悲しみは分け合えない
フランスに戻ってきてから、今回日本で起こった震災について、悲しみを感じるようになった。
日本にいた頃は、ただただ驚きでいっぱいだったし、電車は動いているか、図書館は開館しているかといった問題に気をとられるので精一杯だった。離れてみると、大きな傷を負った祖国が偲ばれてならない。
こちらへ来てから、歯に衣着せぬ報道ぶりに、事の重大さを思い知った感がある。
さらに輪をかけるように、ヨーロッパ人からの興味本位の問いかけの嵐が…
東京にいた私は大丈夫だと答えると何か物足りないらしい。
「家族は?友だちは?」
だから東京は被災しなかったと言っているというのに。私は東京にしか友だちがいない。
「放射性物質は?」
なかには日本という国が終わったと信じている人までもいる。
チェルノブイリの事故後はきのこを食べるのは危険だったから、日本のきのこもダメよとの助言。
ひょっとするとこの助言はこの先、忠言となるのかも知れない。
でも、この段階ではまだ東電の人々を信頼している日本国民に失礼な発言ではないか。
日本は狭いから国ごと被曝したかの印象があるのだろう。
しかしよくそんなことを目の前の私に向かっているものだと呆れてしまう。
なんだか、彼らの神経の図太さに傷つけられた。
彼らの関心事は、ヨーロッパに届く放射性物質のことなのだ。
だったらいちいちいじらないでくれればいいのに。
彼らは compassion だの solidarity だのを持ち出すが、ちょっと違う。悲しみは訴えることはできても、分け合えないのだ。分けて済むようなものなら、たいして悲しくはならない。
今は何も聞かないで欲しい気分。
もちろん、本当に心配してそっと心を寄せてくれる人もいる。とてもありがたい。だが、残念ながらそうではない人々に毎日のように出会う。
本当に深刻なときは、何も尋ねないのも愛情の一つであることをヨーロッパ人は知らないのか?
彼らの取り越し苦労はヨーロッパのメディアを通じて得られたものだろうから、知識が豊富なのは彼らのはず。私からどんな情報が引き出せるとでも?
この惨事は、数年から10年、20年かけて見守り続けられることだろう。1日や2日で進展するような事件と異なるのは明か。
このようなことを書いている私は、自分も家族も知人も被災を免れた身である。
そして普段はあり得ないくらい他者のことにクールで我関せずと来ている。
だが、津波で命を落とした人々のことや、家と街が全壊したことにショックを受ける人々のことが理不尽と思われて悲痛に思う。神はなぜ、罪のない人々のささやかな日常を、尊大な命を奪うのだろう。そしてなぜ私をここまで生かしておいてくれるのだろう。
この無念さは、ただただ祈ること、譲ること、耐えることでしか、果たせまい。
つい最近までの日本、さようなら。