(なんであの娘の味方をするのさ。あたしがいなかったからって調子に乗ってるんじゃないよ、新入りの分際で)翠はそらが考えたコーデが気に入らなかったのだった。

 

 「そらちゃんのもいいと思ったんですけどね…彼女、なかなかのセンスの持ち主ですよ。私が彼女に頼んだんです」先輩スタッフの築山唯子がそらに指示出しをしていたのだ。

 

 「何よ、何よ!。とにかくこのコーデはダメ!ダメといったらダメ!あたしがやらないと気が済まないの!唯子、なんであの娘にやらせるのよ、意味がわからない!」

 

 (これではそらちゃんが可哀想すぎる…伸びしろあるし、潜在能力もあるのをチーフは知らないのだろうか。それを引き出すのがつとめなはずなのに、それだと才能を殺してるよ。チーフは”自分は悪くない。自分は間違いない。自分は正しい”としか思ってない、自惚れて自己満に浸ってるんじゃないかな)翠の自分勝手な振る舞いに、スタッフたちは呆れていた。彼女のスタイリストとしての素質や才能は抜きん出ているが、それを誇示し高圧的な態度を取る。特にそらに対しては、その態度があからさまに出ているのだ。人間としては最低だろう。本人は間違ったことは言ってないと断言し、常に”あたしは悪くない。悪いのはあの娘だ”と思ってるのだ。前日までは笑顔を見せていたそらは、表情を曇らせ涙を浮かべながらトイレに駆け込んだ。そしてすすり泣きをしながらその場で動かなくなった。

 

 「そらちゃん、泣かないで!あなたは悪くないよ。気にしないで!だから(トイレから)出てきて!」

 

 「お願いそらちゃん、私たちはあなたがいないと仕事ができないの!」唯子ら先輩スタッフは心配して声かけをするが、翠はそれが気に入らないらしく、

 

 「あんな泣き虫、ほっときなよ!あの娘がいなくても仕事ができるでしょ!さっさと仕事始めなよ。あたしはあの娘の顔を見てるとイライラするのよ」と、こき下ろした。やがて社長のエツコがやってきてトイレに引きこもってるそらに向かって、

 

 「いつまで泣いてるのさ!ガキじゃあるまいし。やる気がなければ、とっととお家帰んなよ!あんたがいるだけで目障りよ」

 

 そらは涙が止まらず目を真っ赤にしながらトイレから出てくると、エツコと翠は、

 

 「あーヤダヤダ。あんたの顔見ただけで気が滅入るわ。もうあんたは”いらない子”だから帰った帰った。あんたがいなくても、うちはやっていけるから」すると側にいた唯子は、

 

「ちょっと待ってください!社長やチーフのやってることはパワハラじゃないですか!あまりにもひどすぎます!そらちゃん、どれだけ傷ついたかわかってますか?」

 

 「なんであんな役立たずの肩を持つのよ!とにかくあの娘がいなくても事が進んでるのよ。あんたもわかるでしょ?」

 

 「彼女はまだ入ったばかりですよ?それを”能なし”だの”役立たず”だのって。チーフたちにとっては目障りな存在でしょうが、私には必要なんです。伸びしろがあります。なのに、どうしてその伸びしろを否定することばかり言うのですか?」

 (唯子先輩、私の味方になってくれるんだ…心強いな…)

 

 そらは、唯子のひと言で止まらなかった涙を拭い、顔を上げて唯子を見つめた。

 

 「唯子先輩、ありがとうございます。あなたのひと言で私は救われました」

 

 「いいのよ。私だってチーフに振り回されて、ほとほと呆れているわ。何でも自分の思い通りにならないとヒス起こすんだもの。だからそらちゃんに八つ当たりしてるんよ。卑怯よね」

 

 「私、唯子先輩のおかげで仕事が続けられそうです。もし先輩がいなければ…」

 

 「これからは一緒に頑張っていこうね。私はいつでもあなたの味方よ」

 (そらちゃんは悪くない。頭いいし、チーフがいない時にヘアやメイクの研究をしてるもの。陰で努力してるのよ。チーフがいると実力出せないし。それどころか芽を摘んでるだよ)

 

 「はい!頑張ります!」そらは元気よく返事をした。さっきまでの暗い表情とうって変わって、うっすらながら自信を持てたように感じた。エツコと翠は腹を立てながらメイク室のドアをバーンと閉め、その場を去った。

