小動物とエクリ
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異化された仮象 | 中味のない人間 04

 

 

第九章 芸術作品の根源的構造

ヘルダーリンが根源的な特性として芸術作品にあてがうリズムとはいったい何なのか、ということである。
 「リズム」という話は、西洋の思想の伝統と無縁なものではない。たとえばわれわれは、アリストテレスの『自然学』の決定的な箇所、第二巻の冒頭で、この単語に出会う。まさしくこの場面で、アリストテレスは、先人たちの理論を解説し批判したのち、自然を定義するという問題に着手する。実を言えば、ここでアリストテレスは、リズムという語に直接言及しているわけではなく、それ自体にリズムを失いたものという欠如表現を用いている。現に、アリストテレスは自然の本質を探究しながら、アンティフォンというソフィストの所見に言及している。この所見によれば、自然とは、リズムを欠く第一者、それ自体としては無定形で構造を欠くもの、いかなる形相や変化にも順応する未分化なままの質料、すなわち、諸説ごとに火、土、空気、水として同定される還元不可能な第一の元素なのである。「リズムを欠く第一者」とは反対に、リュトモスとは、この不変の基体に付加されるものであり、付加されることによってこの実体を構成したり形づくったりするものであり、そして、この実体に構造を付与するものなのである。この意味で、リズムは構造であり、形状なのであって、元素となる未分化の質料と対立するものなのである。

 このような観点から理解するならば、ヘルダーリンの一節がおそらく意味するのは、あらゆる芸術作品は唯一の構造であるということであり、それゆえに、芸術作品の根源的なあり方は、リュトモスとして、構造として解釈できることが暗示されていることになるだろう。もしほんとうにそうならば、ヘルダーリンの言葉はーー伝統的な美学という地を捨ててーー芸術作品の「構造」の探究にのりだしたときに現代の批評が歩みかけた道をも、ある意味では予告しているのかもしれない。
 だが、ほんとうにそうなのか。結論を急がないように注意しよう。今日、人文科学において「構造」という用語が帯びている多義的な意味をよく検討するならば、それらの意味のいずれもが、ラランド著『哲学辞典』第二版において以下のようなかたちで要約されたゲシュタルト心理学に由来するひとつの定義の周囲をめぐっていることに気づくことだろう。つまり、「構造〔struttura〕」という語句が指し示しているのは「単なる諸要素の組合せとは逆に、各現象が他の諸現象に依存し、この相互関係においてのみ、なおかつ、この相互関係を介してのみ成立しうるような諸現象の連合から形成される総体」なのである。
 要するに、ゲシュタルトとしての構造とは、諸部分の単なる総和以上の何かを包含するようなひとつの総体のことなのだ。
 さて、現代の批評による「構造」という単語の使用法をより仔細に観察して気づくことは、この語に、根本的な両義性が存在していることである。この語に、根本的な両義性が依存していることである。この語は、その両義性のおかげで、あるときは当該の対象の還元不可能な第一元素(基底となる構造)を指し示し、またあるときは総体を存在者たらしめるもの(すなわち諸部分の総和以上の何か)、いいかえれば総体を等身大たらしめるものが指し示されるのである。

 この両義性は、単なる不正確さに起因するわけでも、あるいは「構造」という話を使用する研究者たちの恣意に由来するわけでもなく、むしろ、アリストテレスが『形而上学』第七巻の未尾ですでに指摘していたアポリアの結果なのである。

なぜならいまや総体は、その諸部分プラスもうひとつ別の元素から帰結されることになるため、それ以上進むことができないような還元不可能にして究極の元素を際限なく探究することがまたもや問題になるからだ。
 このことがあてはまるのはまさに、自然の特性をリズムを欠く第一者として規定することによって、原初的な諸元素を探求した思想家たちの場合だった。とりわけピュタゴラス学派は、物質的であると同時に非物質的でもあるその際立った本性の点で、数を、それ以上は遡行し
えない原刻的な諸元素であると考え、万物の根源的な諸原理とみなしたのである。アリストテレスは、ピュタゴラス学派が数を元素として、すなわち究極の構成要素、極小量であると同時に、あるものを存在者たらしめているもの、すなわち総体が現存するための根源的原理であるともみなしていたとして、ピュタゴラス学派を批判した。
 あらゆるものをその諸部分の総計以上のものたらしめる「別の何か」とは、アリストテレスにとってむしろ、根本的に異なる何かでなければならなかった。すなわち、その何かとはーーたとえ原初的でより普遍的であるとしてもーー他の諸要素と同一の尺度で存在するひとつの元素なのではなく、むしろ無限に分割される地を抛棄することによってはじめて見出されるものなのであり、そうすることで、より本質的な次元へと参入してゆくものなのである。この本質的な次元をアリストテレスは、「存在因」として、実体として、起源を付与し万物を現存のうちに確保する原理として規定している。

そして彼は、むしろ自然を、つまり現存の根源的原理を、「形相」の同義語という意味での構造、すなわちリュトモスと同一視するのだ。
 人文科学における「構造」という用語の両義性についての検討にあらためて話を戻すならば、人文科学は、ある意味でアリストテレスがピュタゴラス学派に対して非難したのと同じ誤りを冒していることがわかる。実際、人文科学は、構成要素以上の何かを含んでいるようなひとつの全体としての構造という観念から出発する。にもかかわらず人文科学はーーまさしく哲学的探究の地を捨てることによって、「科学」としてみずからを打ち立てようとするかぎりーー今度はこの「何か」を、元素として、第一元素として、それを越えると物体がその実在を失ってしまうような極限量として理解するのである。そして、ピュタゴラス学派ですでに生じていたように、数学は一見したところ無限背進を回避するための方策を提供してくれるようにみえるものだから、構造分析はいたるところで、その対象を構成する現象の根源的な数を探究することになり、ますます数学的方法をとりいれる傾向をもつようになる。こうすることで構造分析は、人間的事象の数学化という全般的プロセスのなかに組みこまれてゆくのである。このプロセスこそ、現代の本質的な特色のひとつにはかならない。
 この数学化が行きわたった結果、構造は単なるリュトモスとしてだけでなく、数および基底となる原理として理解されることになるが、それは、まさにギリシア人がこの構造という話に与えた意味とはまるで正反対のものである。◉批評や言語学において構造が探究されればされるほど、逆説的にも、根源的な意味での構造はますます茫漠としたものとなり、背景へと後退してゆくのである。
 要するに、構造主義の探究においては、作用量という概念を導入して以来、現代物理学で起こったのと同じような現象が起こるのである。この概念では、粒子の位置(デカルトがギリシア語の形状に対応する表現で述べたところでは「図形」)と粒子の運動量をもはや同時に認識することはできない。リュトモスという意味での構造と、数、という意味での構造とは、この構造という表現が現代物理学で帯びている意味において、正規に結びついた二つの量のことなのであり、それら二つを同時には知りえないのである。(すでに量子物理学で起こったように)統計学的-数学的方法を採用する必然性はここに由来するのであり、この方法のおかげで、結びついた二つの量を一元的な表象のなかで関連づけることができるのである。
 だが、少なくとももっぱら数学的な方法だけを採用することが不可能ならば、構造主義的な探究は、「構造」という話をめぐる二つの対立する意味論的な極ーーリズムとしての構造、すなわちある何かを存在者たらしめるものとしての構造と、数、元素、極小量としての構造ーーのあいだでたえず立在生せざるをえない。それゆえ、◉芸術作品が問題となるかぎりにおいて、形式という美学観念は、構造主義批評がー一質料〔素材〕と形相〔形式〕という芸術作品の美学-形而上学的な規定に依存しつづけ、したがって芸術作品をアイステーシスの対象であると同時に根源的な原理として想い描いている点でーーうまく回避することはできても乗り越えることはできない最後の暗礁なのである。
 もしこれがまさしくそのとおりであり、リズムと数が二つの対立する実在であるとするならば、冒頭に掲げたヘルダーリンの一節が、現代における構造主義批評の活動領域の方向を指し示すことはよもやありえないのである。リズムは、数、極小量、始原の元素という意味での構造ではなく、むしろ実体であり、芸術作品をその根源的な空間において開示し保持するための現存の原理なのである。そういうものとしてのリズムは、計量可能なものでも合理的なものでもなく、だからといって、一般にそう受けとられているようなひたすら否定的な意味での非合理なものでもない。逆に、まさしくリズムが芸術作品を芸術作品たらしめるものであるかぎりにおいて、◉リズムはまた、「尺度=拍子」でもあり、現存における本来的な場=留に万物を一致=調律させるものというギリシア的な意味でのロゴス(理性)でもある。このような本質的な次元に到達するからこそ、また、このような根源的な意味での「尺度=拍子」であるからこそ、はじめてリズムは、人間の経験にひとつの領域を開示することができる。そして、この領域においてリズムは、〔ギリシア語の〕数、もしくは〔ラテン語の〕数=韻律として、すなわら数というかたちで表現されうるような計測可能な足度として捉えられるのである。◉芸術作品の本質そのものが俎上に載せられる次元へとリズムを位置づけることではじめて、作品そのものが合理的で必然的な構造であると同時に関心なき純然たる遊戯でもあるといった両義性が可能となる。そして、この両義的な空間では、計算と遊戯がたがいに交錯しているようにみえるのである。
 とはいえ、もしそうだとすれば、リズムの本質とはいかなるものなのか。芸術作品にその根源的な空間を一致=調律させる力とは、いかなるものなのか。◉「リズム」という語句は、ギリシア語の「流れ去る、過ぎ行く」に由来する。流れ去り過ぎ行くものは、時間的次元で流れ過ぎ、時系列に沿って流れてゆく。一般的なイメージでは、時間とは実際、純然たる流れであり、無限の線に沿って隣間瞬間がたえず継起してゆくことにほかならない。すでにアリストテレスは、時間を運動量=運動の数と考え、瞬間を点と解釈することによって、数量の無限継起という一次元的な領域に時間を位置づけている。そして、この領域こそが、われわれにとってなじみがあり、われわれのクロノメーターがますます正確に測定するーーこの測定の厳密さという目的のために、たとえば一般の時計におけるような歯車運動、あるいは原子クロノメーターにおけるような物質の質量や放射線が利用されているーー時間という次元なのである。
 にもかかわらずリズムはーーふだんわれわれがそう想い描いているとおりーーこの永遠の流れのうちにひとつの分岐、ひとつの中断を導入しているように思える。したがって、たとえなんらかの方法で時系列に沿っているものだとはいえ、音楽作品では、われわれは、瞬間の絶えざる逃亡をを免れる何か、いわば時間における非時間的なものの現存として現われてくる何かとして、リズムを知覚しているのである。このように◉ある芸術作品を前にするとき、あるいは現存の光に包まれた風景を前にするとき、われわれは、時間が中断されたと感じる。それは、あたかも突然いっそう根源的な時間のうちに突き落とされたかのようである。未来から過去のうちへと消えてゆく瞬間の不断の流れのうちには中断、断絶があって、この断絶や中断こそまさに、特有のステータス、すなわち、われわれが眼の前にする芸術作品や風景に固有の現在様態を与え、そのヴェールを剥ぎとるものにほかならない。われわれは、あたかも何かの前で中断したままに引きとめられているかのようだ。だが、この引きとめられているというあり方はまた、いっそう根源的な次元において、外にあること、つまり、脱存=法悦〔ek-statu〕でもあるのだ。
 ◉こうしたーー与えておきながら同時に与えたものを覆い隠すーー保留は、ギリシア語ではエボケー〔=休止〕といわれる。この語の派生源であるエペコーという動詞には、実際に二重の意味がある。つまり、「引きとめる、宙吊りにする」という意味とともに「さしのべる、さしだす、提供する」という意味をもっているのである。時間のいっそう根源的な次元のヴェールを剥ぎとるとともに、それを瞬間の一次元的な逃亡のうちに覆いすリズムについてすこし前で述べたことを考えあわせるならば、われわれはおそらく、一見しただけてはかなり強引に思えるかもしれないがーーエボケーをリズムと翻訳し、「リズムとはエボケーであり、与えられたものであり、保留である」ということができるだろう。とはいえエペコーというギリシアの動詞には、先の二つの語義を結びつけるような第三の意味がある。つまり、「現前している、支配する、保有する」という意味での存在するという語義である。だからこそギリシア人は「風があるということで、「風が現前している、風が支配している」と言っていたのである。
 ギリシアの思想がその根源的な言葉を発した時代に活躍したある詩人の詩句をわれわれは、まさにこの第三の意味において理解しなければならない。

リズムがとらえるとはつまり、リズムが与え、引きとめ、支配することなのだ。リズムは、より根源的な次元における法悦にみちた逗留=休止を人間たちに付与するのと同時に、計量可能な時間の逃亡のうちへと人間を陥れるものでもある。リズムは、与えつつ引きとめるエポケーにおいで人間の本質をとらえる。つまり、リズムは、存在とともに無を、作品の自由空間への要求とともに暗黒や破滅への衝動をも、人間に付与するのである。リズムとは、人間世界の空間を人間に開示する根源的な法悦なのであり、この空間を経てはじめて人間は自由と疎外、歴史意識と時間の混乱、真理と誤認を経験することができるのである。
 おそらくいまやわれわれは、芸術作品に関するヘルダーリンの冒頭の一節を本来の意味で理解することができるだろう。それは、芸術作品を構造としてーーすなわちゲシュタルトであると同時に数としてーー解釈することを指し示すわけでも、作品の様式的な統一性やその本来の「リズム」にもっぱら注意を促すわけでもない。なぜなら、◉構造分析も様式分析も、アイステーシスの(科学的に認識可能な)対象や遂行の所産たる形式原理と同様、芸術作品の美学的概念の内部にとどまっているからだ。むしろヘルダーリンの言葉は、芸術作品の根源的構造をエポケーやリズムとして規定することを指し示すのであり、かくして、この根源的な構造が位置づけられるのは、人間という世界内存在の構造、および人間が真理や歴史と結ぶ関係の構造そのものが賭けられているような次元なのである。その真の時間的次元を人間に開示することによって、芸術作品は実際また、世界にそれが帰属する空間をも開示するのである。そして、この空間のなかではじめて人間は、地上における自己の居住の根源的な尺度を測り、直線的な時間の途切れることのない流れのなかに現存する自己の真理を見出すことができるのである。
 こうした次元において、地上における人間の詩的なステータスは、その本来の意味を発見する。◉人間が地上において詩的なステータスをもつわけは、人間のために世界の根源的な空間を基礎づけるのがポイエーシスだからである。◉詩のエポケーにおいて人間がみずからの世界内存在を本質的な条件として経験するからこそ、はじめて世界は、人間の行為や実在に向かって開示される。もっとも無気味な力や現存への生-産を包含するからこそ、はじめて人間は実践や意志による自由活動を包含することができる。さらにポイエーシス的行為のうちで、時間のいっそう根源的な次元に近づくことではじめて、人間は、おのれの過去とおのれの未来とにたえずかかわるような歴史的存在となるのである。
 それゆえに、◉芸術の贈与は、人間の根源的な位置そのものの贈与であるがゆえに、もっとも根源的な贈与である。芸術作品は、文化的な「価値」でも、観賞者のアイステーシスにとっての特権的な対象でもなく、さらにいえば、形式原理の絶対的な創造力ですらない。むしろ芸術作品とは、歴史と時間におけるその根源的な水準へと人間をたえず参入させるものであるがゆえに、いっそう本質的な次元に位置づけられるものなのである。だからこそアリストテレスは「形而上学」第五巻のなかで「さまざまな技芸、とりわけ建築=棟梁の匠の技術もまた、姫源 アルカイと呼ばれると言うことができたのである。
 ◉芸術が建築的であるということ。このことが意味するのは、語源に即して言えば、芸術、ポイエーシスが始源の生-産であり、芸術は人間の根源的空間を与えるもの、とりわけ「建築的なもの」だ、ということである。◉あらゆる神話伝承の体系に見られる儀式や祭典を挙行する目的とは、世俗的な時間の同質性を中断することなのであり、神話の根源的な時間を再現前化させることによって、人間は、神々と同じ時間を共有するものとして再生成し、あらためて創世の始源的次元に達することができるのである。芸術作品においてもまたこれと同じように、直線的な時間の連続体は分断され、人間は、過去と未来のあいだに、自己の現在=現在する空間を見出すのである。
 かくして、◉ある芸術作品を見つめることは、より根源的な時間へと企投されること、与えつつ引きとめるリズムのエポケー的な開示における脱存=法悦を意味する。人間と芸術作品の関係をめぐるこの状況から出発してはじめて、いかにしてこの関係がもしそれが真の関係であるとすればーー人間にとっての最高の使命でもあるのかが理解されうるのである。つまり、この最高の使命は、人間を真理のうちに引きとどめ、地上における人間の居住にその根源的なステータスを与えているのである。◉芸術作品を経験するとき、人間は、真理のうちに、いいかえればポイエーシス的行為においてようやくヴェールを制がされる始源のうちに直立しているのである。この使命、つまり、リズムのエポケーへのこの企投のうちに、芸術家や観賞者は、両者の本質的な連帯と共通の土壌とを見出すのである。
 ◉逆に芸術作品が美的享受に供され、その形式的な局面が評価され分析されるとしたら、それは、いまだ作品の本質的な構造に接近するのとは程遠いもの、つまり、芸術作品において与えられ保留されている始源からははるかに遠いものなのである。それゆえ美学は、芸術を芸術本来のステータスに即して考察することができないのでありーーこのステータスが美的=感性的な観点に囚われつづけているかぎりーー芸術の本質は人間には閉ざされたままなのである。
 今日、芸術作品のこの根源的な構造は、陰翳に隠されている。その形而上学的な運命の極点において、芸術は、ニヒリスティックな権力、「自己を無にする無」となって、美の領土という砂漠を彷徨い、永劫にわたって自己の分裂のまわりをめぐりつづけている。芸術の疎外は、人間の根源的な史的空間そのものの疎外を指すがゆえに、根本的な疎外である。◉芸術作品とともに人間が喪失しかけているものとは、実際、それがどれほど貴重なものであるとしても、単なる文化財ではないし、また創造のエネルギーの特権的な表現ですらない。そうではなく、むしろ人間の世界という空間そのもの、そこでしか人間が人間として自己を見出すことができないような空間、そこでしか行為し認識することができないような空間をこそ、人間は失いかけているのである。
 もしそうだとすれば、自己の詩的なステータスを喪失してしまった人間は、それ以外の場に自己の尺度を再構成するだけではすまない。「危険のある場所から到来しないあらゆる救済は、いまだに救いのないままである」。芸術は、地上における人間の居住の根源的な尺度を測るという使命をなおも果たすことができるのか、とすればそれはいつのことなのか、これは予知できるような問題ではないし、美の領士にたれこめた見渡すかぎりの黄昏の彼方に、はたしてポイエーシスがその本来のステータスを見出すことができるのかどうかを明言することもできない。われわれが唯一言えるのは、ポイエーシスがその運命を凌駕するには、自己の影の向こう側へと跳躍するだけではけっしてすまないだろう、ということだけである。

第十章 メランコリーの天使

 「ぼくの本に出てくる引用は、通行人に武装攻撃して、彼の信念の重みを軽くしようと、路傍で待ち伏せする追いはぎみたいなものだ」。こう言明した当人ヴァルター・ベンヤミンは、文化の伝承可能性に生じたある根本的な変化とそこから不可避的に帰結する過去との新たな関係に気づいた、おそらくはヨーロッパ最初の知識人だった。◉ベンヤミンによれば、引用固有の力は、実のところ、過去を伝承し蘇生させるその能力から生まれるのではなく、むしろ逆に、「邪魔者を一掃し、コンテクストから引き剥がす、その破壊的な」力から生じるのである。過去の断片をむりやりその歴史的なコンテクストから切り離す引用は、真正な証言という性格をこの断片から一挙に奪することによって、まぎれもない攻撃力となる異化のポテンシャルをこれに付与する。生をかけて引用だけで構成される本を書こうとしたベンヤミンは、引用が召喚する権威が、まさに文化史上の状況からある種のテクストに帰されるような権威の破壊に基づいていることを理解していた。すなわち、ベンヤミンが『歴史哲学テーゼ』のひとつ〔第三テーゼ〕で、最後の審判の日に「議事録にのぼる引用」を明確に定義するとき、◉引用のになう真理の使命とは、生きたコンテクストから異化された仮象の一回性という機能なのである。その異化の刹那に、ほんの一回だけ現われるイメージのなかでのみ、あたかもある記憶な危機の瞬間に思いがけなく脳裡をよぎるように、過去は定着されるのである。
 過去とかかわるこの特異な方法は、ベンヤミンが生来、親近感を抱いていたある人物像、つまり蒐集家の仕事の基盤をなしてもいる。蒐集家もコンテクストの埒外で対象を「引用」し、そのようにして、対象それ自体の価値や意味を内包する秩序を破壊する。芸術作品にしろ、日用の商品にしろ、好みの趣味によって蒐集家はそれらを熱中の対象にまで高める。いずれにしても蒐集家は、それら物品の使用価値と同様、物品が伝統から背負わされてきた倫理・社会的意味をも一挙に奪することによって、物品を変容させるという課題をみずからに引きうけるのである。
 こうして物品は、それが本物であるかぎり、蒐集家の手で「有用性という隷属状態から」解放される。唯一、この物品の真正性だけが、コレクションにその物品が含まれることを正当化するのである。しかし、この真正性のほうも、異化を前提としているのであって、その異化作用をつうじて、その解放は到来し、好事家の価値が使用価値にとって代えられるのである。言い方をかえるならば、対象の真正性が、その異化価値を測定するのであり、かたや、この価値こそ、コレクションを成立させる唯一の空間となるのである
 まさしく過去の異化を評価するという点で、蒐集家のイメージは、革命家の相貌といわば同盟を結ぶ。革命家にとって新たなるものの出現は、古いものの破壊によってのみ可能なのである。それゆえ、典型的な大蒐集家たちがまさに伝統の解消と革新の熱狂の時代に活躍したとしても、あながち偶然ではない。実際、伝統的な社会では、引用も蒐集も想像することはできない。というのも、そうした社会は、過去を伝承する伝統の網目をけっして分断することができないからである。
 芸術作品の権威や伝統的な価値が揺らぎはじめる現象を察知していたベンヤミンは、この過程を要約して「アウラの凋落」と呼んだ。しかし、奇妙にも彼は、この「アウラの凋落」によって、結果的に「対象が文化的外皮から解放」されたり、その瞬間から政治的な実践に基づくようになったりするのではけっしてなく、むしろ、新たな「アウラ」が再構成されてしまうことに気づいていなかった。この新たな「アウラ」によって、対象は、別の次元でその真正性を再創造し最大限高めながら、われわれがすでに蒐集に関して指摘した異化の価値とまったく同類の新たな価値を帯びてきたのである。複製技術(ベンヤミンは芸術作品の伝統的な権威を侵蝕する主動因をそこに求めていたのだが)は、対象をその真正性から解放するどころか、逆に真正性をとことんまで駆りたてる。つまり複製技術は、オリジナルの増幅によって、真正性が把握しがたいものの暗号そのものとなる契機なのである。
 芸術作品は、権威、および、伝統のなかに芸術作品を組みこむことでその権威を生じさせてきた保証を失う。その伝統によって芸術作品は、過去と現在の結節点が絶え間なく生じる場や対象を構成してきたのである。だが、複製可能になることで芸術作品の真正性は放棄される(したがって「詩が計算可能で習得可能なものになる」というヘルダーリンの念願がかなえられる)どころか、芸術作品は逆に、筆舌に尽くしがたい究極の秘儀、すなわち感性的な美の顕現が生じる空間となる。
 この現象は、とりわけボードレールに顕著である。もっともベンヤミンは、彼のことをアウラの凋落のいちばん典型的な表現が見出される詩人と考えていたのだが。
 ボードレールは、新しい産業文明における伝統的権威の解体に直面せざるをえなかった詩人である。それゆえ、彼は新しい権威を発見しなければならない状況にあった。つまり、彼は、文化の伝承不可能性そのものを新しい価値に転化し、芸術作品自体のただなかでショックを経験させることによって、この課題を成し遂げたのである。ショックとは、ある特定の文化秩序のなかで事物がもっていた伝承可能性や理解可能性が喪失するときに、事物が帯びることになる軋轢の力である。もし芸術が伝統の崩壊を生き延びようとするならば、芸術家はショックの経験の根源にある伝承可能性の破壊そのものを作品のなかに複製しようとつとめなければならない。ボードレールはそのことをよく理解していた。こうして彼は、作品を伝承不可能性の媒介そのものに変えることができたのである。美しいものを一隣の捉えがたい顕現(「一瞬の燦き……次いで闇!」)として理論化することによって、ボードレールは美を伝承不可能性の暗号にしたのだ。かくしてわれわれは、蒐集家の活動と同様、引用の根底にもみとめられた異化価値が何に由来しているのかを見定めることができる。異化価値を生みだすこと、それは現代の芸術家に特有の課題となったのである。この課題こそ、文化の伝承可能性の破壊にほかならない。
 ショックの経験において伝承可能性の解体を複製することは、すなわち、事物自体に対する感覚と価値の究極の源泉になり、こうして芸術は、人間をその過去に依然として結びつけている最後の絆になる。◉美の顕現が生じる束の間の瞬間における過去の生存は、結局のところ、芸術作品によって実現される異化であり、かたや、この異化は、芸術作品の伝承可能性の破壊、すなわち伝統の破壊の尺度にほかならないからである。



