幾何学的統一形式 | イメージの歴史 ③
感情移入の様式と抽象的形式 | イメージの歴史 ②
観念の視覚化 | イメージの歴史 ①
二つの規制 | 規範の乖離
1 戦争、ニヒリズム、耐えがたい不平等を超えて
エマニュエル・トッド
現代世界は「ローマ帝国」の崩壊後に似ている
◼️ウクライナ戦争が明らかにした「西側の失敗」
西欧経済に対する私たちの認識は、バーチャルで、架空で、あるいはまったく非現実的であるという教訓
グローバル化は、現実には工場を海外に押し出し、西側諸国から実際の生産手段を奪った
◼️西洋はもはや、「世界の嫌われ者」である
私にとって最も驚きだったのは、イスラム諸国が、ロシアを好んでいるように見えることです。
さらに、NATO(北大西洋条約機構)の一員であるトルコとロシアとの間に生まれた新しい関係は、とても興味深いものです。
これらの事実は、私たちを現実に引き戻します。繰り返しますが、これこそがグローバル化の現実でした。
◼️グローバル化が産み落とした「新たな搾取」
人々が見ようとしなかったのは、グローバル化とは、新しい種類の「グローバルな労働者階級」として、世界中の労働者を利用することを意味していたという点です。
新たな搾取を行う西洋に対して、それ以外の国が敵対心を抱くのは、当たり前のことなんです。
もはや共産主義国ではないロシアは、近寄りやすい国になりました。
◼️「民主主義の戦っている」という妄想
欧米はもはや民主主義の代表ではなく、少数の人や少数の集団に支配された、単なる寡頭政治になってしまったのです。
消えゆく民主主義
◼️輝かしい「民主主義」の時代は、もう戻ってこない
私たちは、新しいことに備えなければなりません。戦争とは関係なく、私たちはもっと悪い事態に備える必要があるでしょう。
◼️アメリカは「ニヒリズム」に支配されている
今のアメリカに典型的なのは、プロテスタントという中核の完全な崩壊です。
プロテスタント文化がアメリカやイギリスにおいて「いかに重要であったか」を理解する必要があります。
アメリカのさらなる悪化に備えなければならないということです。
◼️「最悪の事態」はまさにこれから起こる
最悪の事態についての意識の欠如こそ、恐れるべきです。
しかし、世界で起きていることに目を向けると、私は悲観的ではありません。
ロシアが、ヨーロッパの他の地域を攻撃する意図を持っていないわけではないでしょうが、人口的にも物質的にもその可能性はありません。
ヨーロッパにおいて、アメリカの強拍観念となっているのは、ドイツとロシアが協力を構築することです。ウクライナにおける、アメリカの行動の主要な目的の一つは、ドイツとロシアの間に混乱と不和と対立を生み出すことでした。
◼️人工知能によってもたらされた「知性の劣化」
ChatGPTは私たちの生活を変えるでしよう。それは良いことでもなければ、最悪なことでもないのです。しかしもし、ChatGPTが存在しなかったら、私たちはより悪い状況に陥っていたことでしょう。
◼️人類には、「歴史」の感覚が必要である
私たちは、もはや長期的な視点で物事を考えなくなりました。
ある種の健忘症のようなもので、おそらく第二次世界大戦以降の貧困状態から裕福になったことのショックが容赦ないほと大きすぎたのでしょう。
そして今、私たちは怯えています。「民主主義が崩壊しつつある」あるいは「すでに崩壊している」という感覚があるからです。
◼️たとえ「民主主義」が終わろうとも
民主主義の後にも人生があるのです。
人間の歴史はすべて、崩壊と生き残りの連続です。
私が話したようなマクロな未来予測とは、まったく関係のないことが世界中では起こり得るのです。
フランシス・フクヤマ
「歴史の終わり」から35年後デモクラシーの現在地
◼️「歴史の終わり?」から、リベラリズムの終わり?
ウクライナへの侵攻は、欧州全体の政治的な秩序に対する紛争なのです。
◼️なぜ、リベラリズムに対して「不満」を抱いてしまうのか?
米国ではリベラリズムとは「真ん中から左」のことを意味します。欧州では「真ん中から右」を意味しています。
リベラルな体制とは、市民に言論や信仰、政治参加とかいった基本的な権利を保障することにより、政府の権力を制限するもののことです。
リベラリズムは、「チェック&バランス」を発揮して、行政の横暴を防ぎます。
法の支配の基本的な考え方は、政府に法を守らせることです。「法の外で行動をさせない」ということです。
◼️リベラリズムを支える「コミュニティ」を創設せよ
「リベラルな民主主義は自己完結しないものだ」
「リベラリズムそのものからは生まれてこないコミュニティ(共同体)に依存しているからだ」
リベラルな民主主義では、必ずしもすべての個人が自立して、自律的である必要はないからです。
人は互いに信頼を寄せ合う必要があります。
ですが、互いの信頼関係を失って、ともに取り組むことができなくなれば、リベラルな社会を維持するのは難しいでしょう。
◼️アイデンティティは、民主主義を脅かすのか?
◉他者よりも偉大になりたいと願うリーダーは、平等に扱われていないと感じる人の恨みを活用します。
トランプは考えられる限り、最悪の人格を保有しています。
自己中心的で嘘つきで、公共心はありません。
◼️全地球規模で起こり始めている「分断」の乗り越え方
われわれが目にするのは、多極的な世界です。
◼️歴史は、本当にまた繰り返されるのか?
われわれの未来は、結果を見ることができない、多くの事象に左右されているからです。
◼️覇権国家はますます衰退し、中規模国家が力を増す
私は、バイデン政権に失望しました。
米国の覇権国家としての役割が戻ることは決してありません。
力がアメリカ一国にいびつなバランスで集中したのです。
シリアやリビアやエチオピアなど、世界の多くの場所で、トルコは決定的な役割を果たしています。
◼️テクノロジーは、自由民主主義に貢献できるか?
テクノロジーのいくつかは、崩壊するバブルです。それと比較すると、生成AIは違います。とてもパワフルで、変革を起こすものになるでしょう。
◼️75年間の平和に「倦怠感」を感じる人々
人権が保障される体制とは、移動の自由、思想の自由、言論の自由、批判する自由が奪われない体制です。
「自由以外のもののために自由を求める者は奴隷に過ぎない」トクヴィル
「自己決定の欲望」
つまり、自分の意思で選択ができる状態のことです。
リベラルな社会では、経済的な生産性が高くなります。真の意味で自由な市場があって、多くの起業家がいれば、多くの新しいものが生み出されます。停滞した独裁制では、そのようなことは起こりません。
人類史において、創造性にあふれて芸術表現が盛んな時代のことを考えてみましょう。
こうしたものは、自由な社会がもたらす肯定的な美徳だと思います。それはあまりにも普通に感じたり、当たり前のものだと感じるようになったりするとき、われわれはその価値を見失いがちになってしまうのです。
2 「テクノロジー」は、世界をいかに変革するか?
