岡などが都市の再活性化を競う。カネも需要も十分にあるから、こうした計画は絵に描いた餅ではない。ビジョン型政治家が出てくれば、十分実現可能だ。 これが私の考える日本の突破口、日本版ニューディール構想なのだ。 大前研一の日本のカラクリ プレジデント 2009年2.2号族議員とかでなく・・ 官僚のいいなりでない、 強力なビジョン型政治家の出現を期待したいですね・・・ ヒヨドリが二匹きました。 つがいです。 とっても仲がいい。 新婚でしょうか??? ・・・去年も、きています。 多摩地区は、緑が多いから、野鳥も、多いんですよね。 今年も、ベランダで、野鳥観察・バードウッチングです。 えさ皿を、ベランダの手すりにつくって、 寒くて、食べ物の少ない冬の間、りんごのみじんぎり、みかん、パンなどを出しています。 うまいー!!! ・・・ってとても、おいしそうに食べてます。 そして、とっても、かわいらしい!!! ほのぼのします!! 都心に住んでいるときは、ありえませんでしたね。 他に、めじろ、せきれいなど、子供の時に、みたこともない、 いろいろな、とってもかわいい小鳥がきています。 あまい干し柿の、みじん切りなんかも、大好きですよ!!! ジム・ロジャーズ―すべては、欧米からアジアへ動く プレジデント 2009年2.16号私は近い将来、世界的な通貨危機が訪れると考えています。 ■下落する商品相場はいずれ反転する もし今、誰かに1万ドル運用してくれと頼まれたとしたら。長期投資であれば、私は中国株とコモディティ(商品)を買うでしょう。逆に短期で売却益を出したいというなら、日本円、スイスフランなどの通貨に投資するかな。今後2、3年は、通貨を買って売却するのに非常にいい時期だと思います。なかでも日本円は現在、世界で一番強い通貨ではないでしょうか。円は過去40年、対ドルで約400%も上昇したことになります。 私は近い将来、世界的な通貨危機が訪れると考えています。米ドルをはじめとしたほとんどの通貨の価値が大きく下がる。その前に一度揺り戻しがくるでしょうから、そこで売却するつもりです。 その後は、本格的な商品の時代です。 常々私が言っているように、18~20年くらいのスパンで商品と株式の強気相場の波がやってくるのですが、1999年に商品の上げ相場がはじまったので、あと10年は続くと思います。 今、原油をはじめとした多くの商品価格は大きく下がっていますが、これは一時的な調整局面にすぎず、いずれ反転するはずです。 現在、投資の指標となるファンダメンタルズ(経済の基礎的条件)が損なわれていないのは商品だけなのですから。ビジネス全体の基盤が非常に悪くなっている時代の後には商品、実物がさらに強くなるはずなのです。どの商品が上がるかは、需給バランスを考えればわかります。需要が供給を上回っているものが有望なのです。 例えば、過去20年にわたって原油の供給量は増えておりませんが、中国、インドなど新興国の需要は増え続けています。すぐに原油に取って代わるエネルギーがあるわけではないし、遠からず相場は上昇基調に乗るでしょう。亜鉛、砂糖、コーヒーなども見通しは明るいと思います。 長期的に見れば、太陽エネルギーや原子力など新エネルギー関連も注目されるべきです。いつか世界中の人々が太陽エネルギーを使う日もくるでしょう。時間はかかると思いますが、そこに誰もが殺到したときにはもう遅いのです。 現在、米国における連鎖倒産といった最悪の事態は思った以上に早く進んでおり、米国の債務は半年ですでに3倍に増えています。オバマ新大統領も、有効なビジョンを打ち出しているとは思えません。さらなる消費を推奨し、投資や貯蓄を制限しているだけです。ほどなく米国は超大国としての地位を失い、米ドルは基軸通貨でなくなるでしょう。 現在、GMやシティバンクなどは完全にファンダメンタルズが損なわれている。公的資金の注入などせず、一度バランスシートをきれいにして、やり直すべきなのです。むろん失業者があふれ、一時的に大変なことになるでしょうが、それを覚悟して政府がセーフティーネットを用意しておくべきでしょう。 例えば、日本のバブル崩壊後の90年代後半、政府は、事実上経営破たんしている「ゾンビ会社」に資金を注入し続けました。結果、その後8年間にわたって、株価は8割下落し、10年以上にわたり不況に苦しむことになりました。 一方で、同じく90年代後半、韓国経済は一度崩壊しました。が、すべて清算した後、世界でも有数の経済成長を遂げたのです。このような過去の歴史に学び、一度痛みを受け入れてから、新たにスタートすべきなのです。 今、お金の流れは、西から東へと動いています。アングロ・サクソンを中心とした西洋モデルが行き詰まり、世界の債権国は今、中国、日本、韓国、シンガポール……すべてアジアでしょう。人、モノ、芸術、すべてはお金の流れについていくものです。どんな逆境でも儲ける人はいるものですが、変化をいち早くキャッチできる人が勝者となるのです。私も2年前、家族とともに米国からシンガポールに引っ越しました。娘たちもこのままアジアに定住するでしょう。 米国に代わり、21世紀の超大国に躍り出るのは中国です。現在、米国が世界最大の債務国であるのに対し、中国は最大の債権国となりました。