 伝統的な休系において、文化は、それが伝承されているとき、つまり、その伝承が生きているときにしか存在しない。◉過去と現在、古いものと新しいもののあいだに断絶はない。なぜならあらゆる対象は、その対象のうちに表現を見出してきた信念体系や概念体系をたえず十全に伝承する。正確を期するならば、むしろこの種の体系では、伝承に依存しないような文化については語りえない。というのも、伝承と分離した対象を構成するような、またその実在自体がひとつの価値であるような、諸観念や諸規則の遺産の蓄積は、存在しないからである。逆に、神話=伝統の体系においては、伝承行為そのもの以外に、いかなる倫理的、宗教的、美的な価値もないという意味で、伝承行為と伝承されるものとのあいだには、絶対的な同一性が存在している。
 伝統がその生命力を失ってはじめて、伝承行為と伝承されるもののあいだに不釣合いや齟齬が生じ、伝承されるものがその伝承から独立した価値として位置づけられるようになる。こうして、非伝統的な社会に特有の現象を支える基盤、つまり文化の蓄積が形成されることになる。
 ◉伝統の破棄は、一見そう思われるかもしれないが、実際には逆に、過去の喪失や過去の過小評価を何ら意味するわけではない。それどころかおそらく、いまという時点においてのみ過去は、それまで知られることのなかった重圧や影響とともに、過去としてその姿を現わすことになるだろう。◉むしろ、伝統の喪失が意味するのは、過去がその伝承可能性を喪失したということであり、以後、過去との関係を結ぶ新しい方法が見つかるまで、過去は、ひたすら累積の対象となるのである。こうした状況で人間は、みずからの文化遺産をいうなればひとつ残らず保存する。というより、この文化遺産の価値はめまぐるしく増加する。だが、人間は、文化遺産から行為や精神的な慰安の試金石を導きだす可能性を失うとともに、自分自身の起源や宿命について自問することで、過去と未来のあいだの関係として現在を創設するために与えられた唯一の具体的な場も失ってしまう。実際、この具体的な場こそ、過去の伝承可能性である。この伝承可能性のおかげで、人間は、じかに感じとられる意味や価値を文化に帰属させながら、自己の過去の重圧に煩わされることなく未来に向けて自由に行動することができる。◉しかしながら、文化がみずからの伝承手段を見失うと、人間は、参照点を喪失し、たえず自分の肩に堆積し、解読できなくなったその中味の増加によって人間を抑圧する過去と、いまだ所有されてはおらず、過去との葛藤のなかで人間にいかなる光も与えない未来とのあいだで縛られるようになる。実際、今日のわれわれにとって既成事実となっている、伝統の断絶は、ひとつの時代をきりひらく。◉この時代にあっては、いわゆる巨大アーカイヴのなかに古いものを無限に累積させるか、さもなければ、この同じ媒体をつかって、古いものの伝承をたすけるような異化作用を生じさせるかする以外に、古いものと新しいもののあいだにもはや何のつながりもないのである。不明瞭な命令や山積の仕事によって村にのしかかる、カフカの小説における城のように、文化の累積は、生きた意味を失って、まったく自覚できない脅威として人間にのしかかってくる。古いものと新しいもの、◉過去と未来のあいだの空隙に宙吊りにされた人間は、時間のなかへと投げこまれる。まるで、人間の手をたえずすり抜けながらも先へ先へと彼を導いていく未知なるもののなかへと投げこまれるように。だが人間は、その時間のなかにけっして自分の確かな立脚点を見出すことができないのだ。



『歴史哲学テーゼ』の一節〔第九テーゼ〕で、ベンヤミンは、とりわけ巧みなあるイメージのなかに、自分の過去とのつながりを失い、もはや歴史のなかに自分自身を見出すことのできない人間の状況を描き出している。ベンヤミンはこう書いている。「《新しい天使》と題される一枚のクレーの絵がある。◉そこには天使がひとり描かれていて、じっと見つめている何ものかからいまにも遠ざかろうとしているように見える。眼を大きく見開き、口をあけて、翼を拡げている。歴史の天使はこんな姿をしているにちがいない。彼は過去に顔を向けている。われわれには一連の出来事と見えるところに、彼はカタストローフしか見ない。そのカタストローフは、とどまることなく瓦礫に瓦礫を積み上げ、彼の足元を瓦礫だらけにする。できたら彼は、そこにとどまって、死者たちを甦らせ、砕け散ったものを元通りにしたいのだろう。だが、翼が楽園から吹きつけてくる嵐につかまり、その風のあまりのはげしさに天使は翼を閉じることができない。この嵐は彼をいやおうなく自分が背にしている未来のほうに押し流してゆく。それにつれて彼の眼前には瓦礫の山が天に届くほど積み重なってゆく。◉われわれが進歩と呼ぶもの、それはこの嵐なのだ」。
 ベンヤミンがクレーの絵に与えた解釈とのある類比を示しているデューラーの一枚の版画がある。この絵には、沈思黙考、瞑想にふけりながら坐っているひとりの翼をもった人物が描かれている。そのかたわらには、石臼、鉋、釘、鉄槌、三角定規、鋏、鋸といった活動的な生の道具類の数々が地面に転がっている。天使の美しい顔は陰翳に沈んでおり、彼の長衣と足元の地球儀だけが光を反射している。天使の背後には、砂の流れ落ちている砂時計、釣鐘、天秤、魔方陣が、背景である海の上には、鈍い光彩を放つ彗星が見える。画面全体には、黄昏の雰囲気が漲っていて、あらゆる細部からその物質性が払拭されているようだ。
 クレーの《新しい天使》が歴史の天使であるなら、デェーラーのこの版画の翼をもったメランコリックな天使以上に、芸術の天使を体現するものはないだろう。歴史の天使が、過去に眼差しを注ぎかけつつも立ち止まることができず、たえず未来に向かって後ずさりながら逃げざるをえないとすれば、デューラーの版画にあるメランコリーの天使は、おのれの眼前を不動のまま凝視する。歴史の天使の翼に絡めとられた進歩の嵐は、ここでは鎮まりかえっており、芸術の天使は、時間を超越した領域に浸っているようにみえる。それはまるで、歴史の連続体を絶ち切る何かが、一種のメシア的な停止のうちに、とりまく現実を固定してしまったかのようである。しかし、過去の出来事が解読不能な瓦礫の堆積として歴史の天使の前に立ち現われるように、メランコリーの天使のまわりに散乱する活動的な生の道具やその他の品々も、日用品として与えられていた意味をすでに喪失し、それらを捉えがたいものの暗号に変貌させる異化のポテンシャルを帯びている。歴史の天使が理解する能力を失ってしまった過去は、芸術の天使の前でその姿をふたたび取り戻す。とはいえ、この相貌は異化されたイメージである。◉異化されたそのイメージにあって、過去は、真理を否定するというかぎりでのみ、みずからの真理を見出し、新しいものの認識は、古いものの非真理性においてのみ可能となる。芸術の天使は、美的な判断=審判の最後の日に現われて、実際のコンテクストの外で過去を引用する。こうして◉天使が過去に与える救済とは、すなわち、審美的特徴からなる博物館における過去の死(より正確には、死の不可能性)にほかならない。天使のメランコリーとは、異化をして自己の世界たらしめたという意識であり、非現実的なものとする以外にはもはや保持できなくなった現実に寄せる天便のノスタルジーなのである。
 いうならば美学が果たす任務とは、ある意味において、断絶がもたらされるまでは伝統が果たしてきたのと同じ任務である。◉つまり、過去の網の目のなかでほつれてしまった糸を繕い直すことで、美学は古いものと新しいものの軋轢を解決する。この軋轢の宥和なくして人間は生きることができない。なぜなら人間というこの存在は、時間のうちに自己を見失いながらも、時間のうちにふたたび自己を見出さねばならず、したがってあらゆる瞬間において、自己の過去と自己の未来にさらされているものだからだ。◉伝承可能性の破壊をつうじて、美学は、否定的なしかたで過去を回復する。こうして伝承不可能性は、感性的な美のイメージにおいてそれ自体ひとつの価値になり、それゆえに人間の行為や意識を基礎づけうるひとつの空間が過去と未来のあいだに拓かれることになる。
 この空間こそ美の空間である。しかし、そこで伝承されるものは、まさしく伝承の不可能性であり、伝承される真理は、その内容の真理の否定である。◉文化は、伝承可能性とともにみずからの真理の唯一の保証人を失い、絶え間なく累積していくみずからのナンセンスに脅かされる。だがその文化が、いまや芸術にみずからの保証を与えるのである。したがって芸術は、みずからの保証を失うことによってしか保証されえないものを保証する必要に迫られるようになる。◉職人の謙虚な活動はかつて、人間に仕事=作品の空間を開示し、そうすることで、伝統がみずからの過去と現在をたえず結びつける場所や対象が構築されてきた。しかしいまやそれが、天才の創造活動にとって代わられ、美を生産せよという命令が重く圧しかかることになる。この意味で、美を芸術作品の直接の目的と考えるキッチュは、美学特有の産物といえるのであって、同様に別の面では、キッチュによって芸術作品に喚起される美の亡霊こそ、美学が基盤を見出している文化の伝承可能性の破壊にほかならないのである。
 もしこうしたことが事実であり、◉芸術作品とはすなわち、古いものと新しいものとが真理という現在の空間で互いの軋轢を成り立たせるべき場であるとするならば、今日の芸術作品とその命運をめぐる問題は、われわれの文化を悩ませる他の諸問題のなかの、単なるひとつの問題なのではない。その理由は、芸術が文化的諸価値のヒエラルキー(崩壊しつつあるが)において上位の座を占めているからということではもはやない。むしろ、文化の生存そのものが芸術にかかっているからだ。過去と現在との軋轢に引き裂かれた文化は、われわれの社会において、美の異化というかたちのなかで、その極端で一時的な和解を見出した。測量技師Kによる不屈の脱神話化の行為のみが、ウェストウエスト伯爵の城に、それが装っている見せかけだけの現実を保証するように、芸術作品だけが、文化の累積に、「幻影のごとき生存を保証するのである。しかし、◉いまやこの文化という城は、すでに博物館=美術館となっている。そこにおいて一方では、過去の遺産ーー人間はもはやけっしてそのなかで互いを認識しあうことができないーーが、共同体メンバーの美的享受に供されるために蓄積される。他方、この美約享受が可能になるのはひとえに、過去の遺産から、その直接的な意味を剥奪し、さらに人間の行為や意識に空間を開示するその生産力を奪する、異化作用をつうじてなのである。
 ◉したがって美学は、西洋人の感性が進歩するにつれて、もっとも固有な場として芸術作品にあてがわれるようになった単なる特権的な領域ではない。◉すでに伝統が解体し、もはや人間が過去と未来のあいだに現在という空間を見出すことができず、歴史の直線的な時間のなかに埋没している時代にあって、美学は、むしろ芸術の運命そのものなのである。その翼を進歩の嵐に絡めとられている歴史の天使と、時間を超越した領域に過去の廃墟を固定する美学の天使は、切り離すことができない。個人であれ集団であれ、人間が古いものと新しいもののあいだの軋轢を和解させる別の方法を発見しないかぎり、したがって自己の歴史性を自分のものとしないかぎり、この分裂をぎりぎりまで駆りたてずにはすまない美学を克服することは、ほとんど不可能であるように思われる。



 カフカのノートに綴られたあるメモには、過去の歴史と未来の歴史の緊張のなかで人間が自己の空間を見出すことの不可能性が、「鉄道旅行者たち」のイメージのうちに、並はずれた精確さで表明されている。「鉄道旅行者の一団は、トンネルに入って入口の光がもう見えなくなるやいなや、たちまち災難に出くわすものだ。しかも、出口の光は、はるか遠くにちっぽけにしか見えないので、視線は、光をたえず求めるが、たえず見失うはめになる。しまいには、どっちがトンネルの先頭で末尾かすらもおぼつかなくなってくる」。
 すでにギリシア悲劇の時代、すなわち、勃興しつつあった新しい道徳的な世界の圧力のもとで伝統的な神話体系が凋落し始めていたとき、芸術は、古いものと新しいものの軋轢を和解させるという課題をみずから引き受け、無実なる罪人、悲劇の英雄という姿のなかでこの課題に答えていたのである。その姿のうちには、偉大さと悲惨さのすべてにわたって、もはやそうでないものといまだそうでないものとのあいだの歴史的な間隙に挟まれた人間行為の不安定な意味が表明されている。
 カフカは、終始一貫この課題をわが身に引き受けつづけた現代の作家である。おのれの歴史的な前提条件を体得することができないという人間の不可能性に直面して、カフカはむしろ、この不可能性を、自己を再発見するための土壌そのものにかえようとした。この企てを実現するために、カフカは、歴史の天使というベンヤミンのイメージを逆転させたのである。つまり、実際には、天使はすでに楽園に到着ずみだった、というよりも、最初からずっとそこにいたのだ、と。また、嵐にしても、進歩の直線的な時間に沿って一貫して逃亡する天使の姿にしても、自分の意識を欺こうとして、自分が置かれた永続的な状況をなおも達成されるべき目標にかえようとして天使がみずから創りだした幻想にすぎないのだ、と。
 まさにこうした意味でこそ、『罪、苦悩、希望、真実の道についての考察』における次の二つの文に表明されるような、一見逆説的とも思える考え方は理解されなければならない。「ゴールはあるが、道がない。◉われわれが道と呼んでいるのは、われわれの躊躇にほかならない」。「世界の審判を最後の審判という名でわれわれに呼ばせているのは、われわれの時間観念にすぎない。本当は、即決裁判なのだ」。
 人間はつねにすでに審判の日に立ち会っている。審判の日は人間の通常の歴史的状況であり、この状況に直面することへの人間の恐れだけが、彼をしてその日がなおも来るべきものだという錯覚を抱かしめるのだ。カフカは、空虚で直線的な時間に沿って際限なく展開する歴史観(これこそ《新しい天使》をいやおうなく駆りたてているものだ)に代わって、歴史のあり方の逆説的なイメージを打ち出す。このイメージにおいては、人間の発展にとって根本的な出来事は不断に進行中で、直線的な時間の連結術が粉々に分断されているにもかかわらず、それ自体を越えるような突破口を開くことができない。ゴールが接近不可能なのは、それが遠い未来にあるからではなく、ここ、われわれの眼前に現前しているからだ。だが、◉このゴールの存在は、人間の歴史性、不在の小道の途上での人間のたえざる遅れ、自己の歴史的な状況をわがものにできない人間の無能さを構成する。だからこそカフカは「これまで起こったあらゆることに無効宣告する革命運動が正しいのは、実際にはまだ何ひとつ起こってはいないからだ」と言うことができたのである。したがって、歴史のなかで見失われた人間の状況は、最後には『万里の長城の建設』において語られる華南人たちの状況に似たようなものになる。
彼らは、「想像したり信じたりする能力の乏しさに悩み、このために北京の衰退から帝国を救うことも、一度でいいから触れ合いを感じてから死ぬことだけを夢みている臣民の気持ちでありありと帝国を抱きしめることもできない」。にもかかわらず、彼らにとっては「この乏しさは、団結するためのもっとも重要な動機のひとつ、いやそれどころか、大胆な言い方をさせてもらえるならば、われわれが生きる地盤そのものであるように思われる」。
こうした逆説的な状況に直面して、芸術の課題を問うことは、最後の審判の日における課題がいかなるものであるだろうかと問うのに等しい。すなわち、歴史の天使が足止めされた(カフカにとっては人間の歴史的なあり方そのものである)状況で、過去と未来の間隙で、人間は、おのれの責任と向かい合っている。カフカは、芸術が伝承行為の伝承となりうるかどうか、つまり、伝承する行為が、伝承されるべきものとは独立に、伝承という課題そのものをその内容に引き受けることができるかどうかと問うことで、この要求に答えている。ベンヤミンが理解していたように、直面する未曾有の歴史的状況を洞察したカフカの天才とは、「伝承の可能性のために真理のほうを犠牲にした」ことだった。◉ゴールがすでに現前するがためにそこへと至る道がない。だからこそ、遅ればせながらも伝承という課題そのものをメッセージとしてたずさえてくる使者の、不屈の粘り強さだけが、歴史的なあり方を体得する能力を喪失した人間に、その行為や意識を形成するための具体的な空間を送り返すことができる。
 こうして、美の巡礼も限界に達すると、芸術は、伝承されるものと伝承する行為とのあいだの差を無効にし、伝承されるものと伝承する行為のあいだに完全な同一性が存在していた神話=伝統的体系に近づいていく。しかし、たとえ「この最後の限界に立ち向かうこと」で美的領域を超越し、伝承するという課題そのものを内容とするまったく抽象的な道徳体系を構築することによって、キッチュにささげられたこの領域の運命をはぐらかしてみたところで、たしかに、芸術は神話のとば口にまでたどりつけはするだろうが、それを越えることはできない。もし人間がおのれの歴史的状況を自分のものとし、直線的な時間の涯てのないレールに沿ってたえず押し流してゆく嵐の幻を霧散させることによって、その逆説的な状況から脱することができるとすれば、たちまち人間は、新しい天地創造に生命を吹きこみ、歴史を神話に反転させることのできる全体認識に接近することだろう。だが、芸術だけではそれは無理である。なぜなら、芸術が神話から解放され歴史に結びつけられるようになったのは、まさしく過去と未来の歴史的な軋轢を和解させるためなのだから。
 ◉真理を眼前にした人間の遅れの原理を詩的な手続きに転じ、伝承可能性のために真理の保証を放棄することによって、芸術はふたたび、古いものと新しいもの、過去と未来のあいだの世界にたえず宙吊りにされた歴史的なあり方から脱することができる。そして過去と未来に挟まれた空間そのものも、自分の棲処 ディモーラの根源的な寸法を現在のうちに測定し、行為の意味をそのたびごとに再発見できるのだ。
 家が炎に包まれたときにはじめて建築の根本的な問題が見えるようになるという原則にしたがうなら、芸術は、その運命の極限に達することで、ようやくみずからの根源的な見取図=企投を明るみにだすのだ。

 

『中味のない人間』ジョルジュ・アガンベン/著、岡田 温司、多賀 健太郎、岡部 宗吉/訳

 

関心なき快、概念なき普遍性 | 中味のない人間 03

 

 

 

第八章 ポイエーシスとプラクシス

今日における芸術の運命という問題は、それと不可分なものとして、生産活動の意味、総体としての人間の「行為」の意味という問題を投げかけてきた。この生産活動は、今日では実践として理解されている。

われわれは、人間の「行為」全体を実践とみなすこの統一見解に慣れているため、人間の行為がむしろ異なったしかたで理解されうるーーそして、これまでの歴史上の時代にあってはそう理解されてきたーーという見過ごしてしまう。

