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You like me too much!

nothing can come between us

 

 

 

 

小田切ヒロさんが、

 

友達の連絡先は全部とっておくタイプだけれど

人生で2人だけ自分から縁を切ったことがある

 

そのどちらも「テイカー」だった


(※テイカー Taker とは、人間関係において「自分が得ること」

を最優先に行動する人を指します。自分が人に与えることはほとんどなく

他人の物を文字通りテイク、奪う、マネする、取っていく人のことです)

 

 

 

みたいな話をされてるのを見て

 

 

ああ、ワタシも過去にはテイカーとわからずに

食い尽くされてから気づいて自分から離れた人が何人かいるな、

と思い出しました。

 

 

 

 

 

ワタシの場合、困ったことにその何人か、の中のひとりは

まぎれもない家族・・・

 

 

そう、妹でした。

 

 

毒母が妹だけ差別して特別待遇を当たり前としてしまったこと

それが彼女をテイカーにしてしまう原因だったと推測してます。

 

 

 

 

 

ホントに彼女には1から99まで全部取られました。

 

 

100じゃないのは、つまり、

 

取られなかったものは、彼女の好みではなかったものと

得意分野ではなかったものくらい。(たとえば英語)

 

 

 

見るもの見るもの欲しがる、

という表現がぴったりでした。

 

 

実際毒母ですら時に呆れてそう言ってたからね、当時。

(あんたは見るもの見るもの欲しがって、困った子だね、みたいに)

 

 

 

ただ

本人はまさか自分がそんなことをしていたと

恐らく夢にも思っていません

 

人のものを取っていた、という自覚もなければ

悪いことをしていたとも思っていなかったと思います

 

 

人に嫌がられていた、なんでもかんでも取られてしまう

と思われていたなんて

まるで気づいてもいなかったはずです。

 

 

でも残念ながら

彼女は立派なテイカーです。

 

客観的に見れる人だけが気づくことができます。

 

 

 

多分それをもし指摘されたら

 

「お姉ちゃんにあこがれていたんだよ」的な

理由を出してくると思いますが

 

実際は憧れなどはなかったのはわかっているし

ただ目の前に出された新しいものが欲しくて

ただ姉がもってきたものが羨ましかったり

妬ましかったり欲しかったり、

 

そういう感情だけだと思います。

 

 

 

 

 

 

そもそも

 

「お姉ちゃんなんだから、あなたが全て譲りなさい」

 

という毒母の間違った教育で

ワタシは彼女に何でもかんでも差し出すのが当たり前、

彼女は欲しいと思ったものを必ず手に入れられるのが当たり前

 

そうやって幼少期を過ごさせられてしまったのが一番の原因です。

 

 

毒母はこういう面でも罪深いのです、

 

母親がきちんと制限をかけたり

叱ってやめさせたりしていたら彼女も変わっていたはずで

 

彼女のテイカー気質が育ってしまったのは

毒母の誤った指導のせい・・・で間違いないと思います。

 

 

 

 

 

子育て中の親御さんたちに言いたいのは

 

テイカーは作られる

 

ってことです。

 

 

育て方でテイカーになってしまうんだと思います、

生まれた時からテイカーだなんてありえません。

 

最初からそんな子供はいない。

 

 

 

 

 

 

例えばですね、

なにかお菓子・・・おまんじゅうにしましょうか。

 

おまんじゅうがおやつにあったとして

妹にひとつ、ワタシにひとつ、渡されてそれぞれ食べるとします

 

 

ワタシはおっとりしていたので食べるのも遅かったのですが

妹はぺろっと、あっという間に食べてしまうんです。

 

それは別に悪いことではありません、

ただ、ぺろっとすぐ食べてしまう妹に対して

おっとり型のワタシはまだもぐもぐやってるわけですが

 

すっかり食べ終わってしまった妹は

「もう食べちゃった~!もっと食べたい!!」

と必ず言い出します。子供だから仕方ないけど。

 

 

