「鉄人」と呼ばれた元広島東洋カープの衣笠が先日亡くなった。
カープファンじゃないが、カープといえばやはり衣笠という印象だった。
そんな矢先、今夜のフジテレビの映画放送枠がアメリカ映画の
「アイアンマン」だということにはなにか暗示的なものや暗黙の追悼的な
流れを感じる。
いろんな出来事がおこっているが、そんな中で昨日の韓国と北朝鮮の
とりあえずは終戦という報道には驚いた。
平和という言葉が連発されていた。
平和ねえ。
ある意味それにいくらか近づいたのは事実かもしれないけど、見ている限りでは
どうも世界全体に向けてというよりも、北と南の2国間だけにおける平和という感じが
拭えないのが正直な感想だった。
北と南との間が平和になったとして、仮に日本がもう北の核の挑発を受けなくなった
としても、やはり地球上に多数の国というものがある以上、海の遙か向こうのどこか
では戦争が今もあって、それは永久になくならないんだろうなとは思う。
人がいる以上、ケンカはあるし、子供がいる以上、いじめもなくならない。
それと同じ。
そうそう、そういえばもうすぐ、あっという間に東京オリンピックがやってくる。
というか、やってきてしまう。
多くの人もつぶやいて、わかっているが五輪という祭りも戦争みたいなんだよね。
戦争だとはいわない。
だけど事実、戦争みたい。
変換された戦争というイデオロギーはおいとくにしても、やはり日本の今の状況を
第一に考えると、今からでも東京五輪はやめてほしいとは思う。
その件にかんすることも5年ほど前に一度記事で書いた。
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それをふまえて先日、「週刊金曜日」の表紙に気になる見出しをみつけた。
『東京オリンピックなんて大っ嫌い!
最後のひとりになっても、2020年開催に反対する大特集』
と書いてあった。
内容は東京オリンピックに反対するキャスターの久米宏と
同じく反対するピーコの対談である。
正直、ピーコはどうでもいい(失礼)のだが、久米宏はいくらか好きだし、テーマそのもの
に興味があるので、手にとって読んでみた。
読んでみた範囲の限り、ふたりのいっていることはオレのいいたかったこととほぼ同じ。
代弁してもらったようで、詰まっていたものがすべて抜けたようにスッキリした。
ダイベンだけに。
久米宏は
「僕ね、再来年の五輪は福島の原発事故にたいする『目くらまし』だと思っている。
(中略) 1000億くらいらしいんです。五輪返上の違約金。進んで払って返すべきだと思うんですよ」
と語っていた。
ふたりもいっていて、オレも昔からそう思っていたんだけれど、日本人ってやはり‘個’が薄い
というか、国や団体として一度大きなイベントをやると決めたら、絶対にやらないといけないという
ような感じになる。一度盛り上がってしまったら、もう取り消してはいけないというような感じになる。
「日本人はオリンピックとノーベル賞のことになると、馬鹿になっちゃうよね、完全に。
文句なしに万歳、になっちゃう。僕がオリンピックを嫌いな理由の一つですけどね」
と久米宏は語る。
まさにそうなんだよね。
いや、好きなことに夢中になることがいけないとはいわない。
オレはイデオロギー抜きにしてもスポーツも五輪もまったく興味ないから、それもプラスして
想像しくなりそうな東京オリンピック開催は反対だという部分もあるが、世の中にはオリンピック
が大好きだったり、4年に一回のソレをとても楽しみにしているという人もいるのはわかってるし
そういう人たちの娯楽を邪魔する権利は誰にもない。
ちょっと悪いいい方すれば、なにもとりえがないけど運動だけはズバ抜けた才能を持っている
というアスリートの人にとって、そういうイベントは唯一の輝ける舞台だろうから、その場を
奪ってはいけないとも思う。
観たい人間は観ればいいし、観たくない人間は観なければいい。
それだけの話であり、オリンピックというイベントはイベントであってもいいのだ。
だけど、大金をかけて東京へ招致して、開催となると簡単に片づけられる話ではない。
オリンピックファンや日本のアスリートが自分の国でやりたいという気持ちは理解できるが
国単位の状況で考えれば、
「今はそのタイミングじゃないだろう!」
という話。
久米宏がいっていたようにまだ原発問題も片付いていないし、その他、幼稚園不足問題や
貧困格差問題など日本が整理しないといけない課題は山積だ。
そんな状況を一時の熱気と感動の嵐で包んで隠して、一部の人たちの嘆きや叫びを
ごまかそうとしているお上の考えが見え見えなんだ。
五色の五つの輪が描かれた大きな絆創膏を、日本の傷の上に貼って隠す程度の
応急処置のようなもの。
今、日本や東京が金を流すべきところは、そこじゃない。
対談の中でもいわれていたが、開催にあたって「東北のため」と上の人間はいっているが
それは、東京開催のため、「東北の現状」を利用しているだけ。
東北の人たちが、
「私たちに希望を与えてもらうため、是非東京でオリンピックを開催してください!」と
強くいってるかといえば、そんなこともない。
参考までに東京以外の県に住んでいる知人などにも東京開催について訊ねてみたら、
「うちの県でやられたら混雑するしウルサイから反対だけど、東京でやられるぶんにはまだいいや」
といった感じの、ある意味別の「東京開催歓迎」ムードだった(笑)
