ものすごく久々。
前回から今までの間に、私はパセージプラスというものを学びました。
パセージは親子関係に焦点を当てているものですが、パセージプラスは自分の内面に焦点を当てているとおっしゃっていました。
いろんなことを学びましたが、その中で私は「協力的目標」を重点的に意識しています。
先生も「一点豪華主義」とおっしゃっていましたし、私も自分の中でピピピっときたこの「協力的目標」1点に絞りました。
そもそも「協力的目標」ってなによ?ってところから始まりました。
だって私はそんなことを考えた事もなかったからです。
教わった時に「協力的って何だろう?」と思っていました。
講座を経るごとにいろんなキーワードをいただきました。
「進歩を認める」
「成長に目を向ける」
「子どもが適切な行動をするよう協力をする」
などなど、教えていただいた話やキーワードから自分の中で感覚として組み立てて日々を過ごしていました。
その中で、4年くらい前に先生の講演会で聞いたフレーズを思い出しました。
「勇気づけとは成長をともに喜ぶこと」
そーいう言葉だったと記憶してます。
当時はよく分かりませんでした。
単にできるようになったと喜んでいたと思います。
それは私の自己満足の範囲で。
今になってようやくそこに繋がったような気がします。
あぁ、上手にできるようになることって嬉しいよね。
適切にふるまえることって誇らしいよね。
子どもの目線になってそれがようやく分かった気がしました。
その成長の手伝いをしているという実感。
そして、その喜び。
子どもの成長が私の喜び。
ここが本当の意味で繋がった気がします。
「協力的目標」を探す間に、この点と点が繋がったんでしょうね。
******************
ある朝、息子に「今日は何分にうちを出ようと思ってる?」と聞きました。
息子は「50分」と答えました。
もう7分くらいしかないのだけど…と思って一応「あと7分しかないよ」と突っ込みました。
息子は「じゃあ9時くらいかな?」と言いました。
その時私は「協力的目標…ブツブツ」と思っていて、陰性感情は驚くほどありませんでした。
息子はよく遅刻します。
時間通りに用意できたりできなかったり。
でも時間通りにできることは知っているので、私は肝心な時はできるのだろうと思っています。
それに私に用事がないのでそれほど焦ってもいない。
その日は結局9時10分に用意が終わりました。
私は15分くらいかな?と予想していたし、今までの最悪は9時35分だったので、「進歩」に注目すれば早かった方です。
息子が「ママー用意できたよ!行こう!10分になっちゃったけどね…」と言いました。
私は「意外と早かったね。また明日頑張ろう!」と言いました。
言ってからビックリしました。
自分がそんな風に言えるとは思っていなかったからです。
ここでまず「協力的目標」ってすごいなと自覚しました。
翌日。
息子は時間通りに準備しました。
ここがアドラー心理学のすごいなと思う所です。
先生が、協力的目標でうまく行けば次も協力的目標を選択するようになる…人間のそんな力を信じている。と最後におっしゃっていたのが印象的でした。
娘はよくお喋りしますが、何を言ってるのかまだまだ微妙です。
息子はお喋りが早く、あまり言い間違えもないハッキリとしていたので、娘の言葉は私も新鮮です。
例えば
こっち来て→ちっちったー
お風呂→おふふぉ
しずくちゃん→ちじゅくちゃん
ダブル→あちゅちゅ
ミスターミセスポテトヘッド→ミチュタミテテポテテテット
ABCの歌→エービーチーターイーアーチー、イチオンゴーゴーゴーゴーゴー、オーピープペポーエッチーユー…
感情が豊かで振り幅が全力(笑)
満面の笑みだし、鬼の形相だし。
そーいう純粋な、素直な娘の可愛さを、どうやら5歳の息子も分かるようなのです。
息子は娘との衝突が耐えませんが、息子に娘のことを聞いてみると「うーん…かわいいしかないけどねー」とのこと。
いつの間にかお兄ちゃんになっていたんですね。
