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You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

ワタシの記憶が正しければ・・・

 

(ってセリフありましたねw)

 

 

 

昭和から平成あたりまでの日本は

 

 

 

冬が12月、1月、2月

 

2月はまだ冬だけど梅が咲く頃から春の予感

ちょっと春めいた日がちらほらと出現

 

3月はまだ寒いけど春の兆し半分

 

4月、5月~6月頭までが春

特に5月は1年で一番か二番の爽やかな季節

 

6月二桁に入る頃~7月初旬、中旬までが梅雨

 

梅雨明けから9月の一桁までが夏

(7月は盛夏、お盆あたりから残暑)

 

9月も二桁に入ると時々涼しい風が吹いてきて

秋のはじまり

 

10月は1年で一番か2番の爽やかな気候の秋

 

11月は深まった秋~時に冬のような寒さもあるけど

過ごしやすい気候の日が多い

 

そしてまた寒い12月がはじまる

 

 

 

(※ワタシは東京生まれ、東京23区在住なので

その気温が基準になっています)

 

 

 

 

・・・って感じの季節の移り変わりだった気がするんですが

 

 

 

 

 

最近

 

 

 

12月、真冬、くそ寒い

 

1月、真冬、くそ寒い

 

2月、真冬、まだくそ寒い、春の兆し見えず

(なのに花粉症の方はもう反応がでてしまう)

 

3月、冬、寒い日の方が多く桜も震えながら見る

 

4月、やっと春っぽくなるも強風の日が多い

PM2.5も黄砂もよく飛ぶので外出がままならない

 

5月、春のはずが既に初夏、くそ暑い日が増える

素敵な爽やかな日は数えるほどで

あれ、ちょっと雨多くね?と思ってると

既に梅雨はじまってました!と気象庁がのちに訂正する

 

7月20日くらいまでじとっとした梅雨

昔のようなさらっとした小雨は降らず、常に湿度がすごい

 

梅雨明けたと思ったら猛暑開始。

 

7月~8月~9月、ずっと猛暑。

常夏、というより猛暑

人が死ぬレベル。デスバレー。

 

9月終わりになってもまだ暑い日が多い

 

10月頭になるとやっと少し気温が下がる日が

 

しかし爽やかな秋の気候はあっという間に終わり

11月の声を聞くと冬の気温に

 

そして気持ちの良い秋がほぼないままに

12月、真冬。くそ寒くなる・・・

 

 

 

 

つまり

 

割合としてはさ、

 

 

春ちょびっと

秋ちょびっと

 

 

あとはずーーっとくそ暑いかくそ寒い。笑

 

 

 

 

 

日本の四季はどこいったーーーーー!!!泣き笑い泣き笑い泣き笑い

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりの暑さに

カフェに避難した翌日

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は寒すぎてカフェに避難。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハムや玉ねぎ、マッシュルーム

ベーコンなどと共に

 

 

「パイナップル」

 

 

が乗っている

 

いわゆる「ハワイアンピザ」

 

 

 

 

ありますよね。

 

 

 

 

みなさんは

それ系は許せる派ですか??

 

 

 

 

 

 

ワタシはむしろ、大好き派。笑

 

 

 

 

 

 

酢豚のそれも許せるどころか

 

追いパイナップル

 

 

 

してほしいくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意外と皆さんご存じないこと教えちゃいましょうか。

 

 

 

 

この論争って、

ワタシが知る限りイギリス人も同じことで揉めます。笑

 

 

 

日本人だけなのかと思ってましたが

彼らもまた、

 

「ありか、なしか」

 

 

で友達と論争になるんですよ~

 

 

 

 

 

向こうに住んでた時の話ですが

友人知人とピザレストラン行った時

 

「ハワイアンとか信じられない!!」

 

って言いだす人がいて

 

 

いやいやいや、ウマいでしょあれ。

 

 

と、許す派と許せない派に分かれて論議しましたwww

 

 

 

 

 

 

 

おかずっぽいものの中に、甘いフルーツを入れる

 

 

 

っていうの

 

人によって好みが分かれるのは人種関係ないんですね。

 

 

 

 

 

 

ただし

 

その友人の中で

 

