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2011-04-09 14:48:34

テスト不安の克服法 80

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

この人も最終的に、自分の思い込みにより不安に陥っていたことに気付きました。
それが事実です。

不安は、マイナスの方向にハンドルを切っていくのです。
この人も、不安からマイナスの方向にハンドルを切ったのです。

不安によりマイナスの方向にハンドルを切ると、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その結果、この人のようにかんじん要の勉強を放棄してしまうのです。

あきらめてしまうのです。
正しい解決は、不安の中でもけっしてあきらめないことです。

この人も自分の思い込みから、強い不安に陥っていったのでした。
その結果、マイナスの方向にハンドルを切っていったのです。

次回に、さらに述べます。

2011-04-08 15:39:24

テスト不安の克服法 79

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

この人も最終的に、自分の思い込みにより不安に陥っていたことに気付きました。
それが事実です。

不安は、マイナスの方向にハンドルを切っていくのです。
この人も、不安からマイナスの方向にハンドルを切ったのです。

不安によりマイナスの方向にハンドルを切ると、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その結果、この人のようにかんじん要の勉強を放棄してしまうのです。

あきらめてしまうのです。
正しい解決は、不安の中でもけっしてあきらめないことです。

次回に、さらに述べます。

2011-04-02 15:41:16

テスト不安の克服法 78

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

この人も最終的に、自分の思い込みにより不安に陥っていたことに気付きました。
それが事実です。

不安は、マイナスの方向にハンドルを切っていくのです。
この人も、不安からマイナスの方向にハンドルを切ったのです。

不安によりマイナスの方向にハンドルを切ると、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その結果、この人のようにかんじん要の勉強を放棄してしまうのです。

次回に、さらに述べます。

2011-03-05 14:57:25

テスト不安の克服法 77

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

この人も最終的に、自分の思い込みにより不安に陥っていたことに気付きました。
それが事実です。

不安は、マイナスの方向にハンドルを切っていくのです。
この人も、不安からマイナスの方向にハンドルを切ったのです。

次回に、さらに述べます。

2011-02-27 12:08:28

テスト不安の克服法 76

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

この人も最終的に、自分の思い込みにより不安に陥っていたことに気付きました。
それが事実です。

次回に、さらに述べます。

2011-02-12 15:07:00

テスト不安の克服法 75

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

自己執着を手ばなすことなく、迷路を抜け出すことはできません。
その自己執着を手ばなすときに、迷路は正しい道になるのです。

次回に、さらに述べます。

2011-02-05 15:04:22

テスト不安の克服法 74

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

否定的な自己執着の世界に、生きています。
それはとても狭い、世界です。その世界をさ迷っています。

この人もテストの結果は、それほど否定的なものではありませんでした。
「全部ダメ」というものでは、ありませんでした。

それでもこの人は自分の答案用紙と、人の答案用紙が間違えて採点されたかもしれないと心配しました。
もしくは先生が採点結果を、人を間違えてパソコンに入力したかもしれないと心配しました。

このように、常に否定的な自己執着の世界に生きています。
自分はダメだという自己執着を、手ばなすことができません。

自己執着を手ばなすことができないがゆえに、自分はダメだという迷路をさ迷います。
その自己執着を手ばなすという正しい道から、自分からそれていくのです。

次回に、さらに述べます。

2010-12-25 14:39:57

テスト不安の克服法 69

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

ノイローゼ傾向の人は、このように自己否定的です。
否定的な執着を手放すことが、できません。

次回に、さらに述べます。


2010-12-17 14:16:35

テスト不安の克服法 68

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。

こう言いました。
「問題は、理解されませんでした。」「それに答えも書きましたが、確信は持てません。」

次回に、さらに述べます。

2010-12-11 14:36:27

テスト不安の克服法 67

テーマ:こころの健康
今日も「テスト不安の克服法」を、述べます。

私達は、ある種の不安に子供の時から直面しています。
それは「成績の不安」です。より具体的には、「テスト不安」です。

その不安に対して、勉強を回避することにより解決を考えがちです。
不安から逃げて、解決しようとするのです。
これはこころの深い層で、自分を無力だと考えたくないというメカニズムが働いています。

他の理由もあります。
それは「不安なときは勉強しても効果がない。先ず不安を解決しよう」と、考えます。
そのために不安を消すことに一生懸命になり、かんじん要の勉強はストップします。
先ず自分自身の姿勢を正そうとするのですが、これは非現実的な解決方法です。

