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내한국 私の大好きな韓国☆

2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분

 何度目かの韓国旅行、金浦空港であの水原の오빠が迎えに来てくれていた。いつも白いシャツで、だんだん薄くなっている73の髪型だけど、笑顔が素敵ないつもの大好きな오빠だった。運転がうまくて、穏やかな오빠は有給を使ってきてくれたので、うれしかった。

 羽田発8時の最終便で行くと、金浦には10時過ぎには到着していた。水原までは1時間半くらいかかるため道中はいろいろな話ができた。まずは오빠が携帯を貸してくれるので、日本の母に到着したと連絡した、本当にやさしい오빠だ。携帯にはかわいい金の豚がついていて、これは오빠のママがくれたものだという。親と仲がいいことはいいことだと思うのでいい家族だと感じていた。そして今回はどこへ行きたい?や、何が食べたい?などの会話と近況を済んだところで大体おうちについてその日は就寝!

 翌日は行きたいとリクエストした、龍仁(ヨンイン)の山でお花畑に連れて行ってもらった。そこは広くてきれいな、だんだん畑になっている森のような山だった。人があまりすくなかったが、すがすがしく日頃の疲れが飛んじゃうくらい素敵なところだった。口数が少ない오빠だが、車に私を詰め込んでから、煙草を吸ってくれる。内心はやめてほしいが、さほど匂いもしないし、寒いから?美肌のため?顔にローションも塗るのでむしろいい香りがした。

 夕飯を作るためEマートへ行き、비요뜨(ビヨットゥ)というヨーグルトや、ほしかったあれこれを買ってもらい、夕食は私がソーヤ(ソーセージ野菜炒め)を作ったのだが、あまりうまくできなかったので微妙な感じで、初めての찜질방(チムジルバン/サウナ)へ連れて行ってもらった。

 とりあえず家を出る前に、チムジルバンの見取り図と、どういうふうに中で会うかところまでをレクチャーしてもらったが、日本でもスパに行ったことがあまりなかったため、まったく想像もつかなかった。すると入口で2人分の14000wonを払うと、タオルと服を貸してもらえる。この子は日本人だから案内してやってほしいと、女性店員さんに頼んでくれた素敵な오빠。彼女のおかげで、中で오빠に会えたのだった。ゴロゴロして、サウナに入り、氷のお部屋も入り、案外ぬるい温泉?にも入り、ゴーゴー鳴り響くおじさんたちと一緒に오빠と熟睡したのが初めてのチムジルバン。

 帰国する前、スーツケースの上に大量のポストイットが置いてあった。오빠にポストイットが置いてあるというと、くれるというのだ。以前今勤めている会社では、経費削減のためポストイットは各自買うものだと愚痴をこぼしていたのを覚えていてくれたのだった。心優しいこの오빠といつまでも一緒にいたいと願う私だった。


 写真* 日本でも売ってほしい150円位の濃厚なヨーグルトビヨットゥ☆

내한국
안녕 여로분

ざっと5年前の話だが、甘い話を思い出してみる。

 あの水原に住んでいる오빠とは、カメラ通話ができるsnsで知り合い、メールや電話を毎日しながら、日本に来てくれたところから付き合い始めた。毎日寝るときは、「横に来て」という오빠(オッパ/彼氏)。本当にキュンキュンしてしまう。年上の方だから失礼だが、初めての対応でうれしかった。

 日本に来てくれた時は、新大久保で焼肉を食べ、カラオケに行き、오빠の聞いたことのない、うまいとは言えない?知らないから?そして一緒に寝た。2泊3日だったので短かったので、本当に離れたくなかった。毎日同じ服を着ていたが、会えたことがうれしくて忘れられない思い出になった。

 彼に会いに初めて韓国へ行ったときは、安国の昌徳宮がある近くのゲストハウスに泊まったのだが、彼が会いに来てくれた。鍾路3街あたりのビニールハウスの屋台(ボジャマジャ)で食べてみたいと言うと、

「どのおばさんがやさしいかな~」と言いながら、何軒か歩きながらある1つのポジャマジャへ入っていった。うなぎの辛いおつまみと食べながら、焼酎(ソジュ)を飲み、暖かいスープ(オデンタン)を食べる。寒いので心から温まりおいしかった☆何時だったかお客さんがその日はさほどいなかったため、イモ(母方の姉妹と店員さんを呼ぶ)が話に加わる。「2人はどこで知り合ったの?」と聞かれて오빠はなんと

「ペンパル」で知り合ったという。

海外の人と、語学を覚えるために手紙を書きながら知り合う的なことだろうか。びっくりぽんだが、朝のトイレは長いが、かわいい오빠で今でもにやけてしまう♪


写真* 仁洞寺で5000wonまけてもらい、買った45000wonのティッシュケース。


내한국
안녕 여로분


今日は本当に寒い。まるで冬だ!十分冬か。。。

 ちょっとわかりにくいblogなので、もう一度説明する。今書いている内容は2010年12月までのことを物語調で話すことになる。経験しがたいことや、信じられない、理解もできないこともあるとは思うが、これが事実なので伝える意義があると思う。そして何回も言って申し訳ないが、ワーキングホリデーで韓国へいったのは2010年12月から2011年11月のことだ。では当時の事を思い出すことにする。

 1番初めに準備することは、パスポートの更新とお金を貯める事だった。私はお金を貯めることができない。一所懸命貯金して26万円だけ用意した。少ないと思うが、1年のVISAで3か月か6か月いられればいいと考えていた。一応3か月分の学費160万wonは日本で送金したのでここには含まれてない。ある理由があって今後1年生活することになる。

 2番目に学校を決める事だと思う。韓国にはソウル市内、地方を含め無数の韓国語の語学堂がある。またいい塾も沢山あり自分がどういうふうに勉強したいかによりわかれてくると思う。私は定評が高く、学費も高いが、集中して勉強したかったので、「延世」を選んだ。

 3番目に大切なことは家だ。2年間韓国情報サイトの「コネスト」や「ソウルナビ」など目を凝らしながらさがし、35万wonで女子だけのコシウォンで、シャワーとトイレが自分の部屋にあるきれいなお部屋を探せた。学校から徒歩15分圏内で、コンビニが近く、駅からも近く、お店がたくさんあって便利なところだった。これはラッキーだったとおもう。管理する人もやさしく面倒見のいい方でこの上なかった。

とりあえずここまで決めていればあとは大使館に申請書を提出するだけだ。ワーキングホリデーの代理店を通せば簡単に済むことだが、いろいろと経験をしたかったので、1つ1つ全て1人でこなしていくのも醍醐味だ。

写真* しんぞうやぶりの坂の上にある延世の語学堂