現実的なことでも東北での作業する人員が不足しているのは、東京オリンピック会場建設の
ほうに人員をとられているという問題もある。
でも東京の会場の建設は建設で、下請け会社が安い金額でそれを押し付けられ、さらに
急がされているために、そこで働く労働者の人は低賃金で過酷な作業を強いられている。
それを理由とした自殺者もでているらしい。
人を自殺においこんでまで作った場所で金メダルを獲ってうれしいか?とはふたりの言葉。
納得だった。
大きい祭りを招致したり開催したりということは、他国の人やメディアもたくさん集まるという
こと。
それは立派な施設を作ったり、会場以外の場所においても外国の人たちにたいして
日本の素晴らしい光景を見せようということにつながる。
しかし、同時にそれは日本のあまり見せたくない部分を隠したり、無くそうとするという
ことも意味する。
このブログ内でもブックマーク登録してあるサイト『東京DEEP案内』の中でも、
「世界中の人々をひとつの都市に集める一大イベントが行われる裏では必ず、『都市の恥部』として
あげつられる『貧困層の排除』がセットになるのが世の常である」
と書かれており、いいところを突いているなあと感動した。
まさにそのとおり。
タイミングを間違った招致と開催で、自殺や排除においこまれる人たちの存在があるのを認識しないと
いけない。
そしてそういう人たちの存在を熱気とか感動とかいうもので隠してはいけない。
オリンピックは余裕がある時に招致、開催すべき。
上の人間がいうオリンピックが開かれることによって、大きな経済利益が生じ、結果として
その幸福が国民全体にゆきわたるというのは、オリンピック推奨派の口実で、その理由に
根拠がない。
それでも絶対に経済効果があり、トリクルダウンもあるはずだと胸を張っていうのであれば
その「効果」を、国民(とくに貧困層、シングルマザー)などに‘先払い’するべきである。
経済効果が間違いなくあると言い切れるならば、それができるはず。
オリンピック効果がなかったとしても、先払いされたぶんを返却しないでいいかわりに
もし、予想以上の効果があったとしても追加の支払いはしないということでいいではないだろうか。
東京開催ありきの流れになって、順番が金の使い方の順番が違うんだよなあ。
ぜったいにあとで帰ってくるから、とりあえず東京で開催しようというのはなんだか
個人の意見を無視して、都市単位がとてつもなく大規模な宝くじを勝手を買ったようなイメージ。
あとで、じゃなく、しいていえばもっとたくさんの人が余裕持って東京オリンピックを楽しめる
ような状態にしてから開催するのが正しい。
オリンピックがはじまれば、たくさんの人が見て勇気を与えられる?
それ以前に貧困にあえいでいて家にテレビがない人は、オリンピック自体みれない。
幼稚園に子供を入れられない母親は、子供の世話でまともにテレビの前にいられない。
○○選手の活躍がネットで話題!? いやいや、貧困層や被災地などはネット環境だって
まともに整っているかわからないではないか。
そういう人たちのために使う金をあとまわしにしたイベントや祭典はやはり頷けない。
まずはそういう人たちをしっかりフォローしたうえで、開催するほうがオリンピックももっと
たくさんの人に楽しんでもらえるのではないだろうかと、アンチ五輪のオレでさえ思う。
このタイミングでの招致と開催は、喜ぶ人も増やせるだろうが同時にアンチ五輪も
増やすことになると考えられる。
空気を読んだりすることが大好きな日本人が、ここにくると東京開催に盲目になって
空気をまったく読めなくなる。
世間がいう「空気を読む」っていうのは正しいことをいえとか、自分の意見をいえって
いうことじゃなく、たとえ間違っているとしても多数派にあわせろとか、盛り上がっている
雰囲気に水をさすな、ってことなんだろうな。悲しい。
さっきも書いたけど、一度決まって盛り上がった以上はもう意地でも貫きとおすことだろう。
ことだろうというというか、できる能力がない。
そんな空気の中、はじまったらはじまったでやはりどこか他国に勝つというような戦争色が
にじみでるし。
日本人はマナーをわきまえているけど、近隣の国の応援団などナショナリズムバリバリだ。
ちなみにIOCのオリンピック憲章では、
「国別のメダル数をランキングしてはいけない」という趣旨が書いてあるらしい。
メダルは個人・団体に渡すものであって、国家に渡すものではないからというのが理由。
テレビ局とかは朝からフリップにまとめたりして、めちゃめちゃ守ってないようだが……(-_-;)
とにかく、もう一度決まって時間も迫まってきているからそれはもうしょうがない。
だけど、東京オリンピック開催により国は潤うから、それはオリンピック後に必ず
国民に分配されるということはぜったいに守ってもらう。
オレが一番イライラしそうなケースは閉会後に、経済がまったく潤わず貧困層とかにも
還元されないのに、政治家やテレビの司会者が
「いやあ、ごらんのとおり景気はまったく良くなりませんでしたけど、でも今回のオリンピック
によって、お金以上に価値がある勇気や感動をもらいましたから、それが国民みんな頑張ろう
って気持ちにつながりますよね」
とかいってごまかしそうなこと。
この状況で精神論はいらん。
しっかし、マジでありそうだな、これ。とくダネとかで。
いったらぜったい許さんぞ(笑)