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日刊つぶやき新聞

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たかが豆腐とナメてかかってはいけない。
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これは、蔵王の「大本豆腐店」さんの寄せ豆腐。


100年以上の歴史を持つ老舗豆腐店らしい。

今日、友人の墓参りに付き合った。

帰りに一年ぶりに立ち寄る。

外観は超老舗。
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国産大豆と蔵王山麓の水を使った手作り豆腐
を代々造り続けておられるグレート職人さんのお店。

のれんをくぐると
お店のご主人様は頑固一徹の雰囲気。

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去年は、もめんとうふを買った。

ウマかった。

店内はもう、ソウソウたる有名人が、

はるばると購買に来られている。


 写真が多々あった。


その中に我が母校、仙台商業高校出身の

サンドイッチマンさんもいらっしゃる。


今回は寄せ豆腐を買う事にした。


200円チョイだった。


豆腐は造った瞬間が一番旨い。


そして時間と共に味は劣化する。


だから、食べれないくらいのまとめ買いは

失礼にあたると思っている。


豆腐屋さんの御主人は妥協を許さない。

僕「寄せとうふください」

御主人「御自宅へは、どれぐらいで帰るのですか?」

僕「に、2時間位です(汗)」

御主人の今すぐに食べてもらいたい気持ちが伝わる。

豆腐への愛情がビシビシ伝わってくる。

御主人「じゃあ、帰ったらすぐに水を交換してください」

僕「は、はい!必ず!」

そして御主人は200円チョイの寄せ豆腐に氷まで

乗せてくれた。

まるで自分の子供を見送る丁寧なしぐさ。

すぐに家に帰り、水を交換した。

そして、おかんと共に食べた。
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一番右側。

何も付けずに一口。

「アマ~イドキドキ クリ~ミ~音譜

だ。

素材が旨ければ薬味はいらない。

次に生醤油だけにつけて刺身風に食べる。

生醤油は
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これも、かなりのスグレモノだ。

キッコーマンさんの
「酸化を防ぐやわらか密封ボトル」

生醤油がレアで楽しめる。

しかも味が3ヶ月劣化しない!

ドバっと出ない。

醤油を出す時にピコピコ音がして可憐だ!

しかして、寄せ豆腐と生醤油は夢のコラボを
演じてくれた。

とうふの素の味も良い。

生醤油と寄せ豆腐は大豆ウマミの相乗効果を
もたらしてくれた!

日頃、僕が買った食品をホメない、おかんも
ウマさにうなっていた・・。

ちなみにその他の夕食は、おかんの作った、
イカ大根、野沢菜漬けで、これも珍味でイケている。









 気持ちがささくれる時がある。


例えばゴミ出し(紙の日)前日。


仙台市の僕の区では

毎週金曜朝に紙回収日がある。


タマっている新聞紙、

今度こそは出すぞとハラを決め、

ヒモで十字にくくる作業。


もちろんハラもくくる。



 僕はこの作業がニガテだ。

 

最初、床にヒモを置き、新聞をドサっと乗せる。


次にまず、ヒモを新聞紙上部で一文字にギュっとする。


この時点では成功している。


次に一文字の中央でヒモを90度ヒネる。

 

そして、くくった新聞を「てぇーい!」

反転させる。


 この時点で新聞はナナメにくずれかかる。


うなだれかかった新聞は、

きちっと立方体になっていない。


状況でいうと、出勤、パリッとしたサラリーマンが、

仕事帰りに思わず3件位

ハシゴしてしまったような感じとなる。


 酔っパゲて顔の筋肉は全部ユルミっぱなし。

 

 Yシャツはスソからハミダシ、ズボンはヨレヨレ、


 鼻水がタレていても気付かない。

 

・・・といった状態になっている。


 その新聞が情けなくくずれかかった

体制をどうにかタて直し、上部をヒモで結ぼうとする。


 新聞は、ハミ出すなどアクシデントもある。


なだめなだめ、ひとまとめにできた。


 