そうすると毒母が必ず

「あんたお姉ちゃんなんだから半分妹に譲りなさい」

 

というんです。

 

つまり、

1個のおまんじゅうを半分たべたところで

残りを妹にあげなくてはいけないので

 

ワタシはいつも半分しか食べていない

 

妹は1.5個食べている

 

 

そういう状態がずーっと続きました。

 

 

(毒母をかばうつもりは一切ないですが、

妹は生まれた時から食が細かったので

食いたい!と言ったら与えるのは毒母にとっては

妹可愛さからだと思います、

だからって姉から奪っていいわけはないのですがね。)

 

 

この話はただのお菓子の話ですが

他のものも全部同じです、

 

あなたが譲りなさいとワタシに譲歩を強要し

与えることで妹のご機嫌をとる

 

 

ポイントは

 

「妹を黙らせるために、ご機嫌をとる」

 

 

これがまさに毒母の通常の状態で

この子育て方法が間違いなんです。

 

 

これだと簡単ですし

自分は楽ですからね。

 

とにかく妹が泣いたりぐずったりする前に

何でも与えてしまう

 

与えることで機嫌よくさせる、常套手段。

 

 

まだまだ幼児というか、

幼稚園くらいまではそれでもいいんでしょう、

言ってわかる年齢じゃないですから

 

 

ただ小学生以上くらいになったら

ちゃんと言い聞かせたり躾ける必要は絶対ありますよね。

 

 

 

 

子供は、

 

ダメな事はダメと叱る

制限をかける

人と協調していくことを学ばせる

 

そういったことも必要でしょう?

 

 

でも毒母はある意味一番楽な方法を編み出して

それをずーっとワタシに強要し

妹のご機嫌をとって育ててしまったんです。

 

 

それが彼女をテイカーにした大きな原因です。

 

 

 

妹がぎゃあぎゃあいったりぐずった時に

 

「あなたはもう自分の分を食べたんだからそれ以上はダメ」

 

といって制限をかけることができたはずです、毒母は。

 

 

 

でもずーっと、

それはもう成人してから以降もずっと

 

そのやり口は変わりませんでした。

 

 

 

 

妹がとっていったのは

物ばかりではありません。

 

 

アイデア、とか思想、そういう無形の物もありますし

気に入った人をとっていく

みたいな、そういう嗜好のケースもあります。

 

 

とにかく、

ワタシが新しく見つけてきたものや

どこかで知りえたこと

 

教えた瞬間に、

知った瞬間に、

 

いいな~これ!といって全て奪っていってしまいます。

 

 

ちょっと後になって怖かったのは、

 

うちに遊びに来て

何かを見つけてマネしたいと思うようなアイデアだとか

新しい家具でも家電でもなんでも

 

とにかく、お、これはいいぞと思ったら

ワタシが知らない間に同じものを買っていたり

ワタシのアイデアを盗用していて

 

 

たまたま彼女の部屋に行く機会があると

まったく同じようにまねされたものを見つけてしまい

 

「え、これって・・・」

 

 

とワタシはいつも固まっていました。

 

 

 

家族なんだから真似したっていいじゃん

 

という名のものとに

黙って盗用されていたことが何度もワタシを傷つけました。

 

 

家族だからという名のもとに

ワタシが先に見つけて好きだったものや人を

いつの間にか「最初から自分の物、自分が先に発見した」

みたいに言われていることにショックを受けました

 

 

でも自分はそういう役割なんだから

仕方ない、と思っていました

 

 

何でもあげること、与えること、

自分は我慢して妹に譲ることが

当たり前なんだと思い込まされていたので

 

 

疑問にも思わずなんでもあげていた時代を経てなので

 

仕方がありません、

認めて生きてきたのですから。

 

 

 

 

 

もしも・・ですが

 

 

「このアイデアいいね!自分も真似してやらせてもらっていいかな?」

っていう一言があったら

 

ここまで恐怖は感じなかったと思います

 

 

 

そこでほんとにひとことでいいから

 

 

「ごめんね」と言えたり

 

「ありがとう、素敵なものを教えてくれて」

 

と言えていたら?

