前回の「N響アワー」は、ベートーベンの「ヴァイオリン協奏曲」だった。指揮はチョン・ミョンフンで、ヴァイオリン独奏はジュリアン・ラクリンだった。この作品は以前はよく聞いたものだが、今回久しぶりに通して聞いた。司会の西村氏が、この作品は、後世の「ヴァイオリン協奏曲」や「チェロ協奏曲」などの指針になったいると述べていたが、「なるほどな。」と納得した。チョン・ミョンフンの指揮は、いつも通り説得力があり魂を掘り下げるものだった。ヴァイオリン独奏のジュリアン・ラクリンは、良かった。彼はリトアニア出身で、家族がオーストリアに移住し、ウィーン音楽院に入学したとのことだ。今回のジュリアン・ラクリンの演奏は、今まで聞いたことのないような独創的なものだった。特に第一楽章のカデンツァでそう感じた。ウィーンの自由な雰囲気で学んだ事が、彼に大きな影響を与えているのかもしれない。
イ・ムジチ合奏団は、1952年にローマの聖チェチーリア音楽院の卒業生12名が集まって結成された。僕の持っているレコードは、1960年に新しくステレオ録音されたもので、ヴァイオリン独奏は、「フェリックス・アーヨ」だ。当時日本で大反響をまきおこしたアルバムだ。いずれにしてもイ・ムジチ合奏団の「四季」は、日本のバロック音楽ブームの火付け役となったと言える。このアルバムの合奏は、大変みずみずしく、「フェリックス・アーヨ」のヴァイオリン独奏も素晴らしい。「四季」の中の曲は、どの曲も楽しめるが、僕は特に「冬」が気に入っている。第一楽章の冒頭の部分は、僕は、雪がしんしんと降っている情景を想像してしまう。胸が締め付けられて、切なくなってくる。第二楽章のヴァイオリン・ソロは、その後、コンサート以外でも至る所で耳にした。ヴィヴァルディの「四季」は、文 字通り四季の豊かな日本に住む我々にとっては、より親しみを感じる作品だと思う。
ウィキペディアがうまくまとめていたので、それを参考にしながら書いてみる。「ニューミュージック」は、「フォーク」をルーツにしているが、「フォーク」に比べると、メッセージ性や社会性が薄れ、より楽曲を重視し、編曲家やスタジオ・ミュージシャンが主体となり、複雑な音楽を作るようになってきた状況から生まれた言葉だということになる。しかし、あくまで「シンガーソングライター」というコンセプトは、変わらない。「ユーミン」などは、そのいい例ではないかと僕は思う。「シンガーソングライター」がアコースティック・ギターを持って自分の歌を一人で歌ったり、 もしくは、ウッド・ベースやアコースチック・ギターを増やしグループで歌う「フォーク」から、編曲者が介して、洗練された編曲のもとに編成されたバック・バンドで、「シンガーソングライター」が歌う時代へと変遷していったのだ。