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すべてはうまくいっている! 光と心の調和

横浜の心理カウンセラー ロキのつぶやきブログ
その人がその人らしく
『生まれてきてよかった!」
と思える人生のために。

 

イライラ」というのは、誰しもがかなり日常的に感じる怒りの感情だと思います。

 

 

 

例えば、グズグズしている人へのイライラ、予定通りにいかないときのイライラ、公共の場で騒ぎ続ける子どもへのイライラ、反抗的な部下へのイライラ、泣きわめく乳幼児へのイライラetc.・・・あげればきりがありません。

 

 

 

 

 

 

このイライラ感を探っていくと、自分の考える〈本来あるべき状態からの逸脱 〉」に対する怒りであることに気づくでしょう。なぜ「本来あるべき状態からの逸脱」に怒りを感ずるのかというと「本来こうあるべき」なのに、自分ではそれをコントロールできないと感じるからです。

 

 

先ほどから「自分の考える〈本来あるべき状態からの逸脱 〉」や「自分の〈こうあるべき〉」と、いちいち枕詞のように「自分の」を付け加えていますが、「~べき」思考というのは、一見ごく普通の常識について語っているようで、実はたいていの場合その人の主観にすぎないのです。

 

さまざまな事情によって相手が「~べき」という要求に応えられない可能性があることを考慮に入れず、べき論によって相手を非難するのは、かなり一方的な思い込みに基づいていることが多いのではないでしょうか。

 

もしかしたら、物理的・身体的・精神的な事情を抱えているのかもしれない、自分とは異なる社会規範や倫理観を持っているのかもしれない、という個別の事情に想像を巡らすことができない。世界に視野を広げれば、それこそ白目を剥くような価値観やマナーだって存在するのですが。

 

「~すべき」はあくまでも自分の主観による正論なのです。正論とは何ぞや?という問題はさておいて。

 

ところが、人は「~すべき」思考を好みます。なぜかというと、そう考えることによって自分の感じる不快感をすべて外部のせいにできるからです。

 

 

前の人がモタモタするせいで遅れてしまう → 行動はテキパキすべき

親がいるのに子どもが騒いでうるさい → 親が注意すべき

気が利かない彼女のせいでミスしてしまった → 気を利かすべき

 

仕事が忙しいからと彼が会ってくれない → 私を優先すべき

 

 

 

イライラの元になる「自分の〈こうあるべき〉」は、「~べきなのに、そうしない~のせい」という思考になります。「~のせい思考」はそのまま「○○のせいでこうなった」という被害者としての感情に直結します。○○のせいで自分は被害を被った被害者である。「自分は被害者」という認識から「被害者意識」は発動します。

 

実はこの被害者意識、どっぷりと浸かってしまうと、なかなか抜け出せないほど居心地のよい心的状態なのです。

 

自分は被害者だからイライラしたり怒りを感じるのは当然である。自分には何の非もなく、悪いのはすべて○○のせいである。そう考えることによって、自分自身は1ミリたりとも変化する必要がなくなります。加害者と認定した○○をただ批判し責めるだけよい、ある意味とても楽チンな立場に身を置くことになるのですね。

 

感情的・身体的に自分が不当に扱われた、被害を被った、と感じたときに生じるイライラや怒り、すべては周りのせいだとする被害者モードに留まり続ける限り、消えてなくなることはありません。

 

被害者意識については、以前、”「傷ついた人」ではなく「傷つけられた私」”というかなり危ない記事を書いています。「被害者意識」というのはなかなかのくせ者で、臨床の場でも、道を阻む存在としてしばしば手こずらされる相手です。

 

 

 

怒りの感情はストレスによって増幅します。イライラしたり、すぐに怒りが湧くのは、すでにストレスを抱えている状態にあるからです。心が満たされている状態、ウキウキと心楽しいとき、些細なことでイライラしたりカッとしたりすることはまずありません。

 

 

では、イライラしたりカッとしたりする怒りとは何でしょう?

