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PERU day by day改めKansai day by day

17年住んだペルーから帰国してスペイン語の全国通訳案内士デビューしました。インスタグラムシェアしながら、日常生活や日本の面白いところを紹介していきます。
趣味はランニングとペルーの国民舞踊、マリネラ・ノルテーニャ。

私には投票権はないが、
「大統領は誰がいい?」
と訊かれると、

PPK(ペペカ=ペドロ・パブロ・クチンスキー候補)と答えることにしている。
ベロニカ・メンドーサの姿勢は心情的にすきなのだが、ウマーラ政権が経済を落ち込ませたので、ここは我慢して、PPK。

今年は有力候補二人が選挙運動の締めくくりを首都のリマではなく、クスコで行った。
熾烈な2位争いを続けるクチンスキー候補、バレネチェア候補。
美人のベロニカは前日にクスコで集会を行ったが、いかなかった。

2001年の大統領選以来、ペルーの人口の三分の一を占めるリマで勝利した候補が実は全国的に票を集められず、落選するケースが続いているそうだ・・。

地方を制するものはペルーを制する。

ケイコは怖くて、クスコに近づけないだろう・・

さて、午前中からPPK候補の舞台が設えられる、サンペドロ市場、その近くのサンタクララ教会前にはバレネチェアの大衆行動党の選挙カーが・・。



しかし、PPKの集会は市場前の狭いスペースに舞台をしつらえ手織り、道路に人があふれていていた。私は会合があったので、退散せざるをえなかった。



会合後、
「ペペカ、見に行く?」
ときかれたのだが、
サントドミンゴ教会での展覧会開会式に行くことにした。
そこの乾杯でいっぱい引っ掛けたのち、念のためにバレネチェア候補の選挙集会へ。

もう10時に近かったので果たしてバレネチェアが拝めるかどうか心配だったのだが、途中でバレネチェアの声が聞こえてきた。録音でないことを祈る・・

広場に到着して舞台に近づくと、いたー!!
本物だー!



候補が動いているのでぶれまくり・・


敵地でペペカとつぶやく私・・。

ALFREDO BARNEHEA EN CIERRE DE CAMPAÑA EN CUSCO por kayoko-sakaguchi
私の一押しのカナウィレ国会議員候補もいたー。
小さくて帽子をかぶっている人。


支持者もプラカードもないのが気の毒になり、一人で

「カナウィレー、ヌメロ・シンコー(Numero 5=五番)」

私の声が届いたか、
司会者もあわてて、
「カナウィレ、5番」
といってくれた。

さて、集会は、バルネチェア候補が演説を終えて引き下がり、有名なペルーデ・アンブロシオのコンサートに変わろうというときに、私はホテルに戻ろうとするバレネチェアを車まで追いかけた。
セキュリティが甘い・・。

なんとか写したバレネチェアは助手席に・・


後部座席には原色国会議員で副大統領候補のビクトル・アンドレス・ガルシア・ベラウンデ


彼は生粋の大衆行動党。バレネチェアは元左派で、大統領に立候補するにはどの党でもよかったらしく、あちらこちらの左派政党に売り込みにいっていたらしい。
組閣などはやはり、ガルシア・ベラウンデ氏がキーマンになりそう・・。

そして夜は更けていった。選挙運動終了・・

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今年も4月5日を迎えた。
ペルー人にとっては特別な日で、1992年にアルベルト・フジモリ大統領が憲法停止、国会閉鎖を行い、メディアを支配におき、反対派の政治家を拘束したりした「自己クーデター」記念日なのだ。

毎年、ニュースや新聞では大きく扱われる日なのだが、今年はアルベルト氏の長女が大統領選での支持率世論調査で1位を独走していて、全国一斉にフジモリ反対集会が行われた。
クスコは市内ではフジモリ嫌いが多いせいか結構盛り上がっているだろうと思って、デモ開始時間に一時間遅れで買い物ついでに覗きに行ったのだが・・