金融危機以降、米国の政治家は、ウォール街の友人を救うために資金を切り崩しているのに対し、中国政府はいち早く、4兆元の景気刺激資金をもって、農業やインフラ整備といった未来への投資を行おうとしています。私はこれを評価しており、中国株も、いずれ値上がりするでしょう。 ■台湾、モンゴル、カンボジアにも注目 中国以外の国で注目しているのは、台湾、カンボジア、モンゴルといったところです。3年前、車で世界一周の旅をしたとき、これらの国を訪れました。どの国も過去に比べ、非常に平和でいい状態にありました。逆に資本主義が行き届かないインドや政治的に不安定なロシアに投資しようとは思いません。 日本は健闘していると思いますが、環境の変化に適応していかなくてはなりません。70年代、日本メーカーのほとんどは米国と取引していましたが、現在はアジア諸国が中心で、工場も海外に移転している。成熟国家として、輸出産業に依存し続けていては厳しいでしょう。 さらに深刻な問題は、少子化です。政府の政策は目立った効果をあげておりませんし、子供が増えないなら、移民を受け入れるしかありません。そしてもう一つの問題は巨額の財政赤字 です。このまま手を打たずにいれば、今のティーンエージャーが40歳になった頃、日本は大変な事態に直面するでしょう。私が今10歳の日本人であったら、怒って革命でも起こすかもしれませんね(笑)。 私も若い頃、子供はお金と時間の無駄だと考えていましたが、それが完全に間違いだったとわかりました。2人の娘は本当に可愛く、24時間一緒にいたいと思います。中国人ベビーシッターをつけて、中国語を話せるように教育しています。中国の時代がやってくる今、それが親として最良の教育だと思うからです。 娘たちにMBAを取らせようとは思いません。これからお金持ちになるためには、農業学、鉱山学といった学問がより大切になってくるでしょう。不動産を買うのなら、農園のほうがいいと思います。 2、3年後に、かつての第二次世界大戦よりひどい状況になる可能性も否めません。今回は金融危機で終わるのか、それとも世界の終わりがくるか。私にとって、世界の終わりとは自分自身が破産することなのですけれどね。 しかし、過去の歴史や哲学から学び、自分の目で現実を確かめ、次に起こりくることを予測し、準備しておけば生き延びることができるはず。世界大恐慌後の1930年にも、多くの人々は新たなビジネスを立ち上げましたし、日本も例外ではありませんでした。もちろん戦争のせいで一度だめになりましたが、戦後、見事に立ち上がったのですから。 Jim Rogers 投資家1942年、米国アラバマ州生まれ。イェール大学卒。70年、ジョージ・ソロスとともに、ソロス・ファンド(後のクオンタム・ファンド)を設立。10年間で、約4000%という驚異的なリターンを挙げる。著書に『中国の時代』『商品の時代』など。 そうなるかどうか、わかりませんがー・・・ ジムロジャースさんは、辛口で、アメリカとか、 イギリス首相からとも、批判をかっています。 でも、ちょっと、おそろしくない??? H2Aロケット打ち上げ、観測衛星「いぶき」分離 人工衛星「いぶき」などを搭載し、打ち上げられるH2Aロケット15号機=23日〔共同〕 三菱重工業と宇宙航空研究開発機構は23日午後、温暖化ガス観測衛星「いぶき」をH2Aロケット15号機で種子島宇宙センター(鹿児島県)から打ち上げた。 約16分後、いぶきはロケットから分離された。15号機には大阪の中小企業が開発した「SOHLA―1(まいど1号)」など7基の小型副衛星も搭載している。 いぶきは約1.75トンの中型衛星。二酸化炭素(CO2)などの大気濃度を地球のほぼ全域で初めて測定、長期的な気候変動の精密予測に役立つと期待されている。 おなじマンションで、理事会で一緒だったAさん、 三鷹のJAXSAで、H2Aロケットを、担当されていました。 きっと、喜んでいるでしょうね!! たいしたもんだねー!! たまやー!!! おかげ様で、アクセス数、32000回超えました!! ほんとに、こんなに、見ているんだろうか??? とっても、不思議で、おもしろいです!! これからも、宜しくお願いします!! たまに、遊びにきてね!! (1/24)オバマ新大統領の就任演説内容(全文) オバマ新大統領の20日の就任演説の全文は次の通り。 市民の皆さん。私は今日、我々が直面する任務を謙虚に受け止め、皆さんにいただいた信頼に感謝し、先祖が払った犠牲を忘れずに、ここに立っている。ブッシュ大統領の国への奉仕と、政権移行期に示してくれた寛容さと協力に感謝する。 これで44人の米国人が大統領の宣誓をした。宣誓の言葉は、潮が満ちる繁栄のなかで発せられたこともあれば、水面が穏やかな平和時に読まれたこともある。しかし、宣誓は時折、暗雲が垂れこめ、荒れ狂う嵐のさなかで行われる。このような時にも米国が前進し続けられたのは、単に指導者たちの技量や洞察力のためだけでなく「我ら合衆国の人民」が先祖の理想に忠実で、建国の文書に誠実であったためだ。 ずっとそうあり続けてきたし、現世代の米国人もそうでなければならない。 我々が危機のまっただなかにいることは、いまや誰もが分かっている。米国は幅広い暴力と憎しみのネットワークと戦争中だ。