 

怒りの感情の背後にあるものは、心に抱える不安や恐怖です。

 

心の不安がストレスを生み、それを打ち消すための防衛機制によって攻撃性に変換され、怒りとなって表出します。不安という情動的ストレス反応が高まって、初めて生起するのが二次的反応である攻撃性、つまりイライラやカッとする怒りの感情です。

 

また、意識、無意識に関わらず、不安や恐怖の心を隠している人ほど、「~べき」「~ねばならない」といった考えに固執してしまう傾向があるのです。

 

 

慢性的なイライラを解消するためには、表層的な怒りを抑えるのではなく、心に巣食う不安感や恐怖心を取り除き、ゆったりとした安心感を得ることが必要なのです。

そのためのヒントを次に挙げます。

 

被害者でいることをやめ、被害者モードから抜け出すこと。

 

「私を怒らせた」のではなく、「私が怒った」のだと自覚すること。

 

受け身である被害者役から能動的な主役になること。

 

物事にどう関わるかを主体的に選択し、行動してゆくこと。

 

自分をまるごと受け入れ、自己肯定感を高めていくこと。

 

 

今に集中し、今を生きること。


 

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薬物療法:抗うつ薬の投与

 

 

モノアミン仮説

 

抑うつ状態のとき、脳の中では何か変化があるのでしょうか。

 

 

いまのところ、脳内の神経伝達物質(モジュレーター)である「セロトニン」「ノルアドレナリン」といった、脳内モノアミン系が不足している状態ではないか、というモノアミン仮説が主流となっています。

 

 

 

1950年代の頃から、レセルピンという血圧を下げる薬が患者さんをうつ状態にしてしまうこと、また、イプロニアジドという結核治療薬を投与された患者さんが、興奮したり元気になることが知られていました。その後、レセルピンは神経間のセロトニンを減少させる働きがあることが判明、イプロニアジドはセロトニンやノルアドレナリンの濃度を高める働きがあることが分かりました。

 

 

 

そこで「モノアミンが減ると気分が落ち、モノアミンが増えると気分が上がる」という症状から、うつ病はモノアミンが少なくなるから起こるのではないか?という仮説が生まれたわけです。

 

 

 

 

これがモノアミン仮説です。

 

 

 

なぜ仮説のままなのかといいますと、脳内のセロトニン濃度の測定は難しく、科学的な証明がなされていません。うつ病患者を大勢集めて脳内のセトニン濃度を測定し、「おお、明らかにうつ病患者のセロトニン濃度は低いではないか!!」という研究データが存在しないということなのです。

 

しかし脳内のセロトニン濃度を増やせば、臨床的には元気がでることが判明している・・・そういうことです。現在、うつ病の治療の中心となっている抗うつ薬は、そのほとんどがこのモノアミン仮説に基づいて作られています。

 

 

セロトニン系に作用するタイプの抗うつ薬は、物事をネガティブにとらえてしまう傾向ネガティブ・バイアスを修正する作用もあり、不安なことへの強迫的なとらわれを減らしてくれる作用もあるので、なおのこと「うつ病の悪循環」から抜け出しやすくしてくるわけで

 

 

 

 

 

抗うつ薬として「三環系抗うつ薬」・「四環系抗うつ薬」・選択的セロトニン再取り込み阻害薬「SSRIs」・セロトニン・ノルアドレナリン再取り込み阻害薬「SNRIs」がありますが、いずれも脳内のモノアミンを増加させるように働く薬です。

 

 

 

古いタイプの「三環系抗うつ薬」や「四環系抗うつ薬」は、眠気やだるさ、内臓の働きが不活発になるなどの副作用が強く、簡単には使うことのできない薬でした。しかしその後開発されたSNRIsSNRIsは、そうした副作用がほぼ無いということと、たとえ大量服薬してもそこそこ大丈夫と言えるほどに安全性が高いということで、米国では爆発的に流行りました。

 