まだ集まりは少なかったが、警察の中にはガスマスクを持っていたグループもあった。
アルベルト氏の自伝、「大統領への道
」を読み直したが、この憲法停止・国会解散についてはまったく触れられていなかった。自慢ばかり、ペルーの伝統的な政治家を批判して自己を正当化するばかりで役に立たない。

いったい、フジモリ時代は暗い時代だったのだろうか??
検閲下に置かれたメディア、言論の自由をコントロールされたという点ではそうだろう・・。

しかし、フジモリ氏はハイパーインフレを抑え、ペルー経済を立て直し、ペルー全国で市民を苦しめた左派のセンドロ・ルミノソやMRTAを壊滅させた。

しかし、その過程で、政府執行部と軍部がすべてを操り、無実の人々が連行され、殺され、人里離れた場所に埋められた。

大学で哲学を履修して、その講義のために「資本論」を購入していただけで連行された時代。
有名な1992年に起こったラ・カントゥータ事件は、エンリケ・グスマン・イ・バジェ大学の学生寮で学生や教員10名が連行され、行方不明になった。その1年後、焼かれた骨が発見されたというものだが、拉致、殺害、焼却などを行ったのはフジモリ政権下で結成された軍隊の特殊部隊であった。拉致殺害を行った学生たちが、テロリストだったかどうかはわからないが、同じ大学の学生寮にいた学生の証言では資本論を持っていただけで、12年も拘留されたという。


この映画を見ながら思った。
資本論を持っていただけで拉致されるとしたら、もしベルギーでコーランを持っていただけで拘束をしていたら、ブリュッセルでのテロは防げただろうか??

そんなことはわからない・・
テロの解決のためにかなりの人権侵害があったのは事実だ。

昨年見た90年代のテロでの軍隊・警察の横暴を扱った映画の紹介・・
http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12096088418.html

http://ameblo.jp/corazoncorazon/entry-12096765216.html

ハイパーインフレを抑えたが、財政健全化のために、ガソリンや生活物資を急騰させるショック政策をとったが、これはフジモリではなく、対立候補のバルガス=リョサの公約だった。
国営企業の民営化も対外債務の繰り延べや支払い債務の減額のために国際通貨基金や世界銀行が強要したからだ。民営化が行われたのはペルーだけではない、ブラジル、アルゼンチンといった南米の国で共通して行われたことだ。

しかし、反対を押し切ってスパッと行った強権的な政治。権威主義的な政治手法を反対派は「独裁」と言い切ってしまう。

しかし民営化といっても日本で国鉄や電電公社が民営化して日本の企業になったわけではなく、外国資本が購入せざるをえなかった。

ここでペルー人の間に不満が残ってしまう。さらに経済自由化で外国からの投資が進み、自分たちの資源が奪われていくという恨みのような感情がくすぶり始めた。

山岳地帯のクスコの町に住んでいるとそうした不満を表現するものがかなりいる。

スペイン人によるインカ帝国征服以来、ペルーの山岳地帯の者には外部の人間が自分たちの資源を持っていく、搾取されているという被害者意識が染み付いている。

すべて外部の人間が悪い・・。
そうしたことからフジモリ氏が外国に企業や資源を売り渡した、と語るものも多い。

さらに同政権が持つ汚職のイメージ。




フジモリ氏の顧問であり、国家諜報機関の実験を握っていたモンテシーノスがスイスに隠し口座を持つなど不正蓄財をしていたが、さらに同氏自らが国会工作のために野党議員に賄賂を渡すビデオ(自身で撮影)が発覚し、これがきっかけでフジモリ氏は失脚状態となり、APECに出席するためにブルネイを訪問したののち、日本へ逃亡してしまう。




フジモリ氏の不正蓄財は証拠が挙がっていないが、4人の子供をすべて海外の大学に進ませる資金など、同氏の大学学長、大統領としての給料からはまかないきれるものだったかどうかを疑問視するものは多い。

フジモリ支持者は、「悪いのはモンテシーノス、フジモリは操られていた」というものもいるが、それではハイパーインフレ解決を行ったのも顧問のモンテシーノスということになりかねない。