経済はひどく脆弱(ぜいじゃく)になった。それは一部の人々の強欲と無責任の代償でもあるが、同時に、難しい選択をせず、国家を新しい時代に準備してこなかった集団的な失敗でもある。家は失われ、仕事は奪われ、企業は破綻した。健康保険はコストがかかりすぎ、学校はあまりにも多くの人の期待を裏切る。我々のエネルギーの消費の仕方は敵を強化し、地球を脅かしていることが、日を追うごとに鮮明になっている。 これらはデータや数字で表れる危機の指標だ。同様に甚大な問題でありながら、より把握しにくいのは、米全土で徐々に広まっている自信喪失だ。それは米国の衰退は不可避という恐れ、次の世代は目標を下げなければならないという不安だ。 今日、我々が直面している試練は現実のものだ。それらは深刻で多岐にわたる。簡単に短期間で解決できるものではない。しかしアメリカよ、これらは必ず解決できる。 今日この日、我々は恐れより希望を、争いや仲たがいより目的を共有することを選んだ結果、こうして集まった。今日この日、我々の政治を長い間、窒息させてきたつまらない不平や間違った約束、非難合戦、使い古された教義などの終わりを宣言するために集まった。 我々は若い国家であり続けるが、聖書の言葉を借りれば、子供じみたことはやめる時が来た。不朽の精神を再確認し、歴史の良い部分を振り返り「すべての人が対等で、自由で、最大限の幸福を追求する機会を持つ」という代々受け継がれてきた貴重な贈り物、高貴な理念、神の約束を前進させる時が来た。 我々はこの国の偉大さを再確認するとき、偉大さが決して当然のことではないと理解している。それは働いて得たものでなくてはならない。我々の旅路は近道や妥協であったことはない。憶病者や、勤労より娯楽を好み、富と名声の喜びだけを求める者の旅路だったこともない。むしろリスクをとり、行動し、物を作り出す人々が繁栄と自由への長いでこぼこ道を導いてきてくれたのだ。その中には高名な人もいるが、多くは無名の働く男女だ。 彼らは私たちのためにわずかな所持品をかばんにしまい、海洋を旅し、新しい生活を探してくれた。 彼らは私たちのために工場で汗を流して働き、西部を開拓し、むち打ちに耐え、硬い大地を耕してくれた。 彼らは私たちのために(独立戦争の)コンコード、(南北戦争の)ゲティスバーグ、(第二次大戦の)ノルマンディー、(ベトナム戦争の)ケサンのようなところで戦い、命を落とした。 これらの男女は私たちがよりよい暮らしを送れるよう何度も何度も苦闘し、犠牲を払い、手が腫れるまで働いてくれた。彼らの目に映る米国は、1人ひとりの大望の集積もさらに大きいものだった。生まれや富や党派の違いを超越した国だった。 これが今日も我々が続けている旅だ。我々は依然として地球上で最も繁栄し、強い国家だ。今回の危機が始まってから米国の労働者の生産性が落ちたわけではない。創造性が低下したわけではない。我々の商品やサービスへの需要が先週、先月、昨年より減ったわけでもない。我々の能力は衰えていない。しかし、現状維持、狭い権益の保護、不快な決断を先送りする時代は間違いなく過ぎ去った。今日から我々は立ち上がり、ほこりを振り払い、米国を再生する作業をもう一度始めなくてはならない。 なぜなら、どこを見てもなすべき仕事がある。経済の現状は大胆で迅速な行動を求めている。新しい雇用を創造するだけでなく、成長の新しい基盤を築くために我々は行動する。 我々は商業の糧となり、我々を結びつける道路や橋、送電網や通信網を造る。科学を本来あるべき地位に引き上げ、医療の質の向上とコストを抑えるために素晴らしい技術を駆使する。太陽、風、大地を使い自動車を動かし、工場を稼働させる。新しい世代の需要に合うように学校や大学を変革していく。これらはすべて実現可能だ。そして我々はこれらをすべてやる。 さて、我々の志の大きさについて疑問を持つ人々がいる。彼らは我々のシステムがあまりに多くの大計画に耐えられないと主張する。だが彼らは忘れっぽい。なぜなら彼らはこの国がなし遂げたことを忘れているからだ。想像力が共通の目的と結びつき、必要性が勇気と交わったとき、自由な男女が何を達成できるかを忘れている。 皮肉屋は足元で地殻変動が起きていることを理解していない。時間を浪費しすぎたカビくさい政治論争はもはや通用しないのだ。我々が今日、問うているのは、政府が大きすぎるか、小さすぎるかではなく、機能しているか否かということだ。まともな収入を得る仕事、手が届く保険、尊厳ある老後の生活。これらを各家庭が手に入れられるように、政府が手をさしのべているかだ。 答えがイエスな部分については、我々は前進させる。答えがノーな部分については、その事業を中止する。公金を管理するすべての者は説明責任を負う。使うべきところには賢く使い、悪い習性を改め、誰からも見えるように仕事をしてこそ、初めて国民と政府の間の信頼を取り戻せるのだ。 市場が善か悪かという問題でもない。市場ほど富を生み、自由を広げる力を持つものはない。しかし今回の危機は、市場に対する監視の目がなければ、市場が制御不能に陥ることを思い出させた。国家は成功した者だけを引き立てていては成功できない。我々の経済の成功は、単に国内総生産(GDP)の規模だけでなく、繁栄の広がり、意欲あるすべての人に機会を提供する能力にかかってきた。