月日は流れ、「Office MIDORI」主催のショー「ミドコレ」まであと十日に迫った。社長のエツコはスタッフを集め、
「本番まであと十日になった。当事務所からは水林裕一郎、原井翔馬、目崎まりあ、金成のあ、朝霧つむぎ、三根陽奈そして他事務所からは春見つばさ、館花堅太、乙部未結を招待している。招待しているモデルたちはいずれも第一線で活躍している。主催者側として恥じないように最後まで気を抜かないこと。成功を祈るのみだ」
「はい!」その時だった。話しを聞いていたそらに向かって、チーフの翠の不満が爆発した。
「半人前のあんたが一人前のあたしを差し置いて、こんなダサいコーデじゃモデルたちが可哀想よ。あたしがこうしてやるわ!」と彼女はカットバサミを手にして、そらがコーデした衣装を片っ端から切り刻み始めた。その表情は狂気じみていた。
「チーフ!何するんですか!」
「うるさいわね!あの娘に任せてたらろくなコーデできてないじゃない。田舎者丸出しのセンスのなさ!あたしが全部やる!あたしがこのショーを仕切るから他は口出ししないでよ!」
(……何が気に入らないのだろうか…)そらは何も言い返すことなく涙を浮かべた。
「これではショーは間に合いませんよ。落ち着いてください、チーフ」
「落ち着いていられないわ!もういい!”ミドコレ”が中止になっても!」翠は(これでもか、もうどうにでもなれ!)と狂ったように暴れ続け、感情のコントロールが効かなくなっていた。モデルたちが着用する予定の衣装もことごとく切り刻んだ。
(もうやめて…やめてよ…楽しみにしているショーなのに…滅多にないビッグイベントなのに…ブチ壊してどうするのですか…)
すると裕一郎は翠の腕を掴み、ハサミを取り上げ、
「いい加減にしろ!落ち着け、って言ってるんだ!それがわからないのか!お前にはほとほと呆れた。見損なったぞ!」
「離して…離してよ!あたしは…あの娘が許せないのよ…!」裕一郎に腕を掴まれた彼女は、彼の手を振り払おうとしたが、
「あの娘って、そらちゃんのことか?どうして目の敵にするんだ?言っておくが、これは俺たちにとって大切なショーなんだ。お前だけのショーではない。お前だけじゃない、皆楽しみししてるんだ。招待されているモデルたちはどんな気持ちでいるのか考えたことがあるのか?彼らだって同じ気持ちだよ」
「だって…だって…あたしがこのショーを仕切りたかった…チーフの名を汚したくなかった…」と翠は泣きながら訴えた。
さらに裕一郎と並ぶ看板モデルのまりあが、
「そんなの言い訳じゃない!人の男を横取りする汚らわしい女のくせに!」
「うるさい!あんたは黙ってな!いちいち関係ないことを持ち上げてくるな!プライド高女が!」
「(どっちがよ…)はっきり言うけど、チーフのセンスもだっさいよ~。だからあんたに全身コーデされたくかなったのよ」
「フンッ!ハナからそう思ってるわ。あんたみたいなプライドの塊がね」
「それはこっちのセリフよ!お金がなければただのカス女じゃない。この男たらしが!」
「何度でも言いなよ!あんただってそうじゃない!読モやってたからって威張ってんじゃねーよ!」
「読モ?だから何?言っとくけど一応キャリアは私が一番上だから」
「ったく、どの口がいっとんじゃ!過去の栄光にすがりやがって!」
「まぁ、二人とも落ち着いて。言い争ってる場合じゃないでしょ」スタッフたちは彼女たちを止めようとした。
目崎まりあー「Office MIDORI」売り出し中のモデル兼画家、中学生時代から「AMILS」の読モとして活躍。キャリアは事務所内で一番長い。また画家としても個展を開くほどの実力がある。人気俳優・水樹リョウの元カノであり、翠とはその彼を奪ったとして恨みを持っている。そのため、二人が顔を合わすたびに一触即発な空気が漂い口論が絶えない。
追い打ちをかけるように裕一郎は、
「チーフの名を汚したくない?お前のやってることは、それを汚してるぞ。プライドを鼻にかけてモデルたち、他のスタッフに迷惑かけてるんだ!それにせっかく本番用の衣装を台無しにするとは!それらだって再発注しても一日二日じゃできないんだぞ?最低数週間はかかる。間に合うわけねーだろ。どうしてお前は空気読めねぇんだ?」
(”ミドコレ”に間に合わないか…中止せざるを得ないか…招待されたモデルに申し訳ない…あたしったらなんてことを…もっと冷静になればあんなことにならずに…)翠は自分の行動に後悔したが、時すでに遅しだ。
エツコは、
「何か騒がしいな」と現場を見ると、
「これはどうしたんだね?一体誰がやったのかね?」
「社長!チーフが突然暴れだして…」と唯子。
「そらちゃんがコーデした衣装をハサミで切り刻んで…本番に着る衣装も…そればかりじゃないです。”あたしがこのショーを仕切るから他は口出ししないで”って…」
するとエツコは、
「ふーん、任せればいいじゃん。あんな駆け出しに任せるからこうなったんでしょ」相変わらず翠を責めるどころか、かばっているのだ。側にいたモデルやスタッフたちも彼女の傍若無人さに頭を悩まされている。
「ま、なんとかなるでしょ。チーフの能力を信じなよ」
(能力もクソもないでしょ。そらちゃんが可哀想すぎる…チーフはどうして彼女のやることなすことが気に入らないのだろうか。それに社長のチーフに対するえこ贔屓っぷりには開いた口が塞がらないわ…)
翠は冷静さを失い、すっかり放心状態に陥り、その場でしゃがみこんでいた。その後、エツコは彼女をなだめながら今後の彼女の行方について話した。
(つづく)