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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 インド人の写真家プシュパマラの写真展「ドレスアップ」が銀座シャネルビルにある「ネクサスホール」で開催中。シャネルのこのホールで度々海外の写真家の展示を開催している。

 今回展示されたパシュパマラのことは知らなかった。海外では有名な人なのだろうか。1956年インドのベンガルール生まれ。90年代から、今回、展示されているような扮装をして、自らを写真に収めるフォト・パフォーマンスをしているそうだ。




 今回は会場をピンクに染めた大胆な展示。展示を見るのは楽しかった。写真自体は正直、自分の好みではなかった。時折、このタイプの人がいる。それを「面白い」と思える人向き。

 それにしてもシャネルには予算があるようで、入場者には、この写真展のプログラムになる写真集を手渡してくれる。

 マーベル映画の新作「ファンタスティック4」。キャスト一新の新シリーズのスタート。お腹いっぱいマーベル映画だけと不思議に1作目は成功する確率が高い。この「ファンタスティック4」リブート版もなかなかに快作だった。

「ファンタスティック4」★★★★★

 いいのは60年代に設定したこと。デザインがレトロ・モダンでクールなのだ。「ゴジラ-1.0」の時もそうだったけど、見慣れた物語を一気に過去へ設定すると、妙なリアリティが生まれる。

 この映画でも、あり得ないヒーローたちの活躍なのだけど、いい具合にフィクションとリアルが融合する。「スーパーマン」の新作もこの手を使えば良かったのに!と、この映画を観終わった後に思った。

 キャストでいいのは中年になって、やたら売れっ子になったペドロ・パスカル。「SW」の新作もあるし、50代でいきなり大作の主役の連続ってすごい。

 今回はアメリカのビジュアルのコピーにあるように「家族」の物語。これも、わかりやすくて良かった。その意味でも王道のエンターテイメント作品。アメリカで大ヒットというのは当然だろう。

 今回の悪役が大魔神なのはびっくり。あれ、著作権侵害のレベル⁉︎

 

 丸の内東映が昨日で65年の歴史に幕を閉じた。

建て替え後は映画館は入らずホテルなどになるそう。

 シネコンを作らないのは平面積がないので、多層構造にしかなれないことと、今さらシネコンを作ってもTOHOシネマズ日比谷とは勝負にならないから、だそう。

 この建物、映画館だけでなく、東映本社でもあったので、東映の本社はどこに移るのだろう?(まさか大泉?)

    かつて銀座エリアは日本の映画興行を代表する映画館が揃っていた。(正確には銀座ではない)日比谷には東宝の本社があり、そのエリアには有楽座、日比谷映画、スカラ座、千代田劇場、みゆき座。松竹本社のある東銀座にはセンラトル、東劇などがあった。(松竹は現在のマリオンが建っている場所に丸の内ピカデリーも所有)

   銀座は東宝、松竹、東映の日本のメジャー映画会社がある映画の街だった。

 日本映画だけでなく、洋画配給の東宝東和、ユニバーサルとパラマウント映画を扱ったUIP、ワーナー映画は京橋に、コロンビア映画は新橋にあり、試写を見るのに歩いて移動できた。

 その一角だった東映がなくなる。(洋画各社も今は銀座エリアにはない)

 今となっては古臭い映画館だけど、このオールドな雰囲気が良かった。特に地下の劇場。丸の内線が通るとひそかに電車の音が響くのも、ご愛嬌。

 昨日はその大ラスの千秋楽。上映されたのは「ワンピース・レッド」。65年の歴史の最後が、この作品?人気ぶりはわかるけど、せめて時代劇か、ヤクザ映画じゃないか?それが東映映画らしいフィナーレ。そうしないのが東映か?


 地下の東映2で観た映画でもっとも印象に残っているのは「ザッツ・エンターテイメントPART3」。「1」はご近所の丸の内ピカデリーで公開され大ヒット。(丸の内ピカデリーは、ミュージカルをヒットさせる劇場だった)「3」は東映地下って!

