
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
苦しみによって教えられるものは、苦しみなのです。
☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆
原文「苦悩は苦悩を教える」
私たちは人生で出会う苦しみによって成長する、といわれます。
わが身を振り返ってみて、苦しい体験こそが本当に自分自身のためになってきた…
という感慨をもつ方も多いことでしょう。
しかし、もし今日のお言葉が、苦しみや苦悩が次々と連鎖してゆくという意味ならば、それはどこかで断ち切るべきなのでは…?
いったい
今日のケイティさんは「苦悩」という言葉で何を伝えようとしているのでしょうか。
そして私たちが
「苦しみが自分を成長させた」
というときの「苦しみ」とはどういう意味なのでしょう。
苦しい体験によって、成長することができた。
…私たちがそのように表現するとき、実際には何が起きていたのでしょうか。
ある出来事が、私たちの身の上に起こります。
それは、私たちにとって「苦しい」ものでした。
私たちは「苦悩」します。
なぜこんなことが。
あのとき、ああしていれば、こうしていれば…防げたのではないか。
あれさえ、これさえなかったら…
その「出来事」について、私たちは苦しみます。
その「出来事」を、受け入れることができないのです。
たいていどんな人にも、このような経験はあることでしょう。
このようなとき、確かに、私たちの心の中では「苦悩」が連鎖しています。
苦しみは次々と、際限なく増殖していきます…
しかし、多くの場合私たちはそうした出来事を越えて成長することができました。
だからこそ、
「あの苦しみが私を成長させたのだ」
と言えるのです。
…何が起きたのでしょう?
人それぞれのやり方があったと思いますが、いずれにしても私たちはその苦しかった出来事を、多かれ少なかれ受け入れたのです。
何らかのかたちで、納得することができたのです。
そしてこの受け入れた瞬間、私たちの「苦悩」は終わったのです。
今日のケイティさんがいう「苦しみ」は、このようなプロセスの中で私たちがまさに「苦悩」している部分を指しているのだと思います。
身の上に起きた出来事のことではないのです。
私たち自身が、出来事を受け入れられず苦悩する部分を、ケイティさんは「苦しみ」と呼んでいるのでしょう。
その観点から考えると、確かに苦しみは苦しみしか生みません。
心のなかでとめどなく苦悩が増殖していく苦しみは、ある程度の年齢を経た方ならば誰もが経験していると思います。
そして、私たちを成長させたのはこのような苦しみの連鎖ではなかったのです。
私たち自身が、その出来事を受け入れたこと。
それが、苦悩に終止符を打ちました。苦しみが増殖する連鎖を断ち切り、私たちは成長したのです。
この次々と増殖する苦悩を終わらせる「受容」をもたらすのに、ケイティさんの「ザ・ワーク」はとても有効な方法だと思います。
どんな昔の出来事でも、遅すぎるということはありません。
もし心のなかに「苦しみ」があると自覚できているのなら…
たった今、自分自身に問いかけることによって、その苦悩に終止符を打つことは可能なのです。

