BS放送の韓国系番組で、香港の若者が強烈に歌い、若い人たちが大きな会場で熱狂しているのを1時間ほど見ました。
歌の歌詞に注目しました。
男が女の人を好きになって振られて、自分は絶対に諦めない、いつか彼女は必ず僕のもとに帰ってこざるをえないという執念深い歌詞を、何回も絶叫するように繰り返すのですが、これは、一種の暴力だと思いました。
若者に、暴力的犯罪的行動を深層心理に埋め込む、一種のマインドコントロールではないかとまで思ってしまいました。
イギリスでビートルズが登場して世界の若者を酔わせたあの熱狂と比べものにならない歌詞の暴力性に唖然としました。
孔子は美をつくせり、未だ善をつくさずと、ある楽曲について批評しましたが、百歩譲ってあの熱狂ぶりに仮に芸術性があるとしても、善はつくしていないどころか、悪そのものではないかと思いました。
こういう毒のような歌詞の音楽が、これから香港ばかりか中国の若者にも浸透していくかと思うとぞっとします。
一昔前、中国で芹洋子の歌が圧倒的な人気を博していましたが、あの頃の純朴で心温かい、人間味溢れた歌の世界は、次第に存在感が薄くなっていくのでしょうか。
芸術に政治がどうのこうのはよくないけれど、アジアから、アジア的な情緒が薄れていくことを残念に思います。
一人ひとりが、暴力やお金の奴隷になっていないかを静かに反省して、個我の主張よりも相手を思いやることこそが根本ではないのか。
法律的厳格さの追究に突っ走る法律(あるいは制度、マニュアル)至上主義よりも、大岡裁判のような鷹揚さ、雅量というものの素晴らしさに思いをいたせる日本とアジアを共に取り戻そうではありませんか。