ギリシア人は、ポイエーシス(poiein 存在にもたらすという意味で、生-産する)とプラクシス(prattein 実行するという意味での、行為する)を峻別していた。いずれわかるように、実践の中心にあるのが、行動においてじかに表明される意志という考え方であるのに対して、ポイエーシスの中心にある経験は、要へと向かう生産、つまり、そこで何かが非存在から存在へ、隠れた闇から作品が発する充益した光へと移行するという事象だった。要するに、ポイエーシスの本質的な性格とは、その実践的で意志的な過程の局面においてではなく、むしろその存在において、ヴェールを剥ぎとるという意味での真理の様態だったのである。人間の「行為」内部におけるこの区別をたびたび理論化したアリストテレスが、プラクシスにくらべてはるかに高い位置をポイエーシスにあてがおうとしたのは、まさしくこうしたポイエーシスと真理との本質的な近似性のためであった。一方、アリストテレスによれば、プラクシスは、生きた存在〔animal〕としての人間の条件それ自体に根ざしていた。いいかえるなら、生を特徴づける運動(欲求、欲望、意欲の統一体という意味での意志)の原理にほかならなかった。
 ポイエーシスとプラクシスと並んで、人間活動の根本的な様態のひとつである労働についてギリシア人が主題的に考察しなかったのは、生活の困窮から必要になる肉体労働が奴隷たちにわりあてられていたという事情があったためである。しかし、このことは、彼らが労働の存在を自覚していなかったとか、労働の本性を理解していなかったということを意味するものではない。◉労働することは、必要に服従することを意味していた。そして必要への服従は、人間を、絶え間ない自己扶養の追求を余儀なくされた獣に等しいものにするがゆえに、自由な人間の条件とは両立しないとみなされていた。「古代から労働が軽蔑されてきたのはそれが奴隷たちのためのものだったからだ」といった主張は、ハンナ・アレントが的確に見抜いていたように、実際には偏見である。古代人はそれとは正反対の議論をしていて、生の扶養をうけもつ職業の屈従的な性格のために、かえって奴隷の存在を必要不可だと考えていたのである。つまり、古代人は労働の本質的な性格のひとつを理解していたのであって、これこそ労働が生の生物学的な過程とじかに触れる参照点なのである。実際、◉ポイエーシスは、人間が自己確信を見出しその活動の自由と持続を確保する空間を構成する。かたや労働の前提はむしろ、生物学的な剥き出しの実在であり、人体の循環過程、人体の新陳代謝、人体のエネルギーは労働の基本的な成果に依存している。
 西洋文化の伝統では、人間の「行為」のこの三重のステータスはしだいに曖昧になっていった。ギリシア人がポイエーシスと考えていたものは、古代ローマ人によって活動の様態として、すなわち、実行される行為、遂行として理解されるようになった。「作品とエネルゲイアは、ギリシア人にとって行動と直接には関係なく、現存におけるステータスの本質的な性格を描きだしていたが、古代ローマ人にとっては、現実=実現や現実性になった。つまりそれらは、活動のレベルに、ある効果の自発的な生産のレベルに置き換えられる(翻-訳される)。キリスト教神学思想は、至高の「存在」を純粋な現実=実現とみなすことによって、実効性や実行としての存在解釈を西洋の形而上学に結びつける。近代という時代にこの過程が実現されると、ポイエーシスとプラクシス、生-産と行動のあらゆる弁別可能性は消滅する。人間の「行為」は、ある現実的な効果を産出する活動性(遂行の遂行されたもの=所産、行為の行為されたもの=実現、活動の活動されたもの=現実)として規定される。この活動性のもつ価値は、活動性において表現される意志に応じて、すなわち、その自由や創造性について評価される。ポイエーシスの中心にある経験、つまり現存への生-産は、いまや「手段」の考察に、対象が生産されてきた過程の考察に場を譲る。芸術作品に関していえば、このことが意味するのは、アクセントがずらされたということである。つまり、ギリシア人にとって作品の本質であったポイエーシスから、芸術家の遂行にアクセントが移行したのである。前者は、芸術作品のなかで何かが非存在から存在へと到来し、そうすることで真理の空間を切り拓き、地上における人間の居住のために世界を築き上げることである。一方、後者は、創造の天分のことであり、その天分が表現を見出す芸術の過程特有の諸性格のことである。
 ポイエーシスとプラクシスのあいだで収斂するこの過程と平行して、活動的生のヒエラルキーでもっとも低い位置を占めていた労働は、あらゆる人間活動の中心的な価値や共通分母にまで格上げされる。こうした昇格は、ロックが労働のうちに所有権の起源を見出したときにはじまり、アダム・スミスが労働をあらゆる富の源泉に高めたときにも引きつがれ、やがて、人間の人間性そのものの表現を労働に認めたマルクスとともにその頂点に達する。この点で、あらゆる人間の「行為」は、(思考や抽象的な観照と同義のものとしての理論とは反対に)実践、具体的な生産活動と解釈され、実践はこんどは労働から、つまり生の生物学的循環に対応する物質的生の生産から考察されることになる。
この生産的な行為は、今日いたるところで、地上における人間のステータス(労働する〔laborance〕生きもの〔animal〕という意味での)を規定し、労働において自己生産し、地上における自己の支配権を確立するのである。マルクスの思想がたとえ糾弾され拒絶される場合でも、人間が今日いたるところで生産し労働する生きものとなっていることに変わりはない。かたや創造的活動となった芸術の生-産もまた、美的創造や上部構造として、きわめて特殊な実践であるとはいえ、それ自体、実践の次元に入ってゆくのである。
 この過程を経るなかで、人間活動の伝統的なヒエラルキー全体が逆転してゆくにもかかわらず、たった一点だけ、なんら変化をこうむらなかったことがある。つまり、生物学的実在に根ざした実践の根絶という一点である。この根絶原理を、アリストテレスは、意志、欲求、生の衝動と解釈することによって表現していた。労働は最低の位置から最高の位置へと昇格し、その結果、ポイエーシスという天体が蝕に入る。しかし、こうした変化はむしろ、まさしく次のような事実に依存していた。すなわち、労働によって実現される際限のない過程は、人間の諸活動のなかでも、有機体の生物学的循環ともっともじかに結びついた活動だということである。
 人間の「行為」を新たに基礎づけるために近代に相次いで起こったあらゆる試みは、実践を意志や生の衝動とみなすこの解釈に、いいかえるならば、結局のところ生体であるかぎりでの生や人間の解釈に、依然としてつなぎとめられたままだったのだ。現代でも、人間の「行為」の哲学は生の哲学にとどまっている。マルクスが理論と実践のあいだの伝統的なヒエラルキーを転倒させたときですら、意志としての実践というアリストテレスの規定は不変のままだった。というのも、労働はマルクスにとって、その本質において「労働力〔Arbeitskrat〕」であり、この労働力の基盤は、「活動的な自然存在」としての人間、すなわち、さまざまな欲求や生の衝動を具えた人間の市民権=自然性そのものに存していたからである。
 同様に、美学を凌駕し芸術的生-産に新たなステータスを与えようとするあらゆる試みは、ポイエーシスとプラクシスのあいだの曖味な区別を起点として、つまり、芸術を一種の実践として、そして実践をある意志や創造力と解釈することによって、行われてきた。ノヴァーリスが詩について与えた「われわれの器官の意志的、活動的、生産的使用」という定義。芸術のニーチェ的同定、および「自己自身を分娩する芸術作品」としての宇宙という観念における力への意志。意志の演劇的解放に寄せるアルトーの情熱や、芸術の超克ーー異化されたしかたで表明される創造的審級の実践的実現という意味でのーーというシチュアシオニスト的プロジェクト。これらはすべて、人間活動の本質を意志や生の衝動とする規定から分岐してきた支流にとどまっている。だからこそそれらは、真理空間の土台としての芸術作品の根源にある生産的なステータスの忘却に基礎を置いていたのである。西洋の美学が行き着く目的地は、意志の形而上学、すなわち、エネルギーおよび創造的衝動という意味での生の形而上学なのである。
 この意志の形而上学は、われわれの芸術観念にかくも浸透しているために、もっともラディカルな美学批判ですらも、その基礎を構成する原理を疑問視するほどまでは考えが及ばなかった。とどのつまり、芸術が芸術家の創造的意志の表現であるという考えは疑われさえしなかったのである。このようにして、◉美学が芸術作品の解釈を基礎づける両極のうち片方の極ーー意志や創造力という意味での天分の極ーーだけを過度に展開させるかぎり、美学批判は美学の内部にとどまりつづけるのである。しかしながら、◉ギリシア人がポイエーシスとプラクシスを区別することによって意味しようとしたものは、まさしく、ポイエーシスの本質は意志の表現とは無縁であるということだ◉(意志にとっては、芸術はけっして必要不可欠なものではない)。むしろポイエーシスの本質は、真理を生産すること、およびその結果として、人間の実在や行動へと世界を開示することにある。
 
そして、芸術作品が、ポイエーシスの領域からプラクシスの領域へと移行し、果ては意志の形而上学、すなわち、生と生の創造性の形而上学の内部に自己のステータスを見出すまでに至る一連の過程を指し示すことにする。

1 「ポイエーシスの類とプラクシスの類は別物だ」

ギリシア人がテクネーと呼んでいたものは、意志の実現でもなければ、単なる製作でもなく、真理、真理を語ること、隠れた状態から現存へと事物を生産する暴露〔svelamento〕の一様態だったのである。
 つまりギリシア人にとってテクネーが意味していたのは、現われさせること、ポイエーシス、現存に向かう生-産なのである。だが、この生-産は、活動や行為といった観点から了解されていたわけではなく、むしろ知識や知の観点から理解されていた。

生-産と実践は、ギリシア流に捉えるならば、同一のものではないのである。

アリストテレスはポイエーシスとプラクシスを明確に区別している(『ニコマコス倫理学』)。「実践の類と生産の類は、別である。生 - 産の目的は実際(生産そのものとは)別なのである。実践の目的はむしろ別のものではありえない。実際のところ、立派に行為することそのものが目的なのである」。
ギリシア流の考え方による生-産の本質とは、なにかあるものを現存へともたらすことである(だからこそアリストテレスは「あらゆる技術は生成因をもたらすことにある」と述べたのである)。したがって、生-産の本質は必然的にそれ自体の外にその目的とその限界をもっている(目的と限界はギリシア語では同じものである。アリストテレス『形而上学』)のであって、目的も限界も生産行為そのものと同一視されることはない。つまり、ギリシア人たちは生産と芸術作品を、われわれが慣れてしまっている美学の考え方とは逆の考え方から捉えていたのである。ポイエーシスは、そのままでは目的ではなくそれ自体では限界をもたない。
なぜならボイエーシスは作品において、ちょうどプラクシスがなすべき事柄において、活動が行為においてするようには、それ自体を現存へもたらすわけではないからである。◉現に、芸術作品は、ある行為の結果でも活動の実現でもなく、作品を現存へと生- 産した原理とは実質的に異なる何かである。それゆえ、芸術が美的次元に参入しうるのは、ひとえに芸術そのものが生-産の領域、つまりポイエーシスの領域から離脱し、プラクシスの領域へと入りこんでいるかぎりにおいてなのである。
 だが、もし生産すると実践するがギリシア人にとって同一のものでないとしたら、いったいプラクシスの本質とはいかなるものなのか。
 ◉プラクシスという語は、「横切る」に由来し、(向こうに)、(通過、門)、(限界)といった単語と語源的に結びついている。このプラクシスという語には、「横断して行くこと」、「限界まで行く通過」という意味がある。

そして、この終点は、すでに見たように、行動の外部にあるのではなく、行動そのもののうちにある。その語根に即して考えれば、プラクシスと一致するイタリア語の単語は、ラテン語の経験に由来する経験であり、行動のなかで行動を横断して行くという同一の観念が合まれている。

アリストテレスは、次の箇所で経験と実践のあいだの類似性を暗示している。「実践する、行為することについては、経験は技術にくらべていささかの遜色もない。〔……〕ーーなぜなら、技術が普遍についての知識であるのに対して、経験は個別的なことについての知識であり、まさに個々の事柄に関わるものだからである」(『形而上学』)。また同箇所でアリストテレスはこうも言っている。◉動物は心象や記憶をもっているが、経験は具えてないのに対して、かたや人間は経験能力があり、この経験のおかげで学問と技術を具える。さらに、アリストテレスは続けている。経験は技芸に酷似してはいるが、実質的にはむしろ技芸とは異なっている。

◉アリストテレスは、「理論の対象は真理であり、実践の目的は行動である」(『形而上学』)と説明することによって実践的知を特徴づけている。「というのもたとえ実践にたずさわる人々が事物の〈いかにあるのか〉を探求したとしても、彼らが考察するのは永遠的なものではなく、相対的なものなのである」。あらゆる知的活動が実践的であるのか、生-産的であるのか、理論的であるのかのいずれかならば(『形而上学』)、そのとき経験は、実践的思考、実践理性、個々の行動を決定する能力なのである。それゆえ、人間だけが経験できるということは、人間だけがその行動を決定する、ということを意味する。つまり、人間は行動を横断し、だからこそプラクシスの能力、行動の限界にまで横断して行く能力をもつのである(したがって「行動の」という属格は、「行動を」という目的格としての意義と「行動が」という主格としての意義を同時にあわせもつことになる)。
 したがって経験と実践は、経験が実践理性であるというのと同一のプロセス下にある。だが、もしそうだとすれば、このプロセスの内部における経験と実践の関係はいったいいかなるものなのか、さらにはこの両者を規定する原理とはいかなるものなのか。この問題に対してその著「魂について」の未尾でアリストテレスが与えた解答は、西洋の哲学が実践や人間活動として考察したことすべてにわたって決定的な影響を及ぼしたのである。
 『魂について』という著作を特徴づけているのは、自力で動きまわるものとしての生物であり、人間の運動は、生きる存在であるかぎりにおいて、プラクシスである。
 実践の原動力となっている原理がいったいいかなるものなのかという問題を解決しようとして、アリストテレスは次のように書いている。
 「意志にもまたその根拠がある。何に対する意志があるのかということが実践理性の原理である。そして、この実践理性が実践の原理である。そのために当然、意志と実践理性のいずれも運動するものであるように思える。事実、意志されるものは運動し、実践理性も、意志されるものがその原理であるかぎり、運動するものである……。だが実際には、◉理性は意志なくしては運動しない。なぜなら決定する意欲は、一種の意志であり、われわれが推論に即して運動するときには意欲によって運動してもいるのだから……。それゆえ運動する魂の力が意志であることは明らかである」(『魂について』)。
 したがって、実践理性という実践の決定原理はー一欲求、欲望、意欲をも含んだ広義の意味でのーー意志である。◉人間に実践能力があるということは、人間がその行動を意志すること、そして、行動を意志することによってそれを極限に至るまで横断させることを意味する。いうならば実践とは、意志(意志された行動)に衝き動かされることによって行動の限界にまで横断して行くことにほかならないのである。
 とはいえ、意志は単独で運動するわけでもないし、不動の原動力〔=神〕でもない。◉意志は動き動かされるものなのだ。しかも意志それ自体は運動である。つまり意志は、単に実践を衝き動かす原理にとどまっているわけでもないし、実践が運動を開始する起点でもない。意志は、行動を横断し、現存への入口に到達するまで最初から行動を支配する。つまり、行動を横断することによって、みずから運動し、みずからの極限にまで至っているのは、意志のほうなのである。実践とは、それ自体の循環をその限界にまで横断し通り抜ける意志にほかならない。すなわち、◉プラクシスとは、意志であり欲求である。
 このように意志として規定された実践はーーすでに見たようにーーギリシア人にとってポイエーシスや生 - 産から峻別されていた。ポイエーシスは、その限界をそれ自体の外にもっている。すなわち、ポイエーシスは生-産的であり、それ自体とは異なる何かの根源にある原理なのである。それに対して、実践の根源にあり、行動においてその限界にまでいく意志のほうは、意志そのものの循環のなかに閉じられたまま、行動を通じて意志それ自体を意志するのであり、そういうものとしては非生-産的であり、意志それ自体のみを現存へと導くのである。

2「詩という芸術は、われわれの諸器官の意志的、活動的、生産的な使用にほかならない」

 実践を意志とみなすアリストテレスの解釈は、西洋の思想史全体を横断している。この歴史のなかで、すでに見たように、エネルゲイアは、現在性、実効性、現実となり、その本質は一貫して活動、実現と考えられてきた。意志と実践理性の相互従属というアリストテレスのモデルに即して、この活動の本質のほうも、意志や表象として解釈されている。かくしてライプニッツは、モナドの存在を原初の活動的力〔vis primitiva activa〕と考え、活動を知覚〔perceptio〕と意志〔appetitus〕の結合として規定する。またカントやフィヒテは、「理性」を「自由」として、「自由」を意志として考える。
 シェリングは、ライプニッツの意志と知覚の区別をふたたびとりあげ、イエナのロマン主義詩人たちのサークルに大きな影響を及ぼすことになったひとつの定式を、この意志の形而上学に与えた。
 シェリングは『人間的自由の本質』のなかでこう書いている。「究極かつ至高の審級においては、意志以外のいかなる存在もない。意志は根元存在〔Ur-sein〕であり、この根元存在のあらゆる賓辞ーー無底性 〔Grundlosigkeit〕、永遠性、時間からの独立、自己肯定〔Selbstbejahung)ーーは、この意志
に適用される。哲学全体の目標は、この至高の定式を見出すことにほかならない」。
  しかしシェリングは、根源的原理となすほどまでに意志を絶対化するだけには終わらない。そこから彼は存在を純粋意志、すなわち意志そのものを意志する意志と規定する。この「意志による意志」は、元底[Ur-grund)、より適切には無底〔Un-grund〕なのであって、無定形で不明瞭な深淵、あらゆる対立以前に実在し、それなくしては何ひとつ実在にもち来らされないような「存在への渇望」なのである。

◉シェリングいわく、「元来、広義の意味での精神は、理論的な性格を帯びていない……。もともと精神とはむしろ意志なのだ。意志のためだけの意志、なにがしかを意志するのではなく、意志そのものだけを意志する意志である」。
 この根源的な深淵にも精神的実在にも与る人間とは、「中心的存在(Zentralwesen)」、「神」と「自然」のあいだの媒介者であり、「先行していたあらゆる創造がそこへと向かう(自然)の救済者」である。
 自然の救済者にして救世主というこの人間観は、ノヴァーリスによって展開されたものである。彼は、科学や芸術、さらにおしなべて人間の活動全般を、自然の「形成〔Bildung〕」として解釈することによって、この人間観を展開したのである。ある意味でこれは、マルクスの思想、またいくつかの点ではニーチェのそれをも一歩先んじていたようにみえる。ノヴァーリスの企図は、思考する精神の力を人間に啓示していたフィヒテの観念論を超克することだったのだ。
 にもかかわらず、ノヴァーリスがこの超克を位置づけるのは(五十年後マルクスがしたように)実践のレベル、世界を変革し黄金時代を復活させるための手段を人間に付与するような、思想と活動の最高の統一という意味での実践のレベルなのである。ノヴァーリスはこう書いている。「フィヒテは、心的監官を活動的に使用することを発見しそれを教え諭した。しかし、フィヒテが発見した諸法則は、器官一般を活動的に使用するためのものなのか」

われわれがわれわれの心的器官を随意に運動させ、その運動を言語や意志的行為に翻訳するように、われわれは同時にわれわれの身体内部の器官、総体としての身体それ自体を運動させるすべを習得しなければならない。このときはじめて人間は、自然からの真の自立を果たし、ようやく諸感覚を強いて「人間が望むような形態を自然のために生産する」ことができるようになるだろう。「かくして人間は、語の本来の意味で彼の世界のなかで生きることができるだろう」。◉これまで人間に重く圧しかかっていた宿命とは、ひとえに人間精神の怠慢なのだ。「だが、われわれの活動を形づくり拡大することによってわれわれ自身が運命になるだろう。一切は外からわれわれのほうに流れこんでいるようにみえる。なぜならわれわれは外に流れてはいかないからだ。◉われわれは否定的であることを欲するがゆえに否定的である。ーーわれわれが肯定的になればなるほど、われわれをとりまく世界は否定的になるだろう。ーー
結局、もはや否定がなくなって、われわれ全体が全体になるまで、われわれは否定的な
のである。神は神々を意志する〔=欲する〕」。

 このように器官を活動的に使用することを介して「全能になるという技術」は、われわれの身体、およびその身体の器官が果たす創造的活動をわがものとする点にその本質がある。

◉すなわち、「身体は、世界を形成し変革するための道具である。したがってわれわれは、われわれの身体をして、万能の器官たらしめねばならない。われわれの道具を改良することは、世界を変革することを意味する」。

 この自己所有化〔appropriazione〕が実現されるならば、精神と自然、意志と偶然、理論と実践のあいだの宥和もまた、最高の統一として、「実践的で経験的な絶対自我」として実現されることになる。
 ノヴァーリスは、この最高の実践に「詩〔Poesie〕」という名を与え、それをこう定義している。「詩という芸術は、われわれの諸器官の意志的、活動的、生産的な使用である」(断片番号一三三九)。
 一七九八年の断片では、この最高の実践に固有の意味とはいったいいかなるものなのかが示されている。
 「無意志的なものの一切は、意志的にならねばならない」。
 ◉理論と実践、精神と自然の統一が果たされる「詩」の原理とは、意志であり、なにかの意志ではなく、絶対的な意志、シェリングが根源的な深淵を規定していたような意味における、意志の意志なのである。
 ◉「私が知っている私は、私が意志するとおりの私であり、私が意志する私は、私が知っているとおりの私であるーーというのも私は私の意志を意志するからであり、絶対的なしかたで意志するからである。結果として、知と意志は私のうちで完全に統合されている」。

 この最高の実践へと高められた人間は、自然の救済者であり、この救済者のうちで、世界は神的なものに結びつけられ、そのもっとも固有な意味を見出すのである。
 「人間は、われわれの惑星がもつ最高の感覚であり、この世界の構成員を至高の世界に結びつける神経であり、世界が天に向かって見上げる眼である」。
 こうした過程が終局に達すると、人間と世界生成は、絶対的かつ無条件な意志の循環のなかで一致する。この黄金時代には、同一的なものの永劫回帰を人類の白昼のなかで唱えたツァラトゥストラの預言がすでに告知されているようにみえる。「起こることの一切を、私は意志する。意志の冷静さ〔Flegma〕」。諸感覚の活動的使用」。

3「人間は一般的なやり方で生産する」

 マルクスは人間存在を生産とみなす。生産は、実践、「感覚可能な人間活動」を意味する。この活動の性格とはいったいいかなるものなのか。マルクスはこう書いている。◉動物は、直接その生命活動と一体化したものであり、その生命活動そのものであるのに対して、人間は、生命活動と取り違えられることはなく、生命活動をその実在のための手段とする。人間は、一方的なやり方ではなく、一般的なやり方で生産する。「まさにこれゆえにのみ人間は、ひとつの類に属する存在〔Gattungswesen]なのである」。実践は、人間をその本来の存在において構成する。つまり、実践は人間をひとつの類存在たらしめる。それゆえ、生産の性格とは、ひとつの類たりうる存在として人間を構成し、人間にひとつの類(Gattung)をあてがうことなのである。だが、すぐ後でマルクスはこう付け加えている。「むしろ、こういったほうが適当だろう。◉それ(人間)は、意識をもった存在である。すなわち、人間にとって、人間本来の生は、まさに人間がひとつの類に属する存在であるかぎりにおいてひとつの客体なのである」。とするなら人間は、生産者であるかぎりにおいて類存在ではないことになるだろう。というよりもむしろ逆に、類的存在という性質のほうが人間をして生産者たらしめていると言うべきかもしれない。この本質的な両義性は、マルクスの次のような記述によって再確認されることになる。◉「客観世界の実践的創造、すなわち無機的自然の加工は、人間が類存在であることの新たなる確証である」。しかしながら他方では、「客観世界の加工のうちでこそまさしく人間は、はじめでみずからが類存在であることを現実に感じるのである」。
 ここに至ってわれわれは、掛け値なしの解釈学的循環を眼前にする。生産、すなわちその意識的な生命活動は、ひとつの類たりうる存在として人間を構成する。しかし他方では、人間を生産者たらしめているのは、ひとえに類概念をもつことができるというその能力だけなのである。この循環は、矛盾でも必須の欠陥でもなく、むしろ反対に、この循環のうちにこそマルクスの省察の本質的な契機はひそんでいるのだ。このことは、実践と「類としての生〔Gattungsleben]」の相互依属関係に対してマルクス自身がいかに自覚的であったかを示す次のような叙述から検証される。◉「労働の客体は、類としての生の客体化にほかならない」。そしてまた疎外された労働は、人間からその生産の客体を搾取するがゆえに、人間の類としての生、現実の人間がもつ類としての実質的な客体性〔Gattungsgegenstandlichkeit)をも、人間から搾取するのである。
 ◉実践と類としての生は、ひとつの循環のなかで相互依属の関係にあり、その循環の内部では、一方が他方の原因や土台となっている。マルクスは、その思想において徹底的にこの循環を経験していたからこそはじめて、フォイエルバッハの「直観的産物〔anschaunde Materialismus〕」から脱却し、「感性」を実践的活動として、実践として考えることができたのである。つまり、この循環の思想は、まさしくマルクス思想の根源的経験なのである。では、類とはいったい何を意味しているのだろうか。
人間がひとつの類たりうる存在であるというのはどういう意味なのか。
 この類存在という表現は、「種」や「類」という語が日常語のなかでもっている自然科学から派生した意味で、「類的存在」もしくは「ある種に属する存在」と翻訳されるのが定石である。だが、類が単に「自然における種」を意味するにとどまらないことは、マルクスが類存在という性質を、まさに人間を他の動物から区別する性格とみなし、それをはっきりと実践に、つまり、動物の生命活動ではなく人間特有の意識的な生命活動に関連づけたという点に窺えるのである。もし人間だけが類存在であり、人間だけが類たりえているとすれば、「類」という語はここでは明らかに通常の自然科学の用語以上に深い意味、西洋の哲学がこの語で考えてきたものと関連づけてみないかぎりその固有の響きを理解できないような、ある含意が込められている。
 アリストテレスの「形而上学』第五巻全体は、いくつかの用語を説明するために割かれている。そしてこのなかで彼は、類を連続的な生成と定義している。したがってーーアリストテレスはこう付け加えているのだがーー◉「人類が存在するかぎり」という表現は、「人間たちが連続的に生成するかぎり」ということを意味することになる。

