「ミドコレ」が二か月後に近づいてきた。裕一郎には数人のガールフレンドがいるが、結婚前提で付き合ってる”本命”の彼女がいる。彼女とは、劇団「299(にーきゅっきゅっ)」の看板スター朝海絵麻、ミュージカル女優だ。ロングラン公演となっている「猫のみやこ」の主演・ニーミャを務めている。彼女はあと一か月後に完成する「あおくさホール」のこけら落としとして裕一郎に一回きりの出演を依頼した。役どころはドラキュラになって城にいる猫たちに襲いかかる場面だ。彼は元々役者志望だったため快く引き受けた。一回きりもあって、台本なくアドリブで演じるそうだ。
(「ミドコレ」は二か月後だから、差し支えないな)
「ゆうちゃんなら、舞台盛り上げてくれると思うの」
そして、「あおくさホール」のこけら落とし初日、観客席は演劇ファンだけでなく裕一郎見たさで埋まっていた。普段見られない彼の”もう一つの顔”にファンたちはワクワクしながら彼の出番を待っていた。広々としたホール、きらびやかなスポットライト…出演者たちは完成したばかりのホールにやる気満々だ。やがて舞台の幕が上がると、ワァーと歓声が上がり、開演。ストーリーが続いているうちに、いよいよ裕一郎の出番が来た。ステージが暗くなり「ガォーーーッ!」と声をあげるとともに登場すると、猫たちが暮らす城をバックに彼にスポットライトが当たる。そして「出てこい!猫ども!一匹残らずとっちめてやる!覚悟しろ!」と、彼のコンプレックスであるヤエ歯をグワッと覗かせた。彼らしさを表現した迫真の演技だった。メイクは施されてたが、すっぴんでもドラキュラそのものだった。はまり役といってもよかったのだろう。結局このセリフだけだったが、一回きりのサプライズ公演は無事に終わり、観客席からは万雷の拍手が送られた。
「ゆうちゃんお疲れ~めっちゃハマってたじゃん。おかげで私たちも楽しく演じられたよ。素であそこまでなりきってたなんて、モデルだけでなく役者としてもやっていけるよ」と、絵麻が言うと、
「いや~恥ずかしかったよ。チョイ役だったから自分の力を出しただけさ」と、裕一郎は淡々と答えた。
「演技力素晴らしかったよ。本気で役者目指したら?」
「うん、俺元々役者目指してたんだ。だけどこの歯並びのせいであきらめたよ。滑舌も悪くてね。いつかは直すつもりだけど、親が無関心というかほったらかしてたんだ」
「歯列矯正って保険が効かないからね。でも、ゆうちゃんちはお金持ちだから直せたんじゃない?」
「歯並びで人生決まるものではない、と親が言ってたよ。歯並びよくても人間ができてない奴、ごまんといるよ。俺の周りでもいくらでもいるよ」
「見た目より中身なのね。でもゆうちゃん、スタイルめっちゃいいからもったいないよ。歯並びさえよければ言うことないのに」
「じゃあ、なぜ俺と付き合おうと思ったんだ?まさか、金かよ?」
「そうじゃないわ。ゆうちゃんとなら長く付き合えるかな、と。私ね、今まで何人も付き合ってきたけど、数日で終わっちゃって」
「俺、自慢じゃないが女友達多いから、お前となら上手くいきそうだなと、周りも似合いのカップルと言ってくれて鼻高々だよ」
「ありがとう。これからもずっと付き合っていこうね。今日は楽しかった」
「俺の出番は一回きりだったけど、これからの舞台、頑張ってな。応援してるよ」
「ゆうちゃんもショー、成功するようにね。私も応援するわ」
「ああ、そうだな。お前の気持ちが変わらない限りはね」二人は、これからも愛を育んでいくだろう。
(つづく)