You like me too much!

You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

もちろん幼稚園、小学生の頃から

今思えば

 

嫌な目、理不尽な目に何度もあっているけれど

 

 

 

 

子供だから自分の家が当たり前であり

 

その家のルールだったり

自然と過ごしている環境を

 

誰も疑問に思ったりはしないよね。

 

 

 

辛いな、

嫌だな、

 

と、

どこかで思いつつも

毎日、毎日が当たり前の日々であり

 

 

親が変だとか

おかしいとか

うちってもしかして違う?

 

 

って気づくのはずーっとあとになる

 

 

 

後から思い出してみると

 

そういやあ、あんなことがあった、こんなことがあったと。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

多分誰もが

 

毒親

 

という概念に気づくのは

かなり後になってからなんじゃないだろうか

 

 

 

 

 

 

ワタシもご多分に漏れず

はっきりわかったのはかなり大人になってからだけど

 

そしてその酷さに呆れたのも更に後になってからだけど

 

 

 

 

 

この前ふと思い出したことがあって

 

 

 

 

それは

中学二年の時に賃貸から一軒家に越した時

 

 

それまでは3LDKの部屋がそれぞれ繋がっていたし

常に誰かがいる状態だったのが

 

 

一軒家になり

 

二階に子供部屋ができたことで

ワタシと妹はそこにこもるようになった

 

 

 

 

元来、毒父は子供が嫌いなので

 

我々が近くでしゃべったり騒いでいることすら嫌いだから

 

 

 

なにかというとすぐ

 

「おまえらは二階(子供部屋)に行け」

 

 

と命令されていたから

 

 

ご飯が終わったり風呂から出たりしたら

もう

自動的に

 

当たり前のように2人で二階に上がるのが常だった

 

 

 

 

毒父の雲行きがおかしい

 

とピンときたらさーっと二階に逃げていた

 

 

 

そんな感じで

妹と2人で上に行ってしまうと

 

 

階下でどんな状況が繰り広げられているのか

 

を、考えたことはなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ある時、

 

もう理由も、何も覚えてはいないけど

何かわけがあって

 

ワタシは深夜に階下に降りていったことがある。

 

 

 

 

妹は熟睡していたが

 

深夜と言っても多分23時とか24時とか

自分らは寝ているけど親2人はまだ起きている時間帯だった。

 

 

子供である我々は必ず21時に寝ることになっていたので

 

眠かろうが眠くなかろうがぴったり21時からは二階に行かされ

例外はなかった

 

 

どんなに楽しかったとしても

年末年始だろうと

 

例外はなく

 

21時に子供は二階へ行く決まり

 

 

 

 

 

 

 

 

トイレは二階にもあるので

トイレで起きたのではないはずで

 

体調が悪かったか、おなかが空いたか、

まあ眠れないから起きてしまって下に降りたのだろうけど

 

毒親2人は、ワタシと妹が二階にいるという認識の状態の時間帯

 

 

やつらは夢にも

ワタシが下りてきてるとは思っていない。

 

 

 

 

 

 

その時、

階段を下りて、そっとリビングに通じる中扉を少し開けたら

 

 

毒母と毒父の声が聞こえてきて

 

 

 

 

 

 

ワタシの悪口を言っていた・・・

 

 

 

ワタシの行動を馬鹿にしていたし

薄笑いでワタシの性格をけなしていた

 

 

しかもやってもいないことで

勝手にワタシが悪者になっていた

 

 

実際は全くそんなことではなかったし

明らかに誤解なのに

 

 

 

いいようにワタシが悪者として扱われていて

 

誤解だよと言い訳したい気持ちでいっぱいだったが

 

 

 

親が悪口を言っている

 

 

という事実に驚いてしまい

 

ショックで

 

 

 

そっと扉を閉めて急いで二階に戻ったのを覚えている

 

 

 

 

 

 

 

あの時

 

