情報処理業という業界でビジネスを展開していくうえで、社員であるシステムエンジニアの能力レベルが会社の実力差ともなっているのは自明の理だと思います。私は転職前、製造業の計算機事業部という万年赤字事業部に勤務していましたが、工場の開発部門のシステムエンジニアはOSやデータベースといった基本ソフトウエアを自前開発できるほどの力がありました。後に分社されて開発部門が消滅し、顧客向のコンサルティングやシステム提案・構築のシステムエンジニア部隊のみが生き残ると、万年赤字事業部時代よりも知名度も下がり事業規模も小さくなって営業をしていると聞いています。転職後の会社は最初から商社系ベンダーと分類されてもいいような位置づけで、システムエンジニアの技量は別としても建前は顧客に対するシステム提案・構築ができると称していました。
30年も以前は、顧客のシステム仕様に合わせてソフトウエアを作り込むのが主流だったので、システムエンジニアはソフトウエア制作のみならずミドルウエアの作り込みはハードウエアにも依存しているので、求められる技量も必然的に高い必要があったと思います。現在ではシステムを構築するOSやデータベース等の選択は、世界中に数知れず存在するパッケージソフトウエアから選択して構築するので、常に最先端のシステムの仕組みやソフトウエアを熟知していることが求められる時代になっていて、システムエンジニアに求められる技量要素は30年前とは違う気もしますが、転職前の工場の開発エンジニアの技量が10段階の7から8位とすれば、転職後の会社のシステムエンジニアの技量は個人差が大きいものの10段階の2から3位のものだろうと思います、あくまでも個人的な見解ですが大きくは外れていないと推測しています。
転職後の会社のシステムエンジニアの技量レベルは、以前のブログでも紹介したように、私がサラリーマンを退職後、役所体質の顧客の会社に派遣社員として勤務していた時、基幹システム再構築プロジェクトでプログラム開発をしていた事業部から提出された大量の仕様書や資料を修正したり、間違いを指摘したりした実経験から、技量が低いだけでなくモラル的も問題があると感じさせられたのでした。そういう経験を加味して前記の10段階評価数値が出ています。
 
転職後の会社では、システムエンジニアの技量が低く過ぎて、システム開発という高度な業務は遂行不可であるというのが役員や管理職に何故理解できていなかったのだろうと考えてみると、こうして転職後の会社の感想を述べているうちに段々と明らかになってきたと思います。役員や管理職の情報処理に対する知見・知識不足は散々に指摘していますので除外して、その他の要素を考えてみると思い当たることが多々あります。
一時期、ある役員が皇居マラソンをするというので社内では同好とするXX会みたいなものが出来た時があり、社員数は十数人だと思いますが役員と一緒に皇居一周マラソンをしていたと聞いていました。しかしながら、その役員が退職していなくなるとXX会は雲散霧消したらしいと思えた時がありました。典型的なコバンザメ社員の集団だと思いますが、思考が仕事そっちのけで、何とか役員に取り入ろうとするサラリーマン根性が丸見えの行動だったと思えました。社員の思考が、仕事への情熱は無く上司に取り入ろうとばかりしている職場では、システムエンジニアも技量を磨くという思考が皆無だろうと思えました。たまたま徹夜で見積書を作成していて、若手システムエンジニアが用もないのに深夜に友人同士で長時間駄弁っている姿を見た時も、若手ながら仕事への情熱はいかほどなのかという疑念を持ったときがありました。
私の勤務していた会社が役所体質=保守的風土という事実をご披露に及んだのですが、役所体質とは決められたとおりに動くだけなので働いている人間にとっては一番楽な行動であるとも思えました。
毎日会社に出社して時間を浪費するだけの会議で日がな一日送るのが仕事で、事業部長や部長は役員から指示されたノルマを部下に伝達するメッセンジャーボーイのレベルの仕事しか出来なくても特段に不思議とは思っていなかったらしく見えていたのは、役職相当必要と思われる情報システムの知見・知識を習得するという勉学とか努力をするという事も無かった楽な道を選ぶ凡人ばかりで、部下が抱える難題には放置とか小手先の対応しか出来なくて、同時に自身の社内での評価を下げたくないという保身から最後には自身は直接手を下さず部下に任せて成り行きを見るという行動をしている事例が多かったと感じています。部下からの難題を持ち込まれるのを避けるために、人件費ばかり食って業績には何の寄与もしない長時間の会議に出るべくスケジュールを満たして出来るだけ自席に在席しないという風にしているのではないかとも見えたりしていました。それでも問題が大きくて事業部内とか部内では解決をすることが出来ない時は、無理やりに早朝に時間を取って役員以下関係者で会議を開いて誰もが考えるような平凡な結論が如何にも尤もらしいとしていたのが思い出されます。
 