 新聞に体重を乗せ、ギュっとなった状態で


 「よし!どうにか苦難はあったが

結べる状況まで持ってきたぞ」


とナカバ成功を喜ぶ。


しかし、ヒモは長いまんまで

どこが切り口かワカラナクなる。
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 そこにハサミがない。


完璧なダンドリ不足だ。


ハサミを取りに行けば、体重の負荷が無くなり

新聞はまたヒモの圧力から開放される。


よって、また乱れ始める。


ため息をつき、文具が入っている引き出し前へ。


引き出しを引っ張りすぎでハズれる。


中の文具がガラガラと全部ユカに落ちる。


失意のどん底となる。


そんなささくれた気持ちで新聞を読んだら

こんなコラムがあった。


【下記引用文】

 1492年、コロンブスがカリブ海の島に到達した際、


現地人は木の枝で実を打つ

「BATOS」という遊びをしていたという。


 WBC(ワールド・ベースボール・クラシック)での

カリブ海諸国の強さに、この500年の重みを感じた。


 優勝したドミニカ共和国は

出場国の中でGDP(国内総生産)が最も低い。

 

 大リーガーの多くは貧しい農家の出身だ。


球場は荒れた土や砂利交じりのグラウンドも多い。


決して恵まれた環境ではない。

だからこそ強い、ともいえる。


「ガタガタのグラウンドで小さい頃からやっているから、

イレギュラー(=打球が不規則に変化)

しても当たり前のようにさばく」


「当たり前にこなせないとやっていけない」

(「東洋経済オンライン」)


また、

 

 事故で視力をほとんど失った女子部員がいる。

 

 猛勉強の末、北海道の韓国語弁論大会で

優勝を果たした。


大会関係者は


「多くの人が自分のことしか見ていない時代で、

彼女には、人の立場で物事を見る『心の目』がある」


と講評した。


「冬に凍り方が固くなければ、

春夏に草木の伸び方がよくない」


とは中国の名句(竹内照夫著『韓非子』明治書院)。


 苦難や逆境を越えて人は強くなる。


 そして人生の醍醐味は

「強いことが幸福」と知るところにもある。


【上記引用文】


新聞ククリに心がササクレだっているようではダメなのだ。


つけまつげコーナーで、じっとそれを見つめる男。
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【上記引用画像】


 僕だった。・・・・・・・・らしい。


 今日、久々に会った女性から、


「こないだ、ド○キのツケマツゲコーナーで、ずっと

つけまつげ見ていたでしょ?」と言われた。


僕「??????」


一瞬アタマが混乱した。


確かにそこのド○キにはヒンパンに通っている。


しかし、僕はツケマツゲに興味は無い。


僕「行ったけど、ツケマツゲを見ていた憶えはないよ?」


女性「いや、確かに見ていた。」と言う。


僕「人違いなのでは?」


女性が言うには数回僕の目の前を通ったが僕に間違いは

無かったと・・。


そして僕はその女性に気付かず、

じっとツケマツゲを見ていたらしい。


僕はますます「???????」になった。


僕は潜在的にツケマツゲが好きなのか?


と自分を疑いかけた。


そして、「どうして声をかけてくれなかったの?」と聞いた。


女性は「つけまつげコーナーにいたら女性の連れが

いるかと思い、遠慮した」・・と。


ド○キに女性を連れて行った事はない。


 そして、それが彼女達のナニゲな会話に出ていたと言う。


 「あの男には意外なヘキがあるのでは??」


みたいに思った人もいたかもしれない。


僕は忘れっぽいので、必死に記憶をたどった。


その時ド○キで何を買いに行ったのだろう・・・??


