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苦しみによって教えられるものは、苦しみなのです。
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原文「苦悩は苦悩を教える」


私たちは人生で出会う苦しみによって成長する、といわれます。
わが身を振り返ってみて、苦しい体験こそが本当に自分自身のためになってきた…
という感慨をもつ方も多いことでしょう。

しかし、もし今日のお言葉が、苦しみや苦悩が次々と連鎖してゆくという意味ならば、それはどこかで断ち切るべきなのでは…?

いったい
今日のケイティさんは「苦悩」という言葉で何を伝えようとしているのでしょうか。

そして私たちが
「苦しみが自分を成長させた」
というときの「苦しみ」とはどういう意味なのでしょう。

苦しい体験によって、成長することができた。
…私たちがそのように表現するとき、実際には何が起きていたのでしょうか。

ある出来事が、私たちの身の上に起こります。
それは、私たちにとって「苦しい」ものでした。

私たちは「苦悩」します。
なぜこんなことが。
あのとき、ああしていれば、こうしていれば…防げたのではないか。
あれさえ、これさえなかったら…
その「出来事」について、私たちは苦しみます。
その「出来事」を、受け入れることができないのです。

たいていどんな人にも、このような経験はあることでしょう。
このようなとき、確かに、私たちの心の中では「苦悩」が連鎖しています。
苦しみは次々と、際限なく増殖していきます…

しかし、多くの場合私たちはそうした出来事を越えて成長することができました。

だからこそ、
「あの苦しみが私を成長させたのだ」
と言えるのです。

…何が起きたのでしょう?

人それぞれのやり方があったと思いますが、いずれにしても私たちはその苦しかった出来事を、多かれ少なかれ受け入れたのです。
何らかのかたちで、納得することができたのです。

そしてこの受け入れた瞬間、私たちの「苦悩」は終わったのです。

今日のケイティさんがいう「苦しみ」は、このようなプロセスの中で私たちがまさに「苦悩」している部分を指しているのだと思います。
身の上に起きた出来事のことではないのです。
私たち自身が、出来事を受け入れられず苦悩する部分を、ケイティさんは「苦しみ」と呼んでいるのでしょう。

その観点から考えると、確かに苦しみは苦しみしか生みません。
心のなかでとめどなく苦悩が増殖していく苦しみは、ある程度の年齢を経た方ならば誰もが経験していると思います。

そして、私たちを成長させたのはこのような苦しみの連鎖ではなかったのです。

私たち自身が、その出来事を受け入れたこと。
それが、苦悩に終止符を打ちました。苦しみが増殖する連鎖を断ち切り、私たちは成長したのです。

この次々と増殖する苦悩を終わらせる「受容」をもたらすのに、ケイティさんの「ザ・ワーク」はとても有効な方法だと思います。

どんな昔の出来事でも、遅すぎるということはありません。

もし心のなかに「苦しみ」があると自覚できているのなら…
たった今、自分自身に問いかけることによって、その苦悩に終止符を打つことは可能なのです。



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あなたの恵みを通して、私たちは開いてゆきます。
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原文「あなたの恵みを通して、私たちは開く」


「私たちは開いてゆく。」

…私たちは「開いたら」どうなるのでしょう。

インパクト大で、記憶にも新しい昨日の一言を思い出しました。

「私たちは愛の中で生きている」。

私たちが開いたら、それがみえてくるような気がします。

もしもそうなら、今日のお言葉にある「あなたの恵み」とはいったいなんのことになるのでしょうか。

その「恵み」、つまり他者が私たちに与えてくれるものによって、私たちは開かれる。
そして、自分が愛の中で生きていることに気づくようになる…。

だとしたら、他者が私たちに与えてくれる「恵み」とは、私たちが「ザ・ワーク」でしばしば取り組むことになる他者の言動かもしれません。

より正確には、「私たちがストレスにみちた考えをもつきっかけになった、他者の言動」ということですね。

そういった、私たちを苛立たせ不快にさせる他者の言葉やふるまい。
それが私たちを「開かせ」てくれるとしたら…

暖かい思いやりのこもった他者の言動は、そのままストレートに私たちに愛を実感させてくれます。

そして一旦は不快になるような「いやみな」言動もまた、同じように私たちを開かせてくれる恵みになるのです。

…おや。
( ̄O ̄)

そうしてみると、他人さまから向けられるどんな言動も、最終的には私たちに愛を実感させてくれるもの…
と、いうことになりますね。

ケイティさんのFacebook上の、今日のお言葉の背景の写真もまた素敵です。

野原で摘んだとおぼしき花束が、差し出されています。

私たちはこれまで、色々な、ありとあらゆる種類の花を他者から差し出されてきました。

私たちは、そのすべてを受け取ってきたでしょうか。
ひょっとしたらすこしトゲトゲとした花も混じっていたかもしれません。

そんなお花のような「あなたの恵み」。
それを受けとれば受けとるほど、私たちが開いてゆくのは、間違いがなさそうですね。


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愛のうちに生きていない人など、ひとりもいません。

しかし自分が愛のうちに生きていることを知る人は、めったにいません。
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原文「愛のうちに生きていない者はない。それを認識する者はほとんどいない。」


突然ですが。
「ザ・ワーク」のなにがステキって、ときにふかーい「愛」を実感できるところだと思いませんか?!

ジャッジメントワークシートで、わしゃ血も涙もない鬼なのか?!というくらいバリバリと悪口雑言の限りを尽くして非難した相手。

その誰かが、実は意外にも(!)私たちのことを思いやってくれていた。
こちらが腹を立てた言動すら、その誰かの思いやりや、心配してくれる気持ちから出たものだった…。

「ザ・ワーク」でそんなことが実感できるときって、ありますよね。

日常的な場面でも、私たちは他人の思いやりや、心配してくれる気持ちに気づけないことがあるのです。

千里の道も一歩から、なんて言いますよね。
こんなにカリカリして、日常での私たちに対する他者の「好意」に気いていないのに…
今日のお言葉のような
「愛の中で生きる」
なんて壮大な真実はみえる気配もないくらい?!
(;´д`)

でもその壮大な真実へ続く確実な一歩が、私たちを苛立たせるあの人の言葉や行いだとすれば…!

(☆∀☆)!!

急にやる気スイッチ入った(笑)

ちょっとアナター
なんか、あたしにいぢわるしてくんない?(笑)