稀有な人生、であるらしい。
私のことである。
弟子にそう言われる。
とくに自覚はない。
なぜといって、僕は僕の人生しか知らないから。
もっと精確にいうなら、僕は、僕自身の人生さえ、その一部しか知らないから。
なぜといって、僕は母親の身体の中で意識を持った記憶をすでに失っている。
最初の記憶は母親に抱かれて、授乳されていたときのことだ。
胎内のことなど、まったく覚えていない。
最初の記憶にある部屋は暗くて、隣の部屋の蛍光灯が眩しく差し込んでいた。
授乳を終えたのだろうか、彼女は顔を上げた僕をひょいと胸元から抱き上げた。
頬を寄せたのか、何か話しかけられたのか、よく分からないけれど、彼女の肩越しに、部屋の様子が見てとれた。
もしそれが実の母親で、本当に授乳のときの記憶だとするならば、母乳アレルギィだった僕の、数少ない授乳の記憶ではある。
それに、そのときの僕の目は視界がぼんやりしていたし、向かい合わせに抱かれていたので抱いている人の顔は判然としない。
乳母役という説もあるのだが、生まれて間もない乳飲み子に授乳が可能だったかどうかも分からないし、乳母役の女性に直接聞くのもなんだか変な話だ。だから聞いていない。
ただ、肌の感触は覚えている。
どうも昔から、触覚が敏感であったらしい。
両親がいなくなっても、5年ほど前までは仕事の関係で、なんだかんだとその女性とは行き来があったのだが
「私は赤子の頃、あなたに授乳されたことがあったでしょうか?」
と改めて尋ねるのはどうも気恥ずかしいし、なんだか変な感じがする。
僕は母親よりも、父の会社の従業員であったその女性にひどく懐いていたらしい。
しかし視界もはっきりしない乳飲み子が、周囲からはっきりと分かるほど人の好き嫌いを発揮するとも思えない。
いや、記憶があるくらいだから、何らか感じたりはしていたのだろうか。
とにかく世界はいつも騒がしくて、眩しくて、不安だった。
ちょうどいい加減の光と音のある、ほどよい狭さと温度の空間というのがあまりなくて、僕はよく体調を崩した。
とにかくそのようなわけで、僕は僕の乳児の頃の記憶に始まり、あとは都合よくところどころの記憶を抹消したり復元して生きてきたから、飛び飛びの、ツギハギだらけの記憶しか持っていない。
虚構の記憶を書き込むことだけは禁忌としていた(多重化して自分が困るから)けれど、何が災いしたのか、僕は、いまだに自分が何者なのか、よく分からないでいる。
よく分からなくても「自分さがし」という旅行をしたことはない。
お金もなかったし、時間もなかった。
何より「そんなものは何をしても見つからない」と、なんとなく知っていたのだろう。
それが僕であり、僕の人生であり、僕の主要な人格である。
こうした特殊性は僕自身では判断がつかない。
なぜなら僕はこれしか知らないからだ。
この僕の、この人生しか知らない。
他人の人生に、あまり興味を持たないようにしてきた、なんて書くと村上春樹さんの小説の登場人物のようだけれど、実際に、興味を持たないようにはしてきた。
おそらく、誰しもすべての人は、その人特有のユニークさを持っていて、その意味で特殊なのだとは思う。
ただ僕は、僕の人生や、家庭環境を説明するたび、面倒くさい気持ちになった。
たとえば父親が事業に失敗したことや、多額の負債を抱えながら身障者になったこと、姉妹しかいないこと(5人中4人が女である)、両親が離婚して父親のもとで義務教育以前の3人は育てられ、上の2人の姉には空白の歴史があること、などなどだ。
いずれも他者は反応に困るらしく、中には尋ねたことを謝るものもいる。
謝るくらいなら最初から聞かないでほしい、とは思う。
聞きたいことが聞けたのだから「教えてくれてありがとう」が正しいのではないかと、僕は今でも思っている。
謝られたところで、僕は何の無礼を受けた覚えもない。
痛みもないし、損失もない。
とりあえず謝る、という文化はいかがなものかと、小学生の頃から首をかしげたり、頭をひねったりしていた。
なんだか頸椎骨折しそうな勢いで。
個人的には、姉妹と母親に囲まれて、女性ばかりで育った環境は、とても居心地が良かった。
ときどき滑り台から妹に蹴り落とされたり、階段の上から妹に突き落とされたり、昼寝の最中に背中を思い切り妹に噛まれたりすることはあったが、だいたいみんな和やかで、休日の午後には集まってお茶を飲んだり、夕方には姉と母が集まって夕餉の支度をしたりしていた。台所の隣の部屋でTVのチャンネルが気に入らないからという理由で(まだ争いも始まらないうちから)リモコンで叩かれて泣いたりすることはあったけれど。
いつものとおり加害者は妹である。
父親しかいない生活も、楽しかった。
昼も夜も働いて、不在がちだったから、門限もないし、眠る時間も決まっていなかった。
オトナの為の深夜番組も見放題である。
宿題を強制する人もいない。
ただ夕食を作る人員も不足していたから、小学生の低学年から、僕は料理の作り方を(多少は教えてもらって、あとは本を読んで)学んだ。
さんざんな失敗も多かったけれど、それさえ楽しかった。
そのようなわけで、憐まれたり、謝られたりしても困るのだ。
僕は僕の境遇の中で、楽しんで生きてきた。
辛いこと(からいこと、ではない)がまったくなかったわけではない。
1年間、宿題を1度もしなかったせいで、午前中ずっと立たされたりしたし、
遠方にばかりいる親戚がまったく来なくなったせいでお年玉が存外少なかったりするのは本当につらかった。年明け、友達と買い物に出かけても、たいしたものが買えないのだ。
