すべてはうまくいっている! 光と心の調和 -22ページ目

すべてはうまくいっている! 光と心の調和

横浜の心理カウンセラー ロキのつぶやきブログ
その人がその人らしく
『生まれてきてよかった!」
と思える人生のために。

フレーム(枠・枠組)」=「ものごとに対する意味づけの仕方(ものの考え方・価値観・思うことや話すことetc.)

リフレーミング(再枠組み、再意味づけ)」=「個人のフレームを変化させたり、強化したり、弱化したり、またはまったく新しいフレームを形成する

前回は、リフレーミングによってシステムに変化を起こす→ブレイクスルー(問題の解消・解決)につながる、ということを書きました。

リフレーミングについて、カウンセリングではどのように用いるかをごく簡単に説明しましょう。

以下は私の経験した家族カウンセリングの一例です。



「5年生になってから朝学校へ行こうとすると原因不明の腹痛を起こし(過敏性腸症候群)、たまに学校に行くことができても、次の日にはまた腹痛が起きて休 む・・・の繰り返しでほぼ半年近く、ほとんど不登校になっている息子(T君)」の問題でご両親とT君が相談に見えました。

カウンセラーは3人の話しを聞きながら、まず、家族間のコミュニケーションのパターンやそれぞれの役割を見極めることからはじめます。このとき、カウンセラーはできるだけ明るい雰囲気を保って、ときどき質問を挟みながら3人の会話を促します。


T君は学校で特にイジメを受けているわけでもなく、なぜ自分が毎朝お腹が痛くなって学校へ行けなくなるのかわかりません。できれば、以前と同じように学校へ行って友だちと遊んだり授業を受けたいと思っています。

母親のMさんは、息子の腹痛と不登校を治したいと思いながらも、参考書を読んで「無理やり登校させるのはよくない」と知り、できるだけそっと見守るように してきました。けれども、一向に腹痛も治らず登校できない状況に苛立ちを感じ、かなりのストレスが溜まっています。とくに父親である夫が、息子の不登校を 母親の甘やかしのせいだ考えていることが我慢できません。仕事にかこつけてすベて妻に押し付け、父親の役割を果たしていないと思っています。

父親のSさんは、息子の腹痛や不登校をT君の精神的弱さが原因だと考えています。ほんとうは少々無理をしても強引に学校に行かせるべきだけれど、それを妻 がおかしな理屈で甘やかし、息子の弱気を助長させていると苦々しく思っています。しかし、自分は仕事が忙しく、息子のことはずっと妻まかせにしてきたの で、何か言うと母親の反撃に合うので口は出ださないというスタンスをとっています。


以上のような家族のコンテクスト「場」「文脈」「状況」「前後関係」「関係性」「背景」などと訳される)が読み取れました。T君の現状に対する不安感と罪悪感、母親から息子へ向けた心配と焦燥感、父親と母親のお互いに対する不満、父親と息子間のコミュニケーション不足といったものです。

家族それぞれのコンテクストから、さらに3人の会話におけるパターン(コミュニケーションの連鎖)に目を向けます。


「ほんとうにTちゃん、いつになったら毎日学校へ行けるんでしょうね」
T君「僕だって、お腹が痛くなきゃ行きたいよ・・」
「でも無理していくと、もっと痛いのが悪化してしまうかもしれないし・・・」
「そんなこと言ってたらきりがない。おいT、少しくらい痛い日でも学校に行ってみたらどうだ。学校で楽しくやってるとあんがいお腹の痛いのなんて治っちゃうかもしれないぞ」
「あなたはすぐそんないい加減なことを言って・・・私が担任の先生と話したり病院に連れて行ったりしてるんですからね。Tのことは全部私に押し付けてきたくせに!」
「だから普段は何も言ってないだろ。ただこの半年ずっと見ていたが、行っては休むの繰り返しじゃないか。Tを甘やかしているようにしか見えないんだよ」
「へえ!?私のせいにするんですか! 人に責任を全部押し付けて!あなただってTの親でしょ!」
T君「けんかしないで!ぼくがいちばん悪いんだから・・・」
「ほんとにどうして腹痛が治らないのか。先生どうしたらいいんでしょう?」
「だからさ、このままじゃきりがないだろ。腹痛だって精神的なものなんだから」
「そんなことは、わかってます! Tちゃんを病院に連れて行っているのは私なんだから!」
T君「・・・・(泣く)」以下ループ 

