私には長男と長女の2人の子供がいるということを前回の記事に書いた。

 

 

息子の話を書いたので、今回は娘のことを書く。

 

娘の名前は生まれる前から決めていた。というより女の子が生まれたらこの名前にしようと、ずいぶん昔から妻と二人で決めていたのである。なので長男である息子が、もし長女として生まれてきたら、その名前にしていたのだ。それくらい気に入っている名前をつけた娘は当たり前のように可愛い。

 

息子で慣れたはずの子育てなのだが、女の子となると扱いに困った。風呂はとりあえず一緒に入れるが、オムツを替えるのが大変だった。息子は勝手知ったる私と同様のモノがついており、ウンチをした時でもササッと拭いてしまえばそれで終わりなのだが女の子だとそうはいかない。なのでそのあたりは妻に完全委託することにした。

 

私が娘に付きっ切りになると息子がヒマを持て余してぐずり始める。なので妻は私に「息子とどこかに遊びに行ってきて」と、いつも言った。大人しい娘は1日のうち20時間くらい寝ているような親に優しい赤ちゃんだった。夜泣きもしない。なので世話がそれほど大変ではなく、イヤイヤ期真っ盛りの息子が大泣きする前に先手を打って遊びに連れて行こう大作戦を常としていた。

 

そのおかげで息子と過ごす時間はもの凄く長くなったのだが、その分娘を見ている時間が少なくなってしまった。そんな娘は寝る前や寝ている時、あとは無意識のうちに指しゃぶりが癖になってしまったようである。それはおしゃぶりをあげたとしても、いつの間にか指しゃぶりに代わってしまうくらいの常習状態だった。そんな癖が幼稚園の年中さんくらいまで続いた時、私はふと考えた。これはもしかして、私の愛情が足りていないのではないか?と。

 

考えてみれば休日はいつもお兄ちゃんと、どこかへ出かけてゆき、平日は早い時間に出かけて遅い時間に帰ってくるお父さんになっていたではないか。私は反省した。これではいかん。できるだけ息子と平等に、いや、今の状況から考えると娘の方と、より濃密な時間を過ごさなくてはいけないだろう。そして私はそのようにした。

 

家では同じくらいの時間2人の子供と触れ合った。休みの日は息子を妻に預けて娘と出かける時間を増やした。近所の公園や動物園などに務めて出かけるようにしたのた。それが当たり前になった頃、気づけば娘の指しゃぶりを見かけることがなくなった。このことが原因だったかどうかはさておいて、娘と過ごす時間が多くなったことは私にとって非常にシアワセに感じる日常の変化だった。

 

そんな娘は小学校の低学年から新体操を習い始めた。お兄ちゃんがサッカーをやっているので何かをやりたかったのだろう。近所にあるスポーツ団体が主催する新体操教室に通い始めた娘はすぐに頭角を現した。体が柔らかい娘はいろいろな振り付けをすぐに覚えた。しかもうまいのである。選抜チームに選ばれて発表会に出るようになった。練習は休みの日の午前中にあり、送迎バスが出るのでバス停まで私がついていくのが決まりになった。バスが来るのを待つ間、ゲームをするのが楽しかった。通り過ぎる車の数を数えて今から何台目にお迎えのバスが来るのかを当てるのだ。

 

だいたい二人ともいい線を行くのだが、なかなか当たらないのが面白かった。そのようにして待っていたバスに乗り込んだ娘が角を曲がって見えなくなるまでバス停で手を振るのも楽しかった。あとからどの段階まで手を振るのが見えたのかを娘が報告してくれるからである。練習が終わり迎えの時間もピッタリの時間にバス停に立った。運転手にお礼を言ってから降りてくる娘の姿がひどく愛らしかった。

 

しかし新体操の先生は昔ながらのスパルタで娘にとって楽しさより辛さが勝つようになったようである。新型コロナで世の中がステイホームになったタイミングで娘は新体操をやめた。そしてその次にダンスを始めた。そのダンスは今でも続けているのだが、これもスジがあるようで教室の選抜チームに選ばれて、私にとっては東京ドームのような大舞台といえるホールなどで踊ったりしている。

 

そして娘はこの春、高校受験に挑んだ。中学の三年間、ダンス三昧だった娘は勉強が得意ではない。定期テストではいつも頑張った割には結果が出ない事の繰り返しが続いていた。そんな娘が志望した都立学校は娘の成績だとかなり頑張らないと合格できないレベルであり一般入試では厳しいのではないか?と私は内心あきらめムードでいなくてはいけないレベルの学校だった。