会社の仕事が役所の様に決められた様式で動けるのは経理・総務の事くらいで、動的な動きをする顧客相手の仕事をしている以上は問題が起きるのは当然で、その問題解決能力出来る社員の多さが業界の序列順位になっているとも思えました。そこには情報システムという雲をつかむような目に見えない商品に対する知識・知見に加えて、一般的な会社で求められる管理能力というものが必要になるので、その両方が無いという社員が役員・管理職の多数を占めていたという状態が誰でも思いつく平凡な結論しか出せない保守的風土の背景にあったと思えました。業界でも下位レベルにある会社であるという意識を役員以下管理職が持てていなかったと想像されるのも同じ理由であったと思います。第三者的に見ると、会社幹部がこういう状況で会社経営が行われていたとすると一番の被害者は無知な新入社員とか若手社員だったろうなと感じていましたが、若手社員で少し分別のある社員は転職していくので、社内にはますます思考能力の低い社員の集団にならざるをえない命運かとも思えました。
現場の責任者である事業部長とか部長という社員が、職位レベルの業務担当知識や能力も無く管理能力も乏しいというのは、以前にも紹介した役員が担当者レベル能力と疑われるようなことをしていたという背景から起こりうる事情であり、社内の人事評価基準が何なのか全く不透明であったという印象を持つことにもつながっていました。
業績に貢献するよりも上司に貢献するほうが余程給料が増える出世もできるという無意識の発想が社員に蔓延していて、会社の資産とも言える顧客を自社優先思想から卑下したり見下すという発想が自然と出ていたとも思えます。
先回紹介した顧客幹部との定期的会食会は顧客本位とは全く異なる自己本位で形式ばった方法しか考えられず、顧客も招待されたから欠席するわけにはいかないと思って、仕方なく参加しているという心根などは思いもつかない役所体質思想が染みついた役員主導の行事だったと思います。
今日の新聞を見ると香港でのデモは収拾がつかないという状況にあるようです。マスコミの報道では騒ぎ立てるばかりの報道で、香港行政局の林長官が中国習主席に忖度した結果であるというのは誰も言わないのは不思議であり、それだけ本質を見抜けない間抜けな評論家揃いなのかというのが感想です。第三者的に見ても中国天安門事件の小規模版と見えて、国際社会は断固香港政府を非難すべきと言う風に思います。香港での大規模デモの鎮圧事件を起こしても、事件を起こした張本人の林長官は辞任する様子もなく厚顔で居座っているのは、相手の顔色を窺ったり形ばかり重視して自己保身だけ考える役所体質が香港政府には蔓延していると感じさせます。 
役所体質という言葉でつながるのが、私が27年間勤務した会社にも言えるのかなというので話が繋がってきます。会社幹部は経営とか情報システムとかの知見や能力も無いので自然と役所体質の決まり事主義が優先されている上に、情報システムというものを生業としている筈なのに肝心の技術レベルが低いにもかかわらず、会社として経営が続いているというのは不思議ですが、徐々に沈没する船には誰も気づかないというのが実態だと感じていました。

