新しく得た情報を要約してお伝えします。


 宮城県気仙沼湾の舞根湾では、地震の後に干潟や湿地が蘇り、アサリをはじめ多くの生き物があふれ出しているそうです。


 その一方で、巨大な防潮堤計画が進められている。


 気仙沼の海岸線一帯に高さ15メートル近い防潮堤を立てめぐらせて大津波に備えるというのですが、多くの住民は既に住居を高台に移しています。


 こんなものが出来たら、気仙沼観光の最大のスポットである美しい海岸線の景観はぶち壊しです。


 高い防潮堤を立てるとその周囲の数十メートルをコンクリートで固めなければならず、水環境が変質して干潟が消えます。


 有明海の気仙沼版ではないでしょうか。


 『海は山の恋人』の著者で知られる畠山さんの意見を聞いてみたいと思います。


 ところで大阪湾でも、同じような巨大防潮堤の計画があるそうです。


 自然と調和した生活(心の)空間を、コンクリートの白い壁がどんどん消していく。


 数年前の「コンクリートから人へ」の政治スローガンはどこに行ったのでしょう?


 一連の推進力はやはりマネーでしょうか?


 それなら淋しいですね……。


 (山ちゃん)


 

 『未来共創新聞』の新規購読の申込み電話がありました。その方は金融経済の専門家とのことでした。


ある方の紹介で『未来共創新聞』を見る機会があり、記事に共感するところがあるので購読したいとのこと。


 その方の言われるには、日本経済は決して悪くない。問題はIMFとかFRBといった近代経済の金融のスキームに問題があるとの持論を、電話で少しお話しになりました。


 要するに、結論から言えば、私的銀行である日銀から市中銀行や政府がお金を有利子で借りるのではなく、政府自身が貨幣を発行すれば、国の借金の問題は好転するという趣旨のようです。(おおまかな解釈ですが)。


 もう一つ、その方の持論は、日本は第一次産業を大事にすべきだということでした。日本に限らず世界中が第一次産業を大事にすべきだというのです。


 今の産業社会構造をそう簡単に変えられるものではないけれど、このままでは地球に人間が住めなくなると言っておられました。


 そうならないためにも『未来共創新聞』のようなメディアが、規模が小さいし、今は現実の壁が厚いだろうけど、とても大切だと言って下さいました。ありがとうございます。


 もう一つは、水資源のことです。日本の水を今、外国資本がどんどん買いあさろうとしている。それを食い止めるための法律措置を講じているとのことでした。


 さらに島の買い取りも今盛んに行われているとのこと。


 水と空気は人間ばかりかあらゆる生き物にとって必要不可欠です。その水の争奪戦が始まっているということです。


 日本は第一次産業を大事にすべきだとの主張に特に共感出来ました。



 


 BS放送の韓国系番組で、香港の若者が強烈に歌い、若い人たちが大きな会場で熱狂しているのを1時間ほど見ました。


 歌の歌詞に注目しました。


 男が女の人を好きになって振られて、自分は絶対に諦めない、いつか彼女は必ず僕のもとに帰ってこざるをえないという執念深い歌詞を、何回も絶叫するように繰り返すのですが、これは、一種の暴力だと思いました。



 若者に、暴力的犯罪的行動を深層心理に埋め込む、一種のマインドコントロールではないかとまで思ってしまいました。


 イギリスでビートルズが登場して世界の若者を酔わせたあの熱狂と比べものにならない歌詞の暴力性に唖然としました。


 孔子は美をつくせり、未だ善をつくさずと、ある楽曲について批評しましたが、百歩譲ってあの熱狂ぶりに仮に芸術性があるとしても、善はつくしていないどころか、悪そのものではないかと思いました。


 こういう毒のような歌詞の音楽が、これから香港ばかりか中国の若者にも浸透していくかと思うとぞっとします。


 一昔前、中国で芹洋子の歌が圧倒的な人気を博していましたが、あの頃の純朴で心温かい、人間味溢れた歌の世界は、次第に存在感が薄くなっていくのでしょうか。


 芸術に政治がどうのこうのはよくないけれど、アジアから、アジア的な情緒が薄れていくことを残念に思います。


 一人ひとりが、暴力やお金の奴隷になっていないかを静かに反省して、個我の主張よりも相手を思いやることこそが根本ではないのか。


 法律的厳格さの追究に突っ走る法律(あるいは制度、マニュアル)至上主義よりも、大岡裁判のような鷹揚さ、雅量というものの素晴らしさに思いをいたせる日本とアジアを共に取り戻そうではありませんか。