広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける -45ページ目

広島から 中国総領事館 誘致に待ったをかける

広島に県、市、県議会、市議会、経済団体を挙げ、中国総領事館を誘致する計画があります。
経済にばかり走り、国家安全保障を考えない誘致計画に警鐘を鳴らします。

広島県には、公の機関である市教育委員会が孔子学院と手を結んで支那との関係を深める都市もあれば、学園単独で台湾研修旅行を実施する私立学校もある。

尾道高校理事長の加藤晴彦氏は、この研修旅行で李登輝元総統が、直接生徒たちに語りかけるよう尽力された。今年3月には修学旅行という形で再び実施を予定しているとのこと。

李登輝友の会の機関誌「日台共栄」12月号では、その様子を、実際に参加した生徒たちの感想文を多く交えて伝えている。本日、日本李登輝友の会メールマガジンに再掲、配信されたので、全文をコピーしてお届けしたい。

文中、李登輝が武士道の精神について言及しているが、彼は2003年に次のような本を日本語で上梓している。
「武士道」解題―ノーブレス・オブリージュとは
この著作は、元日に紹介した、当家ゆかりの壺井八幡宮の社殿再建事業に尽力された塩川正十郎さん(塩爺)が所属する「武士道協会」の推薦図書としても紹介されている。関心のある方は迷わず目を通してみて欲しい。

「日台共栄」12月号では、24,25ページ。メルマガ日台共栄では、第2300号2015年1月5日配信。
以下、コピーして全文掲載。
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尾道高校初の台湾研修旅行 李登輝元総統のご講話に感銘

         学校法人尾道学園理事長 加藤 晴彦

 今年7月28日から8月1日にかけて、尾道高等学校初の国外研修となる台湾研修旅行を実施した。

 本校では、2学年の3月に学年約300名全体での修学旅行をしており、台湾の台北を訪れ、観光のほか学校間交流を実施している。今年度は大学や企業の訪問も新たに織り込むこととしている。しかし、日台関係や、英語教育をはじめ国際理解教育への取り組みが進んでいる台湾の教育について、より深く知るにつれ、また、生徒・保護者の中に英語の短期語学留学の要望もあることから、希望者を募って台湾での特別研修旅行を実施することにした。

 その企画にあたっては、第1に、日台関係ひいては世界に関心を向けさせること、第2に、卒業後の進路として台湾を含む海外大学留学にも関心を持たせうる語学研修とすること、この2つを主目的と考え、本校独自の研修プログラムを組み立てることとした。

 第1については、李登輝元総統から生徒たちに直接お話ししていただけるならば、それが最も良いと考え、日本李登輝友の会を通してご無理をお願いした。第2については、台湾国立中正大学の国際事務所長である施慧玲教授の特別の計らいにより、同教授の指導ならびに同大学生チューターの支援のもとの合同研修となった。

 第1の李登輝元総統のご講話については、生徒たちの感想文の一部を紹介するのがよいだろう。

「李登輝さんは91歳で読書と哲学がお好きだそうです。……日本と台湾はよき隣人で、日本は台湾を50年間統治することで、台湾の近代化に協力したとのことでした。統治の間に、日本から台湾に鉄道やダム、工業、現代の教育が伝えられました。日本の統治により台湾人が台湾人らしさを求めるようになったとのことでした。また、台湾と日本は運命共同体でありお互いがなくてはならない存在だともおっしゃっていました」(中三男子)

「講話の最後に『台湾なくして日本なし、日本なくして台湾なし』とおっしゃられて、とても感慨深かったです。なぜなら、一時は日本に編入された台湾の人から、功罪を含めたうえで、日本をいい意味で認めてくれていることや、さらに武士道で示された日本人としての捉え方や考え方が素晴らしいものだということを聴き、外から日本を見る良い機会となりました」(高一男子)

「中でも印象に残ったのは、日本と台湾の歴史についてです。日本が下関条約から戦後まで台湾を占拠し、その間に新教育制度を取り入れ、高度な教育を受けることを可能にしたことや、戦後の台湾では、二・二八事件により、国民党の非民主主義に気づき、絶望した一方で、日本は経済的発展を遂げたことなどをお話ししてくださいました。また、台湾人は日本人を尊敬しているとも教えてくださいました。私は李登輝元総統の講話を聴いて、台湾人の方が日本を良く思ってくれているということを知って安心しました。また、日本人ももっと台湾について知るべきだと思いました。」(高二女子)