役所体質を一番感じさせたのは、年1回に定期的に顧客幹部との会食会というものが行われていて、ホテルに顧客幹部を招待するまでは顧客に対する普段の御礼という形は出来ていましたが、その顧客が座る場所を指定され、普段は顧客を訪問した事も無く顔をさえ見せない役員とか管理職の面々が、顧客の職位だけを見て顧客の両脇に座らせるというものでした。顧客のへの御礼というという意味合いでは無く、こういう形ばかりの会食行事をすること自身が役員の自己満足に過ぎないというのが判らないのが役所体質の表れで、その裏には顧客を金を掛けて招待してやっているという上から目線の発想しかなく、普段お世話になっているという気持ちが無く、同時に顧客に美味しいお酒を飲んでもらったり楽しい時間を過ごしてもらおうという気持ちなどは微塵も無かったと思います。
形式ばった方法でしか顧客をもてなし出来ないというのは、現場での実務経験も無い事とか顧客との会話もしたことのない役員が妄想で考えついたとしか思えませんでした。同時に、形式ばった行事に対して、批判的な意見も出ないというのは社内全体が役所体質に染まっていて、批判的な意見が言えない閉鎖的風土をも象徴しているとも感じていました。
私は酒は飲めませんが、顧客である情報システム部長に対して、時々は息抜きにデータセンター見学でもしませんかとお誘いして、夕方には近くの小料理屋で店のラストオーダー時間ぎりぎりまで世間話に花を咲かせたり、社内で起こる事件の愚痴の聞き役に徹するという接待をして、個人的には十分満足をしてもらっていたと思っていました。
役員や管理職は私用で飲食した費用を会社の経費で落とす事ばかりの発想しか無いので、顧客を接待するという意味合いが全く理解できていないことが背景にはあると思います。このような顧客への接しかたでは、所詮一流どころの会社とは契約できなくて、契約をネタにして堂々と見返りを要求したり、親会社の名前ばかりを信用するベンチャーとか情報システムに疎い顧客に収斂していくのは自然の成り行きであったと思います。
 
以前にも村社会風土の現れである社内運動会についてもコメントしましたが、こういう何十年も以前に行われていた半強制的な社内運動会で社員の懇親が図れると思っている役員や管理職の発想には、形ばかりを重視する役所体質の影があり、何か行事をすれば効果があるだろうという勝手な妄想が実際のところ自己満足にしかなっていないのにも気づかず、社員の誰もが変だと言わないのが正に村社会体質を象徴していたと思います。
自身の勤務していた会社の事を思い出しながら書いていると、改めて如何に技術力の無いシステムエンジニア社員のそろい踏みした会社であったかと思い知らされました。以前にも書きましたが、技術の掲示板にはシステム開発の手順と詳細な内容が書かれていたのですが、詳細に書いてあると情報システム開発という業務に対して、情報システム技術の素人レベルの社員や顧客に対しては如何にも尤もらしいと思わせるだけでした。情報システムという分野は非常に幅広い業務で構成されており、全てにおいて顧客を100%満足させられるというシステムエンジニアは日本中に何処にもいないと思いますが、一方では非常に狭い範囲の技術であっても他人には負けないという自信を持ったシステムエンジニアが社員としていれば相当な戦力になっていたと思います。しかし現実の社内には、売るために誇張したり偏見で満ちた目を引く雑誌記事程度の知識でもって知ったかぶりしているシステムエンジニア部門の部長とか、入社以来システムと言えば聞こえはいいけれど実務は技術力を左程求められない体力勝負の仕事をしているシステムエンジニアが大半だったと思います、今でも変わっていないと思います。
営業職として転職後27年も勤務したのですが、情報システムという業務の性格上どうしてもシステムエンジニアの手を借りないで出来る仕事は少なくて、顧客からの要望に応えるために社内のシステムエンジニアが対応できなければ社外のベンダー探しから始まり外注せざるを得ない場合が多かった記憶があります。特に事業部長からパワハラを受けて以降は社内では私自身は自然と守りの姿勢になった事や、契約をしている顧客の要望が、社内の偏った低いレベルの技術しか出来ない状態では殆ど賄えないという業務が多かったという事情も有り、事案発生都度に業務対応可能な外注先を開拓した経験があります。社外に外注する費用も折衝には骨が折れて、顧客との厳しい価格折衝の他に別枠で折衝しなくてはならんというので、そういう面でも社員としては2人前以上の働きをしたと思っていますが、基本的に社内で出来る事しかしないという保守的且つ自己本位の姿勢で仕事をしている多くの社員から見えていた私は多分特殊な社員に見えていたと思います。60歳過ぎて給与は低いながらも、会社には一般社員よりは相当高い利益を供与したにもかかわらず、誰からも感謝の言葉さえなかったというのも、そういう事実の裏付けになっていたのかと思っています。いずれにしても、社内の口先だけは饒舌ながら技術レベルの低いシステムエンジニアには、契約について邪魔をされたり迷惑を掛けられたという悪い記憶しか残っていません。
 
