だんなさんと

ごはんを食べに行って

誕生日ケーキを買って


赤ちゃんにお供えする

お花を買って帰りました。


夜、寝るときに

だんなさんと話をしました。


「赤ちゃんの名前、どうする?

 やっぱり、この世に生まれてはこれなかったけど

 生きてはいたわけで・・・・

 供養してあげるときにも

 名前を呼んであげたい。」


と言いました。

やっと、言えました。


というか・・・やっと赤ちゃんの死に向き合えたように

思います。


亡くなってしまった赤ちゃんに

名前を付ける。

こんなつらいことはできればしたくないと

逃げていたのかもしれません。


だんなさんが

「まえに二人で話していた


  :はる:


っていう名前はどう?」


ということで

二人の赤ちゃんの名前は

はるくんになりました。


漢字はまだですが

なんだか少しほっとしました。


はるくん、お母さんは元気になるよ

はるくんのために・・・。











昨日は久しぶりに外出しました。


だんなさんの誕生日をお祝いするために

前から欲しがっていた

新しいケイタイを買いに行きました。


機種変更の待ち時間、

本屋さんによって

ついに

『誕生死』の本を

手にしました。


同じように流産・死産・新生児死で

子どもを亡くした方々の

体験談が書かれています。


自分だけではないと思うと

自然と心が楽になる。


みんな、いっしょうけんめい

前に進もうとしている

進んでいる


私は・・・・・

正直、前に比べたら

涙が出ることも

少なくなりました。


夜、不安になることも

少なくなりました。



「誕生死」の本を

冷静に読むことができました。



ただ、ときどき

「なんでこんなことになったの??」

と叫びたくなったり

「赤ちゃん、もどってきて!!」

といてもたってもいられなくなる瞬間が

あります。













流産してからというもの・・・


なんだか

自分がみじめな気がして


同情されている・・・

いや、同情じゃないか・・・

私のことを

心配してくれているんだ・・・


ってわかっているんだけど


家族にしか会いたくない


でも、改めて

周りにも

知らなかったけれど

流産を経験している人が

たくさんいるということに

驚きました


どの人も

今は元気なお子さんに恵まれて

幸せそうです


どうやって乗り越えたのかな

一言

「大丈夫よ」

と言われるけれど


そのときから

今まで

どう過ごしてきたのかな


わたしもそんなふうに

言える日がくるのかな・・・。














不妊治療についてお話したいと思います。


結婚して1年たっても妊娠できず

後から結婚した友だちに

追い越され・・・。


なんでできないのかな


いや、その前から

自分は妊娠できないのではないかと

なんとなく思っていました。


だけど、不妊治療で

病院へ行く決心をするまで

時間がかかりました。


なんだか後ろめたい思いがして

誰にも言えませんでした。


なので、不妊治療に通いながらも

ひたすら隠していました。


父母や義父母には

心配をかけると思い、余計に言えませんでした。


タイミングから初めて、

仕事を理由に不定期に通院しながら

1年が経ちました。


というか、

治療に通うのは精神的にきついから

不定期だったのかも・・・。

(妊婦を見る、注射に通う・・・など)


そしてAIHにふみきったわけですが


AIHに対してはなんの抵抗もなくというか

もっと早くすればよかったと思ったくらいです。


昨年の7月、8月・・・・そして12月の3回

(9月から11月は仕事が忙しすぎたので通院できませんでした)


だんなさんもすごく協力的で

AIHには必ず一緒に病院へ行ってくれて


その後にある3日おきの注射も

夕食後、車を運転して連れて行ってくれました。


二人とも仕事をしながらの通院

でも、赤ちゃんを授かることができるのなら・・・と

一緒にがんばることができました。


そして昨年12月におこなったAIHで

妊娠にいたったわけです。


なので、

1日も早く

赤ちゃんをと願う私は

次回もAIHを希望します。


もちろん、そればかりに頼るわけではないのですが・・・。


あと、自分でできること


・葉酸のサプリ(流産防止にもなる)

・養命酒(冷え性体質なので)

・体を温める食事

・生姜カルピス(カルピスに生姜のすりおろしを入れる)