親は全面的にワタシのことを信頼したり

愛情をもっているわけではないのだ

 

 

 

と初めて知ったと思う

 

 

 

 

他人のような

 

 

住んでいても家族じゃないという感覚は

多分この時から

 

 

 

 

 

表向きそんなことは微塵も感じさせず

 

ニコニコして

味方なのよという態度をしていたにもかかわらず

 

 

全く別のことを話していた

 

 

 

 

 

それだけで

 

 

中学生のワタシにとってはとてつもないショックだった

 

 

 

 

全面的に信用していた人たちが裏切ったという感覚

 

 

 

 

家族だと思っていたひとたちが

 

裏で悪口を言っていた

 

 

 

 

それは体験したことがない感覚だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

今思えば

 

あの瞬間が

 

 

 

子供ながらに

彼らを別人格と疑い始めた瞬間で

 

心から信用してはいけない、と思い始めた瞬間で

 

 

 

 

もう純粋ではいられない

 

両手を広げて全面的に人を信頼するという気持ちを失った瞬間

 

 

 

 

世の中を信じたらいけない

 

 

 

人は嘘をつく

 

人は裏切るし

 

 

 

自分に優しくしたりしてくれる人だとしても

 

信じたらいけないよと

 

 

 

 

 

自分以外誰も信じるな。

 

 

と

 

 

教えられた瞬間だった

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あれが

 

 

毒親のはじまりだったのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夏と秋がまざった空。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

たまたま通りすがりに見たひとさまのSNSで

 

 

「野生動物が瀕死の状態でふらふらしていて

とりあえずすぐ手に入る食べ物(人間の食べるもの)をあげた」

 

 

っていう投稿をされてて

 

 

 

それに対して

 

 

 

やれ

 

野生動物にえさをやるべきではないとか

人間の食い物は塩分多いからやめたほうがいいとか

 

 

 

なんじゃかんじゃと絡んでる人たちがいて

 

 

 

笑うしかない。

 

 

 

 

 

 

 

そんなもん

瀕死の状態なのだからなんだって食べた方がいいに決まってるだろ。

 

 

毒物でない限り、

そういう緊急の場合はなんだってあげるべき。

 

 

食べ物を探してさまよって人里まで降りてきてるんだから

 

とにかく体力を回復するのが先決で

落ちてるものだってなんだって彼らは食べようとするわけだから

 

そこでその方がとにかく口にできるものを

と人間の食べ物をあげたからって

 

なんの罪がある??

 

 

 

 

落ちてるか

人があげたかの違いだけ

 

 

 

自然なんだから手を加えるな、

保護するな、

えさをやるな、

 

 

 

言ってることは正しいでしょう。

 

 

 

 

でも

 

それは瀕死じゃない場合。

 

 

 

 

 

 

 

 

極端なたとえだけど

 

 

腕を一本失うか

 

命を失うか

 

 

だったら、腕がなくなっても命を助けるでしょ。

 

 

 

 

人間の食べ物に塩分が多いのはわかってますよ、その人だって。

 

 

でも今目の前でひっくり返りそうになっている動物がいたら

とにかくあたりかまわず

 

なんだって口に入れてあげるのが情でしょうよ

 

 

 

 

 

 

自然に手を出したらいけないのは理論では正しいけど

 

 

目の前で死にそうになってる生き物がいたら

とにかく水と食べ物をあげる

 

 

っていうその行動、心情、

 

 

 

それの何が間違ってます?

 

 

 

 

最近の人はホントおかしいよ。

 

 

 

ネットで得た知識かなにかしらんが

 

倒れそうな生き物みたら

 

 

・・・助けろよ。

 

 

 

 

 

 

 

野鳥の巣立ちの雛が飛び方の練習中

うろうろしてるのを誤解して

 

手を出してしまうのは良くないけど

 

 

 

 

まだ羽も生えてなくて自力で食べることができない

よれよれの雛が落ちてたら??

