南域結界☆ ジェルソミーナ -50ページ目

11 お気楽ジュン君の憂鬱な一日

「あああっ! ジュンクリフ様はっ? ジュンクリフ様はっ?」
 振り返って、また崖際に戻ろうとするエナを、准佐は素早く捕まえた。
「駄目ですわ。行ってどうなさいますのーっ? 崖下は完全に土砂に埋まっていますのよ。マイエル砲の百度近くの熱風が、まだ下では吹き荒れてるはずですし。あの光を御覧なさい。あんな所に行って、何が出来るとおっしゃいますのー。マイエルが大気中に漂う中のマイエル砲の爆発は、それはもう、半端な物じゃございませんのよー? ゼフさんがそうおっしゃってたの、ご存知ありませーん?」
 エナはそれでもジュンクリフの所へ駈けつけようと、何度となくシトラビンスの腕の中で暴れた。
 崖の下を見るまでもなく、絶望的な状況だということはエナにもよく理解できていた。
 そしてあの、にっくき結界師の障壁も、今度ばかりは張り巡らすことが出来なかったことも知っていた。
「分かっていたなら、分かっていたなら……っ」
 しなやかな中尉の腕が、小刻みに震えるのが見えた。
「なぜ、どうして試作機を止めて下さりませんでしたのっ、准佐! あなたが止めていて下さっていたら、わたくしのジュンクリフ様も、今頃……っ!」
「中尉。私にだって、分かるはずがありませんわー」
 シトラビンスは初めて悲し気に、小さく横へ首を振った。
「不運とはそういうものですのよ。何が起きるか、次の瞬間のことなど、誰にも予測はつかないものなんですわー。お諦めなさい、中尉。あなたは、軍人でしょ? 立派な、一隊の隊員さんじゃなくって?」
 シトラビンスは目を細めて、泣き崩れるエナ中尉を抱きかかえた。
(生身の人間ではもう……あのマイエル光と土砂の下では、生きてゆけませんわね……)


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10 お気楽ジュン君の憂鬱な一日

「……まさか、わざと結界師にマイエル砲を撃たせていますの? 敵を煽って砲を乱射させ、できるだけ早く試作機のマイエルを枯渇させる。まさか、最初からそれを狙って……?」
「おほほほほ」
 シトラビンス准佐はおっとりと笑い声をたてた。
「でも」
 笑い声がぴたりと止まった。
「もう限界に達してしまったようですわねー」
 特殊部隊の新型マイエル砲が、深紅の火花を散らしている。
 あれはマイエルの光ではない。結界師の腕にまとわりつく、マイエルの反射光も何かが変だ。
 ジュンクリフが叫んでいる。結界師が肩で息をつきながら、マイエル砲の砲口を調整した。
 結界師は砲を操りながら、四方に張った大きな結界障壁でジュンクリフや特殊部隊を守っているのだ。
 だが、それも限界にきていた。

「はあ……はあ……はあ……」
「しっかりしろよ、ジェルソ!」
 ジェルソミーナの頭が、砲に寄りかかるように下がっていく。
「馬鹿野郎、寝るな! まだ死にたかねーだろーっ!」
(おかしい)
 そうジュンクリフは思った。
(なんでこんなに早く、精神力が擦り減ってるんだ。こいつ、もうちょっと持つはずだろ。おかしい。まさか、砲から漏れてるあの光か?)
 ジェルソミーナの操っている中距離駆動砲。その側面から漏れ出る金色の光。その金色の光は彼女の腕を這い上がり、蜘蛛のように糸を吹き、波のように動いている。
 あれは何かの故障だと思っていた。彼もやばいとは気付いていたが、もうしばらくは大丈夫だろうと放っておいていた。
(あれはやっぱり、故障じゃねえのか……っ?)
 経験の少ない顧問官は、今にも倒れそうな結界師へ足を踏み出した。

 一方、台座上の試作機では、一見、何事もなさそうに見えて、枯渇寸前のマイエルと、空になった冷却タンクのために、砲の中で異常な発熱が起こっていた。
「えーっと、えーっと……」
 計器盤の針が、狂ったようにぐるぐると回っている。
 機関整備兵の後ろに、神父が立った。
「どうかしましたか。何か不都合でも?」
「いや、大丈夫だ。なんでもない!」
 整備兵はとっさに、計器盤を体で隠した。
(なんなんだ、この目盛? なんでこんな風になっちまったんだよーっ)
 怯えながら神父の目を盗み、整備兵は配線やら金属管の詰まっている砲の側面を開いてみた。なにがどうなっているのか、全く分からない。
(えい、ままよ!)
「閣下の御心を騒がす者よ、滅び去るがいい!」
 渾身の力を込めて、整備兵はハンドルを引いた。