母親が嘆く→T君落ち込む→父親が意見→母親反発→T君落ち込む→(以下ループ)
以上のようなコミュニケーションのパターンが見えてきました。
このパターンを発見すると、相談の主訴である「T君の不登校」という部分も、その連鎖の一部分であることが分かってきます。たいていの場合、その家族特有の会話のパターンというものは、コンテクストが変わっても、いろいろな場面で繰り返し何度も表れるものです。

カウンセラーは、その家族特有のコミュニケーション連鎖を見つけた上で、家族のコンテクスト(関係性)の上に築かれているフレームをリフレーミングしていくのです。リフレーミングの方法は、そのカウンセラーやセラピストによって無数に存在します。

たとえば、T君の「自分の不登校のせいで親に迷惑をかけ両親の仲も悪くしている」というフレームに注目し、カウンセラーはそのリフレーミングに向けて介入していきます。以下は実際のセッションをひじょうに単純化して示したものです。


「T君、君はとても親孝行だね!」
T君「え!?」
「!?」
「!?」
「だって、君が不登校になったお陰で、お母さんとお父さんが一致団結するきっかけができたんだからね。そうでしょう?お母さん。それまではずーっとお母さん一人でT君の世話をしてきたんですよね?(お母さんへ)」
「(力強く)はい!そのとおりです」
「ということは、それまではお父さんの出番はなかったわけですよね?(お父さんへ)」
「ええ、まあ、仕事が忙しくてぜんぶ妻にまかせてきたわけですから」
「ご主人は、仕事が忙しくてT君のことをぜんぶお母さんにまかせていた。お母さんはT君の育児をおひとりで抱えてきたわけですね?」
「はい、そうなんです!この子が小さい頃からほとんど私一人で・・・主人はたまに一緒に遊園地に行くことがあるくらいで」
「それが、今回のT君の不登校で限界にきてしまった。だからこうして、ご両親いっしょに何とかしようとカウンセリングに見えたわけですね?」
「はい。主人にもTのことを本気で考えてほしくて」
「いよいよお父さんにも出番が回ってきた、父親の本気を見せるときだな、と?(お父さんへ)」
「(ちょっと嬉しそうに)ええ、まあ、私もこれ以上ほっておくわけにはいきませんので」
「ほらね? T君のお陰で、お母さんとお父さんが仲よく協力できるようになったでしょう? 君はとても親孝行ないい子なんだよ!」
T君「うん(とまどいながらも嬉しそうに)」


こうしてカウンセラーはさりげなく、家族それぞれのフレームに介入しながらリフレーミングを繰り返し、「母親 vs T君、母親 vs 父親」というシステムを変化させていきます。「家族の意識をバラバラにしていたシステム」を、「T君・母親・父親連合  vs  腹痛・不登校(外在化)」という、「家族全員が同じ目的意識をもったシステム」に移行させる、それがカウンセラーの狙いです。

協力体制がととのい、家族全員とカウンセラーで「T君を悩ます腹痛・不登校の追放作戦」の作戦会議をします。数回のセッションの結果、父親 が積極的にT君と関わるようになり、母親も主導権を父親に渡すことでストレスが軽減。T君はそんな両親に喜びと安心感を持ちます。その後、1ヶ月を待たず して腹痛は消え、T君は元気に学校へ登校するようになりました。すなわち、リフレーミングによるブレイクスルーです。

その後、父親は意欲的に子育てに参画しはじめ、母親もそれをリードしながら父親の協力に満足します。なぜかT君に関してだけではなく、その ほかの問題に対しても、何ごとも夫婦で辛抱強く話し合って決めていく、というパターンができた上がったようですが、これはまあ、カウンセラーの意図しないオマケで す。