会社は親会社以外の一般顧客とも契約をしていたのですが、基礎となる親会社の仕事から得られる情報システム技術の内容が貧弱であったという認識が役員や管理職全般にわたり無かったのが、情報システム技術レベルが低迷したと思われる背景にあったと思います。会社としては親会社の名前を借りて商売を始めたものの、システムというのは名ばかりの機器やソフト販売に注力しすぎて、情報システム業界にあって本来あるべき姿とか将来像を見定めることも出来なくて、目先の業績ばかりにとらわれて一喜一憂して時だけが過ぎ去り、情報システムの技術的レベルは果たしてどの程度なのかという客観的な自己判断も出来ないほどの技術レベルになっていたのを誰も気づかないでいたと思います。親会社の情報システム業務の受託で技術伝承レベルが貧弱という論点については反論もあるかもしれませんが、実務を経験していないし出来ない役員・事業部長や部長には理解不能な情報システム業務の内容と思えますので、反論なども出来るはずもないと思っています。
転職した27年間勤務した会社について色々思い出すと、転職直後の職場は若い社員が多く活発な職場に思えましたが、余りにも役員・管理職の情報処理システムに対するリテラシーが低すぎて事業は成長できず、得意分野も育てられずに並みの情報処理機器販売商社と同じ技術レベルのままになっていったと感じています。
情報システムのシステム特許申請についても、システムエンジニアに義務が課せられていたわけでもないようでしたし、そもそも情報システムに関する特許制度についての解説などは社内掲示板でも見かけなかったのではという事も自身の錯覚であったのかとも思っています。
会社としての特許申請というのは会社ステータスの象徴ともなりうる内容と思いますが、特許申請しても殆どが、類似性内容とか、独自性が無いとし指摘されて却下となる件数が99%だと想定されるので、専門家を養成しないと特許認定される対応が出来ない難しい作業と思います。法務部の一部機能とも考えられますが、現実の法務部は契約書の文言確認という派遣社員でも出来るような単純仕事にまい進するばかりで、例の役所体質の顧客からクレームを起こされた時、その締結したプロジェクトの契約書の内容について、法務部長や担当役員が顧客に自ら出向き契約内容と作業事実や成果物を確認するという基本的行為さえ出来なかったので、こういう局面で自己保身企業とか自己企業第一とかいう思想の元に想定される作業であるという事実が露見してしまい、契約文書確認は形ばかりのものであるという無駄な作業という証明にもなったにも関わらず、膨大な費用をつぎ込んで単純作業を延々と続けていたのは、役員能力や仕事のレベル感が知れて、とても特許などいう高度なことには考えが及びつかないという結果になっていたのだと思わされました。こういう会社としての基本機能の無いという点でも技術レベルが左程高くないという客観的な評価がされてしまう事にもなっていたと思います。
 
先回紹介した転職前の万年赤字事業部の工場技術者は、OSとかネットワークシステムとかDBを自前で製作できるほどの技量があり、顧客の要望に応じてソフトウエアとかシステムを製作していました。私の担当した外資系コンピュータ会社からホスト計算機をリプレースした案件では、外資系コンピュータ会社が米国開発DBを日本で販売していて、同一仕様でDBを自前開発し納品した時は感激があったのを覚えています。工場開発責任者から開発費用が掛かったので一定本数を売ってほしいとの要望もあり、営業部として時間はかかりましたが最低限は販売できたので、DB開発要請の言い出しっぺとしての重圧から少しは開放されたという経験もしています。
それに引き換え、退職まで27年間勤務した会社ではオープン系プログラム開発用のツールさえ外販品質に到達できないレベルの製品しか開発出来なくて、低レベル品質なのを無理やり社内に使用させて開発費を回収しようとした発想とは天と地ほどの違いもあると感じました。本当に技術に無い会社というのを実感させられただけでなく、思考停止した某事業部システムエンジニアの中には知らん顔して無知な顧客に納入するという、最早一般常識が通じない行為を平気で行っていたにのも驚くばかりという事実もありました。