それから、たしかに、甘えることのできる大人がどこにも、誰も居ないことを、寂しく感じた時期もあった。
けれども、それはお年玉と一緒だから、ないものを悔やんでも仕方ないのだ。
もしモノが相手でお金がない、ということなら、最悪万引きすることもできる。
(万引きは犯罪です。手元にないものは、手元の材料を使って作りましょう)
が、母親がいないからといって、母親になってほしい感じの女性をどこからか適当に見繕って拉致してくるわけにもゆくまい。
(拉致も犯罪です。異性をユーワクするときは、節度をもって礼儀正しくしましょう)
とにかく憐みの目で見られる覚えはないし、謝罪を受ける立場にもない。
僕が宿題を全くしなかったのは、僕が片親の元で育てられたからではなくて、僕が宿題をしたくなくて、する意味を感じなかったからだ。
実に、小学生の頃から授業中に寝ていたが、成績だけはトップクラスだった。欧米のような飛び級制度が日本にも欲しいと、7歳の頃から思っていたことよ(遠い目)。
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ひるがえって、僕は、他者を哀れむこともできるのではある。
やれ両親がそろっていては、さぞ家族関係がうるさかろう、とか、深夜にムフフなTVプログラムを観られなかったなんて可哀想、とか、自分好みの料理を完成させるヨロコビを知らないなんて、とか、道端に捨てられている猫を親の許可なしには飼えないとはなんと非人道的なのか、と。
ちなみに僕は、学校に子猫を連れていって、担任に許可をもらって育てていた。
大丈夫、子猫を連れて通学して、道中のクラスメイトに「家には誰もいないから、放っておけないんだ」と言えば、みんな猫の味方になって、僕より先に先生に報告に行く奴が出てくる。
今になって振り返るに、あの頃、たくさんの猫を育てた。
学校の生徒たちの間でも「青猫のところに捨て猫を持っていけば助けてもらえる」という噂があったようだし、事実、僕は親も教師も説き伏せることすらなく猫を育てることができた。
ただ、病気に罹っていたり、すでに衰弱している子たちの一部は助けられなかった。
でも悔やんでも仕方ないから、そういう子は、ときにみんなで、ときに1人で、どこかに埋葬したし、預かって数時間で死んでしまった子は、ビニル袋に入れて燃えるゴミに出したりもした。
家の中でゴミ出しの係は、僕だった。
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僕は自分を哀れんだことがない。
だから、哀れまれても困る。
だから、他人を哀れむこともない。
ほら「同情するならカネをくれ」という名言もあるではないか。
哀れみなんて、それを求めている人の役にしか立たない。
もちろん勝手に哀れむのは構わない。
哀れまれることを求めている人もいるだろう。
けれど、そこに当然のように同調を求められるのは困る。
私などは自分を哀れんでいなくて、哀れみを求めてもいないのだから。
かくして(隠したわけではありません)僕は誰かの人生を根掘り葉掘り尋ねない。
友人だろうと、恋人だろうと、親だろうと姉妹だろうと、関係なく尋ねない。
もちろん、気になることがあれば尋ねるだろうけれど、僕はその人の「今」を知りたいし、なにより「感じ取りたい」と感じているようだ。
知りたいと思って説明を受けるにしても、先に話したとおり、人それぞれの生い立ちはユニークで、こちらの感じ方だって独自であると理解している。
両親がそろっている人は、片親の家庭に育った人を「哀れまなくてはならないもの」と思っているかもしれない。
それと同じように、片親の家庭に育った人が、両親がそろっている人を哀れむことはおかしいのだろうか。
羨むべきだろうか。哀れむべきだろうか。ワクワクして楽しいだろうか。しんみりして悲しいだろうか。
感じ方に「あるべき姿」なんてあるだろうか。
それぞれの理由で、感じたいように感じていてもよいではないか、よいではないか。
知らされる情報は、どこまで客観的で精確だろうか。
僕がここまでに書いた僕の記憶のすべてが、本当にほんとうのことだと、誰かの歓心を買うための茶番ではないと、誰に言えるだろうか。
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昨年の11月から、立て続けに身の回りの人が死んだ。
最初に伯父が、ついで会社の社長が(そのまま会社が解散して、僕は無職になった)、9月に遠方の伯母が、10月に介護をしていた伯母が。
刑事ドラマや推理小説なら、間違いなく僕が捜査線上に浮かんできそうな勢いである。
あるいは温泉旅館の歓迎看板に「江戸川コナン御一行様」と書かれているかのような。
一年で、そんなにたくさんの身近な人が死ぬなんて、と、災害の少ないこの地方で暮らす弟子はいう。
それも含めて稀なことで、希有な人生では、と。
災害で、家業を辞めざるを得なくなった人や、一族郎党、あるいは自身さえ重篤な損害や障害を負うことになった人もいるかもしれない。
そんな一年だった。
望むものには与えられない。
僕は死者がちょっとだけ、羨ましい。
替われるものなら代わってやりたいくらいだけれど、僕は僕をしか生きられない。
彼ら彼女たちが、己を生きて死ぬしかなかったように。
同情も、哀れみも、必要だろうか?