あまりにも副作用が(三環系・四環系と比較して)少ないということで、精神科医以外の一般医もどんどん処方しだし、良くも悪くもひじょうに身近な薬となったわけです。日本でも製薬会社が啓蒙宣伝にこれつとめ、一般にも「うつ病=脳内モノアミン系の枯渇状態」という認識が広くいき渡り、製薬業界は莫大な利益を生み出すことに成功しました。一方で、新薬SSRIsの普及とともに、うつ病が世界的に一気に増加したともいわれています。

 

 

製薬会社のキャンペーンにより誤解を生じやすいですが、脳内モノアミン系の枯渇状態が「原因」でうつ病になるわけではないのですね。心のうつ状態を、生化学的な表現でで「脳内モノアミン系の枯渇状態らしい」というだけのことなのです。

 

 

心のブレーカーが落ちていったん枯渇してしまった脳内モノアミン系も、すべてを停止して十分に休養をとれば、いずれ復旧するものです。しかし「うつ病」が「病」である所以は、うつ病には「うつ状態を維持・悪化させる独特の悪循環」が生じてしまうことで、本人の心がけだけではなかなか抜け出せないことが少なからずあるからです。そのための薬物療法であり、心理療法です。

 

 

抗うつ薬ってそんなにすごいの?

 

 

 

狭い意味のうつ病である「大うつ病」は、前にも書いた通り、もともとエピソード性の疾患であって、それほど長い間続くものではありません。うつ病からの回復プロセスにおける治療の役割は、基本的に、うつ状態を維持・悪化させている「うつ病の悪循環」を解除することにあるので、抗うつ薬をそんなに長期間使い続けなくてはならないものではありません。

 

 

 

抗うつ薬は基本的に「抗うつ」、つまり、落ち込んだ気持ちを上げる作用があるわけです。もうすこし正確に説明すると、うつ病の特徴であるネガティブ・バイアスを元に戻す作用がある」ということになります。だからといって(アメリカではハッピードラッグなどと呼ばれていますが)、決して元の状態以上に気分を上げるわけではありません。 

 

抗うつ薬は、どの薬を使ってもだいたい2週間目くらいから効果らしきものが実感できるようになってきます。そのまま1~2ヶ月くらい続けていると、症状はかなり改善していきます。ただ、うつ病は一度なってしまうと、再発しやすいという面があるので、いったん症状が良くなっても、その後も数ヶ月~半年くらいは服薬を続けます。

 

その間に、それまでの生活や仕事での行動パターンに、無理や頑張り過ぎを見けてそれを修正していく作業を続けます。その後、症状のぶり返しがなければ服薬を終了し治療もおしまいとなります。

 

 

このように書くと、抗うつ薬ってそんなに効くの? ということになりますが、それがなかなか一言では結論できないデータがあるのです。

 

 

下に紹介したグラフは、現在使われている抗うつ薬のうつ病に対する効果を検証したものです。(どちらも製薬会社の薬に関する添付文書ですので、ネット上で閲覧できます。)

 

左図は日本名で「レメロン」「リフレックス」として使用される抗うつ薬(ミルタザピン)、右図は「レクサプロ」、「パシキル」の2種類の抗うつ薬の効果のテスト結果です。縦軸がハミルトンうつ病評価尺度HAM-Dを表しており、横軸は服用の期間を表します。そして、マイナス数値が大きいほど抑うつ状態が回復していることを示します。

 

グラフをざっと見ると、それぞれの薬を服用している患者さんのうつ病評価尺度のスコアが、週を追うごとに順調に軽減していくことが分かります。薬がうつ病に対して、いかに効果的であるかを示しています。

 

しかし、ちょ~っと待ってプレイバック! なんと、「当て馬」としてのプラセボ単なるブドウ糖などでできた偽薬:患者さんには「抑うつ薬」と称して投与する)を服用している患者さんも順調に回復しているではあーりませんか。

 

表からは、抑うつ薬群の方が微妙に「統計学的に有意に」この薬は効果的だと言えるのですが、ハミルトン抑うつ尺度の点数にしてみれば数ポイントの違いでしかありません。とくに軽度のうつ病については、抗うつ薬群・プラセボ群双方の差がまったくないという臨床データもあるのです。



表1表2

え、うそでしょ! 
なんでプラセボ(偽薬)でこんなに回復してしまうの??


