アメリカのフォーク・シンガーの「ジョーン・バエズ」、「ブラザーズ・フォア」、「ピーター・ポール&マリー」、「ボブ・ディラン」などが、日本の「フォーク」のルーツだと思う。日本の若者は、彼らの音楽をコピーし、ギターの奏法や歌唱法を勉強していったのだろう。そして、日本でもだんだんと、自分で作詞・作曲しアコースティック・ギターを弾きながら自分で歌うというスタイルが定着してゆく。「シンガーソングライター」という言葉が「フォーク」の代名詞のようになった。1960年代後半に「フォーク・クルセイダーズ」がデビューし、「帰って来たヨッパライ」が日本中にセンセーションを巻き起こした 。また、「高石ともや」が「受験生ブルース」を発表する。その後「フォーク」は日本の音楽史に一時代を築いてゆく。

第一楽章の途中から、トランペットなどの3連音符に乗せて、オーケストラが朗々とメロディーを鳴り響かせるところがある。これは、大変印象的なフレーズで、ベートーベンの作曲ではないのだけれど、さしむき、「ヴァイオリン協奏曲」版の「皇帝」といった趣がある。この第一楽章の最後の箇所も気に入っている。ソロ・ヴァイオリンがオーケストラのヴァイオリンと一緒に同じメロディーを弾く所がある。もちろんあいだあいだで、ソロ・ヴァイオリンが別の動きをするのだが、見ていて、いかにも「協奏曲」という感じが、よく伝わってくる。自分が好きだというのもあるが、数ある「ヴァイオリン協奏曲」の中でも、聞く機会の多い作品だ。

中学一年の時から吹奏楽を始め、僕が最初に買ったレコードが、ヘルベルト・フォン・カラヤン指揮ベルリン・フィルハーモニー管弦楽団のチャイコフスキー作曲「交響曲第六番(悲愴)」だった。それからは、主要な交響曲や管弦楽曲は、ほとんどがカラヤン指揮ベルリン・フィルのレコードというのが続いた。そのうちに、ベルリン・フィルの首席オーボエ奏者の「ローター・コッホ」のオーボエの音に、魅了されるようになった。それ以来、テレビ、レコード、コンサートなどで聞くベルリン・フィル意外のオーケストラで、「ローター・コッホ」の音を探し求めたが、見つけることはかなわなかった。ウィーン・フィルも独自の楽器(ウィナ・オーボエ)を使っていて、楽器自体が違っていた。しかし、1973年に初来日した、当時まだ東ドイツの「ドレスデン国立歌劇場管弦楽団(シュターツカペレ・ドレスデン)」の生演奏を聞いた時、「ローター・コッホ」の音がするオーボエの音を聞いたのだ(探し求めて六年かかった)。この時は本当に感動した(オケも最高の音をしていた)。今も僕は、「ローター・コッホ」の音を想像しながら色んなオーボエの演奏を聞ている。