以上は、或るケースのほんの一部をわかり易く示した例ですが、何となくリフレーミングというものがお分かりいただけたのではないでしょうか。



人の思いや言葉、想念や思念、信条や価値観といった、自己規定や他者規定となるものすべてを「フレーム」と考えます。フレームは自らに課した「縛り」と言い替えることもできます。カウンセラーとの共同作業によって、その「縛り」から自由になっていく、そのプロセスを「リフレーミング」というわけです。

フレーム自体に、「正しい」も「間違った」も、「善い」も「悪い」もありません。リフレーミングは「間違ったフレーム」を「正しいフレーム」や「真実のフ レーム」に変える作業ではないんですね。そんなフレームは存在しません。問題を抱えている「現在のフレーム」から「別のフレーム」に変える、強化する、弱 化する、新たに形成する、それだけです。リフレーミングによってシステムパターンを変え、問題解決もしくは問題消失の新しい文脈を構築できればいいわけで す。


というわけで、システムズアプローチとは、或るシステム内の人と人との間に発生する相互作用をどう見立てるか、それを論じる心理療法です。

そのかわりに、他の心理療法での最重要事項「人(単体)」については何も語られていません。「育ち」も「愛着」も「環境」も「発達」も「成長」も「性格」 も「抑圧」も「コンプレックス」も「無意識」も、およそ人の心理的内面に関するすべてのものについて、みごとに触れていないのですね。それらのものは、す べてカウンセラーやセラピストに委ねている(丸投げ)というわけです。

システムズアプローチで問題にするのは、語られた「言葉や思いや価値観(フレーム)」がシステム内の相互作用によってどう機能するか、ということのみ。他の心理療法のように定まった理論ではなく、個別のシステムそれぞれに応じた「考え方」なのですね。ですから特定の方法などなく、無数の「考え方」が存在します。それだけに、カウンセリングの場では、カウンセラーやセラピスト個人の資質によって、いくらでも薄っぺらにも重層にもなる心理療法なわけです。

それでは、次回は自分でできるリフレーミングについて考えてみたいと思います。(つづく)


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一昨日は、母とお花見へ繰り出す。

 

戸塚駅の側を流れる柏尾川の両岸に続く桜並木、川沿いの道を車で走っているときに何度か見ていたのだけれど、来年こそは行こうと言いつつ数年を経てやっと実現。

 

ちょうど満開の日で、お天気もよく大勢の人たちがそぞろ歩きながら、約700本の桜を堪能していた。電気の提灯がぶら下がり、夜桜で一杯も楽しめるらしい。

 

江戸時代からの桜の名所だったらしく、伐採と植樹を繰り返しながら今に至るとか。両手で抱えきれない程の太い樹は、地面をはう根っこにまで可憐な花をつけていた。

 

桜は、花が咲くときには葉がない。だから他の樹木では不可能な、あの煙るような薄桃色の花だけで枝を覆い、世にも美しい光景を出現させることができる。

 

連なる桜色のグラデーションを見ていると何ともいえない気分になった。母も奇跡が起きたかのようにおしゃべりが止み、満開の桜を眺めている。

 

梶井基次郎の「桜の樹の下には屍体が埋まっている!これは信じていいことなんだよ。何故って、桜の花があんなにも見事に咲くなんて信じられないことじゃないか・・・」の一節を思い出した。屍体の透明なエキスを吸っているね、確かに。

 

途中のベンチでペットボトルの紅茶を飲みながら一休み。そこで再び母のトーク炸裂。昔話にも花が咲き、気がついたら一休みどころか90分も経っていた。。。

 

 

子どもの頃(戦時中)、茶箪笥にしまっておいた煮魚が、何者かにたびたび食べられて皿だけになっていたという事件が発生し、母親(祖母)から小学5年生の母と1年生のミッちゃん(弟・伯父さん)のどちらかが食べたのだろうと疑われたという。

 

煮魚をそれほど好きではない姉弟は、とうぜん、絶対に食べていないと言い張った。祖母は洗面器に水を張り、「嘘をついている人間がここへ手を入れると、水が真っ黒になる」という、まさかの千葉版「真実の口」判定を行うと宣言し、両者に迫ったという。

 

手を入れる前に恐怖に駆られ、どちらかが白状するだろうと踏んだ祖母であったが、母とみっちゃんは速攻で洗面器に手をつっ込み、水は何の変化もなし。祖母は疑いながらもあえなく撤退。

