最近、つくづく思うことがあって、はぁーっとため息が出ることがあります。

 

私のこの性格です(笑)

 

性格なのか、行動パターンなのかは分かりませんが……。

 

私は結婚してから26年間、ずっと家計簿をつけています。
今はアプリという便利なものもありますが、ずっとノート派で、手書きで続けています。

 

ママ友たちからは、若干笑われています。
もちろん変な意味ではなく、「真面目だね」という意味で。

 

確かに、お金に関しては、人よりかなり真面目かもしれないと思う理由があります。

 

私の母が、何度も借金をして、その返済を私や私たち(私と旦那さん)で背負ってきたからです。

 

親の借金なんて、子どもが払わず無視すればいい、と思う方もいるかもしれません。
でも、親戚との関係やいろいろな事情が重なり、すべてこちらに回ってきてしまい……見捨てることができず、払い続けました。

 

そして払い終えた時、私は「今後一切、母のことには関わらない」と宣言しました。

 

母はお人よしで、とにかく人に騙されやすく、断れない性格でした。
だからこそ、借金が膨らんでしまったのだと思っています。

 

……と、話がそれてしまいましたが。

 

こうしたお金の問題を経験してきたからこそ、娘の借金問題は、心の底から許せなかったんだと思います。

 

お金の大切さや、お金のトラブルでどれだけ多くのものが犠牲になるか、私は知っているつもりでした。

 

でも、それはあくまで「私の感覚」だったんですよね。

 

娘からしたら、祖母の借金のことも詳しくは知らないし、
遠回しに言われる「お金の大切さ」なんて、関係ない、と思っていたのかもしれません。

 

今は、そう思っています。

 

それでもやっぱり、お金は本当に大切なものだと、いくつになっても感じています。

 

毎日、気持ちが上がったり下がったり。
心だけが忙しい日々です。

 

そんな時、ふと思うことがあります。
しかも、何度も同じことを思い浮かべるんです。

 

なぜ、娘に対してだけ、こんなにも悔しかったり悲しかったりするのか。

 

こちらの気持ちが伝わらないことって、日常でもあると思うんです。
大きなことから小さなことまで。

 

それでも、どんな場合でも、なんとか自分の中で納得して生活しています。
(あくまでも、私の場合ですが)

 

先日も、義母の行動や発言に「おや?えっ?」と思うことがありましたが、
「仕方ないよね。言ってもわからないもんね」と、妙に自分の中で解決していました。

 

でも、これが娘のことになると、
「なぜ?どうして?」ばかりが強く出てしまうんです。

 

だからこそ、余計に苛立ったり、許せなかったりするのだと思いました。

 

これって、深掘りしていくと…あくまでも私の個人的な見解ですが、
loveでもlikeでもいいのですが、その「気持ちの量」が関係しているのかな、と。

 

義母に対しては、そこまでloveもlikeもありません。
もちろん、嫌いというわけでもなくて、普通です(笑)

 

でも、娘に対しては、loveもlikeも、何もかも含まれて大きな存在でした。

 

だからこそ今も、見えない感情という敵と、私は向き合っているのだと思います。

 

平凡な日常が、早く戻ってきてくれたらいいな。
そんな毎日です。

 

おそらく、今の私のブログは、初めて読む方には、

かなり冷たい母親に映るかもしれないな……なんて思っています。

 

でも、仕方ないですよね。

 

今はただただ、娘との決別に向けて動いている、

そんなブログになっている気がします。

 

親って、何なんでしょうね。

 

あっ、後ろ向きな気持ちではないです(笑)

 

本当に、親って一体何なのだろう?と、ふと疑問に思うんです。

 

子どもに振り回されずに、

自分の人生を送れるのは、いったいいつなんだろう。


これも、たまに浮かぶ疑問です。

 

そんな日々です。

 

前は、自分のブログを読み返すことがありました。
でも今は、まったく読み返しません。

 

もしかしたら……これ、前にも書いたかな?と思うこともありますが、
まぁいっか、の精神で前に進んでいます。

 

娘の嘘が発覚した時、私が壊れてしまった時期がありました。
その時にとった行動は、「記憶から物を消す」作業でした。

 

娘との思い出を、当時すべて処分したんです。
本当にすべて。写真やビデオ、娘が作ったもの、娘がくれたものなど……全部です。

 

例えば、娘が生まれた日の新聞や、誕生日ごとに残していた新聞も、すべて処分しました。

 

生まれる前のエコー写真や、生まれた日のビデオとかも……

 

 

ただ、自分で捨てられなかった母子手帳とへその緒だけは、当時、娘に送りつけました。
せめてもの逆襲のつもりでした。

 

今の我が家には、娘に関するものはもう残っていません。


あっ、大学の手続き関係の書類やマンションの書類は残っています(笑)
これは、手続きが終わるまで必要なので。

 

当時、ここまでして娘のことを忘れたいと思った私は、
それだけ娘のことを大事に育ててきて、誰よりも大切な存在だったからこそ、だったのだと、今は冷静に思えます。

 

でも正直…今はもう……すべて忘れてしまいたいです。

 

うちには、もともと子どもはいなかったんだと、
(お子様がいないご家庭の方、こんな書き方ですみません)
そう思うと、気持ちが少し穏やかになるんです。

 

きっと、もう諦めがついてしまったんでしょうね。

 

哀しい家族です。

とはいえ、辛くはないです。

 

しょうがない!そんな感じです。

 

先日のバスでの出来事なのですが…

 

かなり年配のご夫婦が、少し遅れてバスに乗ってこられました。

 

運転手さんに向かって、小さな声ではありましたが、
奥様は「すみません」と言い、
旦那様は「ありがとうございます」と声をかけていました。

 

座席に座られてから、ちょうど私の近くだったこともあり、ご夫婦の会話が聞こえてきました。

 

旦那様が、
「この場合は、運転手さんは待ってくれていたのだから、“ありがとう”と感謝を伝えるべきだと、わしは思った」
と話されると、奥様は「そうですね」とニコニコしながら答えていて、とても微笑ましい光景でした。

 

私は正直、「すみません」も「ありがとう」も、どちらもありだと思いましたが……(勝手に心の中で会話に参加・笑)

 

でも、何気なく考えてみると、普段から「すみません」という言葉をよく使っているな、とも思いました。

 

「ありがとう」がさっと出てくる人って、いいなと思いながら、なぜかまた娘のことを思い出してしまいました。

 

よくよく考えてみると、娘は「ごめんなさい」も「ありがとう」も、素直に言葉にするのが苦手な子だったな、と。

 

素直に気持ちを言葉にできる子だったら、
もう少し違った親子関係だったのかな……と思う瞬間でした。