そうするのは、慈悲としてではなく、共通の利益への最も確実な道だからだ。 共同の防衛について言えば、安全と理想をてんびんにかける誤った選択を拒絶する。建国の父たちは想像を絶する危険に直面しながらも、法による支配や人権を確約する憲章を書き上げた。憲章はその後、何世代もが血を流したことにより拡充されてきた。その理想は今でも世界を照らし、我々は時々の都合で放棄したりしない。だから、今日(就任式を)見ているすべての(外国の)人々と政府に言いたい。そこが巨大な首都であれ、私の父が生まれた小さな村であっても。米国は平和と尊厳の未来を志すあらゆる国とあらゆる男性、女性、子供の友人である。そして我々は再び先頭に立つ用意ができている。 先人らがファシズムや共産主義にミサイルや戦車だけでなく、強固な同盟と永続する信念で立ち向かったのを思い起こしてほしい。彼らは力のみでは自分自身を守れないこと、力があるからといって好き勝手に振る舞う資格がないことを理解していた。その代わり彼らは深慮をもって力を行使すれば、その力が増すことを知っていた。我々の安全は、大義の公正さ、模範の持つ力、謙虚さと自制がもたらす静寂から生じるものだということも知っていた。 我々はこの遺産の守護者だ。この原則に再び導かれることで、我々はより困難な脅威、今まで以上に国家間の協力と理解が求められる新たな脅威に立ち向かうことができる。我々は責任を持ってイラクを同国民に返し、苦労しながらアフガニスタンに平和をもたらす。旧友やかつての敵と手を携え、たゆまぬ努力で核の脅威を削減し、地球温暖化の恐れを逆戻りさせる。 我々は自分たちの生き方について謝らないし、それを守ることを躊躇(ちゅうちょ)しない。自らの目的を達成するために、テロを使い、無実の人たちを殺害する者にいま告げる。我々の精神はあなた方より強く、決して砕けない。あなた方は我々より長続きすることは不可能であり、我々は必ずあなた方を打ち負かす。 米国の先祖伝来の多様性は弱みではなく、強みだ。我々の国にはキリスト教徒、イスラム教徒、ユダヤ教徒、ヒンズー教徒、無宗教の人がいる。地球上のあらゆる場所から集まった言語と文化によって形作られた。米国は内戦や人種差別の苦汁を味わい、その暗い歴史から、より強く、より団結し再浮上した。だからこそ、我々はどうしても信じたい。古い憎しみがいつの日か過ぎ去り、部族の線引きがやがて消えることを。世界が狭くなるにつれ、共通の人類愛が浮き彫りになることを。そして米国が新しい平和の時代をもたらすために、役割を果たさなければならないことを。 イスラム世界に言いたい。我々は互いの利益と互いへの尊敬に基づいた新しい道を求める。対立を助長したり、自国社会の問題を西洋に責任転嫁したりする世界の指導者に言いたい。あなたの国の国民は、あなたが何を壊すかによってではなく、何を築くかによってあなたを判断する。汚職とウソ、口封じによって権力にすがりつく指導者よ、あなたは歴史の間違った側にいる。しかし、その握りしめた拳を開けば、我々は手をさしのべる。 貧しい途上国の人々に言いたい。畑が豊かになり、きれいな水が流れるようになるようあなたがたとともに取り組んでいく。飢えた体を養い、向上心のある脳を満たしていく。米国のような豊かな国は、もはや国境の外の苦しみに無関心ではいられない。何の考慮もなしに資源を無駄遣いすることも、もうできない。世界が変わったため、我々もそれに合わせて変わらなければならない。 我々の前に開かれた道を考えるとき、私たちはこの瞬間にもはるか遠くの砂漠や山々を警備している勇敢な米国人たちを謙虚な感謝とともに思い出す。アーリントン(国立墓地)に横たわる亡くなった英雄たちが時代を超えてささやくように、彼らも我々に何かを語りかけている。彼らは私たちの自由を守っているだけでなく、奉仕の精神や、自分自身より偉大な何かに意味を見いだそうとする意志を体現しており、我々は彼らを誇りに思う。そして、いまの世代への評価が決まるこの局面で、この(奉仕の)精神こそが我々みんなが持たなくてはいけないものだ。 なぜなら、政府ができること、やらなければならないことはあるが、この国が最後に頼りとするのは米国民の信念と決意だからだ。堤防が崩れた時に見知らぬ人を受け入れる優しさ、友人が職を失うくらいなら自分の労働時間を短縮する無私の心が、暗黒の時に我々を支えてくれる。煙に満ちた階段を駆け上る消防士の勇気、そして子供を育てる親たちの意欲が最終的に我々の運命を決める。 我々が立ち向かう挑戦は新しく、それに立ち向かう手段も新しいかもしれない。しかし我々の成功の礎となる価値観は古い。それは誠実さと勤勉、勇気と公正、寛容さと好奇心、忠誠心と愛国心などだ。これらは普遍の真理である。我々の歴史を通じて前に進む静かな力となってきた。 そうであるならば、いま求められているのはこうした真理に立ち戻ることだ。いま求められているのは新たな責任の時代だ。米国民の1人ひとりが自分自身、自分の国、そして世界に対して義務を負うという認識だ。いやいや請け負う義務ではなく、喜んでつかむ義務だ。難しい課題に全力で向かうことほど、精神を満たし、我々らしさを見せることはないからだ。 