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// TimeLine:20200403
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TITLE:
量子的実在論的わたくし的仮想論
SUBTITLE:
~ Schrodinger's cat. ~
Written by SilverCat

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 久しぶりにアパートにやってきた。
 もはやどちらが別宅でどちらが別荘でどこが僕の棲み家なのかが分からない。
 時間に縛られるわけでもないし、さほどの予定があるわけでもない。
 月に1、2回、外部からのアクセスによって30分ほどを要する予定が設定されるけれど、その程度だ。
 あとは自由にしている。まるで公園生活だ。
 
 ある程度、お腹が引っ込んできたものの、筋肉がついたぶんだけ脂肪を押し出している。
 お腹を引っ込めるために腹筋するのは、僕は基本的にはおすすめしない。
 一番簡単なのは、背筋や大臀筋をつけることだろう。勝手にお腹が引き締まって見える。
 おそらく皮膚が引き上げられるからで、大臀筋よりは背筋の方が効果が高いのだろうと想像する。
 
 長らく自転車にも乗っていないから、大臀筋と太腿の裏側の筋肉がとても衰えていたので、そこを今はトレーニングしている。
 あとよくよく考えると、5年ほどもぱやぱやしていない。
 ぱやぱやで使う筋肉を、まったく使っていなかったことに気が付いた。
 ぱやぱやなんてしなくても何とかなるのが僕という(性風俗も必要としない)イキモノではあるのだが、なるほど姿勢の制御に不安定なことがあって、理由に合点がいった。
 仕方がないので、ぱやぱやを重点的にしている、という前提でぱやぱやに使いそうな筋肉のトレーニングもすることにした。
 
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 エスプレッソマシンがアパートの方にしかなくて、先月くらいまではなんだかんだと事務手続きがあったので(税理士だの銀行だのとの打ち合わせがあり)気ぜわしく、今日、久しぶりにカプチーノを嘗めながら、葉巻を喫んだ。
 WHOの教育の成果もあってだろう、世俗は喫煙を低俗で醜悪な中毒習慣としての地位に固定しつつある。
 個人的には、WHOという謎組織には懐疑的なのだ、なんとか協会とか、なんとか推進委員会とか、だいたいろくなものではないように肌が感覚する。
 タバコは本来、祈りのための道具だ。
 たしかインディアンが儀式に使っていた。ファミリィと父霊を結ぶための、大事なエッセンス。仏教でいえば線香のようなものか。
 それを侵略者どもが横取りし、経済に乗せたように記憶している。
 そして侵略者どもが奴隷の健康を守るために、今度は禁止しつつあるというわけだろう。
 次いで、アルコール、カフェインと続いてゆく気がする。モルモン教徒か。
 
 きっと祈りのカタチは様々なのだろう。
 僕は煙草を味わうたび、シャーマンたちの祈りを想像する。
 母体は肉体を遺し、父親は父霊となって部族を見守る。
 僕の燃やしたケムリは換気扇に吸い込まれたりすることも多いが、それでもどこかに繋がっているような錯覚と、ニコチン酔いを覚える。
 
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 僕は結構、書いたことが実現するタイプである。
 
 たとえば「モテである(モテたい、ではない)」と書いたらモテになった。
「のんびりぼんやり過ごしている」と書いたら、のんびりぼんやりな人間になった。
「オカネモチーになりたい」と書いたら一年間無職で過ごせるくらいのささやかなオカネモチーを味わうことができた。
 
 目下の野望は「秘密基地を作っている」こと、「秘密基地に地下室ができあがっている」こと、「地熱実験をする」こと、「居住空間における水冷実験を深める(以前、アパートでしていた)」こと、「モテである(再び)」こと、「もうちょっと贅沢なオカネモチーである」こと、「猫を3匹飼っている」ことであるが、これらは流石に無理だろうか。
 いや、猫がどこかに跳ぼうと思ったとき、猫はその場所に跳ぶ。
 
 僕が呪うと相手が死ぬので、弟子は僕の呪いを(僕本人のことは差し置いて)恐れている。
 嘘のように聞こえると思う。僕自身も、あまり信じているわけではない。
 
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 僕をして生きていると認識し、あるいはさせているこの世界は、僕の知らないことや理解していないこと、場合によっては知ることもできず理解することもできないことに満ちあふれている。
 僕はそれを理解していて、肌で体感している。
 
 僕は僕以外の他者が、おそらく(あるいはもしかしたら)実在しているという前提で日々を過ごしているが、他者の存在とその実在を(たとえそれが目の前にいようとも)完全に信じているわけではない。
 ただ、もし「本当に他者を含めて客観的に実在していた場合」を重視して思考し行動した方が、僕自身の実在を維持する上では安全である。
 なにより実在を維持するか放棄するかは、僕自身の意思で決めているし、決めていたい。
 生殺与奪の権を誰かに握られるなんてまっぴらごめんだし、そういう意味で考えればなおさらのこと「経済というイキモノ」ごときにこの9つの尻尾のうちのそのひとつでも握られてたまるかとは思っている。
 眼鏡でショートヘアのキュートなガールにおかれましては、撫でるくらいまでは許してさしあげるものの、掴むような相手は威嚇もせず囓るのがねこ社会の掟である。
 
 だから僕自身の意識と、そのよりどころである肉体とをそれなりの状態に維持することが、維持と放棄の選択の上では優先されることになる。
 希死念慮がいつもあるにもかかわらず(一般に言うところの「しあわせな気分」であろうと「不幸な気分」であろうと)僕がまじめに死ぬことを実行しないのは、死んだら選択肢が失われるからでもあるし、死ぬまでに知っておきたいことが多分まだあるからだろう。
 
