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映画を中心にエンタメ、旅などを紹介しています。

 文藝春秋の編集者だった半藤一利の「日本史はこんなに面白い」。戦後80年のタイミングで再読してみた。

 

 

 半藤一利がゲストを迎えて歴史トーク。ゲストが多彩。

 

 やはり、話が面白いのは嵐山光三郎。この人、本当に視点がユニーク。嵐山が取り上げるのは松尾芭蕉。

 

 俳諧の巨人、松尾芭蕉の裏の顔をどんどん、容赦なく、剥いで行く。松尾芭蕉が「奥の細道」の旅をしたのは、幕府に地方の実態を知らせるスパイ活動だったというのは聞いたことがあった。

 

 それ以外の、え?と思うようなエピソードが満載。嵐山によれば芭蕉は衆堂(男色)だったそう。旅にお供をする弟子は、だいたいがお手つきだったそうな。

 日本では昔から男子がその道に走ることはさして珍しくなったそう。

 

 それにしても日本の歴史を裏側から、それぞれの視点で見直す対談企画。ゲストの個性は色とりどりで面白い。

(荒俣宏、高橋睦郎、安野光雅、井沢元彦など)

 香港と台湾を舞台にした「鯨の消えた入江」。主人公は香港の売れっ子作家。彼が台湾を訪れて、かつて鯨がいたという入江を探しに行く。台北で出会った青年は「その場所を知っている」いうこと。なんとなく、怪しいと思いながらも、二人は旅する。




「鯨の消えた入江」★★★☆☆

 

 美しい台湾の海の風景、それだけで見どころとしては十分。南部の墾丁(ケンティン)周辺が最終舞台になっている。昔(おおよそ30年ぐらい前)行ったことがあるけど、海はこんなにキレイではなかった記憶。(今はキレイになっているのだろうか?)

 

 物語は青年二人の台湾横断のロードムービー。ふたりの関係はゲイ未満。友人という説明なんだけど、中途半端な設定。それがドラマを平坦にしている。

 

 時系列を超えたドラマという設定はやや無理目。それに今どき、香港でサイン会に人が行列するような人気作家なんているの?と疑問に思う。

 

 全体に少女漫画のBL調。すべてがキレイごとにまとめられている。イケメンふたりをキャスティングしたら大丈夫!な映画。


 そんなイケメンが好きな中年のおばさんグループで、珍しくシネマート新宿は満席に近い盛況ぶりだった。マーケティング的には正解?

 今年も「クレヨンしんちゃん」の新作が登場。「鬼滅」のようなパワーはないが、それでもシネコンはほぼ満席。最近はすっかり夏映画に。


「クレヨンしんちゃん・超華麗!灼熱のカスカベダンサーズ」★★★★☆

 

 あいかわらずのおバカな展開だけど、しんちゃんはこれでいい。それにしても、今回はインドが舞台。いくらなんでも強引な設定。それでも、しんちゃんなら許せるユルさ。

 

 春日部がインドと姉妹都市になって、コンテストで優勝して、しんちゃんたちはインドへ。歌って踊ってのマサラな展開。惜しいのは音楽がもう少しマサラなノリだったら良かったのに。

 

 いいのはキャラ変するゴーちゃん。いつも鼻垂らしのゴーちゃんが、鼻をふさいで強引で強気なキャラになる。しんちゃんに「君は僕の何をしっているの?」というのは、少し考えると、なかなか深みがある。

 友だちでも「この人はこんなキャラ」と決め込んでしまうことはある。でも、本当はそれを重荷に感じているかもしれない。そんな含みのある展開。



 

 

 1980年代音楽は豊潤な時代だった。あらゆるジャンルの音楽がチャートをにぎわせていた時代。

 マイケルもプリンスもマドンナもシンディもいた時代。シナトラだって生きていたのだ。


 そんな時代に美しいあだ花を咲かせていたのがシャーディ。ジャンルをこえた人。ポップファンからジャズ、ロックのファンからジャンルの垣根をこえて愛された人。


 まさに80年代のシンボル。そんなシャーデーの88年発売の3枚目のオリジナルアルバム「ストロンガー・ザン・プライド」を買った。



 1枚目2枚目を買って3枚目を買わなったのは当時シャーディの新譜が出れば、J-WAVEなどでハードローテーションしていたらから。


 アルバムを買わなくても、何度もラジオから「ストロンガー・ザン・プライド」が流れる。それでお腹いっぱいの気分になっていた。

  

