小澤征爾さん、世界に愛されるスーパー国際人そのワケとは
小澤征爾さん死去のニュースが先週世界を駆け巡りましたね。世界のオーケストラや音楽家のコメントを読んで、大変僭越ながら、小澤さんが偉大なるスーパー国際人でいらしたことを再認識しました。小澤征爾さんといえば、ボストン交響楽団。29年も音楽監督を務めていらっしゃいましたね。私もニューヨークにいたとき、タングルウッド音楽祭で小澤征爾さんの演奏に触れた機会があり、かけがえのない時間でした!タングルウッドは、野外音楽施設で、芝生に寝っ転がりながら音楽を聴くことができるとても素敵な場所。ボストン交響楽団が毎年夏に音楽祭をしています。小澤征爾さんの音楽については私が語るところではないので差し控えますがボストン交響楽団のウェブサイトに掲載されていた小澤征爾さんへの追悼文を読んで、いかに愛されていたか、いかに偉大だったかが改めてわかりました。世界的チェリストのヨーヨー・マさんの小澤征爾さん追悼インタビュー動画の中でこの表現が印象的でした。”He paved the way, in many ways, for Asian musicians. ”ちなみに私、このpave the wayという英語表現がすごく好きなのですが熟語で”道を切り開く”という意味です。pave というのはもともと”道を舗装する”という意味なので、道を舗装していって、後ろの人もあとから通れるようにする、というニュアンスで道を切り開く、新しいことにチャレンジするパイオニア的な意味になるのですよね。話がそれましたが^^元に戻すとヨーヨー・マさんは、小澤征爾さんのことをアジア人音楽家の道を切り開いてくれたと表現しています。ヨーヨー・マさんがこう語るのですから、すごい^^また、インタビュー動画の中で、ヨーヨー・マさんご自身が、40年前演奏会で演奏を始めたころ、演奏会のあと記者から受けるインタビューの中で、当時必ずといってもいいほど聞かれることがあった、とおっしゃっていました。それは"How can someone like you understand our music?"(あなたのような人(アジア人)に、よく私たち(西洋)の音楽を理解することができますね。)だったのだそうです。”自分でもそうだったのだから、さらに世代も違う小澤征爾さんの頃を考えてみてほしい”とヨーヨー・マさんはおっしゃっています。ちなみにヨーヨー・マさんは、中国人のご両親の元パリで生まれ、7歳からニューヨークに住んでいる中国系アメリカ人。英語もネイティブです。そんな彼でもそういわれてしまうのですから、小澤征爾さんの苦労は計り知れませんし、それにも関わらずここまで世界から愛されるようになるということは、想像を超える音楽性とお人柄があったのだなと想像します。小澤征爾さんは中国で生まれ、初めて海外(パリ)へ渡ったのは23歳のとき。その後アメリカにわたり、N響とのトラブル後、再度アメリカにわたって仕事をされましたが、このころも英語がよくわからなかったくだりが、日経新聞の「私の履歴書」(2014年)に書かれています。やはり、いつもお伝えしているように、世界から愛されるスーパー国際人になるには、最初に英語ありき、ではありませんね。また、N響にボイコットされたときのお父さんの言葉が忘れられない、と「私の履歴書」で振り返っていらっしゃいました。その言葉とは”人殺しと盗みをしない限り、おまえは俺の息子だ。それ以外のことだったら何でもやれ。最後には俺が骨を拾ってやる。”(引用:日経新聞「私の履歴書」小澤征爾(22)責任感 2014年1月23日)これを読んで、お父さまからの絶対的愛、信じる気持ちがあったからこそ、小澤征爾さんがあったのだなと思いました。最後に、再びヨーヨー・マさんの追悼インタビューからの引用です。小澤征爾さんがどんな方だったかを一言でいうと"He is a kind, caring human being."とおっしゃっていたのが印象的でした。様々な追悼文の中で、音楽的なことだけでなく、小澤さんのこのお人柄に触れるコメントがたくさんありました。たぐいまれな才能を持ち偉大な音楽家であられたことはもちろん、お人柄がしのばれます。スーパー国際人を目指すにあたり、磨くべきはやはり人間力ですね。大変僭越ながらこれからのお子さんたちそして私たちが目指したいスーパー国際人の頂点の方として、これからもロールモデルにさせていただきたいと思いました。ボストン交響楽団の小澤征爾さん追悼ページはこちら。ヨーヨーマさんの追悼インタビュー動画もこちらにあります:A Tribute to Seiji OzawaWith great sorrow, the Boston Symphony Orchestra announces the death of its beloved Music Director Laureate, Seiji Ozawa.www.bso.org