 

「二人とも私立高校か、、、」

 

などと、ため息をつく日々が始まった昨年の10月のことである。娘が通っている塾が主催している模擬テストが行われた。塾に通っている生徒全体と、提携している塾同士の情報を総合しているのだろう。志望している高校に合格する確率がかなりな精度で出てくるテストなのである。娘はそのテストでE判定という驚愕の結果をたたき出した。合格する可能性は20%以下ということなのだ。私はすぐに志望校を変更するよう勧めた。しかし娘は言うことを聞かない。なんせ、同じ学校の友達4人でその学校に行く約束をしたそうなのである。

 

他の友達はA判定もいれば、悪くてもC判定だったそうである。大丈夫か?私はすぐに手を打った。推薦入試を受けるよう妻に言って手続きをさせたのである。その日から推薦入試で行われる作文や面接の練習を一般試験の勉強と同時進行で進めるようにさせた。娘は作文が得意だったのだ。大人の私が読んでもなるほど、と納得させるような文章を書くのである。よし、作文は行けるだろう。面接は私が得意である。私は面接官として、とある会社の面接に過去何度も立ち会ったことがあるので必勝パターンを知っているのである。

 

推薦入試がある1月の中頃まで、娘は本当に勉強に励んだ。推薦入試の作文、面接対策も私を巻き込んでじっくり取り組んだ。こんなに勉強を頑張る娘は今まで一度も見たことがない。これは、もしかするともしかするぞ、と感じ始めた矢先に推薦入試の日がやって来た。

 

「気楽に頑張っておいで」

 

朝、そう言って、あまり緊張させないように送り出した私だがいてもたってもいられなかった。在宅勤務だった私はウロチョロと家の中を歩き回ったり、突然、炊事洗濯家事オヤジに生まれ変わったりと、落ち着きのない時間を過ごしたのである。

 

試験が終わって帰って来た娘は、作文で書き忘れがあったこと、面接でも言い忘れたことや、必要なキーワードが伝えられなかったことを悔やんでいた。そして結果はそれを反映したように不合格であった。

 

ヨシッ、気持ちを入れ替えよう!これからは試験一本やりだ!娘はそう言ってキラリと目を輝かせた。残り2週間ほどしかない時間は大好きなダンスも封印し勉強に集中した。幾度か繰り返し受けた模擬テストは最終的にC判定までになった。微妙なラインで希望は心もとないレベルである。

 

入試本番までの期間、まさしく死に物狂いで勉強に励む娘の姿を見て私は感激するとともに、これだけ頑張ってダメだったら仕方がないな、と、半ば悟りの境地にまで至っていた。

 

志望校じゃなかったら、いろいろなことが起こるだろう。娘の友達仲良し4人組なのに、1人だけ違う学校に通わなくてはならなくなること、家計にとっては金銭面も大変であること。私は娘が不合格になった時のことを想定して二次募集を行う学校を事細かく調べ始めた。

 

そんな、良い事よりも心配事が多かった時間が流れて、ついに入試当日がやって来た。私はこの日のために元旦からランニングを始めた。お百度を踏む代わりに毎日欠かさずランニングをして娘の合格を祈ることにしたのである。しかしそのランニングも4日めに交通事故に遭ってしまい不本意なまま途絶えることになった。そんな不吉な出来事経て高校入学試験はやって来たのである。

 

「ダメもとで頑張っておいで、キミならやれる。あれだけ頑張ったんだから」

 

そう言って妻と一緒に娘を見送った。

 

試験から帰宅してきた娘はまんざらでもない顔で、そこそこできたのではないか?と言った。ヤルではないか。


しかしその日、通っている塾で自己採点の答え合わせがあるというので夕方から出かけて行った。そしてその夜、遅い時間に帰ってきた娘は少し目を赤くたまま無言で部屋に入って行った。

 

とりあえず終わった。長い月日をかけて頑張った娘の入試は一段落である。息子の大学合格、そして妻のお母さんの誕生祝も兼ねて、娘のお疲れ様家族旅行の話は以下に書いた。

 

 