これが市民であることの代価であり、約束である。我々の自信の源泉である。未知の運命を自らの手で形作れと神が呼びかけていることを我々は知っている。 これが我々の自由の意味であり、信条である。これがあるからこそ、今日この偉大なモールにあらゆる人種とあらゆる宗教の男性、女性、子供が集まり祝うことができるのだ。これがあるから60年前ならレストランで食事をすることもできなかったかもしれない父を持つ男が、最も神聖な宣誓を行うためにあなた方の前に立つことができるのだ。 だから、我々が誰なのか、どれだけ長い道のりを歩んできたかを振り返りながら、この日を覚えておこう。米国が生まれた年、最も寒い月に、愛国者の小さな集団がいてつく川沿いの消えかけたたき火に身を寄せ合った。首都(フィラデルフィア)は見捨てられた。敵は進軍してきた。雪には血がにじんだ。革命(独立)の行方が最も危ぶまれた時、建国の父は人々にこう読むよう命じた。 「将来の世界で語られるようにしよう。希望と美徳以外は何一つ生き残ることができない真冬の日に、共通の危機にひんした都市と地方はともにそれに立ち向かった」 アメリカよ。共通の危機に直面した今、この困難な冬に、我々はこの時を超えた言葉を思い出そうではないか。希望と美徳によって、氷のように冷たい流れにもう一度勇敢に立ち向かい、いかなる嵐が訪れようとも耐えようではないか。子々孫々が今を振り返った時に、我々が試練の時に旅を終えることを拒否し、引き返すことも、たじろぐこともなかったということを語り継がせようではないか。地平線に視線を定め、神の慈悲を身に浴びて、我々は自由という偉大な贈り物を運び、将来の世代に安全に送り届けたということを。ありがとう。神の祝福がみなさまにあらんことを。そして、神の祝福がアメリカ合衆国にあらんことを。 2008.1.24 NIKKEINET [ワシントン 20日 ロイター] 米民主党のバラク・オバマ前上院議員(47)は20日正午、ワシントンの連邦議会議事堂前での就任式で宣誓し、第44代大統領に就任した。米国史上初のアフリカ系(黒人)大統領が誕生した。 新大統領は宣誓後の就任演説で、国家の再建に向け責任ある時代を築こうと訴えた。 「この日から、われわれは自分で起き上がり、自らの埃を払いつつ、米国の再生という仕事に再び取り組み始めなければならない」 と語った。 議事堂前には就任式を目の当たりにしようと全米各地から駆けつけた数十万の市民であふれた。宣誓に際し、オバマ氏はリンカーン大統領が1861年の宣誓で用いた聖書に自らの手を置いて宣誓を行った。 演説では、過去の奴隷制度や人種差別のなかで「むち打ちや辛い耕作を耐え忍んだ」人たちによって米国は築き上げられてきたと指摘。さらに経済は極めて弱体化しており、大胆かつ迅速な行動をとると確約、8250億ドル規模とみられる景気対策を最優先課題とする意向 を示した。 ただ演説では経済危機への具体的な内容は盛り込まれず、米国株式市場では、演説後に下げが拡大 した。 <ささいな不満に終わりを> 国民の広範な支持や期待とともに大統領に就任したオバマ氏だが、演説では、現実に目を向けることでそうした期待の高まりを抑えようとする姿勢も見え隠れした。 米経済が過去70年間で最悪の状態 に置かれていることや、イラク・アフガン戦争などを通じて米国は危機に直面していると強調。その上で、これまで米国民を分断してきた「ささいな不満(petty grievances)」に終わりを告げる時期が来ている と訴えた。 「今われわれに求められていることは、責任ある新時代を築くことであり、米国民が一人一人、自分自身や国家、世界に対して、嫌々ながらでなくむしろ喜んで責務を担っていくことだ」 と語った。 経済については「欲望や無責任」や、困難な選択を回避したことによって支障が生じたとし、経済の建て直しを約束すると表明。経済危機を通じて、注意していないと市場は制御不能に陥る可能性が明らかになったとした。経済の繁栄はさらに幅広く共有される必要があるとした。 リセッション(景気後退)の煽りで財政赤字は1兆ドルに膨らみ、1100万人が失業する状況のなか、景気対策は必須の課題となっている。 <再びリードする立場へ> 対外政策としては、米国が「責任を持って」イラクから撤退し、アフガニスタンの和平獲得を支援 すると表明した。 イラクからの具体的な撤退時期については明らかにしなかったが、米軍は2011年末までにイラクを撤退することで米・イラクは合意。またオバマ氏は、武装勢力タリバンの阻止に向け、これまでにアフガニスタンへの増派を表明している。 さらに海外へのメッセージとして「米国はそれぞれの国や人々、そして将来の平和と品格を求める子どもたちの味方であることを知ってほしい。米国は再びリードする立場へ向かう備えがある」 と語った。 9・11同時多発攻撃やテロとの戦いを経て、イスラム教徒との融和を表明。相互の理解や尊重に基づく新路線を模索していくとした。一方、テロについては、ためらうことなくこれを防護しつつ、テロを打破していく と述べた。 米大統領にオバマ氏就任 1月21日 NHK アメリカの第44代大統領にバラク・オバマ氏が就任し、アメリカ史上初めての黒人の大統領が誕生しました。