 僕の中では、基本的に僕と僕以外を「等しいもの」として扱うことが当然になっている。
 人は生と死を分けて考えるし、自分と他人を異なるものとして扱う。
 僕は生と死を同じものの異なる状態(たとえば沸騰した水蒸気と氷でもいいし、伸びたゴムと縮んだゴムに喩えてもいい)あるいは同じものの同じ状態を特定の点(時間や視点)で観察したときに僕というスクリーンに投影された情報として認識している。
 つまり僕は生の本質も死の本質も知らない。もっといえば人の本質も、生命の本質も、自分自身の本質も、これらを考える自分自身の意識の本質も知らない。この一文の「本質」を「実在」に置き換えても、同じことがいえる。
 にもかかわらず、僕はこのように記述していて、記述したことだけが、自身と他者に明確な投影情報として認識可能になる。
 
 他者も、基本的には僕と同じ組成によって実在すると僕は仮定している。
 彼ら/彼女たちは、同じ組成で同じ宇宙(あるいはシミュレート系)に存在し、あるいはさせられている。
 ただ、僕以外のほとんどの知性は ── それがヒトのカタチをしていて、知性と呼べそうなものを保有していて、さらにその知性が一定以上の客観性や整合性を利用して、自身の中で自身と他者の存在する系をシミュレートできるレベルのものであると想定しても ── 一意的であることが多くて、それが僕を悩ませる。
 どうして彼ら/彼女たちは、不確定性をまるっと体現できないのか、と。
 いろいろなものが重なっている状態を、そのまま認識できないのか、と。
 
 おそらくここまでに書いていることを理解できるひとがいないのではないかと、僕は時々恐れる。
 そう、こんなことを考えても考えなくても、ヒトは生きることができる。猫もきっとそうだろう。
 
 僕の存在する系を僕の中でシミュレートするとき、それがいかなるカタチを与えられていようと、仮にそれがオカネモチーだろうがモテだろうか、美形だろうか醜男醜女であろうが、考えていない時点でそれは死んでいるのと同じか、それ以下と見なされる。
 ために僕はアタマワルいイキモノを嫌うのだ。
 それらは対等に扱うには程度が悪く、ないがしろにするには人道(あるいは猫道だっていい)にもとる。
 
 ために僕は、僕以外のイキモノ(特に哺乳網サル目ヒト科ヒト属ヒト)を、「自分と少なくとも同等の処理能力を有する」という前提で僕を生きる。滅多に呪わない。
 それは僕の認識するシミュレート系において(宗教観を抜きにした科学法則として)自身を呪うことに等しいからだ。
 
 多くの場合、僕は他者をうまく理解できていないことが多いように感じるし、僕自身のことも等しく理解していないように感じることが多い。
 なにより僕は、僕が僕であると仮定して、その前提で思考しているだけで、前提を無視して考える ── ぼくはこれをよくおこなう ── とき、僕は「ただのねこ」になってしまう。
 それは種類も血統も性別ももちろんのこと、やわらかな肉球もぴんと伸びたヒゲもしなやかに踊る尻尾すらもない「ねこ」という概念だ。
 
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 僕はその場所で、ねこである。
 僕は種族同一性障害としての猫を演じる人間のふりをしたねこである。
 
 僕はその場所で、この系の中で演じる僕が「こうだったら面白いな」と思う。
 すると僕の思考は、僕をその場所に移動させる。そのための適切な運動を、僕に思い出させる。
 
 もしかしたら、そういったメカニズムで、僕は僕の思い描いた僕になるのかもしれない。
 その仮定が面白くて、まだ死ねない。
 
 もしかしたら、そのメカニズムは、僕が僕に利用するようにして、他者にも応用できるかもしれない。
 
 たとえば、ヒトビトのシアワセのカタチはマチマチだけれど。
 どうか彼ら/彼女たち/あるいは無性別なるあなたが、本来的に ── この「系」をより健全に保つために ── 持つべき健全な望みを持ち、そのうえでその望みが叶いますように、と願うように。
 
 そう。
 みんながしあわせになりますようになんて、僕は祈らない。願わない。
 しあわせな祈りと願いを持つものだけが、しあわせになるならばそれがいい。
 
 祈りや願いや誓いなんて、基本的には非科学的なものだ。僕はそう思う。
 そして僕は祈るだろう。ねこの神様がそこにいるような気がして。
 しあわせな祈りと願いを持つものだけが、しあわせになります。と。
 
 あと、ねこの神様がいるなら、ひとつお願いがあって。
 僕の言葉が、ただしく、ある人に届きますようにと、もうかれこれ何年も祈っているのでいい加減叶えてください。
 だから僕は祈るだろう。
 ねこの神様がそこにいるような気がして。
 
 あとえーと目下のお願いは「秘密基地を作っていること」と「秘密基地に地下室があること」と……
 
 
 
 
 
 
 

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[NEXUS]
~ Junction Box ~
 
[ Traffics ]
 
[ Cross Link ]
 
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[Engineer]
  -青猫α-/-青猫β-/-BlueCat-/-銀猫-
 
[InterMethod]
  -Algorithm-Convergence-Diary-Eternal-Life-Link-Love-Mechanics-Stand_Alone-
 
[Module]
  -Condencer-Connector-Generator-JunctionBox-
 
[Object]
  -Cat-Human-Koban-Poison-Tool-
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[Cat-Ego-Lies]
-衛星軌道でランデヴー-:-いのちあるものたち-:-ひとになったゆめをみる-
:-夢見の猫の額の奥に-:-月夜の井戸端会議-
 
 
 
 
 
 
 
//EOF