ホッとしながらも、どこかでピンと張りつめた気持ちの嫌な時間が流れ、ついにその日が来た。合格発表である。発表は昔のように学校に行って貼りだされる受験番号の紙を目で追って確認するのではなく、登録した志望校のサイトにログインして合否を確認するシステムになっていた。朝の8時半、一斉に各都立高校の発表が行われるのである。

 

ログインIDとパスワードは私が作ったので私のスマートフォンで結果を見ることにしていた。もちろん私がではなく、娘が自身で直接確認するのだ。

 

3人掛けソファーの左右に妻と私、娘を真ん中にして座った。息子は早い時間からサッカーの練習に出かけている。緊張の時間がもの凄く長く感じられた。8時25分頃からは小心者の私の身体が小刻みに震えだした。娘も緊張しているようだが私よりは力が抜けているように見える。妻もソワソワしながら自分のスマートフォンを見たり置いたりを繰り返している。そして定刻の8時30分ちょうど。

 

娘が目を半分とじながら片目で私のスマートフォンの画面を開いた。私はといえば娘のスマートフォンを借りて二次募集している都立高校で自宅から通える範囲の学校を本気で探していたので気持ちが少し遠のいていたような気がする。

 

「やった!受かってる!」

 

娘の声は小さく、しかし明らかに嬉しそうに聞こえた。

 

「うぉーっ!やったー!おめでとう!!」

 

私は近所の事など全く気にせず大声で娘の頑張りを称えた。

 

あれだけやったんだもの。頑張ったんだもの。受かるさ。あんなに勉強を頑張るキミを、お父さんは今まで見たことないからね。夜遅くまで机に向かい、翌朝眠そうな顔で朝食を食べる娘の姿を思い返して涙を堪えることなどできる訳がなかった。

 

おめでとう。3人でソファーから立ち上がり、それぞれをグッと抱きしめて喜びを分かち合った。止まらない涙をぬぐいながら二人の顔を見ると、泣いているのは私だけだったが気にしない。お父さんは泣き上戸の大酒飲みなのである。しかたがない事なのだ。


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もうすぐゴールデンウィークを迎える今、娘は1か月後に控えたダンスのビッグイベントに出場するため日々練習に励んでいるようである。憧れの女子高生になった娘は、本当に充実した毎日を過ごしているようで、それを見ている父親も満たされた気持ちになる。スカートが少し短くなって心配なことは尽きないだろうが、それ以上に娘の成長が楽しみな私の新生活の始まりなのであった。

 

 

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在宅勤務から一転して毎日出社となってしまった。

 

忙しい日々が続き、ついブログを書くということから遠のいている。

 

しかし、心配プラスチック用、じゃなかった、ご無用。

 

書ける時に書く。

 

これが私のスタイルなのである

 

明日は月曜日だがゴールデンウィークがやって来るではないか、ヤァヤァヤァ。

 

という訳で、明日の出社に備え

 

早めに泥酔せねばならぬのだ

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。

 

と言いながら、その昔行ってはいけない道に逸れてしまった記事は以下

 

 

 

 

前回から続く

 

 

前夜にしこたま飲んでバッチリ寝落ちした私だが気にしない。酔った姿は家族にとって見慣れた立ち居振る舞いだろうが妻のお母さんには非常に珍しかったようで、翌朝その姿をチクチクいじられてしまった。

 

朝は7時半に朝食の準備ができるというので全員その時間に合わせて各々の朝を迎える予定だった。しかし、息子が朝風呂を浴びると言って6時くらいに起きてゴソゴソしだした。それにつられて全員が起きる形になり、私も朝風呂を浴びることにした。

 

前日に宿泊した宿でも朝風呂を浴びた。凛と張りつめた冷たい空気の中に入る露天風呂には独特の感覚があり非常に心地よいものである。そのような話を息子としていると妻と娘も朝風呂を浴びることなった。お母さんは部屋で待機するようである。

 

この宿では時間帯によって男風呂と女風呂が入れ替わるスタイルだったので朝に入る風呂は昨日と違ったのでこれまた非常に良かった。平日であり宿泊客が少なかったのでこの朝の風呂も息子と二人で貸し切りになった。最強の朝なのである。

 

二人きりで入っている風呂なのだが、なんだか遠くの方で子供の声が聞こえてきた。息子がそのように言うので耳を澄ますと確かに聞こえたような気がする。しかし、仮に心霊現象だとしても大きな窓から朝日が燦燦と降り注ぐ明るい浴場では怖いという感覚が出てこない。「座敷童だろう」と笑いながら湯船で天井を見上げた。

 

サッパリ気持ちよくなってお腹もすいてきたぞ。髪を乾かしたりしていると朝食にはばっちりの時間になった。

 

 

朝食も前夜と同様個室で準備されているそうである。

 

 

ドーン!