一方で発覚したばかりのパナマ文書で、ケイコ・フジモリに選挙資金を提供していたホルヘ・ヨシヤマ氏のオフショア企業が掲載されていた。ホルヘ・ヨシヤマは日系人で、アルベルト・フジモリ政権下でエネルギー鉱業大臣を努め、副大統領代わりも努めたハイメ・ヨシヤマ氏の甥。
パナマ文書にはクチンスキー候補やガルシア候補の関係者の名も出ているのだが、新聞見出しに出てくるのは「ケイコ」ばかり・・。

デモの群れを抜け、スーパーで買い物をしたのち、町の中心に向かって行進する群れに出くわした。何事もなかったかのようにデモグループとグループの間を抜けた。抜けたグループのプラカードには「不妊手術をされた女性の会」とあった。
強制的な不妊手術政策。保険省の各支部にはノルマがあり、かなり強引に先住民女性を保険省の診療所に連れて行き、手術を行っていたという。不慣れな医師による手術のために、中には死亡したり、車椅子生活となってしまった被害者もいたいう。


4月5日夜、クスコの抗議活動は道々人を集め、中央広場のアルマス広場で大きな人の波に達したが、衝突など暴力的な動きはなかったという。

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フジモリ元大統領に裁きを―ペルーにおける虐殺の被害者に正義を (GENJINブックレット)


フジモリ時代のペルー―救世主を求める人々、制度化しない政治
今日は4月5日、ペルー全国一斉反フジモリ運動の日で、1992年にアルベルト・フジモリ大統領が憲法を停止し、国会を停止した日はあるが・・。その前に、

たぶん海外には報道されないであろう、地方の大統領選挙世論調査を紹介。クスコでは・・

ケイコ・フジモリではなく、大衆行動党のアルフレド・バレネチェアが1位。


決選投票予想もバルネチェア候補がフジモリ候補に勝ち、ペドロ・パブロ・クチンスキー候補はケイコ・フジモリ氏に負けいている。
なぜか1位のはずのバルネチェア候補とクチンスキー、メンドーサ候補を比較していないところがミソ。

それにしてもクスコはクチンスキー人気はかなり低い・・。大資本家に対する嫌悪感があるだろうし・・運動員が少ないせいもあるだろうし・・。
クスコは左派が多いにもかかわらず、クスコ出身のベロニカ・メンドーサの支持が集まらない・・。

リマからのジャーナリストの友達に
「クスコはベロニカに期待してるんじゃない?」
と訊かれた時に、

「クスコ人はねぇ、ねたみ深いのよ」
文化省職員の友人が
「クスコは分裂しているから」

よく、クスコ人とプーノ人の比較というのがされて、
誰か一人が「何かをやろう」と言い出したときに、プーノ人は「よし、俺は乗った、何ソル積んでやる!」
と協力するのにに対し、クスコ人は「いやだね、それはできないね」と文句ばかりいって、協力しない。

一致団結できない、人の足を引っ張りがちなクスコ人の性格がベロニカ不支持に現れていて・・。

話は戻って・・
さらに国会議員のほうも大衆行動党のアルマンド・ビジャヌエバ氏が1位。



前回選挙で国会議員の議席を独占し、大統領決選投票で80%が投票したウマーラ氏の「国民派」の影が見られない。

大衆行動等はクスコでは影が薄かったが、ビジャヌエバ氏ががんばっているせいで、大統領国会議員とも支持を拡大中。
ビジャヌエバ氏は2014年の州知事選挙で3位に終わったが、今回はお金をつぎ込んでいる感じ・・。

さて、選挙前の土曜日のトゥパク・アマル広場の様子。
中央選挙審査会の主催で、投票を呼びかけるキャンペーンと、国会議員候補者への選挙運動が行われていた。


投票権はない私にもいろいろなチラシが配られた。
ビジャヌエバおじさん、がんばって選挙宣伝用のカレンダーに農民候補のカナウィレ氏を一緒に載せてあげている。

アプラ党のチラシには投票用紙にはこのように期待しましょうという感じの表現になっている。
大統領はいわずと知れたアラン・ガルシア、国会議員には候補者名簿1番のルイス・ウィルソン氏の番号が記されていた。


でも前記の調査では同じ党のリスト2番のボルアルテ氏のほうが支持率は高い。
そういえば、ウィルソン氏の運動員、
「ウィルソン。一番をお願いします!」
って叫んでいたけど、

「(大統領候補の)アラン(ガルシア)は??」

と訊くと・・

「・・」

大統領はどうでもええんか?