スティーブ・ロー
技術という「暴走列車」の終着駅はどこか?
◼️テクノロジーは何をもたらすのか?
歴史は繰り返すものではなく、「韻を踏むもの」だと言われています。
◼️AIは、本当に人間の仕事を奪い得るのか?
人間の業務とは、技能の束なのです。AIによって技能のいくつかは自動化されました。
現段階では、インテリジェント・アシスタントは人々を失業に追い込むというよりも、助けている段階です。状況を見極める必要があるでしょう。
◼️アメリカ国内にAIが与えた衝撃
理論的には、AIの普及によって、格差は多少縮まるのかもしれません。
◼️AI時代に必要になってくる教育
一般的に言えるのは、通常のカリキュラムに加えて、高度な分析力や問題解決能力を養っていく必要があるということです。
◼️われわれ人類とAIの共存の道
データは「検索エンジンの酸素」のようなものなのです。だから、グーグルの行為は酸素の供給を遮断するようなものだ、というのが政府の主張です。
無暗に怖がるのではなく、慎重であること。大切なのはこれです。
進化し続けるAIは、人類の「福音」か「黙示録」か
メレディス・ウィテカー
安宅和人
手塚眞
◼️AIとは「非民主主義的な技術」である
私たちの創造性や知性は、自分の周りにあるすべてのものに、人間性を見出す傾向があるのです。
従って、私たちが機械に人間性を見出してしまうのは、私たち人間の側の特性であって、機械の側にそのような特徴があるからではないのです。
そもそも「AI」というのは、技術的な用語というよりはマーケティングの用語です。
最近の現象が意味するのは、AIの看板をかぶった米中のテック企業の支配力なのです。
AIとは私たちを評価するためのツールだからです。
AIは、権力者がその権力を簡単に行使できるようにするツールであり、概して、権力者の支配下にある人たちを監視し、評価し、管理するために使われるのです。
◼️現在も進化し続ける「言葉のハンドリング」
AIは世界をデータにして、そのデータを学習モデルにしていきます。
◼️機械に「知能」は宿るのか?
◉知性とは「インプットをアウトプットにつなげる力」だと定義することができると思います。
ただ重層的にいろんなことを感じて、それを組み合わせてどう感じるかという深い「知覚」は、それぞれの人の人生そのものです。というのも、人間がどのように感じるかというのは、知的体験、人的体験、思考体験の集合体となっているからです。
あと、見逃されがちな最大のポイントは「われわれが生命体である」ということです。生命には意思があります。
つまり、意思とは生命の本質的な側面の一つであり、神経の数とは別の問題です。植物も、意思を持って光があるほうに向かい、そうではないところを避けるわけです。
「機械だって知性がある」と言えると思いますので、マシン・インテリジェンスのようなものは存在すると考えています。ただ、われわれのような意思がない。つまり、やりたいことはないのだと思います。
◼️人間の肉体的な労働が、人工的な知能を支えている
◉わたしたが知っているように、インターネット空間は非常に醜い場所にもなり得ます。だから、これらのシステムがその醜さを鏡映しにして複製するのを防ぐために、膨大な数の人間の労働者が必要になるのです。このようなシステムは、人間なしには作れないということです。
機械に対し、何を望んで何を望まないか、何がOKで、何がNGであるかを伝えるのは、知能を持った人間なのです。
つまり、何千人、何万人、何百人もの人々のデータと労働なしに勝手に出来上がるシステムなど何一つないのです。
◼️機械は「時間」を経験することができない
AIは非常に具体的な事物に関してはいくらでも学習することができます。しかし、人間の感情、感性、感覚といった一人一人持ってはいるがうまくデータ化できないものに関しては、正しい学習をすることができません。
見せかけでも、人を感動させることはできるんです。
◼️AIによってもたらされる「偶然性」
多くの方が誤解しているのですが、人間の創造とは「0から1」を生み出すことではありません。
私も、実は「0」からは生み出していません。まずは、過去から存在している作品、あるいは膨大にある芸術作品から学習していますよね。
そして、自分自身の体験から得た知識や情報、これを自分の中で編集しています。言ってみれば創造とは、「編集する技術」あるいは「組み合わせの技術」に近いものです。そして、自分なりの考え方や感情によって、作品を生み出します。
われわれが物を作り出すときに、その偶然性をうまく得られるシステムとして、もしかしたらAIは使えるのではないか、ということも実は考えています。
◼️人類は「AI」とともに生きていくしかない
AIは、一つの物体ではなく一つの存在物でもない、と私は考えています。ですから、そもそも「何かと一緒に人間がいる」という感覚はありません。
◼️本当に人間は「一つのツール」になってしまうのか?
ネット上の情報は、もうカオスの状態になっています。こうした「ネットを含むコンピュータが使われる社会に、私たちが振り回されないようにするという意識を持っていく」ということは大事だと私は思います。
◼️AIの危険性に対処するための「二つの規制」
ここでの結論として明らかにしておきたいのは、AIの危険性を明確にして取り除くことは十分に可能だということです。しかし、それには政治的な意志が必要であり、市場支配力に関係ないAIシステムの能力ではなく、大きな権力を持つ企業の資産と物理的なインフラにこそ目を向ける必要があります。
◼️手塚治虫から学ぶ、人類と技術が共存する世界
日本人はすべての物体や自然のものなど、そのすべてに命があって、魂を持っているというような感じ方をしています。
もし、AIに対して愛情を捧げる人類がいるとしたら、その最初は日本人なのではないかという気がします。
3 支配者はだれか?
私たちはどう生きるか?
