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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

数年間、スペイン語のライティングの勉強のために新聞の社説やコラムの書き写しはしてきたのだが、昨年の暮れから日本文の書き写しを行っている。

最初は考古学用語を叩き込み、ペルーの考古学の復習をするために

アンデスの考古学 (世界の考古学)

アンデスの考古学 (世界の考古学)
からはじめた。

A4サイズの紙にびっしり書くのに、1時間。

楽しかった。
毎日行っていたわけではないので一冊終了するのに3ヶ月かかった。

ついで取り掛かったのが、大陸を渡って、『日本美術史』。
古風な表現や描写が気に入ったので書き写しを始めたのだが、一気に難しくなった・・。
漢字が多い・・。画数も多い・・。
書き写しの最中に肘や手首が痛くなってくる。

カラー版 日本美術史

今、平安時代後期を書き写している。
日本史の復習にもいいが、ほんとうにつらい作業だ・・

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あのメンドーサ候補とクチンスキ候補の2位争いはなんだったのだろうか?

選挙管理委員会(ONPE)発表の開票66.82%での速報は・・




得票率23.73%のクチンスキー候補と17.12%メンドーサ候補の差は縮まらない・・。

これでクチンスキー候補とフジモリ候補の決選投票は決定的となっている。

ちなみに決選投票は6月5日。

ペドロ・パブロ・クチンスキー候補は1938年、ユダヤ・ポーランド系ドイツ人で熱帯病を専門とする医師とフランス系スイス人を母にリマに生まれる。映画監督のジャン・リュク・ゴダールは母方のいとこにあたる。

幼少期に父のハンセン病の研究のためにイキトスに移住し、リマのマルカム学校で教育を受けたあと、奨学金を得て、オックスフォード大学のエクスター校で哲学・経済学・政治学を学び、プリンストン大学でも学ぶ。

妻のナンシー・ラングは女優ジェシカ・ラングの従妹。

1966年、フェルナンド・ベラウンデ・テリー一次政権下で経済顧問、中央準備銀行会長を務め、1980年の同二次政権エネルギー鉱業大臣を勤めた。

2001年からのアレハンドロ・トレド政権では経済財政大臣、閣僚会議議長(首相)を務める。
2011年の大統領選では落選している。

また鉱工業関係の数々の民間企業で働き、財界とのコネクションが太く、ロビースト、大資本の味方と揶揄する声もある。

しかし、両候補とも本人や関係者の名がパナマ文書に出てくるということを念頭においておきたい。

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もうだめだと思った・・選挙論戦・・美人なのに、ひどい服装とメイク・・


人生かかってるんですよ!一国の国政がかかってるんですよ・・。

ケイコ・フジモリがどれだけエレガントに見えたことか・・



残念ながらクスコでの最終集会には行けなかったが、
彼女は投票のためにクスコに戻り、実家で朝食中継・・

ばかばかしいが、ペルーの選挙投票日には朝食中継はお定まり・・。

実家、アンダワイリジャスの旧家の雰囲気が素敵だ・・。


普段からこんなに食べているとは思えないのだが・・

気の毒だったのはケイコ・フジモリ・・

朝食料理中にまるで計算したかのようにウマーラ大統領夫妻の投票中継。
よほどケイコが嫌いなのか?

その後、各候補者の朝食中継や投票中継もあり・・。
投票所での混乱もあり、

午後4時の投票終了と同時の出口調査!


ベロニカ、クチンスキー候補(PPK)と僅差?

そしてクスコ選挙事務所の二階バルコニーを借りての演説・・


以前にアップしたこのボロイ事務所の二階・・
http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12136573902.html

そのまま彼女はリマへと戻り・・

午後9時の選挙管理委員会の開票20%での速報・・


PPKとベロニカの差がえらく離れている・・。

まだ80%の開票が残っているし、PPKが強い海外在住者票、ベロニカの強い郡部や僻地の開票は遅れるので、予断は許さない・・。

冷静に考えてPPKに勝ってもらいたいのだが、心情的にはベロニカよりの私・・。

複雑・・。
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インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガ。

スペイン人征服者セバスティアン・ガルシラソ・デ・ラ・ベガと第11代インカ皇帝輪田舎パックの孫の皇女チンプー・オクジョとの間に1539年4月12日クスコで生まれ、クスコで20歳まで過ごしたのち、スペインに渡り、教育を受けたあと晩年にインカ皇統記を出版し、ヨーロッパで人気を得た。

