カウンセリング
あけましておめでとうございます
昨日のことです。いや昨日のことは、去年のことと同じなんですね。
紅白歌合戦を、見ていました。その中で、大切なことがありました。
司会者が、歌手の名前を間違えて紹介しました。
「歌っていただくの、山川清さんです。」「いえ、前川清さんです。」
このようなシーンがありました。
前川さんは、歌いました。そして歌い終わって、前川さんはこういいました。
「いま歌ったのは、山川清でした。」
このシーンを見て、前川さんの人をいたわる気持ちが伝わってきました。
間違えを攻めるのではなく、それを受け止めて大きく包み込む。
そういうことを、前川さんはしたのです。
私は、そのときに「間違えてもいいんだ。」
こういう気持ちが、生まれました。
新しい年が生まれるときに、「間違えてもいいんだ。」という気持ちも同時に生まれたのです。
間違えてもいいんだ、そうおもいます。
カウンセリング
願いで生まれる
明日から、新しい一日が生まれます。
人は人生において二度、生まれます。
一度は、普通の意味で言う「誕生」です。ここからその人の、人生はスタートします。そしてその人生の中で、「こうしたい、ああしたい」ということをやっていきます。
二度目は、「こうしたい、ああしたい」ということが、終わるところから始まります。
二度目の誕生は、本当にその人にとっての誕生です。
その二度目の誕生は、「願いによる誕生」です。
「願いによる誕生」とは、「世の中に苦しむ人がたくさんいる。その苦しむ人たちを、苦しみから救おうという願い。」によって、生まれることです。また、その願いを生きることです。
明日、新しい一日は生まれます。
皆さん、どうか「願い」によって、生まれ変わってください。
自分の「こうしたい、ああしたい」ということから、大きな願いのもとに生まれ変わってください。
カウンセリング
茨城ゴールデンゴールズ
萩本欽一監督のひきいる、茨城ゴールデンゴールズのこの一年の活躍は素晴らしかったとおもいます。
テレビで萩本監督を見ていると二点、考えることがあります。
ひとつは、コント55号を知らない人でも萩本さんを見れば、むかしコントをやっていた人だとすぐわかるということです。カウンセリングで相談者の方の、いままで人生であったことをたずねることは多いです。
だが、萩本さんがそうであるようにいまのその人の中に、いままでの人生は集約されています。いまのその人を知れば、今までのことはすべてわかります。
だからそんなにカウンセラーが、今までその人にあったことに力をそそぐことはないと思います。今のその人を大切にできれば、過去は変わります。正確に言えば、今機能している過去は変わります。
もう一つは、萩本さんが社会福祉活動をなさっていたことが野球にも役立っているということです。そういう社会活動をやっていた人だということは、多くの人に共感をよんでいます。それが萩本さんとゴールデンゴールズの大きな力になっています。
この二つのことは、いつもゴールデンゴールズの野球を見ながら考えることです。
萩本監督、茨城ゴールデンゴールズ頑張ってください。
カウンセリング
わかば
今日、連続テレビドラマ「わかば」の総集編を放送していました。
それを見ながら、思いあたったことがあります。
書きづらいことですが、ドラマの「わかば」のなかでヒロインが神戸に行くというシーンがありましたね。そのときに、本当に新潟で大きな地震がありました。
また同様に、ドラマ「ファイト」のなかに西郷ジョン子という馬が奇跡を起こす馬として出てきました。
そうしたら、ドラマの放送中に本当にディープインパクトという馬が奇跡を起こしました。
このようなことは、なぜ起こるのでしょうか。それは我々のこころと世界が、深い部分では一体だからです。それが偶然のように、私たちには思えるのです。
もっと大切なことは、私たちのこころは世界をつくることに参加しているということです。
私たちは、ただ単に世界の中で「いい学校にいって、いい給料をもらって、いい生活をして」というように、世界の中で与えられるものの中で、いいものを得ることを望みがちです。
私はそれを否定しません。だが、自分のこころが世界をつくることに参加しているのであれば、もっと積極的に生きられると思います。
カウンセリング
人の笑顔がみたい
きょうで、連続テレビドラマ「風のハルカ」は年内の放送分は終了しました。
きょうの放送は、今年の締めくくりとして意味深いものでした。
ハルカさんは、偶然に知り合った写真家の人から「君のこと好きや。」と、いわれます。
続けてその人は、「自分の好きな人の笑顔は、見てみたいものや。」と、いわれます。
大切なことは、「人の笑顔がみたい」ということです。
写真家の人は、「好きな人の」といいます。「好きな人の」という、限定つきです。
だが、「すべての人の笑顔がみたい」のほうがいいのかなと、思いました。
もし、私たちが「すべての人の笑顔がみたい」と思えれば、それは同時に「自分のすべてを、愛せる」ということに繋がっているのです。
そして「自分のすべてを、愛せる」ひとは、「自分の悪いところも、自分を苦しめない」ひとです。
そうです「すべての人の笑顔がみたい」と思えれば、「自分自身と闘わない真の自分」に出会えるのです。
すべての人の笑顔を望む、自分自身と闘わない真の自分になれますように