ただしこの翻訳が正確なものとなるのは、「生成」に「出生」というはるかに広い意味が与えられ、「連続的」という語が、単に「密な、中断しない」という意味だけではなく、語根に即して「統一を保つもの、共立=結合するもの〔con-tinens〕、共立=包含し共立=包含させられるもの」という意味で理解された場合にかぎるのである。◉連続的な生成が意味するもの、それは、現存において共に保持される出生なのである。◉類は、それに属する個体の(「統一を保ちまとめるもの」という能動的な意味とともに、「みずからの統一を保ち連続するもの」という再帰的な意味においても)出生として共立するもの=根源の大陸(Il con-tinente originale〕なのである。
 人間がひとつの類たりうる、ひとつの類存在であるということは、したがって、人間にとって、ひとつの根源の大陸、ひとつの原理がある、ということを意味する。そして、こうした原理のおかげで、人間の諸個体は、たがいに疎遠なものではなく、まったき類があらゆる人間に直接的かつ必然的に現存するという意味で、まさしく人間的なのである。だからこそマルクスは、次のように主張することができる。◉「人間は類存在である〔……〕なぜなら人間は、現存し生きている類と同様、おのれ自身に対しても行動するからである」と、そしてさらに「人間にとってみずからの類的存在が疎外されてしまったという命題が意味するのは、ある人間が別の人間と疎遠になったということであり、かつ、各々の人間が人間存在から疎外されたということなのである」と。
 つまり「類」という語を、マルクスは、自然における種、つまり個々の差異とは無関係に共通に帯びた自然科学的特性という意味で理解しているわけではなくーーだからこそ、人間の特性を類存在として基礎づけるのは、自然科学的なコノテーションなのではなく、実践、自由な意識的活動のほうだということになるーーむしろ、「連続的な生成」のもつ活動としての意味で、すなわち、出生の原理=根本原理として理解しているのであって、この原理によって、人間は、あらゆる個体やあらゆる行為において人間的な存在として基礎づけられ、そのように基礎づけられることによって、人間は共立し、他の人間と統合を保ち、ひとつの普遍的=一般的存在となるのだ。
 マルクスが「類」という語を用いた理由、人間を類たりうる存在として特徴づけることが彼の思想展開においてきわめて本質的な位置を占めている理由を理解するためには、ヘーゲルが『精神現象学』のなかで類について与えた規定を想起しなければならない。
 有機的自然における類がもつ価値や、類と具体的な個体の関係がもつ価値を論じながら、ヘーゲルは、個々の生きた被造物が同時に一般的な個体なのではない、という。有機的な生の一般性は、もっぱら偶然的なものである。そしてこの一般的な生は、「両極の一方には、一般的なものとしての、あるいは類としての〔一般的な)生があり、もう一方には、個別的なものとしての、あるいは一般的な個体としての一般的な生がある」という演繹的推論に準えられさえする。とはいえ、この推論では、具体的な個体という中間項は、それが媒介するはずの両極をそれ自体のうちに保持しないかぎり、実際には中間項ではない。したがって、人間の意識で生じることとは異なり、「有機的自然には歴史がない。有機的自然は、その一般の生から個別の村在へとたちまち落ちこんでゆくのだ」とヘーゲルは書いている。
 
具体的な土台に基づいて人間の一般性が再構成されるや、それが同時に、精神と自然、「自然的な存在としての人間」と「人間的かつ歴史的な存在としての人間」の統一という問題を解決する糸口になるかもしれないといった理由から、個と類の媒介が格別の関心を惹いたことは事実である。

最近の哲学者たちの説によれば、自然と歴史を知る個々の人間が、「類」であり「全体」であるはずだというわけだ。ブールの雑誌に書いてあるところでは、あらゆる人間は、国家であり人類である。哲学者ユリウスがしばらく前に書いていたところでは、あらゆる人間は類、全体、人類、一切である。「個々人は自然全体であり、したがってまた類全体でもある」と。
シュティルナーは言っている。キリスト教は、その発生以来、父と子、神的なものと人間的なもの、つまり「人間概念」と「生身」の人間とのあいだの差異を取り除くために、策を弄している。しかし、プロテスタンティズムが、目に見える教会を排除することによってもこの差異を克服することができなかったように……最近の哲学者たちもそれには成功しなかった。彼らは目に見えない教会をも排除したにもかかわらず、「絶対精神」、自己意識、類存在を天上の座に戴いてしまったのである。

 マルクスは、まさに感知可能な個体と類の一般性とを宥和させることができなかったという点で、フォイエルバッハを論難した。フォイエルバッハは、存在を単なる「類」(括弧つきの「類」)として、「多くの諸個人を自然なしかたで結びつける暗黙の内的一般性」としてのみ構想することによって、個体と類のいずれをも抽象的に考察してしまったというわけである。
 人類を、不活性で質量的な一般性としてではなく、活動的な根本原理たる生成という意味で構成する中間項とは、マルクスにとって、実践であり、人間の生産的活動性なのである。この意味で人類を構成するのは、実践である。このことが意味するのは、実践のなかで現実化される生産が「人間の自己生産」、出生の行為でもあるということである。いいかえれば、永久に活動し現前しつづけるこの出生行為=出生証明書こそが、人間をその類のなかに構成かつ包合=共立し、同時に、人間と自然の統一性、自然的存在としての人間と人間的な自然存在としての人間との統一性を基礎づけるのである。
 それ自体が人間の本質的な起源=出生であるがゆえに、どんな自然科学年表からも抜け落ちてしまうような次元に、人間は生産的行為のなかですぐさま位置づけられるのだ。(最初の創造主としての)神からも(他の諸動物と同じ資格で人間もその一部だが人間からは独立しているものすべて、という意味での)自然からも同時に解放されることによって、人間は、生産的な行為のなかで、人間の出生=起源および本性=自然として措定される。◉この出生の行為=出生証明書は、それゆえまた、原初的=根源的な行為でもあり、人間の本質が人間にとって自然になるとともに自然が人間になるという意味における、歴史の創設なのである。かくのごとき人間の類や自己生産としての歴史は、「人間たちの歴史に先立つ自然」を廃棄する。「自然は今日、最近できたばかりのオーストラリアの環礁を除けば、もはやどこにも実在しない」。そして歴史はーー自己自身をも歴史として、自然とは他なるものとして除外しながらーー「人間の真の自然史」として措定される。
 
マルクスは、近代形而上学の地平の彼岸で生産の本質を考えていたわけではなかったのである。
 実際、この点で、類に包括する力を、実践に、人間の生産に与え、それによって人間の根源的大陸を形づくるものとは、いったい何なのか、いいかえるならば、他の諸動物も属性とする純然たる生命活動から実践を分け隔てている特性とは、いったいいかなるものなのか、そう問いかけてみることにしよう。この問いに対するマルクスの答えは、われわれを意志の形而上学に立ち帰らせる。そして、この形而上学の起源は、プラクシスを意志や理性とするアリストテレスの規定のうちにすでに認められていたのである。
 他の諸動物の生命活動とくらべて、実践はマルクスによってこう定義されている。「人間は、その生命活動そのものを人間の意志や意識の客体にする」とともに、「自由で意識的な活動は、人類の特性なのである」。◉マルクスにとって意識的な特性が副次的な特性(「意識とは当初から社会の産物である」であるのに対して、意志の根源的な本質は、自然存在としての、生体としての人間のうちに、その根をもっている。◉「人間とは、ロゴスを授けられた生き物、理性的動物である」というアリストテレスの定義には、生体に関するひとつの解釈が必然的に内包されていた。つまり、生体の根源的な特性をアリストテレスは生きた人間を念頭に置いてーー欲求、欲望、意欲という三重の意味での意志と規定していたのである。それとちょうど同じように、「人間とは人間的な自然存在である」というマルクスの定義には、人間を自然存在、生体とみなす解釈が示唆されているのである。
 自然存在としての人間の特性は、マルクスにとって、欲動や情熱である。「自然存在として、生きた自然存在として、それ(人間)は、自然力〔natirlichen Kraften〕、生命力(Lebenskraften)を部分的に付与されている。要するに、人間は活動的な自然存在なのである。こうした諸力は人間においては性向や能力として、もろもろの欲動として存在している
……」。「したがって、感知可能な客体存在としての人間は、受動的な存在であり、かつ、その苦しみを感じるがゆえに情熱的 〔leidenschaftliches〕な存在なのである。◉情熱、情念(die Leidenschaft,die Passion〕は、力強く自己の客体を目指す人間の本質的な力である」。
 実践の意識的特性がーー『ドイツ・イデオロギー』のなかではーー副次的な特性にまで降格させられ、実践的な意識として、周囲の感知可能な環境との直接的な関係として、また欲動や情念のように自然科学的に規定された意志として理解されることになるとしても、実践の根源的な特性だけは変わらないままである。◉人間の生産活動は、その根本では、生命力、精力的な欲動や緊張、情念である。かくして、実践の本質、人間的かつ歴史的存在としての人間が有する類的特性の本質は、自然存在としての人間という自然科学的なコノテーションに後退する。生きた人間の、生産する生体の根源的大陸は意志である。人間の生産とは実践のことなのだ。「人間は、一般的なやり方で生産する」。

4 「芸術は人間のもっとも気高い使命であり、真の形而上学的活動である」

 ニーチェの思想のなかで、芸術の問題は、確固としたかたちでは存在していない。なぜなら彼の思想全体が芸術の思想だからである。ニーチェの美学は存在しない。なぜならニーチェはいかなるときにも芸術を感性の観点から、観賞者の感性的理解という観点から考えていないからである。にもかかわらず、ニーチェの思想において、芸術という美学観念は、ある遂行の所産として、創造原理=形式原理として、その形而上学がたどる径路の最終点に到達している。そして、まさにニーチェの思想においては西洋芸術のニヒリスティックな運命が徹底的に探求されているがゆえに、総じて近代美学は、ニーチェが永劫回帰の循環のなかで権力への意志というかたちで芸術を考察したような高いステータスに即して、その対象を意識しはじめるまでには遠く至らなかったのである。
 このステータスは、ニーチェの思想展開のごく初期から、すなわち「すべてが預言である」といわれた『悲劇の誕生』(一八七一年)という書の序言に表明されている。そこでは「芸術は人間のもっとも気高い使命であり、真の形市上学的活動である」と告げられている。
 芸術はー一形而上学的な活動としてーー人間の最高の使命となる。この言い回しが意味するのは、ニーチェにとって、まさしく芸術作品の生産がーー文化的かつ倫理的な視点から見れば一ー人間のもっとも高貴で重要な活動だということである。こうした言い回しで言語化されるアピールは、「どんな客よりも居心地が悪いもの」が到来してくる地平に位置づけないかぎりその本来の次元で理解することはできないのである。これについてニーチェはこう述べている。「私は、これから来るべきものを、もはやニヒリズムの台頭というかたちでしか到来しえないものを書きとめる」。つまり、◉芸術の「価値」は、「あらゆる価値の脱価値化」という観点からしか評価されえないのである。ニーチェにとって、このあらゆる価値の脱価値化ーーこれこそがニヒリズムの根幹をなす(『権力への意志』アフォリズム22)ーーには、互いに対立しあう二つの意味がある(「権力への意志』アフォリズム22)。ひとつは、増大する精神力や生の充溢に相当するニヒリズム(ニーチェはそれを能動的ニヒリズムと呼ぶ)であり、いまひとつは、生のデカダンスや貧困化の徴候としてのニヒリズム(受動的ニヒリズム)である。この意味の二重性には、生の過剰から生まれる芸術と、生の怨恨への意志から生まれる芸術とのあいだの対立が類比的に呼応している。

 あらゆる美的な価値について、いま私は次のような基本的な区別を適用している。個々の場合それぞれに対して私は、「ここでの創作源は、渇望なのか過剰なのか?」と問いかけるのである。以前なら、もっと別の区別のしかたーーこのほうがはるかにはっきりした区別だーーのほうがいいと感じていただろう。つまり、創作の動機が、不動の形式に固定し、永遠化し、存在したいという欲望にあるのか、それともむしろ、破壊、変化、革新、未来、生成への欲望にあるのかどうかを注意深く考えるほうがより適切だと感じていたのである。だが、もっと煎じ詰めて考えてみれば、この種の欲望のいずれとも、いまだ両義的な様相を呈していて、実際、私の意見では当然ながらいっそう望ましい、私が最初に提示した図式によって、まさに解釈できるのである。破壊、変化、生成への欲望は、未来を孕んだ過剰な力の表現であるということができる(これを総称する私の用語は、周知のように「ディオニュソス的」という語だ)。しかしまた、それは破壊し、破壊すべき不出来で貧しい失敗した被造物の憎悪でもありうる。なぜなら、現に存続しているもの、いやむしろあらゆる現状、あらゆる存在そのものが憤懣を蒸し返し残虐性を煽るのだから。こういった類の感覚を理解するには、今日のアナーキストたちを仔細に観察してみるといい。永遠化しようとする意志も同様に、二重の解釈を必要とする。この意志は、感謝と愛情からほとばしりでるのだろう。つまり、こうした由来をもつ芸術とは、神格化の芸術であり、おそらくルーベンスのバッカス風の熱狂的な芸術がそれに入るだろう。 

しかしそれは、拷問にかけられ格闘し苦悩に苛まれる人間の暴君的な意志でもありうる。こうした人間は、その人格、その特異性により強く結びつけられたもの、彼のいっそう内面にあるもの、彼の苦悩に固有な特異体質に、強制的な法と拘束的な力の封印をさずけようとする。そして彼は、万物に自分のイメージを、自分の苦悶のイメージを刻みこんだり力ずくではめこんだり烙印を捺したりすることによって、いわば万物に対する復讐を果たすのである。これこそ、ショーペンハウエルの意志の哲学にしろ、ヴァーグナーの音楽にしろ、もっとも意義深いかたちでのロマン主義的ベシミズムなのである。ロマン主義的ペシミズムは、われわれの文化がたどる運命のごく最近の大事件である(さらにまた古典的なペシミズムというのもありうるーー私にはこんな予感や見通しがあって、それが私の特色でもっとも自分らしいことなのである。ただし、「古典的」という語は私の耳には心地よく響かないということだ。

 芸術それ自体もまた仮象の世界に対する真理の世界の否定や破壊としてーーニヒリスティックな色合いを必然的に帯びることは、ニーチェも気づいている。だが、彼はこの特性を少なくともディオニュソス的芸術に対して能動的ニヒリズムの表現と解釈していた。それについてニーチェは後年こう記している。「このかぎりでは、真なる世界の否定、存在の否定としてのニヒリズムは、神の思想であるのかもしれない」(「権力への意志」アフォリズム15)。

「美的現象については、まだわれわれに存在が容認されている。◉芸術を介して、眼と手、そしてとりわけ良識がわれわれに与えられているおかげで、われわれ自身でこうした美的現象をつくりだすことができるのである」。こういった次元で理解するならば、芸術とは「生を無化しようとするあらゆる意志に対して向けられるアンチテーゼの力であり、アンチ゠キリスト教的、アンチ=仏教的、すぐれてアンチ゠ニヒリズム的な原理にほかならない」(「権力への意志」アフォリズム83)。
 芸術という語がここで指示しているのは、通常われわれがこの語によって想像しているよりもくらべものにならないほどはるかに広義のものであり、美学や(近年のニーチェ解釈がそうであるような)唯美主義という場にとどまることにわれわれが固執するかぎりは、この意味そのものには、けっしてたどりつけないままなのである。人間のこのより高い形而上学的使命をニーチェがいかなる次元に位置づけているのか、「われわれは用心しよう」と題されたアフォリズムはそのことをわれわれに訓えてくれる。このアフォリズムに特有な響きにわれわれが心を研ぎ澄まし、そのなかに同一的なものの永劫回帰を唱える声を聴きとるならば、このアフォリズムは、芸術、権力への意志、永劫回帰がたがいに雌一の循環のなかに組みこまれるような、ひとつの領域をわれわれの前に開示してくれるだろう。
 世界がひとつの生き物だなどと考えないように、われわれは用心しよう。世界はどういう方向へ伸び拡がるというのだ?何を糧としようというのだ?どうして成長したり増殖したりできるのだ?有機体がどんなものかは、おおかたわれわれも知っている。◉宇宙を有機体と呼ぶ連中よろしく、われわれは、地殻の上に立つわれわれだけが知覚する、口では言えないほどに派生的で遅ればせでまばらで偶発的なものを、本質的なもの、普遍的なもの、永遠的なものとして曲解すべきなのか?へどが出そうだ。宇宙が一箇の「機械」だなんて言じないように用心しよう。宇宙がひとつの目標に向かって構築されてきたわけではないことは、たしかだ。それに「機械」などといった語をつかったら、宇宙にあまりにも高い栄誉を授けることになる。われわれに身近な星晨の循環運動のように理路整然としたものを、およそいたるところに前提してかからないように用心しよう。銀河を一瞥しただけで、はるかに不規則で矛盾した諸運動があるのではないか、永遠に直線落下軌道をとる星があるのではないか、などと疑問が沸いてくる。われわれが生きるこの星の秩序は、ひとつの例外である。この秩序と、この秩序を条件とするかなり長い持続によって、さらなる例外中の有機体の形成が可能となったのだ。これに反して、世界の総体的性格は、永遠に混沌である。しかもこの混沌が意味するところは、必然性が欠けているということではなく、秩序、組織、形式、美、知恵が欠けている、つまり、われわれの人間の美的性質を示す一切が欠如している、ということなのだ。われわれの理性から判断すれば、はずれの微子のほうが、はるかに通則で、例外は秘密の目標などではないのであって、宇宙という機械仕掛けのオルゴール全体は、およそメロディーとは呼べない調べを、永遠にくりかえし奏でている。要するに、「振り損じた骰子」という言い方そのものからしてすでに、非難の意味を込めた擬人化なのだ。

宇宙は、完全でもなければ、美しくも高貴でもない。また、それらのいずれになろうともしていない。

われわれのいかなる美的判断や道徳的判断をもっていてもけっして宇宙は捉えられない!宇宙にはまた自己保存衝動というものはないし、およそいかなる衝動ももたない。それはまたいかなる法則も知らない。自然に法則があるなんて言わないように用心しよう。あるのは必然性だけだ。自然には、命令するものも、その命令に服従したり違反したりするものもない。

なぜなら、目的の世界と対比されてはじめて「偶然」という言葉も意味をもつからだ。

生けるものは、死せるものの一変種、しかもきわめて稀な一変種にすぎないのだ。

永遠に持続する実体などといったものは存在しない。

通常の意味なら、カオスとは、定義上、意味を欠いたもの、それ自体では無分別なものである。世界の総体的な性格が永遠にわたってカオスであるということが意味するのは、われわれの認識のあらゆる表象や観念化が意味を喪失しているということである。また、ニヒリズムの台頭という地平で理解するならば、こうした言い回しの意味は、存在や世界が価値も目的ももたず、一切の価値が脱価値化される、ということなのだ。
 「われわれが世界に価値を帰するさいに用いる目的、統一性、存在といったカテゴリーはまたもわれわれから奪われている」(「権力への意志」アフォリズム853)。ところが、世界の総体的な性格がカオスであるということは、ニーチェにとって、世界が必然性に欠けているということを意味するわけではない。それとは逆に、このアフォリズムがまさしくいわんとしているのは、「必然性しかない」ということなのだ。それゆえ、目的も意味もないということは必然的であり、カオスとは運命なのである。カオスを必然性や運命とみなすことで、ニヒリズムは、永劫回帰という観念へと開示されるような極限的な形式に達することになる。
 「この思想をもっとも怖れるべき形式で考えてみよう。つまり、◉目的も意味もないが、だからといって無に終わるわけでもない、不可避的に回帰していく存在、すなわち永劫回帰という形式で。これこそが永遠の無(無意味)というニヒリズムの極限的形式なのだ」(「権力への意志」アフォリズム55)。
 永劫回帰という観念においてニヒリズムはその極限的形式に達するが、まさにそれゆえに、ニヒリズムは、その形式をのりこえうるようなある領域に入りこんでゆく。完成したニヒリズム、および同一的なるものの永劫回帰に関するツァラトゥストラの預言は、いずれも同じひとつの謎の下にありながら、ひとつの深淵で隔絶されている。このニヒリズムとツァラトゥストラの永劫回帰とのーー近いとともに埋めがたいほどに遠いーー関係は、ニーチェの「この人を見よ」の末尾あたりに明言されている。
 「ツァラトゥストラという典型における心理学的問題は次のようなものだ。つまり、これまでそうだと言われてきたあらゆることに対して、前代未聞ともいうべきほどの否を唱え、否を実行する者が、それにもかかわらず、いかにして否を唱える精神の反対たりうるのかという問題。もっとも重い運命、使命というひとつの宿命をになう精神が、それにもかかわらず、いかにしてもっとも軽快でもっとも彼岸的な精神ーーツァラトゥストラとはひとりの舞踏家なのだ!たりうるのかという問題。現実に対する、もっとも仮借のない恐るべき洞察をもち、もっとも深遠な思想を思いめぐらせる精神が、それにもかかわらず、現にあるものへの異議、さらにこの現在の永劫回帰に対する異議さえも、その思想のなかに認めないのはなぜなのかという問題 ーーいやそれどころか、さらにそれに加えて、自分自身が万物に対する永遠の肯定であり、途方もない無制約の肯定とアーメンを語る存在であるための根拠を、精神はいかにして見出したのかという問題.....」。『悦ばしき知』の第四書巻頭のアフォリズムには、この心理学的な結び目をいったいどのような次元で解きほぐすことができるのかが示されている。「いよいよ私は、事物における必然的なものを美とみなすことを学びたい。かくして私は、事物を美しくする者たちのひとりとなるだろう。

ニーチェにとって、愛の本質とは意志にほかならない。つまり、神という循環論法として循環する永劫回帰への意志である。

 何人も踏みこまない君の孤独の境地にまでこっそりとデーモンが尾行してきて、昼夜をとわず、君にこう告げたとしたら、どうだろうか。「これまで生きてきた、そしていまも現に生きているこのおまえの生を、もういちど、しかも幾度となくおまえは生きなければならないだろうよ。そこに何ひとつ目新しいものなんてないさ。苦痛と快楽、物思いと嘆息、おまえの人生におこった数え切れないほど多くの大小の出来事、それら一切がすべて、おまえの身の上にふたたび舞い戻ってこなくちゃならないんだ。しかも何もかもがことごとく同じ順序どおりに、だ。ほら、ここにいる蜘蛛だって、樹々から洩れてくるこの月の光だって、またこの瞬間やこの自己自身だって、同じように回帰してこなくっちゃならないんだ。いま現にあるものという永遠の砂時計は、くりかえしひっくり返されるーー塵の塵たるおまえもこの砂時計といっしょなんだ!」

この意志と愛からみずからの本質を認識し、永劫回帰の循環における普遍的生成に自己存在を一致させる人間のうちで、ニヒリズムは克服され、それとともに、カオスや自然は救済される。そしてこの救済が、あらゆる「~だった〔=存在〕」を「~であるように私は欲した〔=存在への意志〕」へと変容させるのである。権力と永劫回帰への意志は、ニーチェが偶然に併立させることができた対概念ではない。それら二つの観念は、同一の起源に端を発しており、形而上学的には同一の事柄を意味しているのである。◉「権力への意志」という表現は、生および生成という意味での存在のもっとも内的な本質を指し示しているのであり、同一的なものの永劫回帰とは「生成の世界の、存在の世界への究極的近接」に与えられた名称なのだ。だからこそニーチェは、彼の思想の本質を次のような定式に集約することができたのである。
 「摘要。生成に存在の性格を刻印すること。これこそが最高の権力への意志である」(『権力への意志』アフォリズム617)。
 こうした形前上学的な次元で考察するならば、権力への意志とは、永劫回帰の循環を横断し、その横断を通じて、循環を包合[con-tenere〕するような生成の大陸〔il con-tinente 生成と共立するもの〕なのであり、カオスは、この権力への意志を通じて、白昼、つまり個人の到来を告げる「影がもっとも短くなる時間」の「黄金の円循環運動」へと変容するのである。こうした地平でのみ、ニーチェが芸術を「人間の最高の使命であり、真の形而上学的課題である」と主張することで意味しようとしていたものがいったい何だったのかをようやく理解することができるのである。
 ニヒリズムの超克とカオスの救済という観点から、ニーチェは、芸術を突如としてあらゆる美的=感性的次元の外に位置づけ、永劫回帰と権力への意志の循環のなかで考察する。