マルクス・ガブリエル
◼️コロナ禍が明らかにした「日本の特異性」
日本では、常にあらゆる面で完璧を目指すので、そこにすでにあるものを完璧にしたんです。そして再び、日本はロールモデルとなりました。
◼️パンデミックによって鍛えられた「民主主義」
ある意味で、国家は、パンデミックによってその真の姿を現したのです。国家は、いわばルールに従う保護者として、あるいは制度を守る保護者として、背後で活動したのではありません。国家は、その本質を示したのです。
つまり、私たちが目にしたのは、すべての国家権力における規範の乖離なのだと思います。
誰もが国境内にとどまっていたからです。こうして、どこの国でもナショナリズムが高まり、国家権力が強くなったのだと思います。
このパンデミックという例外的な状態が民主主義国家を権威主義体制に変貌させる、ということは、まったく起こらなかったのです。
民主主義は不安定なものであり、自由な統治形態であるがゆえに、新しい形の危機にも直面しています。
つまり、民主主義国家は、パンデミックによってもたらされた反民主主義的要素の脅威によって、逆説的に民主主義を強めました。
権威主義的な体制と民主主義的な体制、この二つは、パンデミック以前よりも離れているということです。
パンデミックは、人間という動物に対する脅威です。
もしパンデミックが、本当に社会的かつ生物学的なものであるならば、それらを一つの絵に組み合わせると、パンデミックは、私たちを大きく変えたことになるのです。
◼️「矛盾」というリベラルの弱点とどう向き合うべきか?
私たちは自らの矛盾に向き合っていないのです。
たとえば、資本主義の矛盾です。
そして今、私たちは気候危機に直面し、権威主義的な体制に直面し、民主的資本主義に代わる、権威主義的資本主義に直面しています。
人々が仕事をするうえで、ヒエラルキーが多すぎます。つまり、権威主義的な要素が多すぎるのです。
すべての人の自由を増やすために、ボトムアップ・モデルで経済を再構築する必要があるということです。
権威主義に勝つためには、民主的資本主義の中にある権威主義的要素を取り除く必要があるということです。さもなければ、権威主義が、私たちを打ち負かすでしょう。
これは、ロシアでも見られる現象です。
ロシアは戦争経済に基づいて運営されていて、BRICSの枠組の中で機能できるからです。このため、経済的にロシアを打ち負かことはできなかったし、今後もロシアを経済的に打ち負かすことはできないでしょう。
しかし、「私たちがより自由であること」によって、ロシアを打ち負かす必要があるのです。
われわれの社会を、現在よりも自由にする必然があるということです。
私たちのリベラリズムに対する批判の一部は、現在では内部から出てきているからです。経済成長の恩恵を受けているのは、一部のエリートだけで、社会内の格差が広がっている、という批判もあります。
◼️資本主義は「十分に資本主義的ではない」
現在の問題点は「資本主義が十分に足りていない」ということです。
天才起業家や勝者が、すべてを手にするモデルという考え方は資本主義ではありません。
検索エンジンには、自由市場がありません。
◉資本主義とは、再分配の自動的な構造が存在することを意味します。それは、システムに内在するものです。
◼️「人間である」という共通点から始まる道徳
「私たちは人間性を共有しているという事実から、お互いに何かを負っている」スキャロン
「私たちはお互いに何かを負っていて、それは相手の人間性への敬意なのだ」イマヌエル・カント
道徳は、普遍的なものなのです。
資本主義は、もはや解放につながらないわけです。人々は、そのようなモデルに疑問を持ち始め、残念なことに、ボトムアップの動きが活性化するのではなく、権威主義的な幻想を抱く支配者層と結びついてしまう。
イーロン・マスクはその典型です。
支配者層や経済エリート層に求められるのは、自分たち自身の生のあり方の持続可能性は、いわば「与える自由」にかかっていると理解することです。
◼️人類固有の「絶対的な道徳的事実」
道徳的相対主義あるいは道徳的非実在論とは、倫理的には「普遍的な価値観は存在しない」という考え方です。そこにあるのは「集団への帰属」の表現ーだけです。
それぞれに異なる価値観があり、私たちはその価値観の違いを尊重する必要がある。それが「相対主義」です。つまりそれは、普遍的な価値観の否定でもあります。
一方で、道徳的実在論とは、「倫理的な問いには集団への帰属を伴わない答えがある」という考え方です。
◉「キーウの幼稚園児に弾道ミサイルを撃ってはいけない」「裏切り者が乗っているからといって、プライベートジェットを撃ってはいけない」。
「ある国を植民地にしてはいけない」「マイノリティを差別してはいけない」。
◉私たちが集団に帰属することによって期待するものは、すべて普遍的な道徳から得られます。しかし集団への帰属、あるいは相対化からは、得られるものが少ないのです。
「人間性を見た」
◼️異なる文化を持つ者たちが共存するための「人文学」
◉ヒューリスティックスとは、解決策を見つけるための理論です。「根本的な不一致がある状況で、どうやって道徳的事実を知ることができるか」という認識論です。
深刻な道徳的不一致の状況下で、正しい解決策を見出すには対話が必要です。しかもそれは、人文学に裏付けされた対話が必要なのであって、単なる二人のランダムな会話ではありません。
◼️多様性を残酷なまでに阻害するテクノロジー
テクノロジーの実装は「アイデンティティ政治」の社会において、邪悪な非人間化の一形態だと私は思っています。◉テクノロジーは、表面的なアイデンティティの指標によって、人間を区別するのですから。
「民族性」とは、本当に複雑だということです。
◉生物学上は、人種というものは存在しない、というのが21世紀に実際にあった発見です。人種を決定する遺伝子というものはない、というのが生物学的な事実なのです。しかし、人種差別は存在しています。
IT企業は、ジェンダーに関する単純なステレオタイプを作り上げています。「性向指向」あるいは「測定可能な要求」というデータで見ているのです。
◉「画面上のどこに視線が移動するのか」「画面に映し出されたあるものに、どれくらいの時間、釘付けになるのか」。
◉それはアイデンティティのステレオタイプを生む出すことを意味しています。
要するに、アイデンティティ政治におけるテクノロジーの実装は、人間の実際の多様性を侵害するということです。つまり、多様性を支持しているように見えて、まさにその正反対のことをしてしまっているのです。違いを単純化されたアイデンティティに固定しているのですから。
◼️一人の人間が持つ「多面性」を見失ってはいけない
私たちが本当はどれほど多様な存在であるかを認識する必要があるのです。
二人の女性を見たとき、そこにただ単に「女性たち」を見るのではなく、一人の人物ともう一人の人物ーーそして二人の人間の経験ーーを見るのです。それは、とくにソーシャルメディアでつながりすぎている現代において、本当に必要なことだと思います。
私たちがやり取りしているのは、声や会話で交わされる言葉の意味、身体の二次元的な視覚表現だけです。
デジタルシステムを通じた会話では、匂いや微生物のやり取りはありません。
デジタルシステムを通じて私たちがしていることは、「ステレオタイプ」的なものです。
私たちは、人間の他の様々な経験よりも、視覚と聴覚を優先しているからです。これが現実だと感じるから、他のことに気づかないだけなのです。でも、現実から一部を抜き出しているに過ぎません。
◼️AIというツールによって、人類がツールになり下がる
この道具は、私たちをモデルにして、考え、話し、書き、行動するのです。そして、これらのモデルは、自身がより良く機能するために、私たちを利用します。
つまり、プロセスを進める私たち自身が、そのプロセスの対象物になってしまう。
かつてはFBIのような情報工作組織が行っていたようなことを、いまやAIができるようになっています。
リベラル政党の多くは、まだネオリベラリズム(新自由主義)のイデオロギーにとらわれています。
ネオリベラリズムは、強すぎる独占企業と完全に共存していました。
◼️AIは人類に「新しい倫理」を生み出すことができるのか?