 改めて30年弱の時間が過ぎて聴くと、これほどの完全度かと驚く。しなやかなシャーディの歌声、スタイリッシュなアレンジ。ジャズアルバムとしても一流の出来。


 良質なアートは古びない。エバーグリーンなのだ。

 終戦から80年。昭和の時代は西暦との換算が簡単で、昭和の年号に25年を足せばいい。つまり昭和20年、1945年。日本は敗戦した。それは長い戦争の終わりだった。

 

 終戦日を境に日本は180度転換した。その変化についていけない人もいたかもしれないが、多数がその事実を受け入れた。戦争中は口に出して軍部批判などできなかったけど、庶民の多くは戦争の矛盾を感じていたからだ。

 

 その2年後の施行された新しい日本国憲法。それは占領軍だったアメリカの押し付けだったという人がいる一方、不可侵な平和憲法だという人もいる。(GHQは憲法学者など専門家もいれずに、わずか9日で作成)

 

 戦後80年が経ち、日本では憲法改正が1度も行われていない。むしろ、憲法改正を口にすることすら許されない雰囲気。リベラルを気取る人たちは「改正」というだけで極右のような扱いをする。

 

 でも憲法って改正してはいけない絶対不可侵のものなのだろうか。同じ敗戦国のドイツは戦後60回以上も改正を繰り返している。隣の韓国でも6回改正が行われているのだ。

 

 日本で、「憲法擁護」している人は左の人たち。でも、この人たちは、基本、アメリカへのシンパシーがない人たち。それなのにアメリカの作った憲法だけは「ありがたい」と崇めている。安保で反対した人が、アメリカの作った憲法を頑なに守っている図は少し不思議。

 

 よく翻訳調だといわれる現憲法。アメリカさんが考えたので翻訳になったそうだけど、原文ではどんな文章だったのだろうか?(恥ずかしながら、読んだことがない)

 あの終戦、日本はアメリカにオキュパイドされて幸運だった。日本が起こした戦争で負けたのに、戦後、すぐに成長したのは日本。それは日本がアメリカの傘の下にいたから。これは、どんな左翼の人でも否定できないと思うけど。



 インド映画「私たちが光と想うすべて」。2022年のカンヌ国際映画祭でグランプリを獲得した初のインド映画なのだそう。そんな期待を胸に映画館へ。

  

 主人公は女性ふたりの友人。都会のムンバイで暮らしているが、大都会で暮らすのは、なかなかに大変。しかし田舎へは戻りたくない。

 

 現代のインドに生きる女性たちの姿を等身大で描く映画。インドといえば今や大国の仲間入り目前だけど、国の内部は古い慣習にとらわれている。彼女たちはそんな古いしきたりから何とか脱出しようとする。



「私たちが光と想うすべて」★★★☆☆

 

 日常を淡々と描いているのが評価されたのかもしれないけど、ちょっと退屈。彼女たちが何を考えているのが、いまいち伝わらない。

 

 それを読み取れ!ということなのだろうけど、こちらは(映画をタダで見て批評する)批評家ではないので、読み取れといわれても、面倒だなと思ってしまう。

 

 インドの今がわかるかといえば、彼女たちの世界は見えるけど(あまり面白くはない)インド社会は見えてはこない。西欧人には珍しい風俗なんだろうな。インドが好きでしょうがない、という人向けかな?

 菅野美穂、赤楚衛二が主演した「近畿地方のある場所について」。赤楚衛二が演じるのは怪奇現象をまとめたマニア雑誌の編集部員。ある日、編集長が失踪。穴を埋めるため菅野美穂演じるライターに協力を依頼する。

 

「近畿地方のある場所について」★★★☆☆

 

 途中までは結構怖かった。終盤は腰砕け。

 

 ホラーというジャンル、世界中で作られるのは低予算で出来て、固定ファンもいるので収益が見込めるから。

 

 この映画も週末のシネコン、朝の回だったけど、かなりの入りだった。

 

 映画的には菅野美穂、赤楚衛二が出ていなければC級。二人の存在で話にリアリティが出た。特に菅野美穂は良かった。

 

