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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

ペルー統計情報庁の調査によると、2014年度、
15歳以上の市民の内30.5%が何らかの犯罪にあっているという。

しかし犯罪にあった市民のうち、警察にと届けたのはたった27%。
届けなかった理由としては、
加害者が誰がわからないから 29%
時間の無駄だから 25%
報復が怖いから18%
出典
http://canaln.pe/actualidad/mas-30-poblacion-mayor-15-anos-fue-victima-delito-2014-n174486

私も届けなかったことがある。
2014年じゃないけど・・


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ふと、人種差別で思い出した。
10年以上も前にクスコで出席したある講演会での話
たぶんフランス人の文化人類学者の講演会だったのではないかと思う。
彼女の話で

「キスキピカンチス郡(クスコ市と隣り合う郡)で
タクシーの荷台に載っているたくさんの人間を見て、
ウルコス(キスキパンチスの中心の街)の人が言った。
「あいつらはチョロだ」
ウルコスの人間はクスコではチョロと呼ばれる。
リマではクスコの人間をチョロと呼ぶ。
そしてリマの人間はスペイン人からチョロと下げずまれる」


チョロとは本来先住民と白人の混血を指す言葉なのだが、
現在では先住民系全般を呼ぶ言葉になっている。
そして差別用語にも・・。

要するに差別には限界はないということ・・

今日、ペルー文化省クスコ支部のFACEBOOKページ
https://www.facebook.com/ministerioculturacusco?fref=ts
に入ってなにかイベントはないか探してみた。

そこで見つけてしまったのが、3月21日の
FERIA INFORMATIVA POR EL DÍA DE LA ELIMINACIÓN DE LA DISCRIMINACIÓN RACIAL (国際人種差別撤廃デーに伴う啓発フェア)
クスコでは同日、トゥパク・アマル広場で啓発活動が行われるそうだ。
ちょうど土曜日で、土曜市が広場で開かれるのと重なっている。

国際人種差別撤廃デーとは国連によって1960年に制定された日。
この日付は1960年3月21日、南アフリカのシャープビルで、アパルトヘイトに反対するデモ行進に対して警官隊が発砲し、69人が死亡した事件を記念している。

人種隔離政策こそなかったにせよ、
民間の店舗によっては入場の人種差別が見られる、
多人種社会のペルーでは他人事ではない話。

今年はこのイベントなんか盛り上がりそう・・。


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ネルソン・マンデラ 未来を変える言葉
クスコのサッカーチームシエンシアノのファンによる黒人差別発言を受け、
人種差別的発言をチェックする動きが盛んになった。

メトロポリターノというバスの乗り場で列を抜かそうとして、
警官に止められ、「セラーノ(山男)」と警官をののしったケース。


こんな差別用語、日常的なんだろうが、撮影され、ソーシャル・メディアに乗り、
全国ニュースに流れてしまった。この女性も先住民の血がはいっていると思われるが、より山っぽい警官をののしってしまった。
ただ、ここでは人種差別用語に対する批判はあったけど、彼女が列を守らなかった件に関しては誰も問わなかった。
列や順番は必ず守りましょう・・。

サッカーに話を戻すと・・
昨年2月12日のリベルタドーレス杯、レアル・ガルシラソ対クルセーロの試合。
レアル・ガルシラソは地元クスコのスタジアムが修復中のため、ワンカヨでのホームげーむとなってしまったのだが、ここでレアル・ガルシラソ側のファンがクルセイロのティンガ選手に人種差別的な野次を一斉に飛ばしたのだ。先住民系による黒人差別!
この件で、ブラジルのジルマ・ルセフ大統領らが抗議をし、CONMEBOL(南米サッカー連盟)はレアル・ガルシラソは1万2千ドルの罰金を課した。



さらにクスコのこのチームは黒人差別に置ける過ちをおかしてしまう。
同チームのホームページでアリアンサ・リマとの試合を宣伝するのに、背景に自チームはマスコットの白い虎、対戦相手のアリアンサ・リマにはおさるさんを置いてしまったのだ。


サルやゴリラは黒人を蔑視するイメージがあることから、
直ちにアリアンサ側は抗議。ガルシラソ側は「ハッカーがやったのだ」と言い訳をしたが、結局ペルーサッカー連盟から無観客試合の制裁を受けてしまった。

私個人の経験だが、
クスコの人間には自分たちはインカの子孫で
他の人種よりも優れているという思い込みは激しく
黒人、アジア系に対する蔑視は結構あるのだ。
「黒人は奴隷の子孫」
とあからさまな発言をするものもいる。
そのような気持ちがサッカーチームにも現れているのではないか。

ただ、先住民の側の視点殻も見て欲しいと思う子がある。
FIFAをはじめ、サッカー界では人種差別の排除に懸命になっている。
ただ、話題になるのは黒人差別ばかりなのだ・・。
おリマなどの海岸地帯で先住民系がチョロなどと罵られることはよくあるだろう。
だが、サッカーの試合で先住民差別発言をしても対して問題にならない。

中央(リマ)のチームが差別発言をしても問題にはならないが、
地方(クスコ、ワンカヨ、カハマルカ)などのチームのファンがすると問題になってしまう。
ペルー、サッカー界には拭いがたい、山岳地方差別があるのだ。

先だってのレアル・ガルシラソのサル差別ホームページのビデオで
女性アナウンサーが憎しみをあおるような口調で
ニュースを読んでいることにきづいただろうか?