「李登輝先生は、戦前から戦後にかけて日本の様々なものが変わっていく中で、米軍による厳しい占領時期があったにもかかわらず変わることなく残った『武士道の精神』を大切にするようにと言われました。私はこの話を聞くまで、日本の武士道が世界的に知られているものだとは思いもしませんでした。……これらの話のなかでも、最初に言われた『これから世界は大きく変わっていく、その中で日本がどうするかを国民全員考える必要がある』という言葉と、最後に言われた『台湾なくして日本なし、日本なくして台湾なし』という言葉に今後の進路を考えさせられました」(高二男子)

 第2の日台高校生合同研修は、両校から3名ずつ計6名のグループを4つ作り、グループごとに日台の文化の違いなどのテーマを自ら設定して英語で議論し、その成果をパワーポイントを使ってプレゼンするものだった。このような経験は全員の生徒が初めてであり、四苦八苦しながらも、台湾の高校生たちとすぐに打ち解け、大学生の親身なサポートに感謝しつつ、なんとかやり遂げた。全員が大変有意義であったと感想を述べており、今後の勉学におおいに刺激になった模様である。

 最後に、この研修旅行のために大変お世話になった多くの皆様に、心から感謝し、改めて御礼を申し上げます。

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学校法人尾道学園 尾道中学校・尾道高等学校
尾道中学校・高等学校 - Wikipedia
神社検定の公式テキスト『神社のいろは』20ページにこうある。違和感を感じる人は少なくないはずだ。

神社を氏神さま、産土さま(神)、鎮守さま(神)と呼ぶこともあります。氏神は、もともと氏族が共同で祀った祖先神または守護神のことです。産土神は人々が生まれ育った土地の守護神です。鎮守神は国や地域、寺院、王城など一定の区域・場所を守護する神のことをいいます。しかし、これらの神様は時代の変遷とともに、同じ意味に使われるようになりました。産土神の鎮座する周辺の一定の地域に居住する人々を産子といいますが、今では、氏神、氏子という言い方が一般的です。

まさに、この部分、
「これらの神様(すなわち、氏神、産土神、鎮守神)は時代の変遷とともに、同じ意味に使われるようになりました」
ここに、日本人が抱えているアイデンティティーの危機が表れている。

一族がずっと同じ地域に居住し、自分自身もそこで生まれ、生まれてから引っ越さず、同じところにとどまっているというのであれば、氏神、産土、鎮守が、全て重なるということはある。しかし、それぞれが意味において同じになるわけはない。神社検定の教科書は、それぞれの神を正しく区別して説明したその直後に「同じ意味に使われる」と論理的な矛盾を呈している。

なぜ、こんなことになったのか。

理由の一つは、自らの「氏(うじ)」がわからなくなった日本人が多数を占めるようになったためだ。

氏神を敬うには、まず自分自身の「氏」を知っていなければならない。氏神がわからないと鎮守との区別も曖昧になってしまう。氏神と言えば参拝するのは氏子だ。もちろんどの神社も氏子以外が参拝して良いのだが、基本的には氏子が神社を支える。引っ越した途端に、あなたはこの神社の氏子になりました、と言われて「ああ、そうですか」と納得する人がどれだけいるだろうか。

こんな経験をしたことがある。広島に越して来て、広島県神社庁に電話で尋ねたときのことだ。
ぼく「中区の⚪︎⚪︎町に住むことになりました。氏神様はどこになりますか?」
神社庁「ちょっと待ってください。調べます。あー、そこなら白神社です。」

この時、問い合わせながら何か「おかしいなー」と思ったのだが、後からじっくり考えてみると、ますます変だ。

質問する側は住所で氏神が決まることが当たり前だと思い、回答する側も住所から神社を特定している点で、一致して認識がズレている。現在、神社庁は、住所によって氏神が決まると教えているのでそれに従った。事務的には間違いはない。神社庁が言っていることは歴史的な経緯を踏まえたもので、勝手に言っているわけではないということも承知している(cf.「氏子調」の「行政単位と郷社」)が、それでも筋が通らないものは通らない。

