私は

教職に就いています。


昨年度は、担任として1クラス35名を

受け持っていました。


3学期は

学年末ということもあり

すごく忙しく

2月、3月は

精神的にも、体力的にも

とても大変でした。



連日の残業、

帰宅後の家事、

持ち帰りの仕事。


だんなさんも

彼なりに一生懸命協力してくれました。


それでも

切迫流産のため、自宅安静ということで

2月、1ヶ月お休みさせていただきました。


保護者にも事情を話さなくてはならなくなりました。


3月、1年の締めくくりは

なんとしても自分の手でと思い、

気持ちを奮い立たせて

復帰しました。


結果的に復帰した直後くらいに

赤ちゃんの心臓が止まったみたいです。


好きな仕事だからこそ

やってくることができた。

今、その仕事を受け入れられない

自分がいます。


仕事をしていなかったら

赤ちゃんは

産まれてくることができたのかな・・・・。

と思ってしまうこともあります。



ですが・・・

予定では、今年度も担任として

働く予定です。

6月になるか、9月になるか未定です。

本当なら産休に入るあたりに

復帰する・・・。


きっと、子どもたちから

「赤ちゃんは・・・?」

と声もあるだろうな・・・・。

保護者にはどんな顔で会えばいいのかな・・・・。


考え始めると

不安でいっぱいになります。


そして、そんな自分が大切な子どもたちを

預かっていいのか・・・。


でも、前に進みたい。


1日も早く、心もからだも元気になりたいと

思っています。
















妊娠がわかったのは1月7日でした。

そして、自分で実感できた期間はほんの2ヶ月半。


本当に短い時間でした。

なぜ、産まれてくることができなかったのか

産まれてきたくなかったのか

初めから産まれることはできないと決まっていたのか

いろんなことを考えました。


その2ヶ月の間

切迫流産で自宅安静になったり

つわりがひどくて大変だったり

といろいろありましたが

本当に幸せでした。


妊娠できた!という喜び

自分が妊娠できるということを教えてくれたました。


長いのか短いのかよくわからないけれど


だんなさんと二人、

いや、だんなさんと赤ちゃんと三人で

本当に幸せな日々でした。


また・・・

今度こそは・・・・

だんなさんに、周りの人に、


つらい思いをさせてしまった分


元気な赤ちゃんを産んで


幸せにしてあげたい。


そう思うことが、なんだか罪のように思えて

少し自己嫌悪に陥ります。


赤ちゃんを産むことが

目的なのか・・・


幸せになるための

道具のように聞こえるかもしれません。



でも、やっぱり

二人の赤ちゃんを・・・・

と思います。



でも、時間が必要です。


すごく焦るし、時間が長く感じます。


やっと、今日

退院後、初めての診察に出かけます。















子宮内胎児死亡

と言われたのは

妊婦検診の日でした。


全く予想もせず、

むしろ「大きくなってるかな?」と期待していたくらい。


天国から地獄へと突き落とされたような出来事でした。


夢の中を彷徨うように

病院から自宅に戻り、

不安と悲しみの中、泣きまくって


その後、PCで検索しました。

赤ちゃんは助かるのか、子宮内胎児死亡とは、

どのような処置をするのか   など・・・・。


その日から今日まで

いろいろなサイトにおじゃまして

少しずつ流産や死産について知ることができました。


不妊治療の末、やっと授かった赤ちゃん。

16週という安定期に入って流産してしまった悲しさ、

自分の気がつかないうちに、

突然、急に、

赤ちゃんがいなくなってしまった悲しさ

これ以上の悲しみはないだろうと思っていました。


でも、もっとつらい経験をされた方もいるということも

知りました。


初期流産だからとか、後期流産だからとか

2回目だからとか

状況はいろいろありますが

どんな状況であろうと

大切な子どもを亡くしてしまう悲しみに

違いはないということを知りました。












結婚したら

妊娠すると思っていました。


妊娠したら

出産できるものだと思っていました。


職業柄、子どもたちと接することが多く

今になって改めて思うのは

あの子たちは本当に奇跡なんだということ。


本当にかけがえのない命だということ。


そんなことは当たり前で

自分でもわかっていました。


だけど、以前の漠然としたものではなく

今ははっきりとわかったように思います。


こんなつらい思いを経験して

改めて気がつく自分の未熟さです。


今はその奇跡の子たちと

どう向き合うか・・・・。

どう向き合えばよいのか・・・・。

その勇気がありません。


いつかは

私だからこそ伝えられる

命の大切さや人に対する思いを

伝えられたらいいなと思っています。












私のお腹の中で亡くなってしまった赤ちゃん、


名前は考えていませんでした。


男の子ということはわかりましたが、

それでもまだ名前を考えていません。


心の中で呼ぶときも

「赤ちゃん」と呼んでいます。


よく流産や死産で赤ちゃんを亡くされた方で

きちんと名前をつけて、天国に返しているお話を

いろいろなサイトで見かけました。


死んでしまった赤ちゃんにも

ちゃんと名前をつけてあげる方がいいのかもしれません。


というかつけてあげるべきなのだと思います。


でも、なんだか名前をつけることができずにいます。