就任演説でオバマ新大統領は、アメリカの再生に向けて国民ひとりひとりが責任を持つよう呼びかけるとともに、国際社会と協調することでアメリカの指導力を取り戻す決意を表明しました。 就任式は、ワシントンにある連邦議会の議事堂前で行われ、オバマ氏が、20日正午すぎ、日本時間の21日午前2時すぎ、「職務を誠実に遂行する」と宣誓し、アメリカの第44代大統領に就任しました。これによって、アメリカ史上初めて黒人の大統領が誕生しました。 このあと、オバマ新大統領は、就任演説を行い、アメリカがイラクやアフガニスタンで戦いを継続し、深刻な経済危機に直面していることについて、「課題は深刻だ。簡単に解決されるものではない」と率直に認めました。そのうえで、「きょうここに集まったのは、恐れるのではなく、希望を持つためだ。対立ではなく、団結するためだ」と述べて、アメリカの再生に向けてともに立ち上がろうと呼びかけました。そして「今求められているのは、新しい時代の責任だ。すべての国民が義務を担い、それを喜んで受け入れることだ」と述べて、国民ひとりひとりが責任を担うよう訴えました。また、オバマ新大統領は「アメリカは平和を求めるすべての国や人たちの友人だ。われわれは再び指導力を発揮する」と決意を表明し、「各国との協力や理解を深めることで、新たな脅威に対処していく」 と述べて、国際社会との協調を重視する姿勢を明確に示しました。オバマ新大統領は、就任の演説に続いて、議会からホワイトハウスまで、パレードする予定で、沿道や式典会場の周辺は、歴史的な瞬間に立ち会おうと、全米から集まった大勢の人で埋め尽くされています。まだどこかに、アメリカという国ではどんなことでも起こりうるということが信じられない人がいるのであれば、アメリカ建国の理念が今日も生きていることにまだ確信が持てずにいる人がいるのであれば、アメリカの民主主義の力に疑問を呈する人がいるのであれば、今晩がその答えだ。 その答えはかつてないほどの数の学校や教会を取り囲んだ長蛇の列に並んで、3時間も4時間も待っていた人々によって(そんなのは人生で初めての経験だろう)もたらされた。なぜなら、彼らは今回こそは違うと信じていたからだ。そして、彼らの声こそがその違いになったのだ。 その答えは語られた。若者によって、老人によって、金持ちによって、貧乏人によって、民主党支持者に、共和党支持者に、黒人、白人、ラティーノ、アジアン、ネイティヴ・アメリカン、ゲイ、ストレート、障害者、健常者によって。世界にメッセージを発信する全てのアメリカ人によって語られた。我々は単なる赤い州(共和党支持の州)と青い州(民主党支持の州)の集合ではないのだと(訳注:スピーチの中では雑多な個人の集合体ではない、という一節がここに入っていましたがテープ起こしに失敗してるんですかね)。我々は今も、これからもずっとアメリカ合衆国なのだ、と。 その答えは、我々が成し遂げようとしていたことに対してシニカルになれと、あるいは恐れよと、あるいは懐疑的になれと余りにも多くの人々から余りにも長い間言われ続けてきた人々が歴史の琴線に触れ,今一度それをより良き日々への希望に向けるよすがとなるものだ。 答えが出るまでには時間がかかった。が、今晩、我々が今日行った行為(投票)によって、この選挙で、まさにこの瞬間に、アメリカに変革が訪れたのだ。 ついさっき、マケイン上院議員からとても丁寧な電話を頂いた。彼は長い間ハードにこの選挙を戦ったが、彼は愛する国のためにもっと長い間、もっとハードに戦ってきたのだ。彼は我々の多くが想像し始めることさえも不可能な祖国への犠牲に耐え、この果敢にして無私のリーダーの下で我々の生活は改善してきた。私は彼とペイリン副大統領候補のこれまでの業績を称え、数ヵ月後にこの国の行く末を刷新するためにともに働く日々を楽しみにしている。 この旅路のパートナーに感謝したい。心から選挙に協力し、スクラントンのストリートで共に育ちデラウェア行きのあの電車で一緒に家に帰った仲間達のために話した男。合衆国副大統領、ジョー・バイデンだ。 この人の不屈のサポートがなければ私はここに立っていることすらできなかっただろう。この16年間の最良の友であり、我が家の要であり、我が愛であり、合衆国ファースト・レディであるミシェル・オバマ。サーシャとマリア、二人とも愛しているよ。約束どおり、ホワイトハウスに連れて行く子犬を選ぶといいよ。 そして、祖母はここにはいないけれど、彼女は家族と共に見守ってくれている。私を今の私にしてくれた家族と。今晩、ここにいないのが残念だ。彼らには、どれほど世話になったことだろう。 キャンペーン・マネージャーのデイビッド・プラウフ、主席ストラテジストのデイビッド・アクセルロッド、そして政治史上最高の選挙チーム、君達がこれを成し遂げた。そのために払ってくれた犠牲に対し、私は一生感謝を忘れない。 しかし、何よりも。私はこの勝利が本当は誰のものであるかを決して忘れない。貴方だ。この勝利は貴方のものだ。 私が勝てそうな候補者であったことはなかった。資金もなければ支持もなかった。我々の選挙戦はワシントンのホールではなく、デモインの裏庭やコンコードの居間やチャールストンの玄関から始まったのだ。 