 もっと菅野美穂の悲しみをテーマにすれば、怖くて切ないホラーになったのに。

 今月末に劇場再公開される「グラン・ブルー」。晩夏に観るにはピッタリの海映画。初公開は1988年、今から37年も前。


 この時、リュック・ベッソンは主演のロザンナ・アークエットと共に来日。たまたま機会があって、東京会館で開かれた会見に行った。


(わがままそうで可愛かったロザンナ。隣には、やんちゃなベッソン。二人とも、若くて、これからの明るく未来が待っていそうな勢いがあった。結果は必ずしも、そうはならなかったけど」)


  その会見で一緒に壇上にいたのがエリック・セラだった。はしゃいだ監督と主演女優のとなりで物静かな佇まい。逆に印象的だった。


 「グレート・ブルー」として公開された映画はマニア受けしたけど、ヒットには至らなった。(新宿プラザでは1週間で打ち切り!)


 カルト的な人気を得たのは「グラン・ブルー」としてミニシアターで再公開された時。以降「完全版」なども公開され90年代には名作カルト映画として認識されていった。



 そして、今年の劇場再公開。すごくいいタイミングだと思う。8月末という晩夏の公開というのもいい。


 そのエリック・セラのサントラ盤をディスクユニオンで購入。再公開で観る前に予習(この場合は復習か?)。セラの繊細で美しい旋律。この音楽があって、あの美しい海映画が完成したのだ。




 日本航空の墜落事故から40年。あの夏の悲劇が起こった夕方のことは忘れ難い。真夏、奥深い山中に墜落した日航機。夜になって、機体が行方不明になっていると7時のニュースで伝えられた。金曜日夕刻の大阪行き便は満席。500名以上が犠牲になった。

 

 そんな犠牲者の中にいたのが歌手の坂本九。1961年に「上を向いて歩こう」が全米で大ヒットしたスター歌手。そのヒットを受けて日活で映画化された作品が、坂本九の命日にNHK-BSで放映された。

 

 1962年の作品。当時は曲がヒットすれば、歌謡映画が作られた時代。芸達者な坂本九は主演も兼ねている。



 共演は吉永小百合、浜田光夫、高橋英樹と豪華なメンバー。監督は日活のエース舛田利雄。さすがに舛田利雄だけあって、ありきたりの歌謡映画にはなっていない。


 ファーストシーンは少年鑑別所からの大量脱出から始まる。その仲間が坂本九と浜田光夫。芦田伸介演じる運送屋のオヤジに救われる。


 このオヤジさん、ヤサグれた少年たちに運送の仕事を与えている。その娘に吉永小百合。


 高橋英樹は若いながらも、ヤサグぐれ集団を引き連れる若親分。実は大学を目指している。汚い稼業は、その資金作りという展開。

  

 昭和30年代の、まだ貧しい青年たちの物語。歌謡映画にしては、かなり、不良感度が高い。坂本九も、あの幼い顔とは違い、川崎では、相当やんちゃだったそう。


 その意味でも、坂本九らしさのある映画だったのかも。ラストシーンは新しい国立競技場。まだオリンピック開催前なのだ。


 

 

 イタリア映画「美しい夏」。ヒロインは16歳の女の子。田舎からトリノに出て来て、縫製の仕事をしている。ある夏、一緒に暮らす兄に誘われて、川辺にピクニックへ行く、そこで年上の魅惑的な女性に出会う。美しい彼女はモデルをしているという。


「美しい夏」★★★★☆


 ヒロインが憧れるモデルを演じるのヴァンサン・カッセルとモニカ・ベルテイの娘ディーバ・カッセル。このサラブレッドの女優の魅力に尽きる。


 やっぱりママのモニカの面影がある。彼女、男にとっても、女にとってもファム・ファタールな存在。


 これって文学なら、いかようにでも表現できるけど、実在を見せる映画ではなかなか容易ではない。観客に画面を見せるだけで、絶対的な美を納得させなければいけない。


 映画史上で、それを成し遂げたのは「ベニスに死す」のビヨン・アンデルセン「太陽がいっぱい」のアラン・ドロン。女優では「風と共に去りぬ」のヴィヴィアン・リー「シェルブールの雨傘」のカトリーヌ・ドヌーブぐらい。

 

 カッセルはそれらに匹敵する美しさ。残念なのは、映画そのものは、それほど傑作のレベルではないこと。


 それでもトリノの風景や衣装は美しい。見どころがある映画ではあった。