Text or Nothing -55ページ目

間違いだらけこそ真実

フランス人のPが唯一知っている日本語は

「スシヲタベマスカ」

「サケヲノミマスカ」

唯一知っているというわりには、ずいぶん趣味が偏っている。


そしてときどき、

「スシヲノミマスカ」

「サケヲタベマスカ」

と言い間違えたり… いっそ「メシアガリマスカ」を覚えたら良いかも。


ただ、お寿司のことを「スシ」と言ったり、お酒のことを「サケ」と言ったりするのは片腹痛しという感じがするので、「おすし」「おさけ」という言葉を教えた。けれど「オッ・スシ?ヲ?ノミ…… タベマスカ!」のような滑稽なアクセントがついてますますおかしなことになってしまった。


ところで、Pの教科書には上記の文が「いま、これから」お寿司を食べたりお酒を飲んだりするかどうか、「したいかどうか」を尋ねる文として載っているのに、Pの友だちのナオミキに教科書を見せたところ、「スシヲタベマスカ」と「サケヲノミマスカ」は、「一般に、日頃の傾向として」お寿司を食べたりお酒を飲んだりしますかと問う文だと指摘されたのだそうだ。


たしかに、どちらにでもとれるが、なぜナオミキさんは習慣の意味で捉えたのだろうかという疑問が湧いた。


とうとうPの話からその指摘の根拠が見えたのだが、Pの教科書の続きには「ハイ、ワタシハスシヲタベマス」と「ハイ、ワタシハサケヲノミマス」という返答が載っているのだという。なるほど、そういう返事をするとなると、たしかに個人の好みを言い表している文ととれると思った。


多くのフランス人から日本語は簡単だと言われる。私も、日本語は語順を少々入れ替えても通じる点、ラクだと思うし、なにより多くのフランス人は「フランス語ってすごく難しいでしょ」と世界の人に主張するのがお好きなのを知っているだけに、「日本語の会話はシンプルよ、書き言葉はちょっと複雑だけれどね」などと言っておくことにしている。


けれど、簡単なだけに教えにくいような…。特に細かい助詞や助動詞の使い分けや、主語の省略について説明するのは難しい。ときどきフランス人があまり網羅的でないフランス語の文法説明をして満足しているときがあるが、それもやはり彼らがネイティブだからうまく説明できないのだろう。


この前中国人のYが、今度日本に留学するかも知れないから、何か便利そうな日本語の文を少しずつ教えてと言ってきた。一緒にご飯を食べに行くところだったので「お腹がすいた」という言葉を教えようとしたのだけれど…


「おなかがすきました」と、「おなかがすいています」のどちらを教えるべきかとことん迷い、結局のところ両者の違いを説明したうえで両方とも教えておいた。


もし、私が日本語教師だったら、もっとうまく説明できただろうし、どちらを先に教える方が実用的かを経験的に知っていただろうに。ただし、それは「妥協の仕方」を知っているということでもある。教える者には、いくらか学習者のレベルに応じて折れることが求められる。


教えることの難しさは、学ぶことの難しさを凌ぐような気がしないでもない。同様、解説者や批評家が直面する困難とは、読者や視聴者の理解力をはるかに上回る。いや、むしろこうも言えるかも知れない。解説や批評というのは、説明し得ないことを説明しようとすることで、その行為自体が間違っているのだ、と。つまり、外国語を教えること自体が間違いの始まりであり、外国語を学ぶこと自体に無理がある。そして、外国語に限らず、物事なんでも学ぶこと自体が間違いであり、努力すること自体が間違いであり、間違いこそが普通のことなのだから、正しいなどと言うことはこの世に一つもない。屁理屈の真実味もあながち気のせいではないようだ。