今のAIとその倫理は、完全に「時代遅れ」のものです。
「民主主義対権威主義」という構図で、AIは権威主義の側に立っていると思います。
またIT業界も、結局は保守的です。これがパラドックスです。
基本的にトップに立つ天才的な男性が、指揮命令系統に気まぐれに指示を出します。これはまさに保守的で、本質的に右派的な組織です。
IT企業はリベラルに見えるだけで、それはただ単に、幻想なのです。イーロン・マスクのように、しばしば共和党と結びついていることがあるのも、偶然ではありません。
◼️「個別性」や「ローカル」という未来を創造するキーワード
「普遍化する普遍」
それはローカル(地域)から生まれる普遍なのです。
右翼のポピュリズムは、国家のアイデンティティを主張しようとします。私は、国家のアイデンティティの代わりに、その場所に固有の知識を提供すべきだ、と考えます。ローカルな場こそが、普遍的なものへの道となっているのです。
岩間陽子
中島隆博
中国は、本当に「権威主義的」な国家なのか?
歴史に裏付けられた社会のあり方が、今日の中国の権威主義的な体制を支える一つの根拠になっている、と私は思っています。
◼️1970年代のゆがみが、現在の国際情勢を産み落とした
ドイツが1970年代から少しずつやってきたことは、「ロシアとどうつながるか」という課題に答えを出そうとすることでした。ドイツとロシアの関係性の軸にあるのは、「ロシアからドイツがエネルギーを買う」ということです。
しかし、「エネルギーをロシアから買う」というモデルは、ウクライナ危機によって、壁にぶつかってしまいました。
このような問題に直面したときに起こった「もう一度、自分たちの労働者に製造の現場を取り戻したい」という気持ちが「ポピュリズム」や「ブレグジット」という形で現れました。
◼️「小さなコミュニティの崩壊」が、すべての問題の根本にある
「参加と責任」が実践されている状態を回復しないと、いくら抽象的に民主主義のことを語ったとしても、上滑りの議論になると思います。
私たちは国単位で世界をどうしても見がちなのですが、それ以外に、それほど大きくないサイズのコミュニティが、その社会の中でどんなふうに機能しているのか、あるいは機能していないのかを具体的に見ていったほうが、民主主義の内実を測ることに寄与するかと思います。
自由であると同時に、どこかのコミュニティにつながっていることで、自分のアイデンティティやニーズが満たされるのです。
◼️「資本主義」の方向性を、もう一度正してみる
現在の資本主義は、資本ではなく偏在するような構造になっているのです。
かえって、格差や不平等がどんどん拡大していくだけです。その結果として、民主主義やリベラリズムを破壊し、場合によっては全体主義をも招きかねません。
資本主義の対義語は封建主義
マルクス・ガブリエル
地域に根差した多様な言説や概念を、対話を通じて普遍化していく必要があると思うのです。こうした努力は下から上へのボトムアップ型で、水平的な普遍性を想定するものです。その中で、民主主義もまた鍛え直すことができるのではないかと私は思っています。
◼️「民主主義の理念」の核はどこにあるのか?
重要なのは、一方だけが変わっていくのではなくて、対話を通じて相互に変容していくことです。
アーレントは、「全体主義がいったいどうしてドイツで起こってしまったのか」をつくづく考えた人でした。
国連安保理常任理事国でもある、ロシアと中国が、共通の制度を維持しようというのとは逆の方向の行動をしていることは、大きなダメージです。
気候変動の問題への対処については、中国抜きでは解決できません。
「じゃあ、中国と仲良くするしかないよね」というところに帰着するのです。これはまさしく、現在、いろいろな矛盾が互いにぶつかり合っているという状況にあることの証左であるという気がしています。
◼️日本が描くべき、2024年以降の世界地図
今から日本が核兵器を保有するということは、アメリカのシステムに正面から盾突くことになるわけです。そのコストが相当なものになるのはわかりますね。
「あるはずない」と思っていても、小さいレベルや短期間の間には起こることはあるのです。こうしたことが現在、世界中でいろいろと起こっています。
アメリカにも多様な声がありますし、それと同様に、中国にも多様な意見はあります。そういった異なるチャンネルと日本の人々がつながっていくことが、とても大事だと思っています。
おわりに
未来は行き止まりの終着点なのでしょうか。それだけではないはずです。
『人類の終着点|戦争、AI、ヒューマニティの未来』エマニュエル・トッド/著、マルクス・ガブリエル /著、フランシス・フクヤマ /著、メレディス・ウィテカー/著、スティーブ・ロー/著、安宅 和人/著、 岩間 陽子/著、手塚 眞/著、中島 隆博/著
共同体と核家族
本来、簡単に避けられたウクライナ戦争の原因と責任はプーチンではなく米国とNATOにある。
1 第三次世界大戦はもう始まっている
ウクライナはNATOの"事実上"の加盟国だつた
ミュンヘン会談よりキューバ危機
「NATOは東方に拡大しない」という約束
ウクライナを「武装化」した米国と英国
「手遅れになる前にウクライナ軍を破壊する」が目的だった
ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化
「親EU派」とは「ネオナチ」
ネオナチと組んだヨーロッパ
欺瞞に満ちた西欧の"道徳的態度"
「消耗戦」が始まる
核を持つとは国家として自律すること
西洋は「世界」の一部でしかない
2 「ウクライナ問題」をつくったのはロシアでなくEUだ
「国家建設」に失敗したウクライナ
3 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ
実は補完し合っていた米ソのシステム
「人種」にこだわり続ける米国社会
4 「ウクライナ戦争」の人類学
"真のNATO"に独仏は入っていない
リベラル寡頭制陣営の「民俗主義的な傾向」
なぜ中国よりもロシアが憎悪の対象になったのか
1 第三次世界大戦はもう始まっている
「戦争の責任は米国とNATOにある」
「ウクライナのNATO入りは絶対に許さない」とロシアは明確に警告を発してきたのにもかかわらず、アメリカとNATOがこれを無視したことが、今回の戦争の原因だとしているのです。
ミュンヘン会談よりキューバ危機
