(まさか、あたしがクビ?)

 

 「悪いのはあんただけじゃないよ。チームワークが乱れてたんじゃない?」

 (そもそもチームワークが乱れたのもチーフのワンマンぶりのせいでしょうが。なんで彼女の肩を持つのよ?皆嫌気がさしてるのよ?社長ってサイテー。いくら現場で任されてるからってあんまりじゃない)

 

 「社長!ちょっとそれはおかしいと思いませんか?なんとかなる、って言ってますけど衣装はオーダーメイドだし同じものを作るにせよ最低でも一週間はかかります。まりあちゃんの分は辛うじて残ってますが、他は全滅ですよ?それでも間に合うと思ってるんですか?」まりあの専属スタイリストの玉恵が言うと、

 

 「私に不満があるとでも?現場を任されてるのはチーフだよ?いちいち口出ししないで、あんたたちは彼女の指示通り動けばいいの!」と、エツコは聞く耳を持たない。それどころか、何かといえば”チーフに任せればいい”と。それだけでは事が進まないのがわかってるはずだ。しかも彼女は現場の様子を見ることを全くしない。すべてスタッフに押し付けてチーフの翠を中心に事を進めていかないと気が済まないのだ。

 

 (社長は何もわかっていない。現場の様子も見ずにスタッフ任せにして、それでチーフがますますつけ上がってしまったのだろう。それにしても、衣装メチャクチャ…彼女が弁償するにせよ、財力があるから余裕かも…ま、心配しなくていいか)

 

 玉恵はまりあが"ミドコレ"で着用する衣装をチーフに切り刻まれないように、なんとしても死守したのだった。彼女が「ミドコレ」のためにコーデした自信作で、まりあ自身も大変気に入ってくれていた。その衣装は大切にクローゼットにしまった。

 (よかった…でも残ったところでショーはできないだろうな…)

 

 そらは、じっとしたまま、うつむきながら、

 「ごめんなさい…ごめんなさい…私が余計なことをしなければ…」と、ただひたすら謝るだけだった。「私はチーフに認められたかった。それなのに…」

 

 「そらちゃんは悪くないよ」

 

 「うううっ…」そらは悔しさのあまり現場から飛び出し、たまりにたまった悔しさをぶつけた。

 

 「そらちゃん!どこ行くの!」

 (チーフのパワハラぶりに私たちも付き合いきれないわ。自らブチ壊したくせに、責任転嫁してさ。招待したモデルさんたちになんて詫びればいいのよ…)

 

 そらは誰もいない公園のベンチに座り、すすり泣きをした。

 (私はこれからどう生きていくのか…もうこの世から消えてなくなりたい…)唯子ら先輩スタッフたちは彼女を探すが、この日は見つからなかった。

 

 (そらちゃん大丈夫かな…チーフはやりすぎだよ。いくら気に入らないからって、あれはないわ。人として最低よ)

 

 翌日ー

 「大変です!そらちゃん、いくら探しても見つからないです!」すると翠は、

 

 「あんな娘ほっときなよ!いなくたって事が進むでしょ!今度は失敗は許されないから、あたしたちスタッフ一同頑張りましょ!」と声かけをするが、誰も返事はなく距離を置くようになった。

 (有望な人材を追い出すなんてサイテーな女!所詮、財力や人脈でモノをいわせてるだけの無能なんだよ)

 

 数日後エツコの口から、

 「まことに残念だが、”ミドコレ”の中止が決まった。チーフもこのようなことは二度と起きないように反省している。彼女自身も心を入れ替えて今度こそは成功させる、と言ってる。招待したモデルたちには気の毒だが、スタッフ一同謝罪するように」

 (本番まであと三日なのに間に合うわけない。反省だったらなんちゃらでもできるけどね~。チーフの性格だとまたやらかすと思うよ、誰かに八つ当たりして)

 ショーを楽しみにしているモデルたちは本番直前で中止を知らされると、どんな気持ちでいるのだろうか。

 (カンカンに怒ってるばかりか、「Office MIDORI」の信頼もなくしちゃうでしょうね。チーフは自ら墓穴を掘っておいて逃げようとしてるのだから。ほんと、無責任だわ)

 

 翠は、

 「ほーら、まだあたしを必要とされてるんだよ。さすが社長はあたしを見放さない。それだけ頼りにされれるんだ、あたし」と、ニヤリとした。だが玉恵、唯子らスタッフはエツコの考え方に不満を抱くようになった。

