紀子さまと母権的意識
新聞やテレビの、紀子さまの報道によって日本中がわいています。
今日は、母権的意識についてこのことから考えたいと思います。
紀子さまのことと同時に、国会で皇室典範改正が議論されていました。
このことは、母権的意識と父権的意識の違いを表しています。
皇室典範の改正は、父権的意識によるものです。
即ち、困難に対して積極的に何かをする。それによって、困難を克服する。
皇室典範の改正は、こういうものでした。
紀子さまは、母権的意識によるはたらきです。
母権的意識は、積極的には何もしません。ただ待つのです。
そしてそれは、すべてをかけて待つのです。
危機が起きたときは、一つの特徴のあることがおきます。
それは父権的意識から母権的意識への、パラドキシカルな転換です。
そのパラドキシカルな転換によって、困難は真に克服されるのです。
そしてその母権的意識は、言葉にはよらない、全人格的なはたらきです。
紀子さま、おめでとうございます。
『自分が生まれ変わるための、こころの絵本』の、編集日記
先ほどテレビのニュース番組を見て、この『・・・・・・絵本』の持つ意味も深まったと、思いました。
自分のしていることと、世界のしていることは呼応しているのかもしれません。
運命は変わる
今日は、運命は変わるということを書きます。
グリム童話の、『眠りの森の美女』から考えて見ます。
眠りの森の美女
むかし、むかしある国に王様とお妃様がいました。二人のあいだに、おんなの子が生まれました。
王様は、誕生パーティーを催します。
ところが、そのパーティーに招かれなかった魔法使いが呪いをかけます。その呪いは、「お姫様は十五歳になると、糸を紡ぐ道具にさされて死ぬ」と、いうものでした。それに対して、招かれた魔法使いは、「そんなことはありません。百年の眠りにつくだけです。」と、言います。
王様は、そう言われても心配でした。そこで国じゅうの糸を紡ぐ道具を全部、焼きつくしてしまいました。ところがお姫様は十五歳になったときに、ふとしたことから一つだけ残っていた糸を紡ぐ道具を、見つけます。お姫様は、その道具を今まで見たことがないので、何だかわからないので触ってしまいます。そして指を刺され、百年の眠りに入るのです。
しかし百年後に、王子様が現れ王子様のキスによって眠りからさめます。
この話には、大切な意味があります。王様はお姫様のために、できる限りのことをします。でもそれによって、お姫様は糸を紡ぐ道具を知りません。そのことによって、百年の眠りについてしまいます。
これは、王様のしたことが逆にお姫様を苦しめてしまったのです。
即ち、親のできることには限界があります。その限界が、子どもを逆に苦しめてしまいます。
子どもが真に自分の人生を歩みだすのは、親の限界がスタートラインなのです。
また同時に、外から王子様が現れたように、外から訪れる人の手助けが必要なのです。
そのときに、運命は変わるのです。
『自分が生まれ変わるための、こころの絵本』の、編集日記
昨日、本屋で絵本を買ってきました。
今は絵本でも、CDが付いていて音が出る絵本もありました。
驚きました。
私たちの絵本は、皆さんに絵本に絵を書き込んでもらうものです。
だから、だいぶ趣向が違います。
イメージを育て、大切にしたのです。よろしくお願いします。
カウンセリング
オール・ワンの話 (2)
おじいさんとおばあさんの前には、もう自分は愛されるに値すると自己主張する犬はいなくなってしまいました。ただ、愛されるに値しないと思われる犬がいただけです。
この犬は、自分は愛されるに値しない犬だと思い込んでいたために隅っこにいたのです。だから、生きのびたのです。
もう犬は、この一匹(ワン)だけです。
おじいさんとおばあさんはこのか細い犬に、ミルクをあたえて育てました。
そうしたら、ミルクを飲んだか細い犬はまるまるとしたかわいい犬になりました。
おじいさんとおばあさんは、自分たちの間違いに気付きました。
愛するに値する犬は、すべての犬(オール)の中にもいないのです。
ただひたすら自分が相手を愛することによって、「愛されるに値するもの」に相手は変わっていくのです。
一つの愛(ワン)だけが、すべて(オール)を愛するに値するものに変えていく力を持っています。
『自分が生まれ変わるための、こころの絵本』の、編集日記
きのうのテレビのニュースを見ていたら、いま大人のための絵本があると放送していました。
これを見て、安心しました。実を言うと、大人に絵本はどうかなと思っていました。
めでたし、めでたしです。
カウンセリング
愛すること
私たちは、人を愛するときに一つの大きなミスをしています。それを、昔話で考えてみたいと思います。
オール・ワンの話
むかし、むかし、おじいさんとおばあさんがいました。二人は、犬がほしくなりました。
そこで、おじいさんが犬の丘に犬を探しに行きました。そこには、犬がいっぱいいました。どの犬も、とてもいい犬でした。そこでおじいさんは、すべて(オール)の犬を連れて家へ帰りました。
ところが、おばあさんはこんなにいっぱいの犬は飼いきれないといいました。
そこで二人は一番、自分たちが愛するに値する犬を一匹(ワン)を飼おうと決めました。
それを聞いた犬たちは自分が一番、愛するに値するといって、けんかを始めました。おじいさんとおばあさんは、けんかに驚いて家から出て行ってしまいました。二人が家へ帰ってくると、もう犬は一匹もいませんでした。
二人は、「犬が食べっこした」といいました。よく考えてみれば、「食べっこ」をしても最後には一匹は残るはずです。そうならなかったのは愛の世界には、自己主張するものはいられないことを示しているのです。愛の世界は、自己主張しないもののみがいる世界なのです。だから自己主張する犬は、一匹もいなくなったのです。
ところが、よく見ると部屋の片隅にか細い犬が一匹(ワン)いました。
二人は、この犬から真の愛を教えられることになります。それは、明日書きます。