熊本市北区植木町今藤に所在する

げんば塚古墳です。

文化財の指定は受けていません。

 

 説明板によると、台地の先端に立地する直径約27m、高さ約7mの円墳です。横穴式石室を持ちます。時期は6世紀後半頃と思われます。げんば塚という名前の由来は、小田玄蕃という人の墓であるという言い伝えからだと言われています。旧植木町指定史跡ですが、熊本市に合併した後は未指定となっています。

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

苓北町富岡の寿覚院西生庵境内に所在する

寛政の津波供養碑です。

文化財の指定は受けていません。

 

 供養碑の中心に大きく「両肥溺死萬霊等」と刻まれています。両肥とは、肥前、肥後のことです。その右側に「寛政七乙卯年」、左側に「四月十日造之」と刻まれています。つまり、この供養碑は、寛政4年の寛政の大津波から5回忌の時の追善供養として建てられたものになります。

 

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

天草市有明町小島子に所在する

寛政の津波供養碑です。

文化財の指定は受けていません。

 

 この津波供養碑は、寛政4年(1792年)の島原の雲仙岳噴火に起因する眉山崩壊による大津波の死者を供養するために建てられたものです。国道324号沿いに所在します。祠の中で、手前に八幡石祠があり、その後ろに供養碑があります。石祠で見にくいですが、供養碑の中心には「溺死霊魂塔」と刻まれています。左側面には犠牲者と思われる名前が書いてあります。名前が分かっているので津波で亡くなった地元の人の供養碑と思われます。

 大津波は、有明海沿岸の村々に大きな被害をもたらし、沿岸部の各地に供養碑が建てられています。市町村指定になっている供養碑もありますが、この小島子の供養碑は未指定です。

 

 

 

 

石祠の後ろにあるのが津波供養碑です。

 

 

※写真は2023年9月撮影

熊本市北区下硯川町に所在する

放牛地蔵(30体目A)です。

文化財の指定は受けていません。

 

 放牛地蔵は、放牛というお坊さんが江戸時代の享保7年(1722年)~17年(1732年)にかけて現在の熊本市を中心に設置した石仏100数体のことです。現在では失われたものもありますが、県内各地で大切に守られています。

 

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

苓北町都呂々に所在する

寛政の津波供養碑です。

文化財の指定は受けていません。

 

 国道389号沿いに所在します。供養碑の中心に大きく「両肥溺死」と刻まれています。両肥とは、肥前、肥後のことです。この文字以外には何も書かれていません。なお、この石材は天草砂岩ではないため、残りはいいです。

 この津波供養碑は、寛政4年(1792年)の島原の雲仙岳噴火に起因する眉山崩壊による大津波の死者を供養するために建てられたものです。大津波は、有明海沿岸の村々に大きな被害をもたらし、沿岸部の各地に供養碑が建てられています。市町村指定になっている供養碑もありますが、この都呂々の供養碑は未指定です。

 

右側が国道389号です。真ん中やや左に供養碑があります。

 

 

 

裏側には何も書かれていません。

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

天草市五和町御領に所在する

寛政の津波石です。

文化財の指定は受けていません。

 

 説明板によると、寛政4年(1792年)に雲仙大噴火により起こった大地震により、眉山が崩壊し、大津波が起こり、肥前、肥後に押し寄せました。その時に、天草へも津波が打ち寄せ黒崎海岸にあった石がこの位置まで打ち上げられたそうです。その石がここに残り、波は山ノ口の迫を奥深く遡上したといいます。これより下には家を建てるなという言い伝えがあるそうです。

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

天草市河浦町今田に所在する市指定有形文化財の

轟橋です。

 

 天草市HPによると、大正3年に建造され、形式は1連石造アーチ橋で橋長12.5m、橋幅5.5m、高さ6.1mです。

 今田川に架かっていて、川の両側の岩盤をそのまま基礎として架設されている強固な石橋で、天草では数少ない石橋の一つです。

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

 

天草市河浦町今田に所在する市指定天然記念物の

薬師寺のナギです。

 

 薬師寺の境内にあります。が、枯れてしまっています。

 説明板によると、このナギは樹高14~15mあります。樹齢は不明ですが、生育が遅いと言われているナギの木でも幹回りが大きく、相当な樹齢と思われるそうです。訪れた時には、葉も枯れ落ち、幹にはキノコ類が生え、枯れてしまっています。

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影

天草市河浦町路木に所在する国指定名勝の

六郎次山(ろくろうじやま)です。

 

 六郎次山には深海町あるいは県道288号深海線から細い山道を登っていきます。これがなかなかの酷道です。行かれるときは気を付けて行かれてください。

 説明板によると、六郎次山は標高405mの眺望の良い山で、南東側に深海町の入り江や対岸の長島などを望むことができます。山の名称は以前陶工が住んでいて轆轤を回していたことから「ロクロ山」と呼ばれていたものがなまったものだという言い伝えがありますが定かではないそうです。

 

山頂の展望所です。ここまで車で登れますが、かなり狭い山道を通ることになります。

 

山頂からの眺め。

 

 

※写真は2023年9月撮影

天草市天草町大江に所在する市指定天然記念物の

ヤブツバキです。

 

 天草下島西海岸の西平椿公園内にあります。

 説明板によると、ヤブツバキは日本の温暖な土地に自生しています。このヤブツバキは観賞用ではなく、人々の生活と深くかかわって野生地が形成されたそうです。ヤブツバキの実は多量に油分を含んでいて上質の油をとることができます。主に整髪料として使用されたそうです。そのため人々は昔からこのヤブツバキを伐ることなく大切に守り続け、その結果、県内有数の群生地ができたと考えられています。

 

 

 

 

 

 

※写真は2023年9月撮影