 

しかし、疑われていることがシャクに触ったきょうだいは、真犯人を見つけるべく、煮干しを仕込んだ茶箪笥の監視をはじめた。数日目の夕方、二人がふすまの陰から茶箪笥を見守るなか、黒い影がそっと茶箪笥に忍び寄るのを目撃する。

 

十数年も飼っている猫のオトジ(牝)である。オトジは茶箪笥の戸に両手を揃えて爪をかけると、スススーっと戸を開け、首を突っ込んで戸棚の中の煮干しを食べ始めた。

 

しばらくして煮干しを平らげたオトジは、またもや両手を揃えてツツツーっと元通りに茶箪笥の扉を閉めたのである!。。。以上「怪盗編」。 その後もオトジシリーズは「ひよこ虐殺編」「化け猫編」「呪怨編」「転生編」と続いたのであったが、きりがないので割愛する。

 

桜の木の下でオトジシリーズと尋常小学校シリーズの想い出話を立て続けに聴いたあとは、そのままショッピングモール内にある母のお気に入り、サイゼリアにて昼食。ドリンクバーでコップの位置を間違え、隣の注ぎ口から白葡萄ジュースをジャージャー流して「あら~もったいない!!」と大声で叫ばんでください。

 

ショッピングにつき合って勝手にぶらついていると、何やらレジから母の声がしてくる。他人を装いながらさりげなく近づくと、「私は現金でしか買い物をしない主義なの。銀行から勝手に引かれるなんて怖いもの!」

 

やり取りの断片から推測するに、ポイントをつけてもらうために出したカードでカード決済されてしまい、その取り消しの手続きをしているらしい。レジのお姉さんはニコニコと対応してくれている。やれ、ありがたや。これが渋ったり、面倒くさそうな接遇を受けると、「上の人呼んで!」に発展する恐れあり。

 

そんなこんなで、ひさびさに親孝行な一日を過ごしたのであった。
あ、花見だった。。。

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ブレイクスルー(Breakthrough):進歩、前進、また一般にそれまで障壁となっていた事象の突破を意味する。本質的な課題を打ち破る革新的な解決策。

心理療法でもブレイクスルーは、クライエントさんが抱えている問題を解決するという意味において、重要な要素のひとつといえます。

私の考えるブレイクスルーは、何らかの問題が起きたときに、その問題を「壁」として乗り越えたり打ち破ったりするのではなく、その問題そのものを「問題ではなくしてしまう(非問題化)」もしくは「問題が消失してしまう」といった、「価値の転換」に近い感覚でしょうか。



私が家族療法として用いる心理療法に「システムズアプローチ」があります。(「システムズアプローチ」については、中断している「●折衷主義のカウンセリング理論」で詳しく書きたいと思っています)

そのシステムズアプローチの主要技法のひとつに「リフレーミング」があります。このリフレーミングは「ブレイクスルー」にとても大きな効力を発揮する場合があるのです。

リフレーミングについて話す前に、最初にシステムズアプローチについて簡単に説明しましょう。


システムを「部分と部分の相互作用の仕組み(パターン・連鎖)の全体」あるいは「ある一定の法則に従って活動を繰り返している、複数の部分からなる集合体」と解釈します。

システムを形成する「部分」は「全体」に影響を与え、「全体」は「部分」に影響を与える。このような事象の捉え方を、円環的思考法(システムズアプローチ)と呼びます。

事象Aは事事象Bの結果である。・・・直線的思考法
事象Aは事象Bの結果とも原因ともなり得る・・・円環的思考法

システムはあらゆる事象に当てはめることができます。小は分子原子レベルから大は宇宙レベルまで。

人 間もひとつのシステムと考えることができます。心と身体を部分と捉え、心(部分)と身体(部分)が相互作用し、互いに影響し合いながら人間(全体)として 機能する。心が変われば身体が変わり、身体が変われば心が変わる。心身相互作用によって成り立つシステムというわけです。



家族療法では「家族」を「個人と個人が相互作用を及ぼし合って成り立つ全体(システム)」と捉え、それを特に「家族システム」と呼びます。

祖母・祖父、父親・母親、子ども(きょうだい)といった家族の構成員は、それぞれ独立した個であると同時に、家族全体に影響を及ぼし、また家族全体からも影響を受けています。