生まれた頃は自分に関心を引くことが常だった気がしますが、ある時から娘を家族の一員だと思えるようになり 、今では私そっちのけで娘と積極的に関わっています。
それにしても、娘の可愛さは天性のものがあるな…と私は感じていて、激しいけれどちょっとした仕草がドストライクなのです。
5歳も虜にする、末恐ろしい娘です(笑)
息子はお喋りが早く、あまり言い間違えもないハッキリとしていたので、娘の言葉は私も新鮮です。
例えば
こっち来て→ちっちったー
お風呂→おふふぉ
しずくちゃん→ちじゅくちゃん
ダブル→あちゅちゅ
ミスターミセスポテトヘッド→ミチュタミテテポテテテット
ABCの歌→エービーチーターイーアーチー、イチオンゴーゴーゴーゴーゴー、オーピープペポーエッチーユー…
感情が豊かで振り幅が全力(笑)
満面の笑みだし、鬼の形相だし。
そーいう純粋な、素直な娘の可愛さを、どうやら5歳の息子も分かるようなのです。
息子は娘との衝突が耐えませんが、息子に娘のことを聞いてみると「うーん…かわいいしかないけどねー」とのこと。
いつの間にかお兄ちゃんになっていたんですね。
生まれた頃は自分に関心を引くことが常だった気がしますが、ある時から娘を家族の一員だと思えるようになり 、今では私そっちのけで娘と積極的に関わっています。
それにしても、娘の可愛さは天性のものがあるな…と私は感じていて、激しいけれどちょっとした仕草がドストライクなのです。
5歳も虜にする、末恐ろしい娘です(笑)
3学期が始まって、幼稚園に私から離れたあと一人で玄関を通り靴箱を通り、教室まで行けている。
ついこの前まで誰か先生と一緒じゃないと絶対に行かなかったのに。
今日も行けたね!と話をしたら、少し泣いちゃった…と。
あらら、やっぱり怖かったかな?と思ったが、それは違って、先生にすごいやん!と言ってもらえて嬉しくて泣いたんだって。
そんな感情がもうあるのね!
ついこの前まで誰か先生と一緒じゃないと絶対に行かなかったのに。
今日も行けたね!と話をしたら、少し泣いちゃった…と。
あらら、やっぱり怖かったかな?と思ったが、それは違って、先生にすごいやん!と言ってもらえて嬉しくて泣いたんだって。
そんな感情がもうあるのね!
昨日から息子と折り紙をしています。
息子は作り方を見ないし、全くできません。
それでも幼稚園ではなにやら作っている様子。
家で作る時は、何かを作ろうと思って作っている訳ではなくて、テキトーに気分で折り曲げたものが何に似てるか?で作品名を決めている感じ。
とにかく独創的です。
その息子と昨日は一緒に手裏剣を作りました。
これは簡単だから何とか作ることができました。
次に何を作ろう?と話し合って、かっこいいものを作ろうか!ということになりました。
PCでいろいろ検索していると、「かっこいいドラゴン」という文字が・・・。
海外動画ですが、どう見ても難しそう。
でも息子は乗り気です。
まぁやってみるかーという気持ちでやり始めました。
海外の折り紙はどうも折り目をつけて折るのが主流なのでしょうか?どうも馴染みがありません。
初めのうちは折るだけなので簡単で、しかも「また?」「広げるんかーい」と意気揚々でした。
なんとか胴体ができて、次は翼、手、足・・・となりますが、だんだん難しくなってきました。
私も自分が折るのが精いっぱいで教えてあげられる余裕がありません。
息子をそっちのけで作ってしまいました。
息子は後ろで「やりたいよ~」とか言っています。
そんなことを言っていても、とにかくめっちゃ難しいのです。
だんだん息子の「やりたいよ~」に腹が立ってきました。
ついに「やりたいとできるは違う」などと言ってしまいました(苦笑)
その後もイライラは治まらず、とにかく話をしながら言いくるめようと話をしました。
そして一方的に「難しいから教えながらするのは嫌だ」ということを息子に分かってもらおうとしました。
息子の様子はみるみるうちに曇って行きます。
こりゃよくないな・・・と判断して、私も息子も少し距離を置きました。
私はなんで怒っているんだろう?
