KTC-18
一重丸京のK.K.K.モデルとは?
本項は全面的にKTC-27に書き換えています。
京都機械/一重丸京モデルには、戦時モデルとトヨタ納入モデルを除くと全てに社名として"KYOTO KIKAI CO., LTD."が刻印されていると理解しています。
しかしながら、1つだけ例外があり、それがこのK.K.K.モデルです。
一重丸京
が刻印されていますので、京都機械の製品であることだけは確かです。
でも、それ以上のことは情報がありません。
ここから先は全て私の推測です。
そして、ここのところ集中的に一重丸京を追いかけてきましたので、かなり色んなことが分かってきましたが、まだまだ不明点があります。
K.K.K.モデルを軸にして一重丸京で分かっていないことを後半にまとめますので、ご存じの方がいらっしゃいましたら、教えて下さい。
※一重丸京の全モデル解説はこちらにて。
1.K.K.K.モデル
一重丸京で一番ポピュラーなモデル(下の写真)と同一形状/凹帯パネルです。
K.K.K.のスパナ形状が、より真ん丸になっています。
1) K.K.K.とは何の略?
一重丸京を生産販売しているのは京都機械株式会社です。
したがい、"K"yoto "K"ikai "K"abushikikaishaの頭文字を取ってK.K.K.と考えるのが素直です。
しかしながら、KYOTO-丸京マーク-K.x.x.という刻印はKTCが使っている方法なので、釈然とはしません。
2)生産販売時期は?
色々と可能性を考えましたが、『1945年に事業再開した時の初モデル』だろうと大胆に推測しました。
私の推測の根拠は、次項2.を参照願います。
↑↓5本セット(インチサイズ)
【追記】 『ミリサイズ(8x9mm)もある』とのことで、読者の方に写真を提供して貰いました。
2.終戦後の初モデルと推測した根拠
京都機械/一重丸京の企業活動は大きく4つの時期に分けることが出来ます。
① 戦前…創業1932年から1939年に海軍の工具専門工場になるまで
② 戦中…海軍工場時代(1939年から1941年の開戦を経て1945年の終戦まで)
③ 事業再開後…終戦の1945年から1950年の工具事業縮小(KTC創業)までの5年間
④ KTCと競合…一般販売でKTCと競合しながら、1975年頃まで自衛隊納入等を継続
※そして、1975年頃に完全に工具事業から撤退
K.K.K.モデルの販売時期情報はありませんので、4つの時期それぞれでの可能性を考えます。
① 戦前
K.K.K.というアルファベット表示であることから軍隊向けでは無いと考えます。
戦前に民間販売されていたかの情報はありませんが、民間販売をしていたのであればK.K.K.というアルファベット表示はあり得ます。
ただし、K.K.K.モデルはインチサイズであり、戦前の民間市場にインチサイズの需要は少ないと思いますので、民間販売もまずあり得ないでしょう。
② 戦中
アルファベット表示ですので、海軍用の工具だけを生産していた戦中はあり得ません。
③ 戦後再開後
K.K.K.モデルは、一重丸京でポピュラーな"KYOTO KIKAI CO., LTD."と刻印してあるのと同一モデルです。
この"KYOTO KIKAI CO., LTD."刻印は、トヨタ納入モデルを除く戦後の全ての一重丸京モデルに継続的に採用されています。
したがい、"KYOTO KIKAI CO., LTD."が世に出た後に、途中で新しい会社表示K.K.K.が単発で登場するとは思えません。(K.K.K.が京都機械の略であることが前提)
あるとすれば、大きな切り変わりの時です。
それは、終戦後の販売再開の時だけです。
つまり、販売開始の最初にK.K.K.モデルを作ってみたものの、継続させず、"KYOTO KIKAI CO., LTD."が採用されたと考えることが出来ます。
と言うよりも、それ以外の可能性が思い浮かびません。
スパナ形状がゼロ戦モデルや戦後の初期モデルと同じように真ん丸になっていることも、終戦直後モデルとの考えと符合します。
ちなみに、ゼロ戦スパナ(KTC-16)ページにて、ゼロ戦スパナの大きいサイズがそのまま戦後に京都機械/一重丸京モデルになったと推測していますが、ゼロ戦モデル利用推測とK.K.K.採用時期推測の2つが当たっていれば、このK.K.K.モデルがゼロ戦スパナの再来になります。
④ KTCと競合
京都機械/一重丸京は、KTC創業後も生産販売を継続していたことはJISモデルの存在と航空自衛隊への納入より確認出来ていますが、この時期も"KYOTO KIKAI CO., LTD."と刻印されたモデルが継続されています。
したがい、途中で別の会社表示K.K.K.が登場するとは思えません。
↑ゼロ戦・整備要領書内の外部要具/外7番(32x29mm)
↓K.K.K.の大きいサイズを左側にした反転画像(スパナと帯パネル形状がゼロ戦にそっくり)
3.皆様に教えて頂きたいこと
ゼロ戦スパナが一重丸京であったことと航空自衛隊に納入されていた2つの事実が分かり、戦前から1975年頃まで長年に渡って一重丸京が生産販売/納入されていたことが一気に分かりました。
それまでは一重丸京モデルは1945年~50年の間の5年間だけだと思っていましたので、私にとっては目から鱗が落ちる大発見でした。
それでも、まだ一重丸京で分からないことが残っています。
以下の点について、皆樣がご存じのことがありましたら、コメント欄にて教えて頂きたいと思います。
皆樣の御協力をよろしくお願い致します。
なお、私の情報源は、KTCが編纂した『KTC50年のあゆみ』内の『創業前史』編、そして実物(スパナとコンビレンチ)、さらに『1975年頃まで防衛産業に力を入れていたようだ』というKTCからの情報の3点だけです。(京都機械の創業時期に関するネット情報も)
なお、『KTC50年のあゆみ』内の『創業前史』編(全5ページ)を参考まで掲載します。
(全ページ掲載の許可をKTCに依頼しているのですが、どうなるでしょうか?)