 

 (社長もチーフもどうしてそらちゃんに冷たく当たるのだろう…彼女、何も悪くないのに、どこが気に入らないのだろう。それを一番楽しみにしていたのはあの人たちだったじゃない…)

 

 そこで黙っていられなかったのがデザイナーでスカウトマンの九十九遥だった。彼こそが”ミドコレ”の仕掛け人だ。大手事務所で第一戦で活躍されているモデルたちにオファーを出すと、快く引き受けてくれた。彼らも夢の競演に心躍らせ、彼がデザインした衣装をまとうつもりだった。

 「せっかくオファー出して喜んでくれてたのに、なんてことをしてくれたんだ!彼らに謝れよ!」と翠に大目玉を喰らわせた。「彼らに申し訳ないのか。なんてお詫びすればいいんだ。あんたのやったことは嫌がらせじゃないか。いい大人が恥ずかしくないのか?その責任を償えるのか?」

 

 だが、彼女は、”あの娘(そら)が悪い”と主張するばかりで、反省の色すら見えていない。

 「社長は反省してる、と言ってたが、嘘つくなよ。ちっとも反省してないじゃないか。見習いのくせに生意気とか自分が気に入らなければ八つ当たりする。彼女、かなり傷ついてるよ?それに、あんたにはわからない努力をしてるよ」

 

 「だから?あの娘のことは何も知らないくせに!」翠は逆ギレするが、

 

 「休憩時間にモデルに合ったヘアやメイクを雑誌や動画を観て研究したり、ショーの段取りやステージを盛り上げるため、ショーを成功するよう、彼女なりに頑張ってるんだよ。ポスターだって彼女が作ったんだよ。”Office MIDORI”を大手と肩を並べるくらいに成長させるためにね」

 

 「な…なにさ。チーフのあたしを差し置いて、あたしを逆撫でして。どいつもこいつも、あの娘の味方して。だいいち、あの娘にそんな権利があるの?言っとくけど、これはあたしのためにある事務所だよ?だって”Office MIDORI”って名前じゃん。社長もわざわざあたしに期待を込めて”モデルクラブ・ハヅキ”から変えたんだよ?」

 

 「そんなの関係ないだろ?あんたのための事務所?冗談じゃない。じゃあ、訊くけど、あんたはこういった研究はしなかったのか?」

 

 「もちろんよ。自分の実力がすべてだもの。あんな勉強しなくたって周りは認めてくれてるよ」

 

 「それって、慢心じゃないか。ま、いずれはボロが出るけどね。おじゃんになった”ミドコレ”をブチ壊した張本人として、しっかり償ってくれよ」

 

 翠は悔しさのあまり、体を震わせ遥への怒りを抑えていた。

 (あたしは悪くない…絶対悪くない…あの見習いのせいなのに…)

 

 (つづく)

 

 

 

 月日は流れ、「Office MIDORI」主催のショー「ミドコレ」まであと十日に迫った。社長のエツコはスタッフを集め、

 「本番まであと十日になった。当事務所からは水林裕一郎、原井翔馬、目崎まりあ、金成のあ、朝霧つむぎ、三根陽奈そして他事務所からは春見つばさ、館花堅太、乙部未結を招待している。招待しているモデルたちはいずれも第一線で活躍している。主催者側として恥じないように最後まで気を抜かないこと。成功を祈るのみだ」

 

 「はい!」その時だった。話しを聞いていたそらに向かって、チーフの翠の不満が爆発した。

 

 「半人前のあんたが一人前のあたしを差し置いて、こんなダサいコーデじゃモデルたちが可哀想よ。あたしがこうしてやるわ!」と彼女はカットバサミを手にして、そらがコーデした衣装を片っ端から切り刻み始めた。その表情は狂気じみていた。

 

 「チーフ!何するんですか!」

 

 「うるさいわね!あの娘に任せてたらろくなコーデできてないじゃない。田舎者丸出しのセンスのなさ!あたしが全部やる!あたしがこのショーを仕切るから他は口出ししないでよ!」

 

 (……何が気に入らないのだろうか…)そらは何も言い返すことなく涙を浮かべた。

 

 「これではショーは間に合いませんよ。落ち着いてください、チーフ」

 

