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Q.リース会計におけるH19年基準とIASBとの違いは?会計情報の質的特性に触れて。


A.H19はFLとOLを異なる事象と捉えて異なる会計処理を行うが、IASBではFLとOLという垣根を設けず、リース資産を細かい構成要素にバラした中の使用権の移転という点で、両者は同一の事象と見て、比較可能性を向上させている。


昔、大原で習ったときは割賦購入説とか実質優先主義というキーワードにインパクトがあったものだが、今は使用権モデルというまた新しい学説が登場している。施設利用権説というのもあるにはあったが。


以下の点に注意

・ここでいう比較可能性…同一事象には同一の会計処理

・H19はリスク経済価値AP

・IASBは財務構成要素AP

・H19の比較可能性はリース取引と資産の割賦購入の同質性に着目している

・IASBの比較可能性はFLとOLの同質性に着目している

現在の心境として、自分に自信がもてない。

その結果として、交友関係も受験仲間など少数に限っている。リーマンの友達には顔を合わせ辛い。

試験に受かれば自信が持てると思っているがそれも少し怪しい。

本の引用だが、原因と結果が逆になっている場合があるらしい。

例えば痩せても痩せても劣等感が消えない人がいるとして、

太っているから→劣等感ではなく、

もともと劣等感があるから→体型が気になる。

でもこの例、自分にあてはまるかなぁ…もともと劣等感なんてなかったしなぁ。


また、私は理想と現実のギャップが激しいことに気付いた。理想というハードルが高すぎるきらいがある。

そのハードルが越えられないとみるや、現実の自分を叩き自己嫌悪に陥る。

自信が無い割に自尊心が強いという感じ。

これは昔の自分、他人に遠慮して自分を守っていた頃の自分とよく似ている。

ハードルを下げて、「今はこれでいい」と言い聞かせ、日常の小さな成功体験から自分を認めてあげることから始めよう。

自分の言葉で説明する練習として税効果を題材にしてみる。


なんで税効果が必要なのか?P/L面とB/S面がある(この入り口は暗記)

・P/L面…税前利益と法人税額の対応関係が損なわれるから。

税前利益が100だとするじゃん、税務署は税金一杯取りたいから費用が否認されて、大抵課税所得は税前利益より大きくなってそれが150だとするじゃん、それで40%掛けて法人税が60になるじゃん。

すると100と60が対応してなくて意味不明なことになるじゃん、だから20を繰延べ処理して100と40でめでたしめでたし。

・B/S面…将来の法人税額の支払額への影響を示したいから。

さっきの例から一年経って否認された費用が認容されたとして課税所得が50だとするじゃん、それで40%掛けて法人税が20じゃん。ここで、税前利益100なら本来なら法人税40払わないといけないのに20で済んでるじゃん。このように差異解消時に法人税の支払額が少なく済むという影響を差異発生時に示したいがために一年前に繰延税金資産を20計上していたってわけじゃん。


あれーでもさ、繰延税金資産はCOFの減額という意味で資産性があるけど、前払い家賃とかは只の経過勘定だから資産性ないよな。けど繰延税金資産て税金の前払いだよな。。。

違うな、確かに収益費用APでみれば前払い家賃は当期費用になれなかった残りモンだけど、資産負債APでみれば繰延税金資産と同様、将来の家賃支出の減額効果があるから資産の定義を充たすと言える、と思う。

聲の形3~6巻を読み終わってしまった…一気に読みたい所を我慢して一日一冊にしたのに。

各巻の読後の一言感想を述べたい。


・3巻…結局ハーレム漫画ですか?(嫉妬) 石田は、植野からも西宮からも好かれていて、しかもお約束通りそれに気付かないなんて…

・4巻…ばーちゃんの言葉が胸に来た。結絃は自分のことを知ろうとしていないと。自分を大事にして初めて人を大事にできるってことじゃないか。

・5巻…ほんとこの竹内っていうのはどうしようもねぇな。竹内と川井だけは好きになれない。でも今見返したら、手話を理解しているあたり救いようはあるのか?それで西宮は最後あれでしょ。お願いだからやめて。私のせいでみんな不幸になるから私がいなくなればいいんだってこと?本人じゃないから分からないけど分かってあげたいよ。関係ないけど関係あるって思いたいって良いセリフあったじゃん。君のために生きたいと言った石田を、置いていかないでくれ。

・6巻…今度は逆に西宮が石田を死の淵から救い出したってことなのか?どうなるんでしょう。次の巻で終わるそうです。終わってほしくないけど、ここで物語を一旦終えて自らの人生にフィードバックする良い機会と捉えることにする。


さて、この漫画の登場人物は全員なにかしら葛藤を抱えている点が気になった。

・石田…西宮に謝って西宮のために生きていきたい⇔それは単なる自分のエゴなんじゃないか

・永束…俺は明るく元気な映画監督⇔自分って冴えないし見栄っ張りなんじゃないか

・真柴…先生になりたい、石田と友達になりたい⇔過去に拘っている、自分より普通じゃない奴を見て安心したい

・植野…自由に生きたい、石田と仲良くなりたい⇔なぜか上手くいかない、私は私の権利を主張しているだけなのになぜか喧嘩になる

・佐原…植野さんのようにカッコよくなりたい⇔自分に自信が無い、ダサいんじゃないか

・石田母…西宮さんを責めるのは大人げない⇔あなたのせいでうちの子が入院した

・川井…私は真面目でカワイイ委員長⇔なぜかキモがられる、私は被害者


川井の葛藤、しょーもねー。最後に西宮の葛藤を書こうと思ったが難しいので断念する。西宮と植野の喧嘩シーンが何度かある(遊園地&病院)けど、そこに実社会の人間関係にも通じるエッセンスが詰まっていると思う。私は私が嫌いだなんて言わないで。いちだくぅ、うきぃの瞬間あんなに輝いてたじゃないか。ドキドキして、なんて人生って楽しいんだ、ってあの時思ったろ?伝わらなかったけど。だから5巻の最後みたいのはやめてくれ。

考察サイトを見たけれど、本当によく考察されてますね!自分じゃ気付かなかった所がたくさんあった。

感じたことまでその人に合わせたくなるけどおっといけない、感じ方は人それぞれ、自分は自分。











「価値観を押し付けないでくれ」という価値観の強要。というものがあるとすればこうだ。

A君がB君に「Bよ、お前の○○は一般的にみてあり得ないよ」と言った。

B君はその言葉に難色を示したと。

でそれに対してさらにA君が難色を示したと。

もうこうなってくると訳が分からない。イメージはこんな感じ↓



似たようなものに「表現するのが自由なら、批判するのもまた自由」。

こっちはまだ分かり易いか。うん、自由だよ。討論してお互い納得できたら理想だね。


上の価値観うんぬんだけど、もうシンプルに考えたほうがいいと思う。

A君は、B君に拒絶された(自由を侵害した)のだからゴチャゴチャいわずに引き下がれと。

A君も自分の自由を侵害されたと思うのかもしれないけど、それはないよ。元の状態に戻っただけ。


・人はなにをしようが自由だ(※他人の自由を侵害しない限り)


「磯野、野球しようぜ!」→「やだよ、かったるい。」→「磯野がいないと9人揃わないのに、自己中な奴」

自己中はどっちでしょうか。それも磯野君の自由でしょ。


あと以前も書いた一件。

「タバコ吸う女キライ」→「そういう度量の狭い考え方やめな」

私の好き嫌いは私の自由でしょ。タバコを吸う女性に止めるように強要したのならともかく。