 

 

 

全然違っていたと思います。

 

 

問題は、

彼女に何の尊重も、感謝もなかったこと。

 

 

そうなってくると

なぜだよ?と奪われる側には疑問がでてきてしまうのです。

 

 

せめて感謝の気持ちさえあったのなら・・・

 

 

 

そこが残念でなりません。

 

 

 

彼女は何人か友達も失っていますが

 

その中のひとりの子が言っていた言葉が印象に残ってます

 

「自分は色々なことをしてあげて、配慮もしたのに

彼女はなにひとつ合わせてくれなかった」

 

 

 

 

 

 

そして

 

今思い返すと、彼女の場合は意図的なテイカーではなく

発達特性(ASD・ADHD)グレーじゃないかと

 

ワタシはそう踏んでいるので

悪意を持って奪っていくのではなく無邪気にというか

悪いと思っていない節があった

 

ということは言っておかなければなりません

 

 

 

でも当たり前すぎるように仕向けたのは毒母ですから

 

ある意味彼女も毒母の被害者です。

 

 

 

 

 

 

テイカーは作られるのです

 

 

親次第です、

 

親がどういう風に子供を教育するか、

どう導くか、

 

そこで決まるのだと思います。

 

 

 

 

 

 

 

ワタシは譲るのが当たり前の人生を歩みすぎて

 

奪われたものを惜しいとは思っていません

 

 

一度奪われたらもうそれは妹のものだと思って

自分は手放してきました

 

すぐ諦めるのです、自分のメンタルを守るために。

 

 

だからそれほど執着心も生まれませんでした。

 

 

 

 

ただ正直、感謝はしてほしかったですね。

 

後から気づいたとして

奪ってごめん、と言えたとしても

 

ごめんが聞きたかったわけではないですから。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

いくらグレーゾーンの子供でも、

人に感謝する気持ちはちゃんと育つと思うのですが

 

 

その部分すら成長できなかったのであれば

本人が元々もっていた特性と

毒母のやり方のミスです。

 

 

 

 

親がどう子供に教えるか

 

どう導くか

 

 

まだキャンバスが真っ白なうちに

どんな風にいってきかせるか

 

 

 

とても重要だと今更ながら思います・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

ちょっとワタシが書いてるのと意味は違いますが

 

こんな映画ありましたね・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

AIに相談する・・・

 

 

ってことを

 

「それはちょっと・・」

 

否定的な顔をされる方もいらっしゃるようですが

 

 

 

 

ワタシに言わせると、

AIだろうとなんだろうと相談する相手がいるだけまし。

 

羨ましいですね、今の時代の子が。

 

 

本音でそう思います。

 

 

 

 

ワタシがどんなに母親にいじわるされても

父親に罵倒されても

 

誰かに言いたくても相談したくても誰もいないし

話すことすら憚られていたし

 

 

相談するという手段があることすら、

なんならわかってなかったですよ。

 

 

 

 

それが家族で家庭で、そういうもので

 

世の中はそういうもんだからと

 

 

 

 

妹は楽しそうだし

 

 

妹を楽しませなきゃ

可愛がらなきゃ

親の役に立たなきゃ

 

 

自分さえ黙っていれば平和

 

 

ワタシは嫌だなあと思いながらも黙って耐えるだけ

 

 

その場をやりすごせばいい

 

毎日やりすごしていれば

時に良いこともあるし

 

ご飯は食べられるし

 

 

なにより学校に行っているから

 

 

親の言うとおりにしなくては

 

 

 

 

 

相談なんていう手段があるって

誰も教えてもくれないし

助けてくれる人もいない

 

 

 

学校の先生なんて皆意地悪だし

平気で差別していたし

信頼できる先生なんて皆無

 

 

たとえば中学生が中学生の友達に相談したところで

その子も中学生なんだから

大人みたいなすごい回答を持ってるはずもなく

 

 

 