ザ・朝食である。

 

 

息子のご飯はやはり大盛りによそっていただいた。普段私は1日1食主義なのだが、このような時は思う存分食べるようにしている。息子に触発されてしまい羽目を外しておかわりを3杯もしてしまったが気にしない。この旅行から毎日膨満感に襲われるという副作用を発症したが楽しい旅行なので仕方がないのである。

 

皆で朝食を食べながら、息子が先ほど風呂場で体験した心霊現象のような子供の声の話をした。すると娘が大笑いしながら話し始めた。

 

「あまりにもお風呂が素敵だったので、速攻でおばあちゃんを呼びに行って、3人で入ったの。そこでお兄ちゃんの名前を大声で叫んだからその声だよ!」

 

心霊の正体が明らかになった今、息子は安堵の表情というよりは娘の行動に呆れて苦笑い、および怖がり男児と思われないように凛々しく眉間にしわを寄せて話を無理やり終わらせるのであった。

 

ゴチソウサマでした。腹が膨れすぎて動きづらくなった体をノソノソと動かし、無料で振る舞われているというモーニングコーヒーを飲みにロビー横にあるカフェへと向かった。準備されているサーバーから注いだコーヒーを飲んでいると、我々が座っている場所の横は昨日子供たちとお母さんで白熱した試合が行われた卓球場だということが分かった。お母さんは初めてやったということなのだが、これが非常に上手なのである。息子は何度かやったことがあるようで、すぐにコツをつかんで一方的な試合運びになった。しかし娘とお母さんが互角のレベルくらいだったので激闘が長い間続いた。娘は昨日のその卓球が非常に面白かったようで、またやりたいと言い出した。フロントに聞いておいで、と促したあと、しばらくして残念そうに娘が返って来た。

 

「15時からしかやれないんだって。」

 

昨日、特に楽しそうにラケットを振り回していた娘の姿を思い出すと、やらせてあげたい気持ちはやまやまだがルールなので仕方がない。コーヒーを飲み干すとみんなで部屋に戻った。

 

 

部屋から見下ろした景色。チェックアウトの時、支配人のような人に聞いたのだが、山の手前に煙って見えるのは朝モヤでもなんでもなく、花粉だそうである。そういえばなんだか花粉症ではない私なのに顔がヒリヒリして目が粉っぽい気がしてきた。そろそろ私も花粉症デビューかな?

 

名残惜しいがチェックアウトの時間である。10時に宿を出て昨日お母さんを出迎えた上毛高原駅へ今度はお見送りのために出発である。昨日通って来た道と違う道を通ってゆっくりのんびり走ることにした。途中で滝があるという案内があったので立ち寄ることにしたのだが、山の中にある駐車場まで来た時点で妻が熊が出ると怖いと言いだし、車から一歩も出なかった。そんなことを聞くと私もなんだか怖くなって、車からあまり離れない位置で滝を探してみるのだが全く見えないので滝はあきらめることにした。怖がり一家なのである。

 
その場所は山の上にあるのだが駐車場が非常に広い所だった。なので最近自動車学校に通っている息子に縦列駐車をさせてみたのだが、まだまだ練習が足りないようである。免許を取ったあと、息子の助手席に乗るのは楽しみな反面、それなりの勇気が必要であることを悟った。
 
その後もゆっくりドライブで進み、上毛高原駅には予定より少し早い時間に到着した。3時間無料の公営駐車場が隣接しているのだが満車になっているではないか。おそらくここに車を停めて新幹線に乗り、近くのスキーに行く客が多いのではないだろうか。3時間の無料時間を過ぎても1時間100円というリーズナブルな価格設定だからである。20分ほど待つと1台の車が出庫したので駐車スペースができた。

 

 

二日連続でやって来た上毛高原駅。

 

 

お母さんは12時45分発の新幹線に乗る。

 

 

手前は高崎、次は越後湯沢というあまり距離感覚がつかめない場所である。

 

 

ホームの端まで来てパチリ。東海道新幹線は車両の端から端まで400メートルあると聞いたことがあるが、上越新幹線も同じくらいの長さなのだろう、非常に長いホームである。

 

 