・骨盤体操

・半身浴


今はこれだけです・・・。













今日は

だんなさんの誕生日です。


こんな誕生日に


なるとは

思わなかったけれど


この世の中で

かけがえのない人です。


今は二人ぼっち。


一生懸命、もがいて、苦しんで

これ以上のどん底は

ないだろうと思います。


昨日、間下このみさんの記事を

あるサイトでみつけました。


今の私と同じような経験をされ、

ご主人と毎日もがいていたとき

1日の終わりに

小さないいこと報告会を

二人でしたそうです。


振り返らず、前に進む

毎日の中で

ささいないいこと、幸せを見つける


その積み重ね

幸せになりたい


本当に

この人を

幸せにしたいと

心から

思います。


来年の今日には

二人の赤ちゃんと

一緒に

お祝いしたいと

思っています。






明日はだんなさんの誕生日です。


こんな誕生日になってしまったこと

・・・・本当に申し訳なく思います。


・・・しなければ、

・・・していれば、と振り返るばかりです。


そして

私と結婚しなければ・・・・と。


こうなれば

もう、どんどんマイナス方向に進んでいきます。


なんで

私たちだけ・・・。


一生懸命、治療して

やっと授かったのに・・・。


どうして

こんなつらい思いばかりするのかな。


何か悪いことしたかな・・・。


いいかげんなことばかり

してたからかな・・・。


抜け出せないマイナスの渦の中に。


そして、どうやっても

変えられない現実にぶつかって

だんなさんも私も苦しんでいるのです。


1日中、家にこもっている私に比べると

社会生活(仕事)に戻り、

いろいろな人に接する機会の多いだんなさんは

特に。


流産のことを知らない知人に会えば

「赤ちゃん、ダメだったんです・・・」

と告げなければならず、


「いつまでもくよくよしてても仕方がないよ」

「次のことを考えたらいい」

と励まされる。



変えられない現実を

再認識させられる。


私はその現実から

逃げている・・・。


だんなさんに

何をしてあげたらいいだろう。

何をしてあげられるだろう。


前向きに生きる

二人で、荷物を背負い

歩いていく。
























このブログに戻ってきたのは



自分が何をしたらいいか

わからず


とにかく何かしなければ


毎日、

どこかに、

自分の気持ちを整理して

吐き出さなければ


自分でも乗り越えられそうにないと

思ったからです。


流産を経験するまえも


不妊ということで

そのときの私なりに

悩んでいたと思います。

生理がくるたびに落ち込んで・・・。

妊娠できるかどうか不安で・・・・。


でも、そのときの記事を読むと


あの日に戻りたい・・・

ときもあります。


けれど

亡くなった赤ちゃんのことを考えると

短い時間だったけれど、妊娠の喜びを

味わうことができたんだ・・・


つらいことばかりではなかったんだ・・・

と思い直します。


どんな悩みや悲しみであっても


人、それぞれ

つらいことには変わりない。


今は、自分のつらさを抱えるだけで

いっぱいだけど


人の気持ちに寄り添える

人になりたい。


ブログを見てくださっている方

ありがとうございます。


























今、私にできること

それが何か・・・


だんなさんはと

次の妊娠に向けて

以前のように元気になってくれれば

それで十分と言います。


母も

今まで忙しかった分

与えられた時間だから

したかったことをしたらいいよ

と言ってくれました。



その両方とも

・・・・つらい。


次の妊娠・・・・

まだ2週間

今できることって、何?


したいこと・・・・

今さら時間を与えられても

・・・もっと、妊娠がわかってから

心から喜んで、ゆったり赤ちゃんのこと考えたり

したかった。

妊娠ライフをもっと楽しみたかった・・・。

今さら、したいことなんてみつからない。


明日、あさって・・・

と毎日どう過ごしたらよいか

考えると


時間の長さに

押しつぶされそうになります。









ひさびさに

夫婦ふたりで

いろいろと話しました。


些細なだんなさんの一言で

私が不安になりました。


日常生活で涙がでてくることはなくなりましたが

3日に1回くらい

どうしようもなく不安になったり

涙がとまらなくなったりします。


だんなさんもわたしも

表現することがヘタで


困っていても

周囲に伝えたりできず、

つらくてもさびしくても

それを隠してしまう性格です。


心の中で思っていることを

素直に表現できないのです。



不妊治療のこと、AIHのこと

仕事のこと          など

夫婦だけでなんとかしていました。

結局はなんとかできなかった。


流産後、付き添ってもらうこともあり、

母にはこれまでのことを

話しました。


母は

「つらいときに力になってあげられなくてごめんね」

と言いました。


そして

「言ってくれれば、何だってしてあげたし、してあげるよ」

「夫婦二人のことに口をだしたり、お母さんが入り込みすぎるのは

よくないって思ってたから・・・」


言葉に出さなくても

わかる部分はありますが


そのせいで

気持ちがすれ違うこともあります。


今回のことで

この自分の性格が本当に

イヤになりました。


一言、助けてと誰かに

言えてたら・・・・。



とりあえず、できるだけ

だんなさんと母にだけでも

ちゃんと思ったことを

伝えることにしました。



退院後、初めて病院へ行きました。


予想どおりの待ち時間、

当然ながら赤ちゃんや妊婦さんもいて

早く終わってほしい思いでいっぱいでした。


母が付き添ってくれ

なんとか涙も出ず、無事終わりました。


子宮も異常なく、回復に向かっているということ


血液検査の結果、習慣流産の因子がなかったということ

それでも、1回の妊娠では判断しにくいということ


を医師から告げられました。


そして、今後のことを相談しました。


この病院では、不妊治療ができないので

今後どうするべきか、この2週間いろいろと考えました。


だんなさんや母とも相談しました。


病院に行って、1日も早く不妊治療を再開したいという

気持ちに変わりはありませんでした。


1.今まで不妊治療に通っていた病院に行く

2.妊娠がわかってから妊婦検診に行っていた病院に行く

3.別の病院に行く


その3つの選択肢で悩んでいました。


私たち夫婦の不妊の原因は

1.の病院でははっきりしませんでした。


卵管造影検査や精子の運動率などいろいろ調べましたが、

医師からはっきりとした原因は告げられませんでした。

そして、1日もはやく赤ちゃんがほしいということで

AIHをおこなったわけですが・・・。


2.の病院は住んでいる場所から近く

妹(妊娠中)も通っており、出産予定日が近かったので

妊娠がわかってから通っていました。

この病院でも不妊治療はできます。

でも、今、この病院に再び通う気持ちにはなれず・・・。

近くを通るだけで、あの日のことを思い出さずにはいられないのです。


3.はいろいろと自分なりに調べて

家から車で1時間弱かかる大きな病院で

不妊外来や不育症、習慣流産などに力を入れており

周産期医療センターのある病院です。


いろいろ悩んだ結果、3.の病院へ行くことに決めました。

そのことを今日、医師にも相談しました。


私の思いに沿ったいい病院だということ

そして、行くのであれば紹介状を出しますということでした。


なので、5月の連休が終わったころに

受診したいと思っています。


順調に回復していれば、1回目の生理がきているはず・・・


そして、連休には

亡くなった赤ちゃんの供養のため

だんなさんと二人で

四国霊場八十八カ所巡礼をする予定です。


ということで、そのころになれば

少しは自分の気持ちも落ち着いているのではないか

と思っているのです。