さあ、よくわからなくなってきました。
この疑問については、次回に考察してみたいと思います。


 

 

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書きたいことは山ほどあるし、もうすこし頻繁に記事をupしたいのだけれど、あっという間に1ヶ月が過ぎ去った。けっきょくぎりぎり月末苦し紛れ記事で何とか死守、みたいな体たらく。何を死守しているのかよく分からんけど。

ところで本は滅多に人に勧めないといいながら、また一冊ご紹介したい。

私の数少ない友人、本を紹介されるのが大嫌いな約1名の方は除く

劣等感に苛まされている方、被害者意識でいっぱいの方、セクシュアル・マイノリティに悩んでいる方、薄っぺらな受賞本が嫌いな方何でもいいから面白い本を探している方、などにお勧め。

「やせる石鹸」歌川たいじ 著/角川書店

作者は知る人ぞ知る漫画ブログ ”【漫画】♂♂ゲイです、ほぼ夫婦です” の歌川たいじ氏。
http://ameblo.jp/qm080952/

 
 
漫画はすでにもう何冊も上梓されているけれど、小説はこれが処女出版。
まあ読んでみて、せいぜい驚いてほしい。← 何この偉そうな物言い・・

 
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精神科医療では、ふつう「うつ」もしくは「うつ病」というと、基本的には狭い意味での「うつ病」=「大うつ病性障害」を示します。したがって、これ以降の記事内での「うつ」「うつ病」も、基本的にはいわゆるうつ病「大うつ性障害」を中心に考えていきます。

うつ病にどう対応するか薬物療法と心理療法
 
人間でも動物でも何か困難にぶつかると、とりあえず何とかしようと頑張ってやり続け、その状況から脱しようとします。頑張って頑張って、それでダメでもさらに諦めずに頑張り続けてみる。実際にそれで何とかなってしまう場合も結構ありますね。
 
うちのハムスターのガルビー軍曹はケージの外への脱出を決意すると、とことん頑張り抜きます。長期戦を想定して、まず楽な姿勢を保つためにトイレのケースに昇ってお尻で座り、囚人のように両手で縦柵をつかんで柵を噛み始めます。途中で休憩を挟みつつガジガジガジガジ、こちらが気付いて根負けするまで、20分でも30分でも諦めずに噛み続けます。けっきょくその頑張りに負けて散歩に出してやります。ところがトム君の方は約5分でガジガジに飽きてしまい、散歩の時間まで昼寝して過ごします。これは、ひたすら頑張り続けることで何とかなってしまうケースと、諦めて何とかなってしまうケースです。 ・・・そうか?
 
しかし前にも書きましたが、マウスの実験などでは、頑張って頑張ってどうしてもダメな状況がある程度続くと、だんだんやる気が失せて、やがて「うつ状態」になってしまうことが知られています。
 
 

同じ方向でずっと頑張り続けることが無駄となり、エネルギーの浪費に過ぎなくなってしまうと、生物学的にも生存競争の上で不利になります。そのために、動物にはある程度頑張り続けてもどうにもならないとき、いったん心のブレーカーを落としてしまうシステムがあるようなのですが、それが「うつ病」という状態ではないか? と考えられているわけです。

どう頑張っても、自分の力では仕事がうまく進まない、トラブルが解決できずに深みにはまってゆく。もがけばもがくほど対人関係が悪化してゆき、関係改善から遠ざかっていってしまう。その結果、疲れ果て、やがて無力感や孤立感に陥る・・・。

このようなストレス状況によって、不眠になったり、食欲が落ちたり、性欲が低下したりなどして、「生物」として基本的に生命力がない状態になりなす。そうした症状がますます自分自身への不安をかき立て、やがては深い自信喪失に陥ってゆく・・・ということも少なくありません。
→自己評価の低下