転職前の赤字事業部の工場技術者の責任者は、時々本社営業部の会議に参加し上京した時、「こんにちは」と言いながら職場に現れて営業部社員と談笑していましたが、その表情は真面目で個性的だなと感じていました。こういう会話をしていたお陰で、土日に不明なDB障害が発生しても開発責任者自宅に連絡すると直ちに部下を工場に集めて修正プログラムを開発し、月曜日には顧客に納品してもらったのも強烈な印象で記憶に残っています。
それに比して、転職後27間勤務した会社の若手システムエンジニアの仕事ぶりを見ていると、仕事も無いのに深夜まで何をするわけでもなく残業していて、管理職や部長が退社後に同期社員とか飲み仲間とか談笑している姿を見たこともあり、転職前の工場技術者との落差が大きすぎると感じていました。その落差の原因は役員・管理職をはじめ現場責任者である筈の事業部長や部長の能力不足が反映されたものと感じていました。
年俸もたんまりもらえる役員以下事業部長や部長は、実務やノルマは担当者に押し付けてメッセンジャーボーイに徹するだけの楽な仕事なので凄く居心地の良い職場だと感じていたとは想像できていましたが、不幸なのは職場実態に無知な若手社員に勧誘されて入社した新入社員だろうなと思っていました。
システムエンジニアの能力不足は何故起こっているのかというのを考えると、基本的には役員や管理職の情報処理に対する理解不足や知見不足に加えて、役員や管理職自らが情報処理業務とか業界に対して積極的に知識を習得するという態度が皆無なのが遠因とも思えました。
役員や管理職は自社のシステムエンジニアが情報処理業務のどのレベルまで対応可能なのかも判断も出来ないので、極論を言えば何でもできると大きな誤解をしていたものと推測をせざるをえないと思っていました。ここに情報処理事業に対する正確な理解もないまま、目先に落ちてくる情報処理下流工程業務とか、情報処理機器販売専門商社が行っているのと同様の機器やソフトウエアの卸売りとか、単純なシステムエンジニアの派遣業務を中心に扱わざるを得ないという現実があったのだと思います。
情報処理の上流工程と言われるシステムの基本構想とか基本計画策定などは規模が小さなプログラム開発であれば対応可能であると思いましたが、基本的にシステムエンジニアの基礎能力不足があり対応不可能な業務であると推測していました。社内のシステムエンジニアを外見から見ている限り、業界上位クラスの会社の営業マンと大して差の無い技術レベルではないかと思われましたが、システムエンジニアと称する社員は何でも出来ると、自身も勘違いをしているとしか思えませんでした。社員の能力判定するようなツールはありましたが、項目を見ているだけで作成した社員の能力が知れるような内容と思われました、こういう基本的なシステムエンジニアの能力測定さえ社内で出来ていないというのが、システムエンジニアの育成が満足に出来ないし、能力不足の背景でもあると思われました。
 
私が転職前に勤務していた会社は電気機器製造業というのもあり、工場勤務時は毎年強制的に特許出願をするようにとのノルマが課されて、上司からは何でもいいから提出しろと言われて、仕方なく提携先の米国企業で設計した電気回路を少し改変して提出したということがありました。
転職後27年勤務した会社は情報処理業でシステムとかソフトウエアの製造を生業としていましたが、特許という言葉は社内では聞いたことがありませんでした。社員のシステムエンジニアは請負った業務を外注に丸投げするのが一般的な仕事の流儀というレベルでは、特許などというのは縁のない言葉だったと思います。役員や管理職も特許などというのは思いもつかない言葉であったのは、情報処理に対する知識や情報不足で社員の能力レベルを正確に把握できない状態であったので、社員に特許を取らせるという発想は起こるはずもないことだと思われました。企業として明確な将来像を説明できていない状態であったのも、システムエンジニアの明確な能力向上指標を出せない理由の一つだったと思いますが、逆に特許出願という普通の会社では思いつくような事が無かったのがシステムエンジニア社員の能力を示していたとも思えました。
私が27年間勤務した会社のシステムエンジニアの技術レベルが低いという事を書いているうちに、役所体質の顧客の基幹システム再構築プロジェクトで起きた事を思い出しました。以前のブログでも少し触れた記憶がありますが、会社の体質を象徴するような出来事であったと思います。
プログラム開発する時に基盤となる開発用ソフトウエア提案が行われたのですが、その時に担当した事業部のシステムエンジニアは、世の中には多数の優れたソフトウエアがあると想定されるにも拘わらず、会社の方針というので盲目的に自社製開発ツールを提案して採用を一方的に決めていました。この一方的採用決定という背景には、顧客はプログラム開発に対する知見も無く、担当している事業部を信用して任せるしかなかったという事情もあり、受け入れざるを得ないということでした。
 
