今年も4月5日を迎えた。
ペルー人にとっては特別な日で、1992年にアルベルト・フジモリ大統領が憲法停止、国会閉鎖を行い、メディアを支配におき、反対派の政治家を拘束したりした「自己クーデター」記念日なのだ。
毎年、ニュースや新聞では大きく扱われる日なのだが、今年はアルベルト氏の長女が大統領選での支持率世論調査で1位を独走していて、全国一斉にフジモリ反対集会が行われた。
クスコは市内ではフジモリ嫌いが多いせいか結構盛り上がっているだろうと思って、デモ開始時間に一時間遅れで買い物ついでに覗きに行ったのだが・・
まだ集まりは少なかったが、警察の中にはガスマスクを持っていたグループもあった。
アルベルト氏の自伝、「
大統領への道
」を読み直したが、この憲法停止・国会解散についてはまったく触れられていなかった。自慢ばかり、ペルーの伝統的な政治家を批判して自己を正当化するばかりで役に立たない。
いったい、フジモリ時代は暗い時代だったのだろうか??
検閲下に置かれたメディア、言論の自由をコントロールされたという点ではそうだろう・・。
しかし、フジモリ氏はハイパーインフレを抑え、ペルー経済を立て直し、ペルー全国で市民を苦しめた左派のセンドロ・ルミノソやMRTAを壊滅させた。
しかし、その過程で、政府執行部と軍部がすべてを操り、無実の人々が連行され、殺され、人里離れた場所に埋められた。
大学で哲学を履修して、その講義のために「資本論」を購入していただけで連行された時代。
有名な1992年に起こったラ・カントゥータ事件は、エンリケ・グスマン・イ・バジェ大学の学生寮で学生や教員10名が連行され、行方不明になった。その1年後、焼かれた骨が発見されたというものだが、拉致、殺害、焼却などを行ったのはフジモリ政権下で結成された軍隊の特殊部隊であった。拉致殺害を行った学生たちが、テロリストだったかどうかはわからないが、同じ大学の学生寮にいた学生の証言では資本論を持っていただけで、12年も拘留されたという。
この映画を見ながら思った。
資本論を持っていただけで拉致されるとしたら、もしベルギーでコーランを持っていただけで拘束をしていたら、ブリュッセルでのテロは防げただろうか??
そんなことはわからない・・
テロの解決のためにかなりの人権侵害があったのは事実だ。
昨年見た90年代のテロでの軍隊・警察の横暴を扱った映画の紹介・・
http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12096088418.html
http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12096765216.html
ハイパーインフレを抑えたが、財政健全化のために、ガソリンや生活物資を急騰させるショック政策をとったが、これはフジモリではなく、対立候補のバルガス=リョサの公約だった。
国営企業の民営化も対外債務の繰り延べや支払い債務の減額のために国際通貨基金や世界銀行が強要したからだ。民営化が行われたのはペルーだけではない、ブラジル、アルゼンチンといった南米の国で共通して行われたことだ。
しかし、反対を押し切ってスパッと行った強権的な政治。権威主義的な政治手法を反対派は「独裁」と言い切ってしまう。
しかし民営化といっても日本で国鉄や電電公社が民営化して日本の企業になったわけではなく、外国資本が購入せざるをえなかった。
ここでペルー人の間に不満が残ってしまう。さらに経済自由化で外国からの投資が進み、自分たちの資源が奪われていくという恨みのような感情がくすぶり始めた。
山岳地帯のクスコの町に住んでいるとそうした不満を表現するものがかなりいる。
スペイン人によるインカ帝国征服以来、ペルーの山岳地帯の者には外部の人間が自分たちの資源を持っていく、搾取されているという被害者意識が染み付いている。
すべて外部の人間が悪い・・。
そうしたことからフジモリ氏が外国に企業や資源を売り渡した、と語るものも多い。
さらに同政権が持つ汚職のイメージ。
フジモリ氏の顧問であり、国家諜報機関の実験を握っていたモンテシーノスがスイスに隠し口座を持つなど不正蓄財をしていたが、さらに同氏自らが国会工作のために野党議員に賄賂を渡すビデオ(自身で撮影)が発覚し、これがきっかけでフジモリ氏は失脚状態となり、APECに出席するためにブルネイを訪問したののち、日本へ逃亡してしまう。
フジモリ氏の不正蓄財は証拠が挙がっていないが、4人の子供をすべて海外の大学に進ませる資金など、同氏の大学学長、大統領としての給料からはまかないきれるものだったかどうかを疑問視するものは多い。
フジモリ支持者は、「悪いのはモンテシーノス、フジモリは操られていた」というものもいるが、それではハイパーインフレ解決を行ったのも顧問のモンテシーノスということになりかねない。
一方で発覚したばかりのパナマ文書で、ケイコ・フジモリに選挙資金を提供していたホルヘ・ヨシヤマ氏のオフショア企業が掲載されていた。ホルヘ・ヨシヤマは日系人で、アルベルト・フジモリ政権下でエネルギー鉱業大臣を努め、副大統領代わりも努めたハイメ・ヨシヤマ氏の甥。
パナマ文書にはクチンスキー候補やガルシア候補の関係者の名も出ているのだが、新聞見出しに出てくるのは「ケイコ」ばかり・・。
デモの群れを抜け、スーパーで買い物をしたのち、町の中心に向かって行進する群れに出くわした。何事もなかったかのようにデモグループとグループの間を抜けた。抜けたグループのプラカードには「不妊手術をされた女性の会」とあった。
強制的な不妊手術政策。保険省の各支部にはノルマがあり、かなり強引に先住民女性を保険省の診療所に連れて行き、手術を行っていたという。不慣れな医師による手術のために、中には死亡したり、車椅子生活となってしまった被害者もいたいう。
4月5日夜、クスコの抗議活動は道々人を集め、中央広場のアルマス広場で大きな人の波に達したが、衝突など暴力的な動きはなかったという。
4月10日の大統領選挙はどこに行ってしまうのだろう??
にほんブログ村
フジモリ元大統領に裁きを―ペルーにおける虐殺の被害者に正義を (GENJINブックレット)

フジモリ時代のペルー―救世主を求める人々、制度化しない政治