「あっ!」・・・思い出した。


PCメガネを買いに行った。確か2,980円
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PCメガネとは、去年のヒット商品。


PCモニターや液晶TVから一定のゾーンの

光があり、それが自律神経を異常に

興奮させ、肩こりや、睡眠障害をひきおこす。


その有害な光をカットするメガネだったと思う。


TVで見たのでウル覚え。


では、ナゼニ?つけまつげコーナーに僕は1~2分

立っていたのか?


いきさつがあった。


ド○キの陳列はわかりにくい。


PCメガネを探したあげく、見つからず、帰ったとする。


でも、もし販売していたら悔しいではないか。


そこで店員さんにたずねた。


新米店員さんぽかった。


僕「あの~、PCメガネって・・・」


最後迄言う前に


店員さん「ありません」とキッパリ。


しかし、去年のヒット商品がド○キに無いというのも

疑問が残る。


僕「そうなんですか・・。」

多分、その時の僕の表情がケゲンだったと思う。


店員さん「ちょっと調べてみますね」


そして、先輩の店員さんに新米店員さんが聞いていた。


先輩店員さんは僕に


「ございます!」とキッパリ。


僕の中で新米店員さんへのイラダチが芽生えた。


「それはナイではないか!」

いくら忙しいとはいえ


「ありません」


の前に


「確認します少々お待ちください」だろ・・と。


PCメガネはあった。


多分だが、目の関連商品だったので、


ツケマツゲコーナーのすぐワキだったのだろう・・。


僕はツケマツゲコーナー前で

モヤモヤしながら、上記の「納得行かない男」


になり、店員さんがPCメガネを探しているのを待っていたのだろう。


モヤモヤ場所の記憶は無い。


ツケマツゲどころではない心境だった。

知人の女性にはその光景が「ツケマツゲ凝視男」と見えていたようだ。


その回想シーンを説明した。


腕を組んでいたらしい。


確かに。


そりゃ腕も組むだろう。


補足すれば「腕組みツケマツゲ凝視男」に

映っていたようだ。


説明のツジツマが合い。


それが嘘ではないと女性は納得してくれた。


二人で大笑いとなった。


僕の噂ばなしとなったエンザイも晴らしてくれるよう


お願いした。


PCメガネを買いに行ったのに

「イロメガネ」で見られていたのではないと

その女性を信じた。


場所をワキマエてモヤモヤせねばと学習した。


しかし、世の中はセマい。


その後、約1年ぶりに他の方ともバッタリ!


僕が当時日記のオススメをその方にしたら、


「あのアドバイスが役に立ちました」と喜んでおられた。


元気そうな表情で安心した(^^)