今年は彼の400年忌。
偶然にもセルバンテス、シェイクスピアもまったく同じ日、1616年4月23日になくなっており、4月23日はユネスコの図書・世界著作権デーとなっている・・
ということは昨年もアップしているので、そちらを参考に・・。
http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12018934377.html

しかし、400年忌ということでクスコではさまざまなイベントが企画されている。
もう2週間前になるが、その発表会に行ってきた。
彼の誕生日4月12日よりガルシラソにちなむ展覧会が州歴史博物館インカ・ガルシラソ・デ・ラ・ベガ・チンプーオクジョにて開催され、シンポジウムが4月20日から22日まで、企画されている。
命日の23日にはカテドラルでミサが行われ、インカ皇統記にを読むリレーも行われる予定。

結構大きなイベントになるようで、その400年忌イベントの発表記者会見が博物館で行われたのでいってきた(2週間前の話だが・・)。


発表会見パティオでは、ピスコサワーやアルガロビーナで乾杯。


正午からいい気分になった・・。

ちなみに関係ポスター・・


シンポジウムの出席には申し込みが必要です(無料)
http://siga.drc-cusco.gob.pe/simposiogarcilaso/


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ピスコ タベルネロ ケブランタ 500ml
朝から村上勇介のフジモリ時代のペルー―救世主を求める人々、制度化しない政治
を読み直していた。

最近誰に投票するかと訊かれることが多かった。

「投票権はないが、PPK(ペペカ、ペドロ・パブロ・クチンスキー)」
と答えると、文化省職員に
「国に帰れ!」
と言われた。

文化関係者にはベロニカ・メンドーサの政治連合「広範囲の前線」同盟支持者が多い。ブレーンの一人、マヌエル・ダンメル氏の文化政策に興味があるからだ。

ベロニカは2021年にしてよ、オジャンタが台無しにした経済の建て直しにはPPKが必要なのよ。

フランス語で観光ガイドをする友達に
「いい分析だ。」

と言われた。彼もPPK。

昨日、いつも行く、アントニオ・ロレーナ通の果物屋にスイカを買いに行ったのだが、そこでも果物屋のオバサンに。
「誰に投票する?」

PPKと答えると、

「そんなのだめよ」

じゃあ、あなたは?

「拘留されている人・・」

元カハマルカ知事のグレゴリオ・サントスのことだ、国会住宅基金に預金をしていた人々のグループを基盤に「直接民主主義」党に担ぎ出された人物だ。
2010年からカハマルカ知事を務め、コンガ地区の金鉱開発計画に反対したことで知られるが、収賄で逮捕された。それでも拘留中でありながらも、2014年には知事選に立候補して70%の得票を得て再選をしている。

しかし・・名前もでてこない候補者に投票できるペルーという国・・。
政党のマークと候補者の写真にXマークをできれば大丈夫・・。

カラーで豪華な投票用紙に費用がかかってしまう・・。
80年の民主化後最初の国政選挙から、非識字者でも投票ができるようになってしまい選挙の度に莫大な費用がかかるようになってしまった。

さて、投票日2日前の金曜日、果物屋に行く途中で見た、中央審査会のベストを着た若者たち・・。

投票所近辺(半径100M以内)の選挙広告を撤去しているのだ。

電柱の高いところにあるポスターをアクロバティクに・・


撤去


柱にこびりついたポスターを引き剥がす。



こちらはケイコ・フジモリ・・


日本人ということで、フジモリと同一視されてきたことにストレスを感じてきた私は落とされたケイコの顔を踏みつけた。

ちなみに撤去された広告類は近辺のゴミ箱に捨てられるとのこと・・。

まあ、選挙運動をしてはいけないのに、選挙カー見かけたし・・

ちなみに投票日前日の土曜日の午前8時から月曜8時までは一切の飲酒とアルコール類の販売が禁止されている。
これでも以前は48時間前、金曜日の零時から禁酒令が提供されていたのだが、だいぶ緩和されたようで・・。

ちなみに投票時間中は宗教的会合(ミサ)も禁止。
選挙に関する世論調査の結果発表はは7日前、月曜日の零時から禁止されている。

ペルーにはすばらしい法律がある・・。


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