 
 
職場や家庭などにおいては、仕事なをこなす能力が著しく低下してしまうために、うつ状態で動けなくなっているうちに仕事がどんどんたまってしまう。それだけでもストレスですが、仕事をしている人であれば上司から叱責されたり、部下に呆れられたり、また家庭の主婦であれば、家事放棄として家族から文句が出てきたり・・・そうした他人からの対応を受けることにもなるでしょう。そうした心理的圧力によって、さらに傷つくことになってしまうのです。→心理的ストレス増大
 
物事の認知の仕方もネガティブな側面にばかり目がいくようになります(ネガティブ・バイアス)。考え方も悲観的になり、いろいろなことすべてが悪い方へと向かっているように感じられ、ますます気分が沈んできます。
→ネガティブな認知様式
 
その結果、行動も消極的・引きこもりがちになってしまい、普通に行動していたら出会えたであろう良い事も起こらなくなります。対人関係はよりぎくしゃくしがちになり、より疎遠になります。 つまり、消極的・回避的な行動パターンには、微妙にポジティブな体験を減らし、微妙にネガティブな体験を増やしてしまういう傾向があるために、ますます心が沈みがちになっていきます。
→消極的・回避的行動パターン
 
 

こうしてさまざまな領域で、うつ病の特徴であるネガティ・スパイラルに陥っていくことになります。こうなってしまうと、そこから抜け出すのは容易ではありません。ネガティブ・スパイラルにが続くことで「うつ病」となり、医学的な治療の対象となるわけです。

 
では、うつ病の治療とはどういうものでしょうか?
 
基本的にうつ病は「心のブレーカーが落ちた状態」のようなものですから、いったんは休止して、どこに無理があったのかをよく調べて整理し、その問題点を解消していきます。

真っ先に必要なのはストレス源からいったん遠ざかり休養することですが、それと並行して、「うつ病」を維持・悪化させている悪循環を断っていくということをします。うつ病のネガティブ・スパイラルを解消することを目的になされる介入方法として、主に次の2つの方法があります。
 
【 薬物療法 】
 

「抗うつ薬」を中心とした薬物療法です。抑うつ症状を脳内のモノアミン枯渇状態(モノアミン仮説)と捉え、薬によって脳内モノアミン系を一方的に賦活(フカツ:物質の機能・作用を活発化)しますうつ病」になってしまった背景にある問題が、仕事であろうが、対人関係であろうが、それには関係なく、とにかく物理的に脳内モノアミン系を一方的に賦活してしまおうというわけです。

 
 心理療法(心理社会的介入)
 
「認知行動療法CBT:cogntive behavior therapy)」、「対人関係療法IPT:inter personal therapy)」他、などの心理療法。基本的には、現在の対人関係にある問題、対人関係における認知の歪みの問題などを整理し修正していくことで、うつ病のネガティブ・スパイラルを断っていくことを目指します。
 
次回から、薬物療法と心理療法についてもう少し詳しく説明します。
 
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「他人と過去は変えられない、けれども自分と未来は変えることができる」
という言葉は、人生相談やカウンセリングでも、切り札のようによく使われる言葉です。これは精神科医のエリック・バーンが最初に唱えた言葉だと言われています。
実は私も、ずっと以前によく使ったことがあります。
 
 
「変えられないもの(他人と過去)を変えようと、無駄に時間とエネルギーを費やさず、変えられるもの(自分と未来)にそれを注いでいこう」
あらたに再出発を促すとき、とても気の利いた言い回しです。
 

しかし、どうしても↑この言葉に納得できない、その人をがんじがらめに縛って離さない他人や過去もあるのではないでしょうか。

 
 
人がこの世に生まれるということは、生まれながらに多くのものを背負って世に出てくるということです。生まれるということについて、いっさいの選択権をもっていません。
 
 
私たちが生を受け身体を持った瞬間から、すべては始まります。
 
 
生まれた瞬間に、自動的に私たちは時代と場所という具体的な条件を背負います。
時代と場所(国・地域)によって、私たちは人類史的な現在という条件も同時に背負うわけです。
 