仮に

殴られたり暴行を加えられていたら

また話は違ったと思いますけど

 

 

うちみたいな

外から見えにくい静かな虐待もあるんですよ。

 

 

手は出さない

 

でも心理的に追い詰めていく

 

 

都合よく使われたり

人が見てないところで虐める

 

 

母親が妹だけを可愛がる

 

でもそれ

他の人には絶対わからないようにやる

 

 

妹の前では

平等に扱っているようにふるまうから

 

誰もそんなこと信じてくれない

 

 

妹ですら

ちょっと言ってみても信じてもらえない

 

 

父親なんてさらに馬鹿

「まああの人は問題はあるが悪い人間じゃない」

 

とか言ってる

 

 

いや、

悪いよ、ワタシに対しては。

 

 

でも誰もわかってくれないし

信じてもくれない

 

 

 

他の家と違う、

他の友達とは違う、

ってちゃんとわかったのなんて

かなり時が経ってから

 

 

わかりにくい虐待もあるってことなんて

ずーーーっとあとになってからわかったこと

 

 

 

もしあの時今みたいにAIがあったら??

 

 

ワタシはもっと違う手段をとれたと思います

 

 

 

母親にじりじりと追いつめられて

早く出ていくように仕向けられていた頃

 

もし相談できる仮想でもいいから

そういう知能を携えた何かがあったら

 

 

もっと違っていたと思います。

 

 

 

 

 

 

 

 

嫌な思いをした人の気持ちや行動は

 

嫌な思いをしたことのある人にしかわからない

 

 

ピンとこない

 

 

そう、ピンとこないんですよね

この人たち

 

 

 

 

そういう状況のわからない人が

「署名運動」なんていう脳天気なことをはじめる

 

 

 

 

「~~ゆえ、」なんて言葉

 

18才が思いつくか。

 

 

 

もう文章読んだ瞬間に違和感しかない

 

 

 

 

 

 

 

ワタシ、今まで生きてきて、

 

「私は泣き崩れました」

 

 

なんて表現、したことないっすよ?

 

 

小説かよ。

 

 

普通の女の子なら「泣いてしまいました」というだろうね

 

 

 

 

 

 

 

やっと少しずつ

 

 

違う方向から見てくれる人が増えている気がしますが

 

 

 

全体の空気、

あら、気の毒に、というこの空気

 

 

 

被害者の方を叩く空気

 

 

 

これがザ、日本なんだよ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

富士山が窓から綺麗に見えます。

 

 

遠いから

決して大きく見えるわけじゃないんだけど

 

 

それでも

 

火山だなあ・・と思う

 

 

 

 

 

まだ雪が残ってる

 

 

 

 

朝と

家にたまたまいた日は夕方も

 

 

 

富士山を見ると癒されます

 

 

 

 

 

あ、そういえば

 

木曜だったか金曜だったか

 

 

 

花火が上がってて

 

 

こんな季節に??と不思議でしたが

 

 

 

 

お台場で何かイベントがあったんですね。

 

 

 

 

 

遠くから楽しませていただきました・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

絶対はずせない、アイス。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ワタシの記憶が正しければ・・・

 

(ってセリフありましたねw)

 

 

 

昭和から平成あたりまでの日本は

 

 

 

冬が12月、1月、2月

 

2月はまだ冬だけど梅が咲く頃から春の予感

ちょっと春めいた日がちらほらと出現

 

3月はまだ寒いけど春の兆し半分

 

4月、5月~6月頭までが春

特に5月は1年で一番か二番の爽やかな季節

 

6月二桁に入る頃~7月初旬、中旬までが梅雨

 

梅雨明けから9月の一桁までが夏

(7月は盛夏、お盆あたりから残暑)

 

9月も二桁に入ると時々涼しい風が吹いてきて

秋のはじまり

 

10月は1年で一番か2番の爽やかな気候の秋

 

11月は深まった秋~時に冬のような寒さもあるけど

過ごしやすい気候の日が多い

 

そしてまた寒い12月がはじまる

 