チーム創設4年目にしてリベルタドール杯の決勝トーナメントに進出、
5年目もリベルタドール杯に出場した
レアル・ガルシラソに対する羨望と憎しみが感じられ、
不愉快な気分になった。
地方に対する蔑視が感じ取れるのだ。

白人の側からだけでなく、
さらに黒人による先住民差別、先住民による黒人差別は厳然と存在する。
当然アジア系対する差別だって存在する。
お互いがお互いを差別するペルー社会。



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サッカーと人種差別 (文春新書)
昨夜のニュースでずっと繰り返されてきた「事件」。

女子バレーの人気者、
代表監督もつとめる、ナタリア・マラガ女史が
UCV対レガタ・リマの試合の
作戦タイム中に対戦相手レガタ・リマのチームの選手を
リャマと評しているのをカメラは見逃さず、
この発言を人種差別的表現と指摘し始めたのだ。


「La llama pega diagonal!
リャマは対角線上に打つ!」
発言はビデオ中の01:37



リャマと称されたのはアンヘリカ・アキノ選手。
アキノ選手とはこのような顔をしています。
(これとは別件のインタビュー)



リャマを先住民系に対する人種差別的表現と解釈するものもいるのだが、
彼女の顔を見ても・・どうもあたらないし・・。

面と向かっていっていないこともあり、
本人は
「怒ってはいません、ただこの場面には不適当な発言ですね」
とこめんとをしている


人種差別的罵りが街にあふれているペルー。
ネグロ
チーノ
チョロ

使い方によっては愛称ともなり蔑称ともなる。
当然、文脈と口調でどちらかはわかる。

アフリカ系人種をゴリラとかサルと呼ぶのは差別的表現とみなされる。

いや表現だけでなく、実際に差別はペルーにはあふれている。

しかし、差別的表現狩が厳しくなったのは、サッカーの試合が原因。
3月1日にクスコのガルシラソ・スタジアムでの
シエンシアノ対フアン・アウリッチの試合で
地元シエンシアノのファンが
ファン・アウリッチの黒人選手、ルイス・テハダを
人種差別的表現でやじったのだ。

激怒したパナマ人のテハダ選手はピッチを去ろうとし、
試合放棄のためにイエロー・カードを受けることになった。

しかし、この光景がニュースで
流れ、非難は差別をするシエンシアノの側に向き、
サッカー協会から制裁をを与えることになった。
-3月15日のデポルティボ・ムニシパル戦は観客を入れない
-38000ソーレス(約148万3000円)の罰金

この試合が原因で、
ペルーのメディアでは人種差別的表現を厳しくチェックするようになった。
ソーシャル・メディアが差別的表現を指摘する動きが高まってきた。

ただ、果たして言葉の魔女狩りだけで
この国の人種差別はほんとうになくなるのか、
疑問ではあるが・・


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アキラ!―加藤明・南米バレーボールに捧げた一生 (角川文庫 (5710))


3月15日 EL COMERCIO紙の政治関連の
世論調査が掲載されていました(IPSOS調査)。

立候補する可能性のある
有力政治家の書く人物の印象を問う調査で
賛成・反対を問うものです。

ケイコ・フジモリ
賛成40%
反対51%

ペドロ・パブロ・クチンスキー
賛成36%
反対51%

アラン・ガルシア
賛成24%
反対71%

アレハンドロ・トレド
賛成19%
反対77%

ガルシア、トレド両氏は大統領経験者で
汚職のイメージが強く、
反対する割合がどうしても高くなる。

ケイコ・フジモリは国会議員を一期務め、
2011年の大統領選は決選投票で僅差でウマーラ氏に敗れた。

クチンスキー氏はトレド政権下で
首相、経済財政相を務め、現在のペルーの経済成長の基礎をきづいた。
2011年の選挙でわずか4ヶ月前に大統領選に立候補を発表したにもかかわらず、
得票数は3位につけた。
有能ではあるが、2016年には78歳になる高齢がネックとなりそうだ。

ガルシア氏は1985-90年に大統領を務めたときの
ハイパー・インフレやテロリズムの横行と汚職のイメージが
年配者には強いが、
2006-2011年の第二次政権下では経済は好調で
第一次政権時代を知らない若者の間ではアプラ党の支持は進み、
昨年のリマ・メトロポリタン地区の市長市議会選挙で
躍進を果たしている。

なお、ペルーでは大統領は5年が任期で、
連続再選は許されていない。


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