そう思った時に、私は素直に「一緒にやろっか?」と言ってあげられない自分に怒っているのだなと分かりました。
少ししてお互い落ち着いたのでお話しをしました。
「ママ、息子くんに怒ってるわけではなくて、どうして一緒にやってあげないのか、一緒に折ればいいじゃん!って自分に怒っているの。だから息子くんは全然悪くないよ。なんで一緒にやろうって言ってあげられないのかな、ごめんね。」
「うん、いいよ」
「ママはドラゴンを作って息子くんに、できたよ!見て見て!かっこいいねー!って喜んでもらいたかったの。それがママの目標だった。だから集中してやりたかったのよ。でも息子くんはママと一緒にやりたいんだよね?難しくても一緒にやりたいんだよね?その目標が違ったからちょっとずつずれちゃったのかなー」
「・・・(無言で聴いてる)」
「もしかして息子くんも、ママ見てー!できたよー!すごいの作ったよー!ってやりたかったの?」
「うん(半ニヤケ顔で)・・・」
「そうか!そうなんだ!ママと一緒だったんだね!ごめんね。目標は同じだったんだね!じゃあ一緒にやろう!今そう思ったよ。」
「うん!」
なんと息子も、私と同じ目標を持っていたようなのです。
でも息子は一人では難しすぎてできないので、私に手伝ってもらいたかったのです。
同じ目標を持っているのなら、息子の気持ちは理解できます。
そっか、そうなんだ!と思った瞬間に、「なら手伝うよ!協力するしかないじゃん!」と素直に思えたのでした。
どうせ協力して折り紙をすることになるのなら、初めからイライラしたりムキになったりしなければいいのに、まだまだ未熟者ですね。
なんとか紆余曲折してここに辿りつけましたが、「やりたいとできるは違う」なんて言う前に立ち止まっていれば、と思います。
でもあれほど「一緒にやりたくない」「一人で集中してやりたい」と思っていたのに、彼も同じように頑張って作りたいんだ!やり遂げたいんだ(但し、要ママの手助け)と思えただけで、ス~っと陰性感情が消えるので不思議です。
しかし、まだ完成はしていません。
これから頑張って作る予定です(笑)
息子は作り方を見ないし、全くできません。
それでも幼稚園ではなにやら作っている様子。
家で作る時は、何かを作ろうと思って作っている訳ではなくて、テキトーに気分で折り曲げたものが何に似てるか?で作品名を決めている感じ。
とにかく独創的です。
その息子と昨日は一緒に手裏剣を作りました。
これは簡単だから何とか作ることができました。
次に何を作ろう?と話し合って、かっこいいものを作ろうか!ということになりました。
PCでいろいろ検索していると、「かっこいいドラゴン」という文字が・・・。
海外動画ですが、どう見ても難しそう。
でも息子は乗り気です。
まぁやってみるかーという気持ちでやり始めました。
海外の折り紙はどうも折り目をつけて折るのが主流なのでしょうか?どうも馴染みがありません。
初めのうちは折るだけなので簡単で、しかも「また?」「広げるんかーい」と意気揚々でした。
なんとか胴体ができて、次は翼、手、足・・・となりますが、だんだん難しくなってきました。
私も自分が折るのが精いっぱいで教えてあげられる余裕がありません。
息子をそっちのけで作ってしまいました。
息子は後ろで「やりたいよ~」とか言っています。
そんなことを言っていても、とにかくめっちゃ難しいのです。
だんだん息子の「やりたいよ~」に腹が立ってきました。
ついに「やりたいとできるは違う」などと言ってしまいました(苦笑)
その後もイライラは治まらず、とにかく話をしながら言いくるめようと話をしました。
そして一方的に「難しいから教えながらするのは嫌だ」ということを息子に分かってもらおうとしました。
息子の様子はみるみるうちに曇って行きます。
こりゃよくないな・・・と判断して、私も息子も少し距離を置きました。
私はなんで怒っているんだろう?