僕のアドバイスなんぞが役に立つなんて・・。


嬉しかった。




















去年の今頃、一人の青年のジツにすがすがしく

爽やかな選手宣誓を今でも憶えている。


去年の今日の新聞にこんなコラムが・・。 


【下記引用】

「東日本大震災から1年。

日本は復興の真っ最中です」

甲子園の青空に、未来を開く力強い声が響いた。


21日の選抜高校野球大会の開幕式。


宮城・石巻工の阿部翔人主将の選手宣誓に感動した。


「被災をされた方々の中には、苦しくて心の整理がつかず、

今も当時のことや亡くなられた方を忘れられず、

悲しみに暮れている方がたくさんいます。


人は誰でも、答えのない悲しみを受け入れることは苦しくてつらいことです」


打ちひしがれた人々の心に寄り添う温かい言葉だった。


野球部員も多くが被災した。


阿部主将の自宅も浸水し、友も失った。


「しかし、日本が一つになり、

その苦難を乗り越えることができれば、


その先に必ず大きな幸せが待っていると信じています。


だからこそ日本中に届けます。


感動、勇気、そして笑顔を。


見せましょう、日本の底力、絆を」。よどみなく、


一言一言かみしめるように語り、


全力プレーを誓って締めくくった。


若き命の無限の可能性が輝く舞台が甲子園だ。


それは苦しんだ分だけ喜びがあり、

努力は決して嘘をつかないことを教えてくれる。


89年前の関東大震災や第2次大戦の後も、

センバツは皆の希望となってきた。


今また、心に太陽を持つ素晴らしい高校生に喝采を送りたい。


【上記引用文】


流された方々の復興はまだまだ終わっていない。


その痛みを実体験していない僕は同苦する事しかできない。


実体験していない僕が「頑張って」なんて間違ってもいえない


しかし、日本人の気質は例えば戦後の焼け野原から20数年で見事な


復興を果たした。


東北人の気質は地味だが、

着実に目前の目標を実行して行く。


その気質で何もなくなってしまった、場所が、


もともと繁栄しすぎて心が老いてしまっていたこの国。


3・11を機転に


「心が青年の国」として蘇生する事を望む。


長い歳月がかかると思う。


でも、振り返った時「災い転じて福となる」


ゼロから繁栄へ・・。と皆が笑顔でいてくれたら嬉しい。


今日も楽土建設に命がけで働いている方々に敬意をいだく。

 今日はローストビーフを作る事に・・。


アメリカ産の牛肩ロース500gで600円。


 以前、一緒に働いていたムッシュから教わった事だった。


フランスで修行したお方。


ムッシュは「ウェスティンホテル仙台」の総料理長も

経験され、現在ラジオで料理教室も流しておられる。


以前、しょっちゅう2人で飲んでた時に教えていただいた。


ムッシュ曰く、


 「安い肉でも旨くできるコツがある。」


「それはシタアジ。」


と言っていた。





焼く以前に塩コショーをジンワリと肉の芯まで染みわたらせる。


ありがたい説法のように・・。


そうすると、お肉さんもアリガタ味を受け入れる。


 肉をガチャガチャと刺す器物でアナを開け、

塩コショーをスリコム。


ペチペチ!優しく「頑張れ!」とササやきながら表面をタタく。


5時間位寝かせておく。


 しかし、うちにはガチャガチャ器物が無い。

今度ダイソーで探してみよう。


 よって、フォークでグサグサ!


 ストレスある人にはジツにお勧め作業だ。


「オノレがぁ!オノレがぁ!オノレがぁ!」


・・とやれば良い。




しかし、マチガッてもワラ人形にグサグサはダメだ。


陰気くさい。


 牛肉を陽気にグサグサなら許される。


スデにウシさんは亡くなっているのだから。


 美味しく生命を食べてあげねばならない。

 

間違っても自分の指グサグサもイケていない。


それは自虐の世界になる。


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それから熱したフライパンにエイヤ!っと肉魂を入れる。


肉魂が「どうにでもして!」とオタケビを上げる。


レシピはクックパッドさんが正確だ。(検索してくださりませ)


そしてスライス。


安いお肉でもニクい位のツマミになる。

う~む、考えさせられる。

今朝の新聞のコラム


【引用文】


「十年前は、なにしてた?」

と聞く男性に、女性が答える。

「高校いってた」。語らいは続く。

「東京?」「十日町。新潟の」

「雪のつもるとこ?」

「冬になると、道の下にポストや屋根があるの」。

作家・向田邦子さんの『冬の運動会』(岩波書店)

にある一場面だ。

先日、新潟県に行った。

山の頂は白銀に輝き、

一部の道路脇には人の背丈以上の雪が積まれていた。

そこかしこに冬の名残を感じた。

原発事故で同県に避難した友の多くは、

温暖な太平洋側から当地に移り、

2度の厳しい冬を越したことになる。

その一人の婦人部員が語る。

「避難当初は心落ち着かず、夕日の美しさが、かえってつらかった」

ある日、師匠の言葉に出あう。

「素晴らしき夕日は、素晴らしき明日を約束する」。

彼女は決意する。


顔を上げて夕日を見る、

素晴らしい〝きょう〟を創っていこう、と。

「あの日が人生の〝分岐点〟でした」

きょうは、春分の日。


夕日は真西に沈んでいく。

この日を分岐点に、

陽光のふりそそぐ時間は日ごとに増し、

やがて、本格的な春となる。

「あの頃、なにしてた?」

「使命の地で、負けない日々を送ってた」――

そう、誇らしく答える「福光の春」へ、

友は確実に歩みを進めている。


【上記引用文・一部編集】


きょうはおかんの実家へ行く。


おかんに実家は県北。


親戚の方々と久々に対面。


楽しい語らい、笑顔の集、

素晴しい一日が創れますように(^^)