それは、なけなしの貯金をまさぐらないと5ドル、10ドル、20ドルも出てこないような労働者達から始まった。次に、若者達が力をくれた。その年代は情熱を燃やすことがないという神話を否定し、安い賃金と少ない睡眠時間で働くために家を、親元を離れて協力してくれた。それほど若くない人々も極寒酷暑の中、全く見知らぬ人々の家をノックして回ってくれた。何百万人ものアメリカ人が、ボランティアとして組織をつくり、2世紀以上を経てもなお「人民の、人民による、人民のための政府」が地上から消滅していないことを証明した。これは、貴方たちの勝利だ。 貴方たちは、選挙に勝つだけのためにこれをやったのではないし、ましてや私のためにやったのでもない。貴方たちがここまでやったのは、ひとえにこの先に待ち構えている仕事が莫大であることを知っているからだ。こうして祝福している今日でさえ、明日やってくるであろう挑戦は人生で最も厳しいものになるだろうと知っている。二つの戦争、環境危機、今世紀最大の経済危機。我々が今晩ここに集っている間にも、イラクの砂漠やアフガニスタンの山で勇敢なアメリカ人が我々のために命をかけている。子供が寝た後で、どうやって住宅ローンを返済するか、医療費を支払うか、大学までの教育資金を捻出するか、悩んでいる両親がいる。制御しなければならない新たなエネルギーがあり、創出しなければならない新たな雇用があり、建設しなければならない新たな学校があり、敵が待ち構えていて、修復しなければならない同盟がある。 この先の道は長く、勾配は険しい。一年では辿り着けないかもしれないし、一期でも難しいかもしれない。だが、アメリカよ、私は今晩ほど希望を抱いたことはかつてない。私は貴方たちに約束する。我々は必ず成し遂げる。 後退することもあるだろう。道を間違うこともあるだろう。私が大統領として下す判断や政策に同意しない人は沢山いるだろうし、政府が全ての問題を解決できるわけでもない。だが、少なくとも我々が直面する課題に関して私は常に正直でいようと思う。私は貴方の言うことを聞く。同意が得られない場合には特に良く聞く。何よりも、私は貴方に参加して欲しいのだ。過去221年の間、この国がしてきたようにこの国を作り直す仕事に。1ブロックずつ。レンガ一個(1ブリック)ずつ。豆だらけの手で。 21ヶ月前の冬のさ中に始まったことが、この秋の晩に終わるわけではないのだ。この勝利それ自体は我々が望んだ変革ではない。変革を起こすチャンスを与えてくれただけだ。ここで後戻りしたら何も起こらない。貴方の協力がなければ何も起こらない。 だから、新たに愛国の精神を、奉仕と責任の精神を呼び覚まそう。我々が問題に一生懸命に取り組み、自分だけではなく互いに助け合えるよう決意するために。この経済危機がもたらした教訓を思い出そう。それは、メイン・ストリートの具合が悪いときにウォール・ストリートだけが繁栄することはできないという教訓だった。少なくともこの国では。我々は一つの国、一つの民として運命を共にするのだ。 党派心、近視眼、未熟さといった、これまでに余りにも長い間政治が陥ってきた同じ過ちに陥らないようにしよう。 共和党の旗を最初にホワイトハウスに持って行ったのはこの州出身の男だったことを思い出そう。共和党は信頼と個人の自由と国家の団結に価値を置く政党だが、その価値観は我々全てが共有するものだ。今晩、民主党が偉大な勝利を手にしたが、我々は謙虚に、そして我々の進行を妨げる断絶を修復する決意を持って、この価値観を共有しよう。リンカーンは現在よりも遥かに分断された国民に向かって説いた。「我々は敵ではなく友である。情熱は友愛の絆をすり減らしたかもしれないが、絆を完全に壊してはいけない」だから、今後、私が助力を必要とするであろうアメリカ人達に伝えたい。私は貴方を選挙で勝たせることはできないかもしれない。だが、貴方の言うことに耳を傾けよう。貴方の助力が必要なのだ。そして、私も大統領の責務を果たそう。 そして、海の向こうから今晩の様子を見ている人達に伝えたい。議事堂や王宮からうち捨てられた街角のラジオに集う人々まで。我々の物語は別々かもしれないが、我々の運命は共有されている。新しいアメリカのリーダーシップの時代がやってくる。世界を引き裂こうとしている者は、我々が打ち滅ぼそう。平和と安全を希求する者は、我々がサポートしよう。そして、今でもアメリカはそれほど輝いているのかと疑問に思う者よ。我々の強さの源は軍事力でも経済力でもなく、尽きることない理念、すなわち、民主主義、自由、機会、絶えない希望なのだということを、今晩我々は今一度証明したのだ。 アメリカの真の資質はアメリカは変わることができるという点なのだ。我々の団結は完璧になりうる。これまでに成し遂げてきたことが、明日から成し遂げなければならない事への希望となる。 この選挙では多くの史上初と多くの物語が生まれ、語り継がれていくだろう。だが、今晩私の頭にあるのはアトランタで投票した女性の物語だ。彼女は、選挙を通じて声を届かせようと列に並ぶ何百万人もの人々となんら変わる所はない。唯一つ、アン・ニクソン・クーパーが106歳だということを除いては。 彼女は奴隷制直後の世代に生まれ、当時の道路には車がなく飛行機もなかった。更に、二つの理由で選挙に参加することもできなかった。