 

 

 

親鳥がどうやって巣に持ち上げるん??

 

 

 

人がどうやってその巣までたどり着く???

 

 

無理でしょ。

 

 

 

 

 

でも死ぬんだよ

 

そのままにしてたら。

 

 

 

 

猫やカラスや猛禽に食われるか

 

 

自転車や車にはねられて死ぬんだよ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この前、道路でぺちゃんこになってる野鳥の雛みたよ

 

 

 

 

車に轢かれたんだろうよ

巣から落ちてしまって

 

 

 

 

はがして土に埋めたよ

 

 

 

羽もろくに生えてない子

 

 

可哀想に

 

 

 

 

 

 

こういう子が落ちてまだ生きてたら救うべきじゃないの?

 

 

 

 

自然だから放っておけと??

 

 

 

自然だから死ぬのも自然だってか?

 

 

 

 

 

それは自然保護じゃねえんだよ

 

 

 

 

見殺し

 

 

 

 

っていうんだよ。

 

 

アホが。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

中国開発の人型ロボット(ヒューマノイド)が面白い、

 

すごい、

ボルトより早い・・

 

 

と

 

 

マスメディアでも頻繁に取り上げてるし

 

 

 

巷のみなさまも

 

「おもろい」

 

 

と動画楽しんでるけど

 

 

 

 

特に

 

走る時ちゃんと腕が振れなくて

 

 

 

両腕とも前に来てて

それでもバランスとれてて

 

 

 

滑稽なスタイルで100m走るロボ

 

 

 

 

 

 

 

 

みなさん笑ってますけど

 

 

 

 

笑ってるけど

 

 

 

笑ってる場合じゃねえよ

 

 

 

どんだけ脳天気よ、みなのもの。

 

 

 

 

 

こんなん

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

この腕に

 

 

手榴弾とか

 

爆弾とか

 

 

銃とか

 

 

 

武器を持たせるために決まってるやん

 

 

 

 

軍用に決まってるだろこんなもん

 

 

 

 

開発して何に使うってあんた

 

軍用だよ、軍用。

 

 

 

 

 

人間の生活の役に立つ、

 

なんざ

 

 

 

後付けでしょ。

 

 

 

 

 

メインは軍用に決まってるじゃん。

 

 

 

 

 

 

 

 

これ

 

突進して来たら全滅ですよ、想像してみて

 

 

 

人が闘わなくていいんだから

 

 

 

 

 

ドローンなどもそうでしょ

 

全部、軍用だよ

 

 

 

 

あちらさんとかそちらさんたちが考えることは全て軍用

 

 

 

 

 

 

 

こういうものの開発でがぜん後れをとっているのなら

 

 

 

日本はあっという間に支配されて終わります・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あたしら

子供のいない人たちは

 

 

死んだらそのあとのことは知ったこっちゃないですが

 

 

 

 

お子さん、おまごさん、いらっしゃるみなさま

 

 

 

 

未来のことを考えるみなさま

 

 

 

 

 

 

 

 

 

笑ってる場合じゃないのよほんとに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく考えてみたら

 

これも「長子(長女)あるある」なんだけど

 

 

 

よく、ババア(毒母)のマッサージをやらされた。

 

もちろん子供の時だよ。

 

 

 

 

こういう人多いんじゃないかな、特に長女。

 

 

 

 

なにかってーと、肩マッサージしてとか

首が痛いとかどこが痛いって言われて

 

親が喜ぶならと、必死で頑張る。

 

 

で、やつらも人を動かすのが上手なんで

 

「あなたのマッサージは天才~」とか言って

子供の「ほめられたい」っていう心を利用する。

 

 

 

 

妹なんてほぼやってない。

まず「やれ」とも言われないしね。

 

 

 

仮にやってと頼んでもやらないし。笑

 

 

 

やらなくても怒られないし

やらなくても評判は変わらないからどうでもいいんだよ

 

どうでもいいからやらない。

 