 

強固に「パイナップルなんぞは許せん!」

・・・と嫌がってたのはイタリア系の子でしたケドw

 

 

 

邪道なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて

 

 

英語でタイトルつけると

 

途端に100人レベルでアクセスが減るアメブロ。爆

 

 

 

それだけ英語苦手な人が多いっていうことなんでしょうか。

 

 

 

 

 

ではつけてみます、英語タイトル。笑

 

 

 

 

 

 

あ~ピザ食べたくなってきた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーネーションばかり目についた花屋さんも

 

やっとこ通常な感じに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほっとしますw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく妹が言ってました、

 

毒母にイベントごとに何かあげようとすると

 

 

「いいのよ、私にお金使わなくていいから!

あなたがそのお金で自分の好きな物買いなさい、

私は何もいらないから!!」

 

 

 

っていうんだけど

 

 

じゃあそうするか?

 

って何もあげないでいると

 

 

 

「何もないんだ?」

 

 

 

・・・みたいな。笑

 

 

 

 

欲しいなら欲しいと言えばいいのにね。

 

 

「私は遠慮するキャラです」みたいなアピールしておいて

 

実際は欲しいって後からバレるくらいなら

最初から素直にもらっときゃいいんだよ。

 

 

 

 

で、

ワタシの場合よくあったのは

 

毒母に何かあげると

 

 

「私こんなの使わないから」

 

 

みたいな

 

 

自分の好みじゃないものが来ると思わず文句言うw

 

 

 

 

 

 

これがねえ、

ホントに愛情あって信頼しあってる母娘の話なら

 

漫才みたいで逆にほのぼのできるんだけど

 

 

うちの場合これマジだからw

 

 

 

 

 

やられた方は「なんなんだよ!」

ってなる。

 

 

 

 

そして

あなた使っていいから~

 

って

 

結局自分で持って行ったものを突き返され

持って帰る羽目に。

 

 

 

 

妹がいつだったか多分

 

「もらったら感謝するべき、

好みじゃなくても失礼なんだからもらっておけ」

 

みたいなこと言ってくれたんだよね。

 

 

それ以降は受け取るようになってたから。

 

 

 

 

 

なんかこの人、

家が商売やってたからなのか

 

金で何でも解決するっていう癖があって

 

 

現金もらって現金でお返しする

 

みたいなのを親戚と延々やってて

 

 

 

ワタシは遠目に見ながら馬鹿じゃねえのと思ってました・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういやあ

事故の話題もずーっと情報番組などでやってたけど

 

 

 

まあワタシに言わせると

ほとんどの事故は

 

 

スピードの出しすぎ。

 

 

 

もちろん、

他の要素もそこには絡んでるわけで

それだけってことではないのは基本としても

 

 

 

たいていは

たとえ同じケースだったとしても

 

 

「その時もしスピードが出ていなかったら」

 

 

 

ここまでにはならなかっただろうよ、

ってのが多いはずです。

 

 

 

 

 

 

 

うちのジジイ(毒父)がもし

昭和の野郎じゃなく今どきの人として生まれてたら

 

完全に交通刑務所に入ってるよ。

 

 

 

とんでもないスピード狂だったからね。

 

 

 

 

妹が生まれる前、

幼児のワタシが車に乗せられてるときに

 

 

 

何度か死にそこなってますわ。

 

 

 

あと数ミリずれてたら

 

あと一瞬遅かったら

 

 

みたいなのが何度もあって

ある意味ワタクシ、奇跡の子。爆

 

 

 

よくぞあのオヤジのキチガイ運転で

生きてたよね・・

 

っていう。

 

 

ヤバいエピソード満載です。

 

 

 

そもそも幼児乗せてるのに危険運転してる時点で

こいつはアタオカだけど

 

当時はもちろんチャイルドシートなんて

まったく義務じゃなかったからね。

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれを自慢のネタにしてたからね、このオヤジ。

 

 

 

自分がどれだけ運転の腕があるか、

 

ってのが自慢で仕方なかった。

 

 

 

 

確かにうまかったことは認めるけど

 

安全があった上で上手かどうかが決まるんだわ。

 

 

 

