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내한국 私の大好きな韓国☆

2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분

 韓国とはどんな国か、文化や民族性など図書館から借り漁り本をたくさん読んだ。日本人が書いた本、韓国の人が書いた本、また海外の人からみた韓国など、語学だけではなく多様な方面から情報を得て早く理解したいと願った。ワーホリ経験者のブログを読んで、その人がどうやって準備して、韓国へ住んで、帰国してなにをしているかなど事細かく読んで、質問したりもした。

なぜなら韓国でもし彼と付き合っていくと考えると、依存してしまうとお互いつらくなるので、自分のコミュニティーを見つけ、できるだけ友達を作ろうとするにはどうしたらよいかと思っていた。

 やはり韓国へ行ってみたら何か見つけられると思い、仕事を辞めて職業訓練学校でwebのクリエーターの資格を取る仲間に、とても仲良くしてくれた友人がいた。彼女は無類の努力家で、高卒で仕事に就いたが新しい仕事をするためにこの学校にきたのだが、大学へ行きたいという気持ちがあり、その後台湾の大学へ4年間行き卒業する。

 彼女と南山でタワーに明洞から頂上まで歩いていたとき迷ってしまい、上を見上げればNタワーがそびえたっているのに、なかなかたどり着けない。そこで英語である女性に話かけた。すると彼女はピンヒールなのに一緒に登ってくれるといって、山の真中をつっきり30分で到着した。ほとんど会話もできないまま「Thank you」といってe-mailのアドレスを交換した。

 道を聞いただけなのに親切に一緒に登ってくれた彼女は翌年、偶然?私の家から20分の場所に1年間の留学をしに来たのだ。彼女とはほとんど毎週集まった。知り合いの2人の오빠の家に、彼女の彼と、年下の女の子たち4、5人がいつもいて夕飯を食べに来た、全て韓国の人で日本人は今思うと私だけだったが、みんな日本語が話せるので違和感がなかった。料理をするのは毎回1人のやさしい오빠で、タンスユや、トッポギ、チゲ類、チキン、ガムジャジョン、チヂミなんでも作ってくれた。後で集めるお金も払うが千円か2千円で本当にいいコミュニティーだった。今私ができる料理のほとんどは、彼が作っていたのを見様見真似で作ったものが多い。そこでソジュも飲めるようになり多くのことを教えてもらった。

あの時、南山へケーブルカーで行っていたら出会わなかったソラちゃん、本当に今でも感謝している。彼女はあの時の彼と結婚し息子がいるママになった。不思議な縁だ。



写真* 当時買ったNタワーの絵葉書。今での机のビニールシートの中にある。
내한국
안녕 여로분

 別のsnsで오빠(オッパ)と知り合うことができたのだが韓国に住んでいるため、暫くメールと電話で連絡をとり羽田空港で初めて会うことになる。時代がそうしているのかこんな出会い方や恋愛の形が存在するかわからないが、仕事が忙しいとなかなか恋愛と両立させることも、結婚相手を選ぶことも難しく出会えたことに奇跡さえ感じる時がある。

 彼は5つ年上で、アメリカの会社に勤める水原に住むイケメンとは言い難いが真面目な物静かな感じで、カラオケはうまくないが、韓国語、英語、日本語が堪能な人だった。家族構成は母に仕送りをしている長男でなんだか2回目のくだりのようなきもする。だが好きになってしまったら仕方がない。

 私も韓国へ遊びに行ったとき、1人暮らしの彼の家に泊まったが、ドライブ中、ソウルの母親が住むアパートの下で急に車を止め「会っていく?」と聞かれたとき第1回目のピンチだったが、「今日はいい」と断った。どんな人か会いたい気持ちもあったが、彼の親に韓国語で挨拶もできない私が申し訳ない気持ちがあった。

 彼の友人や会社の上司にも会ってご飯を食べ、カラオケに行き本当にたのしかった。それに日本人とは絶対結婚したらだめだと言っていた同僚にも会い、印象がかわったといわれ会えてよかったと思っていた。日本に帰国し、年も暮れ、ある日彼から電話がかかってきて「韓国で暮らしていく自信はあるのか?」と聞かれた。第2のピンチだった。こればっかりはすぐに答えられる質問ではなかった。なぜなら旅行でいく韓国と、住むのは違うと簡単に想像がつき、韓国語ができないこと、これがすぐに自信があると答えられなかった原因だった。

 彼と韓国で一緒に暮らしていくために、今できることは何か?今後なにをしたらよいか2年間考えて出発にむけていく。自分で韓国語ができるようになって、韓国で生活できるようになれば彼と一緒に暮らしていけると自信がつくと考えあたまでっかちになっていく。。。

写真* つづじ/진달래(チンダッレ) 後につづじという曲を韓国のカラオケ大会で歌う♪
내한국
안녕 여로분!

毎日続けるつもりだが、昨日は日本では恒例のボジョレー解禁だったので会社の先輩4人で飲み放題という初めてのホテルイベントへ参加!目が飛び出るほど高いのだが、お料理もヴッフェでキャビア、ホアグラ、伊勢海老と値段だけある食材が私を壊して帰りが遅かった!

韓国にも行ったことで、とても興味がわき色々な場所にアンテナも張り、韓国の音楽やドラマを通じて、だんだん韓国の人の友達がほしくなった。前の話にもでてきた、その当時はやりのsnsで不思議に出会うことができた。

4個くらい年上のイビョンホン似のIT企業に勤めている真面目な素敵男子だった。私は初めて付き合うことになるが、彼は前にも日本女子と付き合ったことがあるようで面白くなかった。しかし彼の魅力なら当然なのかもしれない。なにしろ日本男子にはないレディファーストと全ておごり、なにしろ優しい、そして歌もうまく、たのしませてくれる言うなればファンタジスタだ。料理もできて、スーパーへ一緒にいくと「えのこ」がないな~といいながらえのこってなんだったかなと思うと「えのき」だった!日本語がかわいいので母性もくすぐられる完全にはまってしまった。きっと日本女子の多くはここでノックダウンだ。彼とデュエットしたいがためにカラオケの女子パーツを猛練習したり、教えてもらった韓国料理をお米のとぎ汁を使いながら作ってみたり、初めて聞く軍隊の話など、よくお月様をみながら2人で色々なことを話して韓国語も教わって楽しかった思い出がある。

当時私は27歳、彼の事が大好きだったので結婚という2文字が浮かび、家族になることの重要さと、大きな役割?の意味を知ることになる。半年から1年過ぎると親へ10万円ほど仕送りをしていると聞いた。ここで初めて不安が募りだす。親が離婚しているため母に仕送りすることは長男の務めで自分が我慢しなければならないことがたくさんあると聞かされた。それだけが理由じゃないといえばうそになるかもしれないが彼とは別れてしまった。ただ後にワーホリ中訪ねに来てくれる。

写真* 初めて彼と行った新大久保のとんちゃん