やる必要もない。

 

 

 

こっちは嫌われてるのわかってるから

必死で点数稼ごうと思って

 

子供心にお母さんに喜ばれたくて頑張ってしまう。

 

 

 

でもそんなの

 

結局その時だけ。

 

 

 

そんな功績はすぐに打ち消されて

誰にも褒められないし

 

やった功績もいつのまにかなくなっていて

 

「あの時マッサージしてくれてありがとう」

 

 

なんてことにはならず

忘れられて

 

 

もうなかったことになってると思う。

 

 

間違いない。

 

 

 

 

 

 

 

 

なんなら今後

 

妹が毒母を介護するときに頼まれて

少しはやるんじゃないかなと思うんだけど

 

 

するってーと

ワタシが子供の頃あれだけやらされて

頑張ったことは消し去られて

 

 

上書きされて

 

 

 

「(姉は)何もしてくれないのにあなたはいい子ね」

 

・・かなんか言われ

 

 

ワタシの功績はゼロになり妹が褒められる未来が見える。

 

 

 

 

 

なんにしたって

 

過去に

子供時代に頑張って手伝ったり

 

命令を聞いてその通りにしていた事柄は

 

 

毒母の中では恐らくもう消え去っていて

ワタシの功労はなにもなくなってるだろうから

 

 

今後妹に面倒見てもらう時に

 

妹を褒めて

ワタシが過去にやったたくさんのお手伝いたちは

 

全部消滅するのが見えるね。

 

 

 

記憶から都合よく消すと思うよ、あの人。

 

 

 

 

 

 

 

ホント子供の時のお手伝いなんて

 

やるもんじゃないよ、キッズのみなさんw

 

 

 

 

大人になって印象が強くなってからやったほうがいい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

それと

幼稚園くらいまでの事だから記憶が薄いけど

 

それでもちゃーんと覚えてるんだけど

 

 

 

ひとりで風呂に入れるようになる前

まだ自分で体を洗ったりできない頃ね、

 

 

 

すげー雑に体を洗われていたのをふと思い出す。

 

 

 

とにかく全身が痛くて嫌だったから

 

風呂=痛い

 

 

っていう印象で

それで風呂と水が嫌いになったのもある

 

 

 

 

幼少期の記憶があれこれ薄れても

 

痛かったことだけは覚えてるからね

 

 

 

 

 

ま、

 

今後、妹が毒母の面倒を見る時、

 

 

是非、

痛く全身を洗ってあげてほしいね。笑

 

 

 

 

 

ちなみに

 

万が一ワタシに介護しろって言ってきても

もちろんやらないのは大前提だがw

 

 

ワタシにやらせると殺しちゃうと思うんで

 

 

頼まない方がいいよwww

 

 

 

 

 

 

あのばばあと、毒父、

 

おばあちゃんが高齢になって

世話しなきゃならなくなった頃

 

 

蹴ってたからね、ばあちゃんのこと。

 

 

あたしは見てたからな

おまえらがおばあちゃん蹴ってるのを。

 

 

 

ああ、恐ろしや。

 

 

こんなやつらの血が我々に流れてるんだぜ、

妹よ。

 

 

なぜ子供産んだ?笑

 

こんな血、ここで断絶させるべきだっただろ。

 

 

 

 

 

 

 

 

あーー

 

それとか

 

猫の死骸を見せられた事だとか

(ついでにその死骸についていた〇〇もしっかり覚えてる)

 

 

そういう嫌な記憶だけは覚えてるんだよね~

 

 

火事の現場に連れて行かれて

焼け焦げた家を見せられて

 

 

その時の焦げ臭いにおいまで覚えてるし

 

 

 

だいたいそういう嫌なことしか記憶に残ってない。

 

 

 

 

 

 

 

 

一番自分でもびっくりしたことがあって

 

 

それは

 

 

 

 

 

 

毒母が遊んでくれた記憶がない・・・

 