し たがって、互いに影響を及ぼし合っている家族の一人が変われば、家族システム全体に変化が生じ、家族システムに変化が生ずれば、さらに個々の家族構成員に も変化が生じる・・・一人(一部)が変化することによってシステム全体へと変化が連鎖し、場合によっては新しい家族システムを形成することになります。

このように「ものごとは円環的な相互作用によって成り立っている」という視点に立つと、一つの「現象(問題)」を様々なかたちで表現し、意味づけをすることができるようになります。

たとえば、「子どもがいたずらをするから親が怒る」と意味づけられている現象を「親を怒らせるために子どもがいたずらをする」と表現しなおすことができます。あるいは「気が利かない嫁だから姑が仕切る」という現象を「姑がでしゃばるから嫁が遠慮する」という表現に置き変えることもできます。

つまり相互作用をどのように「切り取る」かによって、ものごとや現象に対する意味づけが変わってくるわけです。システムズアプローチでは「切り取り」を「パンクチュエーション(punctuation):句読点を打つ」とも呼びます。句読点をどこへ打つかによって、現象への意味づけが変わってくるわけです。

人はたいてい自分がすでにもっているパンクチュエーションの癖に沿ってものごとを捉え、意味づけしながら生活しています。自分の持っている癖が強いほど、意味づけは一方的なワンパターンに陥りがちです。

よく「親(原因)→子ども(結果)」というパンクチュエーションの癖のあるセラピストやカウンセラーがいますが、その場合クライエントさんとのセッションを行うなかで「親は加害者、子どもは被害者」という文脈で問題を捉えやすくなります。そのときには「子ども(原因)→親(結果)」というパンクチュエーションの存在は見向きもされないでしょう。

また、クライエントさんにも同じようなパターン化が起きていて、「相手(原因)→自分(結果)」というパンクチュエーションの癖をもっている場合、「自分(原因)→相手(結果)」という相互作用にはほとんど目が向きません。

パンクチュエーション(切り取り)の仕方の癖が強ければ強い程、現象に対する意味づけも一方的になってしまうわけです。

意味づけには人の認知機能も関わってきますが、システムズアプローチではあえて、認知だけではなく、個人のもっている価値観や思考、想念、思念、信念、怨念等々、その人の言葉や行為を通して観察可能なものである限り、すべてをひっくるめて「ものごとに対する意味づけの仕方」と捉えます。そして「ものごとに対する意味づけの仕方」を「フレーム(枠・枠組)」と呼びます。



個 々人のフレームは、個々の人生経験を通じて獲得されたり消去されたりするものですが、とくにフレームに強い影響を及ぼすのがコミュニケーションです。他者 との会話、コミュニケーションによって、個人のフレームは形成・強化・弱化・消失など、大きく影響を受けながら変化を遂げていきます。

ときにはそのプロセスの中で、ある特定のフレームがその時代・国、社会に生きる多くの人々に共有され、社会的な「常識」や「真実」や「正義」となって大きな支配力を発揮することもあります。しかしそれもしょせんは単なるフレームに過ぎず、社会構造やブームの移り変わり等によって「常識」や「真実」や「正義」が簡単に翻されることはご存知のとおりです。



個人のもっている「フレーム」を変化させたり、強化したり、弱化したり、またはまったく新しいフレームを形成したりすることで、連鎖的にシステム全体の変化を生起せしめ、問題の解決または消失につなげる作業。

もっ と具体的にいえば、個人のフレーム(ものの考え方・価値観・思うことや話すこと)が変わることで、連鎖的にその人の感情や行動、考え方、身体症状に変化が 生じ、その変化がさらに周囲の人間関係に影響を及ぼし、さらにさらにその人やその人の家族が抱えている問題の改善や消失さえも期待することができる、その ための作業。

それを「リフレーミング(再枠組み、再意味づけ)」技法といいます。

ここでやっと冒頭に書いた『リフレーミングブレイクスルーにとても大きな効力を発揮する場合がある』につながりました。
やれやれ。(つづく)