住所だけから神社が特定できるのであれば、それは氏神ではなく「鎮守」だ。

それに、うちには別に歴とした氏神がいる。
先祖を辿ると、三河石川氏、さらに遡り、石川源氏、そして河内源氏へと繋がる。河内源氏であれば氏神は八幡神。武士が登場した平安時代からいつの時代も、先祖は一族で八幡に戦勝祈願をして戦場へ出かけていた。

wikipediaの、壺井八幡宮「歴史」の項に記されているように、
源頼義は、河内源氏の東国進出の拠点として、鎌倉にも石清水八幡宮勧請した(鶴岡若宮。後の鶴岡八幡宮。)。頼義の5世孫である源頼朝が鎌倉幕府を開いた後は、河内源氏の総氏神は壺井八幡宮から鶴岡八幡宮に移り、壺井八幡宮は河内源氏の祖廟にして当地に土着した河内源氏である石川源氏の氏神となる。

つまり、前九年の役から戻った頼義が、1063年に鎌倉に鶴岡若宮を石清水八幡から勧請し、翌1064年に父の代から居住している石川荘の香呂峰(漢文に出てくる香炉峰ではなく、香呂峰。現在の大阪、羽曳野市の一角にある)にも八幡を勧請した。鶴岡若宮は頼朝が幕府を開き鶴岡八幡宮に発展することで河内源氏の総氏神になったので、香呂峰に勧請された八幡は、河内源氏の本貫を継承した石川源氏の氏神となり、今日の壺井八幡宮に至っている。
これが氏神である。

先祖自慢をしているわけではない。生まれは本人の努力の外にある。しかし、今日、知らずして、この国を席巻するグローバリズムの餌食とならないためにも、日本人でありたいと思う人は誰でも自らの氏を知っているべきなのだ。

中国地方には、苗字を聞いただけで、この人は毛利の流れではないか、浅野の家臣の出ではないか、黒田官兵衛の重臣の裔ではないかなどと、察しがつくことがある。たとえば大江という苗字。源氏の場合、氏がそのまま苗字にはなっていないのに対して、大江は氏が苗字になっていて見当をつけやすい。毛利元就を出した毛利家の氏(うじ)は大江氏(おおえし・おおえうじ)である。中国地方の大江さんは、大江氏の裔である可能性がある。

しかし、当の本人に訊いてみるとまるで関心がない。親から聞いてもいないし調べたこともない。これでは日本の文化は失われていくばかりだ。

自らの氏を知るということは、そのこと自体、日本の歴史と文化の継承を担っていくことを意味する。逆に氏を知らず、子供に伝えずに死んでいくのであれば、知らずして日本の文化を消し去っているのである。

三島は、「戦後25年を振り返る』と題した随想を次のように締めくくっている。戦後70年を迎える今年、ぼくは三島が45年前に予言的に語ったことに、恐怖の念を抱きつつ同意する。

「・・・私はこれからの日本に大して希望をつなぐことができない。このまま行ったら「日本」はなくなってしまうのではないかという感を日ましに深くする。日本はなくなって、その代わりに、無機的な、からっぽな、ニュートラルな、中間色の、富裕な、抜目がない、或る経済的大国が極東の一角に残るのであろう。それでもいいと思っている人たちと、私は口をきく気にもなれなくなっているのである。」(1970年(昭和45年)7月7日付産経新聞夕刊掲載 「戦後25年を振り返る』)

その人自身の生まれ育った蓄積に加え、負っている背景、先祖が作り上げた歴史や文化によって日本人はできている「はず」である。しかし、今、ぼくは、この表面的には豊かだが、土台のぐらついた土地に、突然、移植されて湧き出てきたような人たちに囲まれて、自分だけ外国人になったかのように感じている。

ぼくは清和源氏の家に生まれ、日本の歴史を自分の家の歴史として学ぶ。日本史を遡れば、古い時代になる程、先祖ばかりが出てくる歴史になっていく。国内旅行をすれば先祖が造った城一族がお参りした神社、そういうものが真に多い。武家であるからこそ、今日的な意味で、武士道とは何かということを問いかけてもみる。氏を自覚しない人たちとは、見えているものが根こそぎ違っている、と思う。


さりとて、嘆いてばかりもいられない。

気を取り直してここは提言の一つもしてみよう。

神社庁は広告の仕方を変えてみてはどうだろう。「氏神を参拝」と言うから、聞く人々に「氏神なんか知らない」という気持ちを起こさせる。それゆえ神社から足が遠のく。ここは「あなたを守っている鎮守様がいます」などとキャッチコピーを打って、とりあえず身近な神社へ誘えば、普段からもっと多くの人が神社に足を運ぶのではないだろうか。やがて氏神に関心を寄せ、自らの氏について考え始める人も増えていくのではないだろうか。