ああ、ついに別れの時が来た。お母さんを迎えてから見送るまでちょうど24時間だった。あっという間で短すぎる。次回は2泊で計画しようと家族全員で話しながら別れを惜しんだ。

 

またすぐに会える距離なのだが、子供達の部活やイベントなどで、なかなか会えないのが現実である。毎度お別れの時はお母さん、妻、娘が涙して、それを横目に私もしんみりとなるパターンが続くのだが今回も同じ。

 

「では、また会いましょう!」

 

全員でがっしりと握手を交わし、乗車した車両の窓際の席にお母さんが座る。動き始めた新幹線の車窓にあるお母さんの顔が見えなくなるまで全員で手を振り続けた。ああ、やっぱり別れは寂しいね。俯いていた娘がそう言って顔をあげた。

 

 

さあ、今度は我々が東京まで無事に帰る番だ。

 

 

お疲れさまでしたの群馬家族旅行は、これにて終わりなのである。

 

あー、楽しかった。

 

 

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ついに4連休が終わった。

 

4月になると猛烈に忙しい毎日が始まるので、寂しさこの上ないのである。

 

こうなったらコンチクショー!

 

エエィッ!ヤケ酒だ!

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。

 

 


 

 

前回から続く。

 

 

群馬県はみなかみ温泉にあるホテルで満足の朝食バイキングを済ませた我ら家族はチェックアウトの準備をダラダラと始める。この宿はレイトチェックアウトサービスがあり、11時に受付に行けば良いというのんびり家族にとってはありがたいものであった。それぞれの荷物をまとめて部屋を出る。時計を見ると11時2分。レイトチェックアウトなのに遅刻するというルーズにもほどがある家族なのだがこんな時くらい大目に見てもらおう。2人の子供が受験を終わらせたタイミングなのである。

 

もちろん最後の宿泊客となってチェックアウトを済ませると、スタッフの方に笑顔でお見送りしてもらった。とても良い宿なのである。

 

この日、私には作戦があった。ちょっとしたサプライズを企画していたのである。家族には昨晩、すでにバラしてしまったのだが妻のお母さんと合流することにしていたのだ。新潟に住んでいるお母さんの誕生日がちょうど明日になる日だったので、プレゼントとして一緒にパーティーをしませんか?と誘ったら、もちろん飛んで来ます!という返事があった。おばあちゃん大好きな子供たちも飛びあがって喜んだのである。

 

昼過ぎに合流することになっていたので少し時間がある。ゆっくり走って景色を見ながらのんびりドライブと行こうではないか。

 

 

途中、きれいな川で車が停められそうなスペースが見えたので迷わず立ち寄る。日本一の流域面積を誇る利根川の上流のようだ。娘が受験勉強で覚えた日本地理の知識をひけらかすのが面白かった。ひとしきり景色と良い空気を堪能したら出発である。

 

 

ムムッ!

トンネルでもない屋根付きの道路である。豪雪の対策か何かだろうか?東京にある我が家の近所では絶対に見られないので、家族全員で驚いた。

 

 

おっと、目的地へ到着である。ここは新幹線の駅舎の中。

 

 

入場券を買って改札を抜けると大きな天狗が現れて、これまた家族でビックリだ。

 

 

ここは上越新幹線の上毛高原駅。新幹線で通過したことは何度もあるがホームに立つのはもちろん初めてである。

 

お母さんを乗せた新幹線は定刻に到着。あらかじめ聞いておいた車両のドアの前で待っていると、ニッコリ優しいお母さんの笑顔が現れて娘が飛びついた。

 

「いらっしゃーい!来てくれてありがとう!」

 

妻、息子、娘が次々と近寄り、挨拶をかわす。すぐに娘はおばあちゃんと腕を組み、息子は荷物を引き受けた。妻はその横で嬉しそうにはしゃぎ、その姿を後ろから私が動画に撮るというナイス連携プレーで明日、誕生日のお母さんを迎えた。

 

今宵の宿は伊香保温泉である。車で小一時間の距離だが、ここもっゆっくりのんびりドライブで時間を贅沢に使おうではないか。途中、未知との遭遇、じゃなかった、未知の駅「中山盆地」に立ち寄る。

 

 

珍しいご当地ポテトチップ。

 

 

景色も素晴らしい。道の駅では野菜が嘘みたいに安かったので日持ちのする玉ねぎなどを購入した。

 

 