この開発用プログラムが開発された経緯の詳細は知りませんが、社内の余剰のシステムエンジニア社員対策として役員が思いついては始めたものと想像できました。当然ながら情報処理の知識も無く、ビジネス現場を知らない役員が特定のプログラム開発ツール制作をしようと思いつく筈もなく、その過程では余剰システムエンジニアを抱える部署の責任者が考えついて役員に上申したものと想像は容易にできます。
そのプログラム開発ツールは世の中に沢山の商品が出回っており、競争の激しい市場の中、今更何でそういう製品を開発するのかというのは不思議でしたが、役員や部課長の情報システムに対する知識や情報量の貧弱さが充満している職場環境から考えれば、余剰のシステムエンジニアをリストラするのではなく新しい商品でも制作させて、社外販売で利益を出せば、余剰のシステムエンジニアを養えると想像をしたのだろうというには容易に思いつきました。
開発ツールは制作してみたものの社外では知名度も無いし、そもそもシステム開発どころかプログラム開発さえ世間の評価が十分ではないと思われる企業環境では、当然の流れとして制作した開発ツールは売れないという結果だけが残りました。そこで役員は開発にかけた費用が惜しいと思ったらしく、社外で売れないのなら社内利用者に使わせる方針を打ち出して、自社開発した開発ツールを搭載した開発環境を整備して、社内で半ば強制的に使わせて開発費用を回収しようと考えたのだろうと想像をしていました。直ぐに、開発費用はこれ以上かけられないとして開発ツール保守も中止になり、最早製品としては死んだのも同然の状況になっても社内利用方針は出ていました。ソフトウエア商品はバグ対策のみならず、常に競合製品を意識して機能改善をせざるをえないという宿命があり、開発維持をしないというのは商品として価値がなくなるという事と同義なの事が行われていたのでした。そこには最早算盤勘定という発想しかなく、情報処理の理解というビジネスとして関わる者として基本的な理解が欠如していて、親会社の新規事業部発足当初からの、金さえ儲ければという安易な思想が延々として流れていることが垣間見えた事案と思えていました。役員のみならず、開発ツールを制作したシステムエンジニアの能力程度も窺い知れるという、情報処理会社としての役員やシステムエンジニアの低い基礎能力が露呈した事案と思えるのでした。

この開発ツールが組み込まれたプログラム開発を行った時には、プログラムの使用が終わるまで居座ることになり、百害あって一利なし状況となると想定されます。平易に言えば、仲間が標準語を話しているのに一人だけ訛りの強い東北弁を話す人がいて、理解できない会話を仕掛けられているようなものだと理解すれば分かりやすいと思います。当然ながら、良心の或るシステムエンジニアであれば、この開発ツールを顧客に提案はしないとだろと想像はしていました。
私が27年間勤務した会社について80項目の色々な感想を書いてきましたが、いつまでこれが続くのかと考えてはみるものの色々な事が思い起こされるので終着点は分からないという状況です、サラリーマン在籍中に罹患した大腸癌の抗癌治療中ということもあり外出する機会が少ない事も続けている理由の一つかもしれないと思います。
 
古い話になりますが親会社の事業部創設当初から、私が67歳で子会社を退職した時点で在籍していた社員は少なかったと思いますし、仮に在籍したとしても創設当時に目覚ましい成果を上げたという社員はいなかったという記憶もあります。又、創立当初から事業部全体に情報システムという業態には疎いのが意識されることもなく、業態ばかりか情報処理の基本的機能理解不足が会社の底流に連綿として流れていると感じていました。別に業績で成果を上げなくてもいいし、情報システムの知見も貧弱であるのも気づかないし気にしないというのが、職場では当たり前みたいなところもあったのではないかというのが、何時の間にか社風になっていたのではないかと思いました。同時に、そういう職場の雰囲気が独善という別物を生んでいたのを気付いた社員は皆無であったとも思えていました。
事業部創設時に提携していたのがベンチャーばかりだったので違和感を覚えましたが、情報処理会社として一流どころの企業と提携が出来ないのに疑問を持てないのは、情報処理業に対するリサーチ不足だけではなく、役員以下社員の社会人としての能力不足も大いにあったと感じていました。とりあえず目先の業績を上げることが重要と考えて何でもありともいえる状況で、行き着く先には企業買収して一気に業績向上を狙ったものの膨大な損失だけが残ったという歴史もありました。とにかく金の力を借りてでも力任せに業績向上を考えるという短絡した思考しか出来なかったのは、役員の能力不足と言わざるを得ないと思いますが、何事も隠したがる社風もありいつの間にかそんな事は全社員が忘れているようにも思えました。
 