彼女が女性であり、皮膚の色が違ったからだ。 そして今宵、私は彼女がアメリカで過ごした1世紀を思う。悲嘆と希望。闘争と前進。我々にはできない、と言われ続け、そのアメリカ人の信条を押し付けられた日々。 Yes we can(いや、できるさ) 女性の声は押し殺され、女性の望みはかき消された時代。彼女は見た。女性が立ち上がり、声を上げるのを。そして今晩、投票所にやってきた。 Yes we can(そう、できるんだ) (1930年代)砂嵐の被害に苦しむ中南部には絶望が、そして国中に憂鬱が蔓延した時代。彼女は見た。ニューディール政策、新しい職と新しい公共心によって国が自力で恐怖を克服する様を。 Yes we can 爆弾が我々の湾に降り注ぎ、世界が独裁者の脅威に晒されたとき。彼女は見た。その世代の人々が偉大にも立ち上がり民主主義が救われるのを。 Yes we can 彼女は見た。モントゴメリのバスを、バーミングハムの放水を、セルマの橋を。そして、彼女は聞いた。アトランタから来た宣教師が人々に「我々は勝利する」と語るのを。 Yes we can 人類が月に到達し、ベルリンの壁は崩され、我々の科学と創造力によって世界中が結ばれた。今年、この選挙で彼女は指でスクリーンに触れるだけで投票した。106年もの間アメリカで生活し、最良のときも最悪のときも経験してきた彼女は、アメリカがいかに変われるかを知っている。 Yes we can アメリカよ、我々はここまでやってきた。実に多くを見てきたが、実に多くが手付かずだ。だから今宵、我々は自問しよう。我々の子供達が来世紀を見るならば、私の娘達が幸運にもアン・ニクソン・クーパーほど長生きできたなら、どんな変化を目撃するのだろう?どんな進歩を成し遂げているのだろう? これは、その問いに答えるべく、我々に与えられたチャンスだ。我々の時、我々の時代なのだ。人々を仕事に戻し子供達に機会のドアを開く、繁栄を取り戻し平和を推進する、アメリカンドリームを再生し根本的な真実を再確認する、つまり、多くの場面で我々は一体である。共に生き、共に望む。シニカルであったり懐疑的であったり、我々にそれは無理だと言い続けるような人々に出会った場合には、我々は人々の精神の総和である朽ちることない信念をもって応える。 Yes we can(いや、できるさ) (Yes we can(いや、できるさ)は、言わなかったようです???) ありがとう。貴方に神の祝福を。アメリカに神の祝福を。 びじうのログ そう、やれば、できる!!! es we can(いや、できるさ) シティの2分割 だが、言葉に酔ってばかりもいられまい。オバマ政権は滑り出しからいきなり試練にさらされる。政権から100日間はマスメディアも大統領への批判を慎むハネムーン期間と言われるが、今はそんな悠長なことを言っていられないほど金融危機再来が迫っている。先週末には、米銀最大手のシティがグループの2分割案を発表。昨年、2度も政府の支援策を受けたにも関わらず、連結決算外の傷が深すぎて立ち直れないままだ。シティの総資産は2兆ドル(約180兆円)もあるが、これを銀行や投資銀行などの中核部門と証券業務や消費者金融などの非中核部門に分け、将来は中核部門だけを残して売却するという。日本も他人事ではなく、シティ傘下の日興コーディアル、日興アセットが非中核部門に入れられて、将来は売りに出されることになった。シティは銀行が証券、保険、クレジッドカードなどあらゆる金融業務を兼ね、ワンストップの便利さを売りにするビジネスモデルを謳っていたが、実は中はてんでバラバラだったことが露呈、とうとう空中分解に至った。しかし、話はシティだけにとどまらない。同じく追加支援を受けたバンク・オブ・アメリカ、さらに欧州や日本のメガバンクも大なり小なり同じ方向を目指してきたからだ。シティの挫折はさらなる金融機関再編の呼び水になるだろう。 オバマ新政権もそれに備えるかのように、ガイトナー財務長官ら経済チームが新たな政策を考えているようだ。発足とともにブッシュ前政権の金融安定化策は改めて見直されることになる。17日付のウォールストリート・ジャーナル電子版は、これまでのような資本注入や政府による債務保証では足りないとして、金融機関の不良資産をバランスシート(貸借対照表)から切り離す「バッドバンク、グッドバンク」構想が浮上していると報じた。「バッドバンク、グッドバンク」とは聞き慣れない言葉だが、要は不良資産を旧勘定の受け皿銀行に集中させ、銀行業務は新勘定の銀行で続けて息を吹き返させるというもので、日本でも地方金融機関などの再生にこの方式を使った経緯がある。 まさに、シティの2分割はその先ぶれにみえる。いまのアメリカの金融株急落の惨状ではまさに「待ったなし」。一部報道では、金融機関の追加支援には新たに最大1兆2千億ドルが必要だとの試算も出ているが、ブッシュ政権下の金融安定化策の残り3500億ドルに上乗せして新たな銀行支援に乗り出すのかどうか…。オバマ新政権の長く険しい初仕事が始まる。 FACTA Copyright © CyberAgent, Inc. 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