歴史のアナロジーで言えば、「ミュンヘン会談」よりも、ソ連がキューバという"アメリカの裏庭"に核ミサイルを設置しようとして、アメリカがこれを許さなかった一九六二年の「キューバ危機」になぞらえるべきだ、と。
ウクライナを「武装化」した米国と英国
「ウクライナ軍の予想を上回る抵抗」は、まさに「アメリカとイギリスによる軍事支配の成果」なのです。
「手遅れになる前にウクライナ軍を破壊する」が目的だった
軍事上、今回のロシアの侵攻の目的は、何よりも日増しに強くなるウクライナ軍を手遅れになる前に破壊することにあったわけです。
ウクライナ軍が抵抗するほど戦争は激化
ネオナチの極右勢力「アゾフ大隊」〔二〇一四年に白人主義極右思想の外国人義勇兵を含めた民兵組織として発足。現在はウクライナ内省傘下にあるが、ナチスを彷彿とさせるエンブレム「ヴォルフスアンゲル」を部隊章として用いている。
ロシアが言っていることに我々は耳を傾けなければならない。「非ナチ化」とは、このアゾフ大隊を叩き潰すという意味です。
ロシアによるウクライナ侵攻は、アメリカ主導の国際秩序に直接挑みかかるもので、この点にアメリカは衝撃を受けました。
アメリカの地政学的思考を代表するポーランド出身のズビグネフ・ブレジンスキーは、「ウクライナなしではロシアは帝国になれない」と述べています。
アメリカに対抗しうる帝国となるのを防ぐには、ウクライナをロシアから引き離せばよい、と。
つまり、こうしたアメリカの政策こそが、本来、「ローカルな問題」に留まるはずだったウクライナ問題を「グローバル化=世界戦争化」してしまったのです。
「二〇世紀最大の地政学的大惨事」
「スラヴ」の核心部は、ロシア(大ロシア)、ベラルーシ(白ロシア)、ウクライナ(小ロシア)からなりますが、ベラルーシとウクライナの分離独立、すなわち「広義のロシア」の核心部分が分裂することまで受け入れたのです。
冷戦後の米露関係
冷戦後のロシアは、「西側との共存」を目指しました。けれども、ロシア人はすぐに裏切られたのです。
誰もがロシアを責めますが、アメリカと同盟国の軍事基地のネットワークを見れば一目瞭然であるように、囲い込まれているのは西側ではなく、ロシアの方です。軍事的緊張を高めてきたのは、ロシアではなくNATOの方だったのです。
ロシアは、人口規模は日本と同程度ですが、アメリカに対抗しうる勢力であり続けようとしたわけです。だからこそ、アメリカによるウクライナの「武装化」がこれ以上進むことを恐れ、ロシアは侵攻を決断したのです。
今の状況は、「強いロシアが弱いウクライナを攻撃している」と見ることができますが、地政学的により大きく捉えれば、「弱いロシアが強いアメリカを攻撃している」と見ることもできます。
超大国は一つだけより以上ある方がいい
超大国は、たった一つしかない状態よりも、二つ以上ある方が、世界の均衡はとれるのです。
起きてしまった事態に皆が驚いた
ロシアの侵攻が始まると、アメリカとイギリスの軍事顧問団は、ポーランドに逃げてしまいました。
要するに、アメリカとイギリスは、ウクライナ人を"人間の盾"にしてロシアと戦っているのです。
米国の誤算
アメリカは、第二次世界大戦後も、常に戦争をしてきた国です。
アフガニスタンにしろ、イラクにしろシリアにしろ、アメリカがこれまで行ってきた戦争は、弱小国に対する戦争でした。それに対して、今回、大国のロシアが、事実上、アメリカを敵に回しているわけです。
プーチンがここまでの決断をし、これほど大規模にウクライナに侵攻し、アメリカ主導の国際秩序に正面から刃向かうとは思っていなかったでしょう。こうしたロシアの挑戦を受けて、アメリカも非常に驚いたはずです。
アメリカの外交は、現在、混乱を極めています。掌を返すように、つい一カ月まで「最大の敵」であったはずの中国に急遽、協力を要求したり、厳しい制裁を科していたベネズエラとの関係構築を急ぐなど、アメリカの動揺が伺えます。
ロシアにとっても予想外
ロシアも、西側諸国、とくにヨーロッパがこれほど強硬に出るとは予想していなかったはずです。ロシアのエネルギー資源に依存するヨーロッパ経済の脆弱性を確信していたからです。
さらにロシアは核大国です。そうである以上、ヨーロッパは、ロシアとの経済的断交は決断できず、この国に問題に本格的には介入できない、と考えていたはずです。
◉共同体家族のロシアと核家族のウクライナ
しかし、ロシアの最大の誤算は、ウクライナ社会の抵抗力を見誤ったことです。
ロシアは「共同体家族」(結婚後も親と同居、親子関係は権威主義的、兄弟関係は平等)の社会で、ウクライナは「核家族」(結婚後は親から独立)の社会です。
プーチンのような人物が権力の頂点にいるのは、ロシア社会自身が、彼のような権威主義的な指導者を求めているからです。
「国家」として存在していなかったウクライナ
「民主主義」が成立するには、まず「国家」が建設されなくてはなりません。民主主義は、「強い国家」なしには機能しないのです。個人主義だけでは、アナーキーになってしまうからです。
ウクライナの核家族構造が生み出したのは、「民主主義国」ではなく「無政府状態」だったのです。
「親EU派」とは「ネオナチ」
かつてナチスドイツの側についた西部ウクライナの極右勢力が、実質的にドイツの支配下にあるヨーロッパ、すなわち「『ドイツ帝国』と化したEU」に入りたがったわけです。要するに、「親EU派」て西側メディアで好意的に報じられた勢力の実態は、「ネオナチ」だったのです。
共産主義を生んだロシアの家族構造
ムジクであれ、経営者であれ、あらゆる階層のロシア人は、法律には敬意を払わないが、権威には敬意を払う。
家族構造の違いから生じたホロドモールの惨劇
父親と妻帯の息子たちが同居するという外婚制共同体家族のロシア社会は、行き過ぎた個人主義には、おのずと抵抗を覚えるのです。
「ヨーロッパ最後の独裁者」を擁するベラルーシの家族構造
ロシアにおけるプーチンがそうであるように、ルカシェンコのような人物が権力の頂点にいるのは、ベラルーシ社会自身が、彼のような権威主義的な指導者を求めているからです。
「近代化の波」は常にロシアからやって来た
ウクライナは、ロシアという"中心"に対して、常に"周辺"として「保守的」な態度を示してきたわけです。
要するに、ウクライナは、「独自の推進力」を持ち合わせていないのです。
そしてロシアから逃れるために、もう一つ別の勢力の支配下に入る必要が出てきます。そこで、アメリカやヨーロッパに近づいたのです。