 
それは同時に、食べるもの、着るもの、生活習慣、倫理観、考え方等々、人として行うすべての流儀を引き受けることになります。
言い替えれば、特定の文化や政治や経済という環境も生まれながらに決められているということです。
 

どの時代、どの場所、どのような社会、どのような親兄弟のもとに、どのような状態で生まれるか、自ら選ぶことはできません。生まれながらに障害をもっていることも、本人の選択ではありません。

 
 
これは「どうしようもないこと」なのですね。
 
 
生物はたいていの場合、生まれ育つ環境にうまく適合して生きてゆきます。
 
環境はあたかも無色透明で存在しないかのように、それに違和感や不安を感じることはありません。
 
しかし私たち人間の場合には、生まれた時代、地域、家庭といった自分を取り巻く環境にストレスを感じます。なぜなら、自己認識があり、他者との差異を認知する知能をもっているからです。
 
生まれながらに背負わされている環境ですが、生きてゆく過程においてやがてひとつの事実に気付きます。
 
この世は固定されたものではなく、すべてが流動的に変化し続けている世界である
 
環境も変化し続けている。自分も変化し続ける。
 
自然環境も、自分自身も、社会情勢も、すべてが時間の流れとともに変化してゆくものであることに気付くわけです。
 
生まれた瞬間に「時間=変化」も同時に手に入れた私たちは、「どうしようもないこと」にひとつの対抗手段を見つけます。
 
それは「ものがたり」を創り出すこと。
 
どうしようもない過酷な生に翻弄された人々は、さまざまな物語を紡ぐことによって、生きる希望を見いだしてきました。
 
それは宗教であり、思想であり、イデオロギーであり、あらゆる主義「-ism」であり、理念であり、モラルでした。そして個人のつくり出す無数の、信念や信仰や自己啓発やスピリチュアル等々、それらもまた生きるための物語です。
 
 
過去に起きた出来事について、納得できる解釈を見つけること。未来について希望を見いだし目標をつくること。これも物語です。人が創る必然的な物語です。
 
起きてしまったことは「どうしようもない」事実です。PCのデータのように、事実を消去したり書き換えることはできません。しかし「事実」そのものは、それ以上のものでもそれ以下のものでもない、ただの事実に過ぎません。
 
事実に感情や価値を付随させるのは、個人の解釈によるものです。解釈というのは物語です。事実をどのように解釈するか、ということは、どう物語をつくるか、ということでもあるのです。起きてしまったこと、その解釈が、その人にとっての「過去」という物語です。
 
 
ひとつの物語に執着することで、新たな苦しみを生み出すことがあります。

「他人と過去は変えられない、けれども自分と未来は変えることができる。」
どうしてもこの言葉に納得できない、その人をがんじがらめに縛って離さない他人や過去もある、と書きました。


生きるために必死につくりあげてきた物語(過去)しかし今となっては重荷になってきている物語を、新たな物語につくりかえるのに、「他人と過去は変えられない、けれども自分と未来は変えることができる。」という物語程度では、自分には納得できない、とうてい受け入れられないということなのです。
 
環境や自己はつねに変化し続けるものです。したがって「どうしようもないこと」を説明し納得するための物語も、変化に応じて変えてゆくことも必要なときがあります。納得ができるまで、物語をつくりかえていく。それが精神的成長ということかもしれません。

その人にとって最高の物語は何でしょうか。

とても難しい問いであると思います。
その答えさえも、言葉にしてしまうことで物語になってしまいます。
しいて言うなら、自分の存在を肯定できる、自分を信じることのできる物語かもしれません。
 
自分にとって「どうしようもないこと」を、もっとも納得のできる物語によって受け入れていく。物語を紡ぎ続けることが、生きることです。
 
臨床心理学もまた、どうしようもない苦しみを抱えた心に、新たな物語をつくる術を提供するための、システムのひとつでもあるのです。
 
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