 (唯子もバカね…あんなゴミの肩を持つなんて。そのうち自滅すればいいわ、二人揃って)

 

 (社長、更年期もあるからイラつくのはわかるけど、八つ当たりしないでほしいよね。可哀想だけど)唯子はため息をついた。

 

 

 (つづく)

 

 翌朝ー

 「あ~よく寝た。でもまだ酔いが残ってる…頭も痛いし、仕事休もうかな…う~ズキンズキンする~」翠が起床した。だが昨夜、裕一郎の妹で学生時代の友人の咲子と飲みまくっていたせいか、酔いが残っていた。頭痛もして起き上がるのがやっとだった。

 

 「おーい、仕事遅れるぞ。俺と萌のメシも出来てないじゃないか。いくら酒が強いからって、ほどほどにしとけ、って言っただろ」

 

 「ごめーん。今日は我慢して。頭めっちゃ痛くて作れないわ。悪いけどよそで食べてきてね~」

 

 「じゃ、コンビニでパンかおにぎりでも買って食っとくわ。萌も保育園送っとくから」

 

 「ありがと~。ゆっくり休んで明日に臨むから。いってらっしゃ~い」翠は夫と萌木を見送った後、再びベッドに横たわり、この日は仕事を休んだ。

 

 一方、「Office MIDORI」では「ミドコレ」に向けて準備が進んでいた。翠がいない分、スタッフたちは真面目に取り組んでいた。新人見習いのそらも先輩たちについていた。

 

 「そらちゃーん、のあちゃんには暗めの落ち着いた感じがピッタリだから、コーデお願い」

 

 「はーい」彼女は翠がいないのもあって、のびのびと自分らしさを出して衣装選びをしていた。

 (そらちゃん、チーフがいないと自分の力を出してるね。チーフがいればダメ出しばかりするんだもの。私、チーフははっきり言って苦手)

 

 「それ、いいじゃない!そらちゃん、なかなかいいセンスしてるよ!チーフは見抜けないのかしら」 

  (スタイリストの能力はあっても、それを上手く引き出す能力がなければ…ね)

 

 「初めて褒められちゃった。嬉しいです」と、そらははにかんだ。

 

 「いつもチーフからクソミソ言われてもよく耐えてたもんね」

 

 「ほんと、のびのびというか、いきいきしてるね。普段私たちに見せない姿よね」と唯子。

 

 「伸びしろあるんだ。それって”能あるナントカは爪を隠す”ってこと?」玉恵も唯子に続くように言った。

 

 唯子をはじめ、先輩スタッフたちは皆優しく、そらの働きぶりに目を見張るものがあった。彼女も普段見せることのない笑顔を見せて自信に満ちていた。

 (チーフがいないとやりやすかった…でも明日からはまた…)ひと安心したものの、明日から再び地獄を味わうことを考えると、やる気をなくしてしまうのであった。

 

 次の日、翠が出勤。まだ頭痛は残ってるものの、仕事には差し支えなさそうだった。

 「おはよう!皆心配かけてごめんね~」

 

 「おはようございます。もう大丈夫なんですか」

 

 「バリ元気よ~うまく事が進んでるの?」

 

 「ええ。これはいかがでしょう。素晴らしいコーデですよ。裕一郎さんのイメージに合ってるでしょ?」スタッフの一人、唯子が裕一郎用にコーデした衣装を翠に見せると、

 

 「うわあ、だっさ~。誰よ、こんなダサいコーデ考えたの」

 

 「そらちゃんですよ」

 

 「やっぱそうだったんだ~。田舎者にコーデさせたらイモっぽいし、センス皆無~。ゆうちゃんが可哀想~。だいいち、ゆうちゃんのコーデはあたしの担当でしょ!」

 

 (私、余計なことしちゃったのかな。チーフが気に入ってくれると思って考えたのに…彼のコーデはチーフに任せるべきだったのかな)

 

 (つづく)

 「翠、実は私、看護師辞めるの」咲子は看護師を辞める決心をしていた。

 

 「えーっ、もったいない。辞めてどうするの?まさか引きこもり?ニート?」

 

 「そんなわけないよ。夜勤続きでもうクタクタ…。おまけに子供も情緒不安定になっちゃって…」

 

 「それは可哀想ね。転職先は決まったの?」

 

 「うん。アパレルショップで働くことになったの。私、ファッションデザイナーになるのが夢でね、だからそこで働きながら勉強して」

 