西側諸国は、一九九一年にウクライナが独立したことの主たる意味を見誤りました。「モスクワとサンクトペテルブルクで進んでいる民主主義革命からウクライナが切り離された」ということを理解できなかったのです。
国家建設に成功したロシアと失敗したウクライナ
ウクライナは、独立から三〇年以上経過しても、十分に機能する国家を建設できないでいます。ウクライナには「国家」という伝統がなかったからです。軍隊も、アメリカやイギリスの支援なしには、再組織化できませんでした。
ロシアの侵攻が始まる前から、まさに「破綻国家」と呼べる状態だったのです。しかも高等教育を受けた労働人口が大量に流出しました。本来は国家建設を担うべき優秀な若者が、よりよい人生を求めて国外に出ることを選んだのです。現在、大量の戦争難民が発生していますが、ウクライナからの人口流出は、実は以前から起きていたのです。
プーチンの誤算
おそらくプーチンとしては、「母なるロシア」に回帰させることで、「破綻国家」である「小ロシア(ウクライナ)」の秩序を立て直そうとしたのでしょうが、まったくそうはなりませんでした。ロシアが強硬に出るほど、国内に残ったウクライナの人々は、むしろ「反ロシア」に自らのアイデンティティを見出し、ナショナリストニヒリスト(自暴自棄)の武闘派になっていったのです。
「反ロシア」の感情が、むしろ崩壊しつつあるウクライナ社会を方向づける一つの存在様式になってしまいました。これがプーチンの最大の誤算です。
この戦争が、ウクライナの人々に「国として生きる意味」を見出せたと言えるかもしれません。実に悲しいことです。
プーチンが「ネオナチ」と呼ぶ武装勢力には、多くのロシア語話者も加わっているようです。これは、ロシアが想像していなかった事態で、「ロシア語圏社会の崩壊」の一側面と見ることもできます。
ロシアはすでに実質的に勝利している
一九一四年の第一次世界大戦の始まりを彷彿させるかのように、まさに今、「新しい地図」が描かれようとしています。
いずれにしても、ウクライナの全土を占領するには、ロシア軍の規模は明らかに足りません。
しかし、ロシアが奪った土地は、現時点ですでに広範囲にわたります。
しかも産業はこれらの地域に集中しており、ウクライナの産業地域の三〇%から四〇%に相当します。
過去のヨーロッパでの戦争と照らし合わせれば、今回のロシアの「戦果」は、ルイ一四世やプロイセンのフリードリヒ二世のそれより大きいとも言えます。
欺瞞に満ちた西欧の"道徳的態度"
ロシアからの天然ガスの供給路だけは確保しながら、ロシアに対して経済制裁を科すことも"道徳的"ではないでしょう。ロシアの天然ガスを購入しているヨーロッパは、ある意味で、ロシアの戦争に"出資" しているからです。
オリガルヒへの制裁は無意味
ロシアは、国家がすべてをコントロールする中央集権国家です。これこそ、ロシアの政治体制の際立った特徴なのです。
超富裕層が国家をコントロールしているのは、むしろアメリカ、ドイツ、フランスの方です。
ロシアの残忍さを糾弾し、プーチンと"その取り巻き"を「戦争犯罪人」と名指しすることから見えるのは、実はヨーロッパ人たちの無力感です。こうする以外に何もできないゆえに、「ロシアを悪とみなす」ことで、西欧の各国政府は、自分たちの無力さと卑劣さを隠そうとしているのです。
もし「戦争」をさまざまな理由から始める国の指導者を裁きたいのなら、まず裁くべきはジョージ・W・ブッシュではないでしょうか。まともな理由なしに戦争を始め、ロシアがウクライナにしている以上に醜悪な行為をアメリカはイラクでやってきたからです。
「ロシア恐怖症」
つまり、無意味になりつつある「ヨーロッパ」という政治的・通貨的なまとまりを無理に維持するために、「ロシア」という"外敵"を必要としているだけではないか、ということです。
ヨーロッパでの「ロシア嫌い」の高まりは、実はヨーロッパにとっては損失以外の何物でもないのですが、アメリカにとっては「前略的成果」と言えるでしょう。ロシアとヨーロッパの関係を引き裂くことが、ブレジンスキーのようなアメリカ地政学者が想定する「国益」に適うからです。
「消耗戦」が始まる
あらゆる資源を投入しなければならない「消耗戦」では、軍事面よりも経済面が重要になってくる、あるいは軍事面に左右されることになってきます。この点において注目すべきは、中国がロシアをどれだけ支援するかでしょう。
中国はロシアを支援する
ロシアが倒されれば、どんな形にせよ、次に狙われるのは中国自身だからです。
米国の戦略目標に二重に合致したウクライナ
「ブレジンスキーの計画は簡潔にして明瞭である。(略)ウクライナを西欧の側に併合し、ウズベキスタンを利用して中央アジアをロシアの影響圏から離反させることによって、ロシアに止めをさし、ロシアの核心部の解体をもたらすこと」(『帝国以後』)
アメリカの経済(消費)を維持するために、アメリカは、世界の富への統制力を政治的・軍事的に確保しなければならないという必要性。
だからこそ、アメリカは、ユーラシア大陸に戦略的関心を持ち続けたのです。というのも、世界の人工と経済活動の主要部分は、ユーラシアに存在しており、アメリカ国民の生活水準を維持するために不可欠な商品とカネは、ユーラシアから流入する仕組みになっているからです。
アメリカ軍の"プレゼンス"を維持するために、言い換えれば、ユーラシアにおいてアメリカ軍が"必要"とされる状況を無理にでも持続させるために、アメリカは、ユーラシアにおける軍事的・戦略的緊張を維持する必要性があるというわけです。
「世界の不安定がアメリカには必要」ということなのです。
NATOと日米安保の目的は日独の封じ込め
極論すれば、NATOや日米安保は、ドイツや日本という「同盟国」を守るためのものではありません。アメリカの支配力を維持し、とくにドイツと日本という重要な「保護領」を維持するためなのです。
現実から乖離したゼレンスキー演説
ゼレンスキー大統領が多くの演説で繰り返し求めていることは、はっきりしています。ヨーロッパを戦争に引き込むことです。「ウクライナの次にロシアに狙われるのはあなた方の国だ」と、ヨーロッパ諸国を戦争に引き込もうと必死になっているのです。
そもそも、ロシアがウクライナ以外の領土への侵攻を考えているとは、私には思えません。すでにその人口規模から見て広大すぎる領土を抱え、その保全だけで手一杯だからです。