ぼくのように氏神がはっきりしている家の者でも、今日それは遠く、おいそれとは行けない。しかし、鎮守であれば気軽に寄れる。

そういうわけなので、長くなったことだし、そろそろ、鎮守様に新年のご挨拶に参ることにいたそう。 

平成27年 元旦 記
広島で素読教室を開催。すばらしい取り組みだと思うので年の終わりにご紹介したい。

NPO法人まほろば教育事業団(広島支部)広島まほろばの会
代表 松田雄一さん
NPO法人まほろば教育事業団・広島まほろばの会
NPO法人まほろば教育事業団・広島まほろばの会 ブログ
広島まほろば学習会facebook

認定NPO法人まほろば教育事業団
Npo法人まほろば教育事業団facebook

ご自身でお話もされている。
1回 約10分、全22回。

第1回 戦後教育を俯瞰してみる
第2回 大丈夫か?国語教育
第3回 戦勝国が古典を抹殺!?
第4回 音を感じない民族は滅ぶ
第5回 国語は教科ではありません
第6回 あなた、漢字を使っているつもり?
第7回 GHQ、そこまでやるか! スパイシーすぎる!
第8回 国語、テレビに敗北す
第9回 まんまと騙されていますよ。怪しげな言葉に
第10回 大丈夫!みんなで国語を復活させよう!
第11回 大丈夫!みんなで国語を復活させよう! [後編]
第12回 古典で日本を知る
第13回 「地域の歴史を大事にしよう」前編 ~福島正則改易事件と広島~
第14回 「地域の歴史を大事にしよう」後編 ~日清戦争と広島~
第15回 素読で育った子供のスゴさ ~音で吸収した言葉は定着する~
第16回 子供の授業を受けてみよう~子供のチカラを体感して下さい~
第17回 こんな国語教科書で日本人は育つのか ~子供さえ飽きる小学国語教育の現場~
第18回 育て大人!~子供に背中を見せよう~
第19回 分かりやすく簡単に…という不親切 ~暗愚スパイラルを防ごう~
第20回 唱歌改変の深刻さ ~変えられたことにも気付けない~
第21回 親が摘み取る子供の可能性 ~子供の限界は親が設定している~
第22回 改変されたかなづかいの矛盾 ~文字が意味を破壊している現実~
特攻隊の寄せ書きに「三河武士」の文字。日本兵の武士道と国を護る覚悟を見る。

チャンネル桜の水島が、松平元康(徳川家康)が三河から出、今川の人質になり、織田の言いなりになり、秀吉に臣従し、やっと天下を取ったことを例に引き、現在の日本の属国状態を説明している。

引き合いに出されたのが「家康」であったのは、水島が掛川から出て、静岡(駿府)の高校に通い、東京(江戸)の大学へ行き、そこで成功し財を成していった自らの経験と重なるものがあるからかもしれない。家康が幼少期を人質として過ごした臨済寺、領主として戻り築いた駿府城や浅間神社は、彼が過ごした高校から徒歩の距離だ。「家康」は身近で親しみもあったろう。

しかし、例えでは語られていないことがある。

静岡の「家康」はまるで、たった一人で天下を取ったかのようだ。不思議なほど彼を支えた家臣について語られることがない。「楽々と餅を食った」後の「家康」しか見ていないからだろうか。

これが松平発祥の岡崎になると、家康の描かれ方がかなり違う。

家康が天下を取ることができたのは、忠誠心が強く、屈強で、固い結束力で知られた三河衆と呼ばれる譜代の家臣団の力があったからである。岡崎では、今も、酒井、石川、大久保、本多、水野、鳥居、井伊、榊原など、三河衆を構成した家臣たちを語り継いでいる。

NHK大河ドラマ『軍師官兵衛』は、三河衆を次のように描いている。
第32回 19分55秒から
官兵衛「勝てませね」
秀吉 「なんじゃと」
官兵衛「徳川は強うござります。それは御自ら戦われた上さまが一番おわかりのはず」
秀吉 「確かに徳川は強い。じゃが、同じ相手に二度負けするわしで・・・」
官兵衛「兵を無駄に死なせるおつもりか。先の戦(註:小牧長久手の戦い)、上様の兵力は敵の倍以上ありました。にもかかわらず、何故に敗れたのかおわかりでございますか」
秀吉 「おぬしがおらんかったからじゃ、そう言いたいのであろう」
官兵衛「左様ではございませぬ。三河衆の結束の強さに敗けたのでございます。徳川家は譜代の家臣も多く、固い絆で結ばれております。・・・これではいくら数で勝ろうと、どのような策を立てようと勝ち目はございませぬ。」