ニーチェが芸術と呼ぶのは、形而上学的な運命に置かれた人間が立ち寄るこうした在留のことなのであり、いわば芸術とは彼が権力への意志の本質的な特性に与えた名なのである。すなわち、世界のいたるところに自己自身を認識し、あらゆる出来事をその本来的な性格の根本的特徴として感得するような意志こそ、ニーチェにとって、芸術という価値のなかで表現されるものなのである。
 ニーチェは、芸術を根源に横たわる形而上学的な力とみなしており、この意味では、ニーチェの思想全体は、芸術の思想である。一八八一年の夏から秋にかけて書かれたある断章は、そのことをわれわれに教えてくれる。◉「われわれは、芸術作品をたえず新たに経験したいのだ。だからわれわれは、生の隅々にわたってこうした願望を胸に抱けるように生を造形しなければならないのだ!これが主たる思いつきだ!これまで存在したあらゆるものの反復という理論がようやく公にされるのはいちばん最後、つまり、幾度もくりかえしこの理論という太陽の下で花を咲かせることができるものを創造しようとする傾向が、いったん心に刻みこまれてからの話なのだ」。芸術をこうした根源的次元で考察したからこそ、ニーチェは「芸術は真理よりもいっそう価値がある」(『権力への意志』アフォリズム853)のであり、「われわれは真理に対して屈服しないために芸術をもっている」(『権力への意志」アフォリズム882)と言いえたのである。
 ◉自然の救済という「最大の重荷」をみずからに抱えこんだ人間とは、芸術の人である。つまり、ぎりぎりにまで張りつめた創造原理から出発して、形式を要求する無を自己のうちで経験し、この経験を、生に向けられた礼讃の極みに、「永遠にわたる生成の歓喜、それ自体として無化の歓喜をもたらすような歓喜」という意味での仮象の讃美に、転倒させるような人間なのである。
 存在する一切の根本的特徴として権力への意志を自己の意志のなかに受けいれ、この意志から自己自身を意志するような人間こそ、超人である。超人と芸術の人とは、同義である。真理の世界と仮象の世界との差異が破棄されるような、影がもっとも短くなる時間とは、芸術の世界という「仮象のオリュンポス」の目の眩むような白昼でもある。
 ◉「人間の最高の使命」は、偶然の救済として、芸術の自然化をほのめかしているが、それは同時に、自然の芸術化でもある。この極限的な運動、この結婚にも似た合一において、永劫回帰という指環、「円形の黄金の球体」がはめこまれ、その円陣のなかで、自然は神の影から解き放たれ、人間は自然化されるのである。
 晩年の断章のなかでニーチェはこう書いている。「パスカルはこう言っている。(キリスト教の信仰がなければ、あなた方ご自身が、自然や歴史と同様、怪物でありカオスになるのです)と。われわれはこの預言を実現したのである」(「権力への意志」アフォリズム83)。芸術の人は、パスカルの預言を実現する人間であり、したがって、彼は「怪物でありカオス」なのである。だが、この怪物とこのカオスは、ディオニュソスのように神聖なる顔貌と穏やかな微笑をあわせもっている。この神は、その舞踏において、はなはだしくも底知れない思考を、このうえない歓喜へと転倒させる。そして、すでに『悲劇の誕生』の時期にニーチェは、まさにこの神の名のもとで芸術の本質を言い表わそうとしていたのである。
 まだ正気を保っていたその最後の年に、ニーチェは、執筆の腹案を練っていた著作『権力への意志』の第四書の標題のための立案を変更した。いまではその題は「ニヒリズムの救済、ディオニュソス、永劫回帰の哲学、哲人ディオニュソス」となっている。
 ◉自己の無を徹底的に横断してゆく芸術の本質のうちでは、意志が支配している。芸術は、権力への意志の永遠の自己生成である。そういうものとして芸術は、芸術家の活動からも観賞者の感性からも同じように引き離され、普遍的生成の根本的な特徴として提示されることになるのである。一八八五年から一八八六年にかけてのある断章には、こうある。◉「芸術作品は、たとえば身体や有機体などのように、芸術家なしに現われてくる。〔……〕程度はどうであれ、芸術家はひとつの大前提でしかない。世界は、芸術作品として自己自身を分娩するのだ」。

 

『中味のない人間』ジョルジュ・アガンベン/著、岡田 温司、多賀 健太郎、岡部 宗吉/訳

 

あらゆる価値の脱価値化 | 中味のない人間 02

 

 

 

第七章 剥奪は顔貌のごとく

もしも芸術の死が、作品の具体的な次元にまで浸透している無力さにかかわるものであるとするならば、われわれの時代における芸術の危機とは、実際には、「生 - 産」=「詩」つまり「ポイエーシスの危機である。ここで「ポイエーシス」とは、とりわけ芸術を指し示すのではなく、人間の「行為」そのもの、つまり生産活動の名称である。芸術的「行為」は、この活動の顕著な一例にほかならない。しかも、この活動はこんにち、技術と工業生産の行為において地球的規模でその力を伸ばしているようにみえる。ここにおいて芸術の運命についての問いは、人間のポイエーシスの全領域、つまり生-産行動の全般が、根源的なやり方で問題にされる段階に到達することになる。この生-産行為(労働という形をとる)は、地上における人間のステータスをこんにちあらゆるところで決定づけている。そのステータスは実践、すなわち物質的生の生産によってはかられるのである。それゆえ、マルクスが人間の状態と歴史を考察するさいにとった方法がなお十全のアクチュアリティを保持しているとすれば、それはまさしく、マルクスの思考法がこのポイエーシスの疎外された本質に根を下ろしており、「手の労働と知的労働という労働の堕落した区分」を経験しているからにほかならないのである。それでは、ポイエーシスとは何を意味するのだろうか。人間が地上で詩のステータス、つまり生-産のステータスをもつとはどういうことなのだろうか。
 プラトンは『饗宴』の一節で、「ポイエーシス」という語の豊かな根源的響きがどのようであったかを述べている。すなわち「ある事物を非存在から存在へと導くことができるあらゆる原因がポイエーシスである」。何かが生-産される、すなわち隠伏と非存在から存在という光へともたらされるたびに、ポイエーシスが、生-産〔pro-duzione〕が、詩が、生じるのである。この広義の根源的語意において、あらゆる技芸ーーこの語「アルテ」を用いるもの(芸術)だけに限られるわけではないーーは詩であり、現存への生-産である。それと同様に、物を製作する職人の活動もポイエーシスである。そして自然(ピュシス〕もまた、そのなかであらゆるものが自発的に現存へともたらされるかぎりにおいて、ポイエーシスの特徴をそなえているのである。
 アリストテレスは『自然学』第二巻で、自然によって存在するがゆえに、自己のうちに固有のアルケー、すなわち現存への固有の入口という原因と根源をもつものと、他の原因によって存在するがゆえに、自己のうちに固有の根源をもたず、それを人間の生産活動のなかに見出すものとを区別している。ギリシア人は、この第二の種類の事物を、「技術」によって存在する、つまり現在へと入るものであると述べた。テクネーとは、壺や道具をつくる職人の活動も、像を造り詩を書く芸術家の活動も、一元的に指し示す名称であった。両者の活動の形態は、ポイエーシスつまり現存への生-産という種類に含まれるという本質的特徴を共有していたのである。そして、両者を自然現存への固有の入口という原因をみずからのうちにもつものとしてのーーから引き戻すと同時に区別するのは、このポイエーシス的特徴なのである。他方、アリストテレスによると、ポイエーシスによってもたらされた生-産は、形相への据え付けという特徴をつねにもっている。◉非存在から存在へと移行することとは、ある形象をとり、ある形式を帯びることである、という意味において。というのも、生産されるものが存在へと入るのは、まさしく形式のなかにおいてであり、形式から出発してだからである。
 さて、古代ギリシアからわれわれの時代へ下ってみると、テクネーとしての「メー・ピュセイ・オンタ」(自然によらない存在)のこの一元的なステータスが砕け散ったことに気づく。
十八世紀後半における最初の産業革命にはじまる近代的技術の発展と、ますます広範で疎外的なものとなる労働の区分にしたがって、人間が生産した事物の存在のステータスや様態は、実際に二重になる。一方では、美学のステータスにしたがって現存へと入る事物、すなわち芸術作品があり、他方では、技術のステータスによって存在に達する事物、すなわち狭義の製品がある。芸術作品ー自己のうちに固有のアルケーをもたない事物のなかにあるーという特殊なステータスが打ち立てられたのは、独創性(もしくは真正性)における美学の発生以来のことなのである。
「独創性」とは何を意味するのだろうか。芸術作品が独創性(あるいは真正性)という特徴をもっていると言うとき、それは、作品がただ単に唯一無二である、つまり他のすべてのものと異なっているということを意味するのではない。◉独創性が意味するものとは、根源との近似性である。みずからの根源、つまり形式のアルケーとの個別的つながりを保持するがゆえに、芸術作品は独創的なものである。ただし、芸術作品がこのアルケーに由来し、このアルケーに適合するというだけでなく、そのアルケーと永続的な近似関係をとどめているという意味においてであるが。
 すなわち、独創性が意味するのは、芸術作品ーーポイエーシスという特徴をもつかぎりにおいて、ある形式のなかで、ある形式から出発して現存へと生-産されるーーがみずからの形式原理によって、(アルケーとの)近似性という関係を維持するということである。が、こうした近似性の関係は、いかなる手段によってであれ芸術作品の現存への入口が再現される可能性を排除するほどのものである。あたかも形式が、美的創造の反復不可能な行為において、自己自身によって現存へと生産されるかのように。
 一方、技術のステータスにしたがって存在に達するものにおいては、現存への入口を支配し、決定的なパラダイムであり、製品が存在に達するために順応しなければならない型である。それゆえ、ポイエーシス的行為はかぎりなく再現可能であり続ける(少なくとも物質的可能性が存続するかぎりにおいて)。独創性(真正性)が芸術作品の本質的ステータスであるのと同様に、再現可能性(この意味で、根源との非-近似性というパラダイム的関係として理解される)は、それゆえ技術的製品の本質的ステータスである。労働の区分から出発して考えると、人間の生-産活動の二重のステータスは、次のように説明することができる。つまり、巧みに解釈すれば、◉美の領域における芸術の特権的ステータスは、手の労働と知的労働がいまだ分化しておらず、それゆえ生産活動が完全性と
唯一性を維持している状態の残存であるということになるだろう。その一方で、労働の極端な区分という状態から生ずる技術的生産は、本質的に代替可能で再現可能なままである。
 人間のポイエーシス的活動の二重のステータスの存在は、いまやあまりにも自明のものにみえるので、われわれは芸術作品が美的次元に入るのが比較的最近の出来事であること、そして、当時それが芸術家の精神的生命に根本的な分裂をもたらし、その結果として人類の文化的生産が、本質的なかたちでその様相を一変させたということを忘れてしまう。この分裂の最初の帰結として、修辞学や教則集といった学、工房や美術学校といった社会的機関、文体- 様式の反復、図像学の継承、文学的構成に求められる文彩といった芸術的要素の組合せが、それぞれ急速に衰亡したことが挙げられる。これらはまさしく、人間のポイエーシスの一元的なステータスの存在に基づいていたのである。◉独創性というドグマは、芸術家の条件を文字どおり破裂させた。個々の芸術家の人格が生きた統一のうちに見出され、それゆえ、この共通の型という束縛のなかで彼らが独特の相貌を帯びるような共通の場を何らかのかたちで形成していたすべてのものは、軽蔑的な意味での共通の平凡な場となり、耐えがたい障害となったのである。批評という近代の悪魔に忍びこまれた芸術家は、この障害から自由になるか、さもなくば、それによって滅びるかしかないのだ。
 この過程に付随した革命的な熱狂のなかで、あやうくも芸術家自身の条件にもたらされようとしていたその否定的帰結に気づいた者はほとんどいなかった。この帰結は、明確な社会的ステータスの可能性さえ、不可避的に失わせるに至ったのである。
 ヘルダーリンは『オイディプスへの註解』のなかでこの危険を予見し、芸術がより古い時代にもっていた職人的特徴を取り戻す必要があることに一刻も早く気づくべきだと看破した。

◉芸術作品は少なくともこれまでは、作品の規則の測定や、美を生みだすための他の方法的手続きによってよりも、作品が引き起こす印象によって判断されてきた。まったくのところ現代の詩には、とりわけ流派や職人的特徴が欠けている。つまり、詩の作法を計測したり教えたりできるということ、一度それが習得されると実践のなかでいつでも確信をもってくりかえすことができるということ、そういったことが欠けているのである」。
 さて、現代芸術を観察してみると、そのなかで一元的ステータスの要請がきわめて強くなったために、少なくとももっとも意味深長な形式において現代芸術は、まさしくポイエーシスの二つの領域の意図的な混乱と倒錯に基づいているようにみえる。技術的生産の真正性の要請と芸術的創造の再現可能性の要請が、それぞれ「レディ・メイド」と「ポップ・アート」という二つのハイブリッドな形式を生じさせたのである。それらは人間のポイエーシス的活動のなかに存在する分裂をあからさまに示している。
 周知のようにデュシャンは、どんなものであれ誰もがデパートで入手できるような種類の製品をとり上げ、それを本来の環境から隔離して、一種の意味不明な身振りで強引に芸術の領域へと引きこんだ。つまり、人間の創造活動の二重のステータスの存在のうえで批判的に戯れることで、デュシャンはーー少なくとも異化効果が持続する短い瞬間のうちに物体を技術的な再現可能性と代替可能性のステータスから、美的な真正性と唯一性のステータスへと移動させたのである。
 ポップ・アートもまた、レディ・メイドのように生-産活動の二重のステータスの倒錯に基づいている。しかし、ポップ・アートにおいては現象は何らかのかたちで転倒して現われ、むしろ、デュシャンがレンブラントの絵をアイロン台として使うよう提案したときに考察した「相互的レディ・メイド」に類似している。レディ・メイドがげんに技術的製品の領域から芸術作品の領域へと進むのに対して、ポップ・アートは美のステータスから工業製品のステータスへと移動するのである。つまり、◉レディ・メイドにおいて観賞者は技術のステータスにしたがって存在する物体と直面させられつつも、この物体は不可解にも、美的真正性というある種の潜在力を帯びて現われでる。これに対して、◉ポップ・アートでは観賞者は、美的潜在力を剥ぎとられて工業製品のステータスをパラドキシカルに引き受けたようにみえる芸術作品の前にいるのである。
 いずれの場合においても、異化効果が持続する瞬間を除いては、一方のステータスから他方への移動は不可能である。ゆえに、◉再現可能なものは独創的なものになることはできないし、再現不可能なものは再現されえない。物体は現存へと到達することはできず、影に包まれ、存在と非存在のあいだの一種の不安なリンボのなかで宙吊りになったままである。そして、レディ・メイドにもポップ・アートにも謎めいた意味のすべてを与えるのは、まさしくこの不可能性にほかならないのである。
 いうなれば、両方の形式は分裂をその極点にもたらすのである。そしてこの方法によって、美学の彼岸へ、つまり人間の生-産活動が自己と和解できるような地帯(だが依然として影に包まれたままである)に向けて合図を送る。しかし、どちらの場合においても根本的なかたちで危機に陥るのは、人間の同じポイエーシス的実質であり、プラトンが「ある事物を非存在から存在へと導くことができるあらゆる原因がポイエーシスである」と述べたあのポイエーシスである。レディ・メイドにおいてもポップ・アートにおいても、現存に達するものは何もない。ただ、どこにも固有の現実を見出すことができない潜在力の制奪を除いては。つまり、◉レディ・メイドとポップ・アートが形成するのは、ポイエーシスのもっとも疎外された(すなわち極端な)形式であり、そこで剥奪それ自体が現存に達するような形式である。そして、この現存-不在の黄昏の輝きのなかで、芸術の運命をめぐる問いがいまや次のかたちで発せられる。どうすれば根源的な方法で新たなポイエーシスに至ることができるだろうか、と。

 こうしたポイエーシスの最終的な運命の意味に近づこうとするなら、われわれが問わねばならないのは作品それ自体である。なぜなら、◉ポイエーシスがみずからの力を実現するのは、作品においてだからである。そして、その運命ゆえに、ポイエーシスはいまやみずからの力をただ剥奪としてのみ振りまくのである(だが、この剥奪もまた、現実には詩の最後の恩恵であり、もっとも完結し、意味を担うものである。というのも、そのなかで無それ自体が存在へと呼びだされるからである)。それでは、人間の生-産活動が具体化される作品の特徴とはどのようなものなのだろうか。
 アリストテレスによると、ポイエーシス(人間のなかにみずからのアルケーをもつ事物についてであれ、自然にしたがって存在する事物についてであれ)によってもたらされた現存への生産は、「エネルゲイア」いう特徴をもつ。通常この語は「現実態」や「具体的現実性」(「可能態」に対置するものとして)などと訳されるが、それでは語の根源的響きが隠れたままである。アリストテレスは、同じ概念を指示するために、彼自身が造りだした「エンテレケイア〕という語彙も用いている。◉エンテレケイアという特徴をそなえているのは、最終的なかたちでは、ある形式ーーそこで固有の充足と完全さを見出すーーに集まりつつ、現存に入り、そこにとどまるものである。そして、そのようなものとして、固有の目的のなかに保持されるものである。ゆえに、◉エネルゲイアが意味するのは、作品のなかに存在するということである。作品がまさに「エンテレケイア」にほかならず、固有の目的と同様に固有の形式のなかに集まりつつ、現存へと入り、そこにとどまるものであるというかぎりにおいて。
 同じく◉アリストテレスによると、エネルゲイアに対置されるのは、「デュナミス」(ラテン語のpotentia)である。これは、次のようなものの存在の様態を特徴づけている。すなわち、作品のなかにはなく、固有の形式のなかにも固有の目的のなかにもいまだ所有されておらず、ただ利用可能であるという様態、つまり「~に適している」という様態のもとにあるにすぎないものである。それは、家具職人の工房に置かれた木の板、彫刻家のアトリエにある大理石のブロックといったものが、それらをテーブルや像として出現させるポイエーシス的行為のために利用可能な状態にあるのと同じことである。
 ポイエーシスの所産たる作品は、まさしくそれが固有の目的のなかに保持された生-産であり、ある形式への在留であるかぎり、けっしてただ潜在的なものではない。これについて、アリストテレスはこう述べている。「たとえば何かが可能態においてのみ寝台であって、寝台の形相をもっていないならば、それがテクネーによって存在するとはけっして言えないだろう」。
 さて、われわれの時代における人間のボイエーシス的活動の二重のステータスについて考察すると、次のことがわかる。◉つまり、芸術作品は、すぐれてエネルゲイアの特徴をもつため、固有の形式的工イドスという反復不可能性のなかにも、またみずからの目的のなかにも保持される。それに対し、技術的製品には、この固有の形式へのエネルゲイア的在留が欠けているということである。◉あたかも利用可能性という特徴がついには形式的側面を覆い隠すかのように。工業製品は、生産過程が終わりに到達しているという意味では、まさに完結したものである。だが、固有の原因との個別的な距離
関係ーー製品の再現可能性と言い換えられるーーは、製品がけっして固有の目的にも固有の形式のなかにも保持されることがなく、永続的な潜在性という状態にとどまるようにするのである。◉現存への入口はすなわち、芸術作品においてはエネルゲイア、つまり作品内存在という特徴をもつ。そして、工業製品においではデュナミス、つまり「~への利用可産性」という特徴をもつ(工業製品は「作品」ではなく製品にはかならない、というふうに通常表現されている事柄である)。
 しかし、そうすると美的次元における芸術作品のエネルゲイア的ステータスは、本当にこのようなものなのだろうか。われわれの芸術作品との関係が良き趣味によって美的快のみに縮小された(もしくはこういってよければ、純化された)ときから、作品のステータスそれ自体はわれわれの視野のなかで気づかないほどに変化にしつづけてきた。◉われわれは、博物館やギャラリーが、いかなる瞬間にも観賞者の美的享受に応じられるよう芸術作品を保存し蓄えているのを見ている。それは倉庫に蓄積された原料や商品とほとんど違いはない。こんにち、どこで芸術作品が生-産・展示されようとも、そのエネルゲイア的側面、すなわち作品の作品内存在は抹消され、美的感覚を刺激し単に美的享受を支えるという特徴に場所を空けたのである。つまり、美的享受への可能性というデュナミス的特徴は、固有の形式への最終的在留というエネルゲイア的特徴を作品のなかで覆い隠したのである。もしこのことが真実であるとすれば、芸術作品もまた、美的次元において、技術的製品のようにデュナミス、つまり「ーへの利用可能性」という特徴をもつということになる。そして、人間の生- 産活動における一元的ステータスの分割は、実際にはエネルゲイアの領域からデュナミスの領域、作品内存在から単なる潜在性への移行を示している。
 開かれた作品と「ワーク・イン・ブログレス」の詩学ーー芸術作品のエネルゲイア的ではなくデュナミス的なステータスに基づくーーの発生が意味するのは、まさに、芸術作品が固有の本質から遠ざけられた極限の瞬間にほかならない。◉それはつまり、純粋な潜在性となり、即自的にも対自的にもただ利用可能な存在となった芸術作品が、目的において身を処することのできないみずからの無力さを自覚的に自己のもとで引き受ける瞬間である。開かれた作品が意味するのは、固有の目的においても固有のエイドスにおいても身を処することのできないみずからの無力さを自覚的に自己のもとで引き受ける瞬間である。開かれた作品が意味するのは、固有の目的においても固有のエイドスにおいても身を処することのない作品、けっして作品のなかに存在しない作品である。すなわち、(作品がエネルゲイアであるというのが正しいとすれば)、非・作品であり、デュナミスであり、利用可能性および可能態なのである。
◉「~への利用可能性」という様態のもとにあるかぎり、また単なる美的享受への利用可能性としての芸術作品という美的ステータスのもとで多少なりとも意識的に戯れているかぎりにおいて、開かれた作品が成立させるのは、美学の超克ではなく、ただみずからの完結の一形式にすぎない。そして、否定的にしか美学の彼岸に合図を送ることはできないのである。
 同じようにして、レディ・メイドとポップ・アートーーわれわれの時代における人間の生-産活動の二重のステータスのうえで、それを覆しつつ戯れているーーもまた、デュナミス、けっして目的において身を処することができないデュナミスの様態のうえにある。芸術作品の美的享受からも技術的製品の消費からも逃れつつ、二つのステータスの保留を少なくとも一瞬は実現するかぎりにおいて、レディ・メイドとポップ・アートは分裂という意識を、開かれた作品よりもずっと先へと推し進め、真の固有の「無への利用可能性」として姿を現わす。実のところ、両者において実際に現存に達するものは何もないーー芸術的活動にも技術的生産にもまったく属さないために一ーと言えるのと同様に、◉本来の意味で美的快にも消費にも身を捧げることがないために、両者の場合には利用可能性と可能態が無に向けられ、この方法によって真に目的のなかで身を処することができると言えるのである。
 ◉無への利用可能性は、いまだ作品ではないものの、実際には何らかのかたちで否定的存在であり、作品内存在の影である。すなわち、エネルゲイアであり、作品である。そして、それはそのようなものとして、われわれの時代の芸術意識が芸術作品の疎外された本質に向けて表明した、いっそう切迫した批判的訴えを形成するのである。人間の生産活動の分裂、すなわち「手の労働と知的労働という堕落した労働の区分」は、ここでは埋められることなく、むしろ極限まで、推し進められているのである。しかしながら、また、美学と科学技術の沼地から抜けでて、地上における人間の詩のステータスに根源的な次元を戻すことができる日がやってくるのは、「芸術的労働」の特権的ステータスのこうした自発的扶消」それはいまや、半分に割かれた人間の生-産というリンゴの二つの面を、調停しがたい対立のままにまとめるーーから出発することによってなのである

 

『中味のない人間』ジョルジュ・アガンベン/著、岡田 温司、多賀 健太郎、岡部 宗吉/訳

 

創造行為と感性的把捉 | 中味のない人間 01

 