 

 

 

 

いつも遊んでくれたのはおじいとおばあで

 

どちらかというと絵をかいたり

ひとり遊びをしていた。

 

 

 

家のまわりで

 

ひとりで遊んでた、動物や虫と一緒に。

 

 

 

 

 

 

 

 

妹は

 

おままごとセットとか

いろいろなゲームとか

 

 

おもちゃもたーーくさん買ってもらってたね。

 

 

 

 

 

 

ワタシと二人に対して買った

 

みたいな感じで毒母は言うが

 

 

 

あたしは完全にその年齢から外れてる

 

つまり

あんたは次女のためだけにおもちゃ買ってたんでしょ

 

しかも妹が欲しがったものしか買ってないんだし

 

 

 

 

それを

ふたりに買ってる

 

 

っていう体で

 

 

ずるいんだよそういうところ。

 

 

 

 

 

だけど

 

 

そういう妹がリクエストして買ってもらってたおもちゃで

 

ワタシは一緒に遊んだ、

もうだいぶそんな年齢じゃなくなってからね。

 

 

 

本来買ってもらうべき年齢の時に

買ってもらえなかったから

 

 

憧れがあったというか

 

 

もう大人なんだけど

妹に合わせて遊ぶことができたんだと思う。

 

 

 

 

 

 

 

 

あーかわいそう、昔の自分。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

結局何度考えても、

年月が経っても、

 

要するに毒親というのはもうそういう性質なので

誰が何を言っても変わらないし

こちらとしてももう何も取り戻せない

 

ただ嫌な目にあって、損した

そういう子供時代でした、

 

ということだけが残り

その部分は取り返すことができないんです。

 

 

損したな、損をした子供時代だったよな、

 

というだけ。

 

 

できることはもう何もありません。

 

 

 

 

そしてこれもつまるところ答えはひとつ。

 

 

 

 

ワタシは妹に負けたのです。

 

彼女が生まれた瞬間に負けが決まって

それは一生変わらない

ずーーっと負けっぱなしで勝つことはないのです

 

 

そういう運命でそれは変えられない。

 

 

 

 

 

甘えと、わがままと、自由で満たされ生まれた妹と

 

 

我慢と、忍耐と、譲ること、そして諦め

 

諦めることしか手に入れられなかった自分

 

 

この事実は永遠に変えられない

 

 

 

 

過去も変えられないけど

 

 

未来も変わらないのです

 

 

 

 

 

 

毒親二人が死んだら、

そのあとやっと本当の意味で

 

対等な立場で妹と会えるのではないでしょうか

 

 

 

あの二人のどちらかが存在する限り

ワタシが不公平に負けて我慢したり諦めることは

いつ繰り返しても全く同じで

 

 

成人しようが、年をとろうが

 

あの二人が存在する限りそれをひっくり返すことはできないんです

 

 

 

 

 

 

 

 

普通の親御さんであれば

 

仮に二人目の赤ちゃんが後から生まれたとしても

先に生まれていた子供を邪険にすることはないでしょう

 

そりゃあどのおうちでも

お兄ちゃんお姉ちゃんが少しは譲ったり我慢することはあります

 

どこのお宅でも

そういうことはあると思うし

 

うちだって我慢したよ~って人はたくさんいるでしょう

 

 

 

ただうちのケースは

 

毒親だったので

 

 

極端だったのです

 

 

 

 

 

 

全面的に長女が排除され扱いが悪くなり

 

妹さまさま、かわいいかわいいと

 

ここまで差がついて扱われることは一般的にはないと思います

 

 

 

だって妹が生まれた時ワタシは5才、6才ですよ?

 

まだまだ親の愛情やケアが必要な年齢だと思いませんか?