 それにしても東映本社は銀座なのに、どうして「銀座」でなく「丸の内」何だろ?(マリオンに西武百貨店が進出した時には「銀座店」にしようとしたのに銀座側からクレームが入り、泣く泣く「有楽町店」に変更した)

 渋谷シネマヴェーラのウィリアム・ワイラー特集。観たい映画がたくさんある。あまり、関心がなかったり、知らなかったりしても、観ればワイラーのうまさを堪能する。1933年の「巨人登場」も、そんな映画だった。

 主演はジョン・バリモア。彼が演じているのはNYで成功した弁護士。オフィスはエンパイアステートビルの27階にある。映画は、彼の弁護士事務所だけで展開する。

「巨人登場」★★★☆☆

 主演のジョン・バリモアは当時の大スター。映画では彼が出ずっぱり。彼が演じる弁護士。エリートではなく、貧困層からの勝ち上がった人物。今は成功者だけど、どこかに不安を抱えている。

 奥さんは上流の出で再婚。二人の連れ子がいるが、子供たちは彼に懐いていない。バカンスでヨーロッパ旅行を企画しているが、ある事件が起きて、彼が行けなくなる。彼は3日だけずらして欲しいというが、妻には拒絶される。

 やっと問題が解決して、船に連絡すると、妻は何と元夫と同行していることがわかる。絶望して自殺さえ考える。大恐慌の傷跡が残る時代。だからか暗い話の展開。

 ワイラーらしい人間臭いドラマ展開。決して成功作ではないけど、きちりと見せるところは見せるプロの仕事。

 

 ルパン3世の新作「LUPIN THE ⅢRD THE MOVIE 不死身の血族」。カタカナでなくて英語のタイトル表記が示しているような、妙に気取った映画。舞台になるのは孤島。そこで繰り広げられる戦闘が描かれる。


「ルパン3世 不死身の血族」★☆☆☆☆

 テレビシリーズから好きだったルパンの世界。それほどコアなファンではないので、毎作ではないけど、映画化作品も数多く観ている。その中では一番の駄作だった。

 ルパンの世界で好きなのは、エレガントさがあること。それでいてお茶目。そのバランスが他にはないルパンの魅力。そのシンボルが黄色いフィアット。イタリアンなコケテッシュな世界。

 でも、この作品にはそんなオシャレなルパンの世界がない。血生臭い世界。こんなルパンを求めているファンなんているのだろうか?「鬼滅」とは比較にもならないような小さなシネコンのスクリーン。それでもまばらな観客というのが、答えだと思う。

 栗貫の声もなぜか疲れ気味に聞こえたのは気のせい?不二子も魅力的じゃない。全然セクシーじゃない不二子ってないでしょ。

 宮本輝の「花の降る午後」を読み終えた。1985-86年に新聞連載され、88年に単行本化された作品。今から40年前に書かれた小説なのだけど、古さは感じない。


 舞台になるのは神戸・北野にあるフレンチレストラン「アヴィニョン」。主人公・典子は未亡人。プロローグは夫との最後の旅から始まる、

 30代でガンになり、死期の迫る夫。二人は旅先の思い出に一枚の絵を買う。

 物語は一気に夫の死の4年後に移り、典子は夫が残したレストラン「アヴィニョン」のマダムになっている。

 最初はレストランのことなど、何もわからなった典子。しかし、シェフなどの支えがあって、マダムの役割を果たしている。

 今や、予約の取りにくい人気レストラン。その影には典子の努力と美貌があって、という展開。

 その「アヴィニョン」に波風が立つ。このレストランを買収しようとする勢力が現れる。しかも、それは、かなり危ない筋の人たちで、典子の周りに波乱が起きる。

 毎度ながら、宮本輝のストーリー展開のうまさに唸る。それに、かなり色っぽい話。夫の死後、仕事ひとすじだった主人公の典子は、夫との最後の旅で買った絵の作者と深い関係になる。画家のパトロンになり、彼の子供を産みたいとのぞむ。彼との逢瀬の度に繰り広げられる性描写もなかなか刺激的。