 

 

(※ワタシは東京生まれ、東京23区在住なので

その気温が基準になっています)

 

 

 

 

・・・って感じの季節の移り変わりだった気がするんですが

 

 

 

 

 

最近

 

 

 

12月、真冬、くそ寒い

 

1月、真冬、くそ寒い

 

2月、真冬、まだくそ寒い、春の兆し見えず

(なのに花粉症の方はもう反応がでてしまう)

 

3月、冬、寒い日の方が多く桜も震えながら見る

 

4月、やっと春っぽくなるも強風の日が多い

PM2.5も黄砂もよく飛ぶので外出がままならない

 

5月、春のはずが既に初夏、くそ暑い日が増える

素敵な爽やかな日は数えるほどで

あれ、ちょっと雨多くね?と思ってると

既に梅雨はじまってました!と気象庁がのちに訂正する

 

7月20日くらいまでじとっとした梅雨

昔のようなさらっとした小雨は降らず、常に湿度がすごい

 

梅雨明けたと思ったら猛暑開始。

 

7月~8月~9月、ずっと猛暑。

常夏、というより猛暑

人が死ぬレベル。デスバレー。

 

9月終わりになってもまだ暑い日が多い

 

10月頭になるとやっと少し気温が下がる日が

 

しかし爽やかな秋の気候はあっという間に終わり

11月の声を聞くと冬の気温に

 

そして気持ちの良い秋がほぼないままに

12月、真冬。くそ寒くなる・・・

 

 

 

 

つまり

 

割合としてはさ、

 

 

春ちょびっと

秋ちょびっと

 

 

あとはずーーっとくそ暑いかくそ寒い。笑

 

 

 

 

 

日本の四季はどこいったーーーーー!!!泣き笑い泣き笑い泣き笑い

 

 

 

 

 

 

 

 

あまりの暑さに

カフェに避難した翌日

 

 

 

 

 

 

 

 

今度は寒すぎてカフェに避難。笑

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ハムや玉ねぎ、マッシュルーム

ベーコンなどと共に

 

 

「パイナップル」

 

 

が乗っている

 

いわゆる「ハワイアンピザ」

 

 

 

 

ありますよね。

 

 

 

 

みなさんは

それ系は許せる派ですか??

 

 

 

 

 

 

ワタシはむしろ、大好き派。笑

 

 

 

 

 

 

酢豚のそれも許せるどころか

 

追いパイナップル

 

 

 

してほしいくらい。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

意外と皆さんご存じないこと教えちゃいましょうか。

 

 

 

 

この論争って、

ワタシが知る限りイギリス人も同じことで揉めます。笑

 

 

 

日本人だけなのかと思ってましたが

彼らもまた、

 

「ありか、なしか」

 

 

で友達と論争になるんですよ~

 

 

 

 

 

向こうに住んでた時の話ですが

友人知人とピザレストラン行った時

 

「ハワイアンとか信じられない!!」

 

って言いだす人がいて

 

 

いやいやいや、ウマいでしょあれ。

 

 

と、許す派と許せない派に分かれて論議しましたwww

 

 

 

 

 

 

 

おかずっぽいものの中に、甘いフルーツを入れる

 

 

 

っていうの

 

人によって好みが分かれるのは人種関係ないんですね。

 

 

 

 

 

 

ただし

 

その友人の中で

 

 

強固に「パイナップルなんぞは許せん!」

・・・と嫌がってたのはイタリア系の子でしたケドw

 

 

 

邪道なのかもしれませんね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

さて

 

 

英語でタイトルつけると

 

途端に100人レベルでアクセスが減るアメブロ。爆

 

 

 

それだけ英語苦手な人が多いっていうことなんでしょうか。

 

 

 

 

 

ではつけてみます、英語タイトル。笑

 

 

 

 

 

 

あ~ピザ食べたくなってきた・・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

カーネーションばかり目についた花屋さんも

 

やっとこ通常な感じに。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ほっとしますw

 

 

 

 

 

 

 

 

 

よく妹が言ってました、

 

毒母にイベントごとに何かあげようとすると

 

 

「いいのよ、私にお金使わなくていいから!

