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내한국 私の大好きな韓国☆

2010/12-2011/11まで韓国でワーキングホリデーを体験し振り返ってみる思い出日記で、3か月の語学堂終了後就職した怒涛の1年間。自分の記憶断捨離のため始めたblogでもある、今だからこそ落ち着いた第三者目線で見れる私が愛した韓国を綴る。

내한국
안녕 여로분

冬本番の12月、
5年前の冬を思い出すと何十年ぶりの寒さで、とりあえずユニクロでロングダウンコートを買った。自ら買った初めてのダウンとともに韓国へいくので荷造りを始める。

何かあった時にTシャツはかなり諜報するだろうと考え1枚、
パンツも3本くらい、
ハイネックも2枚、
下着は5組、
もともと化粧をあまりしないのだが、とりあえずポーチに詰める、
日本代表のおやつ、
母が何故か作ってくれたスワップ用の水引のストラップ10個くらい、
1人だとつまらないと思い取り寄せたゲームボーイ
スノーブーツ、
ハイヒール、
サンダル、
お餞別で頂いたテンピュールのまくら、
先月誕生日祝いで頂いたお財布、
パスポート、
全財産の26万円。

すると母が入ってきて、荷物を出し始める( ゚-゚)( ゚ロ゚)

1年も行かないんだから、夏用はいらない、勉強するんだからゲームもいらない、

と次々に出され、先日上海に行くために買ったスーツケースはすっからかんになった。

この年は1月?か2月にゲイの韓国の7つ下のこと上海待ち合わせで観光をして、

5月に日本の3個下の元同僚の素敵女子と上海万博へいった。しかもあのメタリックグレーのスーツケースは結構高かったにもかかわらず、母は目立つようにと大きなネコちゃんのシールを貼った。今ではそれが目印だ。


1人暮らしをしたことがない30才の独身女子なので、この住み心地のいいおうちと、大事に育ててくれた両親に、依存してしまったところが大きい。今まで家を出て同僚女子とハウスシェアで3度家を出たことはあるが、家具とか、光熱費とか、どうやってすごしたらよいのか本当に不安だった。そして荷物もすくなくなれば不安度があがる。とりあえず、今まで使ったことのない大金をもっているので、これでなにか買えばいいと思いとりあえず荷造りは終わりにする。

写真* いつも羽田から出発していたが、最近リニューアルして素敵な橋ができてた☆

내한국
안녕 여로분

5年前の出来事だが、

 ワーホリ出発まであと24日だが、この2010年11月26日で4年くらい勤めた中国の商社での出勤が終わった。貿易事務だったが、購買や、取引先との交渉や、出張なんでもこいだったため、いい経験ができた。ここまでで日本と中国双方の商社4年、それから韓国の方を対象とした、日本語会話の先生の経験も2年半ほどあった。さすがに中国の会社ではもまれて精神面では強くなったきがする。

 今まで仕事一辺倒で全速力で走り続け、ラストチャンスの30歳で急いでワーキングホリデーのVISAを申請し、31歳で出発する。この2年間悩んできた甲斐があった最後の大勝負と意気込んでいた。大使館の申請もすんなり終わり、しばらくして預けていたパスポートにはVISAという大きなハンコをもらいあとは有給消化で出発準備をするだけだった。

 出発半年前のある朝、会社の前に韓国語という60cmほどの看板が立っていた。気になり電話をしてみるとおじさんが出て、息子が韓国語を教えることをはじめたということで、会ってみた。そこは私が通っていた中国の商社からすぐそばで、旅行代理店だった。息子は池袋の大学生で、夜は彼が韓国語を教えている、エコな会社だった。会うなり息子の海兵隊の制服姿の写真自慢していたが、その息子には会えなかった。

 サンプル授業を受けてみると、1人は韓国の女性先生で、もう1人はその息子だった。女性の先生はとても教えることがうまく、とりあえず1カ月受けてみることにした。週1回、1時間で15,000円。高いようだが個人レッスンなので致し方ない失費だ。

 教科書を提示されたのだが、驚いたことに大学時代に買っただけ?で使わなかった教科書だった。とても古くよくまだ持っていたこの教科書が役に立つとは思いもしなかった。

初めて안녕하세요(こんにちは)という挨拶を書けるようになって、宿題も社会人なのに見開き1ページもあり、週1回なのに大変だった記憶がある。結局5カ月ほど通ったが仕事の関係もあり毎週は行けず通ったという結果に終わったのだが、この2人の先生には色々な韓国の話を聞けて本当に感謝している。

写真* この年の5月に行った上海万博の天気のパビリオン。写真のfileが開かなかったため。すみません。

내한국
안녕 여로분

 あるsnsで韓国料理を公民館でみんなでつくろうというイベントをみつけた。近くの公民館で、私が小学校5年生から今も続けているガールスカウトでつかっているところだったので馴染みがあり、是非いってみようと申し込んだ。

 行ってみると、そこには幅広い年齢層の人たちがたくさんいらっしゃった。料理のイベントなのに男性もたくさん来ていてびっくりした。作る物は主催者の方がすでに決めていて、到着するとグループわけされて、リーダーについて洗ったり、切ったりするので簡単に新しい人と仲良くできた。それに韓国料理がこんなふうにできあがると理解できおもしろかった。当時はクックパットなど料理のサイトを利用したことがなかったため、なかなか料理のレシピを知ったりすることがむずかしかった。料理の本をみて作っても失敗してしまうことがあったが、実際に一緒につくるとコツがわかり案外すんなりできることもあった。

 そこである大学生の年下の男の子と仲良くなる。彼は日本語が大変上手で、難しい文章も読めた。自国の文化を好きになってくれる人に出会うと、自分も改めて日本が素晴らしいということに気づくことがあり素晴らしい機会だった。彼は何度かイベントであったのだが、しばらくして韓国へ帰国してしまった。韓国語を勉強するために、韓国へワーホリでいってみたいと相談すると彼は自分の大学の後輩の女の子を私に紹介してくれた。

彼女の名前はグッカ、国語力に長けていて、私が聞くほとんどのことを教えてくれた。わからないことがあっても、宿題にして次回おしえてくれるすばらしい先生だった。週に1度ミスドで会い、1時間位勉強し、少ないが2000円を渡していた、ミニテストも考えてきてくれ、韓国へ行く前に少しの会話と、単語力を身に着けさしてくれたのは彼女の支えが大きい。当時は自分の事が精いっぱいで、彼女を自宅に招くこともせず、日本の文化を味あわせてあげることができなかったことが今では後悔になっている。今でも連絡を取る間柄なのでいつか自宅に招きたいと思っている、今日この頃だ。



写真* 黄色と白い錦糸卵を作り上にのせる!チャプチェは家庭の味。