 華やかな舞台に美しいマダムでも、絵空事にならない人間の物語に仕立てる宮本輝の手腕。毎度のことながら、作者の手のひらに乗り物語を楽しんだ。

 タイ映画「おばあちゃんと僕の約束」。主人公はおばあちゃんの孫。大学も中退した彼が日々ゲームで過ごしている。一族で墓参りに行った時に、お婆さんが転び、入院する。母親から「あんたはヒマなんだから、おばあちゃんの面倒を見なさい」と命じられ、おばあちゃんがひとり暮らしをする家へ行く。


「おばあちゃんと僕の約束」★★★★☆

 おばあちゃんを介護する話かと思ったら、なかなかにエグい遺産にまつわる話だった。主人公の家庭はタイでは中流。でも、タイの華僑社会では落ちこぼれ。一族の金は長男が全て相続するのが習わしだから。

 この一家では、おばあちゃんの出身は、そこそこの家庭。(大叔父はそれなりに資産家)しかし、女であるおばあちゃんは資産をもらうことはなかった。年老いた両親の面倒を見ても、何ももらっていない。ガンで寿命を知ったおばあちゃんは、兄にお金の工面をお願いするが「お前にやる金などない」と一蹴される。

 このように、タイの華僑社会の非情な一面が描かれる。主人公も、最初は世話をするのは遺産目的。そうそうに不動産情報をネットにあげて換金しようとする。

 母親の兄弟もお金にはシビア。成功した兄は長男で当然の権利と考える。借金まみれの弟はいつも金の無心ばかり。しかし、それを見かねたおばちゃんは家を弟に残す。それを知った主人公は「おばあちゃんはバカだ」と罵る。

 華僑なので、どこまでも金銭にシビアなのだ。最後は、そんな主人公が、おばあちゃんのためを考えるというのが救い。それにしても、華僑って、ここまで露骨に拝金主義なのだと驚く。

 タイ社会では3%の華僑がタイ経済の90%を握っているといわれている。この映画の主人公はタイ社会の中では恵まれている層なのだ。一見、貧しそうに見えるけど、タイの貧困層はこんなものではないはず。しかし、リアルに貧困層の困窮を描けば、暗い現実を見せるだけになる。お金の話を少しの笑いとハートウォーミングに語れるのは、すこしだけでも余裕のある人たちだから。


 新横綱の大の里が意外な苦戦をしている名古屋場所。明日千秋楽なのに先の見えない展開になっている。今場所の特徴はまだ目新しい力士の奮闘。

 優勝候補の安青錦は、この名古屋場所は幕内3場所目。それなのに前頭筆頭。かずかずのスピード昇進を経て、今場所は優勝候補。ウクライナ出身の大関誕生はもう間違いないところに来ている。それに対抗するのは琴勝峰。幕内10場所目。ここ数場所は前頭10-16枚目をうろちょろしていたのに、今場所は爆発12日目で10勝をあげて優勝候補に。

 新勢力だけでなく、40歳の玉鷲、大関経験者の霧島、高安なども奮闘している。まさに実力伯仲の名古屋場所。他の優勝候補は一山本に熱海富士。

 大の里の相撲に批判があるようだけど、新横綱としての初場所。さらに、もうひとりの横綱、豊昇龍の早々の休場で、ひとり横綱なのだ。少しは大目に見てあげたい。

 どちらにせよ、下位から熱戦の名古屋場所。優勝がだれか、どきどきして見ている。それにしても新しいIGアリーナ、大きい。最大収容人数が1万7000人(国技館は1万1000人)相撲の時は7800席だそうだけど、中継を見ているだけで、大きなと思う。相撲を見るなら、大阪のエディオンがちょうどいい箱の大きさ。駅からの利便性もいい。