第一章 このうえなく無気味なもの

ニーチェにとってはけっして「美学=感性論 エステティカ」ではなかった。逆に、創作者の視点から芸術を考察するためには、まさしく「美」の概念を観賞者の感性から純化することが問題だったのである。この純化とは、すなわち芸術作品に関する伝統的な見通しを覆すことによって実現されるのだ。つまり、美的価値の次元ーー観賞者の側から美的対象を感性的に把捉するーーは、みずからの作品のなかに幸福の約束だけを見る芸術家の創造的な経験に座を譲ることになる。

アルトーいわく、「われわれに文化を見失わせたもの、それはわれわれの西洋的な芸術観である。……われわれの無気力で没関心的な芸術観に対して、真の文化は、魔術できわめてエゴイスティックな、すなわち関心をかきたてる観念を対置するのである」。

ひとえに芸術が「関心」の領域から抜け出て、単に興味をそそるだけになっているからこそ、芸術はわれわれのもとではきわめて歓迎されている。

われわれはむしろ平静な注意を芸術作品に向けるのを常としているが、そのことを根源から問いただそうとすれば、おそらく最終的にはニーチェに同意することになるだろう。

というも、「たとえわれわれのもとに芸術があるとしても、どこでわれわれは影響を、なにがしかの芸術の影響を受けるのか?」

芸術はーーそれを創りだす者にとってーーますます無気味な経験になる。それについて関心をもって語ることは、どう少なくみても婉曲語法である。なぜなら、肝心なのは、けっして美しい作品の制作ではなく、むしろ作者の生または死、あるいは少なくともその精神的な救いだろうからだ。美しい対象に向きあう観賞者の経験の無邪気さが増長するにつれて、芸術家の経験の危険性も増すのである。

芸術の「幸福の約束」は、彼の実存を腐敗させ破壊する毒になるのだ。

芸術家の見解のなかでわれわれがいっそう頻繁に出くわすもうひとつの考え方は、芸術は、それを創りだす者にとってのみならず、社会にとっても根本的に危険なものである、というものだ。

美学の破壊によって、この領域から慣れあいの明証性が一掃され、芸術作品についての学としての美学の意味そのものが疑問視されるようになる。だが、問題は、そのような破壊のための機が熟しているのかどうかということである。

まさにこうした喪失や深淵は、芸術作品がその根源的な水準を回復することをわれわれが望むならば、ますます必要になってくるものだろう。

 

 

第二章 フレンホーフェルとその分身

芸術、この何よりも無心な仕事は、いかにすれば人間をテロルで測ることができるだろうか。

テロリストは言葉嫌いである。指先に残る水滴に、彼は自分が浸かっていると信じていた海をもはや認めはしない。それに対して修辞家は言葉を注視し、思考には信を置いていないようにみえる。

芸術作品が、作品において純然たる事物としてあるものとは別のものだということはあまりにも明らかであり、それは、ギリシア人がアレゴリーという概念において表現していたことである。◉芸術作品は別のことを伝えるのであり、作品を含む素材とは別のものである。しかし、物体には、たとえば石塊や水滴、またより一般的にはあらゆる自然の事物のように、形式が素材によって決定され、ほとんど抹消されるようにみえるものがある。その一方で、壺や鍬、あるいは人間が製作した他のどんなものであれ、形式が素材を決定するようにみえる物体がある。

◉レトリックからの逃走はテロリストをテロルへと駆りたてたが、テロルはテロリストをその逆、つまりふたたびレトリックへと連れ戻す。

芸術家のほうに向けられた顔は生き生きとした現実であり、彼はそこにみずからの幸福の約束を読みとる。だが、観賞者のほうに向けられたもうひとつの顔は、生命のない諸要素の総体であり、それは美的判断が送り返すイメージのなかにみずからの姿を映すことしかできない。

このように◉テロルとレトリックの対立は、われわれの出発点となった芸術家と観賞者のあいだの対立へとふたたびわれわれを連れ戻す。そのとき、美学とは単純にアイステーシス、つまり観賞者の感性的把捉から出発して芸術作品を定めることはできなくなるであろう。むしろ、個別的で還元不可能な「作用」、つまり芸術的「作用」の「動き=作品(opus)」としての芸術作品についての考察が、最初から美学のなかに存在するのである。この原理の二重性によって、◉作品は、芸術家の創造行為と観賞者の感性的把捉の両方から決定づけられるのだが、その二重性が美学史全体を横切っている。さらに、美学の思弁的中枢とその根本的な矛盾がおそらく探し求められるのも、まさしくこの二重性においてなのである。

すなわち、◉単に芸術についての伝統的な視点の移動の問題なのか、それともむしろ、芸術作品の本質的なステータスにおける変化ーーそれは芸術作者の現下の運命にその根拠を与えうるであろうーーにわれわれは直面しているのではないか、と。

第三章 趣味人と分裂した弁証法

「自然に善性や成熟があるように、芸術には、ひとつの美点がある。この美点を味わい愛でる人には、完璧な趣味がある。かたや美点を味わうことなく、無節操に愛好する人の趣味には欠陥がある。だから趣味にも良し悪しがあって、趣味について議論されれのは謂われないことではないのである」。

◉どれほどわれわれが期待しようとも、趣味人が出現したからといって、芸術について精神の受容性がいっそう豊かになったり、芸術に対する関心が高まったりしたわけではない、ということである。

多かれ少なかれ健全な趣味があるように、多かれ少なかれ優れた芸術がありうることは、趣味という語源から暗示されるだろう。

趣味という観念が特定されてゆくにつれて、それにともなう特殊な心的反応は、近代的な感性の神秘たる美的な判断力を生みだすことになり、実際、芸術作品を(少なくともそれが完成しないうちは)芸術家の専売特許とみなすようになる。芸術家の創造的な空想には、外からの限界も指図もない。かたや芸術家以外の人は、眺めること、すなわち、いっそう不必要でいっそう受動的なパートナーへと転身するしかないのであって、芸術作品は、このパートナーに良き趣味を発揮するための機会を提供するにすぎない。今日、近代の美的教育のなかで、われわれは、こうした姿勢をノーマルなものとみなし、芸術家の仕事に対するすべての干渉を芸術家の自由に対する不当な侵犯として非難するように馴らされてしまっている。

観賞者が趣味を磨けば磨くほど、趣味が観賞者にはかえってかすれゆく亡霊のごときものに似かよってくるのに対して、芸術家は、いっそう自由で稀薄化した大気に向かって移民を開始する。

趣味によって芸術があらゆる混成と干渉から解放されればされるほど、芸術を生みだすはずの人々に対して芸術が向けるのは、ますます不純になった夜の顔である。十七世紀、一種見せかけの天才、芸術にとり憑かれた人間の出現とともに、悪しき芸術家という芸術家のイメージが影を投げかけはじめるのはたしかに偶然ではない。今後、芸術家はその影からもはや逃れられないのである。



趣味人も芸術家と同様、影を背負っている。

◉すなわち、芸術は、良き趣味の高価な水晶を影に落とすよりはむしろ、悪しき趣味の不定形で未分化の鋳型にあてがわれることを好むということである。

つまり、◉良い趣味は、その天分に欲した者に芸術作品の美点を知覚させはするが、結局は、その人を芸術作品に無関心にしてしまうか、さもなければ、芸術は、良い趣味という完璧な受容機構のなかに入りこむや、生気を失ってしまうのに対して、逆に、不完全ではあるがいっそう関心をかきたてる機構のなかでは、その息吹を保つのである。

まるで良い趣味には、自分とは正反対のものへと倒錯する傾向があるかのようだ。

良い趣味がそれとは正反対のものに魅かれるという、この説明しがたい傾向は、近代人にはきわめてありふれたものになっているため、驚くにはあたらない。

批評家の運命とはなんと残酷なものか!他のあらゆる人間は、自分の趣味の衝動にしたがっている。批評家だけが自分の趣味と闘うために時間をつぶしている。

インテリにとっては「いっそう知的になっていることこそが知的でない権利を生みだす」からだ。◉ある限界を超えた知性が、愚かさを必要とするようにみえるのと同様に、良い趣味は、ある洗練度をいったん超えてしまうと、もはや悪趣味なしですますことができなくなるといえるだろう。暇つぶしの芸術や文学の存在は、今日、もっぱら大衆社会に関係づけられており、われわれはこの社会を、十九世紀後半におけるその最初の勃興の証言者だったインテリ層の心的条件に照らして思い描くのが常である。

もし大衆社会の批評家たちが、なぜ洗練されたエリートその人が自分の感性のために卑俗な対象をつくりだす必要性を感じたのかという問題をなによりもまず問いはじめていたなら、きっとより有益な仕事を果たすことができていただろう。とはいえ、さほど目を凝らさずとも、いまや暇つぶしの文学が、元来の姿に戻りつつあることはたやすく見てとれる。すなわち、この現象は、中産層や下層よりも以前に上流層の文化を巻きこんでいるのである。

最初はそれと気づかずに、しかし、その後にはよりいっそう明白なかたちで、彼らは、芸術作品に悪趣味を導入しはじめたのである。芸術家たちは、「感情の美」、「情念の激しさ」、「おそるべき剣豪たちの奇蹟的な成功」を、読者の関心をかきたて覚醒させることのできるあらゆるものとともに、文学の虚構の本質的な源泉のひとつとしたのである。

「悪趣味と呼びならわされといるものを具えるためには、詩のことを念頭に置かなくてはいけません。かたやエスプリは、真の詩とは両立しないのです」。◉つまり、天才と良い趣味は、同じ頭のなかに同居できないのであって、芸術家は、芸術家であるために、とりもなおさず趣味人と一線を画さなければならない、ということだろう。

趣味のレベルで、ランボーの時代にエキセントリックだつたものは、インテリの平均的な趣味のごときものになったのだ。



良き趣味には、それと正反対のものに倒錯する傾向があるだけではない。良い趣味は、ある意味では、あらゆる倒錯の原理そのものであり、良い趣味が意識上に現れるのと軌を一にして、一切の価値と内容が反転しはじめる。

十八世紀ごろ、美的趣味は、楽園の知恵の木の実から調合された一種の解毒剤として人々から重宝されるようになるが、それを味わった結果、ふたたび善悪の区別ができなくなってしまう。

すなわち、◉芸術経験と悪のあいだには隠れた親近性があって、芸術作品を理解するには、不偏不党や機知のほうが良識よりもはるかに尊重される道具である、といった考え方が台頭するのである。

「◉軽蔑しない者は、正当に評価することもできない。ある種の美的な悪意が調和のとれた教養の本質的な要素なのだ」。

◉趣味は、唯一の自己確信であり、唯一の自己意識である。しかし、この確信は、純然たる無であり、彼の個性は絶対的な没個性である。

自分とは他なるものに依存することを余儀なくされながら、しかし、あらゆる精神的な内容や規定がすでに廃棄されてしまっている以上、この他なるもののなかにはいかなる本質も見出されないのだ。

◉芸術作品はまさに、カントが言ったように「完全に認識されたとしても、それでもまだ制作されえないもの」だからである。

完全であるためにも、趣味は、創造原理から分たれねばならない。しかし、天才を欠けば、趣味は、単なる裏返しに、つまり、倒錯の原理そのものになってしまう。

純粋な自我が自己の外に自己自身を引き裂かれた姿で認める以上、この分裂にあってはただちに、連続性や普遍性をもつあらゆるもの、法、善、正義と呼ばれる一切のものが、ばらばらに解体され破壊されている。一切の同一的なものは解消する。なぜなら、もっとも純粋な非同一、絶対的本質の絶対的非本質性、対自存在の自己外存在が現われるからだ。純粋な自我それ自体が完膚なきまでに解体される。……ところで、この意識の状態が、この絶対的な分裂と結びつけられることによって、その精神のうちでは、高貴な意識と下賤な意識とのあいだに定められた区別は消えて、両者は同じものになってしまう。
〔.....〕みずからの見下げはてた状態を拒む反抗に駆られた自己意識とは、直接的には、絶対の分裂における絶対の自己同一、純粋な自己意識と自己自身の純粋な媒介にほかならない。それは、同一人格が主語でも述語でもある同一判断における同一性である。だが、この同一判断は、同時に無限判断でもある。というのも、この人格は完全に二分されており、主語と述語は、一切の関わりも必然的な統一もない、たがいにまったく無関心な存在なのだから。それどころか、どちらもそれぞれ独自の人格の力なのである。対自存在は、まったく他なるものでありながら同時に直接的には自己自身でもあるものとして、みずからの対自存在を対象とする。他なるものとしての自己とはいっても、これがべつの内容をもつわけではなく、内容は同一の自己でありながら、形式的には、両者が絶対の対立関係にあり、たがいにそれぞれまったく無関心な存在なのだ。それゆえ、ここにあるのは、自らの真理のうちで自己と自己の概念を意識した精神、すなわち、現実の教養世界を生きる精神なのである。
 こうした精神は、現実と思考の絶対的かつ普遍的な倒錯(Verkchrung)〔および疎外〕、すなわち、純粋な教養である。この教養の世界で経験されるのは、権力と富という現実の存在にも、それを規定した善悪という概念にも、はたまた、善悪の意識や高貴と下賤の意識にも、真理が宿っているわけではなく、むしろこれらあらゆる契機が一方から他方へと倒錯し、それらのいずれもがみずからの対立物になるということである。

◉対自存在はむしろ自己喪失であり、自己疎外はむしろ自己保存である。したがって、ここで起きていることは、〔あらゆる契機が普遍的な正義をたがいに行使しあい、〕それぞれの契機が、おのずから自己を疎外するとともに、自己をその対立物と思いこみ、そのようにしてこれを倒錯させるのである。

実際に、誠実な意識が自己をわがものとするための唯一の方法とは、まさしく自分の矛盾を完全に引き受け、自己否定によって、ひたすら極度の分裂のなかに自己を再発見することにほかならない。

美的趣味についてこのように吟味してみると、もしかしたら芸術の運命とニヒリズムの発生のあいだになにがしかの関連があるのではないか、と問うてみたい誘惑に駆られる。なぜなら、ハイデガーの言葉を借りれば、ニヒリズムは断じて他に付随する歴史運動などではなく、「その本質において考察されるならば、西洋の歴史の根源的な運動なの」だから。



第四章 驚異の部屋

◉おそらく芸術に対するわれわれの美的観点は、それほど違いのない前提に基づいているだろう。その美的観点によってわれわれは美術館を建造し、絵画が芸術家の手からただちに現代美術館の展示室に渡ることを当たり前のように考えるのである。ともかく確かなのは、この点で芸術作品は、人間が地上に住むということにとってもはや本質的な尺度てはなくなったということ、そして、◉まさに住むという行為を可能にし基礎づける点に関して、芸術作品は、自律的な領域も独自のアイデンティティももたず、それ自体で人間の世界全体を縮約し反映しているわけでもないということである。

物体のあるところ、歩いて近寄れば
一歩後退し、離れれば前に出る

つまり、◉ついに芸術作品にもっとも確かな現実性が保証されたと考えられるのだが、それはつかもうとすれば後退するため、われわれの手にはただ空虚が残されるのみなのである。



ところで、芸術作品はつねに蒐集の対象とみなされていたわけではなかった。われわれが考えるような芸術概念そのものが異様と思われた時代があったのである。

それらの時代には、◉芸術家の主観性はいたって直接的に素材と同一視されていた。素材はただ芸術家だけでなく、その同類にとっても、意識のもっとも内的な真実を形成していたのである。したがって、価値それ自体として芸術を語るということは考えられなかったし、完成された芸術作品を前にして、ある美的関与性について語りうるなどとは、まったく思いもよらないことだった。

ホイジンガはシャルトルーズ会士のドニの事例を伝えている。

「芸術的感動はただちに宗教的体験へと変わった。音楽や造形芸術の美において、神性とは異なる何ものかに感嘆しうるという考えなど、彼には思い浮かびもしなかっただろう」。

そして、芸術作品を前にした観賞者の感覚が驚異の瞬間で長々と停止し、芸術作品をひとつの自律的領域として、あらゆる宗教的もしくは道徳的内容から孤立させるのを見るのである。



美学講義のなかの、ロマン主義芸術の解体を論じた一章で、ヘーゲルは芸術家と素材との生きた同一性がいかに重要であるかを痛感している。

固い信念と直接的な同一性のうちにあって、そうした世界観や宗教の決定と密接に結びつくかぎりにおいて、芸術家はこの内容とその表現を、まさしく真摯に引き受けるのである。

それによって芸術家は、彼自身のもっとも内奥の主観性にしたがって、根源的な統一のなかで生きている。

彼自身に内在的な素材の実質によって、芸術作品は定まった提示の方法と結びつけられているのである。◉芸術家は、素材とそれにふさわしい形式とを、彼自身の存在の本質として直接的に自己のうちにもっている。それは芸術家が思い浮かべるものなのではなく、芸術家自身にほかならないのである。それゆえ、この真に本質的なものを客観化し、生き生きと自己のうちから表現し、外に向かって形成することが、芸術家の唯一の仕事である。

そのとき芸術家は根本的な分裂を体験する。それにより、一方では内容の不活発な世界が、無関心で散文的なその客観性のなかに位置づけられ、他方では芸術原理の自由な主観性が措定されることになる。

◉芸術はいまや絶対的自由であり、自己のなかに固有の目的と固有の土台を追求する。そして実質的な意味においていかなる内容も必要としない。なぜなら、芸術は自己の深淵にめまいを覚えることで自己を測ることだけしかできないからである。他のいかなる内容もーー芸術それ自体を除いてーーもはや芸術家にとって直接に自己意識の本質にはなりえないし、芸術にそれを表象する必要性も吹きこみもしない。ヘーゲルはこう続ける。

芸術家がその国と時代を通して、自身の実質にしたがい、一定の世界観とその内容および表現形式のなかにとどまっていた時代に対して、われわれは正反対の立場にあり、この立場は、完全な発達を経て今日ようやく重要なものとなった。今日では、ほとんどすべての民族において反省という教養と批判が、しかもドイツでは思想の自由が芸術家をとらえている。そしてロマン的芸術形式の個々の必要な段階が経過してからというもの、芸術家の制作の素材と形態についてはいわば白紙状態となった。ある特定の内容と、この素材にのみ適した表現方法に拘束されることは、今日の芸術家にとっては過去のことであり、そのため芸術は、芸術家があらゆる内容ーーどんな種類のものであれーーに関して、自身の主観的な技にしたがって一様に取り扱うことができる自由な道具となった。かくして芸術家は、一定の聖別された形式と形態を超えて、かつて神聖にして永遠なものが意識の前に立ちはだかっていた内容と概念から独立し、自由に振舞うのである。いかなる内容もいかなる形式も、芸術家の内奥、「本性」、無意識の実体的な本質ともはや直接的に同一なのではない。一切の素材は、美しくて、芸術的に扱うことが可能であるという形式的原則と矛盾さえしなければ、彼にとってどうでもよいものである。この相対性を即自かつ対自的に超えたという素材は今日では存在せず、たとえあったとしても、少なくともそれが「芸術」によって表現されるという絶対的な必要性はないのである。
 この分離は、西洋芸術の運命におけるあまりにも決定的な出来事を告げているため、われわれは、その出来事が開示する地平が一目でわかるかのように錯覚してはならないだろう。まずはわれわれは、その最初の帰結のうちに、趣味と天才のあいだの断裂が出現するのを認めることができる。この断裂が趣味人像のなかでかたちをとり、ラモーという登場人物においてより問題を孕んだ表現に達するのをわれわれはすでに見た。◉芸術家が素材との内的な統一のなかで生きるかぎり、観賞者が芸術作品のうちに認めるのはただ固有の信条、および、もっとも必然的な方法で意識にもたらされた固有の存在の最上の真理だけである。それゆえ、芸術それ自体の問題は生じえない。なぜなら芸術はまさに、すべての人間、芸術家および非-芸術家たちが生きた統一において居合わせる、共通の空間だからである。しかし、ひとたび芸術家の創造的主観性がーーあたかも登場人物を自由に演出する演出家のよう素材と制作よりも上に置かれるようになると、芸術作品のこの共通の具体的空間は解体される。そして、観賞者がそこに識別するものは、もはや彼が自身の意識のなかに最上の真理として直接見出しうるような何ものかではない。◉観賞者がともかくも芸術作品のなかに見つけられるものは、いまや、せいぜいのところ美の表現に媒介されたものである。この美的な表象こそ芸術そのものであり、あらゆる内容から独立した至高の価値であり、さらに作品それ自体における、および作品それ自体に由来する芸術の力を示す、もっとも内的な真理となる。芸術家の自由な創造原理は、まるでマイアの大切なヴェールのように、観賞者とその真理ーーかつて観賞者はそれを作品からすくいとることができたーーのあいだから剥ぎとられる。もはや観賞者は、具体的なものとしてそれを所有することはけっしててできず、ただ、みずからの趣味の魔法の鏡に映るイメージを通して手に入れることができるだけであろう。
 もし観賞者がこの絶対的原理のなかに、世界における自己の存在の最上の真理を認めるなら、彼はあらゆる内容とあらゆる道徳的・宗教的確証性の消滅から出発して自己の現実を理路整然と考察せねばならない。そしてラモーのように、自分にとってさらに未知の事柄のなかに自己の実質を探し求めることを余儀なくされる。◉趣味の誕生は「純粋な教養」の絶対的な分裂と一致する。つまり、観賞者は芸術作品のうちに「他者」としての「自己」、自己外存在としての固有の対自存在を見出すのである。そして◉観賞者は、芸術作品の行為における純粋な創造的主観性のうちに、一定の内容や、自己自身の存在の具体的基準を見出すことはけっしてなく、ただ彼自身の「自我」を絶対的な異化の形式において見出すにすぎない。観賞者は、この分裂の内部でしかみずからを把握することはできないのである。
 芸術作品の原初的統一性は砕け散った。一方では美的判断を、他方では中味のない芸術的主観性すなわち純粋な創造原理を、それぞれ捨て置きながら。両者はむなしく固有の根拠を探し求め、そして、この探求においてたえず作品の具体性を解体する。前者は作品を「ムーサの劇場」の理想空間に戻し、後者は自己の彼方へと向かう連続的な運動において作品を超越しながら。◉創造原理の異質性に直面した観賞者は、美術館のなかに固有の一貫性をもつ点を定めようと実際につとめる。そこでは、絶対的な分裂が自己との絶対的な同等性へと、つまり「同一人格が主語でも述語でもある同一判断における同一性」へと転倒することだろう。それと同様に、創造において絶対的自由というデミウルゴス的経験をした芸術家も、いまや固有の世界を客体化し、自己を支配しようと努めている。この過程の終わりに、われわれはボードレールの次の一句を見出す。「詩とはこのうえなく現実のものである。もうひとつの世界のなかでしか完全に真実ではないものである」。ギャラリーの美的-形而上的空間を前にして、それと形而上的に対応するもうひとつの空間が開かれる。つまりフレンホーフェルのカンヴァスの純粋に頭のなかの空間である。そこでは中味のない芸術的主観性が、一種の錬金術的な操作によってその不可能な真実を具現する。詩の「もうひとつの世界、つまり絶対的な芸術原理の「天上の座」としての「錬金術の劇場」は、美的判断の展望における芸術の「天上の座」としての「ムーサの劇場」と一致する。
 ロートレアモンは、自身のいっそうパラドキシカルな結末に至るまで、芸術のこうした分裂を生きた芸術家である。ランボーは詩の地獄からハラルの地獄へ、言葉から沈黙へと通り過ぎていった。より純真なロートレアモンは、かわりに『マルドロールの歌』が生まれるのを目撃したプロメテウスの洞窟を放棄する。『ポエジー」の教訓的な「凡作」が朗読されるべきリセの教室や大学の講義室のために。絶対的な芸術的主観性の要求を極限まで推し進め、この試みにおいて、人間的なものと非人間的なものの境界が入り混じるのを見た者は、いまや美的判断の展望を最終的な帰結へともたらし、ついには断言する。「フランス語で書かれた傑作とは、リセの賞状授与式の演説であり、アカデミーの演説である」、そして、「詩についての判断は詩よりも価値がある」と。彼はこの動きにおいて、両極のあいだで、その統一を見出すことができずに、ただ揺れ動いただけである。このことが示すのは、もっぱら以下の二点である。◉まず、芸術についてのわれわれの美的観念が根拠を得る場となる深淵は、そう簡単には埋められるわけではないということ。そして、◉美的判断と中味のない芸術的主観性の形而上的な二つの現実は、たえず一方を他方へと送り返しあうということである。
 しかし、芸術の二つの「もうひとつの世界」がこのようにたがいに寄り添うなかで、次のようなただ二つの固有の問いには返答がないままである。すなわち、美的判断の根拠とはどのようなものであるのか、中味のない芸術的主観性の根拠とはどのようなものであるのか、という問いである。われわれの芸術をめぐる思索は、それに対して、自己との一貫した共生のために答えなければならないのであるが。