どんなカタチであれ、死は避けられない。
せめても気高く、生きて死ねば、それでよいのではないだろうか。
もっとも僕は、生まれも育ちも悪いので、ガールをたくさんたぶらかしたり、ついでに隠し子が出来ちゃったとか噂されたりするような、気高さのカケラもないような生き方で邁進しているわけですが。
自力で材料から調達して、組み上げていかなければならないものが、たとえば教養だったり、品格だったり、矜持であったりするのかなぁ、と考えたりもするけれど、むつかしい話をすると背中がかゆくなってしまうので今日はやめておきたい。
それに、昨日の続きではないが、そんなものを持っていたところで一円にもならない。
一円にでもなる方が経済的で社会的だとされる世なのだから、まずは衣食が足りないといけないのだろうか。
::人を知るものは知あるなり、自ら知るものは明らかなり。
人に勝つものは力有るなり、自ら勝つものは強きなり。
足るを知るものは富み、強めて行うものは志有るなり。
その所を失わざるものは久し。死してしかも亡びざるものは寿し。
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10月に看取った伯母は、昨年からか「いずれまもなく死んでしまうのだし、ケセラセラで生きているの」なんて格好のいいことを言っていたが、カタチばかりで、他者を支配したいという欲求を最後まで手放せなかった人だった。
死者を悪く言うのは(死人に口無しだから)人間社会では禁忌とされているようだが、あえて言おう。
死んでもクズはクズだ。
あるいはヒトはすべからく、そんな幼稚な欲さえもをいつまでもどこまでも捨てられないものなのだろうか。
(「も」をたくさん使ってみました、てへ♪)
ならばワタシは、ヒト成分を捨ててしまったのだろうか。
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はやくこの呪われた我が身が滅びますように。
と思いつつも、放っておけばいずれ死ぬから気にしなくてもいいか、と思って今宵も日本酒など飲んでしまうのである。
周囲の人が次々に死んで、僕は無職のまま、時折、人に呼ばれて仕事を手伝ってお小遣いを貰う。
個人的には、もう当面は働かなくてもいいんじゃないかとは思っている。
そう思うに至った経緯もそれなりに説明が面倒なので、今回はしない。多分、一生しないかもしれない。
気がつけば僕は、分不相応な(むしろ不必要な)家で月の半分くらいを過ごし、数年前から住んでいるアパートで残りを過ごしている。
弟子が「稀有な人ですよ、そんな人、僕の周りにはいません」という。
僕も、僕以外に、こんなにぼんやりと生きている人を知らない。
けれども僕は全知全能ではないし、全治前納でもない。
だから、どこかにいて、知らないだけかもしれない。
僕の知っているのは、僕の人生の、半分くらいのことだ。
親のこともたいして知らないし、叔父や叔母のことだって、たいして知らない。
他人のことは、知りたいと思う時もあったけれど、知ることはできないと思った。
ただ、相手が伝えたいように伝えることを、なんとなく聞くくらいだ。
自分から、根掘り葉掘りと身の上を尋ねるのはどうしても、僕にはできそうにない。
父や母に対してすらそうだった。
だから僕は、彼らがどこで生まれ、なぜ結婚して、僕を産み、離婚し、死んだのか、あまりよく知らない。
僕は尋ねられれば答えるけれど、その答えをどれくらいの人が本当だと信じるか分からない。
何せ僕は余命が20年を切っていることになっているし、隠し子がいる設定で、そのうえ種族同一性障害(実は猫だにゃー)を持っている設定になっている。
さらに、この世界のシミュレート系の負荷を軽減するために与えられた属性として、ショートヘアで眼鏡を掛ける女性を好むという傾向まである。
これが僕にとっての普通、なのだ。
週休だいたい7日が僕の平凡、なのだ。
もしも僕を狂人だと思う人がいても、僕はその人を非難できない。
僕の感覚している僕の人生の、どこからどこまでが本当なのかなんて、当の僕自身にも分からないし、多くの人が自分の人生や自我の存在を信じられているとしたら、それはたいそうめでたい事だね、としか思えないのだから。