 

 

確かに乳幼児は手がかかるし

守ってあげるべきだし

弱い存在です

 

 

でも

ワタシだってまだまだ弱い存在でした

 

 

小学生なんてまだまだ子供でしょ

 

親のサポートや

ケア、愛情、そういったものが必要な年齢です

 

 

 

 

そしてむしろ

 

妹の方が健康で

ワタシの方が病弱だったのに

 

ケアされるのは妹だけ

 

ただ妹の方が年齢が小さかったというだけなのに

 

 

ワタシは「あなたはお姉さんだから」

 

と放置されて

看病もされないし体調を気にしてももらえない

 

 

病気や体調ってのは

年齢じゃないですよね

 

その人その人の体質だとか健康具合であって

 

年齢で差別されることではないはず

 

 

しかしうちではそれがまかり通っていました

 

 

 

だからワタシは具合が悪くても

困ったことがあっても

辛いこと、悲しいことがあっても

 

 

親に言えませんでした

 

 

あなたは我慢しろと言われるから。

 

 

 

 

妹が生まれた瞬間から

 

毒親たちは

 

小さな子が生まれたからあんたは全部我慢しろと

あなたはどれもこれも諦めなさいと

 

そうワタシに強いてきた

 

 

ただ生まれたのが早かったというだけで

まだまだ子供だったワタシに

 

あなたはもうでかい、こっちはちいさい

 

という理由をつけて

少し手がかからなくなった年齢の子供の方を放置して

 

子育てを放棄した、というだけです。

 

 

 

親が成熟しておらず

 

自覚もなく

 

子供だけできちゃってマインドが追い付いていない

 

 

 

そういう人たちが毒親になるのです

 

 

 

 

 

 

 

 

そして初動が悪いから

妹もそういう風に育ってしまうのです

 

 

 

 

 

たとえばの話ですが

 

 

「今日はワタシの誕生日だからお寿司食べたいな!」

 

とワタシが言ったとしましょう。

 

(※実際はそんなこと口に出せる家庭ではありません)

 

 

 

 

すると

「あら、生ものは〇〇ちゃん(←妹)が嫌いだからダメ、

あんたは我慢しなさい、

〇〇ちゃんの好きなものにしましょう」

 

 

 

となってしまうので

ワタシが主役になることはありません。

 

 

 

自分の誕生日でも妹が主役

 

妹の誕生日では妹が主役

 

毒親たちの誕生日でも妹が主役なので

 

 

ワタシには何の権利もありません

 

 

 

 

 

 

普通の親御さんであればこういう時、

 

「今日はお姉ちゃんの誕生日なのだから

あなた(妹)が我慢しなさい

お姉ちゃんのリクエストするものを食べにいきましょう」

 

となるでしょう

 

あなたの好きなものはあなたの誕生日にね、と

 

もしくは幼くてそれが通用しないなら

うまいことごまかしてなんとかするはずです。

 

 

 

でもうちは

妹が女王。

 

妹が神なんです

 

 

彼女に全て従うんです、毒母が。

 

 

 

 

そうやって子供の時からわがままだけを聞いてしまい

訓練をせずに育てたので

 

妹はとんでもない偏食になってしまいました。

 

 

 

 

ワタシが食べたいようなものがあるお店には

彼女の食べるものがない

 

っていうのは紛れもない事実でしたから

他に選択肢がなかったのも事実。

 

 

 

 

今でこそ回転ずしにはラーメンだのうどんだのありますけど

昭和のすし屋にはそんなのなかったですからね、

 

 

生ものが食べられなくてすし屋に行くのは

「食べるものがない」のと同等なわけです、妹の場合。

 

 

それで仮にじゃあ

たまごのお寿司とかツナとか稲荷寿司でもつくってもらえば、

なんて話になったとしましょう(ならないけど)

 

 

で、現場に行くと

 

自分が食べたいものがないので妹は癇癪を起します

 

 

 

超絶不機嫌になります

 

 

 

ぎゃーー!ってなって

どうせ私の食べるものはない!!