★ 一重丸京の不明点
1) K.K.K.の私の推測は当たっていますでしょうか?
2) 戦前に民間販売されていたのでしょうか?
3) 戦後の一般販売はいつまででしょうか?
4) 一重丸京(京都機械)と二重丸京(KTC)の両者が同じ工具店で陳列販売されていたことを示す資料はありますでしょうか?(もしくは、両方が載っている広告等)
5) 航空自衛隊だけで無く、陸上自衛隊や海上自衛隊にも納入されていたのでしょうか?
6) カタログまたはパンフレットは存在しますでしょうか?
4.良く分からないモデルがもう一つ
実は、良く分からないモデルがもう一つあります。
写真しか入手出来ておらず、かつ写真が鮮明ではありませんので、一重丸京なのか二重丸京なのか分からないのですが、どちらであったとしても従来の常識を覆すモデルです。
K.T.C.なのかK.T.D.なのか読み取れませんが、一重丸京でK.T.C.はあり得ないでしょう。
K.T.D.だとしても、一重丸京と二重丸京が同時期に一般販売されていたことから考えれば、常識的には誤解を招く製品は出さないでしょう。
ちなみに、JISマーク付きですので、JIS認証が制定された1952年3月以降の製品となります。
"KYOTO-丸京マークーK.T.C."という刻印はKTCが得意とする表示方法です。
しかしながら、この形状(凹帯パネル)のモデルは一重丸京を代表する形状ですので、もしKTCが採用していたとしてしたら、お店に同じ形状(凹帯パネル)の一条丸京と二重丸京の2つの標準モデルが並んでしまいます。
つまり、このモデルの丸京マークが
と
のいずれであったとしても、常識から外れるモデルになります。
このモデルのついてもご存じの方がいらっしゃいましたら、教えて頂きたいと思います。
【2021年5月19日追記】
"良く分からないモデル"の鮮明な写真を読者の方に送って貰い、正体が分かりました。
丸京マークは二重の線がつぶれているために一重に見えますが、ニ重丸京の様です。
円の上端が切れているのが二重丸京そのものです。
会社名はK.T,D.に見えていましたが、素直にK.T.C.でした。
つまり、KTCも京都機械と同様の凹帯パネルの標準モデルを同じJIS付きで生産販売していたことになります。(同時期の販売と思われます)
KTC/二重丸京には凸帯パネルという標準モデルが既にあるにも関わらず、ユーザーが誤解するような一重丸京と同じモデルを何故KTCが作ったのか釈然としません。
KTC/二重丸京の初代タペットスパナは凹帯パネルでしたので、このタペットスパナの兄弟の形で凹帯パネルの標準モデルを作ったのかと思います。
敢えて言うなら一重丸京はスタンダード長さ(12x14でL=140mm)、二重丸京はロングタイプ(同じく12x14でL=182mm)という棲み分けにはなっています。
ちなみに、JIS認証では12x14はL=140mmと規定されていて、ロングの設定はありません。
したがい、KTC/二重丸京モデルにJISマークが付いていること自体が不可思議で、良くJIS認証を得られたなと思います。
なお、前述のタペットスパナは12x14でL=210mmです。
写真のモデルは全て12x14で揃えてあります。
↑凹帯パネルのKTC標準モデル(JISマーク付き)、L=182mm
↓同じく凹帯パネルのKTCタペットスパナ(片側のスパナがオフセット無し)、L=210mm
↓京都機械/一重丸京の標準モデルである凹帯パネル(JISマーク付き)、L=140mm
↑長さの比較イメージ
スタンダードにロングとエキストラロングといった感じです。
5.会社名表示の例外2例
冒頭に京都機械/一重丸京は『戦時モデルとトヨタ納入モデルを除くと全てに社名として"KYOTO KIKAI CO., LTD."が刻印されている』と書いていますが、その例外の2つです。
↑ゼロ戦の榮20型エンジン整備用スパナです。
海軍指定の工具工場としての生産ですので、
だけが刻印されています。
↑トヨタ戦後生産再開1号のトラックに車載されたスパナです。
京都機械/一重丸京の製品ながらKTC『ものづくり技術館』のOEMコーナーに展示されています。
展示では表側面しか確認出来ませんが、裏面左端に
が刻印されています。
今回は大胆な推測編ですので、大胆な推測をもう一つ。
これは京都機械/一重丸京の製品ですが、KTCのスタンダードモデルと同一形状になっていて、不思議です。
以下、私の推測です。
・トヨタ向けOEM製品なので、このモデルの版権をトヨタが持っていて、KTC創業と共にトヨタへの納入が京都機械からKTCへ変わった時に、このスパナの鍛造型使用を含む製造権がトヨタの意向でKTCへ移動。
・刻印表示をKTC/二重丸京のトヨタモデルに変更して、KTCは創業直後からトヨタに納入。
・このモデルの一般販売をトヨタから認可されて、そのままKTC/二重丸京のスタンダードモデルに。
・【以下は事実】 当初は、トヨタ向けが上端が閉じた
、一般販売が上端が開いた
の二重丸京マークを使い分けていたが、しばらくして統一されて両方とも
に。
↓二重丸京版になった当初のトヨタ車載スパナで、上端が閉じた
です。

↑KTC『ものづくり技術館』OEM展示(赤枠内が一重丸京のトヨタ車載モデル)
京都機械の創業年情報はこちらを参照しました。
この回、終わり


