そう思った時に、私は素直に「一緒にやろっか?」と言ってあげられない自分に怒っているのだなと分かりました。
少ししてお互い落ち着いたのでお話しをしました。
「ママ、息子くんに怒ってるわけではなくて、どうして一緒にやってあげないのか、一緒に折ればいいじゃん!って自分に怒っているの。だから息子くんは全然悪くないよ。なんで一緒にやろうって言ってあげられないのかな、ごめんね。」
「うん、いいよ」
「ママはドラゴンを作って息子くんに、できたよ!見て見て!かっこいいねー!って喜んでもらいたかったの。それがママの目標だった。だから集中してやりたかったのよ。でも息子くんはママと一緒にやりたいんだよね?難しくても一緒にやりたいんだよね?その目標が違ったからちょっとずつずれちゃったのかなー」
「・・・(無言で聴いてる)」
「もしかして息子くんも、ママ見てー!できたよー!すごいの作ったよー!ってやりたかったの?」
「うん(半ニヤケ顔で)・・・」
「そうか!そうなんだ!ママと一緒だったんだね!ごめんね。目標は同じだったんだね!じゃあ一緒にやろう!今そう思ったよ。」
「うん!」
なんと息子も、私と同じ目標を持っていたようなのです。
でも息子は一人では難しすぎてできないので、私に手伝ってもらいたかったのです。
同じ目標を持っているのなら、息子の気持ちは理解できます。
そっか、そうなんだ!と思った瞬間に、「なら手伝うよ!協力するしかないじゃん!」と素直に思えたのでした。
どうせ協力して折り紙をすることになるのなら、初めからイライラしたりムキになったりしなければいいのに、まだまだ未熟者ですね。
なんとか紆余曲折してここに辿りつけましたが、「やりたいとできるは違う」なんて言う前に立ち止まっていれば、と思います。
でもあれほど「一緒にやりたくない」「一人で集中してやりたい」と思っていたのに、彼も同じように頑張って作りたいんだ!やり遂げたいんだ(但し、要ママの手助け)と思えただけで、ス~っと陰性感情が消えるので不思議です。
しかし、まだ完成はしていません。
これから頑張って作る予定です(笑)
イブの日、夫の実家へ行きました(京都)。
目的はお婆ちゃんの施設へ面会に。
義母から、今は感染症があるから子供達は行かない方がいいのでは?と提案され、子供達は預かってもらって、夫婦で行って来ました。
その後、買い物などして、お迎えに行ったのは17時を過ぎていました。
私の登場に大興奮な娘(笑)
いつものように私の言うことに「ヤダー」「ダメー」と甘えていました。
すると義妹が「初めて聞いた!ヤダとか言うんや」と驚きました。
義母も「1回も言わへんかったなぁ」と言っていました。
ヤダーダメーにはウンザリしますが、甘えられる私には娘も安心して言えるのでしょうね。
それは私の愛情を疑わず、信頼しきっていないとできないものね。
私は娘にとって、そーいう存在なのかと改めて知って、娘の甘えもまだまだ受け止められる勇気をもらいました。
目的はお婆ちゃんの施設へ面会に。
義母から、今は感染症があるから子供達は行かない方がいいのでは?と提案され、子供達は預かってもらって、夫婦で行って来ました。
その後、買い物などして、お迎えに行ったのは17時を過ぎていました。
私の登場に大興奮な娘(笑)
いつものように私の言うことに「ヤダー」「ダメー」と甘えていました。
すると義妹が「初めて聞いた!ヤダとか言うんや」と驚きました。
義母も「1回も言わへんかったなぁ」と言っていました。
ヤダーダメーにはウンザリしますが、甘えられる私には娘も安心して言えるのでしょうね。
それは私の愛情を疑わず、信頼しきっていないとできないものね。
私は娘にとって、そーいう存在なのかと改めて知って、娘の甘えもまだまだ受け止められる勇気をもらいました。