エストニアとラトビアという例外
ここで期待されるのは、ドイツの動きです。というのも、ドイツこそがロシアとの経済パートナーの代表であり、フランスは二次的なパートナーにすぎないからです。この世界大戦の終息のために、ドイツは重要な役割を担えるはずです。
世界を"戦場"に変える米国
アフガニスタン、イラク、シリア、ウクライナと、アメリカは常に戦争や軍事介入を繰り返してきました。
大きな島国のような存在で、脅威となる隣国もなく、世界一の軍事大国でもあるアメリカ自身は侵攻されるリスクがないからです。
だから間違いを繰り返すのです。
共産主義が崩壊してから、アメリカは世界中で戦争状態を維持させてきました。みずから関わった地域差をすべて"戦場"に変えてしまったのです。
2 「ウクライナ問題」をつくったのはロシアでなくEUだ
「共同体」でなく「国益追求の道具」と化したEU
ベルリンがEUに押し付けた経済政策は、ドイツ人だけの利益になる
反露政策はポーランドにとってマイナスにしかなならない
3 「ロシア恐怖症」は米国の衰退の現れだ
ロシアの力の回復は、後戻りすることのない長期的な現象です。ですから、ロシアと共存することを学ばなければならないのです。
ロシアとの共存以外に選択肢はない
我々は、大いなる災厄に向かって進んでいますが、人口減少という危機には、ポジティブな面もあります。人口増大の局面よりも、共存することがより容易だからです。
実は補完し合っていた米ソのシステム
アメリカはロシアを「成長」へと向かわせ、ロシアはアメリカを「平等」へと向かわせました。
時期のズレはあったものの、他の国と同様、米ソはともに大衆の識字化を経験しました。「誰もが読み書きできる状態に達した」と社会が認識したとき、人々は互いを対等な存在と捉えるようになり、「市民」という観点から物事を考えるようになります。
ロシアでは、権威主義的かつ平等主義的な家族構造、そして戦争と宗教の衰退という時代背景から「共産主義」が出現しました。個人主義レベルの平等文化が、ロシアをレーニン、スターリン、ブレジネフといった全体主義の時代に導いたのです。
しかし、子供たち(兄弟)が「平等」とみなされないアメリカは、どのように自らの社会のうちに平等主義の理想を見出したのでしょうか。
アメリカにおける「平等」という思想は、あくまで「白人同士における平等」であり、「家族構造に由来するもの」というより、「人種主義に由来するもの」なのです。
ソ連の「全体主義的民主主義」とアメリカの「人種主義的民主主義」ーーこのように現実の歴史は、政治哲学の机上の空論からは遠く離れたところにあるのです。
「黒人も平等」が「白人間の平等」を破壊
「万人の平等」というのは、そもそも兄弟間が不平等なところ(絶対核家族社会)では考えられないものなのです。強力な労働組合とともに、アメリカの労働者階級が解放され、彼らがやがて中産階級になっていったのは確かです。
こうしてアメリカでは、経済的な不平等の広がりが抑えられなくなり、社会保障制度は崩壊に至りました。
ベトナム戦争での敗北
ベトナム戦争での敗北は、アメリカにとって正真正銘の屈辱で、それまでにないモラルの崩壊を引き起こしました。アメリカは五万八〇〇人もの死者を出しまたした。しかも、三〇〇万人も犠牲になったベトナム側の死者の大部分は、アメリカの保護下にあったはずの南部に集中していたのです。
「新自由主義」が生まれたのはなぜか
一九六〇年代のアメリカの危機は、次のように要約できます。企業の利益率の低下、黒人の解放、教育による階層化、軍事上の屈辱的敗北。これらが、イデオロギー崩壊の四つの要因で、レーガンの新自由主義(あるいは新保守主義)という反動を生み出したのです。
米ソの相互破壊
我々が目にしているのは、アメリカで「新自由主義ナショナリズム」が、国内産業、労働者階級、社会保障制度を破壊し、生活水準を低下させ、ついには平均寿命まで低下させたという現実です。
こうしてもう一つの新しい冷戦の分析が可能になります。ソ連という一国が敗北し、アメリカ一国が勝利したのではなく、二国とも敗北したという見方です。つまりこの二国は互いに互いを破壊したというわけです。
「人種」にこわり続ける米国社会
アメリカのシステムは、ソ連のように、ある日、突然崩壊したわけではありませんが、徐々に形を変えていき、やがて根本的なもの、つまり白人の集団感情が崩れ去ったのです。
◉以前は人種主義が効率的な集団行動を促していたのが、今ではそれを阻んでいます。
「民主制」から「寡頭制」への移行は、ロシアとの対立によって形づくられたのです。
4 「ウクライナ戦争」の人類学
第二次世界大戦より第一次世界大戦に似ている
軍事面での予想外の事態
自国の国境に対するロシアの懸念にさえ理解を示せば、それ以外の意味において、ロシアは国際社会にとって脅威ではないのです。
経済面での予想外の事態
我々が目の当たりにしているのは、軍事的にも経済的にも、意外にも"比較的安定した"状況で、この「世界戦争」が長期的なものになることを示唆しています。
その意味でも、今次の戦争は「第一次世界大戦」を彷彿とさせるのです。
米国は戦争にさらにコミットする
アメリカの戦争の"真の目的"は、アメリカの通貨と財政を世界の中心に置き続けることにあります。
米国の戦略家の"夢"を実現
アメリカは、冷戦終結後も常に戦争をしてきたわけですが、相手は弱小国ばかりで、自分より強い敵を相手に直接戦うことはありませんでした。その意味では、「アメリカの優れた軍事技術に支えられた、死も厭わず自分よりも強い相手に立ち向かう勇敢なウクライナ軍」は、アメリカの戦略家たちの"夢"をは実現したものとも言えるのです。
ポーランドの存在感
ウクライナ側で戦っている外国人兵士の多くが、ポーランド人とラトビア人であることが明らかになってきました。
"真のNATO"に独仏は入っていない
軍事的な意味での"真のNATO"とは、アメリカ、イギリス、ポーランド、ウクライナ、そしておそらくスウェーデンから成り立っています。
この戦争の"非道徳的な側面"
"真の被害者"は、ウクライナ人です。この戦争の"非道徳的な側面"は、戦略がウクライナ軍によって遂行されながらも、戦場で西側の武器が使用され、ウクライナが自分より強大なロシアを相手に戦っている点にこそあります。
ウクライナ侵攻に対する各国の反応
①「非難して制裁を科す国」
