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孫悟空
西遊記の孫悟空は岩の中に五百年の間、閉じ込められていました。
それは、お釈迦様によるものです。孫悟空は自分が妖怪だから、閉じ込められたのだと思っていました。
その岩の中に閉じ込められていた孫悟空を、三蔵法師は助けてくれます。
そして、天竺への旅へともないます。
孫悟空は、三蔵法師にこういいます。
「俺は、妖怪だからお釈迦様に五百年も閉じ込められることになったんだ。」
三蔵法師は、こうこたえます。
「妖怪だから、そうされたのではない。」
「人を信じることができないから、そうされたのだ。」
この言葉は、大切な言葉です。
人を信じることのできない人は、自分も信じられないのです。
その結果、自分で自分を重く冷たい岩の中に閉じ込めてしまうのです。
三蔵法師は、自分を信じられないで自分のこころを重く冷たい岩の中に閉じ込めていた孫悟空を、助けに来たのです。
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西遊記
昨日、テレビドラマで西遊記を放送しました。
孫悟空のはなしといえば、小学生でも知っています。
昨日の放送は、三蔵法師が沙悟浄、猪八戎そして一番有名な孫悟空とともに天竺を目指すところから始まっています。ドラマの前半部分で、三蔵法師がこういいます。
「今、わたしたちの国はあらそいが絶えません。」「みなが、あらそい。世の中はすさんでいます。」
「私は、それを救うために遠く天竺まで行きます。」
「その天竺で、この世を救うお釈迦様の教えを授かろうと思います。」
さらに続けて、こういいます。
「お釈迦様の教えは、困難に満ちた旅をしたものだけが授かることができるのです。」
この言葉には、深い意味があります。その深い意味を書きます。
「人生の困難を経てこなければ、この世を救う教えを真に理解することはできない。」これが、深い意味です。
多くの苦しむ人は、すべての人を救う旅の途中にいるのです。
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萩本欽一さんと成人式
今日は成人式です。成人式について書きます。
萩本欽一さんは「定時制高校の野球」を広め、次に「目の不自由な人の信号の設置基金」の設立から、「愛は地球を救う」へ運動を拡大させます。
今は、茨城ゴールデンゴールズの監督です。そして、野球拳発祥の地で「自分が野球拳を歪めたことを謝罪」しました。
萩本さんの、いままでの人生の核になっているのは野球拳に対する反省です。ただし一つの特徴があります。
「定時制高校の野球」を例にとると、自分が野球拳を歪めたことに対する反省から、過去へ戻っていっています。しかしながら、「定時制高校の野球」を広めることによって、前へ進んでいっています。
自分が駄目だったことに戻り、同時に前へ進んでいるのです。これが真の成人式です。人に成っていく様式です。大切なことは萩本さんだけではなく私たちも、常に成人式の真っ只中にいるということです。
今、萩本さんの始めた「愛は地球を救う」は、大きな運動になっています。
そうです萩本さんだけではなく、人類は常に人に成っていく様式の中にいるのです。
欽チャン頑張って
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萩本欽一さんと目の不自由な人の信号機
今日は萩本欽一さんのおこなった、初めての社会福祉活動について書きます。
今、都市の主要な横断歩道には、目の不自由な人のための音楽の流れる信号機が設置されています。
萩本さんは、「とうりゃんせ基金」という運動をしました。
「とうりゃんせ基金」とは、以下のようなものです。
目の不自由な人は横断歩道を渡ることは、信号機が見えないために困難です。
でも、音楽が流れれば音を頼りに、横断歩道を渡れるわけです。
そこで萩本さんは、募金活動をして目の不自由な人のために信号機を設置する運動を始めました。
この運動は、ラジオでも広められました。その結果、多くの目の不自由な人のために、音楽の流れる信号は設置されました。
やがてこの運動は、大きな流れになって行きます。
そのことは明日、書きます。
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萩本欽一さんと高校野球
昨日、萩本欽一さんと茨城ゴール
ンゴールズに関して書きました。
今日は萩本さんと、高校野球に関してお伝えします。
二十年ほど前になります。萩本さんは、定時制高校の高校野球を紹介する運動をなさっていました。
高校野球でも春、夏の高校野球は有名です。でも、定時制の高校野球はまったくだれも見てくれません。
それに対して萩本さんは、「同じ高校野球なんだから、定時制の野球も皆さんに見てもらいたい。」と、多くの人に呼びかけました。ラジオで定時制の野球を、放送もしました。
昨日のブログを書き終わって野球拳のことで、はっと思い当たることがありました。
それは、萩本さんは歪めた野球拳をやっていたことを自分で「悔いていた」のではないか、ということです。
その「悔い」ゆえに、定時制高校の野球に力をそそいだのかもしれないと思い当たりました。
そのことが、やがてゴールデンゴールズに発展していく道筋だったのです。
いまやっていることは、将来への道筋です。それは自分自身でも、わからない道筋なのです。
いま歩いている道筋を、大切にしたいものです。