情報処理業というのは目に見えないシステムやソフトウエアをシステムエンジニアが創り出す業務であり、一朝一夕にそういうことが出来るシステムエンジニアは簡単には育たないという思考が役員以下管理職に出来ないので、地道にシステムエンジニアを育てる努力をすることは考えもつかず、即戦力と思われた言葉巧みな外資系のコンピュータ会社の転職者を多数採用したものの殆どが役立たずの状態であったのも、目先のことしか考えていない結果であったということの現れであったとも思います。転職を希望する出来の良さそうなシステムエンジニアがいたとしても、情報処理の基礎知識のない役員や管理職は逆にレベルの低さを見透かされて転職などはするはずもないという事実も理解していないと思われ、ここまでくると最早言葉を失うというべき状態であったのかと思います。
前回の課題でも指摘したように社員のシステムエンジニアの能力が低いので、必然的に契約する案件もシステムエンジニア程度に見合ったものしか出来ないと思われました。その社員のシステムエンジニアが外注会社の優秀なシステムエンジニア頼りだったり、自身の能力を過剰評価してシステム開発ができるなどと平然と言い放っていたのが、謙虚であるべきシステムエンジニア自身が自己評価をまともにできない体質を表していたと思います。
現場の責任者である事業部長や部長は実務ができない理解できないというので、優秀なシステムエンジニアの人数が業績に反映されるとの認識も無く、目先のやっつけ仕事を機敏な若いシステムエンジニアに担当させていたのも、若手システムエンジニア育成という観点が抜け落ちて、情報処理業におけるシステムエンジニアの重要性を認識していないことの現れであったとも思います。
企業のモラル程度について書いたのですが、企業モラル=企業倫理ということと理解される場合があるようです。
 
企業モラルに優れた会社は、以下のような要件を備えた企業であると考えられます。
・問題点があれば、直ちに対応する体制が確立されている
・自社中心ではなく、常にお客様・相手先への気配りが出来る
・組織が確立されていて、責任所在が明確である
・自社都合ではなく、お客様・相手先の都合を最優先にして対応する能力がある
・問題発生時には隠蔽することなく、全てをオープンにして対処することが出来る
 企業モラルに優れた会社では、社内に独立した組織を持って、常にコンプライアンスやモラルに監視の目を光らせている企業や、外部組織による監察システムを確立している企業も数多くあります。
 
上記の定義に対して、私の勤務していた会社の実態はどうであったのかを点検してみました。
・問題点があれば、直ちに対応する体制が確立されている
  営業職として経験した限りでは、何か事件があったとして上司に報告しても、報告にとどまり何も具体策が示されないので、最後は体制=組織としてではなく、自身で解決しなければならなかったという事でした。会社としては事件があっても表ざたにならない限り問題を放置して時を稼ぎ風化するのを待つという社風であったように思えました。
・自社中心ではなく、常にお客様・相手先への気配りが出来る
・自社都合ではなく、お客様・相手先の都合を最優先にして対応する能力がある
  社風として自社中心主義が貫かれているので、事件や事故が発生しても自社が損をしないというのが前提なので、顧客への気配り等というのは無理な体質だと思いました。背景には情報処理の下流工程の仕事が多く利幅が小さい上に過剰なノルマが与えられており、顧客の事を考える余裕などないという社内環境にもあると思えていました。極端な悪い事例として、役所体質の顧客の基幹システム更改プロジェクトで顧客からのクレームに対して何の対応もしなかった事が何時も想起されます。
・組織が確立されていて、責任所在が明確である
会社としての組織はあるもの、社員の意識が内向的・消極的であることから、責任は何事も組織ではなく、最後は社員個人に帰せられていたと思いました。責任部署は明確でしたが、誰も責任をとりたくなくて放置されるので、最後は担当者が解決策を見つけて対応せざるを得ないというのが実情でした。
・問題発生時には隠蔽することなく、全てをオープンにして対処することが出来る
 マスコミで事件が取り上げられていて衆目には明白な事実であるにもかかわらず、会社から公表されるコメントはそういう事実さえあるかどうか不明ですと答えていた事例がありました。社風として内向的・消極的な面が社会の前に露見されて、知らぬ・聞かざる・見ざるを貫いていて、オープンではなくクローズな対処が常態化していたと思います。
 