「きゃあああっ!」
 これが試作機の爆発だと理解するよりも早く、エナは両足の戒めも引き千切り、並みならぬ速度で崩れていく崖際から逃げ出した。
「やですわあ。ついに壊れちゃいましたのねー。ゼフ博士に、また怒られちゃいますわあ」


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9 お気楽ジュン君の憂鬱な一日

 貧相な男は絶望的な嘆き声を上げて、神父の裾にかじりついた。
「俺達にはもう、どうしようもないって言うのかよっ、神父さんっ。俺達は神様のために戦ってるんだっ。そうだろ、そうだろ? それでも赦されねえって言うのかよっ」
 整備兵もまた、声を上げた。
「俺はとにかく、あの女を殺しちまえばいいと思って、これを掠め盗ったんだ。神様が、あの女が来る度に苦しんでいるのは、城の人間、みんなが気付いてることだからよ! 知ってるか? 閣下はあの毒婦が来る度に、あの美しい御顔を真っ青にして、悩まし気に目をそらしてらっしゃるんだ……それはもう、痛々しくて、とても見ちゃいられない……。それを排除しようってことが神様にとって良くないことなのだとしたら、俺達はいったいどうすればいいんだよ! 俺は神様のためだと思って、信じてこれを盗ってきたんだ、それなのに、なんにも出来ないってのか!」
「待ちなさい、愛しい小さな子供たちよ」
 神父は崩れ落ちるバディンを背に、塹壕の中で彼ら二人の肩に手をかけた。
「閣下、神は我々を咎め立てたりなどしない。私達は神のためを想い、己の生身を危険にさらしてでも、神の悲しみを和らげようとここにやって来た」
 手をかけたまま頭上を見上げると、荒れ果てた空が広がっていた。
「私達はその目的を遂げるべきだ。いや、そうせねばならない。神の御心を揺るがす悪魔を退治し、そして神の嘆きの前に身を預けよう」
 神父は小声で話を続けた。
「神は泣いて下さるであろう、我々のために。そして我々の犯した罪のために。我々の行為は許されなくとも、我々の魂は赦され、浄化される」
 男達は泣いていた。
「我々は神の御心を煩わせるという、大罪を犯す。そして我らはその怒りを受けるだろう。だが、やらねばならない」
「俺は怖くないぜ、どんな怒りを受けたって!」
「愛すべき子よ、純真なる子よ、神の嘆きをその心で受け止めなさい。神の怒りは神の嘆きであり、愛である。わたしは祈ろう。これから先、永遠に、神に安らぎの時が続くように……」
 前方から柱をなぎ倒して、特殊部隊からのマイエル光が飛び込んできた。
「ぐおおっ!」
 言葉にならない声を上げて、貧しい男は跳ね飛ばされた。
「……我らが神……神の平穏のために……」

 一度治まりかけていたかと思われた、マイエル砲の盲滅法な砲撃戦も、ジェルソミーナの飛び入りでいっそう激しさを増しつつあった。
「さすがにやりますわねー、結界師さん」
 シトラビンス准佐はうっとりと呟いた。
「ロードの地下ではキーツ宰相閣下と戦って、押されっ放しとはいえ、打撲傷程度で生還されましたし、やっぱり「南一の防御力」っていう噂は、嘘じゃありませんでしたのねー」
 ほほほほほ、と満足気に笑っているシトラビンスの横で、エナ中尉がまだ両手足のロープと格闘している。しかしどうにか、猿轡だけは外せたらしく、
「分かりませんわっ。どうしてジュンクリフ様は、あの女の横にいるのかしらっ!」
「決まってますわー。ジュンクリフさん、試作機のマイエルがなくなるのを待ってますのよー」
「は?」
 嫉妬に狂い出したエナの頭を、シトラビンスは子猫のように優しくなぜてあげた。
「結界師さんの結界は強力ですけど、惜しむらくは魔法の原動力、精神力を長時間、出し続けられないってことですわー。つまりマイラーであって、ステイヤーではない、って訳ですわね。……最初はその、結界師さんが砲撃を一手に引き受けている隙に、そして精神力が尽きる前に、台座上のドロボウさん達に気付かれないように回り込んで、ドロボウサン達をぱっぱっ、と始末してしまうおつもりだったんでしょうけど、結界師さん、元々からかなり、お疲れだったようですわねー」
 ただでさえ目尻の下がった細い目が、マイエル砲の放射合戦を見て、よりいっそう細くなった。
「ですからジュンクリフさん……」
「だからジュンクリフ様は、ヤツの近くへ戻って来たって言うのっ!」
「あらあ、そんなに怒らないでー」


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