とかって不機嫌になり

 

毒母はおろおろ

ツナはどう?卵は?なんて提示してみても

 

 

仏頂面で不満で

「私はどうせ食べるものがない!だから何も食べない!!」

 

なんて言いだして

 

 

空気がすごく悪くなります。

 

お店の人まで気を遣ってくれたりして

ホント最悪の空気になります

 

 

だから

 

なので

ワタシは最初から譲るしかない。

 

 

 

 

ワタシには最初からなんの権利もなかったんです

 

 

 

 

 

声が大きい人、

わがままな人、

主張が強い人が人生の勝ち組なんです

 

 

おとなしい人は黙って譲るしかない

 

できることに選択肢のある方の人が譲るしかない

 

 

 

 

誰かが犠牲になって

譲らなければ空気が凍るのですから

 

 

その役割を当然のようにうけるしかなかった

 

 

ワタシの人生は譲るしかない人生でした。

 

 

 

 

 

つまり

 

妹があとから生まれた時点で

 

ワタシは負け組になったのです

 

 

 

ワタシの希望なんて通らない

 

その瞬間から5才でも6才でも

 

ワタシは「聞き分けのいい大人」

 

にならざるをえなかったのです

 

 

 

 

本当は子供なのに

 

心はまだまだ子供なのに

 

 

なんでも妹を一番に

 

なんでも譲って何でも我慢して

 

 

それが自分の使命なんだと思わされてきました

 

 

 

 

 

我が家では

 

そしてそれは永遠に変わらないんです

 

 

 

年をとっても同じ。

 

 

 

 

 

 

毒母が妹を可愛がり、

最優先にするところは

もう

 

二度と変わらないのです、時がどれほど過ぎたとしても。

 

 

 

彼女にとってワタシは

「都合よく諦めてくれる人」でしかない

 

 

希望をかなえてあげる対象の人ではないんです。

 

 

 

 

 

でもこれは

妹が悪いわけではありません

 

 

親の子育てが悪いのです

 

 

教育が悪いんです

しつけが悪いんです。

 

 

 

 

 

妹は

 

自分に息子ができたとき、

 

 

息子が生ものが好きとわかってから

 

 

譲るようになりました

 

 

 

そりゃそうだよね

 

自分の大事な子供ですから

 

 

 

自分が食べられるものがなくても

お寿司屋さんにも行くようになったし

 

嫌いなものがある店にも行く

 

 

息子のためにね。

 

 

 

 

 

ワタシには譲らなかった。

 

 

なぜならワタシは彼女の中で

 

「めしつかい」であり、絶対譲ってくれる人であり

希望を叶えなくてもいい対象だからです

 

 

 

 

とうとう

子供時代にワタシが優先されることはありませんでした

 

 

 

かなり大人になっても

 

最初の旦那さんの時、つまり20代から30代はじめくらいまでは

 

 

まだまだフキハラ全開で

 

 

いつだってワタシが譲っていました

 

 

 

 

 

それから更に時がたって

 

 

 

 

息子ができて

息子も一緒にみんなで行くようになってから

 

 

ワタシも食べたいものを食べられるようになりました

 

 

 

子供ができてはじめて

 

 

 

妹は「自分が我慢して自分が引く

 

人に譲る」

 

 

ということを覚えたのです

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

妹の方が明らかに健康体で

 

ワタシは病弱であれこれと大変なめにあってますが

 

 

 

それでも毒親たちは

妹の心配だけをしています

 

 

 

ワタシは放っておいてもどうにかなると思ってるでしょうね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシが先に死ねば、

いつか妹がワタシの年齢を越すことになりますよね

 

 

そしたらその時はじめて

 

ワタシの方が若くなる

 

 

 

 

 

 

 

 

 

果たして

 

 

その時妹は色々、

 

 

 

譲ってくれるようになるでしょうか???

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

シングルサーブのパッケージでいれるとおいしいのに

 

 

自分で淹れるとおいしくないのはなぜ。