先日リンボウ先生が珍しくTVに出演されていた。
物書きとしての素晴らしさは、以前から感じてはいたが、朗読においても聞き手の理解度がより深まるかのような静寂な深音に引き込まれていく見事なものだった。
そんなリンボウ先生が「筆写」の手本になった師匠として”森鴎外”、”北杜夫”、”伊丹十三”という三氏の名前を挙げていた。
「筆写」とは本来は写本のように”書き写す”という行為をいうものだが、ここでいう「筆写」は”影響を受けた文体”といったような意味に解釈している。
自分にとって「筆写」の師匠はいったい誰なのだろうか、しばし考えてみた。
こんなふうに書けたらいいなあ、そう思った作家が師匠といえるものであるならば”司馬遼太郎”、”赤川次郎”、”林望”の三氏だろうか。
ここに勝手に名前を挙げられた三氏にとってはいい迷惑かもしれないが、司馬遼太郎さんには「俯瞰(ふかん)」を、赤川次郎さんには「場面とセリフ」、そしてリンボウ先生には「エッセイ」というものを教わったように思う。
「俯瞰」というのは高い所から下を眺めるさまを言うが、司馬遼太郎氏のいうところは、過去の戦いや歴史を振り返って眺めるとき、どちらか一方の立場で眺めるのではなく双方、あるいは第三者的な立場で振り返るには「俯瞰」でみることが大切だということを教わった。
もっとも文章的な言い回しの”くどさ”も一緒についてきてしまったと書くと、司馬遼太郎ファンにお叱りを受けるかもしれない。
赤川次郎さんは、十代の終わり頃に出逢った。もうその頃には作家部門の納税者番付のトップにおられた。
彼の作品を読み始めてすぐに感じたのはなんといっても読みやすいこと。
そしてその要因はすぐにわかった。
彼は小説の場面を”舞台”として書いていること、そして登場人物の会話は、そのまま舞台での”セリフ”だということ。だから流れるように先へ先へと読み進んでいける。
そして場面が切り替わるときの様は、まるで舞台の暗幕が降りてきたような印象を受ける。
赤川次郎さんの小説を読んでいるとき、例えば飛行機の中のシーンならセリフの行間に、あの機内で聞こえる独特の「金属的エンジン音」が背景効果音のように自分の中で聴こえているのだ。
最後になってしまったがリンボウ先生から教わったものとして「エッセイ」と書いたが、これは自分が書いていることが「エッセイ」などという自惚れではない。
「エッセイ」というものをほんの少し書こうとするだけでも、”目に映っている景色”、”歴史的な背景”、そして”今現実を生きている目の前を通り過ぎる人々を観る”という少なくともこの三点をきちっと認識していないと、なにを書いたとしても、それは単なる感想文でしかないということ。
こんなふうに自分が書いてきたのを読み返してみると、堅苦しくてくどいだけで全然「筆写の師匠」のいいところが出ていないけど、これからも勝手に弟子気分でいようかな。