 

 

第五章 「詩についての判断は詩よりも価値がある」

ヘーゲルは、先行する時代が芸術作品のなかに見出していた精神的要求の満足を、もはや芸術作品が魂にもたらさないということに気づいている。なぜなら、反省と批判的精神はわれわれのうちでかくも強くなったので、芸術作品を前にしたときにわれわれは、そこに内的な生命力を見抜いてそれと一体化しようとするよりも、美的判断から与えられた批判の骨格にしたがって、そうした生命力を自分たちに再現しようとするからである。ヘーゲルは言う、「芸術作品によっていまわれわれのうちに引き起こされるものは、直接的な快楽を、さらにはわれわれの判断を超えている。というのも、われわれは芸術作品の内容と表現手段、そして両者の適・不適を自分たちの思素に委ねるからである。それゆえ芸術の学は、芸術がそれ自体ですでに完全な満足をもたらしていた時代よりもわれわれの時代において、はるかに必要なものなのである。◉芸術はわれわれを思素へと誘う。しかし、それは芸術を再興するという目的ではなく、むしろ芸術の何たるかを学問的に知るためである。〔……〕芸術は学のなかにはじめて、その真正な確証を見出すのである」と。

◉近代人にとって芸術作品とは、もはや魂を恍惚や聖なる恐怖へと誘う神聖なるものの具現ではなく、みずからの批判的趣味を始動させるための特権的な機会なのである。批判的趣味とは、われわれにとって実際のところ、何らかのかたちで芸術それ自体よりも価値があるとまでは言えないにしても、少なくとも同じくらい本質的な要求にたしかに応える、芸術についての判断なのである。
 ◉このことはわれわれにとってごく自然で親しい経験となった。それゆえ、芸術作品を前にしてまず最初に、それは本当に芸術なのか、むしろ似非芸術あるいは非芸術ではないのかと、ほとんどそれと意識することなしに案じるときにも、われわれは美的判断のメカニズムについて自問しようと思いつくことはない。それゆえ、ヘーゲルが言ったように、われわれは内容と表現手段、そして両者の適・不適をみずからの思索に委ねるのである。むしろ、この条件反射の謎めいた多様性は、存在と非存在についての問いかけとともに、ギリシアにおける黎明以来、西洋人がみずからを取りまく世界を前にしてほとんどつねに守りつづけてきた、きわめて一般的な立場の一側面にほかならないのではないだろうか。存在するこのものとは何であるか、と西洋人はいつも問いかけ、そして、存在しないものから存在を区別してきたのである。
 さて、◉美的判断について、すなわちカントの「判断力批判」について西洋が保持している、より一貫した思考にしばし立ちどまるなら、われわれを驚かせるのは、美の問題がもっぱら美的判断という観点から説明されているということよりもーーむしろこれは至極当然なことであるし、◉美の決定が純粋に否定的なやり方で判断のなかに特徴づけられているということである。◉周知のように、カントは超越論的分析論の手本にならい、美的判断の四つの本質的特徴を次々に明示しつつ、美を四つの契機において定義している。第一の定義によると、「趣味とはある対象やある表象の型を、いかなる関心もなしに、快もしくは不快によって判断する能力である。そのような快の対象を美しいものと呼ぶ」(第五節)。第二の定義は「美しいものとは、概念ぬきに普遍的快の対象として表象されるものである」ことを明らかにする(第六節)。第三の定義では「美とは、ある目的の表象なしに合目的性が知覚されるかぎりにおいて、対象の合目的性の形式である」(第十七節)。第四の定義は「美しいものとは、概念ぬきに必然的な快の対象として認められるものである」(第二十二節)と付け加えている。
 ◉美的判断の対象たる美のこれら四つの特徴(すなわち、◉関心なき快、概念なき普遍性、目的なき合目的性、規範なき規範性)を前にすると、われわれは、ニーチェが『偶像の黄昏』で、形而上学の古くからの誤りに抗論して書いたことを想い起こさないわけにはいかないだろう。◉つまり、「事物の〈真の存在〉に与えられてきた諸特徴は、非存在の、〈無〉の諸特徴である」ということである。それゆえ、◉美的判断が美とは何かということを決定しようと試みるたびに、その手にとらえられるのは美ではなくて、美の影であるように思われる。あたかもそれは、芸術が何であるかというよりも、芸術が何でないかということ、つまり芸術というよりも非芸術こそが美的判断の対象であるかのごとくだ。
 われわれは、この美的判断のメカニズムが自分たちのなかで機能するのを観察することはほとんどないとしても、たとえいやいやであれ次のことを認めなければならない。つまり、◉芸術作品を前にしたとき、われわれの批判的判断が示唆するものすべては、まさしくこの影に従属しているのだということ、そして、芸術を非芸術から分け隔てながら、その判断のさい、われわれは非芸術によって芸術の内容を創りだすのであり、この否定の鋳型のなかでしか現実を見つけることができない、ということである。ある作品が芸術性という特徴を具えていることを否定するとき、われわれが言わんとするのは、物質的要素のすべてがそこに存在するにもかかわらず、作品の生命が依存する本質的な何かが欠けているということである。ちょうどそれは、ひとつの死体のなかには、生きた肉体の要素すべてがあるにもかかわらず、まさに生きた存在たらしめるとらえがたい何かが欠けている、というようなものである。

実際、批判的判断によって作品の現実を測るために用いられる尺度ーー作品の言語的構造、歴史的要素、作品が由来する「体験」の真正性などーーが何であれ、そうした尺度は結局のところ、生きた肉体のかわりに、死んだ要素からなるどこまでも続く骨格を配置する以外に何ひとつしなかったようだ。そして、われわれにとって芸術作品は疑いなく、木から切り離された見事な果実となったようだ。それについてヘーゲルも、優しき運命はこの果実をわれわれの目に触れさせはするものの、実をもたらした枝、実を培った大地、実を成熟させた季節の変化、それらを一緒に与えてくれることはない、と語っている。◉否定されたものは、作品の唯一の現実的内容として判断のなかに集約され、肯定されたものはこの影に隠される。そして、われわれの芸術に対する評価は、不可避的に芸術の忘却とともにはじまるのである。
 このように◉美的判断という道具は、困惑させるようなパラドクスにわれわれを直面させる。この道具は、われわれが芸術作品を理解するためにはそれなしですますことができないものであるにもかかわらず、われわれを作品の現実に入りこませることはない。それだけではなく、作品の現実以外の何ものかへとわれわれをたえず送り返しつつ、この現実を純粋かつ単純な無として提示するのである。複雑でありながら整然とした否定神学にも似て、あらゆるところで批評は包囲不可能なものを包囲しようとつとめる。作品の影にまとわりつくその批評の進行は、ヴェーダの「しからず、しからず」と聖ベルナルドゥスの「私は知らない、私は知らない」を想い起こさせる。そして、無のこうした困難な教化にとらえられたわれわれは、そうこうするうちに芸術が、われわれのほうには蝕の面しか向けない惑星になったことに気づいていない。さらに、◉美的判断がまさしく芸術とその影との結合たる「ロゴス」にほかならないということにも。
 もし、ひとつの公式によって芸術のこうした特徴を表現しようとするなら、次のように書き表わすことができるだろう。◉批判的判断は芸術を芸術のように考える、と。こう理解するならば、この判断はいたるところでたえず芸術をその影のなかに浸し、芸術を非芸術のように考えるということになる。そして、◉「美の領土」という地平を至高の価値として支配するのは、この芸術、すなわち純粋な影なのである。さらに、美的判断の根拠についてが自問しないかぎり、おそらくわれわれはこの地平から抜けでることはできないだろう。



 この根拠の謎は、近代の思想の起源と運命のなかに隠れたままである。美学史において真に価値あるただひとつの問い、すなわち「ア・プリオリな美的判断は、その根拠に関するかぎり、いかにして可能であるか」にカントが満足のいく返答を見出せなかったときから、この根源的な染みは、われわれが芸術についての判断を述べるたびに顔を覗かせてくるのである。
 カントは、趣味の二律背反に対する答えの探求という問題として、美的判断の根拠という問題に着手した。「判断力批判」第二部で、それは次のようなかたちで要約されている。

 一、命題趣味判断は概念に基づかない。なぜなら、もし基づくとすれば、その判断について議論することができるからである。

 二、対立命題趣味判断は概念に基づく。なぜなら、判断の相違がどのようであれ、さもなければけっして論争することはできない(必要な他人の同意を求めることができない)からである。

 カントはこの二律背反を解決できると信じ、美的判断の根拠に、概念としての特徴を具えた何ものかを置いている。しかし、これはけっして確定しうるものではないので、判断そのものの確証を提供することはできず、ゆえに「それを用いても何ら理解されない概念」なのである。カントはこう書いている。

 さて私が、趣味判断は概念(判断力に関する自然の主観的合目的性による根拠という)に基づくと言うとき、すべての矛盾は消え去る。だが、この概念によっては、客観に関して、いかなるものも認識されえないし、証明されえない。というのも、そうした概念は、それ自体規定しがたいものであり、認識には役立たないものだからである。しかしながら、この概念は趣味判断に対し、各人にとっての妥当性を与える(おのおのにおいては個別的であるが、直観とじかに結びついている判断として)。なぜなら、この判断の規定根拠はおそらく、人間性の超感性的基体として考えられるものの概念に含まれるからである。〔……〕 ◉主観的原理、すなわち、われわれのうちにある超感性的なものという不定の観念は、われわれのなかにその源泉が隠されている能力の秘密を解明するただひとつの鍵として提示されるにすぎず、それ以上はいかなるものをもってしても説明されえないのである。

 おそらくカントは、不確定的な概念を介した美的判断のこの根拠が、確固とした合理的根拠の立場よりもむしろ、神秘的な直観に類似していること、さらに、判断の「源泉」はこのように、もっとも不可解な神秘に包まれていることにも気づいていた。だが、カントはまた、ある美的次元においてひとたび芸術が想定されると、理性を自己自身と一致させるためには、〔美的判断より〕他のいかなる出口も残らないこともわかっていた。
 カントは芸術美の判断を自然美のそれと対置させて、自然美については、対象がかくあるべきだという概念をあらかじめもつ必要はないのに対して、芸術美を判断するためにはその必要があることを確信していた。というのも、芸術作品の根拠にはわれわれ以外の何ものか、すなわち芸術家の自由な創造 - 形式原理があるからである。このときカントは実際に、芸術美の判断に本来具わっている分裂に無意識のうちに気づいていたのである。このことに導かれて、彼は判断能力としての趣味を生産能力としての天才と対立させた。そして、二つの原理の根本的な異質性を調停するために、カントは、両者の根底にある超感性的基体という神秘的な概念に頼らねばならなかったのである。
 ラモーの問題、つまり趣味と天才との分離という問題は、それゆえ美的判断の起源という問題にひそかに根をはりつづけている。そして、クローチェがこの問題を解決する手段と考えた許容しがたい軽薄さは、この葛藤がどれほど深く近代の運命に刻みこまれているか、そして、どのようにして美的判断が不可避的にまさしく自己の起源の忘却とともにはじまるかを示している。クローチェは判断を美的生産と同一視し、こう書いている。◉「(趣味と天才との)違いは、ただ状況の相違にのみ存する。なぜなら、一度は生産について、いま一度は美的再生産に関わるからである」。あたかもこの「状況の相違」には、まるで謎などないかのようだ。
 ◉われわれの美的理解の地平において、芸術作品は一種のエネルギー減損の法則に従属している。この法則ゆえに作品は、その創造につづく状態からはけっして遡及することができない何かなのである。外部から遮断されたある物理的体系が状態Aから状態Bへと移動することはできるが、それから最初の状態を回復することはどうしても不可能である。それと同じように、芸術作品がひとたび制作されるや、趣味という逆の道を通って作品へと帰るいかなる手段も存在しないのである。どれほどその裂け目を埋めようとしても、美的判断はこうした事態ーー芸術のエネルギー減損の法則とでも呼びうるだろうーーから逃れることはできない。そして、もし批評がいずれある裁判にかけられねばならないとすれば、ほとんど自己弁護を許さないほどの告発とはまさしく、批評精神の欠如に対するものになるだろう。批評はそれをおのずから立証したのである。その起源と意味について自問することは忘れて。
 しかし、すでに述べたように、歴史というバスは途中下車できない。そして、起源におけるこうした欠如にもかかわらず、また、このことがわれわれにとってどれほど矛盾したものにみえようと、いまや美的判断は、芸術作品を前にしたわれわれの感性の本質的な装置となった。そうして、美的判断の名のもと、修辞学の遺灰のなかからひとつの学が生じるまでに至った。この学は、実際の構造において、他のいかなる時代においても見合うものがないものである。そして、◉ある人物像、つまり近代の批評家という人物像が創出された。その唯一の存在理由と独占的な役割とは、美的判断を行使するということである。
 この人物は、みずからの起源にまつわる曖昧な矛盾をその活動のなかにもたらす。どこで芸術と出会うのであれ、批評家は芸術をその逆へと引き戻し、芸術を非芸術へと解体する。そして、どこに省察を向けようと、批評家は非存在と影をもたらす。あたかもそれは、芸術を崇拝するには、非芸術という「逆立ちした神〔deus-inversus]」のために一種の黒ミサを挙げる以外には方法がないかのごとくである。
 
こうしたことは、致命的誤認のようにもみえるが、もっと仔細に検討してみるなら、逆に、みずからの課題に、そして起源におけるみずからの過ちに忠実であろうとする批評家がもつことのできる唯一の手段であることが明らかになるだろう。もし、批評家がたえず芸術をその影へと連れ戻すのでなければ、換言すると、芸術と非芸術とを、混同する危険にさらされながらも区別することで、つねに非芸術によって芸術の内容を作りだすというのでないとしたら、芸術をめぐるわれわれの美的観念はあらゆる一貫性を失うだろう。実際、芸術作品はもはや、かつてのようにその根拠を見出してはいない。◉芸術家が、その世界観や信仰とストレートな同一性によって結びつき、彼の主観性と芸術作品の内容とが統一されていた時代、そしてそれと同じように、観賞者もまた、みずからの意識のもっとも高い真実、つまり神聖なるものを芸術作品のなかに直接見出すことができた時代は、もはや過去のことである。
 さて、前章で見たように、芸術作品の至高の真理とは、純粋な創造- 形式原理であり、それはあらゆる内容から独立して、作品のなかで力を行使する。このことが意味するのは、◉観賞者にとって、芸術作品において本質をなすものとは、逆に自分とはむしろ無縁で本質を欠いたものにほかならない、ということである。その一方で、観賞者が自分自身で作品のなかに発見する何か、すなわち、そこに見つけられる内容が、真理ーー作品それ自体において必要な表現を見出している真理ーーとして彼の前に姿を現わすことはもはやない。むしろそれは、思惟する主体として観賞者がもはや完全に自覚しており、それゆえ観賞者自身が表現へと導きうると正当に信じることができる何ものかである。それと同様に、手のないラファエッロの状態はこんにち、ある意味で、作品のことをまさしく気にかけている観賞者の正常な精神状態である。そして、◉芸術経験はいまや絶対的な分裂という経験以外の何ものでもない。「同一人格が主語でも述語でもある同一判断」はまた、必然的に(ラモーにその分裂の弁証法を押しつけつつ、ヘーゲルが理解していたように)、「無限判断でもある。というのも、この人格は完全に二分されており、主語と述語は、一切の関わりも必然的な統一もない、たがいにまったく無関心な存在なのだから」。
 美的判断において、対自存在はその対自存在を対象としてもつ。しかし、それは絶対的に「他者」としてであり、それと同時に、直接的に自己としてである。◉美的判断はこうした純粋な分裂であり、根拠の欠如である。それはけっして陸地に到達することなく、無限に形式の海を漂流するのである。
 もし観賞者がこの経験の根本的な異化に同意し、自身の肩にあらゆる内容と支柱を委ねて絶対的な倒錯の円環に入ることを引き受けるとすれば、彼が自己を見つける手段はー一芸術の概念それ自体がこの円環のなかに落ちこむのを望まないのならーー、固有の矛盾を全面的に受け入れる以外にはない。◉つまり、観賞者は自己の分裂を分裂させ、自己の否定を否定し、自身の抹消されたものを抹消しなければならないのである。観賞者とは、他者であるという絶対的な意志であり、ヴァイオリンであることがわかった木片とヴァイオリン、ラッパであることがわかった銅とラッパを、分割すると同時に結合する運動である。そして、この疎外において自己を所有し、自己を所有しつつ自己を疎外するのである。
 ◉美術館が支持する場とは、この不断にして絶対的な自己と他者との否定であり、そこでは分裂が一ー隣にその調停を見出し、観賞者は自己を否定しながら自己を容認する。次の瞬間にふたたび新たな否定のなかに浸かるために。無気味なこの深淵のなかで、芸術についてのわれわれの美的理解は根拠を得るのである。われわれの社会におけるそうした美的理解の肯定的な価値、そして美的特徴の天空におけるその形而上的な実質は、この無の否定という労苦ーー自己無化の周囲をぎごちなく回転しているーーのうえで休息するのである。◉影のほうへと貫徹させる、この後ろ向きの歩みにおいてのみ、作品は、合理的に研究可能で親密な次元をわれわれのために取り戻すのである。
 もし、批評家が芸術をその否定に導くというのがそれゆえ本当であるとすれば、芸術(芸術に関するわれわれの美的観念)がみずからの現実を支持し見出すのは、ただこの影と死においてのみである。かくして、批評家は最終的に、イワン・カラマーゾフ作の詩の大審問官に似ることになる。この大審問官は、眼前にキリストを発見したにもかかわらず、キリスト教世界を可能にするため、キリストを否定せねばならないのである。



芸術に対するわれわれの美的理解という、じれったいが他に替わるもののない道具はこんにち、衰亡へと行き着くかもしれない危機を横断しているようにみえる。

ムージルは、『生前の遺稿(Nachlasszu Lebzeiten)』の巻に集めた「無愛想な考察」のひとつで、冗談まじりに次のような問いを提示していた。◉「ひとつ、ふたつと次元を拡大した(キッチュ)は、より耐えられるものになり、ますます〈キッチェ〉ではなくなってくるのではないのだろうか」。そして、ムージルは奇妙な数学的計算によって「キッチュ」と芸術の関係を暴こうと試み、両者はまさしく同じもののように思われるという結論に達したのだった。
 美的判断によって芸術とその影を、そして真正性と非真正性を区別することを学んだ後、われわれは、それにもかかわらずその経験によって困惑的な真理と直面させられようとしているのである。その真理とは、もっとも根源的なわれわれの美的感情はこんにち、まさしく非芸術に基づいているということである。キッチェを眼前にして、心地よくほっとする感覚を一度たりとも覚えなかった者がいるだろうか。みずからの批判的趣味が示唆するものすべてに抵抗して、「この対象は審美的には醜いにもかかわらず、私はそれに魅かれ、感動する」と断言するわけである。批判的判断によって非芸術のリンボのなかへと追いやられたわれわれの感性および外界の広大な領域全体が、固有の必然性と固有の弁証法的機能という意識を獲得しはじめた、さらに、良き趣味の圧制に反抗して、みずからの権利を要求するべく姿を現わした、と言えるだろう。
 しかし、もうひとつのいっそう奇妙な現象が、こんにち、われわれの省察において現われる。芸術作品がわれわれにとって、その影と直面することによってのみ理解可能なものとなる一方で、自然の事物の美を評価するには(すでにカントが見抜いていたように)、事物をそれらの陰画=否定性に照らして測る必要はこれまでのところなかった

なぜなら、絵画や小説や他のあらゆる天才の作品を前にしたときにはこの問いが自然発生的に提起されていたのに対して、自然の産物の後ろでは、われわれの判断が形式原理の異質性に気づくことはなかったからである。
 だが、われわれの経験がもたらするのを観察してみるならば、何らかのかたちでこの関係が転倒しつつあるのを目撃していることに気づく。実際、現代芸術はますます頻繁に次のような作品をわれわれに呈示している。つまり、その前ではもはや伝統的な美的判断のメカニズムに頼ることができず、「芸術」と「非芸術」という対立項がわれわれには絶対的に不十分と思われるような作品である。
 たとえば◉レディ・メイドにおいては創造 - 形式原理の異質性が、力ずくで芸術の領域に押しこめられた非芸術的な対象の異化に取って替えられたが、それを前にしたとき、批判的判断はいわば直接的に自分自身と、もっと正確に言うと、反転した自己のイメージと対決することになるのである。批判的判断が非芸術へと引き戻さねばならないものは、現にそれ自体ですでに非芸術なのであり、その判断の運用はそれゆえ単純な身分証明のなかで枯渇してしまうのである。
 現代芸術は、もっとも最近の傾向ではこの過程をよりいっそう前面に押しだし、そして、レンブラントの作品をアイロン台として使うよう提案したときにデュシャンが思い描いていた「相互的レディ・メイド」を具現化することでその過程を終了した。現代芸術の極端な事物性は、穴、染み、亀裂や絵画外の素材の使用によって、芸術作品を非芸術的産物とますます同一視する傾向にある。◉自己の影という意識に目覚めた芸術は、このように直接的に自己のうちに自己の否定を包含し、芸術を批評から分かつ隔たりを埋めながら、それ自体が芸術と芸術の影との「ロゴス」、すなわち芸術と芸術をめぐる批判的省察となるのである。
◉現代芸術において、自己の分裂を剥き出しに提示し、そうすることで固有の場を消滅させ余計なものにしているのは、まさしく批判的判断なのである。
 それと同時に逆方向の過程が、われわれが自然を考察する方法のなかで確証される。◉現に、われわれはもはや芸術作品を審美的に判断できる状態にはないのに対して、自然についてのわれわれの理解は曖昧になり、その一方で自然の理解に人間的な要素が介在してくるため、われわれがある風景を前にしたときには、それが審美的に美しいか醜いかを自問しつつ、おのずと風景をその影によって測ることになるのである。そして、鉱物性の沈澱物や、時間の化学作用によって浸食され磨かれた木片と芸術作品を区別することが、ますますきまり悪く思われるのである。
こんにち「風景の保存」について語ることが当然に思われるように、芸術作品の保存についても同様に語られている。しかし、他の時代においては、これらの概念は両者とも不可解なものにみえたことだろう。◉芸術作品の修復を教える学校が存在するように、やがて自然美の修復の学校が創設されるときが到来するかもしれない。しかし、この概念がわれわれと自然との関係の根本的な変化を想定していること、そして、美観を損ねずに風景に割って入ることの不可能性と、風景をこの割込みから守り浄化しようとする欲求とが一枚の同じコインの裏表にほかならないことには気づかないままだろう。
絶対的な他者として美的判断に差しだされるものは、いまや親しく自然な何ものかとなったが、その一方で、われわれの判断にとって親しい現実であった自然の美しさは、根本的に異質な何ものかとなった。◉芸術は自然となり、自然は芸術となったのである。
 この逆転がもたらした最初の効果は、批評がその固有の機能を停止したということである。つまり、われわれが芸術とその影のロゴスと定義した判断を行使することをやめたのである。それによって批評は、情報理論の図式(これは芸術と非芸術との区分のまさしく此岸で芸術を考察する)にそった芸術についての学問的研究となるか、あるいは、最善の場合でも、非-美的観点における芸術の不可能な方向=意味の研究となった。しかしそれも、結局のところは、美学の内部へと逆戻りすることになるのである。
 批判的判断はそれゆえ、衰亡を横断しているようにみえる。その持続と結末については、われわれはいくつかの仮説を提出すること以外には何もできない。その仮説のひとつはしたしかに楽観できるようなものではないーー次のとおりである。すなわち、もしわれわれが批判的判断の根拠について、まさにいま全力で自問しはじめなければ、われわれが理解しているような芸術の概念は、かわりに新しい概念が満足に居場所を見つけられることもなく、指のあいだから消え失せてしまうだろう、ということである。
 美的判断というアラビアの不死鳥を頭から脚まで燃やすことができ、その遺灰から芸術を考察するためのより根源的なーーすなわちより当初の一ー問いを、われわれがこの一時的な翳りから引きだそうと決心しないかぎりは。