 「落ち着いていられないわ!もういい!”ミドコレ”が中止になっても!」翠は(これでもか、もうどうにでもなれ!)と狂ったように暴れ続け、感情のコントロールが効かなくなっていた。モデルたちが着用する予定の衣装もことごとく切り刻んだ。

 

 (もうやめて…やめてよ…楽しみにしているショーなのに…滅多にないビッグイベントなのに…ブチ壊してどうするのですか…)

 

 すると裕一郎は翠の腕を掴み、ハサミを取り上げ、

 「いい加減にしろ!落ち着け、って言ってるんだ!それがわからないのか!お前にはほとほと呆れた。見損なったぞ!」

 

 「離して…離してよ!あたしは…あの娘が許せないのよ…!」裕一郎に腕を掴まれた彼女は、彼の手を振り払おうとしたが、

 

 「あの娘って、そらちゃんのことか?どうして目の敵にするんだ?言っておくが、これは俺たちにとって大切なショーなんだ。お前だけのショーではない。お前だけじゃない、皆楽しみししてるんだ。招待されているモデルたちはどんな気持ちでいるのか考えたことがあるのか?彼らだって同じ気持ちだよ」

 

 「だって…だって…あたしがこのショーを仕切りたかった…チーフの名を汚したくなかった…」と翠は泣きながら訴えた。

 

 さらに裕一郎と並ぶ看板モデルのまりあが、

 「そんなの言い訳じゃない!人の男を横取りする汚らわしい女のくせに!」

 

 「うるさい!あんたは黙ってな!いちいち関係ないことを持ち上げてくるな!プライド高女が!」

 

 「(どっちがよ…)はっきり言うけど、チーフのセンスもだっさいよ~。だからあんたに全身コーデされたくかなったのよ」

 

 「フンッ!ハナからそう思ってるわ。あんたみたいなプライドの塊がね」

 

 「それはこっちのセリフよ!お金がなければただのカス女じゃない。この男たらしが!」

 

 「何度でも言いなよ!あんただってそうじゃない!読モやってたからって威張ってんじゃねーよ!」

 

 「読モ?だから何?言っとくけど一応キャリアは私が一番上だから」

 

 「ったく、どの口がいっとんじゃ!過去の栄光にすがりやがって!」

 

 「まぁ、二人とも落ち着いて。言い争ってる場合じゃないでしょ」スタッフたちは彼女たちを止めようとした。

 

 目崎まりあー「Office MIDORI」売り出し中のモデル兼画家、中学生時代から「AMILS」の読モとして活躍。キャリアは事務所内で一番長い。また画家としても個展を開くほどの実力がある。人気俳優・水樹リョウの元カノであり、翠とはその彼を奪ったとして恨みを持っている。そのため、二人が顔を合わすたびに一触即発な空気が漂い口論が絶えない。

 

 追い打ちをかけるように裕一郎は、

 「チーフの名を汚したくない?お前のやってることは、それを汚してるぞ。プライドを鼻にかけてモデルたち、他のスタッフに迷惑かけてるんだ!それにせっかく本番用の衣装を台無しにするとは!それらだって再発注しても一日二日じゃできないんだぞ?最低数週間はかかる。間に合うわけねーだろ。どうしてお前は空気読めねぇんだ?」

 

 (”ミドコレ”に間に合わないか…中止せざるを得ないか…招待されたモデルに申し訳ない…あたしったらなんてことを…もっと冷静になればあんなことにならずに…)翠は自分の行動に後悔したが、時すでに遅しだ。

 

 エツコは、

 「何か騒がしいな」と現場を見ると、

 「これはどうしたんだね?一体誰がやったのかね?」

 

 「社長!チーフが突然暴れだして…」と唯子。

 「そらちゃんがコーデした衣装をハサミで切り刻んで…本番に着る衣装も…そればかりじゃないです。”あたしがこのショーを仕切るから他は口出ししないで”って…」

 

 するとエツコは、

 「ふーん、任せればいいじゃん。あんな駆け出しに任せるからこうなったんでしょ」相変わらず翠を責めるどころか、かばっているのだ。側にいたモデルやスタッフたちも彼女の傍若無人さに頭を悩まされている。

 「ま、なんとかなるでしょ。チーフの能力を信じなよ」

 