そして今夜の宿である伊香保温泉街に到着。チェックインの時間には少しだけ早いのでロープウェイに乗り、見晴台からこれまた素晴らしい景色を膵臓、じゃなかった、堪能する。

 

 

ゆっくりし過ぎて15時からは、かなり過ぎてチェックインした宿「しん喜」からの景色も素晴らしかった。

 

夕食は19時からなので、かなり時間がある。その前に伊香保温泉郷の散策をしておこうではないか。息子と娘が事前に調べておいた場所を巡ることにする。

 

 

かなり雰囲気のある路地。夜の遅い時間に来たたくなるような、違った意味の素晴らしい景色である。

 

 

歴史のある街なので少し寂しい場所もチラホラ。

 

 

なんとなく既視感のある景色が楽しいのである。

 

 

レトロな街に建つレトロ館。

 

 

目的地に到着。伊香保温泉といえばここの階段通り。

 

 

草津もこのような坂になっていた記憶だが、ここはしっかりとした階段がある。

 

 

頂上には神社があった。

 

 

マイケルジョーダン、じゃなかった、最上段は365段目。結構疲れる段数である。

 

 

創建は紀元前。長い歴史のある神社である。

 

 

娘が合格しますように!1万円を賽銭箱に入れた。家族全員で5万円でのお願いなのだ。もちろん嘘。

 

 

宿に戻る途中、御用邸の跡があった。

 

 

今は大学の研究所だそうである。

 

 

宿に戻って風呂に入る。ここの温泉は建物の最上階にあり、露天風呂からは夜景となった伊香保の街並みが見渡せた。ここでも息子と二人で貸切風呂という最強のワシントン、じゃなかった、ニューヨーク、あ、入浴となった。

 

 

おおっ!夕食は個室ではないか!これまた最強!女中さんがいろいろとお世話をしてくれる。

 

 

止まらないコーフンを無理やり抑えて席に着く。

 

 

よーし、なんだかよく分からんが、食べるぞー!

 

 

その前に、もちろん、神様、仏様、生ビール。

 

では、お母さん、誕生日おめでとうございます!

あと、二人の子供たちの受験も終わったので、おばあちゃんと一緒にお疲れさまー!

 

乾杯ッ!

 

ブハーッ!

ビールは伊香保のスゴイ家宝(イカホー)!

 

 

息子リクエスツの馬刺し二皿。多かった、、、

 

 

上品な刺身。

 

 

ゲットアウト!じゃなかった、カモーン肉のなんか。

 

 

息子のご飯は大盛りで。この後2杯おかわり。

 

 

豚しゃぶ。非常に旨し。

 

 

〆のデザートは娘の胃袋にスルリと入った。

 

大満足の宴、料理長、ごちそう様でした。

 

 

部屋に戻ってももちろん乾杯。

 

 

女性陣は貸し切り風呂に行ったので息子としばしご歓談。4月から大学に入学する息子は現在自動車学校にも通っている勤勉サッカー青年になった。「この旅行を計画してくれてありがとう」という謝意を申し述べられて、少し照れ臭かったがとても嬉しかった。こちらこそありがとうなのである。息子はあと2年経ったらやっとのことで乾杯ができる歳になる。楽しみこの上ないのだ。

 

 

楽しい時間はあっという間に過ぎてゆく。

 

 

ツマミが足りなくなったので、饅頭屋で買ってきたお土産用のお菓子に手を出す大酒飲みオヤジ。

 

この後、全員そろってお母さんの誕生パーティーを開いた。ハッピーアワー、じゃなかった、ハッピーバースデーをみんなで唄い、家から持ってきたパーティーグッズに身を包むと場が一気に盛り上がった。賞金を懸けたトランプでは殴り合いの喧嘩になった、というのは嘘で、大盛況のうちにベロンベロンになった私は一足お先に夢の中へと行ってみたのであった。

 

 

楽しすぎる伊香保の夜が更けてゆく。

 

次回に続く。

 

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春分の日で休みであるが、今日は華金。

 

3連休初日である。

 

昨日は娘の卒業式で仕事を休んだので、私にとっては4連休の2日目という具合である。

 

メデタイ日が続く。

 

早い時間から飲むしかないのである。

 

ビールをこよなく愛する皆さま

 

であるからして

 

やっぱり今宵も

 

キンキンに冷えたビールで

 

乾杯ッ!

 

なのである。

ムフフフフ。