 

 

第六章 自己を無にする無

プラトによる詩人追放論の後で、その謎めいた変遷をおおまかにたどろうとするなら、重要な第二の出来事は、おそらくヘーゲルの『美学講義』第一部における芸術についての記述に求められるだろう。
 それによると、「もし一方でわれわれが芸術にこうした高い地位を与えるとすれば、他方では、芸術は内容についてであれ形式についてであれ、精神の認識に真の価値をもたらす至高の絶対的な方法ではないということも同様に銘記しておかなけばならない……」。「このことに鑑みていかなる立場をとるにせよ、◉芸術がもはや、先行する時代と民衆が芸術のなかに探し求め、芸術のなかにだけ見出してきた精神的要求の満足をもたらさないことは確かである……これらのことすべてにより、芸術はその至高の目的に関するかぎり、われわれにとって過去にとどまる……われわれにとって芸術は、そこに真理が存在する最上の方法としての価値ではもはやない……ゆえに、芸術がなおも高まり完全になるのを望むことはできるが、その形式は精神の至高の要求であることをやめた」。
 ヘーゲルのこうした認識は次のような反論によってかわされるのが常である。つまり、彼が弔辞を書いたその時から、芸術は無数の傑作を生みだし、同じように無数の美的な潮流が発生するのにわれわれが立ち会ってきたということ。そして他方では、ヘーゲルの主張は絶対精神の他の諸形式のなかで哲学に傑出した地位を与えるという目的に突き動かされたものだということ、である。しかし、実際に『美学講義』を読めば誰でも、けっしてヘーゲルは芸術のさらなる発展の可能性を認めないと主張したのではないということ、さらに、あまりに高い観点から哲学と芸術を考察していたので、ほとんど「哲学的」でない動機づけに身を委ねることはできなかったということがわかる。逆に、ハイデガーのような思想家「幾重にも分かれた山々に隣接する」芸術と哲学の結びつきという問題をめぐるその思素は、おそらく「不仲」の歴史における第三にして決定的な出来事を象徴しているが次のような問いに立ち返るきっかけをヘーゲルの講義から得たという事実に鑑みると、われわれは芸術の運命についてのヘーゲルの言葉をあまりに軽々しく受けとるわけにはいかないだろう。いわく、「芸術はまだわれわれの歴史存在を決定する真理の到来にとって必要にして本質的な方法なのか、それとももはやそうではないのか」と。
 『美学講義』のテクストを注意深く読むと、ヘーゲルが芸術の「死」あるいはその活力の漸次的な枯渇や衰弱について一切語っていないことに気づく。むしろ彼は「あらゆる民族の文化的発展の過程において、一般に芸術が自己を彼方へと送り返す時期へと到達する」と述べ、「自己を超える芸術」について何度も明白に語っている。クローチェが言うようにヘーゲルは自身の判断によって反芸術の傾向を具体化するどころか、むしろ芸術を可能なかぎり高められた方法で考察している。つまり芸術の自己超克から出発して考察しようとする試みである。それはけっして純粋で簡潔な弔辞などではなく、芸術の運命について極限まで思索することであり、いつ芸術が「もはや存在しない」と「いまだ存在しない」のあいだの一種の透明なリンボに宙吊りになり、自己から解放されて純粋な無のなかに移動するのかという思索なのである。
 それでは、芸術が自己を超えたとはどういうことなのか。本当に、芸術がわれわれにとって過去となったという意味なのか。芸術が決定的な衰退の闇に沈んだということなのか。あるいはむしろ、芸術が自身の運命の形而上的な円環を完結することで、ひとつの起源の曙光のなかにふたたび入りこんだということなのではないだろうか。そこでは芸術のみならず人間自身の運命さえ、根源的なやり方で俎上に載せられることになるだろう。
 この問いに答えるためには、後戻りして、芸術的主観性と素材との同一性の解体について論じた第四章の記述に帰らねばならない。そして、いままでただ観賞者の視点からのみたどってきた過程を芸術家の視点から捉え直し、芸術家に何が起こっているのか自問せねばならない。◉いまや芸術家は、自分が生みだした作品の素材についても形式についても白紙状態 タブラ・ラサとなり、いかなる内容も彼自身の意識の内奥とはただちに同一化しないことを露にしている。 
 
◉実際のところ芸術家が作品のなかで試そうとするのは、芸術的主観性が絶対的本質であって、素材はすべてそれとは無関係だということである。だが、あらゆる内容から切り離された純粋な創造・形式原理とは、あらゆる内容を無化し解体することで自己を超越し実現しようとたえずつとめている抽象的な絶対的非本質性である。もし、芸術家がある一定の内容や信条のなかに自己確信を探し求めるとすれば、その芸術家は虚構のなかにいる。なぜなら、彼は純粋な芸術的主観性があらゆる事物の本質だということを知っているからだ。しかし、もしこの純粋な芸術的主観性のなかに固有の現実を探し求めるとすれば、まさに非本質的なもののなかに固有の本質を、形式にすぎないもののなかに固有の内容を見つけねばならないというパラドキシカルな状態に陥る。それゆえ、その芸術家が置かれた状態とは根本的な分裂である。そして、この分裂を除いて、彼のなかにあるすべては虚構なのである。
 ◉創造-形式原理の超越に直面した芸術家は、みずからの暴力に身を委ねることで、あらゆる内容の総体的な衰退のなか、この原理を新たな内容として体験しようと求めることができる。そして、自身の分裂をもって根本的な経験となし、この経験から出発してはじめて、人間のある新しい姿勢が可能になるのである。つまりランボーのように、芸術家はただ極度の疎外においてのみ身を処すことを引き受けることができるか、あるいはアルトーのように、人間が最終的に自己の身体を作り直し、自己の分裂を調停させられるような錬金術の坩堝を芸術の演劇的な彼岸に探し求めることができるのである。だが、芸術家はなおも自己の本質の北岸にとどまる。たとえ自分がかくのごとく固有の原理の高みに達したと思いこむとしても。またこの試みにおいて、実際に芸術家が他の追随も許さない領域に入りこみ、ある危険ーーそれは他のどんな死すべき者よりも芸術家を徹底的に脅かすーーと隣あわせになっているとしても。なぜなら、芸術家はいまや決定的に自己の内容を失い、いわばいつも固有の現実の傍らにいるよう強いられているからである。芸術家は中味のない人間である。彼は表現の無のうえに永久に顕現すること以外にはアイデンティティをもたないし、自分自身の此岸でこのように不可解な姿勢でいること以外には実質をもたない。
 みずからのなかで芸術的原理の限りない超越という経験をした芸術家のこうした状態を考慮して、ロマン主義者たちは、次のような能力を「イロニー」と呼んだ。つまり、この能力によって芸術家は自分を偶然の世界から引き離し、あらゆる内容に対する自己の絶対的優越という意識においてこの経験に対応するというのである。「イロニー」が意味したのは、芸術が自己の対象とならねばならないということである。そして、いかなる内容においてもこれ以上に正しい確かさは見つからないために、◉芸術に以後可能なのは、詩的自我のもつ否定の力を表象することだけだということである。詩的自我は、否定によって、限りない分裂のなかでたえず自己の上へと高まっていく。
 ボードレールは近代における芸術家のこうしたパラドキシカルな状態に気づいていた。そして、「 『笑いの本質について』という一見すると面白味のない題のついた短い文章のなかで、イロニーについての論文(「絶対的滑稽」と名づけられた)を残している。それは、シュレーゲルの理論を、究極的には命取りになる帰結にまでもたらすものである。◉ボードレールが言うには、「笑いは、自己の優越という観念から生じる」、つまり自己についての芸術家の超越から生じるのである。彼が続けるには、正確に言うと笑いは古代には無視され、われわれの時代では抑制されている。いまではあらゆる芸術現象は芸術家のなかの「永遠の二重性、つまり同時に自己であり他者である能力の存在に基づいている……二重であり、◉みずからの二重の性質に由来する現象をけっして無視しないという条件こそが芸術家を芸術家たらしめる」。
 笑いはこの分裂にとって結果的に必要不可なものである。限りない分裂にとらわれた芸術家は極度の脅威にさらされ、マチューリンの小説に登場するメルモスにも似た結末を迎える。つまり、悪魔の契約によって獲得した自己の優越からけっして自由になれないよう強いられるのである。メルモスのごとく、◉芸術家は「生ける矛盾である。生の根本的な諸条件から逸脱している。つまり彼の器官はみずからの思索の重みに耐えられないのである」。
 ヘーゲルはすでにイロニーのこの破壊的な適性に気づいていた。『美学講義』でシュレーゲルの理論を分析することで、まさしくヘーゲルは、あらゆる決定とあらゆる内容をあらゆる方面から無効にするという方法のなかに、主体の自己自身への究極の参照を見ていた。すなわち、自己の意識をみずからに与える究極の方法である。しかし◉ヘーゲルは、その破壊的な過程のなかでイロニーは外界にとどまることができず、宿命的に自己に対して自己の否定を向けねばならないことを理解してもいた。◉自己の創造の無のうえに神のごとく高められた芸術的主体は、否定の原理それ自体を破壊しつつ、いまや否定の作品を完成する。芸術家はみずからを破壊する神である。こうしたイロニーの運命を定義して、ヘーゲルは◉「自己を無にする無〔ein Nichtiges, ein sich Vernichtendes]」という表現を用いている。◉イロニーの運命の極限、つまり、すべての神がイロニーの笑いの黄昏に落ちこむとき、芸術は自己を否定する否定でしかない。すなわち「自己を無にする無」である。問いに戻るときがきたようだ。芸術に何が起こっているのか。芸術が自己を彼方へ送り返すとはどういう意味なのか。おそらく次のように答えることができるだろう。◉芸術は死ぬのではなくて、自己を無にする無となって、自己よりも長く永遠に生き続ける、と。内容を欠き、その原理において無限に二重となった芸術は、「美の領土」の無のなかを彷徨う。そこは芸術にたえず固有のイメージを送り返す形式と内容の砂漠である。芸術は自己確信を構築するという不可能な試みのなかで、形式と内容を呼び起こしてはただちに無効にする。芸術の黄昏は、その昼間の全円孤よりも長く持続しうる。なぜなら、◉芸術の死とはまさに死ぬことができないということであり、もはや芸術そのものを作品の本質的な起源において測ることができないということだからである。◉中味のない芸術的主観性とはいまや否定の純粋な力であり、この力はいたる場所であらゆる瞬間に、自己の純粋な意識のなかに映しだされる絶対的自由として、ひたすら自分自身だけを主張する。あらゆる内容がこの否定力のなかに落ちこむのと同じように、作品の具体的な空間はこの力のなかに消える。かつてはその空間において、人間の「行為」と世界はともに神のイメージのなかにその現実を見出し、地上の人間の住まいはその直径を測っていたのだが。創造 - 形式原理が自己の上に純粋に吃立するなか、神の領域は翳りゆき後退する。そして芸術の経験において、かつてヘーゲルが不幸な意識の根源的な道程を見ていた出来事よりも根本的なやり方で人間は意識に目覚め、ニーチェは狂乱の唇からこう発することになる。「神は死んだ」。
 この◉意識の分裂にとらわれても、芸術は死なない。それどころか、まさに死ぬことの不可能性のなかにいる。芸術が具体的に自己をどこに探し求めようとも、美学と批評の「ムーサの劇場」は芸術をその原理の純粋な非本質性へと投げ返す。この空虚な自意識という抽象的なパンテオンのなかに、芸術はすべての個別の神々を集結させる。この個別の神々は芸術のなかに自分たちの現実と黄昏を見出した。そして芸術の分裂は、いまや唯一の動かざる中心として、形象と作品の多様性ーー芸術がその生成において生みだしたーーを貫いている。芸術の時間は止まった。「が、文字盤の残りすべてを包含し、無限に循環する刹那の持続へとすべてを引き渡す時刻で」。
 ◉自己を疎外できず、それでも永遠に自己とは異質なものでありながら、芸術はみずからの法を欲し、なおも探し求める。しかし、現実世界とのつながりがぼやけたために、芸術はいたるところであらゆる機会にまさしく無のような現実を求める。◉芸術とは「無にするもの」であり、けっして肯定の作品に至ることができないまま、芸術そのもののあらゆる内容を横断する。なぜなら、芸術はもはやいかなる内容とも同一化することはできないからである。そして芸術が純粋な否定の力となったため、その本質を支配するのはニヒリズムである。芸術とニヒリズムの絆はそれゆえ、審美主義とデカダンス主義の詩学に動かされている領域よりも言い知れぬほど奥深い領域に達する。形而上的な行程の極点に到選した西洋芸術の思ってもいなかった土台から出発し、芸術はみずからの領域を伸長する。さらに、◉もしニヒリズムの本質が、単に許容された価値の転換にのみ存在するのではなく、西洋人の運命に隠され、その歴史の神秘のヴェールに覆われているとすれば、われわれの時代における芸術の運命とは美的批評や言語学の領域で決定されうるような何かではないのだ。ニヒリズムの本質は芸術の本質と次の点において符合する。つまり、そこでは両者において存在が「無」として人間に差し向けられるような、運命の極点である。そして、ニヒリズムがひそかに西洋の歴史の流れを支配するかぎり、芸術はその果てしない黄昏から抜けでることはないだろう。

 

『中味のない人間』ジョルジュ・アガンベン/著、岡田 温司、多賀 健太郎、岡部 宗吉/訳

 

芸術性と非芸術性 | クリティカル・シーイング

 
 
 

絶滅の危機

 

「いま美術批評は、かつてないほどに重要なものになっている。」
2002年のハル・フォスターの著作『デザインと犯罪』に収録されている「美術批評家の危機」は、「美術批評家は絶滅危惧種である。」(*1)という指摘から始められている。

「アートに関することで自明なことは、もはや何一つないことが自明になった。」
テオドール・W・アドルノ

現代アートの動向的変化は、日本において2010年代に本格的に展開していった。政権や原発の安全神話に対する国民の強い不信感を引き起こした東日本大震災と、SNSの拡散でバイラルに拡大した民主化運動「ジャスミン革命」が10年代の初頭に起こったことが、大きなきっかけとなった。

美術批評の立て直し

 

美術批評が育んできた内在的な理論や方法を、外側に向かって構築する、というこれまでと逆のベクトルを検討することはできないだろうか。これは現代アート界のヘゲモニー闘争ではない。美術批評の多様性や複雑性をより豊かにするための検討だ。

また美術批評は造形よりも政治、作品よりも制度を優先することが増えたせいで、サイレントマジョリティである多くの作家たちとの距離感を広げてしまった。この隔たりからの回復は、これから美術批評が行うべきひとつのタスクである

つくることの思想

 

専門的な美術批評とは、グローバルな美術史を基盤とし、「つくることとは何か」という問いを中心に置く批評である。作家-作品-観客というトライアングルの構成要素や作品分析を軽んじない姿勢を持つ。これを踏まえて、専門的な美術批評を「つくることの思想」と考えよう。

つくることの思想とは、現代アートやアーティストを神話化するのではなく、観察や選択などの行為も造形に包含し、料理、買い物、育児、デモ、投票など、社会的・日常的な行動の隣にあるものとする。

観察とは、視覚に限定されず、発見によってそれまでの認識を変えてしまう可能性を持つ行為である。作品を見ることで育まれる観察力は、認知バイアスを対象化して、社会や自己を見つめる力となる。

また、環境、人権、暴力、文化に対する批判意識を、商品の購買の選択に反映させるとき、それはたんなる消費行動ではなく、ひとつの創造的活動となる。つくる行為の概念的拡張は、ダダ・シュルレアリスムが発明したレディメイドやファウンド・オブジェクトから、コンセプチュアルアートまでが証明してきたように、自明なことになっている。

つまり美術批評が育んだ洞察や理論は、日常の行為や選択に関わる部分においても有効性を持つ。

作品のなかには政治性や抵抗の意志が内在している。美術批評は、これまでも自覚しにくさのなかにある政治性を、つねに指摘してきたのだ。

覚悟や自覚のない個人主義の否定から始めていかなければならない。そのためにも専門的な美術批評には、「ともに」考えることができる足場が不可欠である。

普遍主義か相対主義かの二元論を脱構築し、多言語的・複合語的に差異やレイヤーを持った「つくること」の足場を形成することを目指す必要がある。

アート・デザイン・批評
アート内部で、デザインという言葉を安心して使用できるときは来ないだろう。現在、「デザイン」という概念は、スティーブ・ジョブズやデザイン思考などの存在によってかつてないほどに拡大し、あらゆる場所に浸透している。

このような状況のなかでマルクス・ガブリエルは、アートとデザインは区別すべきものであって、アートが「ラディカルに自律している」(*4)ことを断言する。だが、反動的な響きを持って述べられるこの強い自律性は、哲学者の立場から説明されることで戦略的パフォーマンスとして機能するのであって、美術批評家が現在同じように発言するのであれば、具体的な弊害がいくつも生まれてしまう。

わたしたちは、社会が過去の誤りを反省し、日々変化していることを舐めてはいけない——同時に開き直って、同じ愚かさを繰り返している者たちの傲慢さに怒りを忘れてもいけない。

イノベーションという言葉から、わたしたちがイメージするものは、最先端のテクノロジーや新しいアイデアによって、社会に大きなインパクトを与え、快適な未来がつくられるという楽観的で資本主義的なものだ。

アートとデザインが、お互いのバイアスを温存させているだけでは、問題を何も前に進めることはできない。美術批評はその間に立つものになり得る。つくることの思想は、「この出来事」という特殊さのなかにある経験を、現代社会に開き、思考を触発するものである。それは怒りや抗議に集約されるものではなく、社会の有用性や合理性に迎合するものでもない。

アートとデザインの相互理解は、アートのデザイン化を意味しない。アートとデザインが、自己批判や相互の違和感を消去することなく弁証法的に対話を続け、問いや方法を高めていくことが大切となる。このような議論に美術批評が関わっていくことは、現代アート業界や市場からの言説の独立性を確保することでもある。そして、美術批評のこの独立性自体が、実は作家たちの精神的理論的なサポートになる。かつてパウル・クレーやジョセフ・アルバースが教育を模索した場所もそうであったはずだ。以上が、いま美術批評が、かつてないほどに重要であると考えている理由なのだ。

*1──ハル・フォスター『デザインと犯罪』五十嵐光二訳、147頁、平凡社、2011
*2──パブロ・エルゲラ『ソーシャリー・エンゲイジド・アート入門 アートが社会と深く関わるための10のポイント』アート&ソサイエティ研究センター SEA研究会訳、31頁、フィルムアート社、2015
*3──岩嵜博論 ・ 佐々木康裕『パーパス 「意義化」する経済とその先』、NewsPicksパブリッシング、2021
*4──マルクス・ガブリエル『アートの力』大池惣太郎・柿並良佑訳、‎堀之内出版、2023

新たな社会への洞察のために #2

 

ボリス・グロイスは、近代以前の過去の芸術は実用性を含んでおり、芸術ではなくデザインとみなすべきだと指摘している。さらに「近現代美術はものをより良くするのではなくむしろ悪くすることを望み、相対的により悪くするのではなく根本的に悪くすることを望む。機能的なものから非機能的なものを作り、期待を裏切り、われわれがしばしば生しか見ないところに不可視性の死の存在を示す」(*2)とデザインとの差異を挑発的に強調している。

芸術性と非芸術性

「人類の成功の秘密は、個々人の頭脳の能力にあるのではなく、共同体のもつ集団脳(集団的知性)にある。この集団脳は、ヒトの文化性と社会性とが合わさって生まれる。つまり、進んで他者から学ぼうとする性質をもっており(文化性)、しかも、適切な規範によって社会的つながりが保たれた大規模な集団で生きることができる(社会性)からこそ、集団脳が生まれるのである。」
ジョセフ・ヘンリック

虚構の解体

 

国家、貨幣、宗教、法律、平等、自由なども虚構であるというハラリの説明を認めるのであれば、現代社会において虚構は、自然と同等か、それ以上に現実として機能している。そして、擬人化や一点透視図法は、虚構を機能させるためのテクノロジーなのだ。一点透視図法とは、画家・鑑賞者が、世界を統治するように世界の中心に立ち、中心と周縁など序列を構成し、世界を眺めるシステムである。このシステムが、自然の忠実な再現とは異なるものと理解されていたからこそ、一点透視図法は人工的遠近法とも呼ばれる。

虚構の解体を志した前衛運動のひとつがシュルレアリスムである。

デペイズマンは、結びつけられるモノや風景が、通常では出会うことのないかたちで組み合わされることで、不自然さや違和感を発生させる。

デペイズマンを代表するものに、前シュルレアリスム的詩人ロートレアモンの『マルドロールの歌』(1869)の「解剖台の上でのミシンと洋傘の偶然の出会い」がある。

ミシンと洋傘を並べると類似と対立的な相違があることに気がつく。どちらも布と金属が関係するものである。ミシンは布に対して針を上から下に貫き、対象を変形させる。いっぽう傘は、空から降ってくる雨から人間を保護するものである。このように分析していくと「内的/外的、硬質/流体、貫くもの/貫かれぬもの」という対立と対比が含まれている。ここに解剖台が結びつけられるとき、両者はともに修理や解体可能な存在であることが浮かび上がる。

動物のイノベーションと現代アート
近年、美術史を変える先駆的表現を、じつは男性作家よりも女性作家が先んじていたという事例が注目されるようになっている。カンディンスキーより先んじて抽象絵画を描いていたヒルマ・アフ・クリント。

アクティビズム的アートは、アートの制度の外の環境に介入を構築するゲリラ的なパフォーマンスや制作を行う。そのような表現の影響力が増している現在において、動物や生物の知性やイノベーションについての検討は有効性が増しているように思われる。

*1——エルンスト・H・ゴンブリッチ『美術の物語』(改訂第16版)田中正之他訳、ファイドン、
*2——ボリス・グロイス『流れの中で インターネット時代のアート』河村彩訳、人文書院、2021、
*3——ジョージ・クブラー『時のかたち』中谷礼仁・田中伸幸・加藤哲弘訳、鹿島出版会、2018、
*6——ジョセフ・ヘンリック『文化がヒトを進化させた―人類の繁栄と〈文化-遺伝子革命〉』今西康子訳、白楊社、2016、25頁
*7——クロード・レヴィ=ストロース『構造・神話・労働 【新装版】―クロード・レヴィ=ストロース日本講演集』大橋保夫編、三好郁朗・松本 カヨ子・大橋 寿美子訳、みすず書房、2008、48頁


“クリティカル・シーイング” 石川卓磨/文

 

 

 

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