常に死と隣り合わせの運転なんて

 

褒められたもんじゃねえ。

 

 

 

 

車の室内でふっとんだことは何度もあるし

頭もぶつけたり何度もしてるし

 

 

飛びそうになったところを手で押さえて止められたこともあるw

 

 

 

ホントワタシ、よく生きてたよ・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹が子を持った時に言ってた。

 

 

「普通、まともな親なら、自分が親にやられて嫌だった事は

自分の子供にはやらないようにするよね。

 

自分が嫌な思いをしたからこそ、

それだけはやるまい、そんな思いは自分の子にはさせない

 

と思うものだと思うよ」

 

と。

 

 

 

 

 

あの毒母はまるで

 

「自分がやられて嫌だった事を

 

同じように長女にやってやる、

 

ざまあみろ、あんたも同じ思いをしてみろ」

 

 

 

とでもいうかのように

畳みかけるように全部嫌なことをワタシに押し付けてきた

 

 

 

 

 

さすがに中学生までは義務教育だし

比較的手出しはできにくかったんだと思うんだが

 

高校になった途端、

 

高1の夏休みに(ワタシに)家にいてほしくないもんだから

 

 

バイトしろ、

 

と言ってきた。

 

 

 

妹には一切そんなことは言わない。

言わないどころか贅沢三昧、何でもやってあげている。

 

 

 

もちろん当時のワタシは逆らえない。

 

まさかそれが毒母とは思ってもいなかったし

ただのおとなしい高校生

 

命令されたら親の機嫌をとらなくてはならず

嫌な空気でも出そうものなら制裁を食らわしてくるので

 

何でも言うとおりにするしかなかった

 

 

(今なら「は?ざけんじゃねえよ!」っていえるけどw)

 

 

 

 

 

おやおや?

 

あんた、言ってたよね

 

 

自分の親は離婚したせいで一時期貧乏だったから

 

学校出たらすぐ働かされた、

長女である自分は働け働けと言われて給料も搾取されたが

 

次女には贅沢に習い事とかさせて可愛がっていた

 

 

って。

 

 

 

同じことやってるよねあんた??

 

と気づいて腹が立ったのはずいぶん先の話し。

 

 

 

子供は、親の命令に従うしかないんですよ、

自分で稼いで生きていけないから。

 

 

 

 

 

以前書いたけど

 

その最初にやれと命令してきたバイトってのが

 

 

テキヤのバイトw

 

 

 

 

そう、屋台です屋台。

 

高校に入ったばかりの右も左もわからない女の子にテキヤのバイト。

 

 

今でこそお祭りなどの屋台は完全に普通のことだし

アウトドア版のフードコートみたいな感じ??

キッチンカーみたいなイメージ、明るい感じになってますが

昭和でテキヤはずばりそちらの方がやってたんですよ。

 

そんなの皆周知の事実でした。

 

 

 

詳しく書いてたら長くなるから今は書きませんが

 

ホントに大変で苦痛でした、このバイト。

色々な意味で

 

普通の社会じゃないからさ・・・

 

 

給料なんて振り込みなんかじゃなくて

一番偉いおっさんが帰りに売上からぱっと、

 

現金をテキトーに手渡してくるんです・・・

 

怖い。

 

(税務署どうなってたんだ?笑)

 

 

 

 

 

 

完全に毒母のいじめなんですこれ。

 

お前も苦労してみろ、あたしは昔大変だったんだ

お前も同じ目に遭えばいいんだ

 

ってこと。

 

 

 

周りの友達はバイトなんて心配されて絶対ダメ

って言われてる子が多かった

 

女の子だからね、親御さんたちはみんな心配で。

 

 

やってる子も一部いたけど

 

ケーキ屋さんとか

ファーストフードとか

 

明るくてきれいなところ。

 

 

 

ワタシだけだよ、

テキヤで酔っぱらい相手にビールと焼き鳥売ってたのなんて。笑

 

 

 

 

で、そこは大きな市民プールみたいなところの

前でやってるテキヤだったんで

夏休みで終わっちゃうでしょ、プールは。

 

するとあの方たちも移動するわけですよね、

他の祭りとかに。笑

 