②「非難するが制裁はしない国」
③「非難も制裁もしない国」
④「支持する国」
家族構造における父権性の強度
「人類学」と「地政学」が驚くほど、"一致"していることをこれから示そうと思います。
伝統的な家族システムは、近代化ーー工業化ーーによって崩壊していくわけですが、代わりに共同体主義的な傾向や権威主義的な国家を生みだすことになります。これによって、「過渡期の危機」において、共同体主義的で父権的な家族システムが、ロシア、中国、ベトナムなどでは共産主義を生みだし、イスラム諸国ではイスラム過激派を生みだしたことも説明できます。
これらの国々に共通しているのは、個人主義的な傾向がないこと、見えてくるのです。これらの国々に共通しているのは、個人主義的な傾向がないこと、そして西洋世界の人類学的な基盤となっている核家族構造が見られないことです。
ちなみに、みずからを「最も先進的」とみなしている西洋社会は、家族構造の歴史から見ると、実は「最も原子的」なのです。
そして、自らを「普遍的」とみなしてきた、その西洋社会は、現在、ますます自らの内に閉じこもり、閉鎖的になっているのです。
ロシアの女性とキリスト教
ロシアは世界でも女性の地位が最も高い国の一つであり、スウェーデン(同一四〇人)に次いでいることが分かります。
キリスト教(正教)のフェミニズム的特徴が、ロシアにおける父権性の高まりに一定のブレーキをかけたことが十分考えられるのです。
現在の英米は「自由民主主義」とは呼べない
「自由民主主義国」の代表とされるアメリカとイギリスの現在の姿を見れば、この呼称が空虚なものであることが分かります。これらの国では、不平等があまりに大きく広がっているからです。
「リベラル寡頭制陣営VS権威民主主義陣営」
政治や地政学だけでなく、そこに人類学的な視点を加えれば、いまの世界で生じている真の対立は、「民主主義陣営VS専制主義陣営」ではなく「リベラル寡頭制陣営VS権威民主主義陣営」だということが分かります。
権威的民主主義陣営の「生産力」に依存
今日の経済はかつてないほどグローバル化しており、二つの陣営の相互作用が、「専門化」と「経済相互依存」という非常に興味深い状況を生み出しているからです。
リベラルな寡頭制の世界は、自国の産業、工業生産能力をないがしろにしてきました。
財政上の理由から、労働力が安価な権威的民主主義の陣営に、工業生産を委ねたからです。この点で、アメリカと中国の関係はとくに際立っています。
「高度な軍事技術」よりも「兵器の生産力」
ヨーロッパにとっての死活問題は、これまで輸入してきたロシアの天然ガス、石油、肥料、さらには戦争による破壊で途絶えるウクライナからの輸入品に、今後は頼らずに済むのかどうかです。
近年明らかになったのは、ロシアも「専門化」を進めていたことです。ロシアは、今日、天然ガス、石油といったエネルギー資源や農業生産品や肥料の輸出大国となっており、その「生産力」によって世界に貢献しています。
要するに、西洋社会、すなわちEUを含めたリベラル寡頭制の陣営は、権威的民主主義陣営の「生産力」なくして生き延びることができない状態にあるのです。これは、非常に奇妙で、それだけに予測不可能な状況と言えます。
要するに、★戦争が長引くほど需要が高まるのは、高価で高度な複雑な兵器よりもシンプルな弾薬で、そのことによって戦闘はより暴力的になり、より血が流れるようになるわけです。ですから、両陣営の「兵器を供給する能力」が今後ますます問題となってくるでしょう。
米露の生産力
ロシアは、人口規模では日本と同程度にすぎません。
たとえば、一九四五年時点でのアメリカの生産力は圧倒的で、世界の工業生産の半分をも占めていました。しかし今はそうではありません。
真の経済力は「エンジニア」で測られる
アメリカは、勇敢なウクライナ兵と優れたアメリカの武器でロシアを追い詰めようとし、ロシアを永久に弱体化させることを目的にこの戦争を長引かせるために、ウクライナに膨大な貨幣を供給しています。
しかし、ここには大きなリスクがあります。
中国には、戦争が長期化するなかで、ロシアを利用してアメリカの武器備蓄を枯渇させることで、アメリカの弱体化を図るという選択肢が残されています。巨大な生産能力を持つ中国からすると、ロシアに軍需品を供給するだけで、アメリカを疲弊させることができるのです。
本来、この戦争は簡単に避けられた
この戦争は、「ウクライナの中立化」という当初からのロシアの要請を西側が受け入れていれば、容易に避けることができた戦争でした。
ロシアは、戦争前にすでに安定に向かっていました。自国の国境保全に関してロシアを安心させていれば、何事も起こらなかったはずです。
西洋社会が虚無から抜け出すための戦争
ここで私は、人間の本質について悲観的な考察をせざるを得ません。物事を"逆に"考える必要があるのではないか、ということです。つまり、ロシアではなく、むしろ西洋社会こそうまくいっていないのであって、この戦争がそれを物語っているのではないか、と。
西洋社会では、不平等が広がり、新自由主義によって貧困化が進み、未来に対する合理的な希望を人々が持てなくなり、社会が目標を失っています。
第一次世界大戦は中産階級の集団的狂気
フランス、ドイツ、イギリス、オーストリア=ハンガリー帝国は、経済的にも、文化的にもこれまでなかったような黄金期を経験しのちに、まったく取るに足らない口実、すなわちサラエボ事件を理由に、大規模な軍事的衝突に突入しました。
自殺率が高くなり、精神疾患やアルコール依存症の患者数が増えているのは、労働者階級ではなく、中産階級でした。ノーマルな精神状態にあった労働者階級に対し、中産階級の精神状態が不安定だったのです。つまり、「一九一四年の狂気」とは、「ヨーロッパの中産階級の狂気」です。当時のヒステリックなナショナリズムも、ヨーロッパの中産階級の産物でした。
最も自殺率が高いのは、金利生活者です。要するに、高い自殺率は、低い所得が原因ではないのです。経済的要因ですべてが説明できるわけではない、ということです。
"軍事支援"でウクライナを破壊している米国
ロシアによる侵攻前に、大量の人口流出によってすでに「破綻国家」近かったウクライナが、この戦争によって、さらに破壊されていくのです。
要するに、アメリカは"支援"することで、実はウクライナを"破壊"しているわけです。
『第三次世界大戦はもう始まっている』エマニュエル・トッド/著、大野舞/訳