定食屋さんに行くと、

まずカウンターやテーブルに調味料が並べてある。

大体は、醤油、ソース、胡椒、酢、ラー油等々。


そんなときマヨネーズがあると、

そのマヨネーズが家のマヨネーズより

グレートに見える。


店主の心の寛大さを感じてしまう。


 たかがマヨネーズ。

百均でも、売っているが定食屋さんでマヨネーズを

テーブルに置いているところは少ない。


 そこでは調味料のスーパスターになっている。


 僕はマヨラーでもあるので、

唐揚げ定食、焼肉定食のキャベツに

マヨネーズをドッパリかけた日にゃ、

かなり贅沢をしている気分になる。


 焼肉のタレとマヨネーズが微妙にミックスして、

最高のコラボを演じてくれる。


どんぶり御飯がすすむ。


 しかし、定食屋さんの漫画コーナーに圧倒的に多いのは

「美味しんぼ」

「サラリーマン金太郎」

「島耕作」


「ミナミの帝王」

「ナニワ金融道」


あれってなぜなんだろう?


サラリーマンが多い定食屋さんで

「島耕作」「金太郎」は理想のサラリーマンだから

ワカル。


「美味しんぼ」も食べ物屋さんなのでワカル。


しかし「ミナミ」と「ナニワ」


「金貸し」に興味のある

お客さんてそんなにいるものなのだろうか?


ここ最近、ブログを通して知り合えた方に、
触発されている。


 かなり信念をもたれた方で、
常に価値を模索されている姿に感動する。


 その方はもともと明晰な知能を持たれているので
僕の知識、経験だけでは追いつけない時が多々ある。


 考え方として理想と現実のバランスが取れておられる。


そして、そのギャップに時には悶々としながらも、
答えを見出そうとされている。


その方は、今は実業家で
元教育者だった。

現状の教育制度に矛盾を感じながらも、生徒さんの
これからの生きる指針を伝えようと心の中で戦って
こられてきた。


時にリアリストとして割り切った方が
楽なのでは?と虚無感にさいなまれた事も、飾らずに
描写している。

 しかし、その方の奥底にリアリズムだけでは
割り切れない正義が感じ取られた。

 人を導く喜びも感じとられた。
 青年の心のステージUPを自らの喜びとして価値を
見出そうとなされておられる。


 そんななか、新聞のコラムにこんなのがあった。

【以下引用】
 「先生はどうして教師になったの?」

生徒から時折、こうした質問を受ける、
と高校教諭の壮年部員が語っていた。

そんな時は、決して否定的な答えを返してはいけないという。

「別に深い理由はない」「君には関係ない」―
―これは最悪の返答である。

目の前の教師は、自分への関心が深いのか浅いのか。

生徒は敏感に大人の言動の本質を見抜く。

「一緒に先生も成長できると思ったからだよ。
人を育てるのは最高の仕事だ」―
―彼は生徒と心の交流を結ぶチャンスと捉え、
力強く、こう答えるそうだ。

ちょっとした会話の中に、
信頼の土台が固まるか、
揺らぐかの分かれ目が潜んでいる。

強固な信頼の基盤があれば、
その上に、絆の柱を何本も立てることができる。

思春期は自我の確立期である。

「アイデンティティー」(自己同一性)
という造語を世に送り出した、米国の精神分析学者エリクソンは、
「信頼」を強調した。

子どもは信頼する力を身につけることで、
自信、自発性、勤勉さを培う、と
(佐々木正美著『エリクソンとの散歩』子育て協会)。

信頼の「頼」の字には「さいわい」の意味がある。

教師や親は、子どもから信頼される存在へと自ら成長し、
未来の宝が「幸福」に輝く社会を創る責任がある。

【上記引用】

「頼」という字に「さいわい」の意味があるとは僕もしらんかった。

あいかわらず僕は無知だ・・(^^;


例えば「スゴク笑える話!!」がある!