 (能力もクソもないでしょ。そらちゃんが可哀想すぎる…チーフはどうして彼女のやることなすことが気に入らないのだろうか。それに社長のチーフに対するえこ贔屓っぷりには開いた口が塞がらないわ…)

 

 翠は冷静さを失い、すっかり放心状態に陥り、その場でしゃがみこんでいた。その後、エツコは彼女をなだめながら今後の彼女の行方について話した。

 

 

 (つづく)

 

 

 

 

 

 「ミドコレ」が二か月後に近づいてきた。裕一郎には数人のガールフレンドがいるが、結婚前提で付き合ってる”本命”の彼女がいる。彼女とは、劇団「299(にーきゅっきゅっ)」の看板スター朝海絵麻、ミュージカル女優だ。ロングラン公演となっている「猫のみやこ」の主演・ニーミャを務めている。彼女はあと一か月後に完成する「あおくさホール」のこけら落としとして裕一郎に一回きりの出演を依頼した。役どころはドラキュラになって城にいる猫たちに襲いかかる場面だ。彼は元々役者志望だったため快く引き受けた。一回きりもあって、台本なくアドリブで演じるそうだ。

 (「ミドコレ」は二か月後だから、差し支えないな)

 「ゆうちゃんなら、舞台盛り上げてくれると思うの」

 

 そして、「あおくさホール」のこけら落とし初日、観客席は演劇ファンだけでなく裕一郎見たさで埋まっていた。普段見られない彼の”もう一つの顔”にファンたちはワクワクしながら彼の出番を待っていた。広々としたホール、きらびやかなスポットライト…出演者たちは完成したばかりのホールにやる気満々だ。やがて舞台の幕が上がると、ワァーと歓声が上がり、開演。ストーリーが続いているうちに、いよいよ裕一郎の出番が来た。ステージが暗くなり「ガォーーーッ!」と声をあげるとともに登場すると、猫たちが暮らす城をバックに彼にスポットライトが当たる。そして「出てこい!猫ども!一匹残らずとっちめてやる!覚悟しろ!」と、彼のコンプレックスであるヤエ歯をグワッと覗かせた。彼らしさを表現した迫真の演技だった。メイクは施されてたが、すっぴんでもドラキュラそのものだった。はまり役といってもよかったのだろう。結局このセリフだけだったが、一回きりのサプライズ公演は無事に終わり、観客席からは万雷の拍手が送られた。

   

 「ゆうちゃんお疲れ~めっちゃハマってたじゃん。おかげで私たちも楽しく演じられたよ。素であそこまでなりきってたなんて、モデルだけでなく役者としてもやっていけるよ」と、絵麻が言うと、

 

 「いや~恥ずかしかったよ。チョイ役だったから自分の力を出しただけさ」と、裕一郎は淡々と答えた。

 

 「演技力素晴らしかったよ。本気で役者目指したら?」

 

 「うん、俺元々役者目指してたんだ。だけどこの歯並びのせいであきらめたよ。滑舌も悪くてね。いつかは直すつもりだけど、親が無関心というかほったらかしてたんだ」

 

 「歯列矯正って保険が効かないからね。でも、ゆうちゃんちはお金持ちだから直せたんじゃない?」

 

 「歯並びで人生決まるものではない、と親が言ってたよ。歯並びよくても人間ができてない奴、ごまんといるよ。俺の周りでもいくらでもいるよ」

 

 「見た目より中身なのね。でもゆうちゃん、スタイルめっちゃいいからもったいないよ。歯並びさえよければ言うことないのに」

 

 「じゃあ、なぜ俺と付き合おうと思ったんだ?まさか、金かよ?」

 

 「そうじゃないわ。ゆうちゃんとなら長く付き合えるかな、と。私ね、今まで何人も付き合ってきたけど、数日で終わっちゃって」

 

 「俺、自慢じゃないが女友達多いから、お前となら上手くいきそうだなと、周りも似合いのカップルと言ってくれて鼻高々だよ」

 

 「ありがとう。これからもずっと付き合っていこうね。今日は楽しかった」

 

 「俺の出番は一回きりだったけど、これからの舞台、頑張ってな。応援してるよ」

 

 「ゆうちゃんもショー、成功するようにね。私も応援するわ」

 

 「ああ、そうだな。お前の気持ちが変わらない限りはね」二人は、これからも愛を育んでいくだろう。

 

 

 (つづく)