名前をつけるということが

つらいのかも知れません。





退院して、どうするか話し合いました。

しばらくは安静にということで

家事のこともあるし、

私にとって

どこにいて、どうすることが


一番落ち着いて過ごせるのか

母とだんなさんが一緒に考えてくれました。


私はいろいろな事情(また、後日お話します)や

だんなさんと一緒にいたいということで

実家には帰らず、自分たちの家で過ごす事に決めました。


というものの、翌日からだんなさんは仕事に戻り、

母は、毎日仕事終わりにうちに来て、

夕食と翌日の昼食を作ってくれました。


日中は一人で、ただ体の回復を待つだけ。


それがいいのか、悪いのか

自分がどうしたらいいのかわからず


夜はあまり眠れませんでした。


夜になると悲しく、不安になる。

涙が自然にでできてしまう。


だんなさんにムチャを言って困らせる。


そんな自分がイヤになる。


そんな日が続きました。


だんなさんは心配して、私の実家に行っては

母に相談してくれていたようです。


そんな日は母が日中に様子を見に来てくれたり

体を少しずつ動かせるように一緒に部屋を片付けてくれたりしながら


少しずつ心も体も回復していっているように思います。









亡くなってしまった赤ちゃんと一緒に退院、

すぐにお寺へ向かいました。


お寺には父、母、義母、そしてだんなさんと私の

5人で行きました。


小さな箱を抱えて・・・・。

お母さんが

「だっこさせて・・・。」

と言って、初めての孫をだっこしてくれました。

「お父さんもしてあげる?」と言って、お父さんもしてくれました。


二人の初孫だね。

でも、こんなつらい想いをみんなにさせてしまっているという

申し訳ない気持ちでいっぱいになりました。


お寺からすぐ火葬場に行きました。

棺と一緒に

妊娠してから今までのエコーや思い出を書き綴ったアルバム

そろそろ名前を考えようとかった本

なども一緒に入れてもらいました。


小さくてお骨もなにも残らないということで

手をあわせ、その場をあとにしました。




赤ちゃんを埋葬する日と同時に退院の日が決まりました。


12週を過ぎた胎児は

死産届を市役所に提出し、埋葬許可書を取らなければならないこと


供養を業者さんに依頼するか、自分でするか


必要なものなど・・・・いろいろ説明を受けました。


同室にいらっしゃった私と同じような境遇の方は業者さんに依頼していました。


どうしたらいいんだろう・・・・父も母も義父も義母もみんな

私たち二人のしたい方法でと言ってくれましたが、すごく悩みました。


でも自分たちでできることをしてあげたいと思いました。


結局、だんなさんが一人、すべての準備に動き回ってくれました。


市役所に死産届を提出し、埋葬許可書を取る

赤ちゃんの棺になるような箱

それを包む白い布

赤ちゃんに着せてあげる産着

お花

棺の中に入れる綿やタオル   などを用意する


本当につらかったと思います。


棺になるような箱はなかなか見つからず

義母が探してくれました。

ふつう、お菓子の箱などでするみたいですが

だんなさんがそんなのはかわいそうだと言いました。

私も同じ意見でした。


白い布もあまり売っておらず

近くの葬儀場に行って、事情を話したら無料で頂けたそうです。


産着もできるだけ小さいものを探してきてくれました。


あとは折り紙で鶴を折って入れました。

天国に逝っても寂しくないように

私とだんなさんの写真を入れました。


そして、産んであげることができなかった赤ちゃんに

手紙を書いて入れました。


ごめんね、赤ちゃん。








































つらい分娩を終え、部屋に戻るとだんなさんがいました。

「よくがんばったな」と言いました。


涙がいっぱいでてきました。

出血が多くて、気分が悪く、すぐベットに横になりました。


「赤ちゃんに会えるよ」と言うと

「うん」とうなづいてしばらく時間が過ぎました。


30分くらいして、看護師さんに

「赤ちゃんに会えますか」と言うと

看護師さんが小さなトレーに入れてきてくれました。


12センチ。

本当に小さな小さな赤ちゃんだけれど

目も耳も鼻も口もきれいで

手も足にもちいさな指がちゃんとありました。


その後は

悲しむ余裕もないくらい

供養をどうするか、埋葬をどうするか

バタバタとしました。
























赤ちゃんが亡くなってから

考えることは

もっとこうしていたら・・とか

あの病院でなければ・・とか

仕事をしていなければ・・とか

自分のせいや周りのせいやいろんなことを

考えてしまいます。


そして、そんな自分がいやになっての繰り返し。


どうしてみんな普通に妊娠して、元気な赤ちゃんを産んでいるのに

私の何がいけないのか・・・。


私のいけないところ。

いっぱいある。


きっと赤ちゃんは何か教えてくれている。

というか、この赤ちゃんの死を

無意味にしたくないという思い。


だけど・・・・でも・・・・


いろいろな本に

よくつらい経験こそ、自分を成長させるとか

神様が与えてくれた試練とか

人生を前向きに捉えて、歩こうと

書いてあります。


素直に受け止められず、

赤ちゃんが死ななければならなかった理由なんて

見つからない。

受け入れられない。


ただ、今思うのは

天国で見守ってくれている赤ちゃんに

お母さん頑張ってるよと

胸を張って言えるようになりたい。