 「”二足のわらじ”は大変ね。でも現実は甘くないよ。ま、新しい職場で頑張って。あたしにはどうにでもできないし。陰で応援するしかできないけど」

 

 「ありがとう」

 翠はため息をつきながら咲子にアドバイスをしたものの、どうも納得いかなかった。あれほど強気な翠も、自分の非力さを痛感したのだった。咲子は(さすが言うことが違うわ…なんか自信に満ちあふれてるというか、非の打ちどころがないというか、彼女の眼を見て感じたわ…とても輝いてるし目力の強さからわかるわ…私もああならないと)と思った。

 

 「咲って、口元がお兄ちゃんソックリね、ガチャ歯だし。笑うとね、ほらドラキュラみたいにニョキっとしてて。ま、そこが可愛いんだけど」

 

 「コンプレックスだから、可愛いと言われたのは初めてよ。直そうと思ってたけど自信持てたわ」と、咲子は両側にあるヤエ歯を見せながら微笑んでいた。

 (ほんと、笑顔はお兄ちゃんソックリで可愛いな。兄妹だから当たり前か)

 

 「そういえば咲、妹もいるんだっけ?」

 

 「いるよ。デパート店員になってすぐにデキ婚して娘産んで離婚してるのは知ってるわ。あれからどうしてるのかわからない。彼女も心配してないみたい。どこかで元気に過ごしてるんじゃないかな」咲子には妹がいるが、彼女の近況は一切わからないみたいだ。

 

 「翠は悩み事ないのかな?なさそうに見えるけど…」

 

 「それがあるのよ!一緒に働いてる新入りのゴミが。パッと見、ハーフっぽいよ」

 

 「スタイリストのタマゴ、ってやつ?楽しみじゃない」

 

 「ぜーんぜん。あたしの足手まといになってるよ。だからあたしがキツい言葉を浴びせてるよ。この間も言ってやったよ。あんたの顔なんか見たくないとか、さっさと実家に帰んなよって」

 

 「それって可哀想。パワハラよね?彼女、どう思ってるのかな」

 

 「別に何とも思ってないみたい。打たれ強いというか、何言われても黙ってるし。あの娘には素質や能力なんてないのよ。そもそもこんな世界に飛び込んできたのが間違ってるのよ」

 

 「彼女もこの業界に憧れて夢を叶えたはず。翠って思ってることをすぐに口に出しちゃうから。彼女、かなり傷ついてるよ」

 

 「あら、あたしは悪くないわ。あの娘も悪いよ。とにかくやる気が感じられないのよ。スキルも上げようともしないし。あったま悪いわ、ほんとに。それに動きもトロいし、イラっとするわ」

 

 「翠の気性からしたら、彼女の存在が鬱陶しいのよね?他のスタッフはどう思ってるのかしら」

 

 「黙ってあたしについてきてくれるわ。だって”チーフには頭が上がらない”って」

 (随分慢心ね…こういうところ学生時代から変わってないわ…。実家が裕福で苦労知らずで育ってきたもの、翠は)

 

 「それでね、うちの事務所主催のショーが二か月後にあるんだ。咲も見に来てくれる?これだよ」翠は「ミドコレ」のポスターを咲子に見せた。

 (”「ミドコレ」”…?)

 

 「えーっ?本当?仕事が休みなら行けそう。楽しみね」

 

 「うちだけでなく、大手のモデル事務所から招待したモデルも出るのよ」二人の会話は、仕事の愚痴とプライベート話で盛り上がり、お酒も飲みまくった。特に翠は泥酔状態になるまで飲んでいた。

 

 「翠、そんなになるまで飲んで大丈夫なの?」

 

 「大丈夫よ~あたしアルコールめっちゃ強いよ~」

(うえっ…気持ち悪い…今にも吐きそう…あたしって自制心ないもん)

 

 「そう見えないな。呂律回ってないし足元もふらついてるし。私がタクシーで連れて帰ろうか?」

 

 「いいって。タクシー呼ばなくったって。あ、もう店閉まる時間。終電間に合うかなあ~」翠はぼんやりしながら店の時計を見た。

 

 「もうお店出よっか」二人は飲み過ぎて足元がふらつきながらなんとか終電に間に合った。それぞれ帰宅した頃は日付が変わっていた。そして眠りについた。

 

 

 (つづく)