さらには試験時のコンディションを心配して、身動きの取れない人もいます。
この場合は自分自身の心配に引きずられないで、先ず行動するのです。

このことも認知行動療法や森田療法では「行動すること」を、重視します。
それを、次のように考えます。

「行動する」→「心配の変化」

たとえば受験生であれば、積極的に模擬試験に参加するのです。
そうすれば、現実に直面します。現実に直面すれば、ノイローゼの人が考えているほどには、現実は困難ではありません。それをモデルにより述べます。

ある受験生は、テスト不安から勉強に手が付きません。
テストのことを考えるとパニック状態になり、頭は完全に空回りしてしまいます。
テストのことを心配しすぎて、テスト勉強に手が付かないのです。

この人は次のテストに、必ず失敗すると考えていました。
そして留年という最悪の結果になると、決めつけたのです。

そこで留年という最悪の結果にそって、生活を組み立てはじめました。
この人は前から耳鼻科に通院していたので、そのために休学しようと考えたのです。
留年を休学に置き換えて、ショックを弱めようとしたのです。

このように不安からこころの中でつくられた話を、本当の話にしていくのが受験ノイローゼの人の特徴です。正確にはこころの中でつくられた話にそって、現実をゆがめてしまうのが受験ノイローゼの人の特徴です。

この人に対してカウンセラーは、次のように述べました。
「あなたの間違えは、かんじん要の勉強をしないことだけです。」

さらに、続けました。
「自分でつくったストーリーの、いま落とし穴に落ちようとしているのです。」
「そしてそれに気付かなければ、落ちてしまいます。」

この人は、不思議そうな顔をしました。カウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗するという、ストーリーをつくります。」

またこの人は、不思議そうな顔をしました。さらにカウンセラーは、続けました。
「不安は、自分はダメだとか自分は失敗すると思いこませます。しかし実際には、それでも考えているよりはうまく物事は成しとげられているものです。」

この人は、こう答えました。
「だけど私は本を読んでも、理解できません。」「それは字を見て、追っているだけに思えます。」

またさらにカウンセラーは、こう続けました。
「自分はダメだとか自分は失敗するという思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでいいのです。」「それだけでも、やってみてください!」

テスト不安の人は自分はダメだから始まり、失敗するという結論に至るのです。
よってその否定的な思いこみに従うことなく、本の字を見て端から端に追っていくだけでけで悪循環に巻き込まれません。

否定的な思いこみに支配されて動くがゆえに、否定的な思いこみ通りになってしまうのです。
その結果的、「やはり自分はダメなんだ」と念を押してしまいます。

この人は、さらにテストの時の不安も述べました。
それは「緊張により、問題が理解できないかもしれない」というものでした。

それに対して、カウンセラーはこう応えました。
「緊張により問題が理解できないかもしれないと感じることと、解答することは別のことです。」

ポイントは、本人が「緊張により問題が理解できないかもしれないと『感じる』」という主観性にあります。けっして、「緊張により問題が理解できていない」のではありません。

このようにノイローゼの傾向のある人は主観的なものと、事実の違いに気付きません。
主観=事実 になっているのです。

本当は 主観≠事実 です。
それが理解されるように助けるのが、カウンセリングです。

さらにカウンセラーは、こう続けました。
「とにかく、解答用紙に字を書いてください。」

この人は、それに対してこうも述べました。
それは「緊張により、何も書けないかもしれない」というものでした。

これも 主観=事実 です。
そこでカウンセラーは、こう続けました。
「とにかくできる範囲内で、やるのです。」
「それに、その範囲でしかできません。」

ノイローゼの人は、できる範囲内でしかできないという単純な事実に気付かないのです。
その単純な事実に気付けば、気分も楽になります。

この人は、こう答えました。
「できる範囲でやる・・・」「それしかない・・」

結論は、こうです。
「自分のできる範囲内でやる。」
「それに、その範囲でしかできない。」

最後にカウンセラーは結論に基づいて、こう続けました。

「自分のできる範囲内でしかできないんだから、その範囲で勉強して、テストを受けてください。」

このアドバイスにより足踏み状態は解決して、現実は前に進みだしたのです。
この人もテスト勉強中に、不安はよぎりました。それでも、勉強は進めました。
現実を投げ出すことは、ありませんでした。

多くのノイローゼの人は不安に襲われ、現実を投げ出しがちです。
この人は、それだけはしなかったのです。

勉強だけは、全力投球しました。
テストの1週間前からは、徹夜で勉強しました。

カウンセラーの言葉を信じて、全力投球しました。
そしてテストは、終了しました。

テストの結果が発表されるまでの1週間、この人は落ちこんでいました。
テストができたという、手ごたえがなかったのです。
「ダメだった」と、落ちこんでいました。

次回に、さらに述べます。

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