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以前、象の鼻はなぜ長いのか?ということを進化論の文脈でちらっと書きました。

象の鼻が長くなったのは、巨体を維持するためには大量の植物を摂取しなくてはならず、首の短い巨体をかがめたりすることで余分なエネルギーを消耗せずに食物を摂取できる、より長い鼻と上唇を持つことが生存競争に有利に働いたから。その結果、長い鼻を持つゾウ同士が結婚することになり、その子孫はさらに鼻が長くなり・・ということでした。

ダーウィンの自然選択説と突然変異説は、生物が子孫を残すときに、基本的には親の形質を引き継ぐけれど、クローンのように100%忠実に引き継ぐのではなく、微妙に変異して引き継ぐことになる、という事実に注目したものです。

生き物は基本的に多くの子孫を残すようにできています。個々の子孫はそれぞれ僅かな変異によって、親とは微妙に異なる形状や性質を持つことになり、その微妙な差異が「個性」となるわけです。 

さらにそれぞれの個体が、環境の中で生存に有為に働けば生き残り、次の子孫に引き継がれることになります。もし、生存に適していなければ子孫を残すことができずに、その形質はそこで絶えてしまいます。 そうした営みが長い長い時間の中で少しずつ繰り返されることで、最終的には全然違った生き物に「進化」していくことになる、というシナリオです。

つまり、生物の個体の持つ形状や性質が自然選択によって生き残るのは、その個体自体の強さや逞しさのためではなく、その遺伝子が子孫に引き継がれやすく生存競争に有利であったからです。

というようなことを書いたのですが、その説を「ほんとかヨ!?」と疑わせるような形状を持つ動物も存在するのですね。

たとえば、

シオマネキ(カニ)
シオマネキのオスは、左右どちらかのハサミ(鋏脚)が巨大化しており、そっちの方だけド派手な手袋のような鮮やかな色をしています。その巨大なハサミを「カモーン!カモーン!」のように振り立てる様子(ウェービング)から「潮招き」と命名されました。

しかし、その巨大なハサミが生存競争に有利かというと、そんなことはないのです。その証拠に、シオマネキのメスや他のカニはなんの支障もなく、左右とも普通サイズのハサミで生活しています。むしろシオマネキのオスは、巨大なハサミではエサを口に入れることができず、食事には片方の小さなハサミしか使えないという、不便この上ない生活を送っています。

この巨大なハサミを振り立てるウェービング行動は、メスに対する求愛と、他のオスに対する威嚇と考えられています。でもね、威嚇といっても、実際に戦うわけではないのですよ。

シオマネキのオスはなぜ、片方のハサミだけが巨大になってしまったの?

◆ヘラジカ
シカのなかでは最大種。ゾウ、キリンに次いで背が高い。オスの角はへら状に大きく広がっており、毎年生え変わります。成長につれ角も年々大きくなり、最大で左右の開きは2mにも達するといいます。

ヘラジカの巨大な角は、あまり生存競争の役には立っていないようです。攻撃には角よりも、もっぱら前脚・後ろ脚の強力な蹴りを使うといいます。蹴りの威力は、一撃をもろに食らうと、天敵であるオオカミも即死するほどだとか。

それよりも、あのアンバランスともいえる巨大な角では、重いし、あちこちに引っかかって小回りもきかず、生活上かなり邪魔な思いをしているのではないでしょうか。あそこまで巨大化する必然があったのか? どうも生存競争に有利とは考えにくいです。

「ダーヴンが来た!」では、オスの巨大な角はメスの鳴き声の集音に役立っているのでは?とされていました。2~3デシベルのレベルですが、メスの鳴き声が多少聴き取りやすくなるといいます。しかし美声?に誘われて馳せ参じても、メスに気に入ってもらえずOKサイン(匂い)出なければ結婚できません。オスの悲しい定めでしょうか。

ヘラジカのオスはなぜ、巨大な角をもつようになったの?