あなたがそのお金で自分の好きな物買いなさい、

私は何もいらないから!!」

 

 

 

っていうんだけど

 

 

じゃあそうするか?

 

って何もあげないでいると

 

 

 

「何もないんだ?」

 

 

 

・・・みたいな。笑

 

 

 

 

欲しいなら欲しいと言えばいいのにね。

 

 

「私は遠慮するキャラです」みたいなアピールしておいて

 

実際は欲しいって後からバレるくらいなら

最初から素直にもらっときゃいいんだよ。

 

 

 

 

で、

ワタシの場合よくあったのは

 

毒母に何かあげると

 

 

「私こんなの使わないから」

 

 

みたいな

 

 

自分の好みじゃないものが来ると思わず文句言うw

 

 

 

 

 

 

これがねえ、

ホントに愛情あって信頼しあってる母娘の話なら

 

漫才みたいで逆にほのぼのできるんだけど

 

 

うちの場合これマジだからw

 

 

 

 

 

やられた方は「なんなんだよ!」

ってなる。

 

 

 

 

そして

あなた使っていいから~

 

って

 

結局自分で持って行ったものを突き返され

持って帰る羽目に。

 

 

 

 

妹がいつだったか多分

 

「もらったら感謝するべき、

好みじゃなくても失礼なんだからもらっておけ」

 

みたいなこと言ってくれたんだよね。

 

 

それ以降は受け取るようになってたから。

 

 

 

 

 

なんかこの人、

家が商売やってたからなのか

 

金で何でも解決するっていう癖があって

 

 

現金もらって現金でお返しする

 

みたいなのを親戚と延々やってて

 

 

 

ワタシは遠目に見ながら馬鹿じゃねえのと思ってました・・・

 

 

 

 

 

 

 

 

 

そういやあ

事故の話題もずーっと情報番組などでやってたけど

 

 

 

まあワタシに言わせると

ほとんどの事故は

 

 

スピードの出しすぎ。

 

 

 

もちろん、

他の要素もそこには絡んでるわけで

それだけってことではないのは基本としても

 

 

 

たいていは

たとえ同じケースだったとしても

 

 

「その時もしスピードが出ていなかったら」

 

 

 

ここまでにはならなかっただろうよ、

ってのが多いはずです。

 

 

 

 

 

 

 

うちのジジイ(毒父)がもし

昭和の野郎じゃなく今どきの人として生まれてたら

 

完全に交通刑務所に入ってるよ。

 

 

 

とんでもないスピード狂だったからね。

 

 

 

 

妹が生まれる前、

幼児のワタシが車に乗せられてるときに

 

 

 

何度か死にそこなってますわ。

 

 

 

あと数ミリずれてたら

 

あと一瞬遅かったら

 

 

みたいなのが何度もあって

ある意味ワタクシ、奇跡の子。爆

 

 

 

よくぞあのオヤジのキチガイ運転で

生きてたよね・・

 

っていう。

 

 

ヤバいエピソード満載です。

 

 

 

そもそも幼児乗せてるのに危険運転してる時点で

こいつはアタオカだけど

 

当時はもちろんチャイルドシートなんて

まったく義務じゃなかったからね。

 

 

 

 

 

 

 

そしてそれを自慢のネタにしてたからね、このオヤジ。

 

 

 

自分がどれだけ運転の腕があるか、

 

ってのが自慢で仕方なかった。

 

 

 

 

確かにうまかったことは認めるけど

 

安全があった上で上手かどうかが決まるんだわ。

 

 

 

常に死と隣り合わせの運転なんて

 

褒められたもんじゃねえ。

 

 

 

 

車の室内でふっとんだことは何度もあるし

頭もぶつけたり何度もしてるし

 

 

飛びそうになったところを手で押さえて止められたこともあるw

 

 

 

ホントワタシ、よく生きてたよ・・・