特攻隊員の中には、本当に三河武士の血を受け継いでいた人もいたかもしれない。が、おそらくそういう意味ではない、と思われてならない。

彼らは自分たちを、家康を天下人に押し上げた三河衆に重ねていたに違いない。アメリカがいくら数で勝ろうと、どのような策を立てようと、我々が三河武士のごとく、結束して『義勇公に奉じ、以て天壌無窮の皇運を扶翼すべ』く戦えば、皇国を外国の支配に渡すようなことはない、と。

確かに日本は今、人質に取られた竹千代のようだ。であれば、彼が勝ち続けやがて幕府を開くためには多くの三河武士がいなくてはならない。

三河武士は何処に。

現代の三河武士は男だけではない。

いつから女性は弱者になったのか。・・・本来日本は男女が役割分担をした上で、女性を大切にしてきた国です。父に勧められて『武士の娘』という本を読みました。ヒロインは・・・日本女性がいかに地域社会や家庭内で力を持ち、男性と役割分担をしているのか、一生懸命説明します・・・

でも戦後の日本はどうでしょう。『日本は男尊女卑の国だ。だから女性の社会進出が進まない。』という諸外国の決めつけに抵抗することなく従い、まだだまだだと言われて、どんどん迷走する。

1980年代に締結した女子差別撤廃条約は、その国の伝統と文化を壊してでも、男女平等にしましょう、といった内容です。それを受けて作られた男女共同参画基本法の元、男の子らしさ、女の子らしさを否定する教育を行い、ナンセンスな男女平等を目指してきました。・・・

本来日本女性は芯が強いのです。私は、未だ日本を敵国条項の対象とし、白人至上主義を押し付けてくる国連にはっきりとノーを言い、日本人が日本人らしく、男女がお互いに尊重し合える社会を取り戻します。それが次世代のなでしこ、杉田水脈の使命です。
」(次世代の党 結党大会で)

こういう人たちを戦場から引き揚げて、有権者たちは、日本をどうしようというのだろうか。二度目の敗戦は、最初のそれより、ずっと重く苦いものになるかもしれない。
本日、12時半から、民主党と維新の党が広島市本通で合同演説会を行う。
これについて、維新の党の灰岡香奈が、【重要】と前置きし、こんな説明を行っている。
はいおか香奈オフィシャルブログ
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【重要】
今回の衆院選に限り、維新の党は、民主党と1,2,3,7区で相互推薦することを決定しました。もちろん、維新の党の身を切る改革や政策については、隔たりもございます。ですが、現在の一強多弱をを是正しない限り、暴走政治が続いてしまいます。このままでは日本が衰退してしまいます。

(後略)
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民主と維新が合同し一強多弱が是正されたら何が起きそうか、この広島で誰が民主党の政権を望んでいるのか、民団新聞から在広島韓国人の言葉を見てみよう。判断は、読者にお任せする。

民団新聞
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<広場>地方参政権勝ち取ろう 魯漢圭(広島市
2004-06-30
 長い年月を費やして民団は、地方参政権運動を展開してきたが、いまだに実現していない。

 残念でならない。

(中略)
 自民党が反対するからだ。政権政党が自民党である限り、恐らくこの問題はクリアできないとみて、運動方針を転換する必要があるのではと思う。

 自民党を除く他の政党は賛成しており、公明党もこの問題で頑張っているが、自民党の強い反対に押し切られ、最近は影をひそめている。

 そこで、民主党に政権をとってもらい、民主党の政権下でこの問題を解決していただくのが早道だと思う。

 民主党のマニフェストにも永住外国人の地方参政権付与については賛成している。昨年11月の衆議院選挙で破れたものの、議席を増やし善戦している。

 民主党の政権獲得まであと一歩だ。来る7月11日の参議院選挙がある。地方参政権獲得運動の一環として、民主党を総力をあげて応援しようではないか。

 われわれ外国籍の者は、政治献金は公職選挙法に触れるが、投票をお願いすることは違法にはならない。

(2004.6.30 民団新聞)

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