 

だから終わっちゃうわけです、夏だけで。

 

 

 

そしたら次に、

 

土日にバイトしろ

 

 

 

って言ってきた

 

 

 

土日にワタシに家にいられると困るんです、

 

男連れ込んだり、男のところに行くのを見られてしまうから。

(旦那は趣味の釣りとか将棋とかで不在がち)

 

 

 

んで

今度探してきて押し付けられたのが

ちょとしたホームセンターみたいなところのレジ。

 

 

 

これも今では全然ホームセンターなんて明るい店舗で

当たり前の世界ですが

あの頃はちょっと専門的な店だったんですよ。

 

しかも

当時は高校生のバイトなんてひとりくらいしかいなくて

完全にパートの女性の花園。

 

 

社員さんとパート(子を持つ20代後半からそれ以上の方)ばかり

 

高校生なんて話が合うはずもなく

誰も教えてくれないし(ほとんどがパートだから数時間で帰っちゃう)

社員は忙しいからいじわるだし

 

 

売ってるものが専門的過ぎて何か聞かれても全然わからんし

 

そりゃそうですよ、人生まだ15年くらいしかやってない人が

水道の部品とか機械のパーツとかわかるわけがないwww

 

 

 

 

そのバイトは屋内なだけましでしたが

(テキヤはアウトドアw)

 

 

それでもホントに苦手で苦痛でしたね。

 

 

 

そんなバイトばかりどこかから探してきては

次々と押し付けられてました

 

 

妹には一切そんなこと言わないのに

ワタシにだけね。

 

 

 

 

だから数回命令に従ったあとは

 

自分から探しました、

カフェとかレストランとかね

 

それなら明るいし怖くないから。

 

 

 

 

それを見ていた馬鹿妹、笑

 

「あたしもバイトやってみたい~!」

 

 

 

 

 

代われよだったらw

 

代わってやるよ、あなたが行きなさいよw

 

 

ワタシは高校生、

勉強したかったよ、やりたいことも学びたいこともあったよ

 

でもバイトしろって毒母が言うから仕方なく行ってた

 

 

 

 

あとで友達に聞いたら

 

みんな受験を控えてるからバイトなんて反対されてたし

むしろ塾とかね

勉強方面で色々嫌々行かされていたと。

 

 

 

 

 

そうなんだ、みんなはそうだったんだ

 

って

あとからわかって悔しかった

 

 

 

あいつは自分がやられて嫌だったこと

辛かったことを

 

ワタシにやらせて

 

 

それを眺めてほくそえんでたんだなと

 

 

あとからわかった

 

 

 

 

自分だけが割に合わないことをさせられていたのが悔しくて

ワタシにも同じことさせて

同じ目に遭わせて裏でニタニタしていたというわけ

 

 

 

どうりで一度だって勉強しろ、って言わない人だよな。

 

 

勉強なんてどうでもいいのよ。

 

家にいなければいいの、ワタシが。

 

 

都合悪いことを見られてチクられるのがいやだから

家にいてほしくなかったわけ。

 

(妹は小さくてわけわからないからいてもいい)

 

 

 

 

 

 

それで

その後もっと時が経ってからだけど

 

 

ワタシがとこか遠くに行くっていう話を聞くと

 

 

急にお餞別とか渡してくる

 

 

ワタシが引っ越したり家を出たり海外に行ったり

家から出ていく行動をとると

 

お金を渡してくるわけ

 

 

 

早く出てほしいから。

 

 

 

それから

自分にとってステータスになるようなことなら

 

金を出すわけ

 

「うちは娘にこういうことやらせてるのよ」

 

とひとさまに自慢できるようなことなら

金を出す

 

 

 

 

そうじゃなく

ワタシが純粋に本当にやりたいと思ったことは馬鹿にして

 

何もやらせてくれない

 

 

 

 

それなのに

その時に渡されたちょっとのお金のことを

 

何十年もたった今でも言ってくる

 

 

あの時あんたにお金をやったじゃないか

 

と。

 

 

 

それを妹や父親に言っては

「あたしはあいつに金を使ってる、なのにこういう態度してくる」

 

とか

恩着せてくる

 

 