と最初から宣言する人がいる。

 

 その時点で覚悟がいる。


「多分、笑えないだろう・・。」と


しかも、オチから最初に言う人がいる。

 

古いが


「やっちまったなぁ・・。」


クールポコさんのように内心つぶやく・・。

 

 例えばクールポコさんが、のっけから

「男はハダシ!」

と、餅をつく。

 

(お祭りでも無い限りサラシを巻き、
ウスとキネを持っている人はまず、いない・・)

 

その後に合い方が「こないだヴェルサーチの
靴を履いている人を見たんですけど・・」


と言われたらどうだろうか?

 

 笑えない・・。と言うかヒク。

 
結論から最初に言うのは仕事での連絡、報告の次元で良い。


 しかし、笑いとなると・・。

「話す順序逆だと思うんスけど・・。」


とも言えない。

 

話を聞きつつ作り笑いをしないと申し訳ない。

 

 ナニシロ

「スゴク笑える話!」宣言を
されてしまったのだから・・。

 

 オチを最初に出され

それまでの前置きを、その後に延々と

聞かされる。

 

 どうやって、どのタイミング笑えば良いのか・・?

トマドってしまう。

 
 僕の表情は今、苦笑いになっていないのか・・。
 
 ひきつってはいないか? そっちに集中してくる。

次第に笑いとは遠い彼方の方向へ行ってしまう。
 
  でも直接会っていると、表情が読まれる。

 

 しかし、最初からオチを宣言する人ってこちらの
 表情を読めない人が多いので、と安心する場合もある。

 

 更にダメ押しで

「ね~!笑えるでしょ!がははは」


と同意を求められる。

 

 僕「そうすね~・・はは・・。(汗)」

 
 人の笑いのツボってそれぞれ違う。

  

 クールポコさんの話に戻るが
 
 先進国として平時に都会を「ハダシ」で歩いている人も
僕はまず、見かけた事がない。

 

 もし、見かけてしまったら多分10m圏内に近づかないと思う。

 

 鼻にピアスをする人は最近みかけるが、
鼻にホネを横ザシにしている人も日本人では
お目にかかった事もない。

 

 各国文化の違いだ。


 マサイ族の中に酔っパゲながらスーツでネクタイ
ハチマキのサラリーマンが乱入したら。


 即座に長老会議にかけられてしまう。

 
 以前、仕事の途中で小財布を買い換えようと思い、
知っている百貨店に入った事がある。

 

 その時僕はスーツだった。

 

 しかし、中の雰囲気が前と全然違う。


 なんと、そこは百貨店でなくなっていた。

 

 入ってから気付いた。

 

 ホトンドの店員さん、お客さんが耳ピアス、マユピアス、

鼻ピアス、タトゥー。


 ヘソの見えるTシャツを着、ヘソピアス等々。


 それがそこの空間ではあたりまえだった。


  そこででスーツ姿の僕は、まさに異物になっていた。

勇気を出して、どうにか小財布を探した。

 

 一番「ジミ」なサイフが超ヘヴィメタのギンギラギンだった。
 

 全然、さりげないギンギラギンではなかった。


 「とても買えない・・・。」


 逃げ去るように店を出た。

 

 ヘヴィメタと言えば3/19はミュージックの日らしい。


 ミュージック:3

 ジック:19

ゴロ合わせのようだ。


なるほど。


今、小財布の話をした。


3・19 小細工の日の話になってしまった。