こうして点検すると、私の勤務していた会社は企業モラルに優れた会社とは言えなさそうだととうのを再確認したことになりました。
課題の項では最後となりました「8)社員のモラルが低い」について書いてみたいと思います。この表現には少しばかり足りないところがあって「8)社員のモラルが低い社員が多い」と言い換えた方がいいかもしれないと思います。社員を非難をしているような表現ですが、社員の日常生活を見ると実像が見てきましたと感じていました。

一例を挙げてみますと
1)朝一番に遅刻する社員が多い
   技術職とか営業職とか事務職に関係なく朝の業務開始定刻になると、会社の玄関を走って入る社員が目立ちました。中にはそういう時間なども気にしない風情の社員は、朝飯に時間がかかりましたとでも言いたげな表情で堂々と遅刻する社員もいました。会社は情報処理業というシステム生産会社であるという現場の緊張感が全くなく、外見からはどうせ残業をするのだから朝の遅刻などは気にしなくてもよいという安易な気持ちがあるのではないかという風に見受けられました。
   何故、こういう事が常態化していたのかという原因は、基本的には現場の責任者である事業部長や部長の管理能力不足ですが、二義的には役員が何の目的か知れぬ聞き役ばかりの会議に時間を費やししていて、真剣に仕事に取組む姿勢を社員に見せていなかった事もあったのかと推測しています。
   私が新入社員で配属されたのは工場という製造現場であった事や、40年も昔の8時間労働の時代で、朝8時から夕方5時が定時勤務時間でした。上司からは定刻より15分は早く自席に座って仕事の準備をするようとの指導があって、毎朝午前7時45分には作業着に着替えを済ませて自席の製図板の前に着席をしていました。こういう経験があるので、転職後の会社での社員の遅刻の常態化が何時も気になっていました。第三者的な目で見ると社員のモラルが低いと言われる現象かと思います。
2)仕事に対する姿勢が消極的
何度も書いていますが、社員の仕事に対する姿勢が消極的なのは、現場の責任者である事業部長や部長の管理能力不足に加えて実務が出来ないという事もあるという背景があると思われます。それでも社員の中には、一方的に押し付けられたノルマに対して何とか対応しようとしている社員もいましたが圧倒的に少数派でした。これは管理が出来ていない職場の現実であったとも言えますが、そもそも社員自身が自ら考えて行動するという基本が殆ど出来ていないのも原因ではないかと推測しています。事業部長や部長が役員のメッセンジャーボーイ役に徹しているという中では、ノルマを何故自身だけが負わされているのかという慰問を持つ社員も多いと思われて、こういう職場の雰囲気ではヒラメとかコバンザメの発想は起きても、社員は積極的な行動で仕事に臨むことは少ないと見えていました。こういう職場の雰囲気とか社風があって、社員の仕事に対するモラルは低いと言わざるをえないのではないかと思います。
3)管理職の思考不全
   毎度色々な課題説明で例で挙げている、役所体質の顧客の基幹システム再構築プロジェクトについて、プロジェクト終了後に顧客から騙された発言あってクレームが出ていました。この時、事業部長は顧客に出向いて顧客のクレームを聴取する事も無く、顧客に出入りする担当者変えをしただけで済んだと思っていたらしいということです。
   この事例を見ると、以前にも述べたように事業部長や部長は実務が出来ないという事を書きましたが、まさに実務が出来ないので社内調整だけして顧客への対応は全くしなかったという事と推測されます。事業部長自身はとりあえず自分の仕事はし終えたと考えているかもしれませんが、第三者的な観点からみれば、こういう一方的処置方法だけして顧客と面と向かう行動をしなかったというのは、実務が出来ないという以前の、社員としてのモラルが無いのではないかと指摘されても致し方のない事であると思います。事業部長の行った対応が社内で正しいというように是認されているすれば、会社そのもののモラルが無いとか低いとか言われても仕方のないことであると思います。
 
社員のモラルというのは、会社の社風によって培われる面も大きいと思いますが、管理職の日ごろの社員に対する姿勢も大きく影響されるものでもあると思います。役員以下、事業部長や部長が私的な飲み代を経費で処理させているようなことが行われているすると、社員のモラルも必然的に低くなるというものと思います。