あの島へ 第二海堡ツアー その2 | 酒と散歩の日々                                               

 昨日に続いて、東京湾要塞 第二海堡上陸ツアーに参加した話である。

 

 

 昨日に続いて、まずは地図でその所在である。東京湾の三浦半島と房総半島のちょうど中間あたり、浦賀水道に挟まれるようにしてこの人工島はある。

 第二海堡についての歴史は、昨日書いたので興味がある方は、リンクから昨日の話へ飛んでいただきたい。

 追加して書くとすれば、この第二海堡は現在「埋蔵文化財法蔵地」として指定され、動植物や以降について持ち出しが禁止されている。

 ただ、2005年に浸食のため危険性が増したという理由で上陸が禁止されるまで、けっこうルールはゆるゆるだったようだ。

 この後写真を載せる「中央部砲塔観測台(長いのでトーチカとこの後は表記)」は1979年に故松田優作さん主演の「蘇る金狼」のロケに使用された。

 また、1999年に「Mr.Children」が「終わりなき旅」のMV撮影にこの第二海堡を利用している。果たして、両方ともきちんと許可を得ての撮影だったのかどうか・・・

 また、漁船などが釣り人をこの海堡へ渡すということも当たり前にあったようだ。

 

 2014年 日テレの「鉄腕ダッシュ」で「TOKIO」のメンバーが生態系の調査という名目で上陸。

このあたりから風向きが変わったようだ。

 観光資源としてこの第二海堡が検討され、2005年に初めて上陸ツーリズムが試験された。その時に私が参加した様子が、その年の3月に書いたこのブログである。この時は、かなりの風雨の中上陸した(実際には、それくらいの悪天候でなくてもかなりの確率で上陸が中止となるらしい)。

 

 その視界の悪い上陸ツアーから約4年。再度、上陸ツアーに参加するチャンスに出会ったわけである。

今回の企画は、横須賀市民限定のもの。

 

 ここからが昨日からの続きである。

 

 

 上陸した桟橋のすぐ左側には、レンガ造りの建造物がある。「北川着船場前倉庫」である。燃料庫として使われていたのではと考えられているそうだ。この倉庫と桟橋は、最初の地図の逆への字型の折れ曲がるあたりの上部にある(地図の上が北だからね)。

 この倉庫、壁面はレンガ積みだが上部はコンクリート製。両者の組み合わせは建造当時、かなり新しい技術だったそうだ。

 桟橋の右側には掩蔽壕。ただし、その前のコンクリート部分が崩落して、半分埋まったようになってしまっている。こういった箇所の修復も検討され、少しずつ進んでいるようだ。

 

 

 その間にある細い道をあがる。

 

 

 途中に「第二海堡」と書かれた立派な看板。ここは人工島。生えている植物は、種子が風で飛ばされたり鳥に運ばれたり、あるいは人にくっついてこの島にきたもの。

 

 への字をした島の中央部が一番高く造られている。その場所が、「蘇る金狼」で松田さんの背景として残るトーチカ。

 

 

 このトーチカの壁に隠れるようにして銃を構えた松田さんの写真が残っている。

 

 

 このトーチカの中をのぞきこむ。高さ的には、背の高い人なら何とか肉眼でみられるくらい。

 このトーチカより東側の半分は、立ち入り禁止。「海上災害防止センター」の訓練施設となっている。資格試験にも使われるために、詳細を明かせないと理由で写真撮影もNG。でも、海上からなら撮影できるという不思議さ(多分その4でアップ)。

 

 

 というわけで、この高台(といっても高さ15mくらい?)から西側を臨む。ソーラーパネルの向こうにみえるのは、浦賀水道の安全を司る灯台。あのあたりに、この第二海堡の目的であった15cm加農(カノン)砲がいくつか設置をされていた。

 

 目線を移動させると房総半島との間に第一海堡がみえた。あちらは、船を接舷できる桟橋がないため、未だ上陸ツアーなどが計画をされていない。

 

 

 ここから、下へくだって灯台の方面へと案内がすすんでいく。