◆サーベルタイガー/剣歯虎(ネコ科・絶滅種)
ネコ属の肉食獣で、すでに絶滅しています。正確にはマカイロドゥス亜科として分類されており、上顎犬歯がサーベル状となったグループの総称です。上顎犬歯が異常に発達し、20cmに達するサーベル状の長大な牙をもっています。

補食のために大型のゾウやサイを襲ったとされていますが、大きな牙は突き刺さると折れやすいため、柔らかい首に刺し込んで失血死させるために使ったと考えられています。どうやら、強い力が加わると簡単に牙が抜けたり顎が壊れたりするような、攻撃のためとは言いがたいヤワな構造らしく、噛み付くには役立たずの牙です。

古生物学者たちも、あまり役にたたない大きな牙が進化の過程でなぜ出現したのか、説明にいろいろ苦慮しているようですね。

サーベルタイガーは、なぜ役立たずの巨大な牙をもつようになったの?




他にも、なぜ自然選択によって生存競争に有利とはいえない形状に進化(?)したのか、よくわからない動物が数多く存在します。オオツノジカ(絶滅)の巨大角、翼竜(絶滅)や鳥類の大きなトサカ(ニクトサウルスなんて体より大きく邪魔なだけ)、ジェネルクやキリンの長過ぎる首etc.

たとえばシオマネキ、最初ほんの少しだけ他の仲間より片方のハサミか大きかったからといって、生存競争に有利だとは考えにくいのです。生存競争を、ただ単純に、その環境の中で強く逞しく生き残っていくこと、と考えると、どうも無理があるのですね。

そう、「自然が選択する」ものは、その個体ではなく、個体のもつ遺伝子なのです。重要なのは、その個体が生き残ることではなく、個体のもつ遺伝子が生き残るかどうか、ということです。

その個体がいくら優れた形質をもっていて、生存競争に勝って長生きしたとしても、遺伝子を残すことができなかったら「自然選択」されなかった、ということになります。

つまり、いくら優秀な個体であっても、メスにモテなかったら遺伝子を残すことができないのですね。逆に、多少能力が劣っていても、メスにモテモテであれば遺伝子を残すことができるし、その結果「自然選択」されたことになるわけです。

個体のもつ個性が多少生存競争に不利であっても、とりあえず生き残ることができて、なおかつ、「おっきなハサミでチョーいけてる~♥」とか「その広がった大きな角ステキ♪」とか「ギラリンと輝く長~い牙、痺れるワン♥」とか、なんだかよくわからない理由で異性たちにモテモテであれば、それだけで、より多くの子孫(遺伝子)を残すことができるということなのです。

シオマネキのオスはなぜ、片方のハサミだけが巨大になってしまったの?
ヘラジカのオスはなぜ、巨大な角をもつようになったの?
サーベルタイガーは、なぜ役立たずの巨大な牙をもつようになったの?


3つの疑問の答えはそのほうがモテたから


しかしサーベルタイガーやオオツノジカなどは、「キャーッ!大きくってステキ~!!」とか騒がれて調子に乗った結果、かえって生存に不適切なほど巨大化してしまい、進化の方向としては失敗に終わり、
再度「自然選択」の裁きを受けて滅んでしまった・・・のかもしれません。

種の世界のなかで、なぜだか「こういう形質であるとメスにモテる」という傾向性ができ上がると、その形質が生存競争に有利かどうかはあまり関係なく、特定の形質の方向にどんどん極端化して進むことがあるのですね。


人類も初期の頃から、たとえばハゲ頭にひじょうな魅力を感じる女性が大半を占めていたならば、いまごろ男性の頭はつる(以下略)。



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身悶えするほど可愛い鳥を発見。

 

シマエナガというスズメの仲間。

以前話題になったらしいけれど、知らなかった~
 

 

人間と関わりのある子猫や仔犬の可愛さとはまたひと味違うのね。

 

手でナデナデもふもふなんて、しなくてもいいんです。

 

この世界に存在して居てくれるだけでいい、という感じ。


可愛いと感じる感覚は、もう人それぞれなんだけれど、

 

この鳥の真正面からの写真を見て、「ハ、これが何か?」

とか思う人はいないでしょう。

 

いや、思ってもいいんですけれどね。

 

 

だがしかし、断固として

 

かわいい・・

 

それ以外感じることができない。


今日、ムカついた一日を過ごした方

 

シマエナガ」の画像でググってください

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