 

父親はそれを信じちゃってるから

「お前のためにずいぶん金を使ったって聞いてるぞ」

 

みたいに言ってくる

 

 

ワタシに渡された金額なんて

 

妹のそれに比べたら3万分の1だぜ

 

 

どんだけ妹が日頃から色々もらったり

人生の場面場面で金出してもらってると思ってるんだ

 

 

それなのにワタシを追い出したくて

その時だけは協力的な顔して渡してきた微々たる金のことを

 

まるで何千万も渡したような言い方してくる

 

 

 

ワタシは20代あたりのその

海外に行ったりする時にもらった少しのお金以降

 

 

なんもしてもらってねえぞ。

 

 

何ももらってねえぞ。

 

 

 

なのにお前に大金を使ったのに

 

みたいな言い方をこいつがするたびに

 

 

父親も妹もそれを信じているはずだ

 

 

 

 

そこが一番悔しい。

 

 

 

 

こいつの嘘をまともに信じ込むこの二人がいる限り

 

ワタシに平和は来ない

 

 

 

 

 

 

 

 

でも誰かが良い事いってました

 

 

 

 

 

人生の後半、

老後になった時に

 

 

「子育ての通信簿がわかるんですよ。」

 

 

 

ってね

 

 

 

つまり

 

 

子供にひどい事したり

うちみたいにいじわるしたり虐待してた親は

 

 

老後に

 

子供から同じ目に遭わされる

 

 

ってことです

 

 

 

 

 

妹には散々よくしてあげて

可愛がって世話焼いていたんだから

 

孫もさ、甲斐甲斐しく世話してやったんだから

 

 

あんたが動けなくなったらきっと妹がお返ししてくれるでしょうよ

 

心配しなくてもさ。

 

 

 

 

 

 

ワタシはやられたことをやりかえしてやるよ。

 

 

って言いたいけどワタシいい人だからw

 

 

 

 

意地悪されたから

虐待されたからって

差別されたからって

 

 

それをお返しするほど暇じゃねえし

 

その手段もわからねえし

 

 

金も持ってねえよ。笑

 

 

そんなこと考える時間が無駄そのもの。

 

 

 

 

 

 

ワタシ、あなたと同じ種類の人間にはなりたくないし。

 

 

 

 

 

 

 

 

ただね

 

あなたは確実にワタシに愛情がなかった

 

 

 

どんな言い訳してもそれだけは真実

 

 

 

 

だからワタシも

 

あなたに情けはかけない。

 

 

 

 

 

 

 

それだけは憶えておけよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

有名な瀬戸内寂聴さんのおことばを。

 

 

 

 

 

人の心が離れる理由はね、
「嫌いになった」からでも、
「腹が立った」からでもないのですよ。


本当に怖いのは、
「呆れてしまう」ことなんです。

怒っているうちはね、
まだその人に「期待」しているの。


「分かってくれるかもしれない」


そんな思いがどこかにあるから
分かってもらえない時に、
悲しくて、
怒りが湧くのです。


でもね、
「呆れる」というのは、
もう、
「期待をやめた状態」

その人への、
「関心を手放した」
状態なの。


「あぁ、この人には話が通じない」と
心が悟ってしまったとき、
小さな違和感が、
「オセロ」の石のように
積み重なっていくのです。

そして、ある日
ふっと全部がひっくり返る。

これが「呆れ」

「見切り」とも言います。

そしてね、
一度そこまで行ってしまうと、
残念だけれど、
心はそう簡単には
戻らないのです。





瀬戸内寂聴
 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹にも、同じ言葉を送ります。

 

 

 

ただ

彼女は気づかなかっただけで

 

根本の原因である兄弟格差虐待を続けたのは毒母なので

 

 

 

気の毒な面もある

 

 

 

 

 

 

優しい人が怒った時は

 

 

それまでずーっと耐えて

我慢して来て

 

 

そこが限界

 

と言いますが

 

 

 

 

怒ってるわけじゃない

 

 

 

 

 

もう無理だ、これ以上心が傷つけられるのは

と感じて

 

 

心を閉ざした状態

 

 

 

 

もう笑えなくなった状態のことだと思います