奇跡が起こればいいね!



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 昨日は早朝からカスカパロ市場にタルウィ(ルピナス豆)とアルパカ肉を購入に出かけた。
カスカパロ市場は自宅から徒歩で行くことができる場所としては唯一アルパカ肉が購入できる場所で観光客も訪れる中央市場(サンペドロ市場)からさらに一ブロック奥に行った所にある。

いつもアルパカを購入しているブースのおばさんがいなかった。お客さんの一人である初老の女性が、「今すぐ来るから(Ahorita viene!)」
と言ったのだが、AHORITA(今すぐ)がどの程度の時間がペルーの田舎の感覚ではかなり長時間になる可能性があるので、他のブースを探した。反対側の通路で、たまに買うメガネをかけたおばさんの所で、輝くばかりの新鮮なアルパカ肉を発見し、
「キロいくら?」
と訊くと
「8ソーレス」
という。でも、小さいのでいいからというと、結構太い骨つきの肉の塊を秤に載せたので慌てて、
「(お札を)細かくしてくるね」
と言って念のためにいつものオバサンのところに戻ることにした。
その道の豚肉売り場で見た珍しいもの。
それは・・




服を着た子豚。
クスコ市内でも、すぐ街中を離れて、畑があるようなところに行くと、当たり前に軒先で豚を買っているところがまだある。
もちろん食用で・・


宮崎駿の「未来少年コナン」を見たことがある人はジムシーがペットの子豚に「旨そう」と言う名をつけていたたのを思い出した。
レチョンと呼ばれる子豚の肉は成豚よりも柔らかいのでペルーでは結構好まれて食べられる。
しかし服を着せて、こんなにかわいがってしまうと、食用にできないかも・・。

なんとか鼻先を撮りたかったのだが、すぐに逃げてしまう。


しまいに飼い主らしい豚肉売りが箱に入れてしまった。飼い豚を盗まれるとでも思ったのだろうか?

さて、いつも買うおばちゃんのところに戻るとこの状況・・


新鮮なアルパカ解体肉。

1kg9ソーレスだが、骨の少ないところをうまく切り分けてくれた。

家で塩コショウでシンプルにソテーしていただいた・・・

おいしゅうございました!
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またIPSOS社調査人気急上昇で技術的同点2位とみなされるベロニカ・メンドーサは女性よりも男性に人気が高い。
一方でケイコ・フジモリは女性に人気が高いのだという



フジモリ反対派運動にもかかわらず、安定した人気を保つ。

第一次投票での1位は不動だ。
しかし、過半数を得られない場合の決選投票では

ペドロ・パブロ・クチンスキー候補(愛称PPK)の勝利。

クチンスキー候補に肉薄する人気を誇るベロニカだが、決選投票では勝てない・・。

クチンスキー候補は「絶対にこの人物に投票しない」が最も少ない。



ベロニカは知らない率が11%にもかかわらず、「投票しない」が40%。
やばいです決選投票。

しかし、論戦を終わった日曜夜のアンケートでは


クチンスキーが1位。
ついで、バルネチェア、オリベラ、ベロニカと来ている。
フェルナンド・オリベラ氏はアルベルト・フジモリ大統領が失脚するきっかけとなった贈賄ビデオを暴露した人物。

ベロニカはなんとなくすきなのだが、やはり、現ウマーラ大統領の政権運営がかなりまずく経済を失速させたり、治安を悪化させたり(前政権の問題もあろうが・・)、プロの閣僚をすえられなかったアマチュア政治が目に付いたので、ここは閣僚、首相経験もあるクチンスキーにがんばってもらいたな。

ケイコへの評価急落・・
ただ・・
フジモリ支持者は論戦の結果はあまり気にしないと思う・・。

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