 神保町シアターの「戦後80年特集」で観たのは1970年、前田陽一監督の「ああ、軍歌」。主演はフランキー堺。

 フランキーが演じるのは、あやしい旅行業者。かつて兵士だったコネを使い、靖国参拝をする人たちの東京案内をしている。

 ファーストシーンに登場するのが左卜全のおじいさん。東京タワーから覗きをして、さらにはトルコ風呂へご案内。

 今なら完全にアウトな展開で始まる映画はアナーキーというか、ハチャメチャな展開。クライマックスは靖国神社での賽銭泥棒。

 公開された1970年は戦後25年。もちろん、その年には大阪万博が開かれている。東京タワーからは浜松町の高層ビル「貿易センタービル」が見える。(今は解体されて、新しいビルに生まれ変わっている)

  戦後どころではなく、まさに高度成長期。しかし、今から見れば、戦争の影はある。靖国神社が盛況なのは、まだ、遺族たちが老齢化していたとはいえ生きていた。息子を戦地で亡くした親がいた時代なのだ。

 しかし、世の中はどんどん変わっていく。その矛盾をアナーキーに生きる姿が描かれる。

 松竹プログラムピクチャーの喜劇王、前田陽一の傑作との評判だったので、期待したけど、あまりのハチャメチャぶりに引いた。

 フランキー堺、財津一郎、北林谷栄、園佳也子、左卜全、左とん平、大村崑とメンツは揃っているのに、アナーキーなエネルギーだけで笑いは空振り。

 まあ、それが時代。戦後の影が残っているからこそ、逆にアナーキーな展開で笑い飛ばす。それから半世紀以上たち、戦争のリアルさが、まったくない時代にはアナーキーな笑いに距離を感じる。


 映画は大まかなに原作があるものと、オリジナルにわけられる。アメリカのアカデミー賞はキチンとオリジナルは「脚本賞」原作モノは「脚色賞」に分割されている。

 今、宮本輝の「花の降る午後」を読んでいて、この原作が93年に映画化されていることを思い出した。映画は未見なので、なんともいいがたいけど、この原作は映像には向かない。

 物語の構成が複雑だし、登場人物も多い。自分ならどうするか?大胆に、物語の始まりに死んでしまう夫と妻の物語にしたい。物語が始まるまでの物語。小説の前日譚にする。クライマックスは夫の死。ふたりが出会い、先代から引き継いだレストランを盛り立てる。軌道に乗ったところで、ラガーマンで壮健だった夫がガンになる。神戸の老舗レストランを舞台にした夫婦愛の物語。

 こんな脚色したら、宮本輝はカンカンになるかも、だけど、映像化なんて、そのぐらい大胆にいかないと、原作を端折って、なぞるだけになってしまう。

(今まで一番大胆な脚色だなと思ったのは薬師丸ひろ子の「Wの悲劇」。タイトルはそのままで、原作を劇中劇にしてしまい、まったく別の女優の成長話にしてしまった。荒井晴彦の大胆な脚色。小林信彦からはアーウィン・ショーの小説からの盗作と非難された。でも、あの脚色は見事だった。ベストセラー作家だった夏樹先生はお怒りだったと思うけど、それをおさめたのは角川春樹の剛腕だったろう)


 その点、現在大ヒットしている「国宝」は、見事な脚色だった。人物のエッセンスは残して、2時間半にまとめた。これは原作者、吉田修一と監督、李相白の信頼関係があってこその「あうん」の呼吸の成果。

 最近観た脚色映画で感心したのはオダギリジョーが主演した「夏の砂の上」。原作は舞台劇。多分、プロデューサーとしても参加したオダジョーが舞台を観て、映像化を希望したのだろう。映像育ちの彼だからこそ、シンプルな舞台劇を見事な映像作品に仕上げた。

 原作を生かすも殺すも監督、プロデューサーのセンスと力量。時には大胆な脚色をしなければ映像作品としては成功しない。