SNSが広く流行りだしたころ、
まず、
どうして皆そんなに承認欲求が強いのか
どうしてそんなに人に何かを見せたいのか
ワタシには到底わかりませんでした
何を見つけてきても
何を買ってきても
何を発見しても
ぜーーーんぶ
なにからなにまで
全部、とにかく全部
妹にもっていかれ取られていた自分は
他人に何かを見せたりあげたりするのが
苦痛で仕方なかったからです
それは今もPTSDかもしれない
もちろん最初はちゃんと心も広くて
優しい心、譲る心があったし
いいよいいよ、なんでもあげるよと
そんな小さい気持ちは一切なく
何でも妹に譲ってたんですが
せっかく見つけてきた大切なものをねだられ
譲ると
そのうち飽きてその辺に捨てられる
せっかく努力して必死で探してきたものをねだられ
譲ると
そのうち飽きてその辺に捨てられる
これを繰り返していたら
もう何かをあげたり譲ったりすることが苦痛になりました
おまけに
褒められるわけでもなく
感謝されるわけでもなく
挙句の果てその辺に無残に捨てられていたら
誰だっていやになりますよね。
その感覚を大人になってからも
ずーーーーーっと引きずっているワタシは
人に勧められてSNSをやってみたところで
写真を出せば取られるし
取るだけならまだしも勝手に加工したり
都合よく自分が作ったもののように使われたり
ブログで知り合いになった人は
ワタシの文体やら口調、話し方などまで真似てくる
それがまた読者の人にうけてたりすれば
なんだよそれ、あたしの言葉じゃん
となるし
その人が宣伝して何かで儲けてたりしたら余計に
ワタシの言葉の著作権は??
となるし
こうして何か話を書いたら
取っていかれて
さも自分のストーリーのように勝手に使われ
これじゃまるで
妹に全部取られていた時と同じじゃん
・・・となり
何も出したくもなくなるし
やってる意味もわからなくなる
そもそも親がアレですから
自己肯定感なんてゼロに近いので
承認欲求なんて一切ないし
自分が誰でどこで何をしていようが
人にひけらかすマインドが一切ないし
マウントをとる意味もわからんし
やってる意味もわからなくなってくる
ただ遠くにいる友達に近況を伝える意味で続けているけど
そして面白いといってくださる方がいるから続けられているけれど
そして自分の備忘録的には続けているけれど
それ以上でもそれ以下でもなく
ワタシね、笑えないんですよ本当の意味で。
妹は、お笑いってやつが好きなんです
つまんねーコントとか漫才とか
ああいうのが好きで
追っかけたりとかしてみたり
テレビのお笑い大好き
だからサバ番みたいな番組絶対今でも見てると思います
ふざけるのが好きだし
バカ言ったり
何でも面白くしたり
とにかく脳天気に面白い事言ったり言われたり
まあ無邪気ってことですよね
それがワタシにはできないんですよ
笑えない
お笑いのテレビやってたら
チャンネル変えます
ひとさまとのつきあいで表面的には合わせて笑うけど
本当の意味で心の底では笑えてない
それでも観劇などするのと同じで
その場だけふと現世を忘れて
笑わせてくれる人たちはありがたい存在ではあるのですが
あとで振り返ったら
全然笑えてない自分がいる
みんなが陶酔して夢中になれるようなライブとか
アイドルでもなんでもいいんですが
そうしたものの裏側が全部見えてしまう自分は
客観的にすべてを見てしまうので
没頭することはできません
毒父の言葉にいつも傷つけられ
毒母にはいじめられ差別され
そんなことも理解しない妹は無邪気に今日も笑って
可愛がってくれる毒母にわがままを言う
ワタシには与えられなかった全てを持っているのに
またワタシから新しいものを奪っていく
そういう生活がずーっと続くと
何もかもが馬鹿らしく見えて
常に冷静でいるので
盛り上がることもなく
冷酷な人間になっていくのです
怖いのは
この人たちは
「そんなに悪いことをしたつもりはない」
と全員そう思っているところ
そう、
彼らは皆、そう思ってます。
いじめられた側の子が
自殺してしまうケースが多々ありますよね
その子たちに言いたい
どうせ死ぬなら
道連れにしてやれ
辛くて死ぬならやり返してから死ねばいい
どうせ死ぬんだから罪にならないよ?
でも他にそのエネルギーを使うすべもある
いじめた人たちに復讐する時間と力があるなら
自分に使った方がいい
そんな人たちの事は忘れて
自分の人生を生きればいい
だから今その場所が辛いなら
なんとかして逃げて欲しいと思います
It's a small world
の逆説的な意味は重々理解していますが
世界は広い
と思った方がいい
今いるその場所から逃げ出していいんです
逃げた先には必ず
何か
違うものが待っているから
狭い世界にいないで